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手帳に書くこととジャーナリングの違い
2023-02-18 10:07

手帳に書くこととジャーナリングの違い

「書く」という行為なら
どんな書き方でも同じなのか?
違いますよね。

わたしが思うジャーナリングと
手帳術、ノート術との違いを
語ってみました✨

あくまでわたしのやってきたジャーナリングなので
他の方とは違うかもしれません。

#ジャーナリング #書く瞑想 #マインドフルネス
#手帳術 #言語化
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感想

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00:06
こんにちは、ジャーナリングアドバイザーのKanaです。
前回、前々回の放送で、言語過大事とか、
自分の思考を順序立てて説明するのに、
ジャーナリングで訓練するといいですよ、っていうお話をしたんですけれども、
そうすると、ジャーナリングと他の書くこと、
手帳だったりノートに書くような、そういうノート術と何が違うんですか?
なんでジャーナリングで訓練することが大事なんですか?って言われることがあります。
今回の放送でそういう意見をいただいたわけじゃないんですけど、
普段サポートさせていただく中で、
手帳とジャーナリングって何が違うんですか?っていうのはよく聞かれます。
私自身も正直書くっていうことでは、
得られる効果は同じようなことだと思っています。
だけど、なんていうのかな、
ジャーナリングの方が本当に今この瞬間に思っていることを積み重ねていくので、
本当の願いとか、本当の自分っていうとこ、
あとは潜在意識みたいなところに、
すごくこう深く入っていきやすいというふうに思っています。
で、それが大事なんですよね。
それこそが本当に自分の思考を言語化したりとか、
誰かに説明したりとかする上で必要な、
なんていうかな、前提条件っていうか、
それがあるからこそ必要な土台があるっていう感じなんですよね。
要するに、手帳に書くとかノート術で書くとかっていうのは、
作業を効率化したいとか、見える化したいみたいな感じで、
なんて言うんだろうな、あと楽しさとか。
で、自分が本当はどう思っているかとかよりも、
その時のこうしなきゃいけないとか、こうした方がいいとか、
こうやって書いた方が綺麗に見える、可愛く見えるみたいなこと?
そういう思考の部分が、
なんていうかな、思考の部分っていうか、
こうした方がいいよね、みたいな感覚が結構表に出てくると思うんですよ。
綺麗な字で書きたいとかね。
だから思考整理する時も、頭をひねらせながら書くことが多いんじゃないかなと思うんですよ。
もちろんそれも必要な書くことだし、私もじゃあ一切そういうことしてないのかって言ったら、
もちろんしてます。手帳ちゃんとつけてたり、何だろう、
箇条書きでto-doリスト作ってたり、もちろんするので、それも必要なことだと思うんですよ。
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だけどさっき言った、どういう言語化をするかっていうか、
その思考の流れを順序立てて、ちゃんと説明できるようになって、
自分の思考をわかりやすく説明できるようにするっていうところは、
やっぱりジャーナリング的に書き出さないと、たどり着けない境地なんじゃないかなっていうふうに思っています。
っていうのは、ジャーナリングって、今この瞬間に感じていることを、
5分とか3分とかって時間を決めて、その時間集中して書き出すっていう作業なんですよ。
一つのテーマとか、そのとき思っていることっていうのを、
集中してひたすら書き続ける時間ってないと思うんですよね、あんまり。
その時間に、本当に集中してかーって書いたときに出てくる言葉って、
嘘、偽りのない言葉しか書けないんですよ。
なんかこうした方がいいなって思ってたとしても、
こうした方がいいなって思ってるってちゃんと書けるって言うんですかね。
手帳に書くときは、人からの意見でも、あたかも自分の意見かのように書くことができちゃうんですよ。
これ伝えるかな?
これなんかね、昔友達にも言ったことあるんですけど、
他人塾で生きてる人って、人から聞いた正解、人が言ってた正しそうな意見を、
あたかも自分の意見かのように言えてしまうんですよ。
で、なのに本当の自分はそれを思ってなくて、
なんか勝手に矛盾が生じてくるみたいな、勝手になんか私自分でこれをやるって決めたはずなのに、
すごいしんどくなってるみたいなことが起こってくるんですよ。
それはそういう表面的な書き方をしていると、なかなか気づけないところなんです。
でもジャーナリングで、
あ、私って本当はこういうふうに思ってるんだっていうのが浮き彫りになってくると、
ああ、そっか、じゃあこれはこの人がいいって言ってたから、
私もそういうふうに思っちゃってたんだって気づく瞬間が出てくるんですよね。
つまり、ジャーナリングでノートに書いている言葉は、嘘、偽れない言葉なんですよ。
自分の中にある言葉しか出てこないっていう言い方もしたりするんですけど、
やっぱり自分がその時、今この瞬間何を思っているかが出てくるんです。
それが大事なんですよね。
なんかそれが積み重なっていった時に、
自分の中の嘘、偽りのない思いがこれなんだとしたら、
もうそれは認めざるを得ないなってなってくるんですよ。
で、そのもう認めざるを得なくなった自分のデータに、
自分で納得しなきゃいけなくなった時、
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その行動を取るようになるんですよ。
例えば私だったら、すごく普通に生きたかったんです。
普通っていうものに憧れてて、
普通に組織で働いて、普通にOLみたいなことしてね。
で、なんか職場のみんなと仲良くて、たまには合コン行ったりとかしてみたいな、
本当に普通の幸せっていうのに憧れてたんですよね。
で、それが幸せ、女の幸せだって思ってたので、それをやりたかったんですよ。
だけど、どんなに頑張っても普通に組織で働くっていうこともできなかったし、
職場の人と、なんかそういうアフターファイブを楽しむみたいなことが全然できなくて、
なんで私はできないんだろうって、すごい責めてたんですよね。
なんか、なんでこんな普通のこともできないんだみたいな。
だけど、自分がジャーナリングでいろいろ書いていくうちに、
HSPっていう機質もあるし、
とにかくそれができないんだっていう事実が積み上がってくるんですよ。
これもできない、あれもできないって。
で、ちょっとしんどくなるんだけど、そんなにできないのに、無理してやる必要があるのかってなるんですよ、ある時。
なんか、こんなにできないが積み重なってて、で、こうした方がいいって思ってるけど、
私、本当にそれを願ってるのか、みたいになって、だんだん諦めがついてきます。
だって、こんなに頑張って、こんなにやろうとしているのに、できないってことは、もうお前はできないんだよ、みたいな感じで、
だんだん諦めの境地になってきます。
で、私は普通に生きることをあきらめました。
リタイアしました。
もう自分はそういうことができない人間なんだって。
で、イタンジでいいって、イタンジとして生きていこう。
イタンジでもいいって言ってくれる人は、きっといるって思って、フリーランスになることも決意したし、
うーん、実際イタンジって思ってても、なんだろう、旗から見たら、たぶん普通に私暮らしてると思うんですよ。
だから、なんか別に全然問題なかったなと思って。
そういうふうに、すごく生きやすくなりました。
なので、何の話してたんだっけ?
なので、自分の思っていることを本当に、嘘、偽りなく書いていく、その時間に集中して書こうとすれば、その言葉が勝手に嘘、偽りのない言葉になっていって、
それがデータとして集まっていったときに、
ああ、自分ってこういう人間なんだって、受け入れて諦められるようになるっていうことですね。
なので、手帳とやっぱりジャーナリングっていうのは、全然違うものだなっていうふうに思っています。
これは本当に、私の持論で、他のジャーナリングをおすすめしてる人が何て言ってるかはわからないですし、
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他の方の発信を聞いて、他の方のジャーナリングが正しいというか、そっちがいいと思っている人は、もちろんそっちをやってもらったらいいと思うんですけど、
私みたいなジャーナリングのやり方がいいなって思ってくれる人もきっといると思うし、
現にそういう人がいるから、私の周りにはたくさん今、私にジャーナリングを教えてほしいっていう人が集まってきてくださっていると思うので、
私はこのやり方で幸せになったので、そのやり方を少しでも皆さんにわかりやすく伝えていけたらいいなというふうに思っています。
はい、じゃあ今日なんかちょっと途中から自分語りが熱くなってしまって、何の話してたか脱線してしまいましたが、伝わったでしょうか。
はい、じゃあ最後まで聞いてくださってありがとうございました。また次回の放送でお会いしましょう。
かなでした。
10:07

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