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2024-06-05 15:52

人気日本酒講師となった夫が日本酒バーやる!宣言/ゲストハウス開業ヒストリー②

全国各地のトライアスロンレースに参加し日本酒酒蔵巡りをしていた日本酒愛マックスな夫が講師として、登壇、というか、お寿司屋さんのカウンターの中に入って「ゼミ」を行うことになりました。
題して「日本酒(ひやおろし)飲み比べ!!」
これが大好評で「日本酒バーをやりたい!」と夫が言い出しました。
ゲストハウスに加え日本酒バーも、というころ、眺望が気に入っていた住まいの前の広大な畑が売られ、戸建てが立ち並びすっかりレジデンスエリアに様変わりしてしまいました。ある朝、「もうこの家から離れますか」みたいなことを私が発言したら…

👂こちらもぜひお聴きください👂

【ゲストハウス開業ヒストリー①】
Airbnb逗子、富士吉田、博多リサーチしてました👇
https://stand.fm/episodes/665dd3188447e0cab4c7396a

ゲストハウスをはじめようと思ったきっかけについて話します👇
https://stand.fm/episodes/65e7df82f0c50b2267eab741

民泊の設置件数に対する廃止件数割合は40%!民泊運営は出ていくお金が多いです。👇 https://stand.fm/episodes/665b20f657b2d18ccb332a79

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こんにちは、東京でゲストハウスをやっているジュリーです。
前回から、私たちがゲストハウスをやることになったいきさつということで、ゲストハウス開業ヒストリーをお届けしています。
前回はですね、フランスのボルドーのAirbnbで滞在した時の、暮らすように旅するに夢中になって、やる気満々、東京でこれを絶対自分たちでもやりたいと思ったんだけれども、
人にお貸し出しできるような部屋も家も持ってないということだったり、
日本に戻ってきてですね、日本の国内のAirbnbのいろんなですね、部屋に泊まってリサーチをしていたこと、
自分たちがやるんだとしたらというですね、妄想をめちゃくちゃですね、アイデアを出しながら毎晩ですね、晩酌していたよという話だったり、
私がその英語、トイックの勉強の発展でですね、通訳案内師の資格を取った話、
そして夫は、夫のNaoさんはトライアスロンに夢中になって、全国を旅していたよという話までしました。
夫のNaoさんはですね、何かに夢中になるととことん極めるっていうような性格なんですよね。
なので、初めまったく走っていなかったんですが、私がランニングを始めて、東京マラソンに応募して走れることになったら、
もう夢中になって練習をしてですね、その後すぐにトライアスロンをやり始めて、トライアスロンで全国を旅して、
その旅先で大好きな日本酒の酒蔵を巡るみたいな楽しみを見つけてしまったんですよね。
そうすると楽しいからのめり込む、のめり込んでもっと詳しくなる、詳しくなるから人に教えられるようになるみたいな感じで、
地元の商店街のマチゼミというですね、商店街のイベントの中で、私たちがよく通っていましたお寿司屋さん。
そこが彼がそのマチゼミの講師として、日本酒冷卸しの飲み比べというですね、イベントを、
お寿司を食べながら日本酒の冷卸し飲み比べというですね、そういった内容のゼミをやって、
お客さんを集めてやりませんかというご提案を受けて、彼は是非ということで参加することになりました。
これでマチゼミって言ってもゼミなんですけども、お寿司屋さんが会場なので、
普段は大将がですね、カウンターの中で立ってですね、お寿司を握ったりですね、
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お食事を作る、そのカウンターの中に直さんが入って、
その時はお寿司屋さんの格好というか、頭に手ぬぐいをキュッと結ぶみたいな感じで、
カウンターの中に入って、彼がセレクトした日本酒冷卸しを用意して、
お客さんはお寿司をいただきながら、お寿司だったりとかお食事をいただきながら、
ゼミを聞きながら提供される冷卸しを飲んで比べながら、話を聞きながら食べ物を楽しむみたいな、
そういった一連の流れのイベントでした。
これがですね、大変人気でして、毎回ですね、
店員でキャンセル待ちみたいな形になってしまったので、急遽席を増やして、
トータル4回やったんですよね。だから30人近いお客さんが来たんじゃないかな。
毎回毎回大盛況だったんです。
そのお寿司屋さんもですね、ちょっとびっくりするぐらいの大人気で、
そのお寿司屋さんの大将は、日本酒ご自身もですね、お好きだったんですけれども、
そこまで日本酒にお詳しくは、その時はなかったんですが、
この日本酒の待ちゼミ、冷卸しの飲み比べをきっかけに、
日本酒をですね、相当勉強されて、いろんなものを飲んで、
今ではですね、すっかり日本酒のラインナップの充実したお寿司屋さんになってしまいました。
その待ちゼミの開催は平日だったので、私も夫もですね、
会社から帰ってきて、お寿司屋さんに行って、その待ちゼミをやるんですけれども、
私は当日はアシスタントで毎回毎回入って、主にですね、写真撮影をですね、私はやっていました。
その冷卸し飲み比べイベントが大成功したので、
実際ですね、その待ちゼミはその翌年2017年にも実施されたんですが、
その時も同じというかもう少しですね、上手いやり方で
日本酒冷卸し飲み比べの企画をですね、実施したんですけれども、
それもあって、夫の直さんは日本酒バーをやりたいというですね、
気持ちを強固にしたんですね、そこで。
もともとそういうのをやりたかったっていうのは、もっと大学生とか若い頃、
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日本酒に特化してなかったと思うんですけれども、
何かそのお酒を提供するバーみたいなものをやりたいという気持ちが、
薄くというか、気持ちの心の奥底には何かそういうのがあったみたいなんですよね。
そのお寿司屋さんのイベントをきっかけに、やっぱり日本酒バーをやろうと、
やりたいと強く思ったんですよね。
その何ですかね、やりたいと思ったことは我慢しない立ちなんですよね。
なのでその様子を見守ってはいたのですが、
そのお寿司屋さんが、お寿司屋さんってそんなに夜遅くまでやっていないので、
お寿司屋さんが閉店した後、そのお店をですね、
お借りして日本酒のですね、バーができないかというのを、
そのお寿司屋さんにも、大将にも提案したりしてたんですね。
でも今ですね、振り返っても、土日は大体そのトライアスロンだったり、
レースだったり、自転車のトレーニングだったりとか、
あとマラソンのレースだったり、そういうので土日は動いている。
平日は朝通勤で会社に行って、昼間必要とすると。
その後、夜日本酒のバーをやりたいっていう、
なんかものすごい体力というか、どんだけなんだよっていう、
パワーが余ってたのかなとも思うんですが、そんな時代でした。
だからフランスに行った後、日和卸があって、
その頃日本酒バーをやりたい。
だからゲストハウスをやることと、日本酒バーみたいなものをやりたい
っていうのがやりたいことに上がってたんですよね。
当時住んでたお家というのは、いわゆるですね、
住宅街の住宅というかお家っていう感じだったんですよね。
私の小説家のお友達がいるんですけれども、友人。
彼が家に遊びに来た時に、世田谷の住宅地のお家を見て、
つい私たちの家のところまで歩く道すがら、
彼は安定安定ってつぶやいてるんですよね。
この人なんか変なことつぶやいてるって私ちょっと笑っちゃったんですけども、
彼がその街を歩いて感じたことは、とにかく安定だったんですね。
小説家の方が言うには、安定安定ってその街を見渡して言ってて、
確かに安定を絵に描いたようなですね、住宅街のお家だったんです。
その家は2005年に住み始めた、当時新築で買った小建てだったんですね。
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南側が開けていて、というのは道路がずっと一本通ってたんですけども、
両側に畑が広がってたんですよね。
世田谷って場所によっては畑とかまだ当時あったんですよね。
その眺望が気に入ったことと、あと駐車場が2台分あったというのも決め手になって、
内装もというかインテリアも良かったし、中庭もついていて、
私たちが住みたいと思っていたお家がたまたまあったのでそこに住み始めたんです。
そしたらですね、その前に広がっていた畑、
地主のおじいさんが手入れしていて、畑をですね、ずっと畑をやっていて、
その畑の横にですね、お野菜売ってる、山直で売ってる小屋みたいのがあって、
そんな感じでのんびりした風景が広がっていたんです。
でもですね、そのおじいさんが亡くなってしまって、畑はどうなるのかなと思ったら、
やっぱりですね、売られたようで、もうすぐでしたね。
みるみるですね、その畑、一面畑だったところにある大手の住宅メーカーが
ニョキニョキとですね、新築のお家群を建てて、
登りが立って、バンバンバンバンですね、売り始めたんです。
その家がですね、工事が畑がなくなって、工事の基礎が始まってみたいなところから、
夫はですね、ずっと毎日毎朝毎朝ですね、ベランダから定点観測みたいにしてですね、
写真をですね、スマホで毎日毎日毎日撮影してねっとりねっとりそのですね、
畑から、こだて群になる様をですね、記録していたんですよね。
で、お隣、私たちが住んでいたお隣さんがある日やってきて、
前のですね、畑が売られて家が建つみたいなんだけど、
自分たちが家を買った時にはですね、ここは、この前は畑の後は公園になるって不動産屋が言ったんだけれども、
その話を聞いたよねっていうふうに言いに来たんですよね。
実際私たちも2005年にそのお家を買った時には、確かに不動産屋さんは、
その目の前の畑は将来的には公園になる計画があると言って、
リフレットをですね、リフレットのコピー、区の出しているリフレットのコピーをくれたぐらいだったんですね。
でも私たちはあまりそれに固執していないというか、畑売って売られてね、
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お家が建つ前が公園にならなくても、それは自分たちが口出せることじゃないと思っていましたし、
ちょっと残念だけれども、そういうこともあるよねというような感じでした。
ただお隣さんはちょっと違って、二世帯でお住まいだったんですよね。
娘さん夫婦がいて、お子さんもいて、お子さんまだ赤ちゃんだったんですけれども、
三世帯で住んでいたので、やっぱりそこが公園じゃなくて、いわゆる住宅地になってしまう、
長房が失われるというのは、とてもとても失望されていた様子でした。
一緒にですね、話が違うじゃないかと、区に言いに行こうと言われたんですけれども、
私たちはそういう気持ちもあまりなくて、私たちは遠慮しますと言って、
目の前の子立て軍を受け入れつつ過ごしていたんですね。
ただですね、ある日私もちょっと朝、普通に何気ない朝だったんです。
その日も普通に会社に行く日だったんですけれども、
何気に朝、この夫がですね、直さんがまた写真をパチパチ撮ったりしていて、
確かにずいぶん様子は変わってしまったよなと思って、
ふとですね、もうここの家は離れますか?手放そうか?って、
私がふと発言したんですよね。
確かにそんなことを考えたこともなかったし、それまでですね、
夫となんかちょっとこれ嫌だよねとか言って引っ越そうか?
なんて話も一回もしたことがなくて、
たまたまその朝、ふとちょっと発言したんですよね。
そしたらですね、夫が、え?本当?手放す?本当に?
え?本当に本当に?とか言って、
すごいそのですね、私の発言をなんか食いついてきて、
とにかく喜んでいたんですよね。
その発言にまだ何も、何もんでそうしようなんて話にもなっていないのに。
私が発言したことにものすごく喜んで食いついて、
なんかそんなに嬉しいんだったら、
ちょっと検討ぐらいはしてみようかと私も思ったんです。
それでだったら、じゃあまずはこのお家と土地がどれぐらいで売れるのか、
売却査定をしてみましょうということで、
そういったですね、リサーチというか検索したりとか、
あと担当者探してくるのとかっていうのは、
大体ですね、車買うとかそういう時もですけども、
もう何やるんでも私が検索と担当の探すのは私の役割なんですね。
なのでばーっとですね、売却査定の依頼をもうとっととしちゃいました。
そしたらですね、もうガンガンガンガン電話かかってきてですね、
不動産屋さんというのはですね、
一番初めが最もテンション高いんですよね、ファーストコンタクトの時が。
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でも彼らって飽きっぽいしコツコツした仕事ができないから、
それは長続きしないんですけども、
とにかく不動産屋さんがうちで担当させてくださいっていう感じで、
わいわいとですね、やってきたんです。
ということで今日はゲストハウスに加え日本酒バーをやりたいと言い出したこと、
そして大好きだったお家を売却しようかっていう話になりましたというところまで話してみました。
お聞きくださりありがとうございます。続きはまた次回。ではまた。
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