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#05 日立建機レジェンド・梶田勇輔が語る「推し重機」と開発秘話
2026-07-15 41:36

#05 日立建機レジェンド・梶田勇輔が語る「推し重機」と開発秘話

1987年入社以来、数々の名機開発に携わってきた日立建機 特別顧問・梶田勇輔さんが推し重機&推しエンジンへの思いや設計現場のリアルをたっぷり披露!

さらに若い世代へ贈る熱いメッセージと、重機ファン共感必至の「重機あるある」もお届け!


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サマリー

本エピソードでは、日立建機株式会社の特別顧問である梶田勇輔氏をゲストに迎え、重機開発の現場のリアルや、彼が愛する「推し重機」「推しエンジン」について熱く語ります。1987年の入社以来、数々の名機開発に携わってきた梶田氏は、自動車には興味がないものの、多機能で「泥から脱出できる」ショベルカーの魅力について熱弁。特に、お客様との共同開発で生まれたアタッチメントの進化や、関西支社の応用開発部隊が手がけたコンパクトな小旋回機EX225USRの開発秘話が披露されます。また、自身が初めて担当したEX75UR5型への思い入れや、開発現場での苦労、そして当時の手書き図面や喫煙文化が残る設計室の様子など、昭和のエンジニアリングのリアルも語られました。さらに、三菱製エンジンの最高傑作と称する6BG1エンジンへの熱い思いや、開発量増加に伴う世界同一仕様の断念といった、業界の変遷についても触れられています。最後に、若い世代へのメッセージとして「発明し続けろ」とエールを送り、失敗を恐れずに新しいことに挑戦することの重要性を説いています。番組の後半では、重機ファンならではの「あるある」として、YouTubeで重機の動画を見る楽しさや、解体現場の番組への熱中ぶりなどが語られ、和やかな雰囲気で締めくくられました。

オープニングとゲスト紹介
重機ラジオ、こんにちは。MCの美香副部長こと佐部山美香です。 この番組は、重機メーカーによる重機好きの方に向けた、言葉知る重機愛を分かち合う番組です。
最近6月に、CSPIEXPOって幕張明星の展示会に4日間、私と有二郎部長の2人で、日立建機の屋内ブースの端っこに重機ファンダムコーナーを設けてたんですけど、重機ファンダムの皆さん、声掛けいただいて本当にありがとうございました。
重機ラジオも聴いていただいた方もたくさん来ていただいてすごく嬉しかったです。これからも皆さんに喜んでもらえるように頑張ります。ということで早速行ってみましょう。重機ラジオスタートです。
まずはこちらのコーナーから、重機トーク。こちらは全国の重機ファン、重機の専門家、業界の方々などをお招きして、たっぷりと重機のことを語っていただくコーナーです。今回のゲストはこの方、日立建機株式会社梶田雄介さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。初めてのラジオ出演。人生で。おめでとうございます。最後かもしれない。そんなこと言わずに。では梶田さんのプロフィールをご紹介したいと思います。
梶田雄介さん。1961年10月7日、愛媛県松山市生まれ。1987年に日立建機株式会社に入社し、土浦工場中型ショビル設計部でキャリアをスタート。2004年から4年間にわたって、日立建機ヨーロッパ・オランダ駐在。その後、中型建機事業に携わり、2016年から5年にわたり中国駐在も経験されます。
2017年からは執行役、常務、専務、副社長を経て、2026年からは日立建機の特別顧問を務めていらっしゃいます。はい、えらい。すごい。ほとんどの会議に梶田さん出てましたよね。
そうね、あんまり喋ってないですけどね。会議は出てましたね。議事録のだいたい梶田さんいらっしゃって。すみません、ずっと同じこと言ってるかもしれない。忙しかったんだろうな。忙しかったですよね。本当お疲れ様でした。ありがとうございました。
なんで今回梶田さんに出ていただいたかというと、市村さんの会議をお聞きいただいたということで、あれが第2回ゲストかな、市村さんの、ティエラの社長の一員。
で、そのちょっと後ぐらいに東門会って、早稲田のOBの飲み会が土浦ですよね、あのでっかいお魚出てきた。そこでめっちゃ酔っ払ってる梶田さんが、いっちゃんの会本当によかったって言ってました。
酔っ払ってて覚えてないかもしれないけど、私はシラフだったんで、全部覚えてて、で、あの時梶田さんは自分も出るって言ってくれて、オファーをさせていただいた次第です。ありがとうございます。
梶田氏のキャリアと重機への情熱
あの時よく覚えてて、酔っ払ってたけど覚えてて、あ、いっちゃんの良かったねって言いながら、そうだな、あの頃はもう大体退任するの分かってたから、ここで言っても多分俺出ないから、とりあえず言っとこうかなと思ったら、本当に出てくれて連絡が来て、あれ覚えてんのかなと思って。
でも約束なので、喜んでご参加させていただきました。ありがとうございます。覚えてますよ。よかったです。梶田さんが退官されるっていうお知らせ聞いた後に、やばいメールアドレスが変わっちゃったり連絡つかなくなったら困るどうしようって思って慌てたんですよね。
よくよくその後いろいろ調べたら、あ、全然メールまだ大丈夫だし、なんやかんや席もあるし、特別顧問、あ、まだ大丈夫。めったにメール来なくなったけどね。すっきりしましたね。
だってもう仕事全振りでしたよね。ずっと。一時期までね。まあでももう一回帰っても多分全振りでやったもんね。好きだったんでしょうね。そうね、ケンキ好きで帰ったから、この会社って全部ケンキの仕事しかないので。
いやそうなんですよ。日立ケンキってとにかくショベル作って売ってる会社じゃないですか。最近いろんな会社さんのお話とか聞くようになって、例えばヤマハさんとかいろいろやってるんですよ。本当創業から聞くと楽器作ってバイク作って。日立ケンキってずっとショベル作ってますよね。
ショベルとかね。昔もいっぱい他のストーリー作ってたけど基本はケンキだね。ちょっとファクトリーオートメーション系のこともやってたけど。ああ確かに。まあでも主はケンキで来たんで。さすが名前通りだったね。日立のケンキ会社だったね。長く。だからそれはそれでケンキが面白そうだなって参ったから。
この前ね、ある役員、すごい上の役員の人に聞かれて、自動車とか興味ないのかって。あのね、車って興味がないの俺は。理由は走るだけでしょあれ。バックはできるけど。ケンキっていろんなことできるから、あと車ぬかるみから脱出できないけど、例えばショベル脱出できるよね。手を使って。面白いよ。すごいですね。面白いショベル。
動くとこいっぱいありますしね。
そうそうそう。だから関節があるでしょいっぱい。だからここの先っぽにアタッチメントつけたらいろんなこと変わるしね。機械が。面白いよね。
確かに。
応用開発と地域ごとの特徴
で、俺が入った頃よりもものすごく増えたもん。アタッチメントの数。最初はブレーカーとハサイ系ぐらいだったけどね。
あ、そうなんですね。
ハサイ系っていうかね。
だからそのうちいろんなもん出てきたね。コツコツみんながアイディア出してお客さんと一緒に作ってきたけどね。
それがいいですよね。お客さんと一緒にアイディア出して、一個一個仕事の役に立つ機能とかつけてったっていうのがショベルの進化ですもんね。
こんなのできんかなってなるからね。で、北地研究はね、創価と山崎ってわかる?
山崎?
山崎に関西支社があってね。創価と山崎に応用開発部隊がいるんですよ。
京都って聞いてた。
京都山崎ね。
繋がった。
で、そこがお客さんと近くて、開発をずっとしてたの。だからそこで数が出そうだなっていうのは、トライアルっていうかね。
そこでやって、量産できそうだったら、もし今度土浦工場で作ろうかというのもあるの結構。
私部品センターにいたんで、パーツカタログとかがめっちゃ紙であったんですけど、お客様の名前書いてあったりして、誰誰様仕様みたいな。
それはね、あるある。
一品物の。
あるある。
ああいうのが京都とか土浦とかで作られて。
例えばね、特徴があって、中部は30トンの2ピースなんかやってたのね。
ヒット機種EX225USRの開発秘話
で、関西は割と改造が得意な、私から言ったら大先輩の人がいて、クイズ。
クイズ?
クイズ。
これ絶対外れるやつ。
結構難しい。関西から出て、そのさっきの流れでね、そこから最後は世界の大ヒット期になりました。
さあ、何でしょうか。
何だろう。
すっごいヒットした。
すっごいヒットした。関西初の。何だろう。
ヒント。トンネル。
トンネル?
の中。
トンネルの中?
背が低いやつ。
いいね。近いね。でも近いけど、そっち方向じゃなくてちょっと目を変える。
何だろう。ブレーカー?
ブー。
ギブ。
225USR。あれは元々は関西の応用の方で、トンネルの中に入るからお尻をちっちゃくしてほしいと。
それからそうなるとコントロールバルブを真ん中じゃなくて右前に持っていったのね。
キャブは普通のキャブ。自分たちはキャブ作れないから。ギュッと縮めて、割と比較的簡単に小船階用の標準機を作ったやつを、チューラーの開発の偉い人が見に行った。
これは行けるかもしれないなって。
だから我々の中型クラスの最初の小船階機はEX225USRだから。
あの頃はUSみたいにちっちゃくなかったから、青函構造物で。
違ったっけな。忘れた。まあいいや。
あの時は当時大ヒットしてたのが小松さんのPC78UUって聞かない?
それは小船階機で、超小船階でオフセットフロントがついてて、ブレードついてて、すっごい売れてた。
我々もそのクラス持ってたんだけど、小松さんがPC228USってのを出してきて、あら20トン出てきたよとなって。開発大変なんですよ。すごい大変。
どんなところが大変なんですか?
ちっちゃくしなきゃいけない。ちっちゃいところに入れなきゃいけないでしょ。
ギュッてなる?
見たことある小船階機のカバー開けて。入んない。指も入んない。
ギュッてしてますもんね。
ギュッてしてるところじゃなくて、本当に指入んない。
満員電車みたいな。
そういう職人みたいなのがいて、設計の方が。俺任せば入りますよみたいな。
かっこよ。
入れてもらって。
話戻ると、228が出た時にこれだけ小さく20トンを急に入れるのは難しいんで、それで結びつけた。
関西の機械をできるだけコンパクトにしてやれば、早く20トンの小船階機を外出せると。
その時、私も機械乗ってたんで、乗ったんだけど、225ね。当時の試作機。これでいいやと思った。
バランス悪くなったりとか。
それはカウンターがものすごく重くしてるの。
そうなんですね。
標準距離を無視したの。LCにして。
じゃあカウンターウェイトの作りが違うんですかね。
違う。あのね、20トンクラスの我々の小船階機、2種類あって、青管構造ってわかる?板で作って、それでコンクリート。それと本当の居物で作った。
USRは青管なので、原価も安いんですよ。出てるけど、お尻が。そんなには出てない。
で、キャブも広い。で、左前は出てるの。キャブの。
でも、左前ぶつけるやつってそんなにいなくて。
見えてますからね。
で、その頃に後方小船階に近いのが出てきて、小松さんはどちらかというと、全部ね、長小船階に近い機械で。
それなりにどっちも売れたと思うんだけど、我々としては後方小船階機が主流になるんじゃないかなって当時は思ったね。
長かった?話。
大丈夫です。
心配になっちゃった。
面白いなと思って聞いてました。
だからそれが印象に残った機械。自分たちが携わって。の一つですね。
それが、例えば京都の皆さんで言うと、人数多いわけじゃないじゃないですか。
その土浦の量産しているメンバーに比べて。その人たちのアイディアが割とベースになってっていうのがすごい感動ですね。
そういうのもあるし、逆に土浦の標準機をベースにして、彼らがアタッチメントをつけていく。
どっちかというとそっちが主流だけどね。だけど仲良く昔からやってますよ。
面白い。
近いしね、総会はね。土浦から。
そうですね。割とすぐ行けますしね。
だからいっぱいあそこ行くと、機械並んでて面白いよね。昔の総会行くとね。
面白いですよね。そうなんですよ。
遊園地あるもんね、あそこね。
遊園地です。テーマパークです。
そう、ブレーカーからクラッシャーからね、コアリから、EXもあるし、UHもあるしね。
そうなんですね。めっちゃある。
今さすがにUHじゃなくなったかな。分かんない。
古城の展示してあるのがUH-03ですよね。
あれはでも元祖だから。
その後のUHの時代の7型まで行くと、今のにかなり近いよ、2ポンプ2バルブで。
入社当時の重機とデザインの変遷
なるほど。梶田さんが入社された頃って何の機械があったんですかね。
一番多かったのは、流れてたのはUH-07。
UHの最終盤。
そこに1年目でEX-200っていう、今は名機だって言われてるけど、それが流れ始めた頃。
だから我々がUHの最後の世代かな。
ラストジェネレーション、UH世代。
キャブがオレンジ色だったのはそれが最後かな。
確かにその後、針色?
白に近いね。
白っぽいですね。
かなり白に近かった、EXは。
あ、変わったんですね。そういう見方が確かに。
カクカクしてオレンジでっていう。
だからあの時のEXの1型のデザインってかなりチャレンジングで、オッて変わる感じだったよね。
昔カクカクカクだったでしょ。
それでカウンタイトバーッと丸くして、それでキャブも昔よりも違うスポットレセスでバーッと繋げるような作り方して。
カッコよかったよ。乗りやすかったし。
丸っぽいやつって作るの大変じゃないですか。
そうね、型はいるけどね、大きな型が。
でもあの頃から結構大きなプレスで作れるようになったからね。
その作る側の設備の技術向上とかが製品に反映されてるんですね。
そうだね。
推しエンジン6BG1と日本の技術力
え、おもろ。私ずっと忘れてたんですけど、エンジンを流した推し重機の話をし忘れていました。
音だけ流れて放置されていた。
こないだ推しエンジンを聞いて、6BG1、椅子図さんの。
推し重機と推しエンジンはまたちょっと違う。
なるほど。で、こないだ取ってきたのは、
私たちこないだ新井オークションさんって、お山の栃木のオークション会場でイベントをやって、
みんなでオークション会場をウォークラリーするっていうファンイベントをやってたんですけど、
そこで見つけたZX-210H1型の機械に、この6BG1が。
6BG1ってそもそもどういう機械なの?
6BG1は椅子図の6機頭です。
で、今最近コモンレールとかね、いっぱい電子化されたんだけども、
そのエンジンはコモンレールではないけども、メカエンジンとしては最高傑作と思う、私は。
ここから個人的には。
で、やっぱり市場での評判がいいのとタフで、だから世界中どこでも使えるしね。
当時6BG1があって、三菱系でS6系っていうやっぱり6機頭があって、
キャタさんの別の名前がついてるけど、それも6機頭のメカ。
それかカミンズ系、これ小松田乗っけてる系で、QSBがあって、その6機頭シリーズはいいエンジンでしたね。
日本のエンジン、日本の元気を世界に飛び出させた重要な動力源というか、推進力だったらいい表現だね。
推進力いいっすね。
いいエンジンですよ皆さん。でもやっぱりS6BG1だな。椅子図の人たちのためにも。
最高傑作。なんか毎回このエンジン音の解説、梶田さん入ってもらいたいぐらいですね。
松山からでいいかったら。どうやって入るんだろう。
今回のエンジン音の解説ですね。
4JG1が6トンクラスで初めて出す3リッターで、4BG1が12トン。
いわゆる椅子図で中型を固めたって感じだったかな。
その後いろいろ入れ替わるやつ。今も使ってるけどね。
エンジンの歴史だけで5時間ぐらいいけそうですね。
でもそういうやつ何年かいるよ。俺の方が詳しいってやつ。
エンジンなら任せろ。
好きなエンジン多分違うと思うけど。
初めて担当した機種EX75UR5型
みんなの推しエンジン音をみんなで流してもらえたらいい。
ちなみに推し重機はまた別でEX75UR5型ってありますけど、これはどういう企画で。
これはですね、会社入って初めて自分で一機種をまとめた機械だから、推しというか思い出というか忘れられない機械でした。
これ梶田さん何歳ぐらいの時なんですか。
33、34ぐらいでスタートしたかな。
結構若い。
それは面白くて、普通部長さんがいてね、課長さんがいて、我々技師がいるのね。
だけどあの頃人たちが来て世界中に行ってから部長さんいなくなっちゃったの。
次に課長さんもいなくなっちゃって、センター長からお前らでやれって言われて。
小島に残されてボートで脱出しなきゃいけない。それもただ標準機じゃないんですよ。
さっきの75U1の子って、さっきのPCの78UUっていうのの太鼓だったのね。
だから速攻掘りでブレーズをつけてっていう機械だったんで、どっちかっていうと標準よりちょっと離れた開発だったの。
だからもっと言うと標準はね、例えば本体だと、エンジン、キャブの人たちっているんだけど、専門家、我々いないんで。
もう我々だけでやるしかないみたいになって。
例えば若い設計者のフロント構造物を設計していると同時にハーネスやれとかね。
個人的にはキャブと油圧とエンジンだったの。なんで俺がキャブ、生まれて初めてのキャブ。
そうやって分担して開発したんで、いいことと悪いことがあって。
いいことから言おうか。
ジェニアリストになる、いわゆる。いろんなことを経験する良い舞台だった。
悪いことは舞台にしちゃったので開発大変だった。
でしょうね。
お前ら素人がみたいな不具合たくさん起こすから、確かにやっぱ専門家違うなと思って。
専門家の知恵はやっぱすごかった。
違う。だからその後はああいう開発やめた方がいいと思って。
一周回って持ちは持ちやって思いますよね。
だからね、だけど自分たちでキャブ設計っていうか、一緒にのみや産業さんとやって、エンジンは40G1って新しいエンジンつけて。
油圧も今の20トン積んでるトライアスのスリーポンプの原型みたいなの作って。
好きなことやれたかなっていう意味で推しです。
いいですね。
人に押せないけど。
自分の中では。
自分立ち押し。
思い出もめっちゃあるし。苦い思い出もいっぱい。
その後センター長にお前らよくここまでトラブったなって。
逆に?
言われたくらいちょっと大変だったんですけど。
でもいろんなこと勉強したかな。
大事ですよね。
大事なの。
それを30代前半って一番吸収しやすい時期というか、ちょっと分かってきた時期じゃないですか。
そうだね。1995だ。そうだね。34、5だね。
設計現場のリアルと昭和の文化
ちなみにその時って手書きの図面ではさすがにないの?
さすがに違うけどCADだった。今のCADみたいにすごくないよ。もっと遅くて。だけどCADです。
私が入った頃は当たり前だけどドラフターだったから。
手書き?
壁に立てて。
しばらくしてからCADが少しずつ2次元CADが入って3次元CADが入ったんだけど。
ちょっと話ずれちゃっていい?
大丈夫です。
3DCADになって何書いてるか分かんなくなって。
だって一人が画面を見てるんで分からない何やってるの。
ただドラフターの頃は想像つくかな。
例えば4階だったんだけど全部ドラフターなの。端から端まで。すごいでしょ。
みんな立てるじゃないですか。後ろを歩けるんですよ。当たり前だけど。
そうするとそいつが何の図面を書いてるか分かるの。
確かに。
そうすると違うさ。お前違うんだってなる風に。
部長さんとかからありがたくもありちょっと嫌だなと思うけど。
こう言われんのね。
ドキッとしますよね。
今でも覚えてるんだけどね。
当時の部長。お前ね、図面下手だなって言われた。
逆。すごい。下手ってあるの?
そうそう。図面の下手あんの。
手書きだからってことですか?
今も同じだと思うんだけど、昔図面の中にどうやってレイアウトしていくか。
A1とかでっかい図面は、その配置とかね、それはね、センス。
で、センスないんですよ。自分で言うと。図面の。
図面描く人は尊敬してたな、上手い人は。
職人ですよね。
みんな職人だけど、職人だって上手い人と下手な人いるから。
それに、みんなタバコ吸ってて。
時代がね、昭和だから。
昭和入った頃。ほとんど吸ってて。
で、私吸わないけど、見えないんですよ。5メートル以上。
煙で?信じられん。
いつももやって。
もうアイコスにしてほしい。
当然だったですもんね。自分の灰皿持ってて。
最後、また話ずるいちゃうんだけど、最後、タバコ討伐みたいのがいて。
タバコ討伐?
最後は全部、回収されてるのチェックしろって。その討伐がね。
で、最後まで残んなきゃいけないの。
それこそ何百、そうかな、当時100人ぐらいかな。みんなタバコの灰皿回収して。
灰皿回収するのがタバコ討伐の?
役目。
役目。かわいそう。
それは20代は。でも反乱を起こして、一部、私とか2、3人で。
なんでタバコ吸わない奴がタバコ討伐をやらなきゃいけないんだって。
確かに。タバコ吸ってる人たちでやってほしいですよね。
そうなりました。
よかった。
注文仕様書と歴代の推し機種
いい会社だなと思って。
よかった。
あの、風立ちぬかな。ジブリの映画でゼロ戦作るやつの設計の。
堀越さんね。
そうですそうですそうです。あれでタバコ吸って図面描いてみたいな、あの世界を。
そうそう、あの世界だった。
すっげえタバコ吸ってんな。
すごいのよ、ほんとに。
文化ですよね、もはや。
聞いてる人たちは、もう吸わないですよ、当たり前の。
もう工場全面禁止するんだって動きまであって。反対期もするけど。
もうあんなには吸わないし。
あの頃は寒くて、設計室が。
作業着で、寒いから作業着で、ドロドロの作業着で行ったら、それで図面が汚れるのね。
もう悲しくなっちゃって下手だわ、汚れるわ。
下手だわ、汚れる。ホワイトちょっとやって。
いやー昭和でしたね。
昭和ですね。
昭和。
でもなんか、昔の図面とか手描きのやつとかすごい擦れて読めないやつとかも結構昔見てたんですけど、
すごい梶田さんの名前のやつ探したくなりました。
あんまない。
あんまないですか。
あの、注文仕様書ってわかります?
はいはいはい。
あればっか入ってた途中から。
注文仕様書の係だったんですね。
あの図面だから。油圧部品の注文書とかエンジンの注文書とか。
カタカナいっぱいの。
懐かしい。
じゃあ次の聞きますよ。
梶田さんが選ぶ歴代日立近畿の建設機械で好きな機種3つ。
3つ?
そうね。関わったやつが好きになっちゃうから。
いいですね。
さっきの2つは言ったよね。75URの5と225のUSR。
それと、やっぱり自分がその世代でまとめたザクシスの5型。全シリーズ。
これは印象深いですね。
繰り返ると。初めてのDPF。コモンレールDPFでエンジンが。
あれはマフラーフィルターって言ってるけどね。
それを積んでトライアスを20トンから30トンまで積んで。
ある意味節目だったのが、この時世界同一仕様を諦めたんですよ。
つまりその前までは同じ200だったら、日本とかアメリカとか中国とかアフリカとか全部一緒の機種だったのを
地域別にエンジンとか油圧システムが変えて、どうしても一緒にしきれない理由があって
例えばエンジンの燃料の精子とか、あるいは気性の問題とかね。
これはもう機会を空けようと。だけど、今も申し訳ないと思ってるんだけど、開発量が増えたよね。
だからマレーシア向けのなんとかなんとかは、5Gベースのなんとかでってな、広がっていくわけで。
ただタチャさんも含めてみんなそういう風潮というか傾向にはなってきたんで、やむなしかな。
だけどまあ、お前が言うなって言われるかもしれないけど、あんまり増やさないほうがいいね。
あんまり増やさない。大変。
大変。そうですよ。でも少ない人数で開発しなきゃいけなくなっちゃうかもしれないし。
その通り。
大変。
次世代へのメッセージ「発明し続けろ」
大変。覚えるのも大変。
覚えるのも大変。そうですよね。単語帳みたいにどんどん機種名増えていくし。
そうだよね。
関連するかもしれないんですけど、今回コミュニティサイトでジェキファンダムの会員さんからレジェンドに聞ければ何聞きたいっていう募集をしたんですね。
その時の一個がホリホリさん。若い頃の自分または次の世代に一つだけ伝えるとしたら何ですか。
えっとね、これ別にひたち研究ってないけど、発明し続けたらいいかと思う。新しいことをどんどんどんどんやったらいいと思う。
大事ですね。
発明しない。さっきの7号の話したじゃないですか。みんなが去っていって取り残されてみんなでやらなきゃいけない。
それは新しいこといいかこれやってみようぜみたいなところがたくさんあったんで、それは期待します。
ただこれもお前が言うかって言われるんだけど、失敗するなら失敗するなって言ってるから我々。
会社はそう言いますよね。品質ですしね。
あれは私じゃなくて会社が言わせてました。私個人的には発明してチャレンジして新しいことを世界に通っていってほしいなと思います。
大事ですね。ちっちゃな失敗を重ねて大きな成功を得るっていう。
うまく失敗するのって難しいよね。大失敗やってきたからいくつか。
だからそうするとね、大失敗やると大失敗しないように持っていっちゃう。
安全にってなりますよね。
特に年取ってくると。
私みたいに。
聞いてる方は新しいことをやりたいのにってあるかもしれないけど、でもごめん。やったらいいと思う。
やってください。新しいこと。
素晴らしい。
発明してください。
発明っていいですね。多分いろんなビジネスの界隈だとイノベーションを起こせとか、いろんな英語で言ってきたことを発明って確かに開発してきたからこそ。
イノベーションと発明って違うんじゃないかな。イノベーションってなんとなく革新とかさ。
革新ですね。
発明ってこんな新しいことを考えたんだ、この仏でっていうソフトで。そういうちょっと技術チックな匂いするよね。
確かに。あと制約があるからこそできる発明とかもありますよね。
そうだね。
まあでも日立研究に限らず小松さんなり神戸さんも住友さんも日本研究をもっと世界で言いましょう、たくさん。
いやー素晴らしい。
建設機械業界のシンクロと成長
これは言ってもいいと思うんだけど、すごく不思議な現象があるの。小松さんと日立研究ってどっちもやっぱりこれが入った1987年とかと比べるとどっちも大きくなってるのね。神戸さんもそうだろう。
2つの売り上げがデコボコするじゃない?毎年上がったり下がったり。全く一緒なの。
すごいシンクロ。
1年も違わなかった。俺が見た範囲では。上がる量とかは別だよ。
そうかと。これはやっぱりこの研究業界は一緒に世界に出ていってるんだと思った。つまり世界の需要とかそれにすごくリンクする産業なのね。
世界の建設機械の需要がものすごく大きくなって、日本の研究メーカーがそれに釣られて大きくなっていく風景はあって、それはもちろん小松さんも頑張って、神戸さんも頑張って、我々も頑張ってるんだけど、それだけじゃなくて建設機械っていう需要がものすごく伸びたんですよ。この40年くらいで。びっくりするぐらい。
マイニングも含めてね。だからある意味謙虚になるべきで、我々だけの力じゃなくて、世界の中で受け入れてもらって伸びてきた産業なのかなと。1年も違わないんだよ。
面白いですね。
あの上がった下がったのこの波がですよね。
違ってたらこれカットしちゃって。
ちょっとここ違ったじゃん。
でもほとんど似てると思う。
これからも伸びると思うけど、みんなで世界の橋道、ダム作っていくかな。
いいですね。
重機ラジオ
重機あるある:YouTubeと解体番組
これって私だけ?重機あるあるゲストの方に、私だけかもしれないけど、たぶんみんなそうじゃない?という、ケンキにまつわるあるあるを教えていただくコーナーです。
かきたさんのあるある。
たぶんみんなあるあると思うんだけど、YouTube見ませんみんな?
YouTube?
ケンキの。ケンキのYouTubeって面白いよね。
面白いですね。
自動車のYouTubeって全く見ないんだけど、ケンキは結構見るんですよ。
特にショーベル、元商売柄。ショーベルが多く見るの好きだな。ぼーっと見てる。
特に水平壁やってる。
水平壁ぼーっと見ます。
乗り切ってるの。ずーっと乗り切ってるYouTuberなんですよ。
いいですね。
いいでしょ。
いいですね。
トントンってやってシューっと。
気持ちいいですよね。
今日はここまでですみたいな。
じゃあ続きは続きを。
あとはね、ハマったやつを脱出させる。
あとね、それこそUH、あの頃の時代のもう一回生き返らせる。そういうのも載ってるよね。
最近ちょっと増えてきまして。
あれ、自動車とか納機もあるんだろうけど、ケンキ手ごわいよ。
ホースとかシールがあるから絶対手ごわいと思うんだけど、
ホース爆発してたから見てたら今エンジンかけたら爆発するだろって。
バーンってね、サドウィぶちまけちゃうのね。
だけど、それはホース新しくするの。さすがだと思う。
新しくして、全部油圧機器もばらして、オーリングとか変えて、で動かすようにしてるの。
すごい面白いよね。
いいですね。
いいでしょ。
時間どけますね。
あとはあれだね、YouTubeひたすらみんな見てないのかな。みんな見てると思うんだけど、解体系のやつね。
あーはいはいはい。
解体キングでもやってたじゃないですか。
あれ、ひたち出るともう血まなこで見るよね。
血まなこで。
グーッと見るよね。
これここで押さえて、こっちでって、ここは動くだろうとか、ここで複合できんの、これ多分うちだけだなとかね。
それは見るな。
面白い。
でもよくあれがテレビになるなと思ったけど。
確かに。
番組にちゃんとなってますもんね。
でもあれね、他社さんもそうだと思うんだけど、あの原爆が全部黄色になったり全部緑になったり全部オレンジになったらちょっと嬉しいよね。
ちょっとみんな同じこと思うんでしょうね。
だから3回ぐらいみんなオレンジとかね。
ありがたいですね、使っていただいて。
たくさん行ったよね、あの解体屋さんにも。
大変でしたよな。
なかなかうまくいかないこともありました。
そんなことを乗り越えて今は松山でしっぽりとネットフリックスの。
正確には茨城と松山。
茨城と松山ね。
松山に隠居したかった、そんなことありです。
半分、半分松山で。
茨城の皆さんまた呼んでね。
そうですね。
エンディング
じゃあそんなこんなでエンディング。
エンディング梶田さんいかがでしたか。
一方的に話してしまいました。
よろしいんでしょうかこれで。
大丈夫です。全く問題ないです。
ありがとうございました。
楽しかったですか。
いろいろ思い出すこともあって楽しかったです。
忘れかけたこともあったりとか。
忘れかけたことも大事ですね。
良かったです。
じゃあ番組の感想はハッシュタグ10期ラジオ。
10期は漢字、ラジオはカタカナです。
どうぞSNS、コミュニティサイト通じて投稿をお願いいたします。
といったところで本日のお相手は
猿山美香と本日のゲスト梶田雄介さんでした。
ありがとうございました。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
さて皆さんロックお聞きになりますか。
日本のロック黎明期から走り続ける
マトサンハウスの柴山敏行さん。
そんな柴山さんが建設現場で働く人々に
捧げて作ったこの曲に込めた思いは
久し元気も同じです。
それではお聴きください。
ランドクロス。
41:36

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