2026年8月24日月曜日配信の第59回スペースボルケーノです。 本日は、オカジュンさんゲスト回後編ということで、オカジュンさんの人生年表インタビューをお送りします。
オカジュンさん生まれた年から時系列順にどんな人生を辿ってきたのかをじっくり伺っているんですけど、
僕自身、オカジュンさんのポッドキャストとか文章の発信を見ていて、まぁ共感というか共振する部分があるなぁとうっすら感じていたんですけど、その理由が最後に判明してすっきりしました。
それではお楽しみください。
メイクフレンド実験レイディオスペースボルケーノ
始まりました。メイクフレンド実験レイディオスペースボルケーノシーズン2。 僕が鳥取生まれギターポップ育ちのケージくんです。大阪市在住です。
この番組は人生で一番大切なものは友達なのではないかという仮説を持つ鳥取生まれギターポップ育ちのケージくんが音声配信を通じて友達とのコミュニケーションがどこまで可能なのかを実験検証していく番組です。
はい、というわけで今日も番組の感想やリアクションを紹介していこうと思います。
前回の第58回ゲストオカジュンさんの回の感想、Xで見つけた感想をまず紹介していきます。
最初がゲストご本人オカジュンさんですね。
大好きな番組に出た。胸を借りるつもりで安心して飛び込んだら、特に最初の方ケージくんがハテナハテナハテナってなってる。そんなケージくん今まであっただろうか。そこが聞きどころ。
未だに何を言いたかったのか、謎なポンコツぶり、ツッコミお待ちしてます。
ということでありがとうございます。
ポンコツぶりとか全然長かったと思うんですけど、ツッコミはねあったら嬉しいかもしれないですね。
今回は後編でオカジュンさんの人生年表インタビューをやってますので、ぜひそちらも楽しんでいただけたらなと思いますし、
オカジュンさんまた感想をつぶやいてください。ありがとうございます。
で、次がソットさんですね。
人間関係でも存在価値の軸であまり世の中見てなかったなということでありがとうございます。
そうですね、存在価値と機能価値の話、友達と仲間の違いみたいなところで前回オカジュンさんとお話ししたことに関する感想だと思うんですけど、
存在価値とか機能価値っていうその考え方僕も本当最近知ったんですけど、すごいね、掘りがいのあるというか面白いテーマだなと思うんで、
またこういう話していきたいなと思ってます。
ソットさんありがとうございます。
次、シュウさんですね。
オカジュンさん人たらしわかる。言語化できないけど笑いということでありがとうございます。
僕が前回オカジュンさんとお話ししてて、オカジュンさん人たらしなんだなっていうことがわかったっていうことなんですけど、
シュウさんもね、オカジュンさんと実際にお会いしたことがあるようですし、
ポッドキャストでお話したりとかもされていると思うんで、
シュウさんもね、直接オカジュンさんとお話をして人たらしということを体感したということだと思います。
ありがとうございます。次はジョンさんですね。
友達と仲間のレイヤーの話が面白かったです。
僕は仲間のレイヤーの中に友達がいて、友達のレイヤーの中に親友がいる認識なので、レイヤーが逆転してて面白いということで。
ジョンの平凡ラジオとかクローズハウスのラジオのジョンさん、ありがとうございます。
そうここね、友達と仲間とあと親友まで出てくるとね、なかなか面白い話になるなと思います。
ジョンさん、どうもありがとうございます。
じゃあ今回もゲストにオカジュンさんに来ていただいてます。
オカジュンさんよろしくお願いします。
オカジュンです。よろしくお願いします。
今日はですね、前回はオカジュンさんの友達についての価値観をいろいろお話し伺ったんですけど、今日は僕がちょっと楽しみにしてた人生年表インタビューというのをやりたいなと思ってるんですけど、
要はオカジュンさん生まれてから今のオカジュンさんまで人生を歩まれてきたのかっていうのを時系列順にちょっと順番に聞いていけたらなというふうに思っております。
どんなことが起こっているんだろう?
まず、オカジュンさんがこのように生を受けたのは1981年ということを伺ってまして、これ何月何日生まれなんですか?
8月13日生まれです。
8月13?
昨日です。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
1981年生まれということで、最初の記憶ってあります?
最初の記憶は、たぶん弟が生まれた日かな?
はいはい。
なんとなく覚えてるかなくらいで。
弟さんは、
2つ下なんですけど。
ということは、オカジュンさんが2歳の時、具体的にどんな記憶だったか覚えてます?
最初に見た時のことは覚えてなくて、父親と寝てて忙しくなっていく様子だけ覚えてます。
親が忙しそうになっている。
生まれるか、なってる時にワーってなってるのだけ覚えてます。
それが最初の記憶ね。
一番、あんまり特に大したエピソードじゃないんですけど。
でも、生まれるって思ったんでしょうね。
うわーみたいな。
2歳の時って、まだ幼稚園とかにも行ってない感じですもんね。
2歳だって、やっと自分で立って歩くことができてる感じですよね。
そうなんですよ。でも、それ本当に記憶なのか、
途中で夢か何かと一緒になってるのか分かんないですよね。
分かります。僕も。
だから違うかもしれない。
僕も最初の記憶が本当に自分の記憶なのか、
後々親とかに、あの時こうだったんだよって聞かされたのが、
自分の記憶として埋め込まれてるのか、
そうなんですよ。
どっちなのか、もう分かんなくなりますよね。
これ、ちょっと分かんないんですね。
夢かもしれないなと最近思い始めて。
でも、誰にも確かめることできないですもんね。
確かめたとして、それがそもそも親から埋め込まれた記憶だったとしたら、
親が、あ、そうそうそうとか言うから。
そうなんですよ。
もう絶対確かめようがないって。
よく覚えてるねってなるだけであって、
でもそれが最初で、その後とかで言われると難しくなってくる。
じゃあ、幼稚園の頃とか、小学校に入る前のこととかで覚えてることとか、
印象的だったこととかってあります?
幼稚園に通っているときに、自分が担任だった先生が、
違う学校に赴任していくってなって、
そのときに、私がお手紙を書いたんですよね。
で、それがすごい、お母さんたちの間ですごい、
この子は文章の天才かもしれないみたいに、
バズっというか、褒めてもらえたよっていうのは、
母親に言われたのはすごい思ってます。
それ、何歳ですか?
何歳かな、小学校入る前、5歳とかかな。
5歳のときにもお手紙書けたの、相当やばいですね。
でも、たぶん6歳かな。
小学校入る前です。
なので、母親がすごい褒めてたよ、いろんなお母さんが。
なので、私は手紙だから先生にだけ書いたのに、
先生がうれしくて、たぶん見せたのか、
まあ、母親が持ってるかもしれないですけど、
でも、それすごい覚えてます。
めちゃくちゃうれしかったのを覚えてますね。
すごいですね。
そのときから文才というか、文章を書く?
いやいや、もうわかんない。
じゃあ、自分では何を書いたかとかは、全然覚えてない?
覚えてないけど、たぶんそんなに大したことは書いてないと思うんですけどね。
普通によく書けるような内容だと思うんですけど、
単なるありがとうとかじゃなかったんだと思う。
なるほど。
すごい、なるほど、そういうのが。
そういうのもあって、書くの好きだなってなったような気がする。
親に仕向けられてるとしたらすごいけど。
それはすごいですよね、教育として。
なんか、僕は岡純さんのポッドキャストでやられてることとかで、
すごく文学少女みたいなイメージがめっちゃあって、
小説を書かれて芥川賞を取るのを目標みたいな感じで言われてるじゃないですか。
だから、本を読んだりとか、さっきの幼稚園のときの作文、手紙を書いた話があったんですけど、
小学生のときに、図書室でめっちゃ本を読んでたりとか、
本を読むことが好きになったとか、そういうのってあったりしますか?
本は、公立の図書館で、母親が小さい頃から本を借りてくれてたから、
それで絵本とかいっぱい読んでたんですけど、
何にハマってたかな?
図書室の本もよく借りてたけど、
小学校のときに、師匠の先生の企画で、
作家さんにお手紙を書こうっていう企画をしてくれて、
それで、私が書いたら、私にだけ返事が返ってきたんですよ。
すごい。お手紙すごいですね。
じゅんこちゃんが将来、素敵な作家さんになってねって書いてくれてるのが、今も撮ってあるんですけど、
だから、そのときになりたかったんだなっていう。
で、全校生徒にそれが、なんとお返事がきましたみたいなのがきて、
ただ、すごい有名人、有名ってか、選び方もよかったんだと思います。
絵本作家の方にして、みんなとかぶらない。
それは、小学生の岡純さんの中で、そういう戦略的なことがあったのか、
たまたまその絵本がすごい好きで、その人に手紙書きたいなと思ったのかとか、覚えてます?
その絵本のことすごい好きだったけど、ちょっと戦略もあったと思う。
たぶん、他のそのとき人気だった、織原美人さんとか、例外系の小説書かれてる方とかも、ずっと予約がいっぱいだったみたいな、
そういう人に書かずに、あえて絵本の人を選んだのもよかったと思います。
なるほど。それが何年生のときですか?
それが小6ですね。
あ、それが小6。小6ってことは12歳だから93年ですね。
Jリーグできたとき。
はいはいはい。93年。
小室さんが流行りだした頃、TRFとかも出てきたところなのかな?
えっとね、まだかな?
まだか?
え、どうだったかな?
あ、でもそうか、そうかもしれないですね。
私最初に、一番最初に買ったCDって、プリンセスプリンセスのベストアルバムなんですよ。
プリンセスプリンセスベストアルバム、そうですね、その頃のベストアルバムですね。
最後のアルバムかな?
そうですね、ベストアルバムとか出てた頃かもしれないですね。
それが小3ぐらいで買った気がするかな?小5か。
でも小3だとしたら1990年だからちょうどそれくらいかもしれないですね。
その後リンドバーグとか。
はいはいはいはい。
分かります分かります。
じゃあ6年生ぐらいのときとかがそんな感じ。
そうです。
作家さんにお手紙を書いたりとか。
で、中学校はどんな感じでした?94年に中学入学だと思うんですけど、何か覚えてることあります?
覚えてるのは、何だろう、なんか急に、ちょっとその頃ミーハーだった気がしますね。
今はあんまりミーハーと思わないんですけど、
なんかJリーグが始まったから、そのときだけ一瞬サッカー好きで、
いや今はそんなによくわかってないんですけど、
そのときは好きでしたね。
それは好きな選手がいたとか感じですか?好きなチーム?
好きな選手が、川口よしかつ選手。
はいはいはいはい。僕も同い年です。
あーそうなんですか。
そうなんだ。
そう、好きでしたね。
94年が中一で、川口よしかつは、だからそのとき、19歳とか20歳とかで、日本代表になってたぐらいですよね、たぶん。
そうです。日本代表でした。
で、そのとき、中2、中3くらいは、私がたぶん川口ファンってことをみんな知ってるほど好きだったんで、
たぶん、それがすぐ覚えてる記憶ですね。
なるほど。
そうですね。
なんか、中学生ぐらいになると、やっぱりその学力みたいなやつ、わかりやすくテストの結果とかが出てくるじゃないですか。
得意科目とか、やっぱり国語が得意でした?
得意でした。
えーっと、そう、あーちょっとこれもほんと、これなんか自慢みたいになるけど、
国語のテストが物足りなすぎて、その先生がすごいいい、担任だったんですけど、男性の国語の先生。
いい人でよかったなと思うんですけど、テストの裏に漢詩とか書いてました。
私、これだけ余裕がありましたけど、みたいな。
漢詩ってでも、漢詩って中1とかではまだ習わないんですよね?
いや、中2のときかな、に習ったのを覚えてて。
えー、そうか、確かに。
古典とかも中学でやりますね。
そうそう、そうなんですよ。
こうやって韻を踏んでみたとか。
それは、自分で作った漢詩ですか?
そう。
すご!
なんかテスト中に時間がありすぎて、作っちゃいましたけど、みたいな感じで。
マジか、すご!
で、先生がそれ読んで、暇だったんだなと思って、採点してくれたりして。
でも、めちゃくちゃ嫌なやつですよ、なんか。
まあまあまあ、暇すぎて。
いや、でも、自分がでもね、先生の立場から考えてみたら、そういう生徒好きだなって思っちゃいますけどね。
そうですか。
そう、マイクとか作ってみたり。
そういう余裕かましてくる子好きだな、みたいな。
そうそうそう、余裕かましてきて。
じゃあ、逆に苦手な科目とかありました?
うーん、なんだろう、でも、何が苦手だったかな。
でも、これだけはやらないとか、捨てたりとかしなかったんで、
まあ、後にすごく理数系が苦手なことには気づくんですけど、
中学の段階はまだ好きでした。
そっかそっか。
まあ確かに、中学校とか、大学入試レベルになってくると、理数系とか特に段違いに難易度がね、上がっちゃいますもんね。
その、なんか、範囲が広がりすぎるというか。
うんうん。
あとなんか、中学の時、好きだったカルチャーとか、そういうの覚えてるのあります?
ジュディー&マリーがめちゃくちゃ好きでした。
はいはいはいはい、もうそうですね。
ジュディー&マリーが大好きで。
ちょうどそれぐらい、94年とか95年とかも、ジュディー&マリーが。
ユキちゃんからも手紙もらったんです。
私が書いたんじゃないんですけど、それは。
クラスで体育祭の旗を作るので、ユキの絵を書いて欲しいって言ったら、原画書いてくれて。
すごい。
それで、それどおりに布で作ったんですよ。
うちのクラス。
ユキもすごいけど。
クラス全体が好きだったから、割と。
で、手紙くれて、ユキちゃんが。
それはすごい話ですね。
それ中学何年生の時ですか?
これ中2です。
中2、まさに。
中2のクラスがすっごい紙クラスというか、いいクラスで。
それ覚えてます。
だから、それほんと中学時代は、ジュディー&マリー大好きで。
そんな手紙とかで絵とか書いてもらったら、ますます好きになりますよね。
そうですね。
すごい。
あと、弁論大会とか出てたって話ありましたよね。
それは出たかったわけでは全然ないんですけど、中3の時に、しかも真面目な弁論じゃなくて、
初めてだから、結構大きく文章を褒められた機会だったかもしれないです。
先生がやっぱ、クラスの子がみんなが選んでくれたんだけど、
なんか、すごい真面目というよりは、ちょっとユーモアを入れて、
それが受け入れられたっていう経験だったかな。
すごい人数の中で、それを読んだら、みんなが笑ってくれたっていうのが、すごい嬉しかったなっていうのは覚えてます。
でも、中学生の段階で、やっぱそういう弁論みたいな真面目な文章の中に、やっぱユーモアを入れるって、
そうですね。
やっぱ、ちょっと一段階上ですよね。
今思えば、だって、公立の結構、ヤンキーと言われるような方もいっぱいいる学校なんで、
そんな目立つこと自体がリスクなんですよね。
なるほど。
でもそこで、だからあんまり優等生っぽすぎる文章だと、何あの子みたいになっちゃうから、
なんか、面白いから選ばれたんだなって思われる方がいいなって思ってたというか。
戦略的に。
戦略的に。
やっぱそこはあれですよね。
何だろう、そのユーモアというか、ある意味隙を作るというか、
そうですね。
完全な優等生的なキャラクターじゃなくて、面白みたいな、面白キャラみたいなとこで、っていう感じだったんですね。
そう、そうだと思います。
でも今思えば、そこが結構、ノートとかに書いてるのの原点かもしれない。
ちょっと、ちょっとなんか。
その笑いを取りに行くっていうか、ユーモアを混ぜて。
どこかに取りに行きたいと思った感じがある。
それは、そうか、笑いを取りに行きたいというか、やっぱ笑わせたいみたいな欲があるってことですか。
欲があると思います。
じゃあ、中学は、そういう公立のとこだったんですが、高校からは。
高校も公立ではあるんですけど。
新学校。
新学校、はい。
中学校からは、何人かそこの新学校に進学する感じだったんですか?
それとも、わりと岡淳さん一人だけとか。
他の県はわかんないですけど、岡山は学区があったんですよ、公立の学校。
受けられる、地元のしか受けられないとかあったんですけど、
私が行った学校は、学区が撤廃されてて、岡山全域から来ていいよっていう学校で。
それは県内ってことですか?
県内の子からっていう学校だったんで、私よりもっと遠いところから来てる子もいたんですけど、私も遠いほうでした。
でも、岡山って結構広いから。
広いです、はい。
そこで、県内どこからでも来れるって、ほんとすごいですね。
でも、通学に2時間とかかかる人とか普通にいるみたいな感じで。
だから、下宿してる子も結構いて。
そうですよね。
はい。
私も家が遠いから、今思えば親がよく許してくれたなって思うんですけど、よく友達のとこ泊まっていて。
それは、下宿してる友達のとこですか?
そうそう。
はいはいはい。
なんか、行事の時とか、夜遅くまでみんなで用意して、次の日早いから泊まるねとか、今思えばすごいんですけど。
すごいですね。面白いですね。
じゃあ、結構またちょっとカルチャーが違う人たちが高校で集まって、友達の友人関係とかもちょっと変わってきますよね。
はい。
なんか、どんな感じでした?高校生の岡純さんは。
高校時代は、もう一番笑いを取りに行こうとしてました。
中学の時、公立だと、さっきの国語の時間に裏に鑑賞書くっていうのって、他よりちょっとできる人って感じだったと思うんですけど、
新学校に行くと、割と同じようなレベルの賢い人たちが集まってるじゃないですか。
その中で、笑いを取ることで、自分のポジションというか、そういう感じですか。
ポジション取ろうとした。
しかも、ツッコミができないから、狙ってるっぽい感じで言わないとダメになるんですよね。
それは、周りがツッコまないからってことですか?
自分がツッコミ側で面白い人としてはなれないから、
例えば、国語の授業とかで指名されたときに、それはみんながいかに笑ってくれる回答を間違えてもいいから言えるかみたいな。
だから、それはボケるってことですよね?
まあ、そうです。ボケるってことか。
大喜利みたいな感じってことですかね。
そこを天然みたいにみんなには言われてたけど、自分でちょっと狙ってました。
キャラもあるけど、あえて自分で演出してる部分もあったってことですね。
天然してるんだけどなって思ってました。
面白い。中学でもそうかもしれないですけど、高校生ぐらいになると自分のアイデンティティというか、
自分と他人の違いとか、自分はどういう人間なんだろうとか、自分の価値をどう出していけばいいのだろうかみたいなことを考えるような時期だと思うんですよ。
なんかそういうのありました?
そう、やっぱり他の人すっごい優秀だなってばっかり思って、
優秀いかにみんなできる人で、っていうのを一番、挫折したと言ったらあれだけど、
勉強に関しては、そんなに大したことないな自分っていうのはすごく思ったんで、
なんだろう、でも何思ったかな。
でも、男女関係なく仲良かったなっていうのがあって、
当時の男子の友達と大人になってから、全然違う会とかで会ったときに、
私のことをみんなの親戚って言ってて。
おもろ。
だから、恋愛とかじゃないし、いとこみたいな感じがして。
そういう距離感にいたってことですよね。
言われたことがすごい覚えてます。
おもしろー。
他人じゃない感じがしたってことですよね。
親戚というか、ちょっと血がつながってるみたいな。
そうそうそうそう。
親族みたいな。
って言われて、なんかちょっとそれは、自分でもそうかもなって思ってたんで。
同級生に生まれたのがおもしろい。
やっぱひとたなし的なところがあったんですよね、きっとね。
その距離感の詰め方っていうか、そういう印象を、親近感を自然にこう与えることができるっていうね。
親近感かも。
なんか自分としてはそんなに近寄ってはないから、
身近にいそうに思われるのかな。
身近にいそう。
あとなんかあれ、なんかおばあちゃん家の近くに住んでそうとか言われて。
それもよくわかんない。
なんだそれ。わかるようでわかるけど。
親近感持ちやすいっていう意味なのか。
でも親近感ですよね、きっとね。
そうかもしれない。
カルチャー的なことは、相変わらずやっぱ本を読んだりするのが好きな感じ?
そうですね。でも、高校時代あんまり本読めてなかったですね。
中学時間、勉強に追われてたかもしれない。
そっかそっか。
でもカラオケがすごい好きだったり、
先輩のバンドのやつ見に行ったり。
ライブハウス行ったりとかってことですか?
友達がバンドしてたから、それを見に行ったりはしてたから、
バンドは好きでしたね。そういうライブハウス行ったり。
結構じゃあ、どの辺のライブハウス行ってました?
岡山のペパーランドっていうところ。
ペパーランドは僕もよく行ってます。
そうですか。
岡山大学の近く。
はい、そうです。
いいライブハウスですよね、ペパーランドは本当に。
そうなんですか。
なんか俺、他に行ったことなくて。
そっかそっか。
でも、バンドはみんな大好きですよ。
あ、そうですか。
ペパーランドは。
へー。
そうそう、そういう、どっちかというと、
アイドルとかじゃなくて、バンドが好きでした。
へー。
そうか、なるほど。
で、高校3年通って、大学は東京の大学行かれたんでしたっけ?
そうです。
もう浪人とかすることなく現役で。
そうです、はい。
なので、90、2000年入学ですか?
2000年に帰りました。
2000年で東京に出ると。
はい。
どんな感じでした?大学生になって東京に出て行ったら。
あのー、本当は私も、実はケイジ君と同じ大学に行きたかったんですよ。
あー、そうなんですね。
で、だから、ずっとその辺に住むんだろうと、
まあ、見学っていうか、オープンキャンパスとかも行ってたし、
あのー、そのあたりに住むんだろうなーって、
街の感じとかも見てたんですけど、
なんか急に、ちょっと、もっと遠くに行きたいみたいになって、
私、映画で魔女の宅急便が一番好きなんですよ。
一番っていうか好きなんですよ。
僕もジブリの中で魔女宅が一番好きです。
えー、そうですか。知らなかった。
いや、僕はもうリアルタイムに映画館で中学生で見てます。
うわー、すごい。
めっちゃ好きっす。
で、たぶん、高校に行くのを決めるときも、
そういう、誰も知らないところで、人間関係を新たに作ってみることが楽しいっていうか、
どれくらいやれるかやってみたいみたいな気持ちが、いつもあって、
それで言うと、本当なら関西の辺に行く予定だったのが、もっと遠くに行ってみようみたいになって、
で、急に志望校を変えたんで、変えたっていうか、
まあ、そっち側、国立が受からなかったっていうのもあるんですけど、
市立の、東京の市立に行きました。
そうか、2000年、もし同じ大学だったら、僕そのときまで学生やってたんで、
3番で会えてた可能性ありますね。
本当だ。
一緒にバンドやってたメンバー、99年に入学した子が、ボーカルやってるんで、
2000年なら、僕まだ4回目の大学3回生やってたかな、2000年は。
だから、会えてましたね。
すごい。
じゃあ、東京に進学して、一人暮らしで、みたいな。
高校テニス部で、大学は、大学運動部入ったんですよね?
はい。体育会の野球部のマネージャーしてたんです。
マネージャーか。
それ、きっかけとかあったんですか?
もともと、実はテニス部のときもマネージャーをしてて、プレーもしてたんですけど、
どうせなら、マネージャーとしてトップで、なんとなくイメージ的に野球部だったんですよ。
一番、自分は選手としてはやれないけど、マネージャーでいくなら、もっと厳しい世界でやってるところに行ってみたい、みたいなのがあって、
だったら、野球部に入ってみようと思って、
本当は一人でだったつもりが、同じ高校から野球部に入った子がいて、選手で。
その男の子と一緒に入ったというか、
誰でもマネージャーになれるっていうわけじゃなかったんですけど、
その同期の子が、監督とか先輩とかに、いい子なんで、入れてやってください、みたいな。
そういう感じなんですね。
東京って、大学の野球盛んですよね、たぶん。
そうですね。
一番東京が、結構強い野球部だったんですか?
強い野球部で。
選手が結構たくさんいる。
そうです。
マネージャーさんもたくさんいますよね、きっと。
でも、各学年、女子は一人しかいない。
そんな感じ。
4人ぐらいいて。
そうです。
へー。
それはそれですごい大変そうだな。
大変です。
へー。
大変ですね。
4年間、ずっと野球部のマネージャーやってた感じですか?
へー、すごい。
文学部だったので、大学ではほとんど女の子ばかり、学校へ行くと。
部活は男性ばかりでやってて、
よく、キャンパスで会う、まだ浅い友達とかからは、
兄弟が、男の兄弟がいっぱいいるって、よく言われてました。
いそうな感じするって。
でも、実際、弟さんいるじゃないですか。
そうですね。
お兄ちゃんもいるとか、そういう何かあるんですかね。
なるほど。確かに、男兄弟のいる女性。
何かあります?特有のものが。
確かに、あるかも。あるかも、あるかも。
あれですか、虫とか触るの平気ですか?
まあまあ平気です。
そういう感じのイメージがあるんですよね。
虫捕りとか普通にできる、男兄弟がいる女性は。
魚釣りとかも。
はいはいはい、そうそう。
そういうのは全然苦手な人いるじゃないですか。
魚とか動物、虫とかに触れないタイプの人と、
割と平気な人がいるときに、岡純さんの印象は、
確かに虫捕りとかは別にできそうなイメージはありますね。
男兄弟がいそうなイメージ、確かにあるかも。
そうですか。
でもそんな、で、高校もクラスほとんど女の子ばかりだったんです。
どっちの文化も、分かるというか。
高校の時は文系、理系にクラス分かれてました?
はい。
そうですよね。
国際コースみたいなやつだったんで、ほとんど女子だったんです。
そうか、僕も高校、理系、文系クラス分かれてたんで、
僕理系だったんで、45人クラスにいて、女の子10人いないぐらいですよね。
そんな感じです。45人中7人男子みたいな感じです。
そっかそっかそっか。
そっか、どっちの世界も全然知ってて、どっちにいても大丈夫だったタイプ。
まあ、大丈夫だったのかな。なんとか。
大学時代、思い出深いエピソードとかあります?
大学時代は、野球部の関係で、神宮球場でアナウンスしてました。
それは、マネージャーの人だったら誰でもすることなんですか?
そうですそうです。途中からそうなったんですけど、
本当なら放送研究会とかの子がやってたものなんだけど、
あまりにも野球分からない子がやったときに、間違いだらけになっちゃうので、
途中から、私の台からやるようになって。
それ具体的にはどういう内容をアナウンスするんですか?
1階の表とか。
はいはいはい。
何々大学の攻撃はとか言って。
はいはいはいはい。
その選手の名前とか。
ピッチャー何々くんみたいな。
何々高校とか言って。
すごい。僕、岡純さんの声初めて聞いたときに、
アナウンサーみたいだなと思ったのは、それぐらいですかね。
大学時代の神宮球場で。
でも、そのときは特に誰かに褒められることもなかったと思います。多分。
で、大学卒業して、高校の先生になるんですよね。
はい。
いつぐらいにこの先生になりたいと思ったんですか?
もうね、実は就職活動が本当にうまくいかなくて、
両親が教員だったっていうのもあって、
あんまりイメージが会社に対して何したいとかなくて、
今思えば。
で、そのときは新聞記者になりたかったから、
まあ難しいところ、今思えば、そんないいところばっかり受けて、
それは受からないよって地方とかも受けてたんですけど、
それで、ああ、もう新聞記者はだめだなってなって、
どうしようかなって考えてたら、教育実習があって、
教育実習に行ってみたら、
だから、もう今年は就職一環くらい思ったのは、
就職活動行ったら意外に楽しかったから、
まあ、やろうかなって思って、
あんまりすごい教育的な思想もなく、
頑張ろうっていう気もそうないままになって、
ただ単に面白かったからやってみようと。
教育実習って、2回ぐらい行きます?
3年生のときと4年生のときとか。
そういう学校も多いけど、
うちの大学、あんまり教員になる人がいないから、
教育学部とかある学校だと、多分2回行ったりするんですけど、
僕が教育大学付属の中学校にいたんで、
僕は逆に、教育実習の先生がめっちゃ来る学校だった。
そうですよね。
それが普通ではないのか。
逆に教育学部で付属があるから、そういうことができるんであってってことですね。
そういうことだと思います。
じゃあ、逆に言うと、短いっていうか回数は多くない教育実習が楽しかったって、
どんなふうに楽しかったかって覚えてます?
そうですね。何が楽しかったんだろう。
でも、子どもたちに教えるのは楽しかったです。
授業、後に嫌いになるけど、授業自体はね。
でも、なんか工夫して、その時も結構笑ったりしてくれたんですよ。
笑われるのが好きなのか。楽しかったとか言ってくれたりしたから、
面白かった、私そういうのも結構できるのかなとか思って、楽しかったって思います。
じゃあ、先生になったのは地元岡山に戻って先生だったんですか?
はい。で、やっぱり都会に対する怖さみたいなものはずっとあったんで、
おじけんっていうか、そういうのも自分の育った環境と違うし、
ここで教員になるのは怖いなっていうのはあって、なるなら地元でなろうと思ってたんで、戻ったんですけど、
実はその全職の学校が、岡山の子一人もいないんで、ほぼいない学校で。
岡山にあるのに、岡山の県外からの進学してくる人が多い、特殊な高校だったっていう。
東京と大阪の子が多い。
まじですか?そんな感じなんですね。
全寮生で、みんな岡山の子であっても寮に入って、人格的にこう一緒に。
それはめちゃくちゃ特殊な進学校ですよね。
特殊です。
あんま部活とかもない?ほんとに勉強に特化する?
というか、塾とかに行かなくていいように、学校で全部面倒見る。
その代わり、通学時間とかも使わなくていいから、むしろ生徒会やったり部活やったりしたい子が入るって感じ。
そっかそっかそっか。じゃあもう純粋に、めっちゃ無駄なく高校生活をエンジョイできる。
そうです。エンジョイできる学校でした。
おもしろ。
じゃあずっとそこ、私立です。
私立の学校。
そこに結構、これは2004年ですか?入ってられたのが。
そうです。2004年に行って。
で、そこからも結構長いこと、英語の先生をやる。
20年。
20年ってことは結構、じゃあ2023年とかまで?
そうです。そうです。やりました。
まあでも20年はまあまあ長いですよね。
長いです。しかも一個の学校なんで。
だって2004年で最初の年に、最初の年の高校3年生とかって、そんなに年の差5歳ぐらいしか離れてないんですよね。
5歳しか離れてないです。
だから当然20年もやってたら、もう普通に大人になって再会とか。
そうです。あります。
今やられてるポッドキャストも、割と教え子に向けてやってるみたいなこと。
言ってますけど誰も聞いてない気がします。
まあでも一人ぐらいはいるんじゃないですか。
いると思います。たぶんいると思います。
たぶん誰かは聞いてると思います。
聞いてるでしょうね。きっとね。これも聞いてくれてたら面白いですね。このインタビューも。
はい。でも、割と初めてがっつり3年間担任したクラスは9歳下で、
その学年の子は私が退職するときにお祝いっていうか、ご馳走してくれました。
へーすごい。だってね、退職したのがだから、2023?
そうですね。まだ最近ですね。
3年前ですもんね。
はい。
だからそのとき9歳、30前後ってことですね。そのときの教え子がね。
へーすごい。いいな。
そう。
で、その先生を辞められて、今のお仕事、いくつかされてる感じではあるんですけど、
心理カウンセラーみたいな、心理カウンセラーの資格を取って、スクールカウンセラーをされてるっていう感じなんですよね。
はい。
これ、ポッドキャストの方でも話されてると思うんですけども、
簡単に先生辞めてカウンセラーになられた理由というか、経緯みたいなの。
はい。
伺っていいですか?
はい。教員になってすぐからもうずっと興味はあって、
その時の方に、この子って話してるとすごい頭がいいの、もう明らかにわかる。
頭がいいって言ったらあれだけど、すごいできる子なのわかるのに、試験の成績は悪いなっていう、あんまり出てないなっていう子がすごいいっぱいいて、
なんかもう、善良性だったから、本当に夜まで一緒にいたりして、毎日じゃないですけど、
その子がサボってるとも本当に思えなくて、一緒にやってるとこ見たりとか、いろいろしても、
でも、これって何なんだろうとか、後に学習障害っていうものがあるとか、そういうことに至るんですけど、
あと、親に言われて、この職業に就きなさいみたいな感じで言われて、
勉強の楽しさとかも全然わからずに来てて、そのせいで命まで、いらないものと思っちゃうような子がいっぱいいて、
そういうのを見てると、いくら私が頑張って教科指導しても、これは意味ないじゃないけど、もっと先に考えるべきことがあるんじゃないかなっていうのは、ずっと1年目から思ってて、
で、コロナになって、コロナが訪れて、そのときに、どうせなら、旅行とかも行けないし、しっかり勉強しようと思って、勉強するようになったんですね。
で、そこから国家資格取れたので、せっかく取ったら、教員として、いつでも戻ろうと思えば戻れるだろうし、一旦やめてみて、ちょっと心理の方だけで生きていけるかやってみたいなと思って、やめました。
うーん、なるほど。だから、普通に教師として、科目を教えたり担任してるだけだと、こぼれ落ちてしまう生徒さんが存在するなっていうことで、そこをちょっと救い上げたいというか、寄り添いたいみたいな気持ちが働いたっていう。
たとえば、働いてた高校には、そういうスクールカウンセラーみたいな役割の人はまだいなかったんですか?
いや、いました。いたんですけど、教員辞めてから気づいたけど、あんまり担任で私ほど話聞く人もいないくらい聞いてたんで、
いないって自分で言うのもあれだけど、普通ちょっと授業のことしてとか、あんまり生徒と1時間も2時間も話さない。
でも私は、今、けいじ君と話してるみたいに、結構毎日のように誰かと話してたから、寄り添いたいっていうふうに思ったのかな。
どうにもこうにも、これだけ話してもダメだな、ダメっていうか、どうにかできないのかなっていう思いが強かったかもしれないですね。
あと、テストについても、筆記でしか学力を測れない世の中にもちょっと嫌になってきたと。
そんなのもあるかな。
そうですよね。一番測りやすい測り方でしか測ってないですもんね。
なるほどな。
やっぱり、そちらにジョブチェンジというか、心理カウンセラーになって、今はスクールカウンセラーとして自分が思い描いてたこと、できてるなっていう感じはします?すごく。
まだまだこうやりたい、こういうふうにやりたいなっていうところを目指してるみたいな感じですか?
まだまだ道半ばって感じ。
ただ気づいたのは、そんなに頑張らなくても評価されるなとは思います。教員時代より。
スクールカウンセラーっていう。
自分が特に頑張ってる気がしなくても、自分が描けた労力に見合う、見合うじゃないな、見合う以上にすごい評価をしてもらえるから、そういう意味ではいい場所を見つけたのかもしれないなって。
なるほど。岡純さんの中で、多分基準が高いんでしょうね。
でもその基準に自分は達してないと思ってるけど、周りから見たら岡純さんの基準が高すぎるから、そこに達してなくてもすごく評価されてるとか、そういうことなんですかね。
うーん、なんていうか、こんなことでいいって言ってもらえるの?っていう。
なるほどな。
でもなんか僕がそのポッドキャストを聞いてると、岡純さんは心理カウンセラーっていうお仕事以外にも、会社やられてたりとか、いろんな活動をされてる。もちろんその小説を書くっていう。
確かに。
アクター合唱を目指すっていうところも、すごいいろんなことされてるなっていうイメージが、ポッドキャストを聞いてて思うんですけど、その、やっぱり好奇心ですか?その好奇心でいろんなことを。
そうですね、うん。好奇心はすごい強いと思います。
そう、僕もだから自分と岡純さん似てるなって思う。確かに好奇心がすごい旺盛で、好奇心でいろんなことをやってるなっていうイメージがめっちゃ。
何でも面白いと思えるというか、それはあるかな。
僕も全然ないんですけど、自分、何やってる人ですか?って聞かれたら、何て答えるかみたいな、あります?
何て答えるかな。何て答えます?
僕は今のところとりあえず趣味聞かれたら、今ポッドキャストっていう風にしてるんで。
ポッドキャスターって名乗れるところでは、ポッドキャスターって名乗ろうかなと思ってます。
人間を面白いと思ってる人みたいな感じはあるかもしれない。
すげー。人間を面白いと思ってる。それは職業として名前をつけた方がいいんじゃないですか、じゃあ。
あー、そうか。見たね。
でも、よく樋口さんとかも、人間観察じゃないけど、実験というか、おっしゃいますよね。そういう人間が好きみたいな。
そうですね。だから、自分の名前がそのまま職業みたいな、寺山修司的なところ。
今で言うと伊藤誠孝さんとか、そんな感じのところありますよね。
だから、岡純さんもそういうの目指したいみたいな感じ。
でも、そうかもしれない。
その一つとして、やっぱり芥川賞を取るみたいな。
全然、賞とかにあんまり興味はないんですけど、分かりやすいかなと思って。
わざと言ってる感じ。僕もそれはすごい分かります。
山村さんが深掘ってくださって、純文学、なんで純文学なんですかとか、いろいろ聞いてくださったから、考えて。
でも、最初の取っ掛かりとして分かりやすさはあった方がいいんで。
だから、そういうことなんだと思って聞き始めて、
あれ、でもこの人、そんなに賞を取ることにこだわってないよなみたいな。聞いてたら分かるみたいな。
そういうのが、そういう感じ。
いいですよね。僕もすごいそれ分かって、自分もバンドやってる時、めちゃくちゃ真剣にバンドやってたんですけど、
本当は僕はバンドを続けていくことが目標だったんで、
メジャーデビューとかどうでもいいって思ってたんですけど、
でも、例えば僕塾の先生やりながらバンドやってたんですけど、
周りにはメジャーデビュー目指してるって言った方が分かりやすいっていうか便利っていうか、
真剣にやってるんだなって思ってもらえるから、
自分は別にメジャーデビューとかどうでもいいし、メジャーデビューしてもろくなことないって思ってたんですけど、
でも周りにはあえてメジャーデビュー、メジャー目指してるって聞くから、もちろん目指してますっていう。
分かります。そういう感じです。
言ってましたね。
本気って感じを分かってほしいってことか。
そんな感じです。僕だから今日ちょっと生まれ、1981年岡淳さんが生を受けてから今までのお話をザーッと駆け足で聞いてきて、
ちょっと分かってなかったところはちょっとずつピースが余ってきて、すごく面白かったです。
やっぱりすごく最後にそういう話になりましたけど、好奇心がすごい旺盛というか、
すごいいろんなことに興味があってみたいな、っていうところがベースにあるんだなっていうのがすごい分かりました。
話そうと思ってなかったことまで話した気がする。
本当ですか。
よかったです。
よかったよかった。
その魔女の宅急便がすごい好きっていうのもすごい共通点ですね。
本当ですね。
ありがとうございます。
じゃあ最後にまた告知をちょっとお願いできたらなと思ってるんですけど。
私の番組を、岡淳文学心理百景を聞いていただいてお便りをください。
最新回では篠原凌子さんの小室哲也の愛しさと切なさと強さを募集してるんで。
それはちょっと最新が聞いていただいてお便りを送るということで。
あと岡淳さんのノートも概要欄にリンク貼っておこうと思うので、
気になった方はぜひ見ていただけたらと思います。
あとついでに告知すると、僕10月31日にザンドドラゴンズ初心者会というのを
長野県塩尻にあるゲストハウスキッチというところでやるんですけど、
岡淳さんもなんとそれに参加していただけるということで。
そうなんです。
しゅうさんも来られるので、しゅうさん、岡淳さんとダンチャンズ&ドラゴンズができるっていうね。
一緒にしましょう。
まだちょっと数名、枠空いてるんで、気に入る方はそちらも応募してもらえたらなと思ってます。
泊まりでできるってすごいですよね。
すごいですよ。泊まりっていうか時間気にせず、わいわい。
頑張れば朝までできるっていう。
多分それまでには終わると思うんですけど、泊まりでちょっとわいわい楽しくやろうと思ってるんで。
気になる方ぜひよろしくお願いします。
お願いします。
というわけで今日はゲスト岡淳さんでした。どうもありがとうございました。
どうもありがとうございました。
はい、というわけでエンディングです。
いかがでしたでしょうか。2週に分けて岡淳さんゲスト回お送りしたんですけど、
すごく岡淳さんのキャラクターが鮮明になったというか、僕の中で面白いトークさせてもらいました。
岡淳文学心理百景の方もすごく面白いので、あと岡淳さんのノートの方も概要欄に貼ってありますので、ぜひそちらも見てみてください。
この岡淳さんゲスト回とは全然関係ない話なんですけど、
これを収録している8月23日日曜日の前日、22日の土曜日に準駆動でミッドナイト準クラブっていうオールナイトイベントが開催されてまして、
リアルテンポでやるイベントなんですけど、それに参加してきました。
朝まで本屋さん、準駆動大阪本店の中をウロウロできるオールナイトでウロウロできて、
なおかつその中でフェスみたいな感じでいろんなイベントが開催されているっていう準駆動の50周年記念イベントみたいな感じで、
東京の池袋本店と沖縄店の全国3店舗で開催されたイベントらしいんですけど、
チケットが最初買えなくて、追加のやつでやっと買えたんですけど、整理番号は602番だったんですよ。
なので、だいぶ入場が9時から21時開始だったんですけど、入場が本当に21時過ぎちゃって、
なので600人以上お客さんがいて、本当に僕準駆動大阪本店まあまあ行くんですけど、こんなに混んでるの見たことないっていうくらい人がいました。
イベントも結構いろいろ開催されてて、僕事前に直前までいろいろバタバタしてたんで、
イベントの内容がちゃんと確認できてなくて逃しちゃったのも結構あったんですけど、でも見れたやつだけでもすっごい面白くて、
またちょっと来週とか余裕があればその辺の報告もしっかりしていきたいなというふうに思ってます。
あとね、おかじゅんさんの最後の方にお話ししてたんですけど、
これ毎回言ってるダンジョンズ&ドラゴンズ初心社会の塩尻で開催されるやつで、
10月31日の土曜日、長野県塩尻市のゲストハウスキチで行うD&D初心社会なんですけど、
ちょっとずつ応募してくれてる人が増えてるんですけど、まだ枠が空いてますので、
早めに枠を締め切って、人数確定してからいろいろ用意したいなということも考えてるので、
なるべく早めに参加者が確定できたらいいなと思ってますので、
迷ってる人はとりあえず予約ホームから応募よろしくお願いします。
それの準備もいろいろ進めてまして、普段やってるD&D部の方もあるので、
最近本当に仕事以外の隙間時間、めっちゃD&Dのことを考えてるっていうすごく幸せな日々を送っております。
そんな感じでですね、今週はこの辺で終わろうと思います。
それじゃあ、バイバイ。