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#47 おぴっぴとお友だち/言語は変わる、いつでもどこでも誰にとっても
2026-04-06 17:18

#47 おぴっぴとお友だち/言語は変わる、いつでもどこでも誰にとっても

言葉は変わるものだというもりもとの主張/言語は時代によっても同じ時代の中でも変化していく/子どもに対する言葉も地域や世代によって違う/うどんがおぴっぴになる世界/知らない子でもおトモダチと呼ぶ不思議/順番にやることをどう表現するのか/子ども向けの言葉には「お」をつけることが多い/やさしさなのか距離の取り方なのか/そこには少し作為もあるのかもしれない/言葉は社会の空気と一緒に変わっていく


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先輩のもりもっさんが、後輩のかどちゃんにいろいろ質問して
普段の生活の中にあるヨロコビを言葉にしていくよ!
毎週(月)・(木)のに更新!


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・かどちゃん
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00:07
私は、学生時代からずっと立場は一貫していて、言語は変わるものだと思ってるんです。
よく、さっきも話したけど、エモいやばいにいろんな細やかな表現が集約されてきて、それに危機感を唱える人もいるんだけど、
確かに、もったいないような気も一方ではするけど、いろんな表現が使われなくなっていくのは、
変遷だから仕方がないっていう、私は主張なんですよね。
それは、言語学の中でよく使う言葉、通時的って、時間が通ると書いて通時的。
時間が過ぎていけば、時代の変遷とともに言葉は変わっていくっていうのと、
もう一個、共時、時間をともにする、共時的。
現代、この瞬間、時間は一緒やけど、例えば東京と関西。
場所が違えば言葉が違う。日本の中でも違うし、文化圏が違えば、さっきのヒンディー語になったり英語になったり、
なんちゃら語って世界でいっぱいあるような言葉があるんですよね。
共時的にも違うし、通時的にも違うんです、言葉ってね。
細かく言うと、ラングとパロールっていうのがあって、
辞書に載っているような文法、語法。
それから、我々が、そうじゃなくて、我々が日常、普段使いしている、使いやすい、親しみやすい、
文法、語法、主語、述語、動詞、もうめちゃくちゃやけど、通じるこの話し方っていうのがあるんですよね。
でね、その中に注目している言葉が私ありまして、
子供言葉というか、赤ちゃん言葉というか、
例えば、その、子供に、はいはい、座って、っていうときに、
彼女はなんて言うんですか。
座れ。
おす。
例えばその、お座りしてとか、地域によっては、おっちにしてっていうとこもあるらしい。
とかね、それから。
それは子供にしか言わない言葉。
子供に対して、そうだね。
一気で。
あとなんだっけ、ご飯のことまんまって言ったりね。
あるじゃないですか、子供に対してしか使わない言葉。
03:04
急にあれやね、いざ言おうとすると全然出てこない。
で、その中で、僕は四国、徳島県の昭和58年生まれ世代なんだけど、
そのときにいろんな親や周りの大人からかけられてきた子供向けの言葉を背負って、
今、子育てをしてると、やっぱり奥さんは香川県出身で、
その近いところでもやっぱり言葉が違っていて、
うどんのこと、僕は普通におうどんって言うけど、
例えば香川の人はおぴっぴっていうね、うどんのこと。
子供に対してはおぴっぴ食べようっていうね。
何のこっちゃら分からんくて、最初。
分かんないですね、確かに。
とか、僕東京で子育てをしてて一番最初慣れなかったのは、
公園などなどで、ほらそこにお友達いるから気をつけてみたいな。
ブランコとかで、近くに他の子がおったら、ぶつかったらいかんから、
そこに他の子おるから気をつけてじゃなくて、
そこにお友達いるよ、気をつけてって大人たちが言う。
確かに。
見ず知らずの子供でも、
お友達っていう表現で他の子のことを言うんですよね。
それも最初びっくりして。
で、もう一つこっち来て新鮮だったのは、
例えば滑り台をみんなで、
何でしょう、やるときは、
順番を守ってやりましょうっていう意味合いで、
僕だったら、はい、順番こでやろうって言うんだけど、
こっちで聞いてびっくりしたのは、はい、順番番だよって。
金谷さんに聞いたことある?
聞いたことないですね、順番番。
何かの歌ってあるかな。
あるんや。
あんまり耳にしたことないかもしれない。
僕は順番、多分西なんやけど、奥さんも順番こっていう。
最後にこをつける。
それも子供向けの言葉ですもんね。
大人には使わないですよね。
こ、順番こっていう。
そうだね、順番こは大人には使わんかな。
そうですね。
粉、粉なんですかね。
どこ?日清製粉?
順番こ。
ねえ、多分きめ細やかなんでしょうね。
おそらく薄力粉と強力粉が合々で混ぜられてるじゃないですか。
06:04
5対5ね。
パンチね、パンチ対パンチで。
うん。
それでね。
僕は順番こって言ってて、多分西日本の人は順番こ。
で、僕が住んでいる地域だけなのか、順番番って言うんだよね。
ある時、私公園で遊んでたら、
おじいさんがどうやらお孫さんを連れてきて子守し遊んでて、
どうやらその話し方を聞いてると関西か西日本の人。
ないよね。
ないよ。
で、その孫さんがちょろちょろ遊んでて、なんか滑り台をするときに、
順番を抜かそう、抜かしたわけじゃないけど、他の子がおるけど滑り台やるって言って行ったときに、
そのおじいさんが言うたんが、多分いろんなのがもうね、混ざったんやろうね。
西とか東とか、昔とか今とか混ざったんだと思うけど、
なになに君、順バコバコだよ、順バコバコだよって一生懸命言ってたんですよね。
そう、教授的にも通事的にもね、言葉を変遷するので、
しっかり受け止めてあげようと思った一幕のご報告でございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
はい、ありがとうございます。
いやー、うまくしゃべれてよかった。
よかった。乾燥しましたね。
乾燥した。
そうか、でもお友達って言う言葉は確かに謎ですよ。
河野さんのへんも言う?
言いますよ、言いますよ。
うんうんうん。
何なら自分たちも言っちゃいますね、お友達。
あ、言っちゃう?
知らん。
うんうん。
それを大人に対してというか、
子供に対して知らない大人が近くにいるときに
お友達とは言わないじゃないですか。
あー、確かに。
おっさんに対して、近くにいるおっさんのことを
ほら、同僚がいるよとは言わんもんね。
そうですね。
で、なんか小さい子に対してはなんか、
Oをつければ何でもいいんじゃないかみたいな。
うん。
さっきのうどんのこともOをつけてるじゃないですか。
うん。
なんでしたっけ?
おぴっぴ。
おぴっぴ。
うん。
なんかOをつけますよね。
Oはつけるな。
Oはつける。
Oをつける。
すごい場面変わる話していい?
うん。
私、前々職の会社で仕事してて、
とある取引先、こっちが営業される側か、
09:00
こっちがお得意側で、
営業担当の社外の方からメールもらったんよ。
そのとき私が発注書を、
急ぎの案件で発注書を、
本当は紙の発注書に応印して原資を渡さないかのところを、
先に内容だけでもって言ってPDF化してメールで送って、
このままお願いしますって言って。
その返事、ご礼もらった返事で、
5、PDF化ありがとうございますって返ってきて。
Oって言って、いやとんでもないですって感じなんだけど、
さすがにそこまでOや5をつけるのはすごいなというのがありましたね。
そうですね。
でも、おメールとかたまに言う人に。
おメールあるんや。
おメールを頂戴しまして。
お手紙。
お手紙のノリか。
ノリじゃないですかね。
手紙にはなじみますね、お手紙。
お手紙なじみますよね。
でも子供に対しては、
子供が年少であればあるほどOをつけますよね。
今日お手紙もらってきたって。
でも、例えばそれが中学生ぐらいになったら、
お手紙とは言わないんですよね。
あんまり言う機会ないかもしれないですけど、
多分手紙とかって言うと思う。
手紙。
確かに。
お魚食べよう、お肉食べようって言うな。
小さい子に対して言うお友達。
お友達がいるから気をつけようねっていうのも、
それは知らない子限定で使う気がしますね。
そうだよね。
お友達いるからって。
その対象が何々君だったら何々君になる。
確かに。
第三者、全然知らん第三者やけど、
そこに誰がおるけん気をつけよというのは、
ちょっとあれなんか丁寧じゃないという風な捉え方なのかな。
何かを子供に擦り込みたい意思が隠れてる。
それもそうだね、感じられるね。
みんな友達だよみたいな、
親のエゴじゃないですかね。
仲良くしてねっていう。
みんな仲良くしてよっていう。
そうだね。
大人たちのエゴ。
がそう呼ばせてるのではないでしょうか。
そうだね。
そうなりますよね。
友達じゃなくたってね。
思いやって過ごせたらいいよね。
そうですね。
それが小学、中学年とか高学年になった時には、
お友達近くにいるから気をつけてって多分、
未来性としては言わない。
何て言うんだろう。
他の人がいるからってなるよね、多分、高学年。
12:00
他の子とかになるんじゃないですかね。
他の子が近くにいるから。
待ってる子がいるからとかね。
年少だったら小さい子が近い。
成長すればするほど、
お友達ではなくなっていくんじゃないか。
切り離されていくわけです。
人類はどんどん分断されていくんですよ。
そこね。
そこから分断始まってんのか。
だとすると、超絶優先期自体です。
だから、
例えば、大人になって、
会社の同僚が、
ちょっと静かな会場で、
すごい大きい声で喋ってた時に、
あなたはちょっと他の人見てるからとか言うじゃん。
だから、その時にも、
ちょっとお友達見てるからって。
言ったほうが人類は平和になるかもしれない。
そうかもしれないね。
そう、お友達見てるよ。
平和になりそうですね。
平和になるかもしれない。
お友達ならいいじゃん、みたいになっちゃうから。
でも、その時はやっぱりあれだよね。
友達って表現する方の意図がすごく入ってるよね。
周りのことを調和するように配慮してねっていう意味がすごく濃くて。
そういう意味合いですよね。
それが小さい子には通じないという大人が舐めてるんじゃないですかね。
他の人って言ったら、
自分とは関係ないんだ、じゃあいいじゃんって思っちゃうから、
お友達というちょっと近づけた表現にすることによって、
配慮をさせようという、
支配をする言葉。
いろんな意図を隠して行間を読ませる。
かといって自分が全てを説明しきらないでも、
させようみたいな単語の一つなんですかね。
なるほど、すごい作意があるよな。
お友達が近くにいるからって、
だからなんだよっていう音じゃないですか。
近くにいるからって、
そこまでしか僕とかも多分言わないですよね。
ほらちょっとお友達近くにいるから気をつけてとか、
気をつけてぐらいは言うかもしれないですけど。
なるほど。
お友達が近くにいるからって、
理由になってんのかなとか。
うん。
なってるか。
なってるか。
私は美しい言葉だなと思ったのが、
学生の時にインターンシップで、
中学校へ指導補助に通ってたことがあって、
15:01
野球部の指導をしてたんですよ。
中学2年生がみんなでキャッチブックをやってて、
キャッチボールをしてて。
で、僕の横にいた子が投げる相手のすぐ後ろに、
他の部活の子が迫ってきてたから、
気をつけやっていう意味で、
京都だったんやけど、
おい後ろ違反でって言う。
それすごい美しいなと思って、
今みたいに作意的に友達っていう言葉も使ってないし、
他の第三者みたいなドライな切り離し方もしてないし、
なんなら若干違反でっていう、
後ろオルデーじゃなくて、
ちょっと敬意というか丁寧な言葉を使って表現してて、
いいなと思ったことがありますね。
友達って結構毎回使っちゃいますけど、
使わないようにします。
いやいや、使ってくれていいんですよ。
使わないように。
気をつけます。
いやいや、いいんですよ。
ちなみに私は使ってないです。
敵がいるぞ、みたいな。
敵になり得るかもしれない。
別個体がいるぞ。
目立つんじゃねえみたいな。
そうだね。
いつ何時襲われるかわかんないぞって。
お友達っていう表現をこの世から全部、
それを全部敵に変換したら、
子供たちはいったいどんなふうに育つのか。
どうなんだろうね。
実験をどこかの大学とかがやってるかもしんないですね。
やってるかもしんないね。
調べずにまた言うけどね。
敵が近くにいるから気をつけなさいって。
今度のお誕生日会は敵呼ぶの?
敵何人ぐらい?
17:18

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