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#87 もりもっさんはあぜ道にたたずむ/急ぐ × 大切の4象限に立つ
2026-08-27 13:47

#87 もりもっさんはあぜ道にたたずむ/急ぐ × 大切の4象限に立つ

<p>なぜもりもっさんはあぜ道で何もせずたたずんでいるのか<br>その脳内会議を覗いてみました</p><p></p><p>▼番組について<br>・先輩のもりもっさんが、後輩のかどちゃんにいろいろ質問して<br>普段の生活の中にあるヨロコビを言葉にしていくよ!<br>・毎週(月)(木)のに更新</p><p>▼パーソナリティ<br>・かどちゃん<br>・もりもと(X:@huhuWorks)</p><p>▼お便りはこちらまで<br>2人にはなしてほしいこと、質問したいこと、<br>なんでもOKです<br>|<a href="https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSegWZ8pt5U_6L8e_h6hUM4TeXxEthK5wvQNmOkffJ2xjYkASA/viewform">⁠⁠Google Formへのリンク⁠⁠</a></p><p>▼ご感想やコメントはこちらの#で!<br>#いやーかどちゃんさ<br>#いやかど</p><p>——<br>#哲学対話<br>#ラング #パロール #語法 #文法 #日本語 <br>#市井 #対話 #雑談 #楽屋トーク #エピソードトーク</p><p></p>

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サマリー

本エピソードでは、農業従事者が田んぼや畑のあぜ道で佇む理由について掘り下げています。もりもっさんは、作物の声を聞き、段取りを考える内なる対話の時間だと語ります。かどちゃんは、その佇む時間が、過去の経験や先祖からの教えを思い起こさせ、優先順位を整理する大切な「余白」であると分析します。単なる暇つぶしではなく、整えられた景色への満足感や、作物が立派に育つことへの願いが込められた時間である可能性も示唆されています。

あぜ道で佇む農家の謎
これは農家、農業従事者についてなんですが、
子供の時もそうですし、今でもさないけど、ずっと一歩外へ出ると、我々の地域は田舎で農業従事者が多いですから、
でんぱたが広がってるんです、田んぼ畑が広がってて、なぜか、田んぼのあぜ道や、畑の横の小道、農道と呼ばれる小道に、そこの田んぼや畑の作り主のおじさん、おっちゃんか、とにかくおばちゃんの時もあるけど、
ずっとたたずんどんよ、そこへ一人で。何をするでもなく。あれ何しようかなってずっと思ってたよね。
例えば作業するでもないし、葉っぱの裏めくってみてなんかチェックするみたいな感じでもないし、ずっと立っとんよここへ。
あれは何をしようかなってずっと思ってたんやけど、分かりました。今回。
今回は私父親から農業を急遽引き継いで、主体的に農業に従事するということで、私もやってました。
今朝もね、無意識にやってました。ずーっとたたずんでました。1回目は畑の横、2回目は田んぼの横。
これはね、私の場合はなんですけど、他の農業をやってらっしゃる方がどうか分からんないけど、
これイメージね。イメージで言うと、会話してた。昨日ずっと。
おー。
今日は朝5時くらいに畑に行った時に、重いよ、重いよって聞こえてきて、
ほって振り返ったら、もうナスビが、この前収穫したばっかなのに、ナスビがもうまたたわわになっとって、
もう倒れそうになっとる。倒れてるから斜めに、重みで斜めになってきてたり、
とか、こっち側から暑いよ、暑いよみたいな声が聞こえてきて、里山が葉っぱを伸ばしてて、
こうやっぱ上にね、日焼けをしてやらないといけないな、とか、
この怖いよ、怖いよも聞こえてきて、
イチジクの木が良きあって、イチジクも今栽培中なんですけど、
あそこからカラスが見てるよ、食べられちゃうよ、みたいな。
ネット仕様かとかね、そういう、
うん、ちょっとこの辺森本さん、マグネシウム足りないっす、みたいな。
っていうね、一歩外を出ると、そういうふうに、うわーってこうやいのやいの作物たちから、
のど渇いたよー、とか、
そろそろカメムシ来るよー、とかいう声が聞こえてくるような気がする。
うんうん。
それをずっと聞いて、聞いてというか、まあ自分で考えるってことだよね。
カメムシ来るな、とか、日焼けしてやらないといけないな、とか、
っていうのを考えて、
ああでも、今日は朝、
あのあれを、
田んぼのあそこの草取りするから、
草取りするってことは、その草を持って帰ってきて、あそこの
堆肥作るとこに置くから、その帰りに、
あの管理者っていうと、上に日焼けをかけるから、じゃあその管理者、先にここ持ってきといて、みたいな、
段取りをね、すごい考えて、
って、
佇んでました。
やっぱりやってみたらわかるんだなと。
うん。
だから、田んぼの周りで佇んでるおじさんおじさんがおったら、
あ、すごい脳内会議してるんだなというふうに皆さんも、
見てあげてくれるといいのかなと思いました。
うん。
です。
作物からの声と優先順位付け
今の森本さんの話の中では、当てはまるのはどっちかというと畑、
畑の方なのかなと。
ああ、田んぼもそうよ。
田んぼもそうですか。
うん。
さあ田んぼに行ったら、
くすぐったいよ、くすぐったいよって言うから、
何かと思って、やっぱり谷脂が大量発生してしまってて。
ああ、なるほど。
根元をね、コチョコチョコチョコチョするんだよね。
で、うちの田んぼじゃなくて、この辺ね、一体この5、6年前から、
谷脂が大量発生してしまって。
被害を持ってるんですよね。
ちょっとまた出てきて、とか。
うーん。
いう感じです。
あ、で、川ちゃんごめん。畑に注目していただいたのは何かありましたか。
いや、なんか、いろいろあったじゃないですか。畑で、何とかだよ、何とかだよっていう。
それ聞いた瞬間に行動するわけじゃなくて、
それは、ある程度、いろんなところと会話して、
溜めておいて、
会話が終わった後にアクションをするという。
ああ、そのスタイルですね。
なんか、
一歩外へ出たら、
なんだろう、
めっちゃ、やっぱり、
父親が退職してから言っとったけど、
退職してからの方が忙しい。
その、
公務員辞めて、
農業一方になって、
からの方が忙しいって言ってたんやけど、
一歩外出たら、
ああ、ここ草が生えてるとか、
ああ、ここの水道の蛇口が
破裂した、変えなきゃとか、
いろんな、
すっごいいろんなね、やらないかのことが
降ってくる。
それをまず自分の近場から
一個一個解決していったら、
田んぼに水入れるっていうところに、
一番大事なところに
たどり着かんようになってしまう。
ので、
ちょっと今ここ草取りしたいけど、
一回ギュッと我慢して、
まずはポンプのモーターに
スイッチ入れるっていう。
やっぱり段取り考えて、
やる感じですかね。
どのぐらいの時間、
佇む時間の意味:経験と記憶の呼び覚まし
佇んでるわけなんですか?
長い時は10分ぐらいは
佇んでると思う。
ああ、10分ぐらい。
さっき森本さんがいろいろ
おっしゃってくれて、
ここがこうだよ、ここがこうだよ、
いっぱいあったじゃないですか。
わかんないですけど、森本さんが
聖徳太子並みの聞き力があるという
ことなのかもしれないんですけど、
多分僕の場合だったら
いろんな声があったら、
多分メモしとかないと追いつかないみたいな。
ああ、そうだね。
感じになるか、
あるいはなんかその、
声が聞こえるっていうのは、
森本さんの経験値と合いまって、
それは何か、
思い起こさせられてるのかなっていう、
記憶を。
そうだね、おっしゃる通りだね。
10分間の余白によって。
そうだね。
そうかも、
昔父親母や
祖父祖母が
教えてくれたことが、
わーって蘇ってくるんやと思う。
葉っぱが黄色くなっとったら、
どうこうとか。
ほうが、稲穂が出たら
カメムシが来るからとか。
っていう、
いろんな断片が、
そう、なんて言うのかな、
暗黙地じゃないけど、
潜在、
そうだね、私の中はまだ明文化されてないけど、
記憶の中に
わーっていっぱいあって、
それが呼び覚まされてきてるんですよね。
だから、
田んぼとか畑にくっつけるやつ、
そういう時間が必要なのかなって。
必要なことが思い出される
整理されたり思い出されたり
するわけじゃないですか。
だから何かを眺めるのか
わかんないですけど、
10分間の余白、
10分、20分の余白
があることで
考えが整理されたりとかするはずなので。
今は余白を埋めてしまいがちなんですけど。
余白が生まれることで
必要なことが見えてくるっていうんですかね。
そうだね。
文字通り立ち止まって
急ぎ案件と大切なことの見極め
稲の神戸の垂れ具合を見ながら
今年は分欠が進んでないなとかね。
さらには俺もおっしゃったように、
この茄子の何かを見たら
すぐに行動するわけじゃないって。
ちょうど一回溜めておいてっていう。
大事なことがその水を出すとか
大事なことが先にあるからっていう。
でも日常生活において
何かこれやらなきゃって思ったら
多分そこに飛びついてしまいがちなんですよ。
確かにそうですね。
全て選択肢を出し切る前に
さまつなことに飛びついてしまう。
急ぎ案件に力をかけがちですよね。
優先順位をつける。
大事なことを見極めるという
ビジネスマンとしてのトレーニングみたいなものでしょうかね。
なるほど。
一旦俯瞰するじゃないけど。
洗い出してみてっていう感じかな。
佇む理由:満足感と景色
一方で
森本さんが昔から疑問に思ってた
おじいさんおばあさんもそうだと
思いますか?
そうだね。
私の場合はっていう感じだね。
ただ単に本気で暇だった
っていう人もおるだろうね。
暇でも
眺める時間を取りたい
っていうわけですね。
他の暇つぶしというか
歩いたりとかもできるわけじゃないですか。
ただ眺めたいっていう。
僕が思ったのは
田んぼって
綺麗じゃないですか。
整ってるじゃないですか。
それを整えたのは
自分自身なわけですよね。
田んぼを手入れした方々の。
その満足感があったら
眺めたくなるなって僕だった。
そうだね。
例えば部屋を掃除して
本棚とかを綺麗に
出版社ごとに並べるとか
なんとかで並べるとか
基準を持って整えて並べたら
片付け終わったってなったら
眺める人もいれば
何なら写真とか撮る人もいるかもしれない
やったなーみたいな
あるな確かに確かにそれもある
本とかは無器物なのであれですけど
無器物なんですよね
無器物であったんですかね
本が無器物ですね
無器物ですよね
ただ田んぼとか育っていくものなので
よりなんかそういう
綺麗に整えて
森本さんがおっしゃったように
会話じゃないけど
立派なお米になってくれるような
出荷されてくれよみたいな
思いも合わさるのかなっていう
考えに
浮かってる
瞬間なのかもしれないね
佇む時間:思い出と経験の重なり
そうですね
そうかも
森本さんも
いろいろ昔
お父さんとかお母さんに
アドバイスされたことが思い浮かぶ
みたいなことを
おっしゃってたじゃないですか
それもあれは
単純に重要なアドバイス
ではなくても
あの時お父さんが
田植えの時
分かんないですけど
鉄だったら終わった後に
握り飯を
二人で食ったなみたいな
そういう合わさった
思い出とか
例えば本棚整理する時にも
本の一冊にしても
これ何かいつ買ったなみたいな
思い起こされるじゃないですか
ありますね
これはあの時の通勤の時に読んだやつだ
みたいに思い起こされたりするわけじゃないですか
そういう時間なんじゃないですかね
そういう時間かもしれない
それも入ってるんだと思う
そうですね
他にあとどんなタイプはあるでしょうね
私みたいに段取りを
考えに行ったりしつつ
段取りを考えていたり
単純に景色ね
綺麗だなと思って
見てたい
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