その、なんていうか、ただ闇雲に時間を投下すればいいわけじゃないよねっていう。
ある程度、頭を使って法律化的な?
そうそう、でもなんかそのやり方を変えるときに結構人のクセみたいなのがあって、
こういうやり方をすぐに取り入れられる人と取り入れられない人がいて、
で、その別のやり方をやらない人って結構やっぱ心がブレーキしちゃって、やらない人っているから、
そういう人は多分そこで止まっちゃうのかなっていう気はしてるみたいなイメージだから。
なんか堂々巡りになるみたいなイメージかな。
でもそれって変わるための努力していないときな。
いや、努力はしてると思うんだけどね。
努力はしてるのかな。
汗をかいてはいるけど、そのなんか努力の方向性みたいな話かな。
そうそうそうそう。
なんか努力って言葉がどこに形容するかでだいぶ変わってくるなっていうところはあるかなと思って。
なんか多分、僕は最近それを考えていたのは、
自分が最近30歳になったから、なんか20代でやってきたことを振り返っていたかつ、
ITトリオではあんまり話しないけど、インスタグラムを最近やり始めて、
やり始めてっていうのは個人っていうよりかは、なんかインスタグラムのアカウント運営みたいな、
もっとパブリックな発信やり始めて、
結構フォロワーが増えた後に、
割と海外でエンジニアしているということで発信しているので、
なんかどうやって頑張ったら自分も小倉くんみたいに海外で働けますかみたいなことを聞かれる機会がちょっと増えて、
なんか確かに努力、自分は努力をしたと思っているけど、
それってなんかみんなが絶対頑張ればうまくいくんだけっていうことを考え始めて、
なんか面白そうだなと思ってきたわけなんですけど、
なんかでもやっぱ、僕はさっきなべちゃんが言っていたことにやっぱりすごい同感な感じがしていて、
なんかその努力が報われるっていうか、まあ頑張ればうまくいく、
頑張れば報われるみたいな、
なんかその努力の正当性とか方向性の検証なしに、
とにかくこうがむしろに頑張ればうまくいくって思っている場合は、
なんか結構限界値あるなぁと思って、
やっぱなんかそれが受験の勉強とかすごい限られた範囲で、
限られた勉強というか限られたエリアの中で限られた成果を得るためには、
まあそもそも進む道が決まっているんで、
あんまりこう努力の方向性とかを考えなくても、
ただ頑張ればうまくいくっていう世界はあると思うんですけど、
やっぱ特に学生が終わった後とかで、
しかも資格の勉強とかじゃない方向の人生のもっとジェネラルな大きなエリアの中において、
何か達成したいことがある場合とかって、
割となんか決まった正解の道があるわけでもないし、
なんか誰かがその自分の叶えたいことのために道を引いてくれるわけでもないから、
なんかそもそもその進むべき努力の方向性をまず定めた上で頑張らないと、
なんか逆方向に頑張ってても汗かいてるだけで意味ありませんでしたっていうのは、
なんかあり得るなぁと思っていて、
なんか二人はどう思ってるのかなみたいなことを。
なんか今の話を聞いて、
海外で働けますか?は、
それはやってみたらできるんじゃない?みたいな気持ちではあるんだよね。
で、成功の定義だと思ってて、
あなたが海外で成功するっていうものをどう定義するか、
それにちゃんとその成功したか否かの判断ができる状態になってるか、
その成功するために何をすべきかみたいなところ。
だからさっき言った方向性っていうところには成功の定義があって、
それに対するアクションができているかみたいな話になるんじゃないかなっていうふうには私は思った。
確かに逆算みたいなところか。
なんかその質問してくれた人の中であったかわかんないんですけど、
やっぱなんかその海外で働くためにどういう資格の勉強したらいいですかみたいなことがあった気がして、
なんかそれは結構なんか見当違いだなぁということを僕は思ったんですよね。
頑張る気持ちはありそうだけど、結構なんか方向性全然違うぞ大丈夫かみたいな。
それも確かにできて、その見当違いな方向に頑張っているっていうことが認識できてない場合は、
確かに自分の目指したい方向性をもうちょっとしっかり解像度を上げて成功の定義を定めた上で逆算しないと、
あと温鎮感になってしまうのかな。
確かになんかその質問を見るに思うと、
なんか多分海外で働くためには資格が必要であるっていう、
この公式をその人が持っていて、それがそもそも正しいかが検証できていない状態だと思ってるんですよ、私は。
そこに対して、たぶん自分が考えているこの考えが正しいかを常に検証しながら前に進むっていうことは必要だなと思って、
なんかそれを怠ることは努力をしていないってなると思ってるんですよ、私はね。
おぉ、なるほど。結構言い切ったね。
それを怠っているなっていう。
だからなんか、安直に解像度を上げずに、どういう資格が必要ですかっていう話をしているっていう形になっているような気がしていて、
まあでも努力の方向性かな、でもまあ確かにさっき話してた努力の方向性に近いかもしれないけど、
その成功への逆算という意味合いでは、
こう考えているけど、これが本当に正しいのかっていうとこの検証を怠っているっていうことになると思うから、
なんかそれを一つずつ着実にやっていくことが私は努力だと思っているんで。
なるほどね。僕はさ、努力は結果とか関係なしに、とにかく自分がこうなりたいな、そうなりたいなっていう状態に対して、
何であれ行動していることがまあ努力だと思っているから。
なるほどね。じゃあ努力の定義的に。
製品はね、そう。
中身は何でもいいんだ。
例えば、なんか俺は強いエンジニアになりたいんだっていう夢を抱えて走っているとかも、それも努力になるってこと?
本人がそう思って、エンジニアになるために肉体からが必要と思っているんだったら、努力として。
それは努力な。
それは本人が思っているのはそうやって思ってもいいと思うんだけど。
なるほど。
ただ、やっぱりその努力の方向性がずれていると、エンサイアフォークにはたどり着けないねっていうのはその通りだと思うから。
道筋を立てることが大事だよね、やっぱり何よりも。
確かになんか、なんだろうな、僕結構両方の言い分というかがわかる気がして。
確かにその、中エンジニアになるために毎日走るの頑張ってますわ。努力と言えば努力だけど。
確かになんだろうな、努力そのものと成果を得るための行動は、
実は若干、かぶるところもあるけどちょっと違うところがあるみたいな話かなと思って。
努力単体で見たら、確かに頑張れば努力に全て見なせると思うんですけど、
それが成果に繋がる努力かというと結構別の視点が必要みたいな。
なんか割と人生の中でやりたいことがある場合は、ただがむしゃらに頑張るだけではなくて、
やっぱり自分の人生の時間もエネルギーも有限なので、その限られた時間の中で、
その努力のリソースをいかに成果が出る方向性に向けてリソース投下ができるかみたいな考えが必要で。
そうなんだよね。一応なんか今わかんなくなってきたから、努力っていう言葉で調べたんですよ。
努力とは目標を達成するために心身を、
えっと、なんていうのこれ。
忙しく仕事に入ること?
うん、そう。目標を達成するために頑張ることだから、一応目標を達成するためには書いてあるから、
私さっきの、この意味合いで言うと、さっきの強いエンジニアになるために毎日ランキングしているは努力じゃないと思うんだよね。
でも本人はさ、それが目標を達成できると思ってやってる。
あ、なるほど。
という話だよね。
それは自分次第ってことか。
目標を達成するっていうのを、はたから見たら違うよねって思うかもしれないけど、本人はそれが本当に目標を達成できると思ってやってるわけだから。
あー、理解した。客観評価と主観評価か。
そうそうそうそう。
主観として自分は目標を達成するためにやっていることだっていう場合は、全ては努力であると。
っていうふうに思ってる。
はいはいはい、理解した。
何が消えるものじゃないかなっていう。努力してる人がいるけど。
努力は主観観点かもしれんね。
それが正しい方向性かどうかはちょっと客観的な評価は別ですよみたいな。
でもそうすると、自分の中で見えてきたのは、努力は報われるのかっていう問いに関しては、努力を客観的判断を用いながらできる人は報われるんじゃないかなって。
そうだね。
主観的、自己中心的に努力する。それでちょっと周りが見えなくなるとかがある場合は、もしかしたらちょっと成功への道筋は遠いかもしれないなっていうふうには思ったから。
それがさっきのあれかな、小倉くんのなんか疑問に感じていたところの部分に近いのかなって思った。
確かに近そう。単語が合ってるのかわかんないけど、メタニンチみたいなところが結構必要かなみたいな感じがしていて。
いろいろな物事というか、僕は海外にいるからよく海外に来て海外就職のために頑張ってる人とかも見るし、それ以外はいろいろ見たりするんですけど、
上手くいっている人、何事においてもの共通点なんだろうみたいなことを考えた時に、大体なんか視野の広さというか、視野の広さかつ自分の行動を客観的に認知できるメタニンチ能力みたいなのが高い人が多いのかなと思って。
うんうんうん。
なんかそれはどうやったら身につくんですかね。
これなんかね結構難しくて、なんかやっぱり自分もいろいろマネージメントしてきてると思うけど、なかなかそれを人から言ってもやっぱ伝わるもんじゃないんだよね客観的に。
自分が何かふとしたことを聞く限りやっぱり気づくしかなくて、どうやったらいいんだろうねこういうのって。
あーでも基本僕もそうだと思ってたし、ちょっとなんか言い方があれだけど生まれつきの部分は結構大きいのかなみたいな。
走る肉体的な特徴と同じぐらい先天性のものもあるのかなとか思ったんだけど、話し聞きながら思ったのはもしかすると本当にメタニンチするために自分のそういう姿を動画とかなんかで撮って振り返ってみると、
なんか自分自身のメタニンチ能力がなくても動画とかそういうメディアを通すことで自分を客観的に見て振り返るとかはなんかあるのかなとか今一瞬閃いたけど。
あーじゃああれかな、YouTubeとかちょっとVlogとか自分でやったらもしかしたら。
それはちょっと思うことはあって、僕って結構そのまあ、そもそもアイディトリオンも音声だけですけど、僕はずっと編集もしているから、自分の喋り方とかについても編集するときに
こう初めて聞く側、自分の声を聞く側として編集することによって、なんかメタニンチじゃないけど違うニンチの仕方をしたり、これまでYouTubeやったり
英語とかの勉強で自分で動画を撮って練習したりとかをすると、なんか感じ方というかニンチの仕方が変わるっていう感覚は確かにちょっとある。
なんかそれがなんかジェネラルに何か勉強する姿とかを録画してみても、だからなんだっていう話にはなるかもしれないんですけど。
なんか奥田くんの話を聞いて思ったのは、ただ撮って、ただ見るだけじゃ私は変わらないと思ってるんですよ。
ただ見るだけでは変わらなさそう。
そう、だからそこに対して自分を変えり見るために時間を使っていることが重要だなと思っていて、
その奥田くんがやってきたことって、多分ちゃんと振り返るために考えている。
やっぱ内省する時間だと思ってて。
そうね、なんか内省の手段の一つとして使っている感じがある。
そう、手段だと思うんだよね。
確かに。
だからそれは一つの手段かなって思っている。
で、あと思っていることは、なんか私努力して方向を間違えて失敗したと自覚できれば方向が修正できると思うんですよ。
わかる。
失敗に対する自覚。
うん、そうね。
そこ結構重要かなって私は思ってて、その間違った方向をいつブレーキかけれるかとか、
その間違った方向に進んでいくことに対しての抵抗がない。
なんか止まっちゃダメ、止まってたらずっと進めないじゃん。
うんうん。
誰しもが一度は間違えるっていうところで、
その間違えた方向にずっと行くのは違うけど、ある一定数進んだ時に本当にこのやり方でいいのかっていうところ立ち止まれる。
失敗したことを自覚できるっていうのは結構重要なのかなって話を聞いてて思った。
いやーあるかも。そこが自覚できないと結局行動の変化も生まれないからね。
うん。
確かになー。
ある一定数、様々な経験を積む、その視野を広げるっていう点には、
失敗してもいいから様々な経験を積むっていうのは大事かなと思ってて、
その判断するっていう時に情報の引き出しが少ないと判断しづらいと思うんですよ。
自分の持ってるもので判断しようとするから人間は。
そうだね。
だから持つべき判断軸を増やすために様々な経験をしてみて、
その経験をちゃんと箱に入れて判断軸として使えるようになる。
これも重要な、失敗した時にちゃんと判断ができるとか視野を広げていくっていうことに対して重要な行動なのかなって思ったりはした。
確かになんか、むしろ失敗すること自体はKPIに置いてもちょうどいいのかもとか話しながら。
失敗してないってことはイコール自分の今までできることしか挑戦してないとほぼ同義な感じがするけど、
失敗してるっていうことは今まで自分ができてなかったことに挑戦して一つ学びを得たみたいな。
ある一定数成果目標と行動目標は大事だと思う。
失敗もさ、結構さ、やっぱこの才能じゃないけど、なんかあると思うんだよね。失敗できる才能みたいな。
なんかね、やっぱ結構失敗するの怖いなっていう人すごい多くて。
日本人ね、特に多い。
うん、多い多い。で、なんか失敗イコール悪だみたいな文化なのか考えなのかなんなのかわかんないけど、
そういうのがやっぱ支配してると、やっぱりずっと停滞というか同じところでずっとい続けるみたいな状態になっちゃってるみたいなケースは結構よくあったんで、そういうのはマネジメントしててもね。
なんかいかにこう失敗しやすい空気作るかみたいなところも、その時はすごい考えてたけど、
まあ難しいね、だから努力はやっぱり失敗があって初めて抵抗があると思ってるんで。
間違いない。
まあ最初からまっすぐ前に進める人なんていないよって。
うん。
ただ、なんかSNSだと世界のあらゆる人の情報が見えるようになってしまったので、本当にたまたま偶然めちゃくちゃ運が良く失敗せずに成功した人の事例とかを見かけるようになった気もするので、
それがちょっとね、認知がちょっと歪んでる感じも。
確かにな。
あとなんか僕、もう一個その努力が報われるのかについて思っていたことがあって、
なんか今まで今話してたのって結構そのすでに自分の叶えたい方向性のゴールがある場合は、
そこから結構トップダウン的な形で努力の方向性を見定めてやった方がいいよねみたいな話してた感じがするんですけど、
なんか僕もそう思っていたんですけど、最近気づいたのは結構そのトップダウンじゃなくてボトムアップ型でも努力報われるような行動できるなと思って、
特に達成したいことがなくてもとりあえずなんか頑張って、後からその頑張って手に入れたものを成果につなげるっていうやり方もあるっちゃあるのかなと思って、
というのもなんか僕って結構海外就職はちょっと半分そうかもしれないからそうじゃないところで、
結構いろいろなんか別に何か明確な目標があるわけじゃないけど頑張ってることが多い人間な気がするんですよね。
なんか人によっては捉え方としてはPodcastを続けてて編集ずっとしてるのもなんか努力の一個なのかなっていう感じもするし、
特にSNSが多かったですけど、YouTubeで動画の編集やら投稿、別にめちゃくちゃ有名になりたいというわけではないけど、
とりあえず頑張ってたりとか横動画もやってたりとか縦動画もめちゃくちゃ作ったりとかそのためのツールを作ったりとかいうのをしていて、
なんか最近までそれは特に自分はその生きるスタンスとしてなんか頑張っている方が自分自身にこう納得ができるというか、
なんていうんですかね、自分自身に誇りが持てるので、なんか何かしら頑張ってみたいみたいな欲望があるので、
いろいろちょくちょく何かしら頑張っているっていう状態を作っていたんですけど、
さっき冒頭にも話した、なんかインスタグラムを最近始めて気づいたのは、
インスタグラムはなんか今めちゃくちゃ上手くいってるんですよね。
でもなんかこれは自分一人でやってるわけでもなく、ちょっとSNSスクールにお金を払って入ってやってたりするんですけど、
そうすると自分と同じぐらいの時期で始めたアカウント運用を始めた人とかのなんか相談とか成果を見る機会があるんですよね。
それと比べると僕のアカウントは自分で言うけどめちゃくちゃすごくうまくいっているなという感じがしていて、
他の人のコンサルの内容とか相談内容とかを見ていると、
なんか僕はそこのあたりの今今初めてそういうSNS運用を始めるとか動画を作るのを始めた人たちが悩むところっていうのは、
なんか僕はすでにこれまでのなんか自分で特に明確な目標もなく頑張っていた、
YouTubeやらショート動画やらポッドキャストの編集やらでなんか全て自分で乗り越えていて、
なんかスキルとしてすでに自分の中に持っていたものがなんか他の人は今初めて苦しんでいるっていうことを見て、
だからなんか今まで頑張ってきたことがなんか思いがけずすごい役立ってるなという実感があり、
なんかこれは何か叶えたいゴールがある場合のやり方ではないかもしれないんですけど、
なんかとりあえず頑張った領域を頑張る領域を増やすことによって、
まず自分のなんか手元に手札を貯めるというか、後から切れるカードをどんどん貯めておくと、
しばらく経った後にじゃあ今の自分の手元のカードが増えたんで、
それをどのように生かそうかで初めて成果を出すことにフォーカスするっていう、
なんか頑張り方もあるのかなと思っていうことをですね思ったという。
確かにな。
やっぱ今の現代社会が割とトップダウンの努力をすごいプッシュするというか、
まあそっちの方が賢く生きれるので、お金のことも考えると、
まあそういうのが賢いのかなと思いつつも、
なんか実はそうではない努力の仕方というか、
とりあえず先に努力をして後から成果の出し方を考えるみたいなやり方もあるんだなっていう、
最近の気づきがあったっていう。
それをどうやって手札を切れるかだよねって思って私。
なんかたくさん手札を持っていたとしても、
それがその手札を切るという判断に至らなかった場合は報われないと思うんですよ。
小倉君はちゃんとそれ、この手札がこのタイミングで切れるを理解しているから。
切れるを理解しているっていうか、
なんか僕はいろいろやったけど、そろそろなんか成果欲しいなとか思ったときに、
考え始めたみたいなところもあるんですよね。
それで言うと、努力は報われるんじゃない?
さっき言ってたランギングマンもさ、
エンジニアになりたいと思って走ってる人も、
この走るという行動、体力作りは何かにつながると思うし。
何かしらに生きる場面があるってことか。
生きる場面もあるし、僕は何かしらに生かす場面を自分で作ることも大切だと思って。
手札を切れる場所を見つける。
努力は自動的に報われるわけでもない気もしていて、そういうこともあるけど。
努力は報われるって一口に片付けてしまうと、
とりあえず頑張れば最終的に全部うまくいくみたいなイメージが僕は持つんですけど、
それとも若干違くて、
努力は後から自分で報うことができるというか。
なるほどね。
何て言うんですかね、努力感というか人生感というか。
メッセージとしては、特に目標とか持たずにまずは何かしらに努力をしてみたとしても、
その後その成果が出るための目標定義をすればいいんじゃないみたいなことなんだと思ってるんだけど、合ってる?
何かそんなノリ、後からそれもできるじゃんみたいなのとか。
あとやっぱ、努力した後に見える景色がある。
努力すると、努力自体というよりかは、
そういうことをすると自分の中で、
立体的な能力やら別にスキルでもなんでもいいんですけど、何かが身につくと、
身についたことによって初めて見える景色があり、
そこで初めて考え始められることがあるみたいなのも。
そういうことね、何かしら頑張れば、
例えばさっきの海外行くための試験勉強だとしても、
その資格を取るとかのステップを何かしらすれば、もしかしたら何かに繋がったりとかして、
何かしら頑張れば、方向性が違ったとしても、
どっかには何かたどり着くとか、新しい視点が見えるようになったりとか、
何かしらの築きがあるよみたいな、そんな感じだよね。
ただ、その一回の努力において、
絶対自分の期待する成果が出るかどうかはまた別みたいな。
そうだね。
そこのバランス感覚が上手な人は、
何か長い目で見ると色々成功してる気がしていて、
何かそのたまに、何だっけな、
真面目と惨めは紙一重みたいな言葉があるんですけど、
頑張ってるのに上手くいかないって嘆いている人は、
何かその辺りのバランス感覚がちょっと足りなさそうだなっていうのを思ったりして、
何かね、このITトレの放送を聞いて、
そういう考えを持ったことがない人が、
これで初めて気づいて今後の人生が上手くいくとかになったら、
非常に嬉しいですね。
あとね、私一つ何か思っていることがあって、
その努力を苦しいものだと思わずに楽しむことって超重要だと思ってるから、
何か真面目な人ってそれを、
頑張ってるんだ、頑張ってるんだ、やってるんだ、みたいな感じで、
努力というものに対してちょっとネガティブな印象を持っている人っていうのが多いと思ってるんだけど、
たとえば小倉くんの例とかは、結構楽しんで何事もやってみてるじゃん。
そうね、何か楽しむために。
苦しまないと努力じゃないっていう感覚はなくて、
何か試行錯誤とかは必要なんだけど、
それは別に自分の楽しさとも結びつけることができて、
長く頑張るならば、結局自分が楽しめる道を見つけないと無理みたいな。
ある程度ね、そこの道なりを楽しめるってこと重要だと思ってるんだよね、私は。
それは大事だと思います。
それめちゃくちゃ私は大事に持っている信念かもしれん。
僕も同じだわ。
何をやってても私は楽しそうだねって言われる。
素敵な人なんだ。
バカにされてるかもしれんけど。
いつも楽しそうに働いてますねって。
半分バカにしてる人が混じってるかもしれないけど、知ったことない。
バカにしてる人が混じってるかもだけど、私はそっちの方がなんだろう、心も裕福であれると思ってるから。
豊かな人生ですよね、そっちの方が。
そう思ってる。
それだけは最後に伝えておきたかった。
それは僕も同感です。