石を置く22回目、5月号を始めていきたいと思います。
代表のOyamadaです。
理事の赤石です。
理事の高橋です。
ゴールデンウィーク終わって、随分青森も暑くなってきたかなって感じですけど。
赤石さんはどうですか?
僕の方、新城も暑くなってきて、夜とか先週くらいまで結構寒くて、家の中でダウンとか着てたんですけど。
今日ようやく半袖でもいけるなって思って。急に半袖になりました。
ゴールデンウィーク中なんですけど、木に登る修行をしてきちゃったんですけど。
ツリークライミングっていう、日本にツリークライミングワールドっていう団体があって。
外路樹とか切るときとか、人が乗る工廠作業車に乗って切ったりとかする作業とかもあるんですけど。
そういうのとかが入れないところって、木にロープかけて登っていって、枝を落としていって、全部切るとしたらですけどね。
上から枝を順番に落としていって、最後幹を安全に下ろしてくるっていう、切って下ろすっていう。
その作業に、作業するための講習みたいなのがあって。
ツリークライミングワールドっていうところでやってる、ATIっていう、アーボリッドトレーニングインスティチュートっていうのか。
っていうなんか講習があって、それに参加してきて。
3日間、4、5、6って行ってたんですけど。
山の中の仕事とかもキッコリーズ、真鮮キッコリーズ、山の中が基本なんですけど。
5月とか4、5とかって補助金を受けて山の仕事とかしてるんで。
だからちょうどこの4、5っていうのが何もない時期だったりとかするんですよ。
で、その間にこう、家のそばに立ってる大きな木とかの枝を払ったりとか。
道のそばに土地があって、そこに大きな木が大きくなっちゃってて。
枯れかかって倒れそうだっていうので不安だっていう人が、そういう木を切ったりとかする仕事っていうのがちょこちょこあったりとかして。
それで、なんか怖いんだよ、やっぱ登ってきるっていう。
登る技術だったり、ロープの結び方とかいろいろあるんですけど。
そういうのを3日間かけて勉強してきて。
今日早速やったんですけど。
仕事として?
そうそう。
そこがあったんで受けに行ってみようと思って。
この4、5、6は3日間受けに行ってました。
そんなことを最近してました。
仕事に直結するんだね、それはね。
すごいな。
レクリエーションとかもあったりとかするんですよ、木に登る。
参加してる人たちってそういう仕事を目当ての人たちばっかり?
なんか植木屋さんとか造園屋さんとか。
今回たまたま全国で開講してるんですけど。
今回ちょうど愛知でもやってたというかあったんですけど。
入れなくてちょうどキャンセルマッチみたいな感じになってて。
神奈川のどこだったかな。
とつかとかのそばの場所に行って。
ちょうど東京で造園屋さんやってる人とか。
横浜市内とかでやってる人とかが来てて。
やっぱ都会の方がその、なんていうんですか。
田舎来るとどこもかしこも自然だらけじゃないですか。
だけど都会行くとやっぱり緑地下っていうか、
なんかこう公園作ったりとか、マンションの一角がこうなんか、
庭みたいな感じで木植えたりとかするじゃないですか。
そういう木とかがやっぱ、やっぱでかくなるんですよね木ってね。
山から持ってきた木だったりとか。
その本当に背の低いところで止まる木もあるんですけどね。
でも基本なんか放っといたらやっぱどんどんでかくなっちゃうんで。
なんかそういう公園の公共事業みたいな感じで、
受けよってやったりとかする人とかも結構やっぱ、
なんか植木屋ってこんなにいるんだなって思ってびっくりして。
今なんか東京とか向こうの方その巨木が倒れたりとか、
やっぱ街路樹倒れたりとか公園の中の大きくなった木が倒れちゃったりとかしてるらしくて。
そういう周期なんだ。
ニュースになってるみたいで。
だからより今重要があったりとかするのかなって思ってて。
俺は別にそれをメインでやるっていうよりは、
なんか裸行きみたいな時期、
そういう仕事とかができたらいいなと思ってて。
キッコリーズとしてね。
それで、それ覚えておけば受けられるなと思って。
仕事を受けられると思って行ってきたんです。
そんなことしてました。
いや、なんかいよいよそっちの方に。
一直線で。
なんか寂しい気持ちもあるけどね、なんとなく。
寂しい。帰ってこねーっつって。
そっち行くんだみたいな。
どこ行っても覚えとけばできますからね。
ありがとうございます。
じゃあ、あたしも最近。
最近も畑に出てたんですけど、りんご畑に。
りんごの花が今咲いてて。
満開超えたくらいですかね。
うちの辺りの畑は満開終わって。
花咲いた後見てみると、もうちっちゃくなり始めてる実があって。
花が散って実がこれからどんどん大きくなっていくなっていうような感じでした。
なんかこの辺だと花が少ないとかみんな言ってたけど。
本当ですか。
そっちとまた違うんだろうね。
こっちの方は結構咲いてましたね。
五所川原の方は、なんかすごい風が強いって聞いて。
風が強いと樹粉がうまくいかないので。
そういうことか。
五所川原の方でほとんど人工樹粉。
人の手で機械を使ったりしてやるっていう話は聞きました。
花が少ないってなるとまた大変ですよね。
大変だよね。何件かから聞いたけどな。花が少ないって。
そうなんですね。
花が少ないっていうのはもうスタート地点からもうやばいってことだもんね。
いい実を残そうにもスタートラインの実になる可能性自体が少なくなっている状態なので。
後々見すぐりして適化して質がいいものとかを残していく過程でもむしろやることなくなっちゃうみたいな。
あともう一昨年とかかな。一昨年すごい花が少ない年とか。
他の皆さんもう適当に何かもう全部終わっちゃって暇だよみたいな。
少なくてそれ以上増えなかったってことか。
なんか当たり前かもしれないけどなんか花が実になってくんだなって今思って。
ちゃんとその過程見たことないなと思ってリンゴが。
いきなり実がなってるみたいなイメージになってる。
大さん違います。
確かに。
確かに。
知らないとね、そう思うよね。
野菜とかも花、茄子とか花咲いてとかそこから実になっていくようなって今思って。
きゅうりだったりとかも。リンゴもそうだよなって思って。すごいなと思って今。
絵本みたいな感じじゃないですよね。
花が咲いて実になってみたいな。
ちょっとずつ大きくなって。
あつし君のとこってまだリンゴって残ってんだっけ?
リンゴはもうないですね。去年取ったやつから。
すごい。
オーダーしようとしてんの?
オーダーしようとしてました。
録音中に?
来年来年。
すみません、話し合ってます。
じゃあこの辺で。
次がですね、すぶりスタジオですね。
これは4月30日に行ってます。
赤井さん行けますか。
はい。
今月から新しい本になって、
ビクトール・エミル・フランクルの夜と霧の新版を読み始めました。
本が3章と言ったらいいのか、3章ではないですね。
序章みたいなところから始まって、1段階、2段階、3段階というふうに分かれていて、
収容された、収容されたというか、
第二次世界大戦でしたっけ。
アウシュビッツの。
アウシュビッツの収容所に精神、心理学者か、心理学者の著者が収容されるという、
収容所の体験を書いていた本なんですけど、
人間が収容される前と収容されている最中と、
解放される時かな。
というので、第1段階、1段階、2段階、3段階というふうに分かれている本ですね。
第1段階まで一応読んでいて、感想を話しましょうみたいな感じだったんですけど、
意外とそこをそんなに進まなくて、最初の序章みたいなところで、
そんなにたくさん進まなかったので、また次回、第1段の途中まで行きましょうということになって、
今回、気になったというか、
みなさんの話の中で出てきたやつで、
ちょっと何個かいくと、
あれですね、
著者がこの本を書く時に、
実名で出すか、
収容者番号でこの本を書くかというので、ちょっと迷ったというところの話。
それによってどういう違いが生まれたのかなという話になってましたね。
もし番号のままで本の著者、著者が書かれてたら、こんな歴史を越えて、
歴史というか、こんなに読み継がれることはなかったんじゃないかという話だったりとか、
実名で書かれたからこそ、
この今の、いつでしたっけ、出版されたのが。
1947年。
1947年に出版されて、60年、80年、100年、
100年まではいかないけど、100年も残る本ではあるんじゃないかなと思いますね。
っていう、実名か、密名だったからなのか、
この内容が良いというか、語り継がれる内容だったからなのかっていうのはちょっと、
その時にはまだわからなかったですけどね。
そういう番号と名前っていうところで、
どんなふうに印象が変わったんだろうかっていう話が出たりとかもしてましたね。
あとは、あすし君が言ってた、収容されてるのになんか、
このフランクルの性格だからなのかっていうところで、
楽観的にその状況を眺めたり、
何でしたっけ、すごい好奇心がどんどん上がってきてましたよね。
なんか、第三者的な感じで見るんだよね。
ずっと、肌から見たらずっとつらいというか、
怖い感情が湧いてきたりだとか、
きっとするだろう場面でも、
まあ何とかなるだろうみたいな、
そういうふうに思えてる、
ちょっとこう、小馬鹿にしている感じに思ったみたいな、
遊舎の人たちの、
あすし君が呼んだところで言うと、
収容されて、裸にされる前にとか、
消毒される前にとか、
持ち物とか、なんかそういうもの、
いろんなものを取られていったりとかするけど、
これは残してもいいのかみたいなことを尋ねた人のこととかを、
そういうのを見たりとかして、
それを冷静に思い出して描いてるところっていうのは、
その状況で客観的になれるってすごいなって思って。
これは彼だったからできたことなのか、
なーとか思ったりとかして。
なんか印象に残っていることあります?
小山田さんの大荒行の話もしよかったですけど。
そこはいいよ。
めっちゃ印象残ってる。
危機的状況の中ではみんな滑稽に見えるって話だよね。
ああ、そうだそうだ。
そこの家中にいる人は、そう思えるのか思えてるのか?
いや、思えてないでしょう。
真面目にやってるんだと思うんだけど、そこに多分、
同じ状況にいながら、
メタ的にそれ見れる人もいるんだよ、きっとね。
で、そのメタ的な視点で見ると、
何もかも笑えるっていうさ。
まあ、そいつを笑えたらいいのかもしれないですけどね。
まあね。
なんかそれを終える方がいいのか、どうなんだろう。
どうなんすかね。
そこで本当に恐怖に飲まれちゃった方、
いいとか悪いとかしないと思いますけど、
そうやってメタ的な視点に立って、
その状況を淡々と眺められるというか。
どうなんだろうね。難しいところだね。
そう言われたら強いなって思うんですけど、めちゃくちゃ。
強さが必要かどうかわかんないんですけど。
その時、第三者的に見て、
しのいだ後に飲み込まれるみたいなこともあるのかなって思って。
トラウマじゃないですけど。
何言おうとしたか忘れました。
僕らはトラウマを抱えなかったのかな。
なんだろうね。
そういうこととかも違う本に書いたりとかしてんの?
そうですね、本。
本ぐらい?
そうですね。
あとあれか、山田さんが言ってた、
震災の後にこの本が100分で名著で取り上げられたことの意味みたいな。
うんうんうん。
また最後まで読めば、改めてその時に読んでみましょうって言われた意味が多少なりと。
そうだよね。
なんかそういう意味で言ったら、
このすぐりスタジオ終わった後にちょっと考え方が変わったんだよな。
その時でも何を思ってそれを言ってたのか忘れちゃったんだけど。
読み進めて、終わった後にもしかしたらこれは最悪の中での希望なのかもとかと思ったんだよね、その後。
そういう意味で100分で名著。
そういうタイミングとかだったのかなとかって思ったりしたんだけど、
そのすぐりスタジオの時にはまたちょっと違った感じ、考えていたような気がする。
また次回のすぐりスタジオで。
ということですぐりスタジオこのぐらいで。