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こんにちは、色葉やです。 今日から4回にわたって、みかりんのタイムスリップインタビューをお届けします。
第1回目の今回は、小さい頃の話で、お人形さんですとか、漫画を描くこと、
なるほどザワールド、海外に行った経験についてお話しいただきました。
それではお聞きください。
はい。
今日はみかりんに来ていただきました。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
簡単に自己紹介をお願いします。
はい。私は、公立小中学校の教員で、34年間勤務してきたんですけど、
あと4年を残して、やっぱり自分のやりたいことをしたいって思って、即帰退宿しました。
新学校をベースにした講座などを開いてて、楽しかったんですけど、
なんかひょんなことからドライヘッドマッサージ、コロナ禍でパソコンとにらめっこずっとしてたので、頭も狂ってたんだと思うんですけど、
その時にドライヘッドマッサージが気持ちいいなと思って、施術に行ったんですけど、
なぜかわからないけど、今はやる立場で自宅でドライヘッドマッサージサロンをやっています。
でも心理学の方もやっているので、心身ともに癒したいなっていう気持ちとか、自分が癒されたいと思っていると思います。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
たぶん小さい頃の話だと思うんですけど、お人形さんを描くっていうのと、着せ替え人形って出てきてたんですけど、お人形さん好きですか?
好きっていうか、やっぱりなりきりみたいなところは多分あったんだと思うんですけど、りかちゃん人形が欲しくてたまらなかったんですよ。
スレンダーなっていうか、かわいらしい。手足が長くて。でもちょっと貧乏だったので、本当に兄弟3人で積み木みたいな感じで遊んでいって、
そういう親からその時の流行りのおもちゃとかはあんまり買ってもらったことなくて、誰かおじさんとかおばさんとかが、めったにこんなおじさんとかおばさんとかが県外から来た時にお土産って渡されたのがかわいいお人形さんだったんですけど、
そのお人形さんは本当にかわいらしいんだけど、頭でっかちの三頭身ぐらいでキューピンさんみたいな感じ。ちょっとりかちゃん人形とは全然違うんだけど、仕方ないからそれに年の近いおばさんっていうか、そういう裁縫とかやってくれる人にお洋服作ってもらったりとか、
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自分ができるって言ったら紙で型紙で、よくあるじゃない?着せ替え人形みたいな。型紙の人形のふたぎみたいな感じで、その上にいろいろ服を着せ替えて、上と下とかスカートとかズボンとか、そういうのを自分が買えないからっていうのもあるんだけど、どれが一番かわいいかなとかやってました。
それは着せ替えがしたかったんですかね?
着せ替えがしたかったのかな?イメチェンにはなってて楽しかったなとか、人形を描くというか、お絵かきも嫌いじゃなかったですね。
だから、それこそリカちゃんじゃないけど、少女漫画のような、キャンディーキャンディーとか、ああいう感じの類の、ちょっと目がかっちりキラキラしてるような、鼻がちょっと高いような、自分でお人形を描いて。
で、小学校3年生の時に、結構なんか私、よくどしいのかな?なんかね、漫画を自分で描いて、もうほんとしょうもない漫画だと思うんだけど、それを描きましたって言って、方眼のところにマス目とって、なんかちょっとした漫画を描いて、
で、それを友達が読みたいとか、なんか欲しいって言うから、なんか10円か20円くらいで、私、売った記憶が、信じられんとかって今思ったら、え、そんな、なんか小学校の3年くらいで、商売ショッタンカーみたいな。
お金には厳しかったのかなっていうか、やっぱりその頃、欲しいものとか買ってもらえなかったから、もしかすると、その10円でも20円でもこう溜まっていったら、ちょっと自分の好きなお菓子が買えたりとか、何か嬉しかったのかもしれないですね。
すごい知恵が発達してますね。
でもかわいいでしょ、10円とかやから。
ね、かわいい。
でも、昔ってお菓子10円とか20円で買えましたよね?
そうそう、5円とかもあったんですよ。
だからそっか、えーすごい、絵描いただけじゃなくて売ってる。
そうなんですよ、でも欲しいって言う人がいて、ただであげてもね、普通子供だったらただじゃんって思うのに、そこになんか商売が入ってる自分がちょっと怖いなって。
でもよくその子も買ったなと思って、まあ10円20円だったからお小遣いの範囲でね、雑誌とか買うとやっぱり何百円ってしたから、買ってくれたのかなと思うんですけど。
でも20円とか10円とか払っても読みたかったってことですよね、逆に言ったらね。
逆に言ったらそういうことかな、すごいよね、ほんと。
今思ったらすごいなって思うし、それを堂々と言ってた私、それも学校で手渡しで、学校でそんな商売していいんですかみたいな。
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すごい、じゃあそれを描いてるのはお家で描いてたの?授業中から?
そうですね、でもそんなにたくさんじゃないですよ、でも私よりももっと絵の漫画が上手なお友達もいたので、多分その子と一緒に何か書くことが楽しいねみたいな。
その子もしかしたら売ってたかもしれない。
そこはちょっと定かではないので覚えてないですけど、でも買ってくれたのはお菓子屋のまりちゃんっていう子でした。
お菓子屋さんなんだ。
すごいな、商売してる。いいですね。
お人形が欲しかったところから自分で描いてそれを売っている。
何気に好きなお仕事にしてますね。
そうですね、本当にその時に仕事って言えるんですよね。
本当に何回かしかやってないと思うけど、でもその時にもちゃんとお金いただいてますからね、本当にゼロ円じゃないです。
すごいすごい。
えっとね、そしたら、これはさこふみおさんって読むんでしょうか。
えっとね、アナウンサーの方、なるほどザワールドのリポーターが印象的って書いてあるんですけど。
そうなんですよ、私ね、海外とかにもすっごい興味があるんですっていうか、あったんです。マリの方がすごく興味があったんですよ。
インスタと海外行くのなんか当たり前って言ったらおかしいけど、いろんな情報も入ってくるし、インターネットとかで日本にいながらにしてもいろんな情報が入ってくるから、
現地に行かなくってもいろんなことわかるけど、私が小学校5年生ぐらいだったと思うんですけど、
そのなるほどザワールドでいろんな国をテンテンとレポートしてるアナウンサーの方、さこさんっていうのかな、その方が結構面白おかしくレポートしてたんですよ。
私その方覚えてます。
覚えてますか。だから時々何かハプニングもあるし、大失敗みたいな本当にずっこけみたいな感じのところもあるんだけど、
でもそれを切り抜けてやっている、そのアナウンサーさこさんのこともなんか面白いなって思ってたし、
やっぱりその番組自体がアイカーギニアとかクスタエリックとかが主体だったと思うんですけど、
なんかもう本当に世界は広いんだなとか、自分も絶対行きたいなとか、そういう思いはあって、
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だからさこさんみたいなことをしたいなと思ってたかもしれないです。
その時は、絶対それが自分がしたいことかどうかはわかんないけど、でも海外に、多分その頃に興味すごい持ったと思う。
その後海外旅行とかにも行かれてますよね。これもうちょっと小学校じゃないですよね、きっとね。
その頃はもう全然だって貧乏なので、普通の日本旅行でさえも、ほぼ四国内のちょっとしたところぐらいしか行ってないです。
大学になった時に自分がバイトして、家庭教室とかして、効率のいいバイト、夜の方は用意しなかったけど、
昼間で効率のいいバイトを見つけて、貯めたお金でオーストラリアの2週間ぐらいのホームステイがあったやつに行ったんですよ。
その時はその大学に、ただ張り紙があっただけで別にあっせんしてますよとかっていうのはないんだけど、
一応張り紙があるから変な旅行ではないなということで応募した。ほぼ関東圏の人ばっかりで、田舎の方から、私四国の愛媛なんですけど、
田舎の方から地方からそれに応募してきてる人って本当にわずかだったんですよ。3人かそれぐらいで。
だから、そのメンバーの中に入ってるのも気が引けるというか、標準語しゃべれないし、自信もないし、
で、オーストラリアに行ったのはいいんだけど、オーストラリアのまたね、シドニーから2時間ぐらい電車で奥の方に行ったオレンジっていう街だったんですよ。
だからオーストラリアの中でも田舎の方だったんですよ。そしたら、鉛がひどくて、ていうかその時は私は鉛っていうことさえもわかんないから、
ただ聞き取れなくてわからないわからないってずっと言ってただけなんですけど、
dayっていうね、everydayとかのdayが大って言うんですよ、全部。
だからグッダイグッダイとかグッデーって言ってるのがグッダイグッダイって言うから、もう私は大大って言われるから、え、死ぬん?え、みたいな。
大、え、死だったよね?とか言って、もうなんか本当に毎回毎回毎日のように言われるから、いやいやいや、なんだなんだそれは?みたいな感じで、全然言葉が通じなくってすごいホームシックになった。
だけど後から鉛があったから聞き取れにくかったんだなっていうことは後になってわかったんだけど、もうその時もコミュニケーション取れないし、もう自信がなくなる、どんどん自信がなくなるみたいな感じ。
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せっかく行ったのにみたいな。で、唯一そこで地方の人と仲良くなりましたけど。
あ、そうなんですね。
で、その後、一軒にお一人だったんですか?なんかホームステって。
そうそう、一軒に一人で、そこの家庭は、二人は普通に自分たちの夫婦の子供なんだけど、一人はあの何?えっと、もらわれ子じゃない?なんていうか。
養子?
そうそう、養子縁組して、だから一人だけ肌がちょっと黒かったんですよ。で、なんでだろうって。お父さんもお母さんは白人なのに、子供ちゃんたちも後の子は白人なのに、その子一人だけ黒人で、なんでだろうっていうのもちょっと自分の中ではカルチャーショックというか、日本とかではそういうことってないし、田舎でなんかそんな話聞いたこともないし。
で、自分の子供がいるにもかかわらず養子を受けているっていうのがびっくりだったり、文化で言えば、オーストラリアはゆすがないので、食器とか洗ったときに、だから絶対洗剤ママレモンついてるやろみたいな感じで、レモネードとか入れてくれ、これは洗剤の匂いじゃないかみたいな。
なんかリンスって言ってますよね。私もオーストラリア一番最初に行ったホームステイだったんですけど、なんかつけてそのまま置いて、つけるって言ってますよね。
だからもう唯一、私言葉が通じないからそういうお料理とかそういうお手伝いで一応ちょっとは参加したんだけど、その時もなんですがないのかっていうことを言いたくてたまらないんだけど、なんか私の語彙力ももうほぼないぐらいで、リンスリンスっていうのだけは繰り返されてるんだけど、もうリンスって言ったらシャンプーのリンスしか私のイメージがなくて、え、リンスつける?え?みたいな。
なんかもうそのレベルだったんですよ実は。なのでもう本当に一番最初のホームステイはホームシックにかかってあんまりいい思いではないんですけど、その後はなんかツアーとかいろいろ行って、子供のプログラムの研修とかに一応付き添い、別に飲食とかじゃなくて、個人として一緒に連れて行ってもらったりとかして、
行ったところでは、その頃にはもうちょっとだけ英語力は多分そこまでレベルは上がってないんだけど、なんだろう、コミュニケーション力?
ヘタクソの英語でなんとか通ずるだろうみたいなジェスチャーとなんとかでみたいなやってたから、本当に辞書引きながら今みたいなねスマホとかで検索とかないから、でも必死で伝えたいっていう思いがあったから伝わってたのか、
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いかに優しい単語を使うかっていうところで置き換えてた自分はいますね、その頃は。
先生をされていたときの科目ってあるんですか?
科目は私数学なんですけど、中学校のときの、だけどその英語が好きだったので、英語の発音というか響きとか、私英語を学ぶことが嫌いじゃないし、学んだら学んだだけ、その現地の人と話せる喜びっていうのがあって、だから英語は勉強するのはすごい楽しかったんですよね。
でもなんか昔の英語だから、やっぱり英研南急とかっていうやっぱり会話あんまりなくて、だけど26歳ぐらいのときにイギリスツアーに英語の先生と行ったりとかしたんだけど、
そこのツアーのときには他の一緒になった若い女性、同じぐらいの人たちと仲良くなって、ちょっとゆっくりめの旅行のツアーだったんですよ。だから早めにホテル4時ぐらいとか入ったら、夏だったので7時ぐらいまで明るいじゃないですか。
だからホテルの近くの、ひくひつじ見に行こうよみたいな感じで、結構率先して、街中の人とかに声かけて話してたら、その一緒の団体の人たちが、黒光さん英語が上手いとは思わないけど、なんでそんなに喋れるんですかって言われた。
だからそこの現地の人とおばちゃんとお話しして、ひつじのあそこだよとか教えてもらって、帰りに寄りなさいよとか言われて、イングリッシュティーをご馳走になって、6人で行ってたんだけど帰りに。
そしたら、そこのおばさんというか女性の年配の方が、いきなりピアノとか弾いてくださり出して、お茶も出してくれて、旦那さんもいらっしゃって、おしゃべりしながら、実は元音楽の先生だったんですよとか言って。
なんかすごい共通項があって、私たちも共通子なんですよみたいな。本当だね。
なんかそういう、本当に単純な会話しかきっとしてないんだろうなと思うんだけど、現地の人と意気投合できたりとかする、なんか面白いなって。
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だからコミュニケーションして、現地の人と話すのが多分私好きなんだろうなと。
そうですね。
なんかこう感覚が近いものがあったとかね、なんかこう自分で感じる力があるっていうか。
そうですね。あとやっぱりこっちも伝えたいとか知ってもらいたいって思うと、向こうも知りたいとか興味を日本に持ってもらってる人は、言葉じゃないんだなと。
日本人でも同じじゃないですか。日本語喋ってても通じない人いますよね。もう会話がプチって切れる人。
はい、お聞きいただきましていかがだったでしょうか。
小学校3年生の時に漫画を書いて、それを1冊かな、20円とか10円とかで販売されていたミカリン。
すごいなーって思ったんですけど、ハングリー精神ってあると目標達成とか夢を現実化するとか現状を打破していく力みたいなものを生む力があると思うんですよね。
で、今ってなんかそういうものがあんまり良いとされてないような気がするんですけど、でもそれがあったから日本って急成長できたんじゃないかなって思うんですよ。
なのでその精神をその小さい時に持っていたミカリンってすごいなって思うし、今もそれは受け継がれてるって言うと変だけど自分の中に多分あるんだろうなって思います。
だからなんかこうお仕事の方ね、今頑張ってらっしゃると思うんですけど、そういったところにつながってるんだなーってなんかお話を聞いていて思いました。
あとね海外の話もたくさん出てきたんですけど、この後ねまた出てくるので楽しみにしていてください。
はい、ということで今日もお聞きいただきましてありがとうございました。
次回のインタビューも楽しみにしていてください。
じゃあねー、バイバーイ。