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集合的無意識(虫)の知らせ?
2023-11-05 22:58

集合的無意識(虫)の知らせ?

noteに医療機器のマーケティングが勉強について書きました。
集合的無意識からの知らせで書いた気がしてます。
何を知らせたいんだろう?
話すことで何か意味が出てきそうなので話してみました。

サムネイルの写真は窓の外から覗いてたお客さまのジョウビタキ

#医療機器
#開発
#マーケティング
#集合的無意識
#虫の知らせ
#人生はゲーム
#ワクワクの連鎖
#湧き上がる思い
#情熱の炎

このチャンネルは、BGMのように聴いているだけで「なんとなく感じていたこと」が言葉になる声の実験です。

あわいの旅人 色葉彩
対話セラピスト / Explorer of Awai

https://stand.fm/channels/60cb6487fa2e548a3cbea5ed

感想

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こんにちは、色葉屋です。 先ほどというか、午前中、ノートを書いていたんですけど、
私、以前に医療機器の開発とか、マーケティングの仕事をしていたんですけれども、 その時のことをちょっと振り返ってみたら、
勉強がほとんどだったんですね。 それも勉強って、その医学の知識がないと物の開発もできないし、販売もできないし、
承認取ったり、 購入したりもできないので、とにかくその新しい
なんていうのかな、 領域の
担当になる度に別のことを学ぶということをしてきたんですね。
その知識の量が、 ちょっと振り返っていろいろ書いてみたら、ものすごい膨大だったんですよ。
で、その知識ってなくなっているかなって思うと、 例えば、
物の名前が曖昧になっているけれども、 その内容、それを意味する、例えば定義だったりとか、
治療の方法だったりとか、例えば治療の名前は覚えてないけど、中身は覚えているみたいな感じで、 頭の中に残っているので、
この膨大な知識が、まだ脳みその中にどっかに蓄積されているんだなって思って、 自分でもちょっとびっくりしたんですけど、
人間の脳みそってどのぐらい収容できるのかなって思って、
で、その知識が頭に入っているために、 新しいものをすぐ忘れるんですよ。
長期記憶と短期記憶って場所が違うって言いますけど、 ものすごいポンコツになってきていて、今、
すぐ忘れちゃうんですね。本当にびっくりするほどすぐ忘れちゃうんですよ。 自分にとって大事じゃないから、余計忘れてるんだと思うんですけど、
なんかこのポンコツ加減は、この医療知識が頭の中に入っているからじゃないかって、 一瞬思ったりするぐらい、
頭の中に残っていてすごいなぁって思いました。 なんで医療のことを書いたかというと、ちょっとあるお方が病気になった話をしていて、
この治療を応用できないのかなって思ったところから、 その治療を調べていた頃のことを思い出して、
それって多分25年ぐらい前なんですよ。 私マーケティングだったので、
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こういう治療をこっちに転用できないかなっていうことも考えたりして、 その場合市場調査をして市場を変えてみたりするんですね。
マーケティングの市場っていうと、 例えば心臓で使っていた器具を足に使ってみるとか、
別の市場になるんですけど、違うマーケットを探すみたいな感じで、 その器具を応用できる場所を探したりっていうのも仕事だったんです。
で、それをしながら啓蒙活動もしていくので、 この治療ここにも転用できますよ、やってみますか?から始まって、
で、それをやっていく方法ですとか、 海外の方が早かったりすると海外の文献とかを集めてきて、
例えばうまくいかない時どうするのかっていうトラブルシューティング的なことも踏まえて、
いろいろ知識を先生方にお渡しするということをしていたんですね。
で、プラス患者さんの方もこういう治療があるんですけれども、 先生のところでやっていますか?っていう質問をしていただけるように、
患者さんがわかりやすく書いている資料とかも作っていました。
で、その頃まだその治療はそんなに、っていうか全然メジャーじゃなくて、 むしろ何それみたいな感じだったんですけど、
25年ぶりに調べてみたら、 あのある医療機器が承認を取ったおかげで、
2014年から正式に診療報酬のついた一般的な治療法になっていたので、
私が調べていた頃が25年前で、その承認が取れて一般的になってきたのが2014年ということは、
10年かかってるんですよね。 その存在があるって海外でやってたから知ってたんですけど、
まあ日本って遅いなって思いながら、 その時にその普及活動をしたりしていたことって意味があったんだなって思ったりもしたりしました。
で、なんかそれと同時に、 医療のこととか、その先生方をすごく思い出すようなことが同時に起きたんですよね。
で、一つは何人かの先生で、亡くなった方もいらっしゃいますし、 まだご存命の先生もいらっしゃるんですけど、
その夢を見て、 先生と何かしてる夢みたいなとか、どっか行ったりしてる夢とかを、
なんかこう、 多分2日置きぐらいに見てたんですね。
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で、プラス、 年賀状の季節になってきたからだと思うんですけれども、
年賀状もいらないんですっていう風に書いてくださった先生がいらっしゃって、
その、もう中とかじゃなくてね、おはがきが届いたんです。
で、その先生も私の体調をとても気遣ってくださって、 肺もたからない女って先生に言われてたんですけど、
コンビニのご飯ばっかり食べてたので、 防腐剤でもう肺も酔ってこないって言われて、
先生がご飯を作ってくださって、 食べていけって言って、
新幹線の時間が間に合うまで調べてくれて、 何時に新幹線最終なのか、
で、それまで食べてきなさいって言って作ってくれてね、 キッチンで。
そういうことをよくしていただいてました。 だからなんかこう思い出したりしていったら、
すごい感謝の気持ちがいっぱい湧いてきて、 当時多分ね感謝の気持ちっていうよりも、
なんか不幸すぎるのに自分を犠牲にして仕事しなきゃっていう意識の方が強くて、
その場を楽しむことも、多分感謝することも、 みんなで一緒にこれやってるんだっていう意識も多分すごく少なかったと思います。
で、そういったなんかこう諸々の思いを、 いろいろ思い出して、
で、プラス、
ご病気になっちゃったんだけどっていうのを書いてらっしゃった方の、 お調べている時に、
人にちょっと質問をしたり聞いてみたりしたんですね。 前の同じお仕事してた方とかに。
それでなんか懐かしくなったり、 もうなんか本当に何年ぶりかな、5年ぶりとか、
もっとかもしれないです。10年ぶりとかに連絡したのかもしれないんですけど、 そんなことがない限り、特にする理由があまりないので、
連絡してみたりして、でこの先生こうなんだよって聞いたりとか、 したので、なんか余計に、
その当時の自分で、 なんていうのかな、自分のことしか考えてなかったなぁって思いながら、
自分のことっていうか、 まあ自分のことなのかな、
患者さんの 治療をする、社会貢献をする
ことが使命であって、 自分は楽しんではいけないって思っていたので、
なんか使命は使命で、やることは全うしてます、みたいな感じだったんですね。 結構冷たい感じかな。
だから人の気持ちもあまりわからず、自分の気持ちもわからないし、 人の体調とか自分の体調を気にすることもなかったですね。
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だからなんか人間が置いてかれちゃって、治療が優先みたいな、 なんかそんなすごく偏った考え方をしながら仕事をしていたんですけれども、
ただ情熱だけはものすごくあったんだなって、 当時のことを思い出してみて。
で、プラス、パワフルに文献200個とか3日間で読めるほど、
集中力もあったし、
意欲とかそういうのもすごかったなぁと思って、
まあそれは今自分にないものというか、 置いてきたものみたいな感じになっているなっていうのを思い出した数日だったんですよ。
本当に1週間も経ってないかなぐらいのところで凝縮されてそれが来て、
で、そしたらなんか医療のことってあまり書くことがなかったから、 どういう勉強したんだっけとか、
そういえば医療の機器のマーケティングって何するんだっけみたいなところから、
どういう病気について自分が調べたのかなとか、 どういう調べ方をしてたかなとか、
どういうふうに協力してもらってたかなとか書いていたら、
なんかものすごく不思議な感覚になりました。
で、なんかこういう虫の知らせじゃないけど、
なんか多分今自分に必要なことだから続けてきたんだと思うんですけど、
きっとなんかこういうのも集合的無意識って言うんでしょうね。
なんかの虫の知らせみたいな感じで自分のところに来ているのって、 なんらかの意味があるんだろうなって思うんですよ。
何の意味があるのかちょっとわからないんですけど、 過去を振り返るだけだったら別に意味がなくはないけど、
ちょっとノスタルチックな気分になるとかね、 これから仕事をする上で感情を大切にしましょうとか、
人のことを思いやるとか、自分を思いやるとか、 そういったことが大切になってくるよっていうお知らせなのかもしれないんですけど、
なんかそれ以外に意味があるんじゃないかなっていう気がすごくしているので、
なんかちょっとアンテナ貼っておこうかなって思いました。
で、私多分どっちかっていうと、直感とかピンときたこととかなんかこう自分に来たメッセージって気になるは気になるんですけど、
どこか信用してないところがあるんですよね。
いやまさかそんなことがあるわけないでしょみたいな。
ただ虫の知らせみたいなものはあって、 ちょうど誰かが私にLINE書いてる時に私がメールしたとか、
どうしてるかなって思ったら電話が来たとかっていうことってものすごく多くあるので、
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あと先生に連絡してみたら、すごい久しぶりに連絡してみたら、 自分もあなたのことをちょっと考えてたんだよみたいなふうに言われたりとか、
全然思い出すような対象でもないので、 そんなことあるんだって思ったりすることもあるから、
そう考えると、まあ存在しているもの、その集合的無意識っていうものは存在してるんだと思うんですけど、
どっちかっていうとあんまり何だろうな、 なんかそれに委ねてみようみたいなところがなかったんじゃないかなと思うんですね。
プラス、前にもちょっと言った、 これはね、月曜日のあかりの種立ちチャンネルの方で言ったのかな、
ような気がしてます。 私自身の自分の中にあったらいいなって思う要素、
っていうのが、絵描きの地下さんっていう方の、 なんていうのかな、慈悲深さみたいなのとか、無償の愛とか、
なんかこう信じる力とか、そういったことなんですけど、 私多分そこを持ってないんですよね、自分の中に。
広く大きな愛みたいなものも、 意識的には持ってないし、自分も自覚がないです。
とか、
なんか怒りを感じた時には感じるんですよ。 例えば、
たぬきが近所にいたんですけど、最近見ないんですけど、 ものすごく痩せてしまって、
肌の病気になっていて、毛も抜けちゃって小さくなっているのは、 ヨロヨロしながら歩いているのを見たりしたんですね、去年とか。
今年もちょっと見ないんですけど、 今年の初めに見たのかな?
そういうのを見ると、すごい怒りを覚えるんですよね。 なんか人が、多分人の、人間がね、人間の都合で、
自分たちの土地という割り当てを、多分いつしたのかわかんないですけど、
知った中で、自分の土地だから好きなことをしていいんだと思うので、 木を伐採して家を建てたりとか、
駐車場にしたりとかしていっていることで、 動物たちの住むところがどんどんなくなっていったりとか、
自然破壊されていますよね。 そういったことに対する怒りを感じると、自分はそういうものに対する愛情があるんだなっていうことに気がつく。
なんとなくわかりますかね。 そういうことでもない限り、なんか気がつかないんですよね。
だから、例えば、 誰かがいじめられていると、すごく腹が立って絶対この人守ろうって思うし、
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誰かが困ってたりすると、 あんまり後のことを考えないで、
ヘルプしに行ったりとか、困ってそうだなって思ったら、 そういう時ぐらいしか、
人間愛があるとか、 動物愛があるとかって気がつかない。
自分の犬に対してはあります、すごく。 他のワンちゃんとかにも対してもある。動物はあるのかな。
けど人間に対しては好きな人にしかない。 嫌いな人がいないです。
なんて言えばいいんだろう。 なんかみんな人って、いいとこも悪いとこもあるし、育った環境とかいろいろあるけれども、
赤ちゃんの時から憎らしい人っていないと思うんですよ。 だからそうすると環境のせいだったり、
あと生まれた時のもしかしたら、 脳の仕組み上、そうなってしまったっていうこともあるかもしれないけれども、
もともとは罪がないと思うので、 だからそういう点から考えると、嫌いな人って存在するわけがないんですね。
自分の中で。で、何されてもそれはそう思います。
そういうところはあるんですけど、
なんかこう、優しさがないって言えばいいのかな。 思いやりがないとか優しさが感じられないとか、
それ自分で感じるのがすごく難しくて。 そうなんですよ。だからなんか、
そういうものを、そういう、なんて言うのかな、 その集合的無意識とか、そういう感情的無意識とか、
感謝の気持ちとか、愛情とか、 なんか見えないものを信じてみるっていうことが、
今すごく課題なんですよ、私。 自分ですごく感じていて。
だからこの、この医療のことで続けてこう来たのって、 なんか意味があるんだろうなってすごく感じてるんです。
それは感じてるんですけど、何なのかがわからないです。 なんかわかりますか?
そういう時ってないのかな?あるのかな? いやでも、なんか星読み的には、多分私もともと、
ものすごく現実的な人で、完璧主義者なんですよ。 で、そこから、今世の課題として、
そういうなんか、なんていうのかな、見えないものを信じるとか、 スピリチュアル的なことを取り入れるとか、信じるとか、
そういうところは多分課題なんだと思います。 あと、なんかちょっと適当にしてみるとか。
適当が苦手だったので。 で、すごく適当にしないで来たので、
今なんかいい感じで適当になってきてますけど、 適当なのか怠けてるのかよくわからないです。
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そう、だからなんか、星の勉強しながら、 なんか心理学っぽい勉強もしながらみたいな。
で、勉強勉強って言ってると、そういえば医療の時勉強ばっかりしてたなぁと思って、
その勉強していた知識の、知識がこう脳みその中を占領しているような気がして、
これはあったまま他のものも入ってくれるんだろうかってちょっと心配になってます。
なんか久しぶりにすっごいなんか、何て言うんだろうなぁ。
なんかわかります?って言ってもわかんないんですよね。
なんかね、そこから湧き上がってくるような感じで文章を書いてました。
それを見てどうしろっていう気はするかもしれないんですけど、
もしかしたら自分はその時そんなに頑張ってたんだっていうのを訴えたかったのかもしれないし、
そういう仕事をしている人はこういうことも必要なんだよって言いたかったのかもしれないし、
なんかすごい上から目線っぽいんですけど、そんなことをするつもりはなかったんですけど、
なんか後からリピートしてみると、なんかすごい上から目線っぽいなってちょっと思ったんですけど。
とか、あと自分が病気になったりとか、周りの人がそうなった時に、
私もともと医療の勉強したわけではないので、
調べていくうちにわかるようになったことってたくさんあるんですね。
なので、なんかちょっとそういう関心を持つ機会が与えられているっていうことは、
それについての知識をつけてもいいのかなって思ったり、
多分その原因になっていることとかを取り除いてみるとか、
あと、なんか調べるきっかけとか知るきっかけになっていると思うので、
それをやってみるとか、あと先生にこういうのが出てきたんですけれども、
そういう治療を知ってますかとかやってますかって言ってもいいんじゃないかなって思います。
なんか日本人って結構お医者さんのことを信用していて、
あまり先生に言われたからって言って言わないところがあるし、
セカンドオピニオン自体があまり普及してないっていうか、
最近は聞きましょうみたいなのありますけど、
なかなか言いにくかったりとかすると思うんですけど、
海外だと結構当たり前だったりするので、
自分の体のことだからやっぱり自分で責任を持つ、
そのためには知識をつけるっていうのはなんか大事なんじゃないかなってちょっと思ったり、
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したところもあって、なんか調べてみたらどうかなって思ったりしました。
なんかどうなんだろうこんなお話。
ただ、その中で湧き上がってくるグワーンっていうやつは、
なんかワクワクっていうのともちょっと違うんですけど、
すごく自分を奮い立たせる力ではあるから、
なんかエネルギーみたいな感じのものがあるんだなって思いました。
これが何なのかわからないんですけど、
一応なんか情熱の炎って書いておきましたけど、
なんかものすごく湧き上がってくる何かで、
行動するのに簡単に火がつくものだなって思いました。
多分ねみんなそういうのあると思うんですよね。
で、それって結構すごい貢献できそうなものとか、
あと死に直結したりとか、生に直結したりとか、
なんかそういう生死に関わることとか、
社会に何か貢献できそうなこととか、
そういうもの観点から見ると、分かりやすいかもしれないですね。
自分自身で感じやすい、怒りが湧いてきたりとか、
恐怖感からこれは何だろうみたいなのが湧いてきたりとか、
だから絶対勝ってやるみたいな、
なんかそういう力が湧いてくるものみたいなのが、
多分みんな一人一人何らかあると思うんですけど、
私はなんかそこが医療だったのかなっていう気がします。
今日も聞いていただきましてありがとうございました。
良い夕方をお過ごしください。
バイバイ。
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