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こんにちは、いろはーやです。今日は11月じゃなかった10月の12日。
今がお昼頃ですね。 えっと、昨日
問題解決のセッションをさせていただいて、昨日じゃなかった、一昨日だった。
させていただいて、そのやりとりをする中で、お話しする
時に内容をお伺いするよりも、例えば書いておいてもらうとか、あと先に送ってもらうっていうことをすることで、時間が短縮できるというか、その内容をお伺いする時間がなくなるので、なくなったり考える時間が減るので、
書き出す、もしくは書き出して送っていただくっていうのをお勧めしてますっていう風に書いたんですね。
だいたいみんなに多分そうしてると思うんですけど、そうしたら、書き出すことで書きながらワクワクしてきたっていう風に
教えていただいて、その理由が、書いていったことが解決していくから、解決することがワクワクするっていう風に書いてあったんですけど、
頭の中で自分で整理しきれないこと、私もそうなんですけど、だいたい自分が何を考えてそうなってるのかがわからないんですよ。
特に当事者になってしまって、例えばやることがいっぱいあるとか、問題が大きすぎるとか、いくつもある時とかって、
結構いろんなものが頭に閉められていたり、あとご家族がたくさんいらっしゃったりとか、
3人だったとしても誰かが問題を抱えていたりとかすると、その占有率が頭の中で増えるので、
なんか整理しづらい。自分で解決しようとしても、頭の中でぐるぐるしたり、本当に自分がどう思っているのかよくわからない。
書いていっても、なんかわかんなくなっちゃったり、あと頭が真っ白になったりとか、書いている時に違うことが浮かんじゃったりとか、結構することあるんじゃないかなと思うんですけど、
それを誰かに読んでもらうとか、誰かに話すために書き出したりすると、またそれは相手に伝えようと思うので、
こう書いたらわかるかなとか、こういうことだからこうなってるんですっていう、伝えるため、相手がわかるために書くっていう行為自体が、
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もうすでに解決に向けて問題を整理し始める一歩みたいに多分なるんじゃないかなと思うんですよ。
で、それってなんか自分で書いている時と違う、自分に対して書いている時と違うのが相手がいるっていうこと?
だから、もしかしたら自分でノートに書いてみて問題解決しようとすると、書くの誰かがいて、その人に説明をするつもりで書いてみると、
自分でも解決できるんじゃないかなって思いました。
それが一個ね。で、もしかしたら問題がごちゃごちゃすぎて書いててもよくわかんないとか、
あとこれうまく伝えられるかわからないとかってなってくると、もしかしたら話しながら伝わるかもしれないし、
多分人によって視覚で見た時と頭から、紙に書き出した時って視覚で見るじゃないですか。
で、しゃべると音が自分の中に入ってきたりとか、
あと相手の人の答えというか、返答とか言ってくれることが耳に入ってくることで、
自分と違う質問とか、自分自身にする、よく問いかけていることとか、
自分の語彙の範囲内というか、考えられる範囲外の言葉とかが入ってくると思うんですよね。
いつも自分が使わない言葉とか。
そうすると何かそれによる気づきとか、違う見方ができたりとかすると思うので、
人と話して解決していくのってそこが有効なんじゃないかなって思いました。
で、私自身が問題解決が得意だなって思った理由が、
多分書き出す時に違う人になりやすい、
頭の中で多分みんないろんな人がいると思うんですけど、
質問者が多分いるんだと思うんでしょ、自分の中に。
で、誰かに質問されたつもりで答えたりとか、
あとインタビューされているフリで書いてみたりとか喋ってみたりとかしたりする、
なんか一人遊びみたいのが結構多いんですよね。
英語の勉強してた時も、話し飛びますけど、
出るようになりたくて、どうしたかっていうと最初はモノマネだったんでしょう。
だからラジオ英会話のNHKの教材のラジオ英会話ってあるじゃないですか。
あれのテキストを買って、朝そのラジオを聞きながら録音して、
それを何回も読むっていう真似っ子をずっとしてたんですけど、
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そのうちそのテキストの真似っ子がつまんなくなって、
映画の主人公とかの真似っ子、全部の人ができなかったので、
一人の人を決めたらその人の言ったことを真似するみたいなことをしたり、
あとはその人が質問してきた答え側になってみるとか、
なんかそういうことをすごいしていて、
なんかいつもお店に行ったらこう答えようとか、
こう質問されたらこう答えようみたいなのを、
頭の中でシミュレーションしてたんですよね。
英語の場合はシミュレーションも声に出してしてたので、
なんか旗から見たら一人でブツブツ言ってる人になるんですけど、
洗濯物を干しながらとか、学生の時は電車の中とか歩きながらとかに、
そこに見たもの、そのシチュエーションに自分が入ってみて、
そこで起きてることを自分が経験してるみたいになって、
自分がそこで喋ってるみたいなフリをして英語で答えるとか、
なんかそういうことをしてた。
あと他人のことの方が解決しやすいので、
他人のことっていうと、例えば会社の中の出来事とか、
何かの医療の仕事だったんで承認を取りたいとか、
この商品を病院が1000病院あるうちの800病院に導入したいとか、
なんかそういう目標があるじゃないですか、会社とかって。
で、その会社の目標を達成するためにどうしたらいいかっていうののうち、
絶対になんか問題が起きるんですよ。
例えばここの営業所だけ売れないとか、
なんかここにデイリー禁止になってる病院があるとか、
いろいろあったんですけど。
で、そういう問題があると、
1個ずつを解決して目標を達成していくっていうことをしてたので、
多分同時に両方知ってたのかな。
で、それを組み立てたり組み直したり、
どっかの人とどっかの人をくっつけたりとか、
あの人にこの人相談したら分かりやすいかもって言って、
営業の人と営業の人つないで、
この人に聞いてみたらこの前これやってたからとか、
なんかそういうパズルみたいなことをよく知ってたんですよね。
で、それって旗から見てるから多分できるんであって、
自分がその当事者だと、
見てるところが自分の目の前になるので、
結構できなくて、
で、私割と木を見て森を見ずとか言われたこともあったんですね。
自分のことに直面するとそうなるので、
それをすごく言われることで、
いつも森になろうと思って、
すごいそれは練習しました。
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今見えてる目の前の壁は壁かもしれないけど、
もしかしたら離れてみたら乗れんかもしれないみたいな、
なんかちょっと押したら開くとか、
ちょっとめくったら開いてるとか、
なんかそういうことをするようになって、
多分できるようになってたんですけど、
そのご相談いただくと、
だいたい何かいくつか問題があって、
なんかいろんな問題を見ていても、
結局同じところにたどり着くっていうか、
その一つの紐を解くと、
いろんなものが同時に解けていくっていうか、
で、ただ難しいのが、
自分の思考の癖とか行動の癖とかがあったりするので、
そこを変えていった方が早道。
毎回思い出す必要が最初はたぶん慣れるまであると思うんですよね。
なんかもし変えようと思ったら何か根本的なこと。
で、だいたい自分、人って変えられないんですけど、
自分って変えられるので、
で、自分は変えられるけど、
癖があるからそっちに行きやすいんですよね。
で、その癖を直していく。
で、私足組む癖があったんですけど、
それによって腰が痛くなるっていうことに気が付いて、
足を組むのをやめたんですけど、
最初は組んでることに気づくんですよ。
組まない、すぐに組まないっていうことはできなくて、
最初は時間が経ったら腰が痛くなってきて、
足組んでるって思ったら直すんです。
で、そのたんびに腰痛い、足組んでた、腰痛い、足組んでた、
っていうのをずっと繰り返すんですけど、
そのうち足組もうとするときに、
そういえば足組むと腰痛くなるんだと思って、
やめるようになるんですよ。
で、だんだんそれを繰り返しているうちに、
座っても足を組まない、
ただ組みたくなるんですね。
癖で組んでたから。
だからそうだ、足組むと腰痛くなっちゃうからやめたんだ、
っていうのをずっと自分に言い聞かせるみたいなことを、
1ヶ月ぐらいしてると、だんだん組まなくなりますね。
組まなくなるけど、やっぱり組みたくなっちゃうんですよ。
それを組みたくもならなくなるのに、
たぶん3ヶ月ぐらいかかるんじゃないかなっていう気がするんですけど、
こうやって癖やめるときってそんな感じ。
だから癖を変えていくときもたぶん同じじゃないかなって思うんですけど、
そういうことをしていると、
だんだん問題の根幹みたいなところが変わってくるので、
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その後問題が起きるかもしれないけど、
今度違う見方ができるんじゃないかなって自分自身で。
解決する方法が浮かんだりするかもしれないなって思います。
そういうのを気づくためにも、
人に相談するのって一番早いかもしれない。
自分でやろうとするとさっき言ったみたいにぐるぐるしたり、
いつもと同じ思考で考えたりするので、
結局新しいアイディアが浮かぶまでとか、
気づきが生まれるまで結構時間かかったりするんですよね。
その読んだ本とか、誰かが言った一言に気づくとか、
そういう気づきがある瞬間とかにちょっとずつ変わってくると思うんですけど、
人に相談してみると最初から第三者的に物事を見てくれるので、
そうするとその人の問題の中心みたいなものに気がつくから、
それを教えてもらった時に向かってくることもあるかもしれないし、
ああそうなんだってちょっと落ち込んだりするかもしれないし、
もしかしたらそれだけ変えれば大丈夫なんだって思うかもしれないし、
人によってそれを聞いた時の感じる感情みたいのが違うかもしれないんですけど、
それを聞いてやってみたいなって思うかどうかは、
多分その話した人との相性もあるかもしれないですね。
なんかこの人から言われたくないよみたいなこともあるかもしれないし、
この人に言ってもらったから聞いてやってみようかなっていうパターンが分かれるかもしれない。
こんな人に言われたくないよって思って向かってきた時って意外とチャンスで、
人に言われて向かってくることって自分で気づいてることなんですよ。
気づいてるけど人に言われるとムカつくこと。
自分でそんなのわかってるよみたいな風に思うんだけど、
そこをわざと見過ごしてるから、本当のところ疲れると痛いから向かってくるので、
ちょっと向かってきた時もチャンスだと思う。
向かってきてムカっとして終わっちゃうとチャンスがまた流れていくので、
次のチャンスはまた自分が向かってきた時だと思うんですけど、
自分でムカが嫌だから変えようって思うか。
この人に言われたから直してみようって思う時は多分素直に何かしようと思えると思うので、
それはそれで早道かも。
明るい方向で考えて楽しかったな、こう言ってくれたからこうしようかなみたいな感じで、
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明るく素直にできるみたいな。
あと素直な人はものづくりとかもそうなんですけど上達がすごい早いですね。
言われたものを言われた通りに受け止めてその通りにするので、
自分がやってたやり方にすぐ変更してやったりとかすると元に戻るんでしょう。
そうするとだんだんそれ入れといた方が、
例えば作る場合だったらきれいにできるのに面倒くさいからそれやらないっていくと、
結局またきれいにできなかった方に戻っていっちゃう。
素直に人に言われたことをやってみようって思う人とか、
素直に聞いてできる人は変わっていくとか作っていくとかでも早いですね。
だいたい言うこと聞かないで自己流を説明してる時にもう聞いてなくて違う風にやってる人はだいたいあんまり変わらない。
あと体験レッスンとかでもあるんですけど説明してもいつもこうやってやってるんでこっちでいいですっていう人もいるんですね。
そうすると学ばなくてもいいっていうか、
なんかこういいところを知りたいのか、
例えば情報が10個あったとしたらそのうちの1個知りたかっただけで来てて、
残りの9個が聞いてた方が自分のためになるかもしれなくても、
1個のために来てるからその9個は聞かないっていう人もいるんじゃないかなって思うんです。
それはそれで全然いいと思います。
全部やろうとすると結構大変なんですよ。何でも。
私が例えばその問題解決なり目標達成なりアイディアなり提案できることが10個あったとするじゃないですか。
で、そしたらそれ全部をやろうとするといっぺんに、
多分また訳わかんなくなっちゃうと思うんですよね。
なのでセッションする前に一番重要なことって何ですかとか、
一番解決したいことって何ですかとか、
一番こうなってたいとか、
これをすることでこうなりたいみたいな姿ってどんなのですかとかって聞くんですけど、
一番その自分にとって重要なところを変えると、
割とその下にある違うことも整っていたりするので、
その中を1個に絞るっていうのが私もできないんですけど、
結構大事だなって思います。
私すごいできないので最近そぎ落とすことを一生懸命やってる結果、
多分リセットしちゃったんですよね。
もはや何もしないみたいになってるんですけど、
でもそれの結果残ったものっていうか、
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例えばいろんなところに興味があったり今もあるので、
置いてあるものがいろんなものなんですよ。
星読みの勉強もしてるし、タロットもしてるし、
オラクルカードもやってるし、
本もいろんな種類のやつが読みたいから、
お金の本だったり、自己啓発の本だったり、
小説だったり、体のこととか、
あと四季の日本の文化についての本とか、
本当に興味がいっぱいありすぎて、
それが全部ぐちゃってあるんです。
手帳とか。
多分リセットしたのにもかかわらず、
それが全部そのまま置かれてるってことは、
自分の中でどっか整理がついてないんだと思うんですよね。
なので今のこの余白を使って整理をしてる感じ。
それも多分自分のタイミングでしないと、
どっか痛くなったり、いるものを捨てちゃったり、
いらないものを取っておいたりっていう、
なんかええやで、もういいやこれみたいになっちゃうと思うんですよ。
片付けるっていうのが目的になっちゃうから、
本当は自分の取っておきたいものとか、
自分が興味があってこれはやりたい、
これはもう手放そうって思ってるものがあるかもしれないのに、
その判断が片付けるが目的になっちゃうと、
とりあえずあるものをここが片付けばいいになっちゃうんですよね。
これなんか自分で学んだことなのかな。
例えば自分がすごい思い入れがあってやってたこととか、
興味があるってやってるって思ったことにしても、
例えば辞めることになったとしても、
またやりたくなるかもしれないじゃないですか。
私の場合、ものづくりって復活してくるのでまた。
なのでその見極めが結構難しいから、
あえて今放置してるんですけど、
それか取っとける場所、一時ボックスみたいなのを作ると、
多分一時ボックスだらけになっちゃうんじゃないかなって今思って、
わざと放置してあるっていうところもあるから、
結構自分の中でここを変えようと思っても、
その不要なところと手放すところとか、
自分の心の中にもあると思うんですけど、
今までやってたこの癖をやめようとかね。
あとこの考え方は違ったからこれはもう変えようと思っても、
割と時間がかかるので、
それはなんか自分を許してあげて、
のんびりやってもいいかもしれないですね。
ただそののんびりをあまりのんびりしてると、
いつまで経ってもそれに慣れちゃって、
今度のんびりが当たり前になっちゃったりするので、
放置した状態ののんびり。
だからなんかもやっとしてるのに見ないようにして、
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今のんびりする時だっていうのが一年続くとあまり良くないと思うから、
時間はなかなか自分で区切った方がいいかもしれないですね。
今自分に聞かせてます。
人のセッションとかすると結構自分の気づきにもなったりするのでいいなって思うんですけど、
そんな感じで問題解決のセッションは楽しくやってるかな。
楽しくお話をして、
私面白いことをするのが好きなので、
だいたい解決する手口とか、
解決してどうしたらいいか、
これをやめてこうするにはどうしたらいいかとか、
これを解決するためにどうしたらいいかっていうのはだいたいゲームを取り入れてます。
こういうゲームをしたらいいんじゃないとか、
これをゲームにしちゃったらいいんじゃないみたいな感じの提案の仕方。
だからある意味ちょっとアイディアとくっついてると思います。
自分自身なのでアイディア出すのが、
連想ゲームでアイディアが出やすいんですよね。
それをその場で出して、
じゃあこれはみたいな感じで突然浮かんだものを提案してみるとかしてるんですけど、
なんかそのうち問題解決っていうか、
なんかこう、
生きやすくするためのアイディアみたいなのと、
あと話してると星読みが結構関係、
知ってると楽かもって思うことがすごいあって、
何回か聞きそうになったんですよね、
その方々のホロスコープを。
そうするとこれが入ってるからこうなるから、
こういうふうに考えるようにしたらもうちょっと生きやすいかもとか多分出てくると思うんですよ。
なんかそのうちそこら辺を混ぜたセッションとかにするかもしれない。
私多分鑑定して、
あなたはこういう人です。
だからこうしたらいいですとか、
あとこういう時にこういうことが来るから、
こうしたらいいですよっていうことを目的にしてる鑑定って、
多分なんか私には合ってないんじゃないかなって思ったんですよね。
でどっちかっていうと何か問題があったとか、
こう変えたいとか、
なんかちょっとコーチングに星読みが入ってるみたいな感じの方がいいんじゃないかなって自分で思います。
なんかその方が皆さんの役に立てそうな気がしてるので、
そのうちそのモニターセッションとかをするかもしれないです。
ということで、今日もお聞きいただきましてありがとうございました。
良い午後をお過ごしください。
あ、今日ね、金木犀がいい匂いしてます。
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ばいばーい。