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#84「N=1の科学」:伊藤亜紗『体の居場所をつくる』
2026-05-19 36:43

#84「N=1の科学」:伊藤亜紗『体の居場所をつくる』

第84回はわたるが担当。


伊藤亜紗さんの『体の居場所をつくる』からの引用です。


なんでも解決するひみつの道具はもちろんないけど、かといって多くの人がなんとなーく信じている「問題-解決」という単線的な、一対一対応で解決策が考えられる問題ばかりではない。


そういうことをふだん常々考えているのですが、そんななか、この本の「はじめに」のある部分がとても気になったので引用しました。


この本は、どこか体の居心地が悪い、という違和感を抱くひとたちにインタビューし、それを元に書かれています。


自分にはすぐには当てはまらない、他人の、工夫によって導かれたその人だけの生き延び方を知る。


みなさんは、この本を読んでどう感じるでしょうか。




★毎週月曜日 夕方5時に配信しています★



【メンバー】

わたる:発起人。テレビの制作会社ディレクター。テレビを見るより本が好き。



ひかる:わたるの大学からの友だち。会社員。道端に落ちているものを写真におさめたり、飼い犬を愛でるのが好き。



つかだ:ひかるの前の会社の先輩。ゆいこの塾の友だち。つかだくんと呼ばれているけど、みんなと仲がいいつもり。本が好き。



ゆいこ:みんなの友だち。ラジオやポッドキャストが好き。小学生からくるりを聴いている。



かしま:ゆいこの幼馴染。IN YOU RADIOのサムネイルをデザインしたデザイナー。



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IN YOU RADIO
引用ラジオ
小説や映画、ドラマや絵本など、日常で出会った言葉たち
心に残った言葉に、その人だけの経験や、普段考えていることが透けて見えてくる
引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら
メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
ヒカルです。
ヨータルです。
引き続き、2人でお送りします。
塚田くんからお手紙が届きましてですね。
塚田くんが、4月か、4月頭にヨーロッパ、南欧?
ボスニア、ヘルチェゴビナとか。
そう、なんかね、セルビアとかに行ってて。
それの手紙を、葉書きを送ってくれたんですよ。
現地からね。
それを引用、信用というか、読み上げようかなと思って。
ちょっとまだ僕、今初めて読んだんだけど。
ちなみに、現物はまだ届いてない。
あたかも俺、現物があるから読んでたけど、実は。
言いましたが。
現物は届いてなくて。
まだ届いてない。
その社名が送られた。
社名?
社名?
社名?
社名?
社名って?
社名って?
社名で。
写真が送られなくて。
ボスニア、ヘルチェゴビナの、
なにこれ。
サライボ?
違う?
バシ、バシチャルシチャ。
どこに書いてあるんですかね?
じ、なに、なんか。
全然わからない。
ボジネックスコビナのサライボだね サライボにある
すごい素敵な黄色の郵便局 めっちゃ素敵ななんかクリーム色黄色の
川沿いにある 素敵な
郵便局から送ってくれたらしい ですと
今日塚田くんがこの収録に来れるかも と言いつつお仕事が終わらなくて
来れなかったので 我々にあてられた歯書きを読もうと思います
恥ずかしいだろうな
陰陽ラジオの皆様へ 収録に行けず申し訳ないです
ベオグラードから手紙を出そうとしたら トラブル続きでサライボから出しています
サライボは欧州風の建物と トルコイスラム系の建物が入り混じった都市で
聖教会の鐘の音とアザーンがどちらも聞こえます
03:05
アザーンってあれだよね イスラムの
お祈りのやつかな
コーランかな
渡辺くんが声をかけてくれたおかげで 月に1回自由に誠実に言葉と生活に向き合う時間ができ
何より皆のフィードバックや受け止めてくれる場所があることが ありがたく大切だなと実感しています
それだけに4人リアル収録の暫定最終回に立ち会えず残念なんですが
今回の収録でゆい子が最後になるかもねって言ってたんだけど
ちょっといろいろ合わずに結局2人になっちゃったんですけど
最終回になるかもって言ってたんで それに立ち会えず残念ですがと
陰陽ラジオらしく言葉で参加できたらと思います
手紙を送ります
つかだ
さすが
さすが締めに来てる
よくつかだくんは最終回にしようとしてくる
ひたすらつかだくんが最終回にしようとしてくる力と
続けようとする俺の力がきっこしていけて
ようやく85回ぐらい
すごいね85回か
すごいね
34回ぐらい
そうだね
確かにちょっと身内というか僕らの集まりの話になっちゃうけど
月一でたまに何してんだろうって
ふとあれ今俺何してんだみたいな
不意に冷静になっちゃう時あるんだけど
みんなで話した時に
強制的に仕事でもなく趣味で
別にこれで収益得てるわけでは全然ないんだけど
むしろ手弁当でしかやってないし
これを続けるということが自分たちが集まる機会を生んでるということも
すごいいいし
なんかこれみんなに話したいなみたいなことが
できてすごいありがたいな
ほんとそうだね
そのとやっぱりひかるが毎回スケジュールをリマインドしてくるから
ほんとありがたいですね
日程を人と日程調整するっていうのがなんかすごいオックーで
そうなんだ私日程調整大臣になるよじゃあ
担当大臣
それぐらいしかしてないからね逆に
そうだね確かにかなり貴重な機会だよね
月一で会う友達ってなかなかいないから社会人になると
ほんとそうだよね
付き合ってる人とかがいたら週一とかで会うけど
別にこういう話をするかというとしなかったりもするじゃん
そうだねあえてなんかだから
いやーいい場所ですね
いい場ですよほんと
津川くんがなんか我々の会話を聞いてるかのように
06:02
郵便局のURLをクリック
ふと思い立って始めた
ポッドキャストとかもあんねんほんと
ただの集まりなんだけど
ゆい子が離れると急に寂しがってきちゃった
泣く?
泣きはしないけど
なんか4人でここまで1年半やってきて
終わるわけじゃないんだけど
ちょっといろいろ見直さなきゃいけないからね
収録の仕方とかリアル収録続けるのか
どうなのかどうするのか
もちろんゆい子の渡航先にまで行って
そこで特別収録ももちろん
やりたいね
街中歩きながらとか
公園でとかね
やりたいけどなんか
ずっと同じようにはいられないんだな
それは別にゆい子の選択がどうかってわけじゃないけど
みんな変わっていくからね
その狭間にいるし
それが記録で残っていくの面白いよね
そうね確かに
気づいたら変わっちゃってたなとかってことって多いじゃん
変化の狭間を形として残せるのってすごい
面白いことだなと
しかも前回
この収録の前の収録で
今日4月27日に撮ってるんですけど
この4月27日に公開した回が
ニワトエスキースっていう本を取り上げてる回なんだけど
語り合うことで
何かを媒介にして
記憶を分かち持つみたいな話が最後になって終わったんだけど
僕らの間でも記憶が分かち持たれてるし
データに残るということで
また過去の自分から
未来の自分が記憶を分かち持たせてもらえるというか
あるし
これを聞いてくれてる数少ない貴重な皆様が
その目撃者になってくれてるっていう
すごいなんかそういうとこは
不思議な縁というか
確かにそうだね
私の彼氏が聞いてくれてるんだけど
よくポッドキャストのメンバーの話とかもするんだけど
その話とかしてると
確かにこれ渡辺くんがこう言ってたよね
って言うのよ
それめっちゃ面白いなと思って
その場には彼はいないわけじゃん
媒介で聞いたことで
私が忘れてたこととかを彼が覚えてるみたいな
めっちゃ面白いなと思って
なんかいいね
そういいよね
09:02
彼はこの場には参加してないけど
私が友達といる時にどういう感じかとかをさ
これを通して知るわけで
でもさ普通さ
自分のパートナーとかが
友達といる時にどんな感じかって
自分も一緒にいる場じゃないと見れないじゃん
自分がいない場でどうなってるのかを知れるって
すごい面白いみたいに言ってて
確かにな
なんか覗き見させてもらってるみたいなね
なんか自分のめっちゃ近い人が
ポッドキャストやってるってことがないから
うちらの共通の友人でも
ポッドキャストやってる人いないじゃん
いないね
関係がそんな深くないんだけど
やってる人はちらほら
質問とか何人か
めっちゃ近いわけじゃないけどやってる子がいて
その子の方は聞いてるけど
なんかその子にはあんま差を感じない
差を感じないぐらいの関係性の子しか
ポッドキャストやってる人いなくて
なんか逆
味わってみたいなと思ってる
誰か始めてほしい
誰かやってほしい
誰かやってくれないかなこれ聞いてる
そこのあなた
ポッドキャスト始めませんか
ポッドキャスト楽しいよねかなり
そうね
そんな難しくないしね
なんかこれ
イニオラジオは本当に
フォーマットを決めたんじゃん最初に
自分が心に残った言葉を持ち寄る
それだけがあればいいっていう
4人いるから1人1個持ってくれば
1回4話ぐらいは収録できるよっていう
個々の負荷が少なくて
みんなが普段やってることの延長で
やれるっていうところが良くて
そういうのを発明したら
もう後は転がり続けるみたいな
かっこいい
発明さえすれば
そうなんかそういうのちょっとね
フォーマットさえ作れる
確かにね
ぜひやってほしいなと思う
確かにそれいいよね
お便りとかのポッドキャストも結構多いけど
それってある程度聞いてくれる人の数が
担保されないといけないから
勝手にね
勝手に自走してるから
自分でエネルギーを作って
いいフォーマットだよね
さんじがじさん
というわけで今回
ちょっと前置きが長くなりましたが
今回の引用は
僕が持ってきた本です
すごい僕はこの方の
お仕事の大不安で
いろんな本をこれまで読んできたんですけど
伊藤阿佐さんですね
東高大じゃなくなったのか
東京科学大学
教授です
伊藤阿佐先生の
12:00
体の居場所を作るという本ですね
最近出た本で
2025年
11月ぐらいかな
あごめん
もっと先だ
2026年2月25日
これはずっと伊藤先生が
ずっとやってる
なんて言ったらいいのかな
なんていうプロジェクトなんだっけ
いろんな人にインタビューしてるんですよ
当事者研究ずっとやってて
体の
体に対して
間違えた言い方したかな
体に対して居心地の悪さを感じてる人
話をずっと聞き続けてる
らしくて
ちょっとごめん
この言い方がだいぶ違うかもしれない
でもこの本には
居場所の良さ悪さ
みたいな
なぜか体の居心地が悪い
居場所がない
みたいな不快感
を持つ
ところからスタートしてます
例えば
接触障害の方
たくさん食べちゃうみたいな人もいれば
すごい吐いちゃう
食べないということが
に執着しちゃうとか
あと筋ジストロフィー
の人とか
あと謎の病気で
どこ行っても診断がつかない
だけどすごい苦しさがある
みたいな人とか
あと
治療の方法がない
いろんなそういう人の
本当に具体的な
具体的で個別的な話
をヒアリングして
それをどういう言葉に置き換えられるのか
その人が体験してきたこと
とか
体験してきた
身体の居心地の悪さ
居場所のなさみたいなものを
どういう表現に
言葉に置き換えられたりとか
理解、共感できなくなったとしても
理解を
歩み寄れるかみたいな
ことを
している
本なんですよ
全部
一章あたり一人の
インタビューに向かって
話を聞いたものが
入っていて
必ず
〇〇さんへって最初に書いてあるんですよね
この方はチマチョゴリ
韓国在日コリア
元在日コリア
今フランスに住んでいるという人の
ユニホンシャープさんという方で
第5章
電車の中のチマチョゴリっていうタイトルの下に
ユニホンシャープさんへって書いてある
インタビューを元に
伊藤先生が
その人に会ったときにどう思ったかとか
話を聞いたときにどう思ったか
15:00
この人はこの人にこういう気づきをしてるんじゃないか
みたいな
それを送っているとその人に
というもので
素晴らしいなと思った
なんか
なんだろうな
例えば
こういう体の居心地が悪い
みたいな話だけじゃなくて
誰かに相談したときに
アドバイスを聞けてよかったと思うことも
もちろんあるかもしれないけど
あなたは
今こういう状態なんだね
って言ってもらえる
とか客観的に
コメントをしてくれる
みたいなことが
直接解決に繋がらなく
何か問題解決に繋がらなくても
何か手触り
自分の中で何か手触りがあるものに変わったり
することがあると思う
それをやってるんだろうな
だから
伊藤先生は
彼らの問題を解決することは絶対できない
だけど
そこに対して私はこう思いましたよ
私にはこう見えましたよ
強くいきましょう
強く生きてますね
とかじゃなくて
時にドキッとする
そんなこと書いていいの
ちょっと失礼なんじゃないか
みたいな
そこも出てくる
でもそういうのも含めて伊藤先生が
最初に見たことと
最初にその人に触れたときの
話したときの印象とか
交えて書いてて
そこの忖度のなさとか汚い
伊藤先生の目線
みたいなものが
すごい
彼らの力になるんだろうな
っていう本なんですよ
いい本です
気になってる
ぜひ読んでほしいんですけど
それを
象徴する部分がはじめに
プロローグに書かれています
そこを引用したいんですけど
引用とかいうのは
おごがましいなと思うぐらい
大好きなんですけど
恐縮
今回この
体の居場所をつくるは
11人の方の話を
出会いをもとに書いています
引用しますが
本書は
それぞれの方への聞き取りに基づいて書かれています
その方法も様々で
直接お会いした話を聞いた方もいれば
オンラインでお話を聞いた方
メールでの復書館でやり取りした方も
いらっしゃいます
どれもあくまでパーソナルな
工夫
彼らなりの工夫で
折り合いをつけたりとか
生き延びてると
パーソナルな工夫ですので
不変性はないかもしれません
症状を言語化するときの
言葉選びにもその人の工夫が
現れますから
病気や障害の説明も
その人ならではのものです
18:02
決してそれぞれの
病気や障害について客観的な説明
ではありません
ですが文学の手前で
寸止めするようなこの
Nイコール1の科学には
思っても見なかったような知恵に至る扉が
あちこちに隠れているように思います
Nイコール1の
科学は実践の中に
あるからこそ頭で理解した
当たり前をすっとばす
生きることの複雑さと愉快さのようなものが
詰まっています
Nイコール1というのは要は
Nというのは実験の回数とか
事例の回数
N100取るとか言ったら100回
実験繰り返すみたいな
だからN1しかない
個別、超個別具体的なこと
にはなんかそういう
生きることの複雑さと愉快さ
愉快さのようなものがあると
なんかこれ
これすごいいいなと思って
進んで
居場所を作ること
それに言い換えれば
環境と体の関係をあれこれと解釈し直し
仮説を立て根気よく結び直すことに
他なりません
台風が来るたびに寝込んでしまうならば
天気と自分が一体化していると考えてみたらどうだろう
人種的マイノリティとして
居心地の悪さを感じているならば
小説の登場人物と一緒に自分のルーツを巡る
想像上の旅をしてみたらどうか
それは科学や
制度がまだ到達していない場所を歩き
安全度と言われている
王道の外側をコツコツと
開拓していくタフで
想像力に富んだ営みです
そして彼ら彼女らが見出す
思いがけない工夫に出会うと
そして
彼ら彼女らが見出す
思いがけない工夫に出会うと
思うことがあります
それは工夫を重ねて
居場所を作るというやり方は
私たちが慣れ親しんだ
問題解決という
思考パターンに対する強烈な
オルタナティブではないか
オルタナティブなのではないかということです
問題の所在を明らかにし
原因を見つけて叩く
でもそれのやり方は本当に
それほど有効なのだろうか
みたいな
Nイコール1の科学
個別具体的な
その人しか通用しない
知恵とか
実践
工夫
にこそ
これまで科学的に
何か事例を
公式化して
絶対に解決できる
飛び道具みたいなもので対処しようとしていた
けれどできなかったことに対する
新たな
答えというか
なんじゃないか
みたいなことを
すごいなというか
自分が作っているジン
がまさに
こういうね
その人の工夫みたいな
その人だけの工夫
その人だけの制約から生み出された工夫
みたいなことを書いていたから
だから響いたんだな
全部読んで
もう一回プロローグを読んで気づいた
21:01
最初は読み飛ばしちゃったんだけど
こういうのって
あるなって
だから人の話を
聞きたくなるし
自分はね
取るに足らないことにこそ
なんか
なんだろうね
本当はだからさ
なんか
問題解決パターンで
生み出されたものが
万能じゃないってやっぱ
どうしても思ってるというか
その人だけが
辿り着いたものっていうのはすごい
好きなんですよ
っていう話なんだけど
なんかちょっと分かるか
さっきの
ルーティーンの話じゃないけど
前に
渡る話だったかな
私結構
おじいちゃんおばあちゃんの
Vlogみたいなの見るのすごい好きで
そこで
送っている日常って
基本リタイアされてる方が多いから
一日自由な時間
だからすごい
クリエイティブさが
逆に求められるっていうか
自分でその日を
どう作り出すのか
どうデザインするかみたいなのが
すごい個性が出る
ところで
やっぱり多くの人は
我々世代と違くて
デジタルにもそんな触れて
なかったから
朝起きて
謎の運動とか
ラジオ体操でもない
気候なのか何かわかんない
謎の運動とかをして
散歩して
この間私が渡るにシェアした
ずっとカエルの
似顔絵を描いたりとか
写真を整理したりとか
日々の
営みを
コツコツコツコツやってるのよ
地元のギャラリーに行ってみたり
そういうのって
なんていうのかな
こう
こういうことやれば楽しいですよとか
誰かに提示されてた
ものじゃなくて
自分が何をやっているときに
心地がいいかとか
満たされるかっていうのを
突き詰めた結果とかも
探してる途中の
ものが
リアルに日常として
現れてるのがすごい
なんかそれ見てると
癒される感じなんだよね
なんでなんだろう
なんでなんだろうね
なんかやっぱ
一つの仮説は
人間は共感性を持つ生き物で
共感でもって
お互い助け合うっていうか
犬とか馬とか
共感するとか
いう研究もあるのかも
しれないけど
よりそれが強いのが
ミラーニューロンとか
デートのときに
24:00
相手が右手で
水を飲んだら
自分も左手で
同じサイドの手で飲むみたいな
真似すると親近感湧くみたいな
そういうのが備わってるように
人が居心地が良い
状態にあるということが
自分の幸せに感じる
だろうなぁ
みたいなこと思うから
前もポートキャストで言ったりとか
いろんなところに書いてるけど
自分の
ずっと一緒に住んできたおじいちゃんおばあちゃんが
老いてきて
いろんな痛みが出てきたときに
彼らの痛みが自分の痛みで感じる
みたいなことを思ったときがあって
その痛みを
共感みたいなのも
親密な人の
痛みっていうのは
赤ちゃんが生まれたとき
親がさ
子供が熱で苦しんでいるのを
変わってあげたいとか
同じように自分を苦しく感じるみたいな
もあると思うけど
だから心地よく感じているのを見ると
他者が
自分も
居心地がよく感じるみたいなのは
共感を
備わっている人間だから
思っているのかな
そういう時間の
過ごし方って
できるのかしらって
思ったりもする
やっぱり
暇を感じるっていうのは
どんどん難しくなっている
というか
自分の中のやりたいこと
リストみたいなことが
多すぎて
それは
なんて言ったらいいのかな
例えば
1週間とか
スマホを持たずに
どっか
ツリーハウスみたいなところに
滞在するってなったら
絵とか描くと思うの
絵描き始めたり
文章を描き始めたり
何かを生み出す方向に
自分が向かう
気がするんだけど
この情報社会に生きていると
本読みたいとか
映画見たいとか
情報を摂取する方に
どうしても
気持ちが向いちゃうの
だから別に誰に見せるでもないけど
絵を描くとか
何かを作ってみるとか
それを自然としていることが
憧れるというか
そういうのもあるかもしれない
なるほど
そろそろやる
そっか
順位が下がっちゃうんだ
だから
ある種残されたっていうか
消極的に
わかんない
エズミンソンなんてなかったし
おじいちゃんおばあちゃんの時代には
ディストラクションしてくるものは
なかったから
何か趣味欲しいな
今週末何しよっかな
行き前の絵画教室
描いてみようかな
27:02
最初にきっかけをつかんで
ある程度
心得があって
心得が
なんていうの
心得て
カエルのいい描き方みたいな
心得て
それがルーティーンになってる
っていう
それもいいけどね
やっぱ習い事
というのはまた一個違うんだよね
そうだよね
習い事に
それも
一個
組み込まれすぎというか
なんていうのかな
人からさ
よく習い事好きな人っているじゃん
そういう人に
習い事とかしてないのって言われた時に
今自分習い事一つも
してない
ジムは通ってるけど
教室
教室みたいなやつね
ピラティス
ピラティスとかグループレッスン
グループレッスン
絶対行きたくないの
まず
相手の時間に合わせるっていうのも
面倒くさいっていうのもあるけど
全く興味なくて
そういうの
じゃないといけない人もいるとかさ
全然違う
人が違うって言うとあれだけど
好みが全然違うんだろうな
言いたいことが変わる
なんとなく
習い事もちょっと違う
そうなんだよね
何の話だっけ
自分なりに
見出された
確かに
なんか
うちのじいちゃんのこと思い出すとさ
ほんと趣味の人だった
趣味の人で
絵も描いて水彩画も描いてたし
テニスもずっと
80いくつまでやってたし
旅行も好きだったし
彼なりに
海外教室とか
絵画の教室とか
そば打ちもやってたから
そういうのに行く
バス停が決まってた大体
こっちの方面に行くときは
こっちに歩いてこのバス停に乗るみたいな
ルートがすごい彼の中に
あったっていうのが
今思い返すとすごい愛おしくて
車も免許持ってたし
途中で
放棄というか
あれしたけど
なんか
自分なりにルートを選んで
あそこのバス停に
なんとか高校の横にある
バス停まで歩いて
みたいな
何も見ずに行ってて
大体この時間に来るとか
頭の中に入っててさ
時刻表もね
何かとことこ行ってたのも
すごい愛おしいな
早めに学校終わったときにたまにすれ違ったりしてたの
おじいちゃんみたいな
そういうのを思い出すと
いいなって
確かにそういうのなんか愛おしいよね
30:01
おじいちゃんおばあちゃんの習慣とか
なんでなのかわかんないけど
なんだろうね
ここの角まで行ったらUターンして
そうですか
あれと散歩とかね
そう散歩とか
朝の散歩の帰りに
必ずここのパン屋さんで食パン買ってきてくれる
あるあるある
こないだ街の声で
そういうのあったんだよね
ポロッと誰かが
ほんと当たり前のいつもやってること
なんか俺は初めて聞く
フレーズだったんだけど
ここのパン屋のなんとかみたいな
なんかこの2人に夫婦に
スーパーだったかな
なんか
俺が絶対に買わないような
食材の話をずっとしてて
この人たちにとって
多分何十年
これを続けて
当たり前になってるんだろうなみたいなのを
聞いたときにすごいなんか
愛おしくなったというか
全く知らない夫婦だけど
なんかね
そういう
言い方とかあるよね
なんかおじいちゃんおばあちゃんのこと
特殊な呼び方するとかあるじゃん
なんとかの家とか
地名で呼んだりとかさ
苗字で呼んだりとかさ
そういうのもあるよね
なんかおのおのがたどり着いた
もう今さら必然に見えるみたいなさ
もう当然そこに
行き着きましたみたいな
いわゆる見えるのって愛おしいなって
そこに年齢じゃないけど
そういうものを
想像させるからなのかな
年齢って言葉って
すごい良くない?
いいよね
経た年が
和になってるって
その言葉自体すごいいいなと思って
年齢っていいな
いいよね
私はあんま使わないけど
使ってみた
この間TikTokかインスタグラム
かな
すごいスピリチュアルな
宇宙と
細胞は構造が
同じなんですみたいな
めっちゃ引いてた
宇宙の銀河
細胞とかも全部同じ形だみたいな
葉脈が
葉脈かも
これは葉脈
これは血管
これは肺
これは菌
これは年輪
年齢や
和訳
外国人のやつよね
和訳してる感じじゃないの?
あれ人間
普通に読み間違えてるのは日本人の人だけど
日本人だった?
私外国人だった
なにこの修練進化
全然違うとこから来て同じような
同じ人
だからコピペしてるんだよ
AIとかが吹き返してたりするから
年輪
そこ間違えるんだと思って
ちょっと冷めるね
元々冷めてるけど
33:01
いいなとは思ってない
さっき渡るが
この
糸浅さんが
要は
それぞれの人の
問題を解決するとかでもなく
ただ
それを受け止めてあなたはこうなんですね
みたいなのを返してるみたいな
話があったじゃん
それでちょっと思い出したのが
占いにみんな従うのってそれなのかな
って思ったんだよね
診断とかじゃなくて
タロットとか
手相とかって
なんかその
占い師さんが自分に100%向き合ってくれる
時間で
あなたは
こういう状況なんですねとか
それを勝手に
言い当ててくれたりとか
するわけじゃん
それがすごいケアされる感覚
好き信じるかどうかとか置いていって
分かるなって思ってて
そこに
通じるような感じ
あとさなんか
思いついちゃったけど
なぜ悩み相談に乗りたがる人がいるのか
っていう逆側
なんか悩み相談してほしがる人いるじゃん
あれ何なの?
してほしがる人いる?そんなに
周りにいる?
これは別に悪口じゃない
決して悪口じゃないんだけど
本屋B&Bの
社長の内沼さんっていうじゃん
内沼慎太郎さんが
本の惑星っていうポッドキャストやってて
最近聞いてないんだけど
2年3年前ぐらいに
皆さん僕に
悩み相談してくれませんか?って
言っててね可愛いなって思ったんだけど
なんか悩みに答えたいんですよ
みたいな
なんで悩みに答えたいんだろうって
えーなんだろうね
なんかさ自分は
その想像もつかなかった
その人の話
超具体的な話を聞くのとかめっちゃ好きなんだけど
それに近いのかな
でもなんか悩みに答え
助言したいらしくて
アドバイスしたい
ポインティーさんみたいな
自信あんのかな
自分の引き出しに
それを見せたいのか
見せたいんじゃないの
あなたにはこれ
千と千尋の
かまじぃの引き出しみたいな
あなたにはこの薬草みたいな
そうかもね
なんか悩みを聞きたいは
ちょっとわかるかも
でもなんか相談に乗りたいって
あんまりないかもな
もうちょっと油断だった
というわけで
結構いい時間
えー今回ワタルが引用したのは
伊藤アサさんの
身体のいい場所をつくる
36:02
そして
彼ら彼女らが
見出す思いがけない工夫に
出会うと思うことがあります
それは工夫を重ねて
居場所をつくるというやり方は
私たちが慣れ親しんだ
問題解決という思考パターンに対する
強烈なオルタナティブではないか
ということです
という本でした
ありがとうございました
36:43

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