さっき塚田くんが言ったような混乱ではないんだけど
思い出しちゃう。
いつもどっかフックに引っかかっちゃってるみたいな。
ザルに引っかかっちゃってる。
これ何で覚えてるんだっけみたいな。
あるよなそういうの。
記憶っていっぱい。
そっちはすごい好きなんだよね。
別に意味とか物語とかないんだけど。
すごい好きです。
そういう引き出しというかさ、
物をたくさん取り揃えていくことも年を取るというか
そうだね。
ことなのかなみたいなことを結構最近思うというか。
社会学者の岸正彦さんがポッドキャストでしょっちゅう
人生ってあいつ今何してんだろうが増えることだみたいなことを言ってたよな。
ほんとそうだなと思う。
ヒカルは何か覚えてるのある自分で。
いろいろあるけど
でもなんか自分の傾向として
なんか徹底的にそれと向き合うみたいな傾向すごい強くて
渡るにも言ってもらったことがあるんだけど
例えばだけど
前に結構えぐめの痴漢に会ったことがあって電車で
で、その時にその場でボロボロ泣いちゃうぐらいすごい怖いことだったんだけど
それを怖かったとか悲しかったとかで終わらせたくなくって
痴漢が起きてしまう構造って何なんだろうとか
何でこの人は痴漢をしたんだろうかとか
今何で痴漢の議論になる時に被害者同行より冤罪を懸念する声が強いんだろうとか
そういうことが同時にすごく気になるというか
それはなぜかというと
やっぱり自分の痛みとかが必ずしも人に共感されないというか
それにカウンターになる意見が浮かんじゃうんだよね
それこそ冤罪を気にする意見とか
そういう時に自分に知識とか知性がないと
それに立ち向かえないなっていつも思ってて
だからそういう自分が大きな困難とかトラブルとかそういうものに巻き込まれた時に
結構知識とかそれこそ本とか
そういうものに頼ってそれに徹底的に向き合うというか
知識を自分の中に蓄える
その上で自分がどう思うかみたいなのを構築していくみたいな
そういう傾向は結構あるなって思うかな自分では
ある種の飛躍ではなくむしろはしごをちゃんと作っていくみたいなことなのかな
自分では簡単には上がれないこの一つの上のステップみたいな
ちょっと違う角度からの考えみたいなものに対して
物語ってある種の飛躍だと思うんだよ
いやいやそうじゃないでしょって他の人だったら突っ込む
簡単に信じないっていうことができる物語だけど
今ヒカルがやろうとしてるのって
違うステップに飛躍していくんじゃなくて
ちゃんとはしごをかけとくというか階段を作っとくみたいな
そのために他の人だったらこう考えるねとか
その筋が通るとかちゃんと足が踏めるようなものを探すみたいなことなのかな
そうだね自分のいろんな物事の向き合い方として
それをあんまり考えないようにするとか
そういうのが結構苦手なんだよね忘れるとか
それよりもそれが自分に起きた意味とか
そこから学び取れるものってなんだろうとか
そういう経験をした自分だからできることってなんだろうとか
そういう方に行きたくなっちゃう傾向がある気がする
例えば私は結婚してないけど夫が不妊して別居婚になったとかなったら
今一人でしかできないことなんだろうとか
大学通い始めるかどうかわからないけど
そういうこととかし始めちゃったりする気がする
でもいいよね自分の人生らしい
そうだねそれは留学してた経験が大きいような気がする
めちゃくちゃしんどい環境だったから
渡るはどうですか
今みんなの話聞いてて思ったんだけど
みんな自分の人生をよりよく生きるためにやろうとしてることは同じである
っていうのは同じなんだろうなと思ったの
自分の人生を生き抜くためにどういう生き延び方を選択するかみたいな
それがある種飛躍した物語だけれどもそれを採用するとか
それをあえて生かすみたいな
鹿島さんもヒカルも生かそうという意味で同じだなと思ったし
今の状況を生かすとか
鹿島さんもよく自分の経験を誰かに話すとか
それをある種の強みとして次のステップに行くみたいなのをよくやってると思うけど
その点ではすごい
自分の人生をよりよく生きるために今を生かすみたいな
僕はなんだろうな
大学卒業するとき就活も今の会社しか受けてないけど就活したりとか
卒業するにあたって卒論書いたりするために
結構大学3年間を物語家を協力にした経験はある
その過程で見つけた大切なものを今でも軸にはしてるなと思う
仕事の
人の話を大切に聞くみたいなことなんだけど
どんな人にもやっぱり
些細なものでもその人が大切にしてるものがあるとか
その人だけの気づきがあるとか
その人が下の世代に伝えたい大切なもの何かがあるはず
あるはずというかあるんだろうなと思ってて
それをただ聞きたいみたいな
聞けるなら何の仕事をしても構わない
そこから逸脱しなければ何の仕事でもいい
それが社会をよくするものであればいいなって最近より思うんだけど
それを大学の時に南多病の患者さんに話を聞いたり
ハンセン病の人に療養所に行ったりとか
アラスカ行った先ですごいそう思ったね
点を繋いでた感じはあるし
結局それが寄りどころにはなってる
めちゃくちゃ寄りどころになって
物語化しすぎるのは危険だなっていうのは思いつつ
一度仮に決定した人生の目的みたいなものにはなってて
それはすごい強力な軸だなと思う
自分にしんどいことが起きた時の捉え方
その出来事が何なのかみたいな捉え方
しんどいことだけじゃなくて大きな出来事が起きた時の捉え方
社会人1,2年目でずっと仕事がしんどくて
その時はもう修行って言ってた自分で
これは修行の精神の修養であるっていう
それも一つの重要な仕方というか
中学で友達いなくていじめの標的になった時期もあるんだけど
その時は優しさで返すことで精神を鍛えるって思ってた
修行なのであるみたいなのはよく思うかもしれない
高尚な物語じゃなくて
今の言うことに似てるかもしれない
フェーズとして修行フェーズである
修行マインドが強いと思う
物語ってほど上手くいろいろ語れないけど
修行ですみたいな
長い修行の中に
修行が終わればまた次の段階に行くと思って
次の変化の中にあるみたいな
今ちょっと思ったけど