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#4 「わたしたち、同じシャンプー使ってるじゃないですか」:坂元裕二『カルテット』
2024-10-21 26:09

#4 「わたしたち、同じシャンプー使ってるじゃないですか」:坂元裕二『カルテット』

第4回はひかるが担当。


冬の風物詩?脚本家 坂元裕二さんが手がけるドラマ『カルテット』からの引用です。


私たちはなぜドラマや映画を観るのだろう?という問いから広がるしみじみ回です。


★毎週月曜日 夕方5時に配信しています★


【メンバー】

わたる:発起人。テレビの制作会社ディレクター。テレビを見るより本が好き。


ひかる:わたるの大学からの友だち。会社員。道端に落ちているものを写真におさめたり、飼い犬を愛でるのが好き。


つかだ:ひかるの会社の先輩。ゆいこの塾の友だち。つかだくんと呼ばれているけど、みんなと仲がいいつもり。本が好き。


ゆいこ:みんなの友だち。ラジオやポッドキャストが好き。小学生からくるりを聴いている。


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IN YOU RADIO 
引用ラジオ。小説や映画、ドラマや絵本など、日常で出会った言葉たち。
心に残った言葉に、その人だけの経験や、普段考えていることが透けて見えてくる。
引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら。
メンバーたちが持ち寄った言葉たちを取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
はい、今日の担当はヒカルです。
はい、ダイヨーカイ。
ダイヨーカイ。
はい、ダイヨーカイです。
渡部です。
ゆい子です。
塚田です。
はい、よろしくお願いします。
お願いします。
えーっとですね、今日を取り上げたいのが、TBSドラマカルテッドですね。
坂本雄司さんの脚本で花束みたいな恋をしたとか、あと最高の離婚とか、
あと古くは東京ラブストーリーとかも書いている著名な脚本家なんですけど、
そのカルテッド、全部いいんですけど、その中の第3話のセリフを紹介したいなと思います。
で、ちょっとこれがストーリーというか流れを説明しないとよくわからないと思うんで、
それを先に説明するんですけど、カルテッドはあらすじとしては4人の音楽家の話なんですよね。
で、みんな音大出身だったり、ずっと自分で音楽を独学でやっている人もいたりするんですけど、
音楽家としては食べていけてはいない人たち。
それぞれいろんな過去を抱えている、もともと何のつながりもない人たちが、
とあるきっかけがあって、一つの場所に集められて、4人で軽井沢で共同生活をしながら、
カルテッドとして音楽活動をしていくという、ざっくり言うとそんな話なんですね。
で、みんな結構過去にいろんなことがあって、それが徐々に話が進んでいくにつれて会話が見えていくというストーリーになっているんですけど、
この中でこの4人組が女性2人男性2人で、その女性が三島ひかり演じるすずめちゃんっていうのの子と、
03:01
松高子演じる牧さんっていう人が出てきて、その2人の掛け合いのセリフを紹介したいと思います。
どういうシーンかっていうと、ちょっとこれネタバレになっちゃうんで、これから見たい人は。
第5回。もう2017年になって。
ネタバレ事項かなっていう感じなんだけど、
実はすずめちゃんは子供時代に、子役ではないんだけど表に出ていたことがあって、テレビに出ていた時期があって、
それがね超能力少女みたいな感じで、本当は超能力がないのに超能力があるかのように親にそういうことをさせられてテレビに出ていて、
最終的にそれが詐欺事件として大スキャンダルになっちゃったっていう、そういう過去を抱えているんですね。
その過去を隠しながらすずめちゃんは生きていて、
でもそれが今までいろんな職場だったりでバレてしまって、その場を追放させられてしまうみたいな過去を結構背負っていた。
それをやらせていたのはお父さん。
お父さんのことを結構深く憎んでいる。
憎んでいることに罪悪感を感じつつも、その折り合いをつけられていないみたいな感じで、お父さんとほぼ実縁関係っていう感じなんですね。
第3話でお父さんが急に亡くなっちゃう。
その連絡がみんなで住んでいるところに入って、すずめちゃんはその時外出していて、一人で病院にお父さんに会いに行かなきゃということで行くんだけど、
帰宅状態なのは知っていたんだ。
帰宅状態なのを知って病院に向かうんだけど、やっぱり自分の許せない気持ちがあって病院になかなか入れない。
そうなった時にすずめちゃんはそのことを知らないんだけど、家にいるまきさんのところにお父さんが亡くなっちゃったという連絡が入って、
まきさんがすずめちゃんにそれを伝えに行くっていうシーンなんですね。
すずめちゃんが病院に入れずに躊躇している姿をまきさんが見かけて、一回そばを食べようということでそば屋さんに入る。
その時にまきさんがすずめちゃんにかけた言葉を紹介します。
私たち同じシャンプー使ってるじゃないですか。家族じゃないけどあそこはすずめちゃんの居場所だと思うんです。
髪の毛から同じ匂いして同じお皿使って同じコップ使ってパンツだって何だってシャツだってまとめて一緒に洗濯機に放り込んでるじゃないですか。
そういうものでもいいじゃないですかっていう言葉をかけるっていうシーンがあって、
このセリフ自体もすごい良いというか、生活が透けて見えるシャンプー使ってるとか同じ匂い頭からさせてるとかそういうのもすごく良いセリフだなっていうのと、
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あとすずめちゃんが自分が家族を許せていないとか、家族を愛せていないっていうことに対して、
それ自体を自分の中でその感情を持っている自分を肯定できていないっていうところに対して、
家族じゃないけどそういう繋がりで一緒に生活している人を家族と思ってもいいんじゃないかみたいなことを声をかけている巻さんの気持ちの受け取り方と言葉のかけ方がすごい素敵だなと思って、
この言葉を選んだんですけど、これ私見た時にめちゃくちゃ泣いた記憶があって、
その泣いた理由なんだろうって思った時に当時私あんまり家族と仲良くなかったんですね。
自分自身もこんなスキャンダルとかは全然ないんだけど、
家族をあんまり肯定できていないことに罪悪感みたいな後ろめたさみたいなものを自分自身が抱えていたから、
そこにすごいその金銭に触れられた感じがして、めっちゃ貫類したっていうこともあるんだけど、
それだけじゃないなと思って、なんでだろうと思った時に、
私がこういう映画とかドラマとか小説とか物語を見る理由ってここにあるかもって思ったことがあって、
それは普段日常食ってて、自分も友達とか自分の大事な人が何かにすごい苦しんでるとか落ち込んでるみたいな状況に遭遇することがある。
でもその時にその人に対して必要ないい言葉をかけられなかったりとか、
何もできない、自分が何も力になれないみたいなことがあったりすると思うんですけど、
そういう時に力に自分がどうしたらなれるかなみたいなことを結構考えることが多くて、
そのヒントを探すためにこういうドラマとか映画とか見てるところがあるなってその時にすごく思ったんですよ。
そういう映画とかドラマとか物語を見る理由とかその良さみたいなことをすごくこのセリフから感じていいなって思いました。
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そうした時にみんなはなんで映画とかドラマとかそういうものが好きなんだろうっていうのをちょっと話してみたいなって思ったんですよね。
いいね。
確かに。
問いがたったから。
問いがたったから。
確かに。
確かに。
確かに。
今さでもパッと聞いて思ったのは珍しいタイプなんじゃないかなって思うよね。
そうかもね。
人に悩みそうな時にどうやって答えられたらいいか。
どうやったら他人に近いなれるかみたいなのを最初元々ドラマや映画を探してるみたいな。
それだけではないんだけどね。
なんかどっかで探してるかもって思って。
で、その手前で結構終わっているというか、人生は短いし一回きりしかないし自分の属性は限られているから、
いろんな感情とかいろんな人の絡み合いみたいなものを追体験したいなっていう意味ではそこまでしたんですけど、
その先まで考えたことがなかったかも。
ある?
ドラマとか映画とかを見ている理由か、
もうちょっと私は自分の生活に還元したいというか、自分の自身に人生のタイミングでの参照をもとにしたいみたいな気持ちはあんまりなくて、
もうちょっと単純に、坂本勇次で言えば、坂本勇次の書く言葉が好きだから、好きな言葉を聞きたいみたいな気持ちは大きいし、
映画とかも好きな映像を見たいし、その時の自分の感情が動く時の動き方とかが楽しくて、
そっちの方が純粋に大きいかも。
見ている時の自分の感情のたたまりとか、心の動き方とかが楽しくて。
僕らに許されているコミュニケーションのツールってすごい限られているなと思って、
みんなが絵が得意で、みんなが絵を読み取るのが得意だったら、絵で会話できるんだけど、そういうわけじゃないじゃん。
みんなやっぱり基本発話する言語で、もう学校で訓練して、適切に自分の言葉を表現する訓練をしたりとかしているわけじゃん。
だから言葉で会話しているんだけど、その手前の気持ちって言葉に表現しきれないぐらいいろんな形をしていて、
12:07
その都度変わるし、大きくなったり小さくなったりするんだけど、それについての話じゃん。
ドラマとかストーリーで。
多分ヒカルが言っていたのは、その大きくなったり小さくなったり、いろんな形になる気持ちに対してどんな言葉をはめられるか。
いろんな工法がこの世に置いてあるし、
それは坂本英二が発明する。
その発明の面白さとか、その芸術みたいなところもヒカルが言っていたのはあるかもしれない。
今の渡辺が言っていた話は思って、人と人はめちゃめちゃ分かり合えないという前提に至ったときに、
意外と同じフィクションとか、同じ景色とか、同じ創作物を見ることで、その人がどういう反応をするのかなとか、どういう感想を持つのかなって、
相手を知るためのツールみたいな感じとして、自分は位置づけているかもなと思った。
人と人が別だからこそ、ある創作物とかを媒介にして、どうなのか見るみたいな。
もちろんユイ子が言っていたみたいに、自分の反応を確かめるものっていうのはもちろんあるんだけど、
割と確かに人と人のものだったなっていうのは思った。
光が言っていて結構重要だなと思ったのは、別に何かを得ようと思って見たわけではなくて、
見た結果としてこれはそうなのかもって思ったのが、この話だと意外と素敵だなと思ったところでしたね。
確かにそうだね。見ている中で、こういう言葉を探しているなって気づいた。
なるほどね。
でも確かに、カルテッドの話に戻れば、カルテッドの3話のマキさんを迎えに行って、
ゆめちゃんにかける言葉の一連は、すごい印象的でめちゃくちゃ力がある。
結構強く残る言葉で、基本的に坂本龍二の作品って、
社会の中のマイノリティだったりとか、自分の属性に悩んでいる人とか、
カルテッドは自分の家族に、家族って決められている、生まれた時から決められている、
共同体の中であぶれたりとかうまくいっていない人たちの話だと思うんだけど、
その人たちが新たに全く血のつながりがなくて全く関係なかった4人が急に集まって、
15:01
共同体を作っていくカロリザワっていうか、交わされた土地みたいなところに、
っていう話だと思うんだけど、
だからすずめちゃんが自分の家族に対してずっと苦しみ続けていたのを、
全然関わりがなかった人が急に解き放ってくれる。
その解き放ちのシーン。
そうだね。
そうなんだよね。
火を捨てちゃいなよ。
家族だから一緒にいないとダメかなって悩みを、
一言で解放してあげるみたいなシーンで、
あんな言葉とかあんな対応は自分からは出てこなかったなって思う。
そうそうそう。
なんかね、このすずめちゃんじゃないにしてもさ、
人それぞれ自分の中の呪縛になっている言葉とかってすごいあると思ってて、
子供の時に親に言われたこととか、
社会に生きていく中で自分で勝手に作ってしまってる呪縛とか、
いろいろあると思うんだけど、
それを他者の意図したかしてないかを置いといて、
言葉によってふっとそれが軽くなるとか解き放たれる瞬間って実際ある。
その瞬間を結構描いていることが坂本勇次すごい多い気がしてて、
その言葉の選び方とか表現の技術もすごいなっていつも思うんだけど、
そういう瞬間ってありますよねって思った。
確かに。
それはさ、言葉呪いはいろんな呪いがあるし、
お前は何とかだみたいな呪いだけじゃなくて、
雰囲気とか、社会におけるカルチャー文化とかによって受けちゃう呪いも多分あると思うんだけど、
それを解くのは言葉だけじゃないんだろうなって思って、
そういう意味で、
一連の誰かの人生を鏡を見ることでとかっていろいろある。
旅に出て、
そうだね。
留学でいろいろある。
すごいわかりやすく、
このワンシーンのそのフレーズというか文章の台詞で、
開放、開放っていう感じの革命が起きるみたいなその人に、
みたいな言葉だったよね。
そう、なんかもうきっと鈴木ちゃんはこの言葉で生きていけるんだろうなこれから先みたいな、
その瞬間を物語にしたシーンっていう感じで。
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同時にヒカルもその言葉を大事に持って生きていこうとしてる感じはいいというか、
すごいことだよね。
誰かが考えた空想というか、
本当だよね。
想像というか創作物が現実にそんなに影響及ぼしうるんだっていうのはすごいことだけど。
なんかこういう言葉、この記憶に残った言葉がいいなと思う理由があって、
いろいろあるんだけどそのうちの一つで、
発達心理学でアタッチメント、愛着っていう言葉がある。
最近愛着障害とかいうふうに使われてるけど、
要はまだ歩き始めて間もない子どもが安心できる場所が確信できることによって、
ちょっと遠くに行けるようになる。
ここに戻れば温かい大人の温かい懐の中に潜み込めるとか、
優しい言葉をかけてもらえるってわかってるから、
ちょっとつらいかもしれないけど大人が見えないところまで行ってみれるみたいな。
それと言葉も同じだなと思う。
その愛着を持てるもの。
学校教育とかで愛着教育とかあるけど、
地元に愛着があるだけで帰ってきたときに、
逆のパターンもあるかもしれないけど嫌な気持ちになるかもしれない。
その場合もあるかもしれないけど、
ここに戻ってきたら、
一番最初に思ってた初心に帰るじゃないけど、
すっきりした気持ちに戻れるとか、
ここに戻ってきたら安全なんだってわかるとかってそういうのあるな。
それが言葉とか作品とか絵画とかにもあるなみたいなことも。
さっきの原風景の話じゃないけど、
そういう自分の心の原風景というか、
いろんな景色を持っているっていうのは、
別にそれが豊かさの唯一の尺度ではないと思うんですけど、
いいですよね。
それをいくつか持っているっていうのはきっとね。
本当に多ければ多いほうがいいってわけではないかもしれないけど、
少なくとも持っていることはいいと思っている人たちですね。
特にね。
依存先を増やした方がいいみたいな。
あるよね。
一つに依存しちゃうと、
それがなくなった時に中毒症状が出たりとかするし、
いろんな依存先を持つことで、
心理的な安定が保てるみたいなね。
それも言えるんじゃないかなと思う。
ちょっと話が変わるんですけど、
ヒカルがそういう風に感じていたのは、
これ仮説なんですけど、
もともとでもちょっとうっすらそういうことを思っていたんじゃないかなみたいな。
21:03
例えばさっきの1個目の話でいうと、
家族と他人の関係っていうのは実は相対的なものだったりするし、
別に所有のものではないとか、
あとはその呪いみたいなものは、
実は作品によって解放されるのだとか、
解放されてみたいんだみたいなものを
無意識か意識か分からないけど、
思っていたからこそそれを感じ取れたんじゃないかなっていう。
それはあるかも。
若干あって、
作品とか外からの刺激が先なのか、
内発的な動機が先なのか、
どっちなんだろうなって思った。
意外ともともとあったんじゃないかなっていう気も若干しつつ。
思っててそれが触発というか。
人は相談をする相手を決めた時点で、
それこそ言ってもらいたいことをある程度あるみたいな。
8割。
8割は8割理論。
そうそう、あるみたいな。
とか思うのかなみたいな。
確かにね。
なんかそういう戻ってこれる場所というか、
言葉だったりそれは記憶だったり、
好きな映画とか本かもしれないんだけど、
それが数じゃないけど、
その出会いがどれだけ豊かな出会いがあるかが、
人生の幸福度とかにつながるのかもねってちょっと思ったりした。
しみしみする系の話じゃん。
しみしみ系コンテンツ。
しみしみ会。
別に挑戦しなくたっていいし、人生。
生きている上で。
挑戦なんて別にしたけりゃするもんのし、
誰にも強要されるもんじゃないとか、
変わらなきゃいけないってことは全くないんだけど、
挑戦の台座に気付くのって挑戦した後じゃん、結局。
やってよかったとか、それこそ始まりが半分だって、
結局そういうことだと思うんだよね。
やってみた時に景色が変わるみたいな。
山登り、山登った時に、
頂上に立ってきつかったけど、
この景色見れたらよかったみたいな。
事後で発見するような喜びがある。
だからスタートってそんなに簡単なもんじゃないなとか、
スタート歩き始めたりとか、
安全地帯から出るのって結構大変なんだけど、
だからこそ、
これ良かったな、この言葉いいな、また見たいな、
また聞きたいなっていう言葉を持っている思っているほど、
結果的にいいかどうか分かんないけど、
辛い道を挑める勇気には繋がるんだろうなって思う。
見えないから全くその先の成功は。
挑戦してよかったなんて言えるか分かんないけど、
進む勇気は結局この手元にしか持てないっていう。
24:04
これいつかのテーマにしたいけど、
愛着を持てる場所とかは、
じゃあどうやって持ったらいいんだろうねっていうのが気になる。
これから新しいテーマとして。
それがあったらいけるっていうのはみんな理解できるし分かるけど、
じゃあここってどうやってゲットできるんだろう?
それ近々また。
逆に、やらなきゃよかったっていう挑戦ってあります?っていうのが気になる。
確かにね。
結局今の方向的には、
やってみたら全部やった方がいいみたいな。
そうだね。
もちろんね。
でも絶対そうじゃないはず。
それぐらい分かってよかったっていう。
ポジティブ。
でも時系列の問題かもしれないね、そこは。
最初はすごい嫌な気持ちになるけど。
でもその嫌ということを、
実はちょっと広い感じで見たらいいと思うこともあるかもしれないけど。
後はまた機会に話しましょうか。
はい。
そしたら今日ご紹介したのは、
TBSドラマカルテッドの第3話のセリフですね。
私たち同じシャンプー使ってるじゃないですか。
家族じゃないけど、あそこはスズメちゃんの居場所だと思うんです。
髪の毛から同じ匂いして、同じお皿使って、同じコップ使って、
パンツだって何だって、シャツだってまとめて一緒に洗濯機に放り込んでるじゃないですか。
そういうものでもいいじゃないですか。
というセリフでした。
ありがとうございました。
26:09

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