00:03
はい、こんにちは、裕太です。 本日の深掘りインタビューをやっていきたいと思います。
ということで、まずは、あれですね、 告知の方からショートしていきますので、少々お待ちください。
今日のゲストは、ひよさんですね。
ひよさん、ピアニストで、 画面録画の方もやっていきたいと思います。
ひよさん、来てくれてますね。
本日のゲスト、ひよさんを招待します。
こんにちは。
こんにちは。
こんにちは。
裕太さん、初めましてです。
初めましてですね。
ありがとうございます。今日は楽しみにしてました。
ご参加いただきありがとうございます。
ありがとうございます。
いやぁ、僕も楽しみでした。
ありがとうございます。
ピアニストさんなんですかね。
そうです。
すごいですよね。
全く音楽の才能がなかった僕なので、 どんな話ができるのかなという感じですけども。
ありがとうございます。
こちらこそあれ。
では早速の深掘りインタビューを 始めさせていただきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
じゃあまずですね、
あ、ピピが来てくれた。 移動中聞いてます。
まずですね、ひよさんの今やってるお仕事とか活動内容とかを ちょっと簡単にご説明していただいてもよろしいですか。
はい。
歌のない、歌詞のない、言葉のない、 ピアノ一本で奏でるピアノインストを弾いております。
はい、ひよしますみと申します。
歌がない音楽ですね、ピアノ。
はいはいはい。
即興演奏を中心にオリジナルなどを作っていて、 ピアノ一本でやっている感じです。
へー即興で?
そう、即興が得意としてますね。
降りてくるんですか?コードが、コードというか楽譜が。
楽譜は降りてこない。
指が勝手に?
あのー、お台即興っていうのをやってて、 舞台をいただいて作るのと、
無台即興って言って何もないところからいきなり弾くのと。
うわーむっちゃむず。
やって難しいです。
そんなことやってんすか。
そう、お台の方はイメージ先行なんですよ。
あーなるほど。
なんだけど、舞台の方は何もないから、 指が引っ張っていく感じですかね。
03:03
えー。
あーいち来てくれた。
あーいちさんこんにちは。ありがとうございます。
えーすごいっすね。
頭ん中どうなってんすかね。
どうなってんすか、私もわかんないです。
すげー。もう昔からですか?好きなの。
いや、いや私ね、あのー、全然即興ダメだったんですよ。
あ、もともとはダメな出身で。
そう、全くできなくて、 即興が来たらもうお手上げって感じでした。
あら、何が、何かきっかけがあったんすか。
あのー、歌の伴奏とかを始めて。
歌の伴奏。
そう、歌の伴奏のお仕事とかを始めるようになって、
そうすると、間奏部分とかに そこピアノソロ入れたようなのが始まるんですよ。
あーなるほどね。
空気で。
そう、あのー、そうしないと面白くならないから、 そこソロがいいなって言われてやるわけなんですけど、
全くできないから、最初の頃はもうなんか、 お手上げしてた感じだから。
えー。
チーンとか言って、一晩ください作ってきますとか言って。
即興じゃないですよ。
即興じゃないです。
もう本当に作らないと無理っていう。
なるほどね。
苦手意識しかなかったですね。
えー、そんなスタートやったんですね。
そう、それを20年ぐらいかけて、 100まであるとしたら50ぐらいまで上げてきたんですよ。
おーおーおーおー。
だからいきなりできるようになったわけじゃなくて、 ちょっとずつできるように、だんだんだんだん。
なるほどね。じわじわと。
そう。で、50ぐらいまで上げて、 その後私1回ピアノの蓋閉めてるんで、
4年半ぐらいステージ降りてるんですけど。
あ、辞めた時期もあるんですね。
そうなんですよ。
あ、イーマが来てくれた、こんにちは。
あ、こんにちはイーマさん。
えー、なんで辞めたんですか?
集客の壁。
集客の壁か。
そうですそうです。
で、4年半後にまたちょっと気持ちが再燃してきた。
そうなんですそうなんです。
戻ってきたらね、なんか何にも弾いてなかったのに、 50がいきなり80ぐらいになってたんですよね。
即興力が上がってた。
そうなんですよ。え、なんかできてるなと思って。
すげー。
で、それをピアノ復帰してから、 もう今年7月で3年になるんですけど、
はいはいはいはい。
3年かけて、今さらに磨いてるっていうところです。
すごいな。磨けるもんなんですね。
やればやるほどできるようになってくるみたいなことなんですか?
ほんとね、いや、それもあると思うんですけど、 やっぱりこなれてくるじゃないですか、数を積むと。
あー、そうなんですね。
だから最初の頃は、もうなんか心臓バクバクで弾いてたんですけど、
必死にもう指についていってるみたいな感じでやってたんですけど、 今ちょっとそれは余裕がある感じですね。
06:02
なるほどね。
ちょっと気持ちに余白ができ始めてるんや。
そう、そしてもうリカバリーが上手くなる。
あ、リカバリー?
うん。
えー、すごいっすね。
そうそう、そういう感じですね。
これってなんか今、どんな思いでやってるとかってあるんですか?今。
あ、思いはね、ありますあります。
あるんや。
うん。音楽は、詰まるところ、結論を言うと、美しいものじゃないですか、音楽って。
イメージそうですね。
そう。でね、世の中にはミュージシャンっていっぱいいろんなタイプがいるので、
中にはね、楽しくなる。楽しくなるとか、励みになるとか。
励みになるは全般言えるかもしれないけど、
元気が湧いてくるとか、拳を振っちゃうようなジャンルとかもあるわけじゃないですか。
ありますね。
うん。でその、楽しい音楽をやってくれる人たちって絶対世の中に必要で、
でも私そこはできないんですよ。上手くないんですよね。
で、自分がじゃあできることは何かって言ったら、
美しいという感動体験を届けることだっていう風に思ってて。
感動体験を届ける。
そう。
へー。
自分はね、やっぱりやってるものが美しい楽器、ピアノって美しいですよね、思いますよね。
楽しい楽器っていうよりは、きれいな音がするっていう。
そうですね。
イメージかと思うんですけど、だから美しいっていう感動体験を届けることだと思っていて、
それはね、楽しいばっかりじゃない。楽しいとか元気なものとか、そういうばっかりじゃなくて、
なんかどっ暗いものとか悲しいものとかでも美しいものは美しいと思うんですよ。
なるほど。
美しくないですか?
例えばエリーゼのためにとか美しいですよね。
はいはいはいはい。
ピンポイントでこういう感じだけじゃなくて、色合いはいっぱいあるんだけど、
共通項は美しいという感動体験なんですよね。
それを届けたい。
それを届けたい。
ライブで生きてきてるので、コンサートをやるっていうのがメインで生きてきてるから、
録音物だけだと自分はあんまり楽しくないんです。
あーそうなんですね。
やっぱり、人と一緒にリアルタイムを共有するっていうことが一番自分は嬉しいから、
コンサートの場っていうのを持ちたい。
それはやっぱりその瞬間を一緒に体験する共有体験だと思うんですよ。
私がやっているのは、楽しいが苦手なんですよ私。
苦手なんですか?
苦手なんですよ。楽しい元気ソングっていうのが一番苦手なんですよ。上手くできないんですよ。
上手くできないとかってあるんですか?ピアノに。
みんななんか上手そうですけど、そこでも流派というか。
09:01
その人の内側から出るものみたいなのが表現されてるってことですか?
そうです。楽しくて元気になるみたいな元気ソングが苦手なんですよ。
上手くできないんですよね。
そういうもんなんや。
そうそう、それにタイプがあるっていうか。
はいはい、タイプね。
自分は絶対シミル系なんで、泣くやつが得意なんですよね。
好曲にあるから。
自分はそっちが得意だから、そういうシミルとか優しい気持ちになるとか、涙が出て止まらないとか、心が動くとか。
元気も動くんですけどね。そうじゃなくて、エモいやつですね。
エモが得意ってことですね。
エモ得意もの。そのために生きてます。
エモ費用さんなんや。
そっちが得意ですね。
小さい頃から好きだった童話は人魚姫とかフランダースの犬とか。
ああいう泣き泣きのやつで、好きな童謡は赤い靴履いてた女の子とか。
小さい秋見つけたとか、ああいう。
ちょっと切ない感じですね。
切など暗いやつがね。
これ三つ子の魂なんで。
なるほど、小さい頃からの。
そうそうそうそう。なので原則そっちが得意なんですよ。何をやっても。
あときぴさん。僕にとって美しいイコール目的に対して調和が取れている状態ですね。
場所によって状況は変わりそうですけど、旅が大事になりそうですね。
なるほどなるほど。バランスがいいとかっていうのも美しいの定義の一つだと思います。
それもね確かにあるけど、その逆もあるような気がして。
かけてる部分とか、できないことだったり、傷だったりとか、なんか私そっちにも美しいと思ってるんですよ。
もう感性ですねそこは。
ムニさん。
初めまして。お邪魔します。
そうそうそう。なので、整ってて素晴らしいばかりが美しいんじゃなくて、
泥んこ傷だらけの人間ってめちゃくちゃ美しいと思ってるんですよ。
なるほどね。
確かに。
その人間味だったり、そこにある朝水涙のところですかね。私そこは美しいと思ってる。
バックボーンがある感じがいいんですね。
そう。
にじみ出てくるものというか。
イージーさんもこんにちは。
イージーさんこんにちは。
ちっちゃい頃から好きなんですね。それがジャンルというかそのタイプというか。
ちっちゃい頃から好きですね。
ちっちゃい頃はどんな子だったんですか?
引っ込み事案で。
引っ込み事案。
近所の強い子に泣かされては帰ってきてる子でした。
えー。そうなんや。
12:00
家でめそめそしてって感じでしたね。
だからお祭りとか楽しみじゃないですか。
確かに確かに。
浴衣まで着せてもらって楽しみにしてたんだけど、
近所のあの子何子ちゃんが怖いから行けないって言って
家で泣いて悔しい思いして、でも行けなくてみたいなそんなことでした。
もったいないけど、しゃーないですね。
メンタル的にいけるメンタルじゃなかったんや。
そう。
かわいそうに。
そう。
ピアノはいつから始めるんですか?
ピアノは4歳。
早っ。4歳から始めてる。
でもね、前本読んだことあるんですけど
ピアニストの脳を感覚するだとかの
そんなタイトルの本読んだんですけどね。
いわゆる一流プロになる人たちじゃないですか。
特にクラシックの。
コンクールとかで優勝しちゃうような人たちは
最低でも11歳までにはやってないとダメみたいですね。
そういうのがデータで出てるみたいで。
そういうことなんや。
だから超高度なところだから。
幼少期から叩き込まないと。
そうですね。
ほとんどのそういう人たちは
3歳、4歳、5歳とかで始めてますかね。
11歳ルールって笑って言うんだもんね。
11歳でも遅い気がしますけど
最低でもってことなんですね。
最低でも11歳がリミットみたいですよ。
初めて聞きましたわ。
挽回できるんや逆に11歳からでも。
ある意味ギリギリ。
ギリギリのラインでね。
なのかもしれないですね。相当努力してやれば。
カオリさんこんにちは。
カオリさんこんにちは。ありがとうございます。
私11歳で引退したわピアノっていう。
引退年齢もそのくらい多いです。
なるほどね。
みんな大体中学の壁で辞める人。
それってあれですか。
親の影響かなんかで始めたんですか4歳の時。
これもうよく言われるんですけど
うちの親は全くピアノ弾けないんで。
全く。
自発的にやりたいって言います。
やりたいって言い出したんや。
そう。
何?あれですかね。
保育園の先生見て私もこれ鳴らしてみたいみたいなそういうこと?
違う。私ね憧れからじゃないんですよ。
これ言うのもさガリなんですけど
なんだか自分でちょっともううわなんですけど
違う憧れからじゃないんです。
負けず嫌いからなんです。
負けず嫌い。
珍しい入り口ですね。
確かに自分にできないことをできている人が。
はいはいはい。
同い年の鳩子がいて
鳩子だからうちによく遊びに来てたんだけど
当時なんかオルガンがうちにあったんですよね。
珍しい絵。すごいですね。
15:01
当時結構あったと思うんですよ。
そうなんですね。
オルガンってパイプオルガンじゃないんですよ。
チームオルガンなんですよ。
今で言うエレピですね。
へー。
当時は足踏みオルガンがあって
ちょっと早くピアノ始めてたんですよ。
鳩子が。
鳩子が。
ほんと簡単な曲だったと思うんですよ。
童謡とかあんなのだったと思うんだけど
聴いたんですよ。うちに来て。
うん。
その子にできて自分にできないがものすごい悔しくて
私ピアノやるって言ったんですよ。
なるほどね。鳩子きっかけではあるんですね。
でも内面的には悔しくてやりだしたんや。
悔しかったんですよね。
だからピアノに憧れてるよりもそっちだったんですよ。
あーなるほどね。
その衝動が消えなかったんや。
そうやん。
なんてことですけど。
ちょっと事故ってことでね。
はいはいはい。
最初のきっかけはそこだったんですよね。
でもやってみて楽しくないっていうパターンもあるじゃないですか中には。
ハマったんですか?
楽しくないもね。楽しい楽しくないでもの見てなかったんですよ最初から。
その物差しではないんや。
そう。最初から追い抜きたかったんですよ。悔しくて。
妥当鳩子が強かったみたいな。
そう。だから猛練習して。
あ、猛練習。
もうすごい猛練習して。その悔しさでもうすごいやったんですよね。
それでね、バイエルっていう教本があるんですけど伝統の教本があるんですけど。
それの20番ってとこで抜いたんですよ。
おー。
習ってるから上手い下手じゃないんだけど、
その次の曲に進むっていうのがちょっとステップアップの一つ一つみたいな。
なるほどなるほど。レベルみたいな感覚で。
そうそうそうそう。
追いつけ追い越せなんですね。
2曲目クリア3曲目クリアってこういう中でだんだん難易度が上がっていくわけなんですけど。
今思うと別に20番と21番が変わるかって言ったら大したことないんですよ。
でもその時抜いたと思ったんですよ。
なるほどね。
その後ね、もっと差をつけようになったんですよ。
そこでゴールじゃなくて逆にスタートってなったんですね。
それで猛練習してて、そしたら上手くなるわけだから周りの大人から褒められるんですよね。
で、増美ちゃんは上手いねとか言われるわけですよ。
うんうん。
あ、はい行ってらっしゃい千井さん。ありがとうございました。
すごい。
それで学校とかでも先生に褒められるようになったりとかして。
いいっすね。
なっていくんですよ。
モチベーションまた上がりますね。
音楽の広島住で有名になっていくみたいなことになっていくんですよ。
最高っすね。いい流れ、いい流れ。
それでプロになるって言い始めて。
言い始めるんやもう。
そう、で8歳の時には作文書いてて、自分は音楽家になるとか言って。
18:00
ものさしの裏にマジックで、ベートーベンみたいな音楽家になるって書いて。
かっこいい。
そう、だから最初から楽しいはほぼなかったです。
ほんまっすね。
うん、楽しくてやってた。
ある種スポーツ競技みたいな感覚で音打ち込んでたんすね。
そう、で8歳からはガチだから、そこからはもう楽しい世界じゃないですね。
修行の世界なんで。
修行か、なるほどね。
エラバメさんこんにちは。
こんにちは。
すごい。
遊ぶ時間とかも別にいらなかったって感じですか?
少しは遊んでましたけどね。
少しは地元のポートボールっていうバスケット。
はいはい、ありますね、ポートボール。
子供4番みたいな、あるんだけど、ゴルフのゲートボールみたいな。
はいはいはい。
ポートボールっていうのがあって、そのチームに地域で入ってたんですよ。
はいはい。
それだけは行ってたりとか、あとちょっとテニスやって遊んでて。
テニスね。
そう、漫画に影響されてちょっとテニスをやって遊んでたんですけど。
いいっすねいいっすね。
だから少しは遊びました、少しはね。
へー。
みんなみたいに毎日遊ぶみたいなことはできないから、遊ばないで。
遊ぶ日を決めて、週に1日2日ぐらいかな。
で、他の日はピアノがあるからって言って行かないで。
けみ、そんな感じでした。
なるほどね。
でも1番はピアノっていうのはブレずに、ちょこちょこ遊びながらって感じなんですね。
そうそうそうそう。
すげー。
ちょっとはやってたけど、そういうので。
でも基本ピアノですね。
そっか、8歳からもう志してるんや。
そうそうそう、8歳だったから。
早いなー。
ねえ、今思うと別の道もあったのかもしれないのに。
うんうんうんうん。
でもまあ運命だったんだと思う。
でも多分もう職人肌なんでしょうね。
極めたいっていうのが8歳で芽生えてますからね。
そうそう、最初からだからプロ志向だったから。
うんうんうんうん。
なんかプロにならなかったら意味がないくらいの感じで。
むちゃくちゃ追い込んでますね。
そうそうそう、追い込んでましたね。
へー。
中学も同じようなペースで。
中学はもうガチですガチです。
ガチ。
うん、ガチガチ、中学。
へー、すご。
勉強とかはどうやったんですか?
勉強もね、やってた。
やってたんや。
うん。小学校の時に8歳だったから、あんまり世の中のこともわかってないじゃないですか。
そんなにピアノがやりたいんだったら、音楽大学ってとこがあるんだよって親が言い出して。
それが全ての親の失敗だったと思うんですけど。
へー。
音楽大学ってとこがあるんだよって言っちゃったばかりに、私そこ行くってなったんですよ。
もう飛びついたんですね。
飛びついた。
それで自分は音大に行って、その後音楽家になるっていうルートが描けちゃったんですよ、その時に。
21:03
見えたんですね、光が。
そうそうそう。
まずは音大っていう、学生だから当時。
はい。
中学生とか小学生だから、やっぱり大学までっていうところはある程度見るじゃないですか。
なるほど。
その先のことは全くわかってないけど、そこは先は茨道なんですけど、見るじゃないですか、大学まではね。
だから音大に行くっていうところまでは目標を定めたと。
で、じゃあ音大に行くにはどうしたらいいのかって言ったら、大学ってとこはお勉強するとこなんだから、頭が良くないといけないんだって思ったんですよ。
逆算もちゃんとしたんですね。
そう。
すごい。
そこに行くにはどうしようと思って、結構勉強も頑張らないとそこに行けないよなって思ったんですよね。
だから進学校に行く必要があると思ったんですよ。
そっちも極めようとするんですね。
すごい。
必要だったから。
なるほどね。プロになるには必要だったから。
音大出なくてもいいんですけど、でも当時はそう思ってたから、音楽大学というところに行くには勉強もできないといけないだろうと考えたんですよね。
単なるステップやったんですね、そこは。通過点というか。
だから進学校にまずは入るということをしないといけないから、じゃあ勉強やらなきゃダメじゃんってなって、単行もすごいやってましたね。
今思うと全然、今は全然バカですけど。
その当時だけでも頑張って勉強してたんですね。
だから高校に入るまでは結構勉強も重視してやってたけど、高校入ったら失速したんですよ。
音楽になったんですよね。
そっちが楽しくて。
いや楽しくない。
全然楽しい瞬間ないんや。
コンサートで人が感動してくれたり泣いたりすると、楽しいというより嬉しいって感じですね。
自分の中で楽しいって感情はウエイトが高くないから。
あときびがでもかっこいい生き方だって憧れますって。
そのままではないですけど。
楽しくはなかったけど、目標があったから何よりも重要と考えていたっていう感じ。
目標達成能力が高いんですよね。自分でステップも決めれるし、実際行動もできるし。
熱苦しい子供だったんで。
確かに熱いですね。
熱苦しい子供だったから、ピアノの先生が弾いてるぐらいやってましたね。
先生が弾くぐらい?
先生が弾いてました。
先生ってどうやって弾くんですか?
この子、熱量が半端じゃないっていうのが分かるんですか?
大丈夫とか言って言われて、こんなに練習してて大丈夫とか言って、学校だってあるよねとか言われて。
24:02
へー。
だからねとか言われてました。
すご。
じいさんこんにちは。
こんにちは。
すごいですね、なるほどね。
すごい熱苦しかったから、子供の頃はずっとそうでしたね。
高校生になると、勉強おろそかなったとしても、熱量がどんどんどんどん上がってきてる感じですか?
最初ピアノのピアニストになろうと思ったんですよ。
ピアニスト。
要するに演奏だけをする人と思ってたんですけど、作曲家に行こうと思って。
作曲の道もあるぞと。
そうそう、音題っていうところがね、演奏家もあるけど作曲家っていうところもあるんですよ。
はいはいはい。
ピアノを勢いつけてやってた割に昇進もので、ピアノってすごい倍率が一番高いんですよ。
なるほど。
舞台の中で。
狭きもんなわけですね。
狭きもんなんですよ。
それで、その日にミスしないで合格しなきゃいけないじゃないですか。
プレッシャーえぐいな。
えぐい。
そのね、それを突破できる自信がなかったから、作曲にするって思って。
ちょっと舵切ったんですね。
そう、作曲だったらほら消しゴムで消してかけるじゃんって思って。
なるほどなるほど。
作曲家を受けることにしたんですよ。
へぇー。
うんうんうん。そうそうそうそう。
で、何を落としたんだっけ。
え、でも作曲の道を進んだんですか、勉強はして。
そうです、作曲学科に入って。
なるほど、実際に入ったんや。
そうです。それでね、作曲の勉強を始めたのがスタートが遅かったんですよ。
高校入ってからだったんで。
はいはい、そうですよね。
今では自由に作ってたんですけど、いわゆる受験突破のための勉強を始めたのがちょっと遅かったんですよね。
あー、そういうことか。
そう。で、入学したら、みんなもう小学校の2、3年生くらいからもうやってたんですよ、作曲のレッスンついて。
そうか、上にはやっぱ上がいますね、先にやってる人たちが。
そうそう。あのー、ヤマハとかのこう、英才教育みたいなのを受けてる。
なーるほどー。
そうそう、だからそういう環境のもとにそういうことをやってきてて、みんなそんな感じだったから、私は本当に遅かったんですよね。
差が開くばっかりですね、そこはね。
そう、で、受験現役じゃなきゃ嫌だったから、頑張るしかないじゃないですか。
挽回しましょう。
そう。それで、高校普通科だったんでね、うちは。
はいはいはい。
学校行くと関係ない数学とかの勉強しなきゃいけないじゃないですか。
もう時間がもったいないですね。
そんな暇ないの?とか思って。
でも全部内職です。
なるほどね。
全部内職でガリガリ学部書いて、休み時間、朝はね、学校が開く時間に学校行って、だから業務員さんが学校のドア開けてくれるのを毎日見てたって感じです。
すごい早い時間におる。
それで、1時間、8時半修行で朝礼で、1時半に開くんですよ。
27:07
で、7時半に着くように学校に行って、ドアの前で待ってて。
それで開いて、で、そのままダーって走って音楽室行って、1時間みっちりピアノ弾いて、チャイムが鳴って、あ、鳴ったって言ったら鳴り始めてからバーって降りて教室に入ってギリギリ制服着て。
ギリギリっすね。そんな生活してたんですか。
そう。で、それをね、昼休みもやってて、3時間目の休み時間に早弁をして、
早弁してまで?
そう。4時間目のチャイムと同時に音楽室に走って、で、チャイムが鳴ったと同時に走って降りてきたギリギリマニアみたいなことやって。
放課後も同じですね。
ずっと時間に追われてますね。
そう。だからもうずーっと音楽室にいるみたいなことやってて。
うんうんうんうんうん。
そうそう。それでもうガリ弁して、内職マンになって。
はえー。
いや、学校の先生には失礼なことをしてたなと思うんですけどね。今。
せっかく教えてるのにね。
そう。こういうことも勉強しとかなきゃいけなかったんだけど、タイムリミットがあるので。
そうですね。そんなこと言うてられへんそうもんね。
そうそうそう。なのでもう自分は合格しか考えてないから。
うんうんうんうん。
そういう感じでした。高校の時も。
なるほどな。
それを3年間そんなルーティンを続けるわけですか。
そうですそうです。
えー。で音題に入るんですか。
そう。現役でなぜか合格して。
素晴らしい。
ギリギリ。
結果出しましたね。
そうそうそうそう。
満開するんやなー。
うんうんうんうん。そうなんですよね。
でもみんなもうとっくに始めてたことがわかって。
うんうんうんうんうん。
そうだったんだと思って内情を知りましたね。
なるほどね。
そんな感じでしたね。
すごい。もうでも親も喜んだんちゃいます?目指してるものを。
あーそうですね。合格発表に。
あのーちょっとね試験の答案用紙に下書き用紙と清書用紙みたいのをもらうんだけど、
作曲なんで、楽譜を5000紙をもらうんですけど、下書きの用紙に書いてあったものの清書がね、最後の6小節間に合わなかったんですよ。
時間が足りなかった?
そう。
あーなるほど。
時間が足りなくて最後の6小節の途中のところちょっと全部抜けてたんじゃないんですけどね。
はいはいはい途中まで。
そうそうそう。あのなんとなく合唱でソプラノアルトテノールバスってあるのわかります?
わかりますわかります。
そのバスとソプラノは書いてあるんだけど真ん中のテノールとアルトが書いてないみたいな。
うーんなるほど。なんかちょっと足りてないっていう感じの楽譜になっちゃったんですね。
埋まってないわけじゃない。白紙だったわけじゃないんですけど途中がかけてなくて完成できなかったんですよ。
30:00
あらー。
もう落ちるとか言って。
もう絶望ですよね本人からしたらね。
家で泣きまくって毎日。
あーかわいそうに泣いてたんや。かわいそうに。
もうダメだとか言って。
そうかそうか。
秋美さんこんにちはー。
秋美さんこんにちは。
そうなんや。
私わかるわけないとか言ってビビビビビビって。
そうっすよね。
そっかそっか。
下書き用紙もう回収日だったから、でも下書きに書いてあるんだったらわかんないんじゃんとか言われたんだけど、
落ち込んでるから耳に入ってこないんですよ。
あーそうなるんすね。
そうそう。それでもうわーわー泣き誉めて。
でもね、落ちても浮かってても現実見てこいって言われて。
なるほど。かつ入れられたんすね。
それでもう頑張ってきたことの結果なんだから自分で見てこいって言われて、東京まで見に行ったんです。
へー。
そしたら浮かってて、それでまた泣いて。
今度は嬉しい涙ね。
あ、ナビさんこんにちは。
あ、ナビさんこんにちは。
すげー。
電話かけたんですよ。とりあえず心配してるだろうと思って。
足りてなかったのに行けたんすね、でも。
行けた。
すごいっすね。
そう。
周りもだから足りてなかったんかもしれないですね。もしかしたら時間が。
いやーみんな優秀だった。
大丈夫だったんじゃないかな。
いやーでもすごいっす。あ、ショコランさんこんにちは。
あ、ショコランさんこんにちは。そうそうそう。
いやー面白いっすね。
電話かけて、もうよかったねとか言って泣いてて。
うんうんうんうん。
読んでたんじゃないですかね。
もう両親とも応援してくれてた感じですか、じゃあ。
そうそうそうそう。
いいですね。
音楽があるあるで、親が反対するあるあるなんですよね。
あーなるほど。そうなんや。そういうあるあるがあるんや。
そういうあるあるなんですよ。で、親の理解が得られなくて。
うん。
なんかやれなかったっていう人も多いんですよね。
そっかそっかそっかそっかそっか。
その道は険しいしとか知ってる人やったら止めるんですね。
止める気持ちもよくわかります。
うんうんうんうん。
やめたほうがいいです。
なるほどね。
それぐらい狭きもんやし難しいことやし。
倍率も高いし。
そうですね。
大変なことなんですね、それって。
そうそうそう。
親は、うちの親はでもね、そこはやれやれだったんですよ。
いい、なんか背中を押してくれる両親やったんですね。
うん。一度の人生だからやってごらんだったから。
めっちゃいいじゃないですか。
もうほんとありがたかったんですけど、本来って学費がめちゃくちゃ高いんですよ。
あ、高いんや。
めちゃくちゃ高いです。
えー。
夫婦の罪に高いって言われてます。
あ、そうなんですね。
そう。で、うち普通の家だったから。
うんうん。
親が本当に苦労することになっちゃったんですよ、その後。
なるほどなるほど。
だからほんとね、恩がありすぎて。
感謝っすね、それ。
そう。
恩がありすぎるか。
恩がありすぎるんですよね。
33:01
えー。なんかいい話しちゃった。
父さん、お母さんのバック、後ろ盾があってこその音楽活動やったんですね。音楽大学時代というか。
そうですよ。
あ、ショクランさん、GTVさんの案内できたよ。
あ、ありがとうございます。
ありがとうございます。
大学入ってからどうやったんですか、音題は。
大学入ってからは、大学のことは適当だったんですけど。
内容としては。
なんでかというと、音楽大学というところはクラシックしか教えないところだったんですよ、当時。
クラシックだけなんや。
そう、時代が変わったから、それでは生き延びられないんですよ、音楽業界は。
あーなるほどなるほど。いろいろ弾けないと。
音題もね、今は変わったみたいだけど。
そういうことか。
クラシックしか教えないところだったんですよ。
はいはいはい。
当時やってると白い目で見られるみたいな世界だったんですよね。
で、私はもともとはクラシックから入ってるから、ショパンとか弾いてたんですけど。
高校2年の時に、今やってるようなね、ちょっとポップス寄りの、クラシックベースでポップス寄りのジャンル。
っていうのを始めたんですよ。
はいはいはい。
それがね、大元でデビューしようようになって。
デビュー?
そうそうそう。
その在籍中に。
そうです。
おーすごい。
うん。そう、それでね、いや高校の時からそうなってて、高校2年生の時に片思いの人がいて。
片思い、いいっすね。
いいでしょ。
いいっすね。
片思いの方が絶対面白いですよ。
片思いの人がいてね、バレンタインデーに曲を送ったんですよ。
いやおしゃれな、おしゃれなプレゼント。
そう、ね、やったの。
クラシックを勉強してたから、でもね、そのクラシックじゃないものを作りたくて、
好かれのアーティストがいたんですよ、ピアノソロの。
はいはいはい。
本当は自分が作りたいのはこういうのなんだよなと思って、クラシックじゃないんですけど、いたんですよ。
ざっくり言うと坂本隆一さんとかもその一人。
おー。
そうそう、クラシックベースだけどジャズじゃないし、分かります?
なるほどなるほど、なんとなくね、はいはいはいはい。
あの手のジャンルなんですけど、自分やりたいのは絶対そっちでピアノを作りたいと思ってて、
それでクラシックを勉強してるんだけど、そういう枠を取っ払って自由に作ろうと思って、
思いの丈をピアノの曲にしたんです。
へー、おしゃれ。
それをね、チョコレートと一緒に送って、
かわいい。
ね、やったんですけどね。
その曲を当時レッスン続いていた師匠に聴いてもらったんですよ。
聴くだけでいいんだよなって一緒に作ったんだよとか言って。
だったら、しばらく黙って、目を閉じて黙っちゃって、やばいなと思って。
36:06
あらあらあら。
クラシックじゃないものを作ったから怒られるんだろうかと思ってドキドキしてたんですけど、
あ、あさひさんこんにちは。
あさひー。
そしたらね、ゆっくりなんか目開けて、
君はね、クラシックやってるよりこっちのジャンルに才能があると思うって言われて。
すごい、ビビッと来てる。刺さってますね、先生に。
頑張ったらいけると思うよって言われて。
えー。
それでね、早くさっさと東京来てデビューしようよって言ってくれたんですよ。
めっちゃ嬉しいですね、それ。
そう、嬉しかったですよね。
やばいね、飛び上がりますね、そんな。
飛び上がるようになりました。
うーん、そんなこと言われてたんですか。
そう、当時10代だから、師匠って神様みたいな存在じゃないですか。
確かに。
師匠がそう言ってるんだったらやれるかもとか思っちゃって。
そこじゃないんですけどね、本当は。
なるほど。
嬉しいわ。
そう、私はデビューするんだと思って。
で、大学なんかさっさと合格して早く大学来て東京来てね、
デビューのための行動を取ってこいよみたいなこと言ってくれて。
すごい、また目標設定が変わった。
すごい。
大学から先のことが計画に入ってきて。
いいですね、いいですね。
漠然としてたものがピンポイントで決まって、
で、私はアルバムを出してコンサート活動をするアーティストになるっていう風に決まっていって。
いい、素敵ですね。
それで、とにかくさっさと大学に入ったわけですよ。
うん。
それで、大学入ってからは学校はクラシックしか教えないから、
外で自分のピアノのレッスンもついてたりとかして。
あー、なるほどね。
そう、それでまずはライブをやろうっていうことになって、
その師匠のところでね、
言われて、高校時代から続いてた先生のね。
うんうん。
そう、それでライブをまずはやってみようって言って、
で、そんな私なんかダメじゃないですかね、なんて言って。
うんうんうん。
そんなちょっと自信ないとかもあるんですね。
あるあるある。
よく基本ナーバスになりがちなんですよ。
そうなんや。
でも負けず嫌いなの。だからしょっちゅう泣いてるみたいな。
泣きながら前進むタイプなんですね。
そう、そう。
なるほど。かわいらしい。
そうなんですよ。
気持ちでいけるいけるみたいに勝つっていう風にいく感じじゃないですね。
なるほどなるほど。
基本めっちゃナーバスだから、
なんかもうしょっちゅうすぐ傷ついて泣いてるんですけど。
えー。
めそめそはするけども、諦めへんタイプなんですね。
そう、芯のところがね。
芯強いですね、めっちゃ。
そうそうそう。そうなんですよ。
だからね、泣きながら頑張るタイプになっちゃうんですね。
うんうんうん。
そうそうそう。
いいっすね。
それで大学デビューしなきゃっていう。
ほんとや。
デビューに向けて。
コンサート活動を旗揚げするんですよね。
39:01
東京で。
20歳の最後に。
あ、20歳の最後に。
21歳の誕生日の1週間くらい前。
へー。
旗揚げすることになって、東京でコンサートを始めたわけです。
いいっすね、第一歩。
そう、レコード会社にデモテープを送るっていうのも始めたりとかして、
動きを取る。
歩み止めないっすね、ほんまに。
それをやってたって感じです。
で、もうそのアルバムをリリースすることっていうのは、
その惨めな片思いの正当化だったりとか。
あー、なるほど。
そこがバネになってるんや。
バネになって、自分は師匠に認められる音楽を作れたんだと思って。
それは私の思いが本物だったからだ、なんて思ってたんです。
へー。
あっ、キムさんが。
エモくて泣き泣きだけど、本当は負けず嫌い。
まさにその通り。
そう、これそうなんですよ。
アウターが泣き泣きなんですけど。
なるほど、言いながら。
ピンのとこ強いんでね。
確かに。
でもね、アウターが泣き泣きだから、泣きながらやるんですよ。
元気満々にやるんじゃなくて。
なるほどね。
そう、基本なんか、基本自分負けると思ってるんですよ。
負けず嫌いだから思うんですよ、本当。
なるほど、そういう子いるよねって言われてる、ショコランさん。
そう、勝ちたいからこそ負けちゃう自分のは勝っちゃうみたいな感じ。
なるほどね。
そう、だけど真のところは負けず嫌いで、なかなかの根性があるから手放さないってなるんですよね。
めっちゃ素敵ですわ。
その主人公感があるというか。
すごい。
でもほら、力強くね、ポジティブに進んでいける人たちいるじゃないですか。
うんうん。
だからそういう感じではない自分は。
うんうん、そうですね。
汗、水、涙でいくんです。
なるほど、泣き虫、インナー、マッチョって、ほんまにその通りですね。
うちのスタジオにもいる、泣いてるのにやめないで頑張る子。まさにそんな感じじゃないですか。
それ、それは素敵。
ドンピシャですよね。
そう、真のところがそんなに強くなければ泣きながらやめていくんですけど、泣きながら手放さないように。
手放さへんっすね。やめへんっすわ、ヒヨさんは。
そう、真のところ強いんですよ。
で、東京のコンサートを旗揚げしてどうやったんですか?活動してみて。
大学生だったし、ワークも軽いから、一生懸命営業して、みんな来てねやって。
チケット代1000円とかでやってたから、最初は。
手軽だったっていうのもあるだろうし、バンド仲間とかは来てくれたりするから。
いいっすね。
傍聴でしたね。東京でね、私東京じゃないんですけども、
42:04
いずからのこの子上京していって、小娘が大都会の東京でやるわけじゃないですか。
確かに。
ライブハウスからめちゃくちゃ舐められて。
舐められるんや最初。
舐められた。でね、クラシックやってたから大本が。
クラシックってワンワンが基本なんですよ。
あー、そういうことっすね。
当然のようにそういう立派に活躍してる人たちのワンワンライブを見てきてるわけですよ。
あー、なるほどなるほど。
そう、だから対バン意識がないんですよね、フェスとか。
うーん、そういうことっすか。
当時フェスも少なかったと思うんで。
はいはいはいはい。
今はフェスって当たり前に話題にも出てくるけど。
そうですね、その当時まだなかったんですね。
なかったと思うんで、ワンマン基本だから、当然ワンマンでしょって感覚だったんですよね。
うーん。
フェスに行くじゃないですか。
で、ライブやらせてくださいって言って、ワンマンでって言ったら、一人でって言ったらね、
すごいなんか君に埋められんの?とか言われて。
40席の会場ね。
おー、40席相当っすね。
今思うとすごいことですよ、それ。
うん。
でもね、埋めてみせます!とか言って。
すごい、主人公っすやん。
この野郎と思って、バカにすんじゃねえとか思って。
おー、負けず嫌いがそこでも発生する。
それでね、すごい頑張って、みんなに来てね来てね来てね言って、めちゃくちゃ言いまくって。
うん。
初めて出会った人にまで来てね、言って。
おー、新規営業までかけて。
そう。
すごい。
40席マックス、それに2日間満席にして。
すごいっすやん。
そう、それがね、出だしです。
めっちゃ結果出てます。
ね。
ビギナーズラックもあったと思うんでね。
あー、なるほどなるほど。
にしてもちゃんと営業かけて、ちゃんと練習もして。
やったやった。
大盛況で終えれたんですね。
初手を。
そう、最初その、それが出だしだったんですよね。
あー、めちゃめちゃ成功体験ですね、それ。
うん。
いや、でもこれが、後々行った手にもなるんですよ。
えー、そうなの!?
そう。
だって、音楽の世界、そんなに軽…
ん?なんだ?
簡単じゃないんで。
なるほどね。
そんなに簡単じゃないんですよ。
いい時だけじゃないと。
うん。だから最初がその基準で始まっちゃった後が苦しいんですよ。
うーん、なるほどね。
後が苦しいんですよ。
そっかそっか。
その、それが続くもんやと思ってしまうというか。
それが、何て言うんですかね。
当たり前のラインに思えてしまってたんですかね、じゃあ。
そうなんです。
あー、なるほど。
簡単じゃないので。
うん。
あのー、最初は人呼べなくてじわじわ増えていく方が健全ですね。
ははははは。
あんまりにも飛び急でやりすぎた。
そう、と後から思いました。
なるほどね。
一緒が良すぎて、減っていくってことになるんですよ、その後。
なるほど。そこを一番最初がピークに持ってきすぎたんですね。
45:03
そうそうそう。
あ、ひろすけさんこんにちはー。
ひろすけさんこんにちは。
すごい。
ピークなわけじゃないけど、
なかなかの高スコアを出してるわけだから。
いや、だいぶハイスコアやと思いましたよ、そんな。
そう。
で、2回目3回目となると、
フィギナーズラックはなくなっていくので。
あー、そうなんや。
最初はほら、初めてやるっていうから応援できてくれる人もいるんだけど、
結局はファンしか残らないので。
うんうんうんうんうん。
結局はね、お友達はいなくなるんですよ。来なくなるんですよ。
あー、そうなんですねー。
そうそう。ただの友達付き合いの人は来なくなるから。
うんうんうんうん。
本当にファンを応援していかなきゃいけないんですよ。
で、始めたばっかでそんなにファンいるわけでもないから、
そうことの戦いを始めていくことになるんですよね。
へー。
こっからじゃあもう1回新しく、
新しくちゃんとコアファンを作っていかなきゃいけない時期になると。
そう。
いうことですね。
そういうことです。
ていうかそこが本筋。
なるほど。
そう。
こっからが戦いやったんですね。
そうですそうです。
ベギナーズラックは、ラックだけどあんまり良くないですね。
なるほどね。結果的には。
結果的には、うん。
うーん。
減っていくという衝撃に耐えていかなきゃいけない。
やっぱ結構精神も消耗しますよね。
そうですそうです。
減っていかれると、追い詰められるというか。
そういうことです。
うん。
わー。
そうそう。でもね、デビューしたかったから、
うん。
そこで諦めるわけにはいかないじゃないですか。
確かに。
うん。だから、そういう中でまた泣きながら、
うん。
頑張るを続けるわけですよ。
へー。
泣きながら頑張っていくんです、その後。
できるもんなんですね。
その精神状態でもやっぱ。
諦めへんすね。
そうそうそうそう。
で、毎回毎回も、来てくれなかったらどうしようですよね。
うんうんうんうんうん。
来てくれないかもしれないなとか思いながら、
もう一人来てくれると、
はー、ありがとうございませんですよ。
はー、なるほど。
めちゃめちゃ感謝できますね、そこって。
めちゃめちゃ感謝ですよね。
でも、本当にそうやって集まってきてくれる人たちのおかげで、
頑張ってね、これ、来れるわけだから、
うん。
もう、そうやって頑張るわけですよね。
うーん。
うん。それをまあ続けて、
そうそう。で、1999年にデビューが決まって、
うん。
そう、デビューできることになって、
はいはいはい。
リリースできたんですけど、
そこからデビューが始まって、
うん。
そう、今年27年。
27年。
うん。
すごい。
えっと、あれですか、辞めるまで、
うん。
一旦休止するまでは、じゃあ20年?
あ、そうです。
ぐらいは続けてた?
そう、20周年記念のコンサートを機に、
へー。
心負けて、
うん。
48:00
折れたんです、ついに。
あの日尾さんが?
そう。
えー。
で、何十年もやってきた自分が、
うん。
20周年っていう区切りを機に、
うん。
心折って、
折れたんですよ。
すごい。
折れることなかったのに、ずっと。
わかります?どれだけのことだったか。
うーん、衝撃ですね、もう。
ペキーンって音、鳴ったんちゃいます?心の音が。
そう、そんな感じじゃない。
じわじわ、じわじわ、朽ちていくんです。
一気に折れたわけじゃなくて、
一気に折れんじゃない。
ずーっともう、もう一歩だけ頑張ってみよう、
もう一歩だけ頑張ってみようの繰り返しですね。
さあ、一番つらい拷問に近いですね。
そう。
で、その拷問に近いのが10年ぐらい。
いやー、すごい。
すごい時期を乗り越えましたね。
そうそう。
だから、負けて一回降りるよりも前が一番苦しかったので。
うんうんうんうんうん。
そうそうそう。
降りてからが苦しかったんじゃなくて、
降りる前がね。
ずっと背負ってる状態が一番しんどいです。
重いですもんね。
そう、背負ってるっていう感じじゃないですよ。
もう、かじりついてるんです。
あー、なるほど。
そういう感じですよね。
かじりついてるか。
そう。
で、今みたいにSNSなんかないから、
うんうんうん。
で、初めぐらいですかね、一番苦しかった。
あー、なるほどね。
うん。
で、あの、若者とかだったら、
柔軟にそういうのこなせるけど、
意味大人になってるんで、
柔軟にその新しいものを取り入れるってなかなか、
特にアナログ人間なんで、
うんうんうんうん。
難しいですよね。
今の人たちみたいにパッと始めて、
YouTubeだとかっていうノリの時代でもまだないし、
なるほど。
それでもね、若い人とかだったらまだいいんだけど、
そういうのこなせるみたいなところで、
そう、基本アナログで頑張ってたんですけどね。
へー。
で、そう、かじりついてたみたいな感じですね。
すごいなー。
うんうん。
今とちょっと常識が違うから、時代の。
確かに確かに。
変わっちゃいましたもんね、いろいろと。
そうですそうです。
今もう投稿でバズればみたいなことはもう、
まずないので当時。
うんうんうんうんうん。
そういうことはないから、
すごい。
こうやって広めていけばいいかもわからないし、
もう手探りでやるしかないんですよね、その時に。
うーん、いやなんか、
歯がゆい、歯がゆいですね、その辺の、
20年の節目の時らへんのその感情。
そう、でも、
心情が。
ずつきまくってズタボロの傷だらけです。
ね、ボロボロでしょうね。
ボロボロでやってたんですよ。
それがでも、また復活するんすもんね。
復活。
間を空いて、とはいえ。
そうです。
やっぱり諦めない女ヒヨさんですね。
そこは。
51:00
あの、1回はでももう引退覚悟で、
落ちたんですよね。
うんうんうんうん。
そう、で、引退って宣言しちゃうと、
本当にいいの?ってなって、
最後のファイナルアンサーをスタートさせた時に、
引退宣言まではできなかったんですよね。
本当に言っちゃったら、
本当の負けを認めることになっちゃうんですよ。
やっぱ負けず嫌いや、そこは。
そう。
土俵際で、
粘りたいってなるんですね、やっぱそこは。
そう、だから最後の態度だけは立てなくて。
うんうんうんうん。
引退宣言まではできなかったけど、
自分の中ではもう引退って決めて、
そう、20周年記念コンサートを最後にもう、
もう2時間泣きっぱなしでやって。
あーすごい。
いやーもうそうなりますって。
そう。
抱えてきたものが違いますもん。
そう、今までの人生の最後のステージと思って、
泣いてやって、
それで一旦ステージ降りて、
そう、で、4年半閉じたんですね。
その間にね、初夏を目指したんですよね。
初夏?
うん。
えーすごいですね。
初夏っていう道か。
うん、きっかけがあってね、ちょっと、
筆文字アーティストを目指して、
そっちの道に入っていったんですよ。
えー。
入っていったところがね、ちょっとガチだったから、
周りもみんな筆で生きていきたいっていう人が。
えーすごい。
ガチで囲まれたんですね、いきなり。
そうそうそう。
で、私もやるんだったらプロ志向だから、
うんうん、そうですね、確かに。
やるわけじゃないので、
その筆を持って第二の人生だと思ってたから、
うん。
すごいガチ勝負してたんですよね。
えー。
そうそう。
それでね、そういう中でやってたんですけど、
うん。
で、周りはみんな天才ばっかだし、
天才なんや。
そう、みんなめっちゃ才能あって、
うまいなーと思ってて、
うざいなそれ。
また負けていくんですよ。
あーなるほど。
勝ちたいのに。
そう、負けていくんですよ。
で、あのー、
そういうバックボーンがある中で、
ライブペイントっていうジャンルがあって、
もうステージに乗ってね、
おっきい作品とかをこうぐわーって書いていくじゃん。
あー。
ライブペイントって言うんですね、そういうの。
そうそうそう。
なるほど。
ステージでミュージシャンの人とかと一緒にこう、
うんうんうんうん。
っていうジャンルがあって、
なに、鍵盤を筆に変えたらステージに立てるわけ?
なるほどね。
立てるわけ?と思って、
すごい希望になったんですよ。
うんうん。
こんな道があるとは、みたいな。
そう。
目から鱗ですよ。
うんうんうんうん。
で、思って、
いや私それやります!みたいになって、
へー。
目指して、
頑張ってたんですよ。
うんうんうん。
で、
でも周り上手い子たちもいるから、
なんか次々こう、
そういう現場もね、出てってたんだけど、
うん。
自分はなかなかそれがなかったんで、
うん。
また惨めな気持ちになって、
どうしよう。
54:00
うーん。
それで、
なんとかしなければって話していって、
うん。
それでね、ある日ね、
ライブハウスをね、
訪ねていくんですよ。
ライブハウス行くんやん。
はいはいはいはい。
うん。
だからなんとかしなきゃダメだと思って、
はい。
ライブハウスをね、訪ねるんですよね。
はい。
それでね、そこでやらせてもらうことになって、
あ、いいっすね。
そこに対番でこう、
ブッキングするじゃないですか。
はいはい。
で、そのミュージシャンの人たちに、
ライブハウスの方で声かけてくれて、
はい。
こういう書家がいるんだけど、
あの、1曲だけコラボさせてくれてもいいっていう人いませんか?
みたいに。
うーん。
うんうん。
で、その時に、
あの、
一緒にライブハウスで書くようになってたんでしょ。
へー。
そしたら、
そしたら。
ライブハウスの方は、
ミュージシャンにたくさん出会えますよね。
うん。間違いない。
うん。
で、みんな音楽の道を、
生き生きと生きてるわけですよ。
楽しそうにやってるはずですよね。
そう。
それで、
自分は、
ピアノの形の、
あの、ピアノの柄の名刺を配りながら、
うん。
パッパですって言って挨拶して、
ライブピアノやらせてくださいとか、
一生懸命挨拶をするわけですよね。
うんうんうん。
そう。
えー、書家なんだ。
なんでピアノなんだろう?
っていう目が飛んでくるんですよ。
確かに。
それで、
そのためにさ、
あ、私負けたんだよなーと思って、
みじめな気持ち。
そうかー。
言ってくるみたいなことが。
そうなるかー。
そうなるっすねー。
あっさんさんこんにちはー。
あっさんさんこんにちはー。
なるほどなー。
打ちひしがれますねー。
そう。
自分負けたんだよなーって思っていくんですよね。
負けを紹介してるのもんすもんね。
ある意味ね。
その名刺が。
で、
なんでこんなことやってるかを、
説明することになる。
あー。
余計思い出したくもないのに。
そうなんです。
それで、
あの、
ね、やらせてくださいって言ってやってるうちに、
その人たち、
やっぱり音楽家だから、
羨ましくもなるわけですよ。
確かに。
いや、なりかねへんぞ。
それは、その環境は。
それで、筆やっても一番になれないし、
みんな、みんなもっと上手いしとか思って、
落ち込んでいる、
っていう背景がある中で、
そういうところにいたら、
音楽家でも負けてるみたいな気持ちになっていたり。
なるほどねー。
つらいなー。
つらいつらい。
もうそんな日々を、
もうまた泣いて、
頑張ってたんですけど、
それでね、そのうちね、
自分も本当は音楽家なのにって、
つぶやき始めるんですよ、心の中で。
心の声が聞こえてくるんや。
そう。
本当は音楽家なのにって言い始めるんですよね。
それがね、だんだん叫びになっていくんですよ。
なるほど。
私本当は音楽家なの!とか思っていくんですよ。
うんうんうん。
それでね、ある日ね、
ピアノの蓋を家でね、
深夜に開けちゃったんですよ。
あー。
どうなるんですか?
で、ピアノを弾いて、
ポーンって一応弾いてみたら、
うん。
すごい綺麗な音してて、
うん。
あーごめんなさい、
これ言うと泣いちゃうんですよ。
あーいいですよ、いいですよ。
57:01
もう泣いてください。
で、こんな綺麗なものを弾いてきてきたのかなーって思ったんですよね。
うんうん。
うん。
それで、弾きたくて、単に。
うん。
うん。
ピアノ綺麗だなーって、
単に本当に弾きたくて、
うん。
そう、毎晩弾くようになったんですよ。
あーそうなんや。
そうそう。
で、人が聴いてくれることをもともと思ってたわけじゃなくて、
自分がもうとにかくピアノを弾いているのが幸せだになったんですよ。
あー軸が変わりましたね。他人軸から自分軸に。
そうそう。
うん。
それで、ピアノを弾きたくて弾きたくて、
毎日もうピアノピアノになっていくんですよね。
あーまたのめり込んでいくんや。
うん。
それは本当に、もう一回あの道戻ったら茨道と思ってたから。
確かに確かに。
またあの辛い経験があって。
そうそう。
トラウマみたいになりますもんね。
普通にピアノを弾くでいいじゃないかと思って、
うん。
うん、こんな綺麗なものをやらせてもらって、
これだけ20年もやってきたんだったら、
普通にピアノ弾きたいでいいじゃないかと思って、
うん。
で、それを記録に残しておくためにスタイルをやってたんです、毎晩。
なるほどねー。
そう。
そういうことか。
ライブが、なんかもともとだからすべてライブなんですよね、感覚が。
はいはいはいはいはいはい。
で、なんとなくライブ配信でやってたんですよ。
うん。
うん、なんとなくね。
そうしたらなんか、3ヶ月ぐらい、
あ、違う違う、7月の9日に始めたんですかね、2023年。
おー、めっちゃ覚えてますね。
覚えてます?
うん。
もう天気だった日なんでね。
なるほど。
そう、そしたらね、7月の終わりぐらいに3人ぐらいのね、常連さんがなんかいるんですよね。
はいはいはいはいはい、いいですね。
なんとなくこの人たち毎日来てくれるなーと思って。
うん。
で、
なんかおるぞと。
で、え、なに、私のピアノ聴きたいって思ってくれてるわけ?と思って。
うんうん。
傷ついてるわけだからずっと。
確かに。
孤独で孤独で傷ついて、最後はもう朽ちるようにステージを降りたんで。
確かに。疲れ切ってんの最後やったはずからね。
ねーと思って、え、なに、聴いてくれてるじゃんと思って。
うん。
なんかそのまま聴いてたんですよね、毎日。
うんうん。
そしたら、なんか増えてきたなーみたいになってきて。
へー、じわじわと。
そう。
それでなんかね、この道に、ピアノに戻ってきてくれてありがとうとか、この時間待ってましたとか言ってくれて。
嬉しい。
楽しみにしてくれる人たちが増えてきたんですよね。
めっちゃ嬉しい。
うん。
それでもう本当に毎日泣きながらありがとうございます。
泣きながらここも。
本当に泣きながらね。
かわいい人やな。
すぐ泣くんやからヒヨさん。
泣くんやから。
もう本当、簡単です泣かすの。
ほんま。
すぐ泣く。
すぐ泣くすぐ泣く。
1:00:00
そうなんや。
そう。
でも感謝しながら。
泣きながら。
聴いてくれてありがとうって泣いてたんや。
そう。
へー。
テーマとか言って。
うんうん。
別になんか本当に心強くて。
うん。
なんかね、生きる力になったんですよね。
あーもうそこまでいったんや。
そう。
どん底見てきたので。
そっかー。
どれだけ心の温もりってあったかいのかっていうことですよね。
いやーピアノやっててよかったっすねマジで。
ありがとうございます。
すごいっすねー。
ショコラさん。
ヒヨちゃんのピアノは私も一耳惚れでした。
一耳惚れって言うんやそれ。
財布マップのライブの裏で流れてたのを聞いて。
あーなるほどねー。
そうそうそうそう。
一耳惚れ。初めて聞いた単語やった。
そんなのあるんや。
だから本当にありがとうありがとうで。
うん。
もう本当に心から思ってて、今もずっとそれ思ってて、毎晩ありがとうって言ってて。
素敵っすわー。
なんかこうあれですか、今後目指すものとかもあるんですかじゃあ。
東京国際フォーラムホールAです。
ホールA?東京国際フォーラム?
うん。
そう東京でね一番大きいホールですね。
一番大きいホール。
武道館とかは別ですよ。
ホールとして作ってないので。
それはちょっと別だけど、いわゆるホールというところで一番大きいホール。
東京国際フォーラムホールAっていうところです。
えーすごい。そこを目指してる。
それをね、目指しちゃったんです。
すごいこと言うてる。かっこいい。
そう、筆の師匠にピアノの席戻りますって言ったときも
このホールに立ちたいって聞かれて
叶う叶わないはいいから
とにかく立ちたいっていうので一番なるべく大きいところで行ってごらんって言われて
そうしたに思ったのが東京国際フォーラムだったんですよ。
5,020席?
5,012席ね。
5,012席?
うん。
すごい。
それもね、その時の時点では知らなかったんですよ。キャパまで。
後から調べたら5,012やったやん。
そう、私憧れのアーティストがいて
ファンクラブも入ってたことあるアーティストがいて
この人がホールCっていうところでツアーのファイナルコンサートをやってたんですよ。
なるほどね。
で、一時期まだピアノ降りてない前の時
共演するっていう目標を立てて
素敵。
かなってないんですけどね。
で、その東京国際フォーラムホールCで共演する図を頭に描いてたんですよ。
で、なるべく大きいところって言われたときに
東京国際フォーラムってパーンって出てきて
直感がそういう点やん。
1:03:00
そう。それでホールAって言ったんですよね。
その時点で座席数も知らずに言って
とりあえず。
大きいからとりあえずAって言ったんですよ。
なるほどね。
後から調べたら5000席もあるじゃんって。
多すぎやろーみたいな感じなんですね。
後から。
いらっしゃったじゃんとか思って。
かっこいいっすわそれ。みんなで頑張ろうって言ってますね。
ファンが付いてる。しっかりと。
5000席って知らずに
私東京国際フォーラムホールAに立ちたいですって言ってて
しばらく経ってから
そういえばキャッパーってどうだったんだっけって思って知らんじゃん。
5000席になってるとか言って
でも言っちゃったよねとか思って。
これ5年後ってのは何なんですか?
5年後みんなで行こうねって。
1月31日が私アルバムをリリースしたデビュー記念日なんですよ。
その今年の1月31日にちょうど東京でコンサートだったんですけど
5年後に東京国際フォーラムホールAに立つというのを目標にしますって言って
すごい!5年で!?
そう。5年後って言うので言っちゃったんですよ。
なるほど。
この5には何か意味があるんですか?
なんとなくの5年なんですか?
なんとなくの5年で。
なんとなく5年後。
行っちゃいちゃえって感じですね。
そうそうそう。
トッツーさん分かります?
トッツーさん。名前聞いたことありますね。
トッツーさんの聖火塾っていうのに私参加して
トッツーさんに何年後にしようかヒヨちゃんって言われて
5年後ぐらいですかねとか言って
いいこの間と思うとか言われて
決まっちゃって。
決まっちゃった。決まっちゃった。どうしよう。
具体的に考えるとちょっと短かったんですけどね。
逆算しちゃうとね。
5年後に決まっちゃったんですよね。
でもヒヨさんはそこでステップとか決めれるタイプじゃないですか。
自分で行動して。
そう。だから何とかしなきゃいけないから。
達成力あるから全然行けそうな気がしますね。
いやそんな甘い世界じゃない。
甘くはないですけど近いとこまで行きそうな。少なくともね。
頑張ります。
いやめっちゃかっこいいっすよそれ。
頑張ります。
今までの過去聞いててもやっぱり
そこ強いっすもんね。目標達成能力が。
泣きながらも進むってところが。
でもめそめそするから
自分がもう心売れないことが一番なんですよね。
確かに。
もう本当。メンタル。
結構メンタルなんで。
メンタルっすね。ほんまっすね。
ただね、芯のところは絶対手放さないから。
確かに確かに。そこも間違いない。
もうダメだ言いながらね、手放さないからやめないんですよね。
やめないわ。絶対やめないヒヨさんは。
でもね、外側はねちょっと弱ちいから。
側だけね。側だけが。
そう、メンタルの安定が一番。
これの秘訣っていうかもう
メンタルが安定するのは本当に仲間です。
1:06:02
仲間っすね。
一緒に歩んでくれる人たちです。
もうこれだけ。
コメント欄にいっぱい詰まってますよね、それがね。すでに。
ありがとうございます。
めちゃくちゃいい仲間に出会えてるし。
一人で格好を頑張っているっていうのが一番ためなんですよね。
いやすごいなぁ。
一人では叶わないので。
客席に人がいなかったら成り立たないから。
どうしても一人で頑張っても叶わないんですよ。
そう、だから私だけが一人頑張っても
そういう夢もあるじゃないですか、中には。
自分が頑張ることで叶えられることっていう。
一人でできる夢っていうのもありますね、確かに。
あるけど、私のはね、叶わないんですわ。
確かに、みんなで大きな船乗っていかんと
小さな小舟ではこんなとこ到達しないよっていうことですよね。
そうそうそう。
いけるぞ、それそれ!言ってますね。
コメント欄盛り上がってる。
勢いがあるな。
なのでね、人がいてくれるっていうのはどんなにありがたいのかっていうのを
多分、挫折の日々の中でもう嫌っていうことを経験させられてきたんだと思うんですよね。
なるほどな。
それが分かっていないと、心から本当に感謝して泣くほどもありがとうっていう世界を知らないと
多分、そういう仲間ができなかったんですよ、きっと。
そういう経験が全部音とかに出るんでしょうね。きっと泣かせる音に。
音は正直ですね。
そうなんでしょうね。僕も全然経験はないから分かんないけど、イメージがそうさせますね。
全部それが出るんやろうな、音色とかにっていう。
音楽は本当にその人の繁栄ですね。
やっぱりそうなんや。
なんか今困り事とかあるんですか?
困り事はもうとにかく人に知ってもらって、自分好きになってもらうことですよね。
もうアーカイブとかをいっぱい聞いてほしいですね、このラジオの今日の。
いっぱい告知。
私の音楽とか笑とかを好きになってもらって、一緒に夢見てもらう人たち。
拡散がもう一番ありがたいです。
なるほどね。
コンサート会場に人がいないとレベルアップしていかないから、
なるほど。
先にたどり着けないんですよね。
確かに確かに。周知、認知、アップ。みんなで拡散しましょう。
ありがとうございます。
私の次のコンサートが東京国際フォーラムなわけじゃないので。
はいはい、それまでいろいろ経験を積むわけですね。
仮に5000人集めたとて会場がオッケーしないんですよ、実績がないと。
なるほど、そういうことか。
何千人でどういう風にやってきたかとか。
一筋縄では行けへんねや。
そういうことがないと会場も知名度高い一流ホールだから、怖いじゃないですか、そんな何もない人に。
1:09:06
開けられてもってことですよね。
会場のホールの品格も傷つけるから。
なるほど。
立てるホールじゃないわけだから。
やっぱりそこまでに行くには、こういうホールで何人のホールでやってきましたっていうのが複数支柱になりますね。
次がそこだったらまだ楽なんですよ。
でもその前の段階を実績積んでいかないといけないから、これを埋めていくには、
やっぱりその、例えば先席なら前席の会場に来てくれる人たちがいないと実績も作れないし、
それにもないし、次もないし、御前もないんですよ。
なるほど。
そう、だからとにかく私の音楽知ってもらって、好きになってもらって、応援してもらって、
みんなでその御先席を夢見てもらうっていう世界があって成り立つ。
素敵、素敵っすわ。
次は東京?
1月24日、じゃあ告知の方行きますか、何か。何か告知ありますか。
次はね、5月23日にありがとうの日っていうタイムをね。
5月23日。
そう、私誕生日なんですよ。
そうなんです、おめでとうございます。
そういう日ね、誕生日なんで、誕生日だからこそ皆様に感謝を返すというインサートをやる。
素晴らしい、なるほど。
そうそう、誕生日はお祝いしてもらうためにじゃなくて、
その日に生まれて、産んでもらって今日まで生きてこられたのは皆様のおかげなので。
なるほどね、ありがとうの日のコンサートがあるんですね。
そう、それがね、直近では一番最初で、その後秋までありません。
なるほど。
あっ、オーストラリアなんだった。
オーストラリア行くんすか。
そう、緑のカエルさんのコラボでコンサートがあるから、
それがあるけど、自分主催じゃないんで。
あー、なるほど、なるほど。
自分主催は、次秋までない。秋になったらツアーやるんで。
またその時に告知される感じなんですね。
そう、東京だけも会場の予約取らなきゃいけないから。
早いな、もう今の時期から。
決まってますね、1月24日。
1月24日。
200席。
200席。
すごいな。
いらないといけないんですよ。
すごい。また泣きながらやるんでしょうけど。
今泣いてるのは、昔泣いてるのとちょっとしつつ違いますけどね。
あー、なるほどね。
本当に感謝で泣いてる。本当にみんなの気持ちが一番泣けません。
いい涙なってるっすね。
もう本当にね、そうやって応援してくれてる人たちにどれだけありがたいかっていう。
それを知ってくるための、そこに本当に心からなくほど感謝できるためのレッスンがそれまで行われてたんだと思います。
1:12:04
すげー。
そこまで絡みないと。
思いますね。
そういうね、人の優しさが死にる人間になれなかったのかなって今思うとね。
当時も感謝してたんですけどね、もちろん。
さらにだから感謝の精度が上がってるというか、染みる感じが変わってますもんね。
どんどこまで落ちないとね。
やっぱそこはカラカラになってからで吸収されない水ってのがあるみたいですね。
水のありがたさっていうのをそこまで落としたんだと思います、神様って。
すごいなー。
そういう大きいところ埋められるアーティストにはなれないんだなと思って。
必要な経験やったかもしれないってことですね。
全部ありがたいレッスンでしたね。
すごい。1時間があっという間ですわ、本当に。
ありがとうございます。
こちらこそですよ。
5月の23日、次のありがとうの日。
その先の5年後は東京国際フォーラムA、5,012席を目指してますと。5年後に。
5月のはそんなに大きくないので。
その間が1月24日でしたっけ。
1月24日の東京。
東京ですね。
その後が、ご成績に向けてのステップを踏んでいかなきゃいけないから。
実績を踏んでいくってことですね。
それが自分の勝負ライブだから、勝負コンサートの一番の。
勝負コンサート。
それはもちろんこれからも東京ですね、やっぱり。
はいはいはい、なるほどね。
東京の一番そういう力を入れてるツアーの東京公演、ツアーの中の公演ですね。
すごい。
2031年5,012席ならば目標的に30年で2,000席、29年で1,000席、28年で5,000席。
こんなステップでしょうか。
そうですよね。
いや、そうなるよね。
逆算したらそうなっちゃうか。
すごいな。
ソフトスペースじゃないとダメだから。
結構ハイペースな感じですよね。
なかなか大変ですね。
でも4桁の大台にはちょっと乗っけないと。
なるほどね。
まだ3桁なんでね。
3桁もエグいですけどね。
でも実際そうです。
ミュージシャンの世界はみんな10人のノルマが埋められなくてみんな苦しんでやってます。
そうですよね。
集客ってすごいですもんね。
好みの世界だったりもするから。
確かに。
役に立つものっていう感じじゃないですか。
1:15:01
例えばナビさん家のお肉みたいに食べておいしいとかそういうことじゃないから。
なるほどね。
音楽で生きていくの相当大変なんでね。
今日人生を聞いてみて僕も大変な人生を歩んできたなって錯覚しましたわ。
ひよさんのしんどさがちょっと移りましたわ。
そうですか。
重たいですもん体が。
すいません。
いえいえ嘘です。
面白かったですわ。いろいろ聞かせてくれて本日ありがとうございます。
あともう一つ教えてください。
ぜひぜひ。
あのね、5012席に向けて未来チケットっていうのを作っちゃったんです。
未来チケット。
そう、未来チケットっていうのをね。
いいっすね。
作っちゃいまして、5年後の日付が入っている東京国際フォーラムホールへ広島総合コンサート。
いいっすね。
先払いですか。
ううん。
これ無料です。
無料で先に配って引き換え券みたいなこと。
そうそう。
これ商売上手な人は1000円とかで売るのかもしれないですけど。
うんうん。
できなかったんですけどね。
そうなんですね。いいっすね、未来チケットかわいいなんか。
うん。
あさひも未来チケット持ってんやん。
そうそう、あさひさんと。
へー面白い。
現物を作って、そういうものがないでやってるよりもね、やっぱり現物があって、
もうこのチケット持って私5年後に行くんだって思ってて、
こういうのと大きく違うじゃないですか。
なるほど。
ただの空ごとがチケットができると。
ちょっとリアルになりますもんね。
そうそうそう。
持ってるだけでワクワクするやってみんな。
ありがとうございます。一生懸命心込めて作りました。
みんなと会議しながら。
すごい。
5年後の日に向けてね。裏面はそれぞれの夢が描けるようになってて。
へー。
みんなで銀河鉄道に乗って5年間の旅をするっていう予定で作って。
めっちゃいいっすねなんか。
いいでしょ。これ別に1円にもなってないんですけど、制作費分赤字出してるんですけど。
あ、そうかそうか。
だけど素敵だと思っちゃったんですよ。
確かに素敵。
自分はね、音楽ビジネス人とかからしたらバカじゃねーって思うかもしれない。
自分はそんなことを一生懸命やって、確かにバカかもしれないけど、すごい素敵だと思って。
確かに。
これをみんなに持っててもらったら、ほんと頑張れるんじゃないかと思った。
うんうんうん。
ほんとね、みんなに持っててもらえたら。
また泣いてるやん、ひよさん。また泣いてるやん。すぐ泣いちゃうんやから。
ほんとそういうね、みんなの思い、これが一番なんか泣けるんですよね。
1:18:02
まあでもそうですよね。気持ちが嬉しいですもんね。持っててくれるっていうのが。
期待してくれてるっていう現れでもありますもんね。
未来チケット。
動けば変わるよって。
ワクワクするとか、これ持って絶対行くよとか言ってくれたらね、心強いことなくて。
もう怖くなったからほんとにしみるんですよ、そういうの。
だからこのチケット持って、みんなで5年間の旅一緒にして、みんなもそれぞれのこと叶えてもらって、
自分の夢も、ひよちゃん頑張ってるから自分も頑張ろうって思ってもらえたらね。
いいですね。
例えば、ナビさん。
例えば国際フォーラムまでのコンサートの集客で会場周辺の高校生とか、学校単位でご招待するとか、
ファンを増やすとかどうでしょう?
なるほどね。
ご招待ありきなら、集客では難しい客層の大きいホールを借りるのもありかと。
これは違う。
誰でもいいから来てもらえればいいんじゃなくてね。
コアなファンに来てほしいですもんね。
人たちがそのホールを目指して応援しててくれた集大成と思ってる。
クラファに近い感覚でやってますよね。
そうそう。
思いが乗ってないと。
そうです。
人たちがそこに一緒に行こうってなってたどり着いてくれるっていう。
国際フォーラムの話じゃないよ。そこに至るまでの話。
ちょっと待って、理解がバカすぎてできてないぞ。
実績。
ファンになってもらうコンサートを招待すればどうってことですかね。
実績作りの時に。
国際フォーラムの前にってこと?
至るまでの。
国際フォーラムに至るまでに実績のコンサートをいっぱいやるでしょ。
その時に学校単位とかでファンをどんどん増やしたらどうってことですね。
5年間のね。
5年間のコンサートの話で。
そうですね。国際フォーラムに。
うらさんが来た。
コンサートを打っていく話ですね。
すみません、理解できてなかった。
なるほどね。
うらさんこんにちは。
すごいな。
いや面白かったですね、今日も。
本当ですか。
はい。
すみません、なんか私ばっかりベラベラ。
いやいやいや、そういう回ですから、これは。
そういう企画なので。
たくさんお話ししていただいてありがとうございます。
そうだね。
私の音楽ちょっと大人向けだと思うんで。
若い人たちがどうかな。
どっちかに大人向けかなと思うけど、高校生だったらまあいいかな。
でも高校生が好んでこういうのを聞くかどうかはわからないけど。
はいはいはい。
1:21:00
まあでもわかんないな、世の中にはピアニストが。
どこで刺さるかわかんないですもんね。
若い人たちにね、支持されてるピアニストもいるから。
確かに。
それを確認するためにもやってみるのはありかもねってことですね。
確かに。
みんななんかアイディアいっぱい出してくれますね。
協力的ですね、コメント欄も。
仲間って感じしますね。
まあ刺さる人には刺されず、ああ確かにね。
そこから一人二人でもまたコアファンが増えていくと嬉しいですもんね。
でも通算制限という実績ができたので、学校ご招待という人数での実績出すには早いなと。
まあね、通算制限のカウントはいくかもね、確かに。
まあでもそんな感じでね、未来チケットっていうのを作っていて、
これは日明かしとか、とりあえずもらっておこうかなじゃなくて、
5年後に本当に叶うんだったら是非行くよって正直にちゃんと対応のあるものを渡したいと思ってるんです。
なるほど。
だからまあもらってやってもいいかなとか、
興味あるからっていう興味本位とかそういうことじゃなくて、
5年後に行くよって言ってくれる人たちにチケットを渡したいんですよね。
へー。
そうそう。で、何千通とかになってくると、
なってくるつもりでこれやってるので、
その送料を負担するのがどうしても無理なので、
すいませんが110円だけ送料をご負担いただいて、
チケット自体は無料。
なるほどね。
そうそう、それはねプレゼントというか、
そういう人たちの気持ちの交換として渡させていただきたいと思ってて、
なるほど。
自分の手で送り出します。
あーすごい。
これってあれですか、なんかレターか何かを送ると、
アーカイブ聞いてる人とかはもらえたりするんですか?
そうですね、レターでいただいたら、
それに一応フォームがあって、
一応誰が送ってきてくれたとかバラバラになっちゃうから、
はいはいはいはい。
で110円だけすいませんが送料を負担しちゃうけど、
着払いにして、
ううん、ペイペイで。
ペイペイで110円払って、
そうですね、なるほど。
ペイペイかリコフリコもね。
はいはいはいはい。
110円だけすいませんがご負担いただいて、
私が送ります。
だからチケット自体は無料だけど、
まあでも無料だからといって、
その軽く作ったわけじゃないから、
うんうん、思いがちゃんとありますからね、そこには。
一生懸命、こんな1円にもならないんですけど頑張ったんですよ。
うんうんうん、いや素敵っすよそれは。
だから、そういう適当な気持ちでもらってほしくないなって思って。
このライブの概要欄に貼らせて、載せてもらったらどうかなって。
もちろんもちろん、そのURLもらえたら概要欄に貼っておきますんで。
URLね、私のどっかにあるんだよな。
えっとね、私のコミュニティのどっかに。
1:24:01
あ、コミュニティに入ってんですね。ちょっと探してみますわ。
はい、そうそうそう。
なるほど。
で、それを今ね、私ながら頑張ってるとこなので、
もし、そんな気持ちでね、5年後に本当に叶うんだったら、
ぜひ行くよって応援してくださる方に渡したいと思っています。
そうですね、皆さんだからレターなり、概要欄の方から見てもらえればなと思いますので。
はい。
はい、どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、ということでお時間になりましたので。
本日のゲスト、ひよさんでした。どうもありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
コメント欄の皆さんもありがとうございました。
はい、ありがとうございました皆さん。
ではではひよさん、失礼いたします。
はい、ゆうたさんもありがとうございました。
はい、ありがとうございました。
はい、では降りますね。
はい、失礼します。
失礼します。