1. IKUKO Labo ワンダーランド
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2022-01-02 26:25

2022年あけましておめでとうございます

初夢なのでしょうか、珍しい夢?をみたのでその話をします。今年もよろしくお願いします😊
00:07
こんにちは、IKUKO Laboです。
2022年1月2日になりました。
時刻は、なんと朝の7時半でございます。
みなさん、あけましておめでとうございます。
9年中2021年はですね、このポッドキャストを始めた年ということもありますけれども、
そうですね、延々とくだらない自分喋りを繰り広げまして、
その中で、愚痴や不平不満なども言ったと思いますけれども、
改めまして、今年はですね、引き続き、くだらない私の話を延々と喋りつつ、
でも、愚痴や不平不満は封印すると言いますか、そういうものが出てこないような年になるといいなと思っています。
よろしくお願いいたします。
でですね、本当にさっき起きたばっかりなんで、15分くらい前に多分、
ぼーっとしてますし、それから部屋が寒くてね、
灯油のファンヒーターとエアコンを両方つけていますので、もしかしたらちょっと雑音が入っているかもしれません。
家族が起きてくる前に撮っちゃいたいなと思って、それでこっそり撮ってるわけなんですけど、
お正月の初夢っていうのは、何ですかね、1日の未明に見るのか2日の未明に見るのかよくわからないんですけれど、
とりあえず昨日の未明というのは、夢も何も見ずに寝ておりました。
で、昨日の夜ですね、今朝というか、なかなか寝つけずに、自分では起きているつもりなんだけど実は寝ているっていうのはありますよね。
私的には起きているつもりでいろいろ考え事をしていたと思うんですけど、もしかしたら眠っていたのかもしれません。
そんな中で、取り留めもなく昔のこととかがあんなことがあったなみたいなのがふっと浮かんできて、
いくつか浮かんできて、あんなこともあったな、こんなこともあったなって自分一人でノスタルジーに浸っていたんですけど、
それこそね、20代前半くらいかな。
で、なんか、誰かに怒られた夢ですね、これは。
03:00
何が原因だったかわからないけど、自分では悪くないと思って普通にしていたことを、
なんか、頭ごなしに怒鳴られて、びっくりして泣けちゃったっていうような記憶がよみがえったんです。
でも本当にあったことなのか、もっとちっちゃい頃にはよくありましたね。
本当に幼稚園とかそれくらいの頃ってそういう、突然怒鳴られて、その場合多くは親ですけど、
で、何を怒られてるかわからないし、怒られるって予測してないので、ものすごくびっくりして、
で、なんか飛び上がるような感じにして、そのびっくりで泣き出すみたいな、そういうことってありますよね。
あれがね、大人になってもそんな感じで泣いたような記憶がよみがえってきた時に、なんか一種独特の変な感じがして、
そういう思い出って、大体は私は悪くなくて相手が悪いっていうような文脈で感想というか思い出すんですけど、
その時もそういう文脈で思い出したんですけど、
あ、あれっていうのはなんか自分の中からエネルギーがポンと出てったような感覚だなって、
エネルギーなんだかなんだかわかんないんですけど、ついてるものが離れたって言ってもいいですけど、
何かしらのこう、そういう、もしかしたら霊的な変化?もしかしたらそうじゃないエネルギーの変化?わかんないんですけど。
で、とにかくいいことが起きたんだなって。
ああやってびっくりして、突然どなられる、災害?最悪に見舞われるみたいなことかな。
そういうことが起きたのって、なんか私のこう身にまとっていた何か悪いものがポンとそこで外れたんだみたいな。
そんなふうにふっと思ったんですよ。
でもその思いがものすごく強くて、ほら、起きても覚えてるじゃないですか。
で、絶対そうだなと思って。
で、最近じゃあそんなふうに頭ごなしで怒られないし、人生の知恵って言うんですか?
そういうこと言いそうな人を省いてるんで、周りにいません。
うん。で、いたとしても、はっ!って言って笑い飛ばすというか、鼻で笑える自信があるっていうか。
でもそれより前に、君子危うきにしか寄らずじゃないですけど、
そういうね、人のことをね、頭ごなしに指定するような輩とは付き合ってないですね。
なんか喋る前から分かって気配が。
で、自分の方から避けてる。
あるいはそいつがどっか行っちゃってる。
っていう結果、今はわりと伸び伸びしたスペースが自分の周りに確保されてるっていう感じだと思うんですけど、
06:07
とにかく過去に起きちゃったね、そういう嫌だった経験っていうのは、
嫌だった経験としてしか自分は記憶してなかったんですけど、
けっさんのその夢の中では、ひどい目に遭うとか、嫌な経験をする、
っていうことには多分メリットがあって、そこで何かがチャラになった。
だってそういう時代を過ぎた次の時代、次の時代って、
60歳なんで結構いろんな段階があるじゃないですか、
20代、30代、40代、50代ってね。
10年スパンぐらいで見ると、
その辺、それが嫌だったから、
すごい変化を起こしてるんですよ。
すぐにじゃなくても、
10年単位で見ると、
っていうことを見てて、
もしも20代で、
すごく仕事にも環境にも、人間関係にも恵まれていたとしたら、
私は今もその延長上でいるはずで、
自分で何かを始めたとか、
自分で何かを始めたとか、
そうすると多分、
35歳でインターネットに夢中になったりしてない可能性が、
パソコン買ったりしてない可能性があって、
あの時にパソコンを買って夢中にならなかったら、
2000年代に入ってから、
かつ、
そういうウェブ制作とかで、
実際に活動するっていうことができなかったはずだし、
そうしていくと、
もうその後全部、
今もちろんYouTubeやってないし、
ポッドキャストもやってない。
ただ普通の、
幸せな女の人として、
61歳になって、
何してると思います?
幸せな普通の女の人って。
おせち作ったりとかですかね。
全然そういう人じゃないので、
結局自分で、
自分で、
自分で、
全然そういう人じゃないので、
結局自分なりのように生きてきてて、
そこで圧力、
もっと普通の女の人を求めるような人とかは、
去っていくわけですよね。
それは去ってって、
寂しいとかじゃなくて、
ありがたいわけですよ、去ってもらって。
っていうのが、
夜中に、とにかく、
そういうことかって、
理解したと思ったんです。
その後寝ちゃって、
でも、7時に、
一応、
7時にね、
優しい目覚ましはかけてるんですよね。
大きい音じゃないやつね。
その時に、
普段はひっと消してまた寝るんですけど、
今日はパッと目が覚めて、
その夜中の夢を思い出して、
09:00
もう一回自分で再確認して、
確かにそうだと思ったんです。
これはどういうことかっていうと、
私は本当にうまくいっていなかった時期に、
たくさんの斉藤ひとりさんのYouTubeをね、
本も読んだけど、
YouTubeに上がっている、
ひとりさんの講演の音声をですね、
だいぶんたくさん聞いたんですよね。
で、その中にそういった、
何だったかな、
話があって、
あの人ちょっと噛みがかり的なところがあるので、
たまにそういう話をされるんですけど、
その時の話は、
えっとね、
嫌なことがあった時、
嫌な経験をしちゃったっていう時、
それは何で起きるかっていうと、
あなたが前世でそれをやったからですよって、
前世でやってないことは起きませんよっていう話で、
で、それを聞いた時は、
なことあるかいと、
私がこんな目にあってるのに、
さらに私を、
脅しめるじゃないんですけど、
嫌な目にあって凹んでるのに、
あなたのせいですよって言われたら、
もっと凹むじゃないですか。
そんな風に受け取ってた。
でもその話には続きがあって、
前世とかで、
あなたが逆の立場であって、
で、それをしたんですよと。
だからそれが今、
今回の人生で起きたんですよって。
で、
そこで終わりにできれば、
もう上がりですよみたいな話。
で、
終わりにするっていうのは、
そのことを恨みに思って仕返しをしようとしたりとか、
ずっと恨んでいたりとか、
そういうことです。
で、それを続けてると、
親しとされた人ってなって、
で、
また戻そうとしちゃう、誰かに。
そのされたことを仕返ししたいとか、
あいつをやっつけたいとか。
で、そんな思いを持ったまま死んでいくと、
また来世でその繰り返しに巻き込まれるよと。
だから、
そういうことが起きたら、
よしこれで終わった、
一つ綺麗になったって思って、
で、笑顔で、
いい生活しなさいよみたいな。
そしたら、この一生が終わった時に、
こういう悪い循環のね、
あの、なんて言うんだったっけ、
転生?輪廻転生?
の、このサイクルから、
解放されて、
っていうような話。
幸せになれるよみたいな。
そんな話だったんですけど、
当時聞いてた時の私は、
その前半の、
なんだ、
あなたが下からされてるんですよ、
みたいな話がもう、
ちょっと無理ですって。
それはもう絶対無理って思って、
聞いてはいたけど、
負には落ちてなくて、
12:01
全然納得してなくて、
そんなもんね、
あの、
来世なんてあるかどうか分かんない、
来世なんてどうでもいいから、
絶対腹立つと、
絶対許せんと、
とか思ってたんですけど、
まあそんなことも、
時が過ぎるとね、
10年とか経っちゃうと、
当時の熱量は全然なくて、
でもその嫌だって、
辛かったっていう、
辛かったっていう記憶だけが、
感情っていうのかな、
自分のね、
だけがなんかあって、
すでに誰に何を言われたかさえ思い出せないんだけど、
その時の記憶だけが、
世の中にこう、
ふっと浮かんできたりするっていうことなんですけど、
うーん、
そういう記憶があるっていうのは、
悪いことじゃないんだなって、
昨日は思えたし、
ね、
あの、
思えるっていうことは、
例えば30年前の出来事だったとしても、
それで、
あの、チャラになったんだなっていうふうに、
なんか思ったんです。
っていうことは、
私って生まれた時から、
私であって、
その間いろんなことがあったけど、
もう差し引きゼロで、
で、結局私にそぶわないようなことは、
起きても、
うーん、
定着せずに消えていく。
私のね、
自分に対して、
そんなものをどうして作るんだとか、
無駄なことばっかりしやがってとか、
えーっと、
そんなものうまくいくわけがないとか、
それでいくら儲かるんだとか、
儲かりもせんことに、
そんな時間を費やしてとか、
あと、
理由はないけど腹が立つっていうね、
気に入らない、
そういう創作活動する、
している私が、
私がそういうことをしていて、
で、
親に人がいなかったっていうか、
親もそこだったし、
その後、
まあ身近にいた人たちが、
もう全員そんな感じ、
職場でさえ言われて、
あの、中学でね、
勤めたんですけど、
学級通信を毎日書いていて、
それが楽しくて、
なんとか先生を続けていて、
もう先生業の中で、
それが一番楽しかったんですけど、
それさえも、
あのね、書いてね、
直接指導しなさいみたいに、
教務支援のように先生、
言われたりとか、
あのね、どこ行っても全員否定されてたんですよ、
当然今の、
あの、
同居人、
からも、
思いっきりいろいろ言われ、
全て言われましたね、
インターネットやるから言われましたね、
なんでそんなことしてるんだ、
まあいいんですけど、
だから、
だけど、
15:01
ここ数年は、
言われないように、
う、う、う、
なんていうのかな、
上手く振る舞うっていうのかな、
例えば朗読チャンネルをやってることも、
その、
務には話してなくって、
知ってるだろうけど、
私から切り出さないでやってるよとか、
という風に、
この人には分からないなっていうか、
知られたくないなって、
嫌だなとか、
あるいはなんかこう、
嫌いだなって思うような人には、
教えてあげてない、
です。
なんで言わなきゃいけないのかと、
私の人生を、
ね、
許可を取る必要がどこにあるのかと、
だから、
許可って言いましたけど、
私がこういうことをやるんだよ、
やろうと思ってるんだよとか、
あるいはもうやってるんだよとか言うと、
うん、やればいいんじゃない?
って言うんですよ。
私、別に許可なんか求めてない。
ね、ただ私がしてることを少しでも、
なんていうの、壁を作るのはよくないかなと思って、
こう言うと、
そうやって、
うん、いいんじゃないかとか言ってくるんですよ、
上から。
で、そういう人だなと、
いうか、
あのー、
すごく、なんて言ったらいいんだろう、
ノリが違う?ノリが違う?
うん。
で、私はその、
そういうのを持つというかね、
収入を得るためにそれをやってるっていう風に
捉えるらしいんですけど、
多分そうだと思う。
分かんないけど。
でもとにかく、
もうそんなんどうだっていいし、
そんなことをいちいち気にしていたら、
どんどん、
創作活動をしようという意欲すら、
ないでしまうから、
冗談じゃないぞと、
いつも言ってるように、
私の時間はもう有限だと、
待ってる時間なんか全然ないし、
人が反対する人がいたら、
全力でその人から、
遠ざからないといけない。
だって創作活動の邪魔になるものは
悪じゃないですか。
私から見たときにね。
それ以外の、このなんか、
基準っていうのはないなって思って、
もう、それ去年からそういう風に、
スパッと割り切りがついたんですけど、
そっから全力で走れるぞってなったわけで。
だから去年の半年ぐらいあった、
腰痛自粛ですね。
腰を痛めて、
いろんなことができなくなった時期を境に、
自分の中で、
あれ、みんながやってくださいって、
やれって言われてることを、
やったほうがいいって言われてることを、
一生懸命やってきてたつもりだったんですけど、
そういうのが全部なくても、
私幸せだわって。
ないほうが幸せだと。
そういうのがないときの自分が
本当の私だって。
本来の、小さい時からずっといる自分だと思ったし、
18:02
やりたいことはあったし、
その後、秋になってから、
思いもしなかった朗読チャンネルを始めたりとか、
想像性っていうのは、
本当に奥の方から、
あんまり長いこと封印してるんで、
全然、こう、表面に、
何したらいいかわかんないって感じだったのが、
どんどん出てくるようになったんですよね。
やりたいこととか、
こうしたらいいんじゃないかっていうアイディアとか。
それが、人に言われるんじゃなくて、
情報収集をしたからじゃなくて、
自分からこう、
ふっと浮かんでくるようになったし、
それとともに、
精神的に元気になって、
あの、いつ頃だろう、
子供の頃こうだったかも、みたいな、
すごく若い頃こうだったかも、みたいな、
そんな、
うーん、
生き生きした感じ?
を感じれるようになってきてて、
で、そうなってくると、
もはや、自分が何歳であるとか、
今ね、環境が、家族がこういう風であるとか、
住んでる家がどうであるとか、
経済状況がどうであるとか、
関係ないんですよね。
確かにそういう人たちが、
確かにそういう現実はあるけど、
それ、だからこうするっていうんじゃなくって、
全然、たまたま今そうなってるっていうだけで、
このことのなんと幸せなことか。
たぶん小学校に上がる前までは、
こんな感じで、
楽しく生きてたはずで、
でも学校行くようになってからやっぱり、
どんどん削られて、削られて、
で、あの、
大学入る頃には仕上がって、
仕上がって、
なんて言ったらいいんだろう、
大人から見て価値のあることを、
で、自分を測るっていうの。
例えば偏差値高いとかね、
大学に入ったとか、
大学生、
受験に成功したとか、
例えば学校の先生になったもそうですけど、
本当に周りにいた大人たちの価値基準から見て、
価値があるって、
思われるような自分しか許されなかったんですよね、
存在がね。
だからそういう風に、
演じるも何も、
そういう型に、
胃型に自分からハマりに行こうとして、
ハマれないと。
で、どう頑張ってもハマれない。
で、ついに辞める、みたいな。
辞めたけどまだハマれなくて、みたいな。
で、ハマれる胃型が全然なくて、
でも胃型がない場所が、
インターネットの世界でしたね。
だって自由に発信できるんだものなんだって。
だから、
ネットで活動している時の、
その自分が、
一番本来の自分に近い自分であって、
でもそれがどうですかね、
21:02
セカンドライフ以降というか、
ネットショップとかをやり始めると、
もうそんな、
ショップってバーチャルでも何でもなくって、
リアル、注文を受けないといけないんで、
現実のことになっちゃって、
あれ、あんなに楽しかったインターネットなんだけど、
なんでこんなに辛い?
っていうのがもう10年とか続いてて、
で、それも、
もう辞めようって、
なっていったわけで、
そうやって、
一旦辞めて、
見ることができたのは、
やっぱり腰痛があったおかげで、
いつも言いますけど、
自分の意思で辞めるわって言ったら、
えらいことみんなに怒られた。
人間関係切れるっていう。
でもそれをすんなりと、
フェードアウトさせてくれたのが、
腰痛だったんで、
本当に腰痛ありがたくて、
おかげさまでようやくちょっと、
自分の本来いるべき、
ラインに戻れて、
そこにいるだけで幸せですよ。
自分が次に何作ろうかって考えていられる、
そういう、
そういう、
そういう、
そういう、
そういう、
そういう、
自分が好きだし、
ああ、
本当にまだこれで死んでなくてよかった、
みたいな、
まだ人生があるっぽいから、
とても嬉しい。
昨日も、
もし今が私の20歳の歳だったとしたら、
平均寿命までいくと、
50まで生きれるっていう、
計算なんですよね。
世間の皆さんは、
60歳の人が90になるまでって、
ただ衰えていくだけっていうような、
見た、
そういうイメージだと思うんですけど、
実際に自分が今感じていることは、
そういうわけで、
20から50までの間は悪いけど、
周りの大人たちの、
あとは、
周りにいる人の都合のいいような、
自分で、
生きさせていただいてたんで、
それは私の人生じゃないよね、
みたいな、
悪いけど私は、
自分の人生っていうのを取り戻して、
本来だったらこういうふうに、
自分の人生っていうことを、
これからやっていくっていうふうに、
もう決めたっていうよりも、
そういうふうになったっていうことに気づいて、
でもありがたいことに、
20の時にこれをやろうとしたら、
インターネットがなかったんで、
ほとんどできることなくて、
でも、
今、
今何かやろうと思ったら、
ツールがいっぱいあるじゃないですか、
YouTubeだってできちゃうっていう、
できない、
技術的にできないことはあんまりないような、
そういう時代が来てて、
その時にこうやって、
スタートできるというかね、
よかったって。
20代でスタートして成功した人たちって、
今、
完全に古いメディアの人じゃないですか、
24:03
そう思いませんか、
消えていくと思いません?
なんでやっぱり、
物事にはタイミングがあって、
今がその時なんだって、
思って、
ああ、
すごい嬉しいなと思ってます。
そうしていくと、
この幸せ感を感じて、
そして、
さっきの斉藤ひとりさんの言葉、
悪いことっていうのは、
あなたが前世でやったから起きたんですよ。
そして、起きたら以上は、
それで終了してるので、
解決というか、
差し引きゼロになってるので、
そのままありがとうねって感謝して、
終わっとけばいいんですよっていう言葉が、
なるほどなと、
そうだよねって思えるんですよ。
ここが不思議だなと思って。
真逆。
結局、自分が今幸せであれば、
どんなことでも、
良きように、
良きように受け入れていけるし、
またその逆もしなりで、
何でも良きように受け入れて、
全部ね、
自分のためなんだ、
ためになったんだっていう風に、
受け取れたら、
受け取れたら、
そしたら嫌なことなんか一個もないわけで、
嫌なことが一個もない人生っていうのが、
幸せな人生っていうわけで、
そしたら幸せな人生が作れるなっていう、
コツですよね。
そんなのを、
新年早々、1月2日の早朝に、
分かんないけど、
夜中、寝たのが12時過ぎぐらいだったから、
やっぱり、
寝たんですよね。
夜中に思ったよっていうことでした。
はい。
そんなわけで、
今またちょっと遠くで、
洗濯機を回してるんでゴーゴー言うし、
猫は本棚に飛び上がってガタンとか言うし、
雑音がいっぱいですけど、
聞いていただいてありがとうございます。
今年も、
そういうわけで前向きに、
いろんなことにチャレンジしていけると思うので、
よろしくお願いいたします。
以上です。
26:25

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