1. いきたいラジオ
  2. 9. 死が、美しいと思ってしまう
2026-10-28 51:26

9. 死が、美しいと思ってしまう

生まれてくる瞬間は、獣みたいだった。
押さえていないと、出てきてしまうほどの力。

亡くなっていく瞬間は、静かだった。
最後に、息を吸って。
血の気が、引いていって。

悲しさは、ちゃんとある。
それでも、現象として、美しいと思ってしまった。

こういう話をすると、たいてい、
相手が少しだけ、居心地の悪そうな顔をする。

生まれることは、分かつこと。
死ぬことは、ひとつになること。

わたしたちはこの地上で、
べつのかたちで、それを味わおうとしているのかもしれない。

生と死の狭間 / 息を吸って逝く瞬間 / 生まれてくる獣の力 / 背中にぴったりくっついている死 / デスシミュレーション / 月に一度、人が倒れる / 影から光へ向かう人たち / 「ダーク」「マグマ」「惑星」 / 1を感じて30にして出す / まだ出していない真っ黒な自分 / 闇は等しく包みこむ / 死は一体化、生は分かつ
 

#いきたいラジオ

 

話し手:たけちみり

死ぬことについてどう考えますか?

 

聞き手:しまぴー

1時間のゲームで、なぜ泣いたのか。「ダレカレ」をプレイして考えたこと

 

感想

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サマリー

第9回は、生と死の境界に惹かれる感覚から始まり、みりちゃんが看護師として立ち会った出産や、1歳9ヶ月で亡くなった子ども、祖母の最期を語る。死には悲しみが伴う一方、息を引き取り静かに幕を閉じる現象そのものに美しさと尊さを感じるという。二人はデスカフェや死生観語り場にも触れ、死を語る場では家族や友人など多くの人物や血のつながりが立ち上がると話す。 みりちゃんは幼少期から死を身近に感じ、危険予知や「デスシミュレーション」を繰り返してきた。その感覚は医療現場や現在のコーチングにもつながり、喪失や病気、死を抱えた人が影の感情を味わい尽くして光を見つける過程を支えている。後半では、明るさを演じるよりも自分の「ダークネス」や本来のピュアさを表現すること、反応を社会向けに増幅する疲れ、セッションで自然体になれる感覚を話す。 さらに闇はすべてを包み、死は分離ではなく一体化に近いのではないかという考えへ展開する。夜の営み、ライブ、宗教的体験、食事など、人が一つになる感覚を求める例を挙げ、生まれることを分かつ営み、亡くなることを融合する営みとして捉える。最後は、二人が近く予定している対面での出来事を「ワンネス」の体験として予告し、後編への含みを残して終わる。

生と死の美しさ
はい、たけちみりのいきたいラジオ、本日9回目の収録になります。
はい、来ました。
はーい。
さて。 9回目です。
今日はね、どんな話をしようかっていうわけなんですけども。
うん。
ちょっとね、さっきみりちゃんと少し話していて気になったことがありまして。
はい。
なんかこう、生と死の話がちょっと出てたんですけど。
なんかみりちゃん結構その、その狭間が結構好き?っていうことだったりとか。
もっと言うと死が結構、なんか美しい?みたいな話してたと思うんですけど。
その辺をもう少しね、ちょっと触れてみたくなったので、
ざっくりな感覚で、まずは話をしていけたらと思っておりました。
はい。
そういうのを出すとなんかみんなちょっとこう、引いちゃうみたいなこともあるとかないとか。
そうね。なんかちょっとこう、心地の悪そうな顔をされることが多いね。
へー。
心地が悪い。
心地悪そうに見える。
なんかこの、もともと看護師してたっていうのもあるし。
うん。
割とでもね、子供の頃からそういうのすごく興味があって。
うん。
だからなんかこの、なんていうのかな?難しいな。
この存在、体の中に命が存在する、生まれてくるっていう営みと、
なんかこの死んでいくっていう、抜け殻になっていくみたいな営みの両方がすっごい難しいな。
でも美しいな。美しいし、なんか尊いなっていう感じがすごくするの。
うん。
で、なんか特にすごい私、あの子供が亡くなって、1歳9ヶ月で亡くなって、
その子が亡くなる時が、すごいなんかゆっくり亡くなっていったんだけど、
もうなんか、これ以上はもう体が限界ですっていう感じになって、
もう体が限界だからもう亡くなるでしょ。
なんかその様をね、こうゆっくり見ていったんだけど、
その時もうなんかこう、前もノートに書いたかもだけど、なんかこう、息を引き取るっていうじゃん。
人が死ぬ時って。
うん。
で、本当に子供が、そのなんか息を吸って、で亡くなっていったの。
うん。
で、なんかその吸って吸う、なんか最後のこう、全てを吸い切って亡くなっていくっていう、
なんかその現象もすごい素敵だなって思ったし、
悲しいのはめっちゃあるんだよ。いっぱい感情があるんだけど、なんかその、
心臓が止まって、この膏腸してた体とかの色が、なんかこう、血の毛が引いていく。
吸ってそれもなんか何か引き取るように変わっていく。
なんかその様を見た時に、あ、やっぱり死って美しいなって思って。
それはなんか、感情は横においてね。
なんか、現象として自分が、美しい、死って本当に美しいんだなっていうのを、なんかまた目の当たりにしたっていう体験。
で、なんかそれの体験もあってより、なんかやっぱり生きるも死ぬも同時に美しくて、
すごくあの、本当におごそかとか、尊いとか、そういうなんか現象だといる。
で、生まれればすっごいパワフルで、私あの産科にもいたから、赤ちゃんが生まれてくる現場にも立ち会わせてもらったけども、
本当になんか、獣って感じなんだよね。
お母さんも赤ちゃんもすごいパワフルで、もうなんか、エネルギッシュにうわーって生まれてきても、
本当に抑えてないと赤ちゃん出てくるみたいなね。生くるまで出ちゃダメな時とかあるんだけど。
なんか、それでもこうやっぱ出てくる赤ん坊の力には敵わないみたいな。
なんか、そういうなんか桁魂、このなんか素敵な、ダイナミックな、それもすごい素敵で、本当に大好きだし、
一方でなんかその、なんかね、亡くなる時は、これ多分人それぞれいろんな亡くなり方あるから一概には言えないけど、
その祖母を見送った時も寿命みたいな感じで亡くなって、
その時もすごくあの悲しいけど美しいなって。
こう本当に静かに幕を引くみたいな感じの、生まれる時とはまた違う、なんかエネルギーの美しさがある。
なんかそれが私は両方好きだよっていう話があってさっき。
ちょっとしまって、チラッとしてた。
そうね、聞いててやっぱり死の方が確かになんかすごい静かな感じがするなと思ったら、
最後やっぱりみーちゃんも静かな幕を引きって言ってたから、やっぱり静かな感じを感じてるんだなって思ったし、
確かになんだろうな、BGMだったとしたらやっぱり全然違う感じ、けたたましいとかさ、
ダンジャジャンジャンみたいな。
そうそうそう、本当に。
感じのとなんかこう、本当にこう夏のビーンっていうかもう単音でこうスーッとフェードアウトしてきた感じだったりとか、
最後のピアノの1音がこうどこまでは続いてる感じとか、
あっちの方では美しいっていう世界観になってくるよね。
うん、本当に。
なんかそれに立ち会うってなんか、なかなかないから。
なんかやっぱりね、その医療現場とかで見る、まあいろんな死もあるんだけど、
なんかその静けさの伴う死っていうのは、なんか綺麗だよね。
いろんなものが付随すると死ってすごく怖いとか、いろんな感情が湧いてくるけど、
そのものの、本当すごくもともとの死っていうもののシンプルな現象としては美しい。
くて私はすごく、好きという言葉じゃちょっと表しきれないんだけど、好きだなって思う。
そうなんだね。
デスカフェと死生観を語る場
確かになんか、ちょうど今日もなんか、知人からデスカフェみたいな話を聞いて、
知ってますか?デスカフェ。
知らない。
僕もなんか参加したことあるんですけど、うろ覚えですけど、
多分死生館について話すみたいな、
それこそ、20,30代から60代くらいの人が入って、その場で一人一人語っていくみたいな感じだった気がするんですけど、
まさかタイムリーに今日そういう、それに近い電話だなと思って、
ざっくり言うと、死に対する考えだったりとかするじゃないですか、つまり死生館。
だからきっとみーちゃんはその場でもこの話を繰り広げて、また多様性に一つの花を咲かせるんだろうっていう。
しかしあの、コーチとして独立したぐらいの時に、死生館語り場っていうのを開いたことある。
なんかたまたま出会った人と、こういうの話せる場所欲しいよねって。
開いた。
どうだったんですか、それは。
それもね、すごく良かった。なんか具体的なエピソードは覚えてないんだけど、
なんかこう、またちょっと混じり合い方が違うよね。
混じり合い方。
そう、それこそなんか例えばだけど、目標に向かっていく人たちが集まっていく時のこの、やっぱそのエネルギー、そこで繰り広げられるエネルギー感と、
なんかこの死生館とか死について語る中で話すものって、なんかその、もっと奥行きが出てくるよね。
死について話す時って、やっぱこう受け継いできたなんか、血の流れがより濃厚に出てくる感じがする。
なんかこう、お父さんの話とか例えば、家族の話、友達の死の話とか、いろんな話が出てきて、
やっぱ自分が生きる、生きるよりもなぜか不思議だけど、死の時の方が登場人物が多いイメージだったかな、死生館の話した時。
なんでだろう。
ね。
なんかさっきの話の中で、また立ち会ったっていう、またみたいな言葉があったんですけど、
逆になんかこういう死に立ち会うことで、その美しいだったりとか、そういう尊いみたいなのは、
昔もそういうことを感じたことがあるのか、またそこは別なんですか。
死を身近に感じる感覚と危険予知
なんだろう。なんか子供の頃って、死んだらどうなるのって、誰もが聞いたことあるのではないかって思うんだけど。
そっちがね、すごい興味があったんだよ、昔から。
なんで生まれるのかも気になるけど、生まれてるからかね。
自分がもうすでに死んでいく方が気になるし、
でもなんか気になるのは、子供の頃から気になるのはそういうのだったし、生の話もだし、
なんかよく図書室行って、小学校の時に、そういうコーナーあるじゃん。
生のコーナーとか、生死の。
こんなにありましたっけ。
あったの。私の中ではあったんだけど、なんかそういうところに行って、本を読む。
そういうのをよくやってて。
それはあったし、でも子供の頃から、なんでだろう、寺が近くにあったからかな、お寺が。
なんか、死ってすごい身近なんだよね、私の中に。
みんなそんなこと思うのかな。
私だから、昔コーチング習ってセッションした時に、なんかどっかのノートでも書いたんだけど、
死がすごく、後ろにぴったりくっついてるって感じなの、自分は。
今でこそこうやって喋るけど、昔はその死があまりに自分の背中の後ろにぴったりくっついてるから、
その人に気づいてるってことに気づかれないように生きていかなきゃって思ってて。
あ、そう。はいはいはい。
そうなの。昔なんかそんなイメージがあって、それぐらい自分にぴったりくっついてる。
生がくっついてる、生きる方の生がくっついてるってよりは、死の方がぴったり後ろにずっといるって感じ。
の感覚。
身近っていうか、くっついてるレベルで近いんだ。
くっついてるレベルなの、そうなの。
でもそれはいつの間にかって感じなの?
そう、でもずっとそんな感じで。
だからなんかその感覚があるからか知らないけど、いつも危険予知トレーニングをめっちゃしちゃう。
なんかその、もしこの時にこんなことが起きたらどうやって逃げようかなっていう避難経路を確認するとか、
最近はなくなったけど、
なんか、この人変な動きするから要注意だなとか。
小学生の時も、あの車の動きが変だから不自然だからナンバーをメモっとこうとか。
ナンバーメモるまで行く?
ナンバーメモるしてたの、とかちゃんと覚えてて、
この辺りで何か事件があったって言ったら、怪しい車見ましたって言えるぐらいには納得かないとなみたいなこともながらに考えてた。
なるほど。
それが前段でちょっと話してた、油断するとちょっとネガティブな発言が出ちゃうっていうのは、
そう。
そういう部分につながってるんだ。
そうなんだと思う。
だからよくね、そう言われる人に、一緒にいる人に、
え、なんでそんなに悪いことばっかり言うの?って言われるんだけど、
自分の中ではスッと出てくるんだよね、なんか。
だって、死が後ろにぴったりくっついてるから。
そう、だから子供の頃とかも、海にうっかり車で落ちた時は、いつのタイミングでドアが開いて、
いつのタイミングなら一番助かるって、
例えばフォークがあると窓が割れるらしいっていうのを知って、
なるほど、フォークは必須だなとか、子供にながらに考えて。
シミュレーションが半端ないですね、デスシミュレーションが。
そうなの、デスシミュレーションすごいしてる、不思議だよね。
それは、なかなかちょっと、平均値から確かに外れてるところかもしれないですね。
そうか、そうなのか。
常になんか、だから警戒というか、基本的には油断しないようにっていうか、
気をつけてますよね、周辺を。
だいぶそうではなくなってきた気がするけど、
でもなんかそういう癖があるんだよね、きっとね。
めっちゃ面白いですね、その癖。
そう、これ何かの回でもしかしたら話したかも。
だから月に1回、人が目の前で倒れる話したっけ?
えっと?何でしたっけそれ?
なんかね、月に1回はね、人が目の前で倒れる。
なんてこと?ミリちゃんが。
でもなんか多分ね、そういうアンテナを立ててるから、出会っちゃうのかね。
月に1回、ミリちゃんの前で人が倒れてるんですか?
そうなの、だからパートナーもなんか、
いやまた、ミリちゃんと出会ってからやたら人が倒れるなってなって、
これ月に1回の絶対あるイベントみたいな感じなのって言って、
最初はうんって感じだったけど、
なんかパートナーも理解して来てくれて、
あ、今月は今日だったかみたいな。
ちょっと待って待って。
今月ないと思ったらギリギリ来たなみたいな感じ。
そんな定例イベントみたいにされても。
そうなの、でも何か起こるのは不思議だよね。
いやいやいや、ちょっと待って。
ないよ、全然そんなこと、こっちは。
そっかー。
そんなの?
コナンか。
街中とかそういう公共の場所で知らない人が倒れるみたいなイメージってあってますか?
そうそうそうそう。
熱中症とかね、それこそ温泉行ってても温泉入ったら、
私の目の前で人か女の子がプワーって倒れて、
もう大丈夫かみたいな。
後ろ目向いてる、やばいみたいな。
ほとんどの人が多分みんなね、はてなマークか、おたついてると思うけど、
めったにないイベントだと思うんですよね。
そうだよね。
だからね、このなんかね、あるのかな、わかんないけど、
その、医療現場で働いてる時も、ミリちゃんが夜勤の日はなんかある、
なんかそれは悪いことってか、急にお産が進むとか、
急に入院が来るとか、いろんなことが、とりあえずイベントがあるっていう。
すっげー。
イベントが起きちゃうんだ。
そんなの?
いや、まさにこれはもう、イベント会社やった方がいいんじゃないですか。
自らね。
起きるからさ。
起こしちゃう。
いや、イベント会社もありですね。
どんなイベントになっちゃうかわかんないけど。
イベントの才能を持ちし者。
確かに。
いや、そうなんですよ。だからなんか、
持ってなんか、持って生まれてるなんかがあるのか、
自分がそのなんか意識してるからこう、起こるのか。
そういうやつか、なるほど。
うん、ちょっとわかんないけど。
なんだろうこれ。
興味深いね、非常に。
みりちゃんがだからもう、変な話してきますけど、
現実を作り出していくっていうか、
変てこりの話かもしれないですけど、
とある世界ではなんかその、
何だろうね、この周波数的にね、
自分が望んだ世界を作ることができるみたいな、
そういう話もあるみたいですけど、
みりちゃんが昔からシミュレーションを繰り返して
トレーニングしてきたことによって、
ちゃんとそれがこう、むしろ、
現実化していくっていう。
幻想となって現れ始めるっていう。
すごいね。
みなさん、超能力はこういうものなのかもしれません。
ね。
そう、だからいつもこう、歩きながら。
でもそう、歩きながらもなんか、
やっぱね、シミュレーションしてるからそうなっちゃうのかな。
不思議だね。
医療経験からコーチングへ
まあでも、医療現場で働いてたからっていう、
なんかその、
そういう職業柄はある気がするね。
だからある意味、医療現場は、
結構そのシミュレーションだったり、
死がずっと後ろにくっついてた人からすると、
かなり適性はあったんですかね。
かもしれないよね。
あのまあ、生まれる側の方にいたけど、
なんかそういうなんか、
なじみはあったのかもしれないね。
そうっすよね。
そこからの対人支援というかね、
今のようなフィールドに来てますけど、
そこの親和性みたいなのはみーちゃんは感じてるんですか?
ちなみに。
ありがとう。
まあそういう意味では、
なんかその今やってるコーチングは、
その影の部分も扱うじゃん。
そういう意味ですごく合ってるのかなね。
ですね。
これがなんか光側だけにこうフォーカスする何かであれば、
たぶん私はフィットしてないと。
なるほどな。
みなさんこの光と影って言ったのは、
太陽とかの話じゃないですからね。
全体性の話ですね。
人間のその全体性の話としてのアビリティ。
心理学で言うシャドウという用語に寄っている感じですかね。
今の影とか。
日常の言葉よりはそっち寄りってことですかね。
そう、そうだね。
なんかそういうセッションも多いですね。
私は結構クライアントさん。
喪失を抱える人が光を見つけるまで
影から光に向かっていくっていうフェーズの人がすごく多い。
クライアントさんのこの、
いただくとき。
来てくれるときは、
ちょっと人生のネガティブな場面に入っていると感じている人が多い。
ネガティブな方に入っている。
そういう状況というか状態?
自覚がそういう状況である。
こういう風になりたいんですっていう感じで来る人っていうよりは、
人生に刻まっているとか、
例えば誰かの家族の病気だったり死だったり、
昔体験した近い人の死っていうのがずっと忘れられなくて、
自分はどう生きていったらいいんだろうっていうような人から、
申し込んでくれることが多い。
どちらかというと晴れっていうか雨の感じがするんですけど、
暗くてすごく落ちるような、
ズーンという人が結構申し込まれることがあると。
多いですね。
その方々が光に行った時の感動をたるやみたいな。
感じもある。
例えばそういった方々がみりちゃんと話をしたりすると、
どういう風に光に転じていくというか、
それもある意味狭間の気もするんですけど、光と影の。
こういう感じっていう、みりちゃんの中で覚えているようなことっていうか、
傾向としてあるのか、どんな感じなんですか?
ありがとうございます。
これはもうね、
バレたね、シャドウってさっきしまっぴーが言ってくれたように、
見ないようにしている影の部分をすごく見る。
感情もだし。
結構ネガティブな時ってブロックされていることが多いから、
体の感覚からちょっとずつ味わうとか、
言葉になる前のものをちょっとずつ丁寧に扱っていって、
ただ泣くだけの回とかもあるし、
言葉を出さずに体の感覚だけ味わうとかもあるし、
そしてちょっとずつちょっとずつ溢れていって、
溢れ切った先に光が見えてくるっていうような、
すごい抽象的だけど、
感覚が多いかな。
確かにその狭間。
だから光を迎えたら卒業される方が多いですね。
光を迎えたら卒業される。
光が見えて、
私はこんなに自分のことを信じれるとか、
自分はこんな風に生きていていいんだみたいな、
そういうことに気づくと、私としては卒業だなって思うし、
向こうからも卒業かな、
ちょっと違う人の接しに受けてみたくなって、
そうだよねってなって大体卒業。
これはすごく面白いですね。
なんかみりちゃんのポジションというか、
私のヒールドはここっていうのはすごく見える気がするというか、
あなたもここは次のフェーズっていう感じで、
みりちゃんがもう促してるというか、
まさに卒業していくというか。
確かに。コーチング始めた時は、
自分の子供のこともあったし、産科とかで働いてたから、
子育て中のお母さんとかお父さんの届けるコーチングをしたいと思って始めてたんだけど、
どうやらこのプロフィールを見て、
みんながプロフィール見て、
私も大事な人なくしててとか、
そっちで来てくれることが増えて、
あれ?私ってもしかしてニーズがそちらにあるってなって、
自分自身もでも消化しきれてない子供のこととか、
自分の喪失のいろんな経験があったから、
ゲスタルトやったり、
グリーフケアとかも勉強したので、
結果的に自分としてもそっちにポジションがいった。
し、最初の話すると、
自分が感じてる死の近さとかでいくと、
多分そっち側なんだ。
なるほど。
いろいろだから折り重なってるというか、
いろんな流れが結果的に集まってきてる感覚がやっぱり効いててある。
そもそもの幼少時代からのその感覚だったりとか。
例えるなら、
どっちかというと太陽さんさんみたいな感じで来た人が、
見せたい、今の。
かわいそう。
ずまままって人が来た時に、
この夏の楽さというか、
このギャップにチューニングするのがかなりしんどいんじゃないかなというか、
感覚ですけど。
ゆえにみーちゃんみたいに最初からデスシミュレーションをしてきたぐらいの感じ。
そういう感じで身近だったりとか、
そういう女子も経験したっていうこととかも集まってた時に、
メインフィールドも展開されてるっていうか。
ようこそっていう。
よかったなって、やっててよかったなって思うのは、
全然コーチングとかと関係なく、
昔の友達とかが、
身近な方がなくなって、
誰に話していいかわからなくて、
ちょっと電話してもいいって電話かかってくるとか、
それはもう大歓迎だし、
やっててよかったって思う。
セッションとかお金とかっていう話ではなく、
そういう時に、私がいなかったから、
誰に話していいかわからない時に思い浮かぶ人の一人として、
存在できてるのはとても嬉しいなって感じるから。
いや、確かに。
第一早期だよね、100%これ。
そうだといいね。
すごいブランディングみたいな言葉なんですけど、
あみりちゃんっていうね。
全然いつでも頼ってくれって感じ。
そしてそのフィールドにいる時だったり、
そういう風に誰かの話を聞いたりするっていう、
あるいは立ち会ったりするっていうことに関しては、
みりちゃんは別に何だろう、
そこまで不自然な状態というかは、
割と自然な感じでいられるってことなの?
そうだと思う。
っていうことになった時に、
みんなのポジショニングっていうか、
その人のフィールドってどんな感じなんだろうっていうのは、
興味深いと思ってて。
それぞれのね。
たぶんやっぱりあるだろうなって思うし、
一人一人の。
そこに入れてるのかなとか、
そこはでも見ないようにして、
でも私はあっちのフィールドなんだみたいな、
感じで言ってる人もいるんだろうけど、
なんかうまくこう、
まるでファンタジーの街みたいに、
お互いの自分のフィールドがちゃんとこう、
パチパチパチと組み合わさっていくと、
すごい自然なんだろうなみたいな、
ちょっと思ったりしたんだけど。
ダークネスとピュアさの表現
でもこれ私なんか、
葛藤があって、
いいなって思うの。
例えば自分がすごく自然体でいながら、
風みたいな人とか、
お花みたいな人とか、
いるじゃん、太陽みたいな人とか。
います、います、はい。
きっとそれぞれに、
さっきの全体性でいうと、
光と影はあるんだろうけど、
いやでも、
お花に対してすっごいやっていう人あんまいないじゃんって、
私の中でも思ってて、
そういうところで、
そういうときに、私って結構人から言われるのが、
ダークだとか、
マグマっぽいとか、
惑星だとか、
そういうことを言われると、
ちょっとなんか、
意味嫌われるポジションの時があるって、
自分では思っていて、
自分が発揮すれば発揮するほど、
怖がられていく時があるのよ。
そういうときに、
ピュアになればなるほど、
ダークネスに向かっていく自分に、
最近は結構感動があって、
でもなんか、
そこにでももやつきがあるから、
ここにきっと、
もっとダークネスになっていく、
このプロセスなんだろうなって思ってて、
それは自分なりのピュアさなんだろうな、
っていう感じが。
確かに、惑星マグマとかさ、
異形のコースだもんね。
恐れ多いだったりとか、
なんていうの?
壮大ゆえに、
難しい字のほうの恐れ。
恐れです。
でも、コーチング始めたくらいのときは、
ものすごく自分の中で、
頑張って大花とか、
明るいとか、
爽やかとか、
やりたい、やりたいっていうか、
そっちで、
知らない間にそっちで言おうとしてた部分とあって、
でもなんかもう観念し始めた。
最近は。
もっとダークネス出せちゃう感じ?
相当出してないと思ってるけどね、私自身では。
出してないように、
してると思うんだけどな。
垣間見えてるとは思うけどね。
例えば、ダークネス、
普段何パーセントぐらいに出力を抑えてる?
自覚、お持ちですか?
難しいよね。2パーとかじゃない?
100パーでいいですか?上限。
うちの2パー。
まだ抑えてると思ってる。
自覚ではね。
わかんない、もうダダ漏れてるかもしれないから。
実は80とかかもしれない。
例えば漏れてるとしても、
自覚のところでみーちゃんの中で、
50、60ぐらいに出力を開放してたとするじゃないですか。
今、例えばこうバーっと。
そうなってくると、何が変わってくるんですか?
発言なのか、行動なのか、思考回路なのか、
どんな感じになってくるんですか?
どんな感じなんだろうね。
発言とかは変わるのか。
基本的に多分あんまり喋らなくていいかもって思ってるからね。
発言が減るっていうのもあるかも。
発言が減る。
減ったことによってみーちゃんは、
何かしらを考えたり感じ取ったりしてるっていう感じなの?
確かに。
自分の中でちょっとした心の動きを大きくやるっていうのをやってて、普段。
なるほど。
分かる?
それをやらないとうまくいかないってあったことがあるから。
うまくいかない。
何考えてるか分かんないみたいになっちゃうんで。
反応がない人みたいな。
だから自分の中でちょっと反応があった時は、
こういうのを人は出してるんだろうなと思って出すとかはやってるかもしれない。
微弱なパルスというか波形を増幅させてる感じですかね。
嘘が全くついてなくて、
全くゼロのものを10にするってことはないんだけど、
自分の心の動きが1を30で表現するとかはしてるかもしれない。
なるほどね。
それはあるかな。
ダークネスによっていくとその増幅の部分がなくなって、
基本1ってちょっとちっちゃいパルスになっていくというか。
分かんないね。
一回そっちにやりきったら多分真ん中に戻ってくるんだろうけど、
多分発揮しきってないっていうのがあるんだろうね。
見たいな。
何考えてるか分かんない。
思ったより無口なやつなんですか?
そうだと思う。
本当にでもそうだと思ってて。
そうなんだ。
ちゃんと喋りなさいとかって言われたもんね、昔。
ちゃんと笑いなさいとか親から言われて、
いや、でも面白くない時に笑うの難しいなみたいな。
思ってたことがあった。
社会的な部分というか。
増幅するのって思い当たることもあるなと思ったし、
疲れるし、それやること自体も。
ですし、その増幅度合いがすごい人と一緒にいるのも疲れるっていう感じもする。
いやー、分かる分かる。
そうですよね。
はい、はい、みたいな。
いやー、分かる分かる。
そんなに多分あなたと一緒にいるときに、
あなた、実際の波形も低いよねってわかるから、
ここで来ていいよって自分は思っちゃうんですけど。
そうだよね。
その頑張りも少し減らしたいなみたいなのは個人的に思ったりします。
今の会社の一緒にやってるミーティングは割とあんまり反応せずに生きていける気がする。
比較的。
だからそういう意味でもセッションは割と楽なのかもしれないね。
自分の反応があったときにその場に持ち込むっていう問いを投げるとか。
っていう感じだから。
なんかそういう意味でもあってるのかもしれない。
セッションとかカウンセリングとかは。
漏らずにいける?
すごく自然体な状態な気がする。セッションの時。
それはきっとその2人の場にも出てて、相手にもそれが影響が多分及んでるだろうね。
うん。
そこが自分の中で表現ができたら、もっといろんな人と交じり合えるんだろうなという気もする。
自分の中でね、自分のピュアな部分がもっと表現しきれると、
相手もピュアな部分が出せる反応しあって。
私が自分のピュアさを表現しきれてないまま人と関わると、向こうも表現しきれないままなことってあるんだろうなと思うと、
自分のピュアさを表現するっていうのは、大臣支援者としても課題なんだろうなっていう感じがする。
みりちゃんもまだそのピュアさ、自分の中のそういった部分はまだちょっと出し切れてないっていう感覚がある。
うん、なんか出し切れてるなって思ってる時期もあったけど、なんか短給重ねれば重ねるほど嫌。
まだまだ、なんかあり、あった。なんかめっちゃある気がするっていう最近。
うんうんうん。
あるな。
ちょっとずつなんかそこが変わってきてる気がするけど、まだまだですね。
今段階で、今今で、みりちゃんの中で次はこんな自分をちょっともう少し出してみたいみたいな、そういうなんか兆しみたいなのはあるんですか?
闇と一体化する感覚
あるかも。なんかその、自分のなんか奥の方にいる、なんか本当の真っ黒みたいな。
なんかそういう、ちょっと調整されて見えやすくなった黒っていうよりは本当の真っ黒みたいな自分が出てくるといいんだ。
調整された黒っていう感じではなく。
なんか聞いててなんか、まさにダークネスっていうかさ、あと闇、闇って感じもするし。
みりちゃんぽくて、個人的にはいいなと思ったけど、全てを包み込むのは闇だから。
漫画かな?光は何かを照らすっていう風に、照らすものっていう風に区別するというか、分けちゃうけど、闇は等しく全てを包むっていうのを最近どっかで見たなって思い出した。
なんかそれにはそれなりの現象があるんだね。
なんかそういう意味でいくと、私あの子供がいて、子供のこと大好きだけど、自分の子供と同じように他の子供のことも本当に好きで、
なんかそういう意味でこの平等性がある。
誰々が特別みたいなんてあんまりないので、割といろんな人に悲しい思いをさせてきたことがあったなっていうのを今思い出しました。
それは例えばパートナーも等しく怒るってことかな?違う?
最近はね、そうでもなくなってきたから変化してるのかなって思うんだけど。
なんかあの、メンタルモデルで言うとめっちゃ一人ぼっちモデルだなんで。
あ、そうなんですね。
一人ぼっちかワンネスかっていう。
はいはいはい。
ちなみに私も一人ぼっちっぽいらしいですけど。
あら、同じです。
ワンネス目指す派みたいな。
じゃあダークネスですね。
そうですね。ダークネス先輩。
スポットライトではないですね。
今日お互いに真っ暗な服着て、用意されたかのようでしたね。
はい、ダークネス界かもしれないです。
うーん、ね。
え?闇鍋でもしますか?
闇鍋しますか?
ダークネス。
闇鍋ね。ダークネス界しますか?
ちゃんと部屋暗くして。
あ、でもちょっと思い出したけど、なんか前もどっかで話しましたけど、
なんかダンス、ん?ダーク、ん?インザダーク。
こっちになってない?今映画とこっちになったな。
えーと、闇の中で色々体験するみたいな。
はいはいはい。
なんかもう。
なんか今思えば、こう、闇の中すごく、なんか良かった。
いやー、ね。いいよね。そう。
闇ってあの、エロスがある。
いいですね。なんででしょうね。
えー、なんでだろうね。
他の寺とかにもなんか、前も言ったかな?その、
寺の下入ってくと真っ暗で、そこを回るみたいな。
お堂巡りなんだったかな?
タイ。タイ。
あ、そんな感じの。
タイ、タイ、タイ。
お腹の中のやつだよね。タイ。
あれは良かったから、なんか、なんかあるな。
暗いとさ、なんかやっぱり、まさに闇の中だと、自分もさ、なんかもう、
闇と一体化してる感じじゃないですか。だってもう、
どこからが自分かっていうその、まさに、
これがファンですか?みたいな浅い、浅い理解しちゃいそうになるんだけど。
融合してる感じというか、溶け出しちゃってる感じとか、
あれは結構、嫌いじゃないですけどね。
ね。
一つになりたいの極地っていうかさ。
生まれることと死ぬことの循環
あー。なんかそれでいくとなんか、
生まれるっていう方はなんか分かつイメージだけど、
あー。
亡くなるっていう方は一体化っていうイメージが強いのかもね。
面白い。
もしかしたら。
それはなんか確かに循環してる感じがするっていうか。
うーん。
だから一体化して、またこう光になって、
分かつ。
分かれて、
それをこう、ぐるぐるぐるぐると。
うーん。
じゃあ私もなんか死が美しいと思うのはなんか、
死そのものの現象もだけどなんか、
一体化していくっていうことへの、
ワンレスになるっていうことへの憧れというか、
あそこへの希望みたいなものがあるのかもしれない。
一体化する憧れ。
そしてそれは、
この地上に生まれ落ちた私たちは、
いろんな手段でそれを体験しようとするっていう。
例えばそれが人によっては、
夜の営みであったり、
なんか、ライブとかそういう会場との一体感であったり、
宗教的な体験であったりとか。
だからほら、みーちゃんとこの間、
知人とご飯食べたときとかも、
食と融合していく感じとか。
目を閉じて混ざり合っていくので。
いやーそうだよね。
うまいってね。
あれもすごいエロスだよね、食べるってね。
一つになってますから。
一つになるからね、本当に。
確かに。それが欲求かな、人間の。
そうですね。
特になんかね、
メンタルモデルって話もありましたけど、
そこがより強く出やすいなのか、
そういうのあるのかもしれないですね。
ちょっとホンネスとはっていうのは別でね、
論じてみたいですけど、全然僕、
なんのこっちゃのところもあるんで、正直。
そういうのです。
じゃあ、どうするかな、後編でちょっとそろそろ。
そうだね。
今日はどんな感じだったんですかね、我々の話は。
どんな感じだったんでしょう。
今日はなんか、私も電気つけずに話したいって、
黒くして入ったり、なんか予兆があったというか。
確かに。
今日これをなんか話されるべくして話したような気もしますし、
私たちは来週、対面で会う予定があるので、
そこでなんか、そこのなんか、え、なに。
含みがある感じに問われないかと、僕は心配になりましたよ。
なんで会うんだみたいなね。
確かに。
対面で会ってそこの伏線というか、
公のね、ちゃんと予定ですね。
はい、すいません。
どこまで言っていいのか分からなかったから。
はい、ないですよね。
謎にドキドキさせちゃうとちょっとあれなので。
はい、すいません。言っていいかちょっと分からなくて。
公の会がありますのでね。
前哨戦なのか分からないですけど。
ね、なんかでも回収されていくような気もします。
確かに。
なので、またちょっと終わったら収録しましょう。
そうですね、確かに。
皆さま気になると思うので、どんな体験をしたのかっていう。
ね、ワンレスになってまいります。
はい、ワンレスを体験してきます。
体験してきます。
はい、じゃあここまでにしましょう。
ありがとう。
ではでは、またね。
51:26

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