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#275『映画「急に具合が悪くなる」を見て』ノスタルジー鈴木
2026-07-19 13:54

#275『映画「急に具合が悪くなる」を見て』ノスタルジー鈴木

映画『急に具合が悪くなる』(濵口竜介監督)を見たノスタルジー鈴木が市川市のストリートからお届けする通算275回目の !ka !ch!kawa #イカ市川 です。
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サマリー

ノスタルジー鈴木がDJ稲村ジェイン不在の中、映画『急に具合が悪くなる』をテーマに、立場や役割の異なる人々がどのように関わり合うかについて考察する。介護施設や演劇の舞台を例に、境界線を曖昧にし、相互理解を深めようとする試みが描かれていることを紹介。この映画が、地域活動や他者との関わりに悩む人々にとって、新たな視点や考えるきっかけを与えてくれると語っている。

オープニングとDJ不在の告知
みなさん、ご無沙汰しております。 ノスタルジー鈴木です。
えっとですね、イカ市川第275回かな? 多分今日は通算275回目の放送なんですが、ちょっとですね、間が空いてしまいました。
本日は西暦2026年の7月の19日なんですが、確か前回は5月だったかな?と思うんですよね。
なので、今7月の19日後半に差し掛かってまいりますけれども、もう夏真っ盛りというわけですね。
えっと、いつもですね、このイカ市川を一緒にお届けしている、私のパートナーでもあるDJ稲村ジェインさんですが、
ちょっと今日はですね、7月19日真夏ということで、この暑さに耐えきれずですね。
というと、このイカ市川の収録はですね、スタジオで収録するか、または市川市内のですね、どこかストリートから、ストリートで収録するということが多いんですが、
本日はストリートから収録しようと提案したんですが、ちょっとこの暑さの中では、円天下、あるいは屋根があったとしても外でストリートでの収録というのはちょっときついなということで、
いやあまりと断られてしまいまして、私、ノスタルジー鈴木のソロDJスタイルという、ちょっと珍しいスタイルでお届けしています。
イカ市川通算275回目だと思いますが、この放送。
映画『急に具合が悪くなる』の紹介
でですね、このイカ市川、大体この市川市にまつわるいろんなことをお話しすることが多いんですが、
ちょっと一つお話を、市川市のというわけじゃないんですが、市川市にも関わらせようと思えば関わりのある話になるなということでお話したいのが、
私がですね、最近見た映画の一つでありまして、映画館で見た映画の一つがありますが、
その映画が浜口隆介監督というですね、監督の急に具合が悪くなるというタイトルの、ちょっと変わったタイトルなんですが、その映画でございまして、
この映画がですね、監督の名前今申し上げましたが、日本人ということもあって、日本語で演じられる場面もあるにはあるんですが、
そして登場人物に日本人がいるんですが、そしてその映画の舞台となっている場所は日本語もあるんですが、実は大部分がですね、フランスですね、あれは。
ちょっと今ノイズがいろいろと聞こえているかもしれませんが、外国で撮影が行われていて、外国人のアクター、アクトリス、役者もたくさん出てくるということで、
外国語で語られるセリフがやり取りされる部分も非常に多い、そんな作品なんですが、この急に具合が悪くなるという映画なんですが、
映画に見る「関わり方」の考察
今日この映画に言及した理由がありまして、何かというと、私たち稲村さんとかが参画している市川市でまちづくりを行うNPOがありまして、フリースタイル市川というNPOなんですが、
ここでまちづくりと称して、地域で活動するいろんな団体と一緒にコラボしたりすることもありますし、私たちが単独でイベントを主催することもあったりするんですが、そんな場合でもですね、
そういう時って関わり方というか、例えばイベントの主催者がいて、参加者がいてとか、あるいはイベントでお呼びするゲストの人がいて、その人にしゃべってもらって、私たちが裏語りを支えて、
お客さんが参加するみたいな形で、そういうよくあるイベントみたいなものを企画して実行したりするんですけれども、どうしてもそういう時って、それぞれ立場、役割が異なる立場で参加して、異なる役割で関わるのはよくあることだと思うんですが、
この映画でですね、例えば介護施設に勤務する人がいて、一方、そこに入居されている方がいると、いわゆる老人ホームのようなところですね、そこで入居されている人がいる、その人たちを支援するスタッフがいるとか、
そのスタッフの中にもいろんなマネジメントというか、現場のマネジメントをする人がいれば、特に現場で働く、みんな働いているんですけど、そこでもいろいろな役割があったりするということがあったり、
あと、演劇の舞台があって、実際にはフラットになっていない、客席とステージの高さの違いがあまりないタイプの劇場が、シアターが出てくるんですが、
一般的に舞台とかっていうのは、ステージがあって客席があって空間が分かれていて、演ずる人がいて、見る人がいてって大きく分かれますよね、分かれますが、この映画の中で舞台の場面が描かれるところではですね、
かなり見る人というのは明確に分かれてはいますが、かなり壁を高さを低くしようというか、境界線を、線の太さを細くしようというか、あるいはその線の濃さを細くしようというかですね、そういう工夫というか、そういうことをしようとしていることが非常に色濃く伝わってくる、そういう作品でしたね。
さっき言った介護施設においていろんな立場役割があるんだけれども、そういうものをもちろん完全にフラットにするわけにはいかないわけですよね。みんなが同じ立場になっているから混ざり合っているわけではないんだけれども、
でも、なるべく2分か3分化されるところを、たとえば玉庭というところであるときには時間的に境界のボーダーラインをなくすという試みだったりとか、空間的に場所として、この場所では普段よりも互いの違いというものを、
自然に受け入れながら関わる場所にしようというふうにしていたりとか、さまざまあると思うんですね。演劇の場合も含めて。演劇とか介護施設とか、他にもあったと思うんですが、
例えば話す言葉が同じであっても、もともとの母語が違うとか、いろんな出身の国が違ったりとか、本当にさまざまなんですが、いろんな違う人たちが当然登場して、違いを持った人たちが登場する、あるいは違いを持った人たちが関わる職場みたいなところとか、ステージみたいなものがあったりするんですが、
そこで立場の違う人たちがどう関わっていくのかみたいなことを描いた作品だなというふうに私は思いまして、
映画のタイトルと原作について
もちろん急に具合が悪くなるというタイトルが、急にある病気が起こっている人がいて、普段そんなに状況が悪く見えないんだけども、急に具合が悪くなったりすることも起こり得るというようなことを意味するタイトルであるんですね。
実は原作がですね、私も詳しく情報を持っているわけではないんですけども、原作がありますので、こういう映画って大体原作がある場合って小説とかですね、そういうものが小説を映画化するみたいなことがよくあったりします。
場合によっては漫画の場合もあったりすると思うんですが。
でですね、この急に具合が悪くなるっていうのは、原作の本があるんですが、これが確か往復書館、手紙のやり取りですね。
確か手紙のやり取りみたいなものが見えるかもしれませんが、2人の人が登場してそれぞれがメッセージをやり取りしているというタイプの、確かそれをまとめて本にして出されているものだったような気がするんですけれども、
これをですね、映画作品としてはストーリーものの映画として作っているという、なかなか原作ものだりながらそれを形式というか、本から映画へというのがよくある形式のチェンジですけど、
それも物語じゃないものを物語化するという風な作り方をしているのかな、みたいなことも含めてですね、違いみたいなものを他によって乗り越えて、乗り越えようとするお話でもあるなという風にも思うわけですね、その作り方の成り立ちからして。
他者との関わりと地域活動への示唆
というわけで、私が何を話しているかよくさっぱり分からないなと思いながら聴いてリッスンしている方もいると思うんですが、この急に具合が悪くなるという話はですね、私とか稲村さんが関わっているような街づくりの活動をしている人はもちろんですけど、
そうじゃない人たちもですね、本当に誰かと他者との関わりというものを対等な立場だと思われるような人たちとしての会話とかはちょっと違うかもしれませんが、
例えば、労働的に働きかける人とそれを受ける聴き役の人とか、いろいろ立場ってあると思うんですが、会話の場合であったりすると、もちろん立場が違うと明確に分かっているから、会話なり関係に立ち入りやすい場合というか、その役割が明確ながら参加しやすいというものももちろんあります。
この映画を見るとですね、他人との関わり方っていろいろあるんだけれども、ちょっと今目の前に車が路上駐車みたいなことをしていたので、そこを抜けてきました。
ちょうど私、さっき千葉県市川市の鬼高地地域からですね、今ここは、住所は何なのか分かりませんが、南岡田かな。JRの本屋田駅の近くで、今ちょうど鉄道の音が聞こえたかもしれませんが、千葉船橋方面から市川東京都方面に向かって走る電車が、ちょうど総武線の普通だと思いますが、本屋田駅に止まろうという電車の音が聞こえたところでした。
けれども、今日はそんな急に具合が悪くなるという映画の紹介をしながらですね、立場とか役割が違う人と人同士が関わる場作りみたいなところで、ちょっといろいろとAとBって明確に分かれた異なる立場の存在をそのままにするというよりは、何らかの意図があって、
それを、その関係を少し変えていこうと。両方ともAにするとか、両方Bにするというわけでは必ずしもないんですけれども、AとBは全く違うんだよとか、ギブアンドテイクとか、支えられるとか、何かをしてあげる方としてもらう方という形での、になりやすい関係性というものを少し変えようという、
桑田っていうところか、試みがふんだんに盛り込まれているし、あと意図的に何かの形を変えようと、何らかの模範があって変えようという、そもそも作品の成立が往復書館的なものをですね、物語に変えるという、ちょっとトリッキーな形での映画化だったかなというふうにも思うので、非常にユニークな成立の映画で、
市川市で地域活動をしている人はもちろんですけど、市川市じゃないところで地域活動をしている人もそうだし、誰かと関わったり、団体に属していたり、いろいろとご自身で苦労しながらも何かと関わっている人は、この映画を見るといろいろと考えるきっかけが得られるのかなというふうに、とても強く思った、そんな作品でございました。
エンディング
というわけで、そろそろ、いか市川第275回目の放送は、この辺で終了したいと思います。
今日7月19日ですけど、2026年の、また遠くない未来にですね、276回目かな、お届けしたいなと思っています。
それでは、またお見に帰りましょう。ノスタロジー鈴木でした。
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