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2026-10-17 17:09

伊秩弘将のMusic Share Lounge 第14回 SPEEDデビュー30周年 ソロ活動~再結成編②

音楽活動歴40年の音楽プロデューサー伊秩弘将が過去、現在、未来を俯瞰しながら音楽の魅力と本日をプロの視点でゆっくり共有するラウンジトーク番組。

第14回 SPEEDデビュー30周年 ソロ活動~再結成編②

今井絵理子さんの話とSPEED再結成~アルバム「BRIDGE」。

出演:伊秩弘将

制作・著作:アワーソングス第2制作部 2nd Lab.

https://oursongs2ndlab.com

https://x.com/OS_2ndlab

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サマリー

伊秩弘将が、今井絵理子のソロ活動で意識した音楽的な色分けを振り返る。SPEED時代のポピュラリティを残しつつ、16歳の街の女の子としてのリアルさや、母音のエッジ、笑顔の魅力を「レッドビート」「LOVE IS MAGIC」「My Place」などで表現したと語る。解散後に他の作家が今井絵理子や島袋寛子へ曲を書くようになったことで、新しい風が入り、自身もSPEEDを俯瞰して見られるようになったという。特に葉山拓亮による「Treasure」や「Identity」を、本人たちに新たな魅力をもたらした曲として評価する。 後半では、2001年の復興支援イベントをきっかけに制作したSPEEDの「One More Dream」を取り上げる。伊秩は復興へのメッセージと、再び4人で集まれたアンコールのような気持ちを重ね、変化を恐れずその先を見ようという歌詞を込めた。ソロ活動を経た4人は、以前より成長した一方で、1人ずつの人生を持ちながら4人で一つになる存在として戻ってきた。期間限定再結成後のアルバム「BRIDGE」では、作家やアレンジャーの異なるカラーを交互に配置し、タイトル通り人や音楽をつなぐ構成にした。平均年齢20歳のSPEEDと、20歳当時の伊秩が作った曲を結びつける仕掛けにも触れ、めまぐるしい再結成の流れを振り返る。

今井絵理子のソロで描いた16歳のリアル
伊秩弘将のMusic Share Lounge
リマエリコさん、ヒロとはどう色分けしたか?
ヒロにはこういう曲、エリコにはこういう曲というのが、伊秩弘将の中で明確な違いというのがありましたでしょうか?
どうでしょうかね?
そうね、同じように立ち返ると、オールメトロラブのカップリングで冷たくしないで作った時に、やっぱりちょっとそのユニット感があって
ユニット感があるっていうことは要は、最初引っ張れという番組でスピードが作られてさ
あれで、あの番組で色んな曲を歌っててね、ヒットソングとか歌いながら
それがみんな、スピードの4人が歌うとすごく良くてさ、非常になんかお茶の間感って
昔で言うとね、人気者みたいな感じはすでにしてたんだけど、あえてデビューした時はもうそれをちょっと排除して
カッコよく、ボディアンソウルでやったじゃない、スタイリッシュにね、パワーを出したいという
だけど、エリの場合はその時の、引っ張りの時感じたポピュラリティをすごく出したいなと思い
そう、でやっぱりその引いて、メンバーを引いてね、真ん中でっていう感じでクランチをやって
で、冷たくしないでから、Everytime be with you、あれもすごくそういう意味合いかな
で、カバーをね、僕の中のユニットでやって、それでもう最初のデビューということで
ヒロコと同じように、2000年になってすぐ、解散の直前にやる時に
一人の町の子供、女の子、主人公として捉えたかね、それこそまだまだ小ギャルは前世でね
まだまだルーズソックス影響が長くてね、そういう本当にリアルな町の中の女の子が
やっぱりでもそういう子たちとちょっと違って、何かに向かってっていうことはスピードから継承してるんだけども
とはいえ、そういうところの主人公にすごいしたいなと思って
だからそのポピュラリティはちょっと置いといて、レッドビート、お前大好き
よくわかんないタイトルでしょ、レッドビートって、なんなんだろうって
でもなんかね、レッドビートと思ったんだよね、それをレッドビートと呼んだ
なんて思ったの、レッドビートって
すごく危険で怪しくてさ、だけどまっすぐなんだよね
でもなんかあの弱者の感じも含めてね、危険なところに突き進む
彼女もまだ高校1年生で、16歳のリアルかなって感じで
だから最初そういうシングル、デビューシングルにしたんだ
レッドビートの次がラブイズマジック?
ラブイズマジック、だからそれを出したので、ポピュラリティを本当に出そうと
クランチを引いて、ラブイズマジック
あれすごいなんかね、わかりやすいっていうかね
エリちゃんは昔からレコーディングでもさ、一人で笑い転げてる子だよ
ヒロ君にたしなめられて、エリちゃんいい加減にしてなさいっていう
床に寝転んで笑ってるくらいの、エリイコールスマイルだったから
そういうところをすごい出した
スピード、ヒロ、今エリ子、この3つは演出戦の中でそれぞれどんな音楽だったんでしょうか
スピードだからかける曲、ヒロだからかける曲、今エリ子だからかける曲
それぞれに違う役割やカラーはありましたか
まあ共通してるのはその熱量だよね
やっぱり熱量というのは必ず出していたんだけども
エリに対してはそういう今言ったような
一人になってクランチを引いてっていう側面と
一人で街の中で生きてる16歳のリアルっていうこの両面を出したかったので
アルバムタイトルをすごい悩んで
結局マイプレースという自分の場所という風にしたんだけども
突然まで僕、ゲットハッピーだったんだよね
やっぱりハッピーをつかむと
エリのスマイルというのは子供の頃は本当におかしくて笑ってたんだけど
いろんなことやってきて解散も経て
やっぱり自分で笑顔になって生きていかなきゃなという方に来てる気がしたので
曲の中でもそういう歌詞がある
For Myselfっていう曲で
Get Happyっていう風に歌ってて
そこでタイトル入れてるんだけど
最終的にアルバム全部できた時に
トータル考えたらそういうことも含めてマイプレースかなと思ったかな
次の質問なんですけど
スピードでずっと聴いていた二人の声でも
ソロになって初めて分かったことって何かあります?
実はこういう曲があるんだとか
こういう歌い方もできるんだみたいな
ソロ活動が見せた新しい声と作家の力
だからエリは本当にエッジがすごいやん
僕は好きでね
特に母音のエッジね
張った時に出るエリちゃんの母音のすごくエッジ
すごい尖ってる感じがレッドビートにも出てるし
いろんな曲に出てるんだけどね
冷たくしないでも出てるよね
あれがだからすごい際立ったよね
ソロになってすごく際立ってきて
そういうものかな
やっぱりスピード解散してまた後で再結成した時にさ
ヒロコの話でも言ったけどね
ちょっとまろやかにどんどんしていったんだけども
スピード再結成して
もちろんその兄弟曲では新たなそういうまろやかなスピードを出し
ハーモニーで出してるんだけど
ヒロコにやっぱり昔に戻って
サムシングニューなんかで
すごく張ってる声を
やっぱりスピードが解散して10年も経ってんのに
ちゃんと出てるんだよね
普通歌い方変えたらだんだん出てこなくなって
だからあの時ツアーやった時にもちゃんと出てたんだけど
そういうものも再結成した後もカップリングでやってるから
だからそういう違いはすぐ逆に明確に分かる
スピードで昔のヒロコを出して
エリもそうかもしれない
エリは特にソロの方が
ソロは僕の中だった
ソロ活動を始めると特に
イジシさん以外の作家の方が
お二人に楽曲を提供される機会が増えてきたんですけど
自分がずっと曲を書いてきた二人の他の作家の方が
曲を書くようになったこと
このこと自体はイジシさんはどう当時だったり今でもいいんですか
この前ヒロコの話ってさ
めっちゃ笑った話
トレジャーの話
だからあれは僕が書くつもりだったわけだからさ
それを解散した後に
一回ゆっくりハワイで休みがてら
新曲を書いてきてくれないかという
タイラさんから頂いて
書けなかったよね
毎日ちゃんとキーボードも借りて
毎朝毎朝掃除の人が来て
できたできた
できないできないって言ったら最終日
チェックアウトする前にキーボード運ばれて
俺がチェックアウトする前に
だって目の前にプールがあって
みんなビーチでさ
ビーチチェアーでゆっくりしてる
ハワイアンの音楽流れて聞こえてくるんだもん
それ無理ですね
マジちょっと前で下行くじゃん
モーニングとかさ
帰ってきたらさ
ハワイアンが聞こえるわさ
それは無理ですよ曲作るのはね
いやいや無理というかね
作らなきゃダメなんだけどさ
着てる自分の服を見たらアルファでした
あーそれ
おかしくない
作れなくてさ
でトレジャーになった
聞いてみたらいい曲だった
いい曲ですもんな
ハヤマくん大好き
トレジャーもそうだし
エリーのアイデンティティもめちゃいい曲
だからあの当時ね
ちょっと抜けなきゃダメだったな
そういうことを逆に感じられたかな
すげえいいなと思ったの
本当にフラットにいいなって
そうそうすごいすごい
本人たちにとってめっちゃそういうのがいいじゃん
ハマった方がね
始まりかな
プロデュースというのは
すごい俯瞰で見なきゃいけないところもあるじゃない
本人もまだまだ長い歴史がある中でね
だから新しい風が入ったのがすごくよかった
なるほど
であのハヤマさんの一連の曲は
本当に素晴らしい
あのやっぱさ一生懸命頑張ったと思うよ
ものすごい凝縮してね
僕はサッカーだから分かるけども
そういうのが分かるもん
そういうものがちゃんと入ってる
なるほどそういうのが感じられた
もちろんすごい感じられた
でもやっぱりサッカーしてあげたいみたいな
自分の曲でっていうような
そういうのがいいじゃない
サッカー同士のバトル
素晴らしい
次の質問なんですけど
他のサッカーのキロコさんとかエリコさんを聞いて
逆に2人の新しい魅力を発見するようなことってありましたか
あとはなんか
それがその後自分が2人に曲を書く際に
何か影響するようなこととかってありましたか
今言ったことからね
すごい良かったなと思って
なんか僕もちょっと抜けれた感じした
ちょっと楽になったね
あんまりそういう人いないと思うけどね
僕はねあーなるほどと思って
あー楽になって
だって全曲やってきたわけじゃない
やっぱり俯瞰からふっと見たものっていうのがあったんじゃないの
それを俯瞰で見たから
そういう気分かね
その後の至る
でもそれがね俯瞰が
26年半の今回の
繋がってるかもしれない
そうですねそうなりますよね
復興支援から生まれた「One More Dream」
じゃあ今度はですね
若干話題変えて
スピード本体One More Dreamの再結成
まずその2001年に淡路市まで行われた復興申請イベントをきっかけに
スピードの4人が集まるんですが
One More Dream
作ることになったその経緯というか
その辺のことって伊藤さんの立場
復興のね
時は2001年だから
延々話して2000年の頭にはもう解散して
終わったと
でソロになったということ
2000年の3月に解散したということは
4月にはもういないんだなと思う気持ちで
最後に僕はエイプリルという曲を書いて
最後のなんか僕のそういう本人たちに対するプレゼントかな
エイプリルを書いて
で最後のレコーディングはね
おやすみっていう曲のニューバージョンを
もう一回撮ったのね
最初に入れたGo Go Heavenのカップリングの時は
最後おやすみって一言なんだけど
最後にもう一回撮った時は
全員一人ずつ言ってもらった
歴史でちょっとやって
それでスピードアップそこで終わって
レコーディングのタイミング的にはね
もう終了したと思ってたから
その1年後じゃん
僕の中ではね
復興に対するもう一回頑張ろうっていう気持ちを
すごくやっぱりそこで
メッセージとしてスピードの声で
出さなきゃいけないっていうことと
もう一回集まった
もうワンモアドリーム
アンコールかな
もう一回集まれてよかったねってアンコール
っていう気持ち復興の気持ちと
立ち返れる
今世の中壊れたとしても
という気持ちの掛け合わせ
夢が見れるっていうのかな
そういうものを出した感じ
ソロ活動経験したメンバーが
もう一度4人で歌った時
以前のスピードとの違いとか
感じたことってありました?
あったね
だからソロ活動も経てるから
1年の間にね
すっごい大きなスタジオでね
ドラムベースギターキーボード
全員で一発撮りなのね
そのまま通り
あれMVになってる
そのままいろんなスピードに
携わった人たちがいっぱい
うわーって映ってるんだけどね
あれはそのまんま
もちろん何回か撮ってるけども
せーので撮って
本人たちもマイク立てて
っていう一つの記録が取れたのが
来たのかな
この1年の間に
すごいみんな成長しててね
タカもヒトエも含めてね
彼女たちも全部成長してて
それに明快に
そうだね
スピードを辞めて終わって
一人一人の人生の中で
集まった感がすごかったね
1年ちょっと
年齢も10代後半とか
ようやく後半
1年とはいえ短い期間の中で
成長の度合いが
すごい濃いというか
早いというかなんでしょうね
めちゃ濃いよね
大人になった4人とアルバム「BRIDGE」
その後2003年今度は期間限定ということで
スピードを活かして
これでBe My Love
アルバムのブリッジが発売されますが
この辺りの流れというか
Be My Loveを作る時
どんなイメージにしていたかとか
ちょっと大人になったスピードになったと思うんですけど
その辺りに
イジスさんなりに
意識していたこととか
わずか1年半で再形成したので
今後もあり得るかもしれないな
なるほどね
One More Dreamの歌詞の中で
それを実は暗示させていた
そうなんですか
変化は恐れない
その先の話をしてという歌詞を入れといた
種明かしをすると
僕はホワイトラブの最後でもね
ヒロコと話している時も言ったけど
あなたのために生きていきたいというのは
ショービジネスでずっと4人が生きていく
決意表面をホワイトラブに入れといたし
そういうメッセージを入れているんだよちょっとずつ
One More Dreamではその先の話をして
だからいわゆる復興
本当大変だよね
日々大変なんだけど
その先の話をして
実際に必要なのって
変化じゃん
変化は恐れないという気持ちと一緒に
そういうスピードに対しても
一人ずつがいろんな人生が始まる中で
恐れちゃいけないよ
その先の話をしてということを入れといた
そしたらもうその通りだった
2年後に再形成
でもちゃんと書けていて
メッセージもちゃんと込めている
だからここはもう本当に僕が感じた
One More Dreamで感じた
すでに大人になって
1人で1人で4人で1つ
1×4だなと思ったわけ
絶対にハモんなきゃダメだと思って
逆にね
そう思ったら逆に極端だから
ド頭からハモって
なるほどBe My Love
これはもうゴスペルしかない
いわゆる本人たちが
でも綺麗にハモっちゃダメだよって
今機械すげえな何でも綺麗にすんじゃん
スピード全然機械使ってないからね1回
綺麗にハモんなくていいから
それぞれの人生でハモってって
だからBe My Love
一瞬バラバラがね
そうそう4人になった瞬間かな
声も表現力も変わった4人に対して
メロディーやキーや歌詞
歌割りなどを昔とは変えた部分ってありました?
今のハモを始めたっていうこと以外のことで言うと
そうねだから
やっぱりいろんな作家の人たちが入ってきたじゃないですか
スピードで書きたいという人たちがね
やっぱりもうソロで早山くんが入ってきてくれて
その中で言うと半分僕が書いて
半分1人ずつみんな
みなさんが
それこそ素晴らしい
チャラさんとかスングさんとかね
いろんなカラー
それぞれ自分のカラーを出してきましたよ
それはすごく弾いてて面白かった
ちょうどまさに対決みたいな感じで
交互にイジサの曲がそうじゃない
「BRIDGE」に込めた交差と20歳の仕掛け
あれ曲順決めたの俺だから
あれ面白い
あれ対決じゃなくてね
対決面白いね
僕はそう思ってました対決だと
あれは僕の中でミルフィーユみたいな
ミルフィーユでもその表現としていい
でもね
あれ絶対に交互にするべきだと思ったの
その方がね
タイトルブリッジにしたのもそういう意味があるんだよ
駆け橋
いろんな人たちの駆け橋
だからあれは一曲ずつ駆け橋になった
ブリッジ
だからそれぞれのカラーとかさ
そういうものがね
本人たちもハモったように
作家と俺もハモってんだよ他の人たちに
確かにアレンジャーもね
今まで水嶋さんで統一されてたけど
このアルバムからいろんなアレンジャーの方が
書かれてるみたいな
僕の曲もね
Be My Love 水嶋だけど
それ除いて
1曲だけ水嶋もう1曲あるんだけども
僕の曲の半分書いた6,7曲
全部アレンジャーが違うんだ
個別で個々の曲
それも駆け橋にした
自分の中でも
いろんなトラックメーカーと含めて
アードも言いながら
もう実験要素
どういう風にしたら新しいものが出るんだろうな
自分で新たなスピードを
これしつこいよ何回も言ってる
ロングウェイフォームで
僕の中でもスピードは終わってるから
僕のスピードはもう終わってるんだよ
再形成ってのは本当に
最初のいろんなことを言ったものじゃないから
仕掛けるようになった時点でね
新しいものを出したいし
当時ブリッジ作った時の
スピード4人の平均年齢
20歳になったのよ
ちょうど20歳
僕はまた仕掛けを作って
最後の僕の曲
イジチさんが20歳なのね
僕が20歳なの
20歳のイジチが作った曲を入れたいと思って
僕はずっとストックしてたの
昔ライブハウスで弾き当たりでやった曲
お休みもそうなの
僕が昔弾き当たりでやった
あれをお休みって曲にしたんだけど
ちょっと歌詞変えてね
でもウィズはそのまま残ってた
クリスマスソング
これいい曲なんだけど
レコード会社売り込んでも運動するとも言わない
っていう曲で
でもあれはね
マジックな感じ
夢の中の感じがすごい出てて
ウィズの後にね
てんてんてんって3つ
あれスピードなんだよ
いつも頭の中で1人いると3人を感じてるっていうのを
てんてんてんに合わせて
ウィズたんたんたん
ウィズひろこなんてか
それを最後に入れて
20歳のスピードと20歳の僕が
ここもブリーチなんだよ
それでアルバムは集結して
そうだね
スピードのベースアルバムは
あんな2年でベースアルバム作るぐらい
ものすごい早かった
だからもうめまぐるしい3年半が終えて
たしか3年で2回目の再形成
ここでやっぱり駆け足っていうことをね
やっぱりすごく感じた
期間限定なんだよね
17:09

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