直接その話は触れないんですけど、 悩みについてですね、悩み持つ人結構多いですよね。いっぱいいますよね。
受験でも悩みがね、勉強できるようにならないとかね、時間がないどうしようとかね。 もちろん私もね、時間ないどうしようってあるんですけど、
今日はですね、その悩みの話とかね、ちょっとどこまで話そうかなと、難問解決の話とかね、そういうのもね、
いけるかなどうかなみたいな。とりあえずね、悩みの話をしたいかなと思います。 結論言っちゃうとですね、これかなり深い話なんですけど、
悩みって必要ないものなんですよ、実は。 悩みは必要ないっていう話をしたいかなと思います。
で、多分これ聞いてですね、え?っていう人はいるでしょうね。 悩み必要ないってどういうこと?みたいなね。
悩みって何かこう、必要あるとかないとかそういうものじゃなくね?みたいなね。 多分そういうふうに思うんじゃないかと思います。
そこにちょっと私はメスを入れました。 そもそも悩みって何であるのかなって考えると、これね深い話なんですけど、
見えてくるというかね。 実は結論というか答えみたいな話なんですけど言っちゃうと、悩みっていうのは自分自身が生み出してるんですよ。
自分で生み出してる、自分で作っているものなんですよ実は。 これが言ってみればこの宇宙のからくりでもあるんですけどね。
例えば今こう、自分が生きてて目の前の世界があるじゃないですか。 現れてくる。
今日はこういうことがあるとか。 それって実はこう、
何で生まれているのかというと、実は自分が生み出してるんですよ。 目の前の世界っていうのは。
これね、自分が自分で、自分が映画を作ってそれを自分で見てるみたいな、そんな感じなんですけど。
これはですね、この世界を作っている根本があるんですね。 それを例えば仮に創造主と名付けましょう、神とかね。
それが作って、それを今自分たちは体験してるんです。
けどその創造主っていうのはどこにいるのかというと、我々の中にいるんですね。
我々自分一人、みなさんそれぞれの中にいるんです。 ってことは自分がこの世界を作って、自分がその世界を体験しているという、
なんかこの自作自演のことをやっているんです、実はこの世界って。
だからその悩みっていうのもね、いや悩みだけじゃないですよ、良いこともあるんですよ。
悪いこともなんですけど、その良いことも悪いことも悩みも、言ってみれば自分が作ってそれを自分で体験してるんですね。
悩みを自分が作って自分が悩みを体験しているとね。
じゃあこれね、仮にそんなことあんのって思う人が多分半分以上いると思うんですけど、
じゃあ仮にそうだとしますよ。そしたらどうするかというと、自分でまず悩み作らなきゃいいんですよ。
作らなければ悩みも生まれないんですね。 実はそれだけだったりするんですね。
これね完璧にそうとは言えないんですね。 これがすごい深い話で、
さっきの創造主、全ての根源っていうのは自分の中にいるって言ったんですけど、
それは自分と同じ、同じというかね、自分の一部って言いましたよね。 だからずれてるんですよね、ずれがあって。
完全にその創造主とか根源と一致することができれば、全てを解決することができます。
実際人間って、肉体を持って時間軸と位置情報があって、そこで縛られて生きてるんで、
だからね物質次元で生きてるから、だからどうしても完全にそうはなれないんですよ。
だからその、じゃあね、キリストだとかブッダだとかね、いたわけですよ、そういう人たちが。
そういう人たちが本当に神様みたいなものかって言ったら、そうじゃないんですよね。
普通に寿命もあるし、うまくいかないことあって、あっただろうしね。
そういう感じなんですよ。だから完全にはそうならないけど、やっぱりそれにちょっと近いのを普通の人よりは使えたって。
それで威力を発揮したりとかね、したわけなんですよね。
代償はあるんですよね。代償はあるけどね、少しでもですね、
例えばその悩みっていうのを減らしたりすることはすぐできるし、
これがわかると基本的には悩む必要はなくなってくるんですよ。
実は人生で悩みっていうのは不要なもので、別に必要がなければ、生み出さなければいいだけの話なんですよ。
だから大小はあるけど、私も結構そんな感じでやってるんですね。
昔はさすがに私も、だから私なんかね、鉄学とかやってたんですけど、
それはもう私が学生というかね、高校生、大学生の時なんかはずっと悩んで悩んで悩んで悩むのが仕事だったんですよね、自分も。
ていうのも鉄学とかやってる、鉄学って根本的なことを考える学問なんですけど、
そういうのをやってると、悩むのが大事みたいになってくるんですよね。
考えるのが大事、悩むのが大事みたいな。
自分はそこから始まったんで、
多分ね、わかんないですよ、今鉄学やってる人、最近そういう人会ってないんで、
もしかしたら考えるだけ答えに近づくみたいな思ってる人もいるかもしれません。
で、私の意見で言うと、それないんですよ。
だからあれですね、今日の悩みの種、悩みはどこから生まれるのかって言うと、実は考えるから生まれるってのがありますね。
例えばね、悩むから実は悩みが生まれるんですよ、これ。
これすげー大事な話で。
だからね、万物は波動でありエネルギーだっていう話してるじゃないですか。
これで言うと、どうしようかな、苦しいな、つらいな、どうだどうだって思うでしょ。
そう思うから、また新たな悩みが生まれてくるんですよ。
そこでどうすればいいかって言うと、悩まないんですよ。
例えば何かこう、問題か何かそれっぽいのが起こったとするじゃないですか。
そうするとそこでね、問題っぽいことが起こるんですけど、
そこでそれは悩みだーってね、つらいーっていう風に、
余計な感情を入れると、またそこから悩みみたいなのが生まれてくるんです。
そこでね、じゃあなんか現象は発生しました。
じゃあ例えばね、何かこう、事件が発生したみたいなね。
事件っていう言葉自体はもうなんかね、すでに間違ってるんですよ。
もうなんか悩みと捉えてるじゃないですか、言葉が。
それ言霊なんで。
じゃあ何か起きました、あること起きました。
で、それをね、いやー苦しいなーみたいな、そうじゃなくて、
はいはいはいはい、そういうものが起こりました。
っていう風にそういうネガティブな感情入れないんですよ。
で、入れたらその起こった出来事が悪い出来事になって、悩みの出来事になって、
それがさらに大きくなってくるんですよね。
だからそうじゃないですよ、そこの感情の火を消すんです。
感情の火を消して、そのね、起こった現象をニュートラルにしていくんですね。
で別に悩みじゃなくて、問題は問題じゃなくて、事件は事件じゃなくして、
そういうね、こういうことが起こったねーってさらーっと終わらせていくんです。
そうすると、それに沿った現象も次の連鎖で現れてくるんで。
だから悩んでる人ってのは常に悩んでるんですよ。
でその悩んで、その無限ループ、ラットレースやってるんですよ。
悩んでる人はさらに悩んで、もう解決されていかないとね。
悩まない人は悩まない世界にいるとね。
そう、そっちに行くんです。
だから私も悩んで悩んで悩んで悩むからこそ、人生よくなんだよ、みたいなね、思ってたんですよね。
けど、全然嘘だったんですよね。
ただそれが地獄なんですよ、地獄。天国と地獄ってありますよね。
死んだら、49日号とかそういうところにね、何たらあかんたらって話あると思うんですけど。
いやね、ちょっと違うっていうかですね、あれなんですよ。
あのー、なんつーかね。
実はですね、天国と地獄って、今のさっきの話なんですよ。
例えばずっと悩んでる人って、それがまさに地獄みたいなもんでね。
ずっと悩みの世界のループ、そのコミュニティーに入ってるんですよ。
もうすでに入ってるんです、高次元的に。
で、天国の人は天国志向で、ずっと悩みがなくて平静で、落ち着いて、みたいな。
そういう世界に住んでるんです。
それが、例えば死んだら肉体を失って、一回有体になって、肉体ないんでそのエネルギーだけ残るんで、
地獄のエネルギーにいた人は地獄のままに残って、そこに地獄の世界に入ってるって感じですね。
天国にいる、志向的にいる人は天国にいるって感じですね。
そんな感じで天国と地獄っていうのがあるんですけど、
とりあえずね、地獄の志向とか悩みの志向ってのを一回サラッとやめちゃえばいいんですよ。
それだけで全然違いますよ。
で、そうは言ってもいろいろまだね、どんどん問題は起こってきます。
で、なんで問題が起こってくるのかって言うと、それは過去なんですよ。
過去の自分がそういう種を蒔いたんですよ、どっかで。
その蒔いた種が戻ってきてですね、
例えば何かこう事件が発生しましたーってね、
そういうのが目の前にゲームのように出てくるんですよ。
そうするとね、それはどっかで起こしたんですよ、そういうことは。
だからどうするかって言うと、それもね、消しちゃうの。
救急車が。
消しちゃうっていうのはですね、エネルギー的にそれをね、消すんですよ。
これなんかね、除霊とか浄化とかお祓いとかあるんですけど、それみたいな感じですね。
そういうネガティブなものをね、起こっちゃったので起こしちゃって申し訳ないっていう風に消していくんです。
ってやると、何がいいかって言うと、そのエネルギーの大元を、
まさに今の救急車か、救急車じゃなくて消防車ですね。
消防車みたく火の種を消していくんですね。
これをスピリチュアルとかそういうのだとカルマの解消とか言ったりするんですよ。
だから根っこがあるんですよ、どっかに、根源に。
それがね、自分に身に覚えがないことがいっぱいあるんですね。
例えば、いじめられてる人は、昔どっかでいじめたんだって話があるんですよ。
そう言うと多分怒りますよね。
いや、そんなのいじめたことないよってね。
だからね、気づかないどっかの話なんですね。
けどどっかでやってたりするんですよ。
それはね、それを前世と言ったりとか、いろいろ言い方あったりするんですけど、
過去世のカルマとかね。深いですよね。
過去世があるのかないのかとか、そういうのはどうでもいい。
ちょっと置いといて、見えないエネルギー的にそういう火種がどっかから作られていると思うといいです。
それをですね、なんかあるかもしれないと思って消していくっていうね。
ちょっとそういうの難しいですけどね。
っていうのがあるんですけどね。
やっていくと消えていくんです。
それは根が深かったら時間かかるし、
けど根が浅いものだったらサラッと消えていくしみたいな。
そんな感じで、問題っていうのは実は本来消していくことができる。
前よりも知ってもらったりとかそんな感じはありますよね。
自分のちょっと目標じゃないですけどね。
一つとりあえずこのオンラインでYouTubeでとかね。
っていうのは少しでもね、できるだけ伝えていきたいかなと思ってますね。
これもですね、私のやるべき人生の仕事として一つにカウントされてるんで。
だからコツコツやっていこうかなと思います。
そんなに大々的に大きくバズったりとか広がってるわけではないんで。
だから大した話じゃないんですけどね。
自分の場合結構地道なんでね。
だから本当にすごいものすごい成果を上げてる人みたいに。
有名人とかね。
そんな感じじゃないですけどね。
コツコツやってるかなと。
コツコツ地味に進歩していってるっていうそんな感じなんですけどね。
自分はなんかそんな感じなんでね。
なんかすげー人って感じじゃないですよね。
まぁけどそんなもんでいいかなと。
まぁただ自分ね、こっからはわかんないですよね。
いろんな動きがあってね。
だからちょっとこれから自分もいろいろステージっていうかね。
やること変わってきたりもするのかなとか思ってますね。
2025年までは割とコツコツ積み上げてきた感じかなと。
これからちょっとそれが2026年のところでどうしていこうかな。
どうしていこうかなとかどうなっていくかなって感じですね。
なんかね、あれなんですよ。
一応目標とかそういうのって自分で立てるもんみたいなのあるじゃないですか。
けどね、これからの時代は特にそうなんですけど。
ちょっと違うんですよね。
どっちかっていうともうね、降ってくるものなんですよね。
そうなってくると思いますよ。
なんでかっつったらさ、先が見えない風になってるじゃないですか、コロナから。
例えば将来こうしようかなと思ってたらいきなりコロナでガラッとね。
飲食店とかやってたらいきなりコロナで店じまいになっちゃったりとかね。
そういう感じになって地震だってどうなるかわかんないとかね。
だからちょっとね、どうしても自分の意思だけでうまくいかないってところってありますんでね。
だからそういった意味でもね、決めきれないものがいっぱいあるんですけど。
ただその中に自分の意思を入れていくっていうかね。
その間なんですよね。
自分の意思と自分じゃない力の意思というかね。
その間で、さっきは悩みの解消ってもそうなんですよ。
悩みが解消されるっていうのはあれなんですよ。
自分の思い通りになるっていうだけじゃないですよ。
何でも悩みは解消されるんですけど、いわゆる自分というのは主観ですよね。
主観と客観の間でバランス取れて解消されていくんで。
解消ってそうなるんです。
だからそういった意味で自分の自我の意思とそれから世界の意思。
主観と客観っていうのはうまく調和される形で物事っていうのは実現とか動きが出てくるんでね。
だから両方を大事にするっていうかね。
っていう風にやっていくといいんじゃないかなってところですね。
今日も難しい話が多かったと思うんですけどね。