1. 茨城とライフワークと
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01 -01│ 茨城×縄文 [前半]/さかいひろこさん(考古学 イラストレーター・編集者)
2025-07-14 29:56

01 -01│ 茨城×縄文 [前半]/さかいひろこさん(考古学 イラストレーター・編集者)

1万年も続いた縄文文化に、小学生の頃から魅了され続けているさかいひろこさんにお話を聞きます。

縄文の片鱗が茨城には残っている(!?)

霞ヶ浦のまわりは縄文のパラダイスだった(!?)

まずは前編をお楽しみください!

= = = =

▮ 番組概要
「茨城とライフワークと」
やりたいことで生きるひとと、そこから茨城を見たいポッドキャスト番組。

聞き手 栗林弥生


▮ 企画・制作・配信
ポッドキャストレーベル [いばらきジャーナリッシュ] Instagram ←follow!
茨城を記録し、ポッドキャストを茨城の日常に。


▮ Sponsored by
水戸市 ウェブサイト制作 株式会社社アイテックプラス
水戸市 介護・障がい福祉 株式会社ゆりかご
埼玉県 「#そのへんの3cm」主催 フジイ サトシ様
埼玉県 登山教室プタリピーク代表 田口 直己 様
水戸市・ハンドメイドイベント主催/プチマルシェギフト


2025年度スポンサーさま、引き続き募集中です!
(1口3万円~/詳細こちら/番組内読み上げ枠は終了していますが、noteやインスタ、Spotifyページで掲載いたします)

感想

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00:03
ライフワークと茨城と。このポッドキャストは、ゲストのライフワークについて深掘りして、その視点からの茨城や今を見たり、やりたいことで生きていくヒントをもらったりする番組です。
聞き手は私、栗林弥生です。制作は、ポッドキャストレーベル茨城ジャーナリッシュ。今回は、テーマは、茨城と縄文とです。
ゲストがこちらにいらっしゃいます。坂井博子さんです。こんにちは。こんにちは。今日はありがとうございます。ありがとうございます。
ここはどこかというと、坂井さんの三つの茨城の中の拠点のうちの一個。はい。かつた。はい。旧かつた。はい。
ひたち仲氏の元ご実家ですかね。そうなんです。今、我々はここをハニワファウスと呼んでいます。ハニワファウスなんですね。ハニワファウスって言っちゃう。ハニワハウスです。
ここで若い人たちといろいろやってるとおっしゃってましたけど、何やってるんですか。はい。茨城古墳旅幕編集部というのをここで開いてまして、編集会議を毎月1回だけ開いています。
出してる出版物というか、それはどういうものなんですか。古墳のフリーペーパーを作ってるんですけど、だいたい不定期間で1つの古墳に絞って1枚から5枚ぐらいずつ出してます。
おー。縄文に限らず古い考古学というところにライフワークとしてやってらっしゃると。難しいんですよね。私、本当古墳旅幕編集部名刺を作っちゃったんで、名刺を渡しながら、実は道具推しですとか、縄文が推しなんですけどって言いながら渡してます。了解です。
じゃあ今回は推しの縄文について話していただくということでよろしくお願いします。よろしくお願いします。
坂井さんは考古学のイラストレーターであり編集者であり、個人事業主として働かれています。茨城では石岡と水戸と日立中の3拠点、縄文時代のことを考えることとか伝えることがとても大好きだということと、縄文に限らず考古学の通訳でありたいということであってますか。
今は小中学生向けの考古学講座、ふるさと考古学、遺跡と人のワークショップを、今年が19年目で来年がなんと20年目という節目で、子どもたちに面白さを伝え続けてらっしゃいます。
最近では県内44市町村の土偶を調べてイラスト化するような活動をされていて、この番組は私自身が興味を持った人にアプローチをしようという形なんですけれども、すごくその茨城を縄文というキーワードで考えたことがなさすぎたし、
やっぱり1万年もの歴史があったものが、この茨城のこの土地、この土のところに、1万年もの文化って知らなきゃいけないような気がするというふうに、
03:10
坂井さんと初めてお会いして、坂井さんが縄文のことを大好きでいらっしゃってという姿を見て、すごく興味を持ったので、時間をいただくことになりました。茨城県かける縄文で言うと、大きなポイントとしては、霞ヶ浦があったことも、縄文時代にその場所が豊かだったポイントということなんですか。
と思います。霞ヶ浦の周りにはすごい貝塚がいっぱいあって、ちょうど縄文時代の前期に、縄文会心というのがあって、海がずっと内陸に入ってきてるらしいんですけど、その時代を含めて貝塚の数がものすごいです。だからおそらく、もう縄文のパラダイスがそこに開けてたんじゃないかなと思います。
ちなみに、そこまで縄文推しだと、もしかして夢の中も縄文になったりするんじゃないかと思うんですけど、どうですか。
それないですね。
見たことないですか。
だいたい夢で見るのって、プレッシャーがあるやつばっかりで、大学の卒業単位が足りない、車で溝にはまった、この夢、あとトイレに行けないとかね、そういう変な夢を見ますけど。
じゃあ、縄文のワールドにタイムスリップしたはまだ見てないですね。
残念ながらないです。
残念ながら。ありがとうございます。
じゃあ、ちょっと経歴をご紹介してから、いろいろお話に入っていきたいと思います。
かつた、今の日立中で生まれて、このすぐ近くに埴輪を作ってたところが、この近くにあったという環境で、
育ち。
育ち。そして小学校高学年で漫画を描き始め、その頃に高校学と同時期に出会っていたということと、
後に茨城キリスト教大学に行き、遺跡発掘の魅力に取り憑かれる、そして縦穴住居を作るなどする青春時代を送り、
その後、編集をしたかったということもあって、印刷会社に入ってもらったけど辞退して、立教大学の社会人コースで学芸員の資格を取る、
けれども博物館での就職できずみたいな、いろいろな願いがありながら、
ダイレクトにまっすぐに進めなかった。
その後、月刊文化財発掘出土情報という冊子の編集部、4年間勤務。
その後、青森県山内丸山遺跡の展覧会、縄文マホロバ博で漫画を担当し、
漫画家デビュー、そしてフリーランスの道へ突入し、現在も会社を立ち上げたということではなく、フリーランスで働かせているという。
今は、縄文が世の中の人に興味を持ってもらっている度合いというのは、どんな手応えがありますか。
06:07
いつの間にかものすごく縄文ファンが増えているような気がする。
私もこの坂井さんの話を聞くにあたって、ポッドキャストを検索してみたり、YouTubeで縄文をやってみたりして、
結構最近のコンテンツがいっぱい上がっているし、あれ?あの風が来ている。
コンテンツの日付を見たら、2017年とか、そこら辺ぐらいですか?なんだか起きた。
実は私は縄文をだいぶ休んでいて、縄文がマシぐらいだと言っていたけど、2005年に入学になって、そこからちょっとお休みしていた。
お休みしていた時期に、ふっと気がついたら、縄文はみんなこんなに好きになっている。
だから逆に浦島太郎状態なんですけど。
そうだったんですね。国が大きい展示会をやったりとか、縄文展みたいなのがあの時期あったんですか?
国宝になったじゃん、土偶が何点か。
知らなかった。
そうなんですよ。
私が最初に仕事させてもらった頃は、ちょうど山内丸山遺跡っていう遺跡が見つかって、それを展示で、縄文マホロバフクっていうのが全国で4カ所ぐらいで展示をして、縄文文王を巻き起こすんだみたいにやってたんだけど、その時はそれなりにしかならなかった。
でもそれから何十年。まず縄文の遺跡が世界遺産になった。
海道東北の縄文遺跡群って山内丸山を含めて周りの遺跡がみんなその世界遺産になったっていうのが一つ。
それから縄文の土偶が3体ぐらい国宝に指定されたのと、その国宝に指定された土偶たちも含めて土偶の展示は国立博物館でやったりとか、もしくはフランスまでその土偶が行ったりとか、そういうのはあったと思う。
じゃあその世界遺産にもなったぐらいだから、国内での注目もだし、国外からの注目もその頃高まっていって。
多分この私の空白の間に徐々に醸成されていったというか、今に至るんじゃないかと思います。
そう言われてみると。
あのね、私が縄文が好きだなってその2005年頃に最終的に思ったのは、日本中にあちこちに縄文時代の遺跡があって、それぞれ違うの。全部違う。
教科書で習っちゃうと、新潟で出てくる火炎土器みたいなあんなゴージャスな土器が、縄文時代だとあちこちで作られてるってイメージ持っちゃうんだけど、そうじゃなくて、
縄文はバラエティに富んだ文化で、その土地その土地にあった縄文文化が花開く。
09:03
茨城も違うし、関東甲子園地、茨城県の面白さっていうのは、縄文の人口はずっと低くって、ちょっとずつ上がって中期に上がるんだけど、晩期にガクンって人口が減るのね。
その時に茨城県あたりは減らないんじゃないかっていう話なのね。
それはやっぱり豊かな霞がうらがある、山がある、縄文の暮らしを続けられるだけの自然環境が残ってたんだと。
そうなんですね。じゃあそれはその弥生時代に移行していく中にあっても、比較的長めに縄文文化が残ってたエリアかもしれない。
縄文引いてる。弥生がないかって言っていいくらいかもしれない。
え?
だって田んぼ作るの大変なんだよ。
茨城に弥生がなかったかも。
かも説。かも説。え、面白い。だから、田んぼって土地に制約されるじゃん。これをやらなくちゃいけない、あれをやらなくちゃいけない。
収穫しなくちゃいけない。全部決まってて。
ずっとどこにも行けないじゃん。旅行にも行けないじゃん。
縄文時代だったらさ、これからあそこの山行ってくって言って、行けるわけよ。やっぱ違うよね、暮らしが。
で、縄文の生活が続けていけるんであれば、イノシシとれる、シカとれる、ノウサギとれる、キノミとれる、だったら別に稲作んなくたっていいわけ。
そうですね。
うん。めんどくさいことしなくていいのよ。
そうか。弥生文化とかが進出してきて、この土地で稲を作れ、とかなった気配もない。
たぶん稲は作ると作るってメリットがあるからみんな作っていると思ってて、米だけじゃない魅力的ななんか他に文化があったのかもしれない。
なんかすごい今勝手にですけど、都道府県ランキング最下位をうろちょろする茨城県じゃないですか。
でもなんかこうやっていろんな人と、この番組作ろうと思っていろんな人とお会いすると、
茨城なんだかんだ言っていいからみんな焦らないし、別にアピールする必要もないし、住みやすいからこんな感じなんじゃないみたいな話が結構出てきて、
なんか縄文から続いて、なんかそのこの土地の安泰感というか、なんか通ずるものあるなと思いながら聞いてたんですよ。
たぶん通じるものがあると思う。だって山もあるし海もあるし湖もあるし沼もあるし、ない、不足するものがまずないよね。
都会がないっちゃ都会がないけど、都会なければね、電車一本ですぐ東京だし。
この遺跡は覗きに行ってほしいとか、推し茨城縄文はありますか。
この2、3年、茨城の土偶というのを今私は調査しておりましてですね。
こんな土偶が出てますって、全部の市町村にあると思ってるので調べてる最中です。
その中で去年は、筑波市の桜歴史民族資料館に行ったら、
12:03
旭大貝塚の土偶がたくさんあって、こんなにここで土偶にあるんだとびっくりしました。
実はその遺跡はもうたぶん道路かなんかになっちゃってるんだけど、ものすごいいろんな資料が出てる遺跡。
行けなかったんだけどね、掘ってるときは。
土偶がいっぱい?
土偶もいっぱい出てきた。
漆製品も出てて。
漆製品?
そうなんですよ。
漆を見にわざわざ蜂の日に行ってたのに、茨城にも出るんですね。困りましたね。
漆製品が出るっていうのはそんなにないんですね。
ない。漆そのものは被膜で強いから残るけど、木製品の方は腐っちゃうことが多くて。
この土偶がいっぱい出たとか、漆製品があったっていうのは、その遺跡は私たちに何を語りかけてるんですか、その状態は。
私はですね、三内丸山もものすごい遺跡なんだけど、三内丸山規模の遺跡が茨城県内にいっぱいあったんじゃないかっていう感じがしてます。
それはあれですよね、大きな構造物があった遺跡でしたっけ?
うん。あそこで一番有名なのは直径が2m近くあるような栗の柱が、高さは分かんないんだけどね、構造物として建ってたんじゃないかっていうことと、
500件近い縦穴住居は見つかってるので、それなりに住んでたんじゃないかっていうことなんだけど、
祭りの場じゃないかなっていう気がしてて、私の勝手なイメージだと。
日本中のあちこちから、日本中とは限らないかもしれないんだけど、人が交流するスペースだったような気がするのね。
そこでポトラッチっていうものを持ってきて投げ捨てるみたいな、そういうことをしてた可能性があると思う。
じゃあそれと同じような規模というか、同じような役割をしてたような遺跡が茨城にはいっぱいあったんじゃないかと踏んでらっしゃる。
翡翠って新潟の糸井川から出てくるものが、東海村の遺跡で出てくる。北丁目の遺跡で出てくる。
その筑波でも出てくる。意外と行き来があるんですわ。
ということは、やっぱり交流の拠点みたいにどっかにあって、かなり広範囲から来てる可能性がある。
縄文って面白いってきっかけになったお仕事というか、それがあったというふうにおっしゃってたんですけど、
たまたま茨城県立歴史館の学芸員の方に、パンフレットを作る際に縄文の絵を描いてって言われたのと、
その時に秋佐穂子さんと小山修造さんが描いた、縄文人の家族生活の絵を見て、ちょっと度肝を抜かれて、さらにズブズブと入っていったみたいな。
面白いですか?
面白いよ。だって今まで縄文人って言ってどんな人かわからなかったのが、秋佐穂子さんという画家さんが全部イラスト化したの。
15:00
今のポッドキャストとかYouTubeとか見てても、縄文人はこんなだったらしいって言って、やっぱりその生活形態。
なんかその、縄文文化って偉人とかがいるわけじゃないから、やっぱり生活形態に注目せざるを得ないみたいなのを見て、ああなるほどと思ったんですけど、
基礎情報としては定住であることと、狩猟採集であることと、1万6千年前くらいから1万年くらい続いてた、超長い文明だったっていうことと、文字がなかった、縄文土器がすごかった、宇宙人みたいな道具がある、みたいなのが基礎情報というか、
みんなが知ってるらへんかなと思ったのと、なんかその中でちょっと聞きかじって面白いなとちょっと思ったのは、その所有の概念がないみたいなところとか、狩兵がまだ始まってないからなのか、殺人を行われた後がどこにもない、そこが兵と思ったのと、物流というか、
物が日本の中で結構あっちで作られたものがだいぶ違うところで発掘されてるとか、ああそういう物流的なものもあったんだみたいなのも兵と思ったポイントと、あとなんか、やっぱり茨城人として関東甲信越は結構縄文の中の中心エリアだったみたいなあたりが聞きかじりポイントとして面白かったですけど、なんかこれ丸抜きでいくと、ここは実は外れてる情報だよみたいなのあります?
大丈夫だと思うんですけれども、このような友達が、坂井さん、なんで縄文に興味持ったの?って聞かれた時に、6年生の時に身長が148センチで止まって、それが縄文人の身長と同じだったのが、一番のきっかけなのね。
やっぱりコンプレックスあるじゃん。身長もっと伸びると思ってたのに、夜更かしばっかり来てたの。伸びなくなった時に平均身長縄文人148センチって書いてある。女性ね。縄文人と同じじゃん。まあそれは一つは知ってまして。
あとは親が遺跡にあちこち連れてってくれたっていうのもあるんだけど、でも何だろう、埴輪作ってるそれこそ釜の遺跡の近いところ住んできながら、埴輪もっと調べたいと思わなかったんですね。
縄文の方が惹かれちゃって、縄文のこともっと知りたいなっていう感じになってたんだけど。
鉄道でも、乗り鉄とか取り鉄とかいろいろあるじゃないですか。何城だったんですか。
2つあって、1つはその縄文の城の字を知るには、縄文の一番最初の研究からスタートしようってもんで、エドワード・シルベスター・モースが遺跡を掘ったっていうところから調べようと思って、モースにはまっていくわけね。
もう1つは、やっぱり縄文をもっとみんなに知ってほしい、縄文を楽しいと思ってもらうとしたら、やっぱり土偶でしょうと思うから、やっぱり土偶にはまっていくというか。
18:07
モースと土偶なんですね。
モースと土偶。
モースはつまり、先ほどもちょっと収録前にちらっとおっしゃってましたけど、大塚海塚?
大森海塚。
大森海塚を外国から来て、海塚を発見して、その中から土器を見つけた人でしたっけ。
大森海塚そのものを発見した人なんだけど、最近大森海塚を発見した日が縄文の日と制定されてるそうで、6月19日、縄文の日なんですって。
このモースが海塚を見つけたことが、その日本の中に縄文文化があったっていう一番のスタートライン、考古学のね。
縄文と名付けたのもモースなんだけど、彼自身は生物学者なので、その後は坪井将吾さんという人が人類学の視点から入っててっていう風になっていくような感じ。
モースにときめいたのは、おいくつの頃なんですかそれは。
モースはね、22さん。
その人物面白いし、やっぱりモースさん、切り口にいろんなことを知ってみたい。
だからモース顔を皮切りに、じゃあモースの次の人を書く、次の人を書くってやれば、縄文の理解が深まるに違いないと思ったのね、単純に。
ところがモースだけで終わってるっていうね。
モース自体が逆に面白すぎる。で、いろんなことをやってる。
日本にいたのたった1年半と、あと半年くらいかな、せいぜい3年、たしても3年なのに、ものすごいいろんなことやってる。
ものすごいいろんな人に会ってる。
ものすごいいろんな人に影響を与えてる。
日本のファンになっちゃって、モース自身がね。
今度アメリカに戻っちゃうんだけど、そのアメリカで日本のことを公演して回る。
日本の候補みたいになってる。
なんか日本大使みたいな感じだよね。
今茨城大使とかいろんな芸能人がなってるけど、日本のことを知らししめていくような。
モースさんに関する茨城の何かっていうのもあるんですか。
モースは残念ながら茨城に来てないんですが、モースが東京大学に雇われることになりました。
生物学の専攻生を募集しました。
モースが取りたかった三味線街の最終一周に行くのね。
で、松浦西大輝校を先般にして、次にモースの生徒になったのが福井県出身の、今度は忘れました。
なんたらさんが。
本当は彼は、お買い子様のことで、これから食産工業で、
養産を盛んにしていかなくちゃならないんで、やっていかなくちゃって言ってたんだけど、
その彼が茨城県の岡田寺貝塚を発見します。
え、じゃあ間接的に。
21:02
だから弟子が一生懸命、モース先生、茨城のここで貝塚を発見しましたってお手紙を書いたのが残ってるし。
私にとっては、茨城っていう一言の中に縄文ってキーワードがなく、これまで過ごしてきたんですけど、
高谷さんにとっては、この茨城のいろんな背景に縄文がめっちゃ見えてるんだろうなと思うんですけど。
それもね、最近って20年くらいの最近ね。
最初の20代の頃に縄文を追いかけてきた時は、青森の山内丸山だ、岐阜だ、鹿児島だ、新潟だって見てきたわけね。
で、例えば、縄文文化を支えたのは、鮭がいっぱい来たからだっていう人もいて、
その鮭が川をガーッと上がってくるのを見たいなと思ったの。
森岡の川なら上がってくるっていう情報があるから行った。
でも一匹ぐらいピョピョピョって上がってきてて、かわいいなと思って見て。
戻ってきたら、中が強烈に上がってんの。
今上がってないのよ、今も来てないの。
この10年全然来なくなっちゃったんだけど、私が結婚した頃の17年、18年くらい前、ものすごい量の鮭が上がって。
茨城こそが縄文の文化が、風景さえも残ってたっていうのを知ったのは本当その時。
風景もそっか。今私たちが見てる風景が、縄文人が見てたそのままのもの。
本当に秋さんの絵を見て、この光景が見たい、これは北海道に行かなきゃ見れないのかと思ってたら茨城だった。
そうか、じゃあ本当に1万年も経てるけど、まだ茨城には縄文の縁理が残っているような気がする。
いろんなものが詰まっている、茨城。
いろんなものが詰まっている。
何にもないと思いきや。
何でもあるというね、全てのものが揃ってるっていう。
そうですよね、私もこのポッドキャストやろうとすると、日本という枠とか東京という枠でやっているような切り口も、すべて茨城っていう切り口からもできちゃう。
だからその縄文っていう切り口からの茨城が興味あっていろいろ聞いちゃったんですけど。
でもね、ほんと縄文ってこれからの日本にもすっごいヒントになるはずで、縄文は多分女性の方が生き生きと暮らしてたと思うんです、勝手に。
で、今少子だとか少子化だとか言われてるけど、全部のヒントは縄文ライフにあると思ってて。
縄文風に暮らすと子供だって増えるだろうし、社会の今の行き詰まり感だって払拭されるし、いろんなことが生き生きと動き出すんじゃないかと思うんですよ。
なんか私も本当に坂井さんに話聞くぞと思った時に、そういえば身の回りで梅仕事をする人がなんだか増えてきた。
味噌作りする人も増えてきた。植物を自分の手で育てないと食料危機が危ないぞっていうなんか空気が始まってる中で、縄文最強説?と思って。
24:10
そのちょっと縄文ライフを楽しんでみるとか、ヒントを探しに行くのは結構吉と出そうですね。
吉と出ると思います。
今までの縄文って割と男の方が研究されてて、男性目線の縄文が多かったと思うのね。
だからもっともっと女性に興味を持ってもらって、女性がズブズブと入っていくことで、なんか面白い展開が待ってるんじゃないかなっていう予感はあります。
事前にアンケートで書いてくださった茨城県の高校学の世界だとか、自治体の高校学に携わるところに女性が増えてきたというのも一つ何か良い変化になっていきそうだとおっしゃってたのはどういうことですか?
ちょうど過渡期だと思ってて、高校学ってモースの頃から始まって、高度経済成長の時に開発が盛んになっていって、いろんな遺跡が潰される時に文化財保護法が整っていったりして、
行政の中に発掘担当者を置いて、発掘をして、遺跡を報告書として残す。遺跡そのものは壊すという免罪法でずっときたのよね。
その時に、それだからか、たまたまその担当者は男性が多かったし、高校学で食っていくにも10年も20年も無職で暮らしていた、文化財で通ることだけで暮らしていた人が行政に入っていって、という時代がほぼほぼ終わりになって、
次の2つくらい世代が変わるんだと思うんだけど、今度はそのセクションに新しく女の子たちが入り始めている。高度経済成長期よりは開発はそんなに急ピッチじゃないけど、まだまだ発掘調査しなければならない状態で、細やかに女の子たちが掘り始めている。
男性が頑張ってこれまでやってきたのをそのまま踏襲すればいいとは思っていなくて、遺跡って男性も女性もないからね、一緒に作っていたものが残っているので、女性からの視線もものすごく必要だと思っている。
土器も今までだったら何式土器、何式土器としかやっていなかったけど、土器そのものが入っていたのは食べ物なので、食べ物の話をもっと発想豊かに考えていったり、考えるときに高校学者だけじゃダメだったら、もっといろんな人に来てもらったり、そういういろんな人を呼び込む力が女性の方があるような気がする。
もちろん男性にもそういう能力ある人いるけど、真面目に研究の方に進んじゃう方が多いかなと思っていて。
例えばどんな服を着てたのとか、どういう家の中だったのかとか、想像するのに女性の方が想像しやすいんじゃないかっていう気がちょっとする。
27:05
より生活に近い感覚を。
お母さんっていう視点の人がチームに入ってたりとかしたらそのならではの視点がありますか。
必要なものがね、わかるもんね。だって結局人間ってさ、生まれてそれで結婚して子供を産んで死んでいくっていう流れなんですかね。
子供ができて生まれて育っていくってものすごい中心になっていくはずだよね本当は。
ところが今の仕事だとかお金がとかになっちゃうから、そっちの方に目が行っちゃうけど、一番大切なのって子供ができて子供を育てることだと思うのね。
そこに近いのは女性の方がより近いと思うし、それが見えている方がそれぞれの時代、縄文だけじゃなく、やゆだって古墳だってみんな子育てして生と死の中にあるわけだから。
栗林さんもそうだけどいろんなこと調べてるとさ、いろんな面が見えてきて、今までええだと思ったもの、ええじゃないかもしれないっていうところにはただぶち当たると思うんだよね。
私もこれから茨城のこれだと思ってたものが。
高校学校本当にそうで。
いや大変。
でも本当それがなんかライフワークというか、そのライフワークって意外と今消えちゃってる言葉かもしれないなという感じなんですけど、
まああえて使ってみるんですけど、そのなんかそうやって触れ続けるからこそいろんなことを気づいていくのがライフワーク感ありますね。
ライフ感あるね。
なんかね、考古学そのものの研究よりも、こういう縦箱の隅について本当は何だったのかって調べるほうが楽しい。
モースだったら、モースが研究した縄文の内容よりもモース先生が何を見て何をしたかが面白くなってきちゃうんで、ちょっとこう横道にそれすぎる。
この番組のスポンサーをご紹介させていただきます。
水戸市ウェブサイト政策株式会社アイテックプラス様。
水戸市介護障がい福祉の株式会社ゆりかご様。
埼玉県その辺の参戦地主催藤井さとし様。
埼玉県登山教室プタリピーク代表の田口直樹様。
水戸市ハンドメイドイベント主催のプチマルシェギフト様。
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また番組フォローしていただいたりとか、最後まで視聴していただくことがこの番組の応援になりますので、ぜひよろしくお願いします。
また次回もぜひお楽しみください。
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