実は車関係以外にも飲食のお店を展開してたりするんですけど。
どのくらいやってらっしゃる?
店舗数で言うと今5店舗ですかね。
5店舗すごいですね。
飲食はバーの方を3店舗と、麺系のいわゆる混ぜそばっていうんですかね。
を2店舗やらせていただいて、この収録のタイミングの本当に先週のタイミングかな。
バーの方の4店舗目の契約を恵比寿の方でしてきたっていうところなので、飲食6店舗という形に現時点ではなるかなと思いますね。
すごいですね。全部都内ですか?
はい。代々木、渋谷、密宿、恵比寿というこの辺りのエリアでやらせていただいてます。
バーがお好きなんですか?お酒がお好きなんですか?
そうですね。毎日飲んでますね。家での晩食も欠かさず。
何を飲まれるんですか?お家では。
お家では基本ビールか、最近だと自分トライアスロンもやって体を動かしたりもしているので、
飲みたくないなあっていうのがあってですね、保留酒という、ウイスキーとかが多いですかね、のハイボールとか、焼酎もたまにいきますけど、
最近ちょっとハマってるのは、知り合いの方がワイン会を開いてくださったりっていうのがあって。
なるほど、素敵ですね。
なのでちょっとワインの方にもちょっとハマったりっていう感じですね。
じゃあワインを嗜むようになったのは割と最近ですか?
そうですね、昔ちょぼちょぼでしたけど、なんか最近そうですね、なんか飲む機会が多かったりっていうのがあるので、すごく興味を持ち始めたっていうところですね。
ワインはね、奥深そうですもんね。
なんか知れば知るほど、底なし沼のように、種類もいっぱいあるし、いろんな地方で作られてるし、いろんな製法があったりとかっていう、すごい奥深い世界だなあっていうところで、今ハマってますね。
で、一方で混ぜそば屋さんも2店舗?
そうなんです、はい。
これは太りそうですけど、そこは問題ないですか?
そうですね、僕はお店に基本立たないので、店舗責任者だったり、アルバイトの子たちでやっていただいているので、自分が店舗に立つことはないんですけど、たまに味のチェックをするぐらい。
混ぜそばがお好きだから経営されてるわけではないんですか?
麺類以前、実は10年以上前、家系ラーメンっていうのも、実は名古屋の方で3店舗やってた時期があるんですよ。
名古屋で家系をやっていたんですか?
そうなんです。で、この前も交流会に参加したタイミングか何かで、そんなお話をしてたら、え?みたいな。名古屋の侍ですか?みたいな。知ってます?みたいな。
まあ侍っていうラーメンの名語でやっていただいたんですけど、東京にも2店舗ほどあって。
実はそこの大将と、うちの役員が繋がりがあってっていう、ちょっとどんどん話が外れてっちゃうんですけど、その絡みがあって、ちょっと名古屋で、要は看板掲げてやらせていただいてたっていう経緯があるんですけど。
まあ色々と諸問題あったので売却して、今はもう名古屋の方のお店は関与してないんですけど。
まだ侍は名古屋に今2店舗残ってるみたいですね。
家系って横浜ですよね?
そうです。
それを名古屋に持って行って。
そうです。当時だから十何年前だと家系ラーメンって関西の方ってそんなにお店自体も多くはなかったので。
家ってつかないんですね?店名。
そうなんですよ。何々屋とか何々。
なんでうちの知り合いの大将は渋谷でその侍っていう名前でやってたので、その名前をもう本当にそのままいただいてやらせていただいてましたね。
そうだったんですね。
そうなんですよ。
でも本業は車なんですよね?
そうです。本業は車です。
車がお好きなんですよね、きっと。
そうですね。車好きにもいろんな種類があって、走らせて楽しむ方だったりとか、見て楽しんだりとか。
大きく言うとそのぐらいがあると思うんですけど、僕はどちらかというと後者なので、乗ってサーキット走ったりとか、馬力がどうだとか、
ゼロ百何秒で走れるとか、最近もうちょっと問題になってると思うんですけど、首都高とか飛ばしたりとか、
ああいうなんか走らせて楽しむっていう僕はタイプよりも、なんか見てかっこいいとか、乗って見栄えがいい車が好きっていうタイプですね。
何かきっかけがあったんですか?
そうですね、昔から車好きの友達がいたりとかっていうのはあったんですけど、バイク乗ってる仲間だったりとか。
なのでいわゆるそのモーター系のものっていうのはすごく興味があったんですけど、自分がその車屋さんに興味を持ち始めたっていうのは、
僕が若い頃よく見てたハリウッド映画があるんですけど、
はい。なんていうやつですか?
ジョン・トラボルタさんが出演されていた、ソードフィッシュっていう映画があるんですよ。
中身はあんまり覚えてないんですけど、ストーリー自体は。
なんかハッカーの話とかそういう話だったとは思うんですけど、僕はどちらかというとそっちよりもその目を奪われてしまったのが、
その当時、ジョン・トラボルタ以外にも出演されているキャストの方っていっぱいいたんですけど、
その中でハルベリーっていう女優の方がいらっしゃって、その方が乗っていたジャガー、イギリスの車ですね。
そのジャガーのオープンカーがあるんですけど、真っ赤って言ってもちょっと、いわゆる赤ではなくてワインレッド。
あ、ワインレッド。
のジャガーのオープンのコンバーチブルに乗って現れる、登場するっていうシーンがあって、
ちょっとそこに心を奪われたというか、この車めちゃくちゃかっこいいなと思って。
自分なりに当時インターネットだったのかな、当時2000年前後ってインターネットってありましたよね。
もうそろそろそうですね。
そうですよね。なのでいろいろ調べたんですよ。
そしたら新車価格で当時1200、300万したんですよね。
結構しますね。
そうなんですよ。なので、あ、これは乗れんなと。
乗るにはどうしたらいいんだろうな、手っ取り早く。
稼ぐしかないな。でもそんなに簡単に、私そこそこでそんな1千何百万の車が買えるほど稼げることってないよなと思って。
単純だったんで、ジャガーで働いちゃったらお客様の車乗れちゃうじゃんって思った。
すごい発想ですね。
そこからですね、なんか車に興味を持ち始め、車業界に飛び込んだっていう感じですかね。
飛び込んでみてどうでした?
いや、乗れましたよ。
乗れました。
車には乗れました。憧れの車には。
夢は叶った。
夢は早めに叶ったんですけど、いろいろと車業界に入ることによっていろいろ知ることもあって、
実は僕最初に車業界に入った車屋さんがジャガーのディーラーだったんですけど、
はい。
ディーラーってフランチャイズ製なんだとか。
そうなんですか。
そうなんですよ。
職員じゃないんですよ。
あれ、本部がここに出しなさいっていう感じで出してるわけじゃないんですね。
そうなんです。
テリトリーの問題だとか、そのディーラーを掲げるためにいくつかクリアしなきゃいけないこととかっていうのはあるみたいなんですけど、条件というのが。
そういうのをクリアして、要は看板を掲げて、インポーターって言って言うより輸入元から車を下ろしてもらう。
っていうのが、これジャガーだけに関わらずBMWであったりメルセデスベンツであったりポルシェであったりっていうのは全て今、
輸入者のインポーターっていう輸入元があって、そこから権利を買い取って各店舗やってるんですよ。
なんで、裏王とかディーラーさんとか調べると株式会社に○○とか何々株式会社っていうのが必ずついてて、
なんで別会社なんですね、それぞれが。
っていうことを学んで、たまたま僕が一番最初に入ったジャガーさんっていうのが、結構経営が木の車の状態で。
そうでしたか。
そうなんです。僕所属してたの1年半ぐらいなんですけど、最後の給料もらえなかったんですよね。
おー、そうだったんですね。
そうです。で、最後の給料もらうもらわないの話の時に、その当時お付き合いをしてた中古輸入者販売会社さんの方の部長さんと知り合う機会があって、
そこでちょっと会社が危ないなと思ったんで、早めに蔵替えしようと思って、その部長さんに声をかけさせていただいて、そっちの方に移ったんですよ。
そこが前の、自分が今会社を立ち上げる前の会社で7年間お世話になった会社さんっていう感じですね。
じゃあ最初のジャガーが1年半で、その後、卒業の会社で7年半?
そうです。その後に今の会社。で、会社で18期っていうような形ですかね。
じゃあずっと車のお仕事続けてきて、もう自分でやろうって思った瞬間があったわけですね。
そうなんです。それがさっきのソードフィッシュの話と同じように、自分考えが単純なんだと思うんですけど、
7年その前の前職でお世話になった、たぶん3年目、4年目ぐらいの時に営業でトップセールスっていうのをやらせていただいて、
売り上げで言えば、いろんなサポートは当然あるんですけど、自分1人の成績としては、1年間で13億ぐらい売り上げたんですよ。
すごい。1台が高いとはいえすごいですね。
そうなんです。ちょっとITバブルだった時だったので、フェラーリだったりランボルギーニだったりメルセデスベンツだったりっていうのがすごく売れた時ではあるんですけど、
月にすると平均12台ぐらい売ってたんですよ。
月に12台。そんなに売れるものなんですか、普通。
売れた時代だったんですよね。
でも他の方はそうじゃなかったわけですよね。
いや、営業中に少なかったと思うんですけど、当時その全職が2店舗あった時だったので、でも1店舗でだいたい月に店舗で30から35台売っていて、営業マンが3、4人っていう状態なので、
5、6台は少なくとも1人売っている。多い人で2桁いくかいかないかっていう中で、僕は毎月コンスタントに12台ぐらい売らせていただいてたっていう時代ですね。
なんで渋谷さんはそんなに売ることができたんでしょう。車が好きだから。
車が好きっていうのもあるんですけど、やっぱり人と対話をすることが好きであったりだとか、意外と懐に入っていくのが得意だったのかもしれないです。
20代半ばぐらいで、当時ターゲットとしていたお客様の層ってやっぱり富裕層の方多かったので、35とか40、45っていう方が多かったと思うんですけど、そういう方に結構日遅れすることなくというか、バンバン
懐に入っていけてたのかなと思います。
今考えると大変失礼な話なんですけど、20代の若層が本当に初対面の目上の方に対して、今日決めないんですかとか、買わないで帰るんですかって平気で言ってたので、失礼なんですけど、それがお客様にとっては心地よ
くはないんですけど、なんだこの小僧みたいな。
背中を押してくれた。
今考えるといまだにお付き合い20年超えるお客様とかも十数人とか結構いらっしゃるんですけど、いまだにやっぱり昔話になると、渋谷くんあの頃若かったよねみたいな。
あの時ちっちゃかったお子さんもいたけど今いくつになったのみたいな。いやもう成人迎えて大学卒業して社会人になるんですよとか言うと、うわ早いねみたいな。渋谷くんと変わらないぐらいの年になってるんだねって話
をしたりするぐらい長くお付き合いさせていただいてるお客様も結構いらっしゃいますね。
なんかそうやってどんどん人の懐に入っていけるルーツというか、何でそれ培われたんでしょうね。ご家族?お家。
ご家族かもしれないですね。うちの母が結構うなし好き、世話好き。うちは団地住まいだったんで、いわゆるその団地の中でのコミュニティって、なんかやっぱ昭和ならではというか、
友働きのお父さんお母さんがいるお家庭だったりすると、風呂も結構勝手に人様の家にお邪魔してとかっていう時代だったんですよ、僕らの時って。
なんかドコドコ君の家、今日なんかお母さんお父さん遅いみたいだから、うちでご飯食べさせるからねとか、そういうのが結構なんていうんですか、その同級生だけでなくて、3つ4つ5つ離れてるお兄ちゃんだったり
とか、
いわゆるちっちゃい弟みたいな存在の子でも、年関係なく近所付き合いが結構あった時代なので、その中でもうちの母は結構世話を焼くタイプだったかなと思うんですよ。
要は団地なので結構いろんな人いるんですけど、ドコドコの誰々君が挨拶しないというと怒ってってとか、目の前通ると、おはようは言わないのみたいな、そういうなんか礼儀を教えたりとか、その人の子ほっときゃいいの
にと思うんですけど、なんかそういうのもあって。
昭和のいいあれですよね、よその子も叱る。 そうですよその子も叱るし、うちも結構よくこの前か昔話にもなりましたけど、近所にいた同級生、やっぱお父さんお母さんが離婚問題あーだこーだっていなくなっちゃった
って言って子供だけで生活してて、1年間ぐらいその子のお弁当作ってたりとかしましたね。
え、お母様が? はい。で僕がそいつに届けるっていう。懐かしいな、そんなこともそういえばあったなぁなんて言って。
なんでまあなんか人の世話をしたりとか、なんかそのなんていうか、なんかそういうのを当たり前に見てたので、人と接することって僕も嫌いじゃなくて、そういう部分が関係しているのかなぁどうなんでしょう。
えーじゃあ団地の中で年齢もね同い年じゃなくても、いろんな世代の人と関わってきたのがお仕事に生きていた。
うーん、なのかなと今、今考えるとそうなのかなと思ったりしますね。
でも素敵ですね団地でねそうやって、じゃあ渋谷さんのうちに他のうちの人がご飯食べに来たりお風呂入りに来たりみたいなこと。
いやー全然ありました。それが日常でしたね。僕も人様の家に風呂入りに行ったり。全然ありましたんで。団地ならではっていう感じですよね。
それは昭和のいいところだなぁって思いますね。
今なんかそんなの見ないですよね。見ないというか知らないだけなのかもしれないですけど。
なかなかないと思いますけどね、すごい素敵です。
そうですよね。
そんな渋谷さんなんですけど、人生の中って今が85点で、じゃあ一番点数が低かったなーの時っていうのは、いつ頃で何点ぐらいですか?
いつ頃、会社をその立ち上げて、今から10年近く前ですかね。が50点とか。
50点ぐらい。
40点とか。
50点か40点。大変だったんですか?
そうですね、人は辞めちゃうし事故は多いしとか。
事故?
そうですね、結構今だから言えますけど、車業界、どこの業界もそうなのかもしれないですけど、結構ブラック企業だったので。
えっ自分の会社がですか?
はい全然ブラックでしたね。朝は早いわ、夜は遅いわ。それ前職の時からなんですけど、車屋さんってそういうところがあったような気がするんですけど。
結構本当に夜、前職もそうですけど、朝9時ぐらいから12時1時、2時当たり前だったので。
2時は遅いですね、ちょっと。
なので結構なんかそれが染み付いてて当たり前のように起業した後も、なんかそれが働くことが正義みたいな時代だったので。
ただやっぱりその長時間拘束というか長い時間働くと、やっぱ当たり前ですけど睡眠不足になったりだとか、注意力散漫になったりとか、当たり前なんですけど今考えると。
そうなると結局そのうち車を扱う商売なので、運転中に事故起こしちゃうとか。
あー危ない。
そうするとせっかく得た利益を飛ばしちゃうわけじゃないですか。
で、プラスそういうことやってるんでやっぱ人が結構辞めがちというか。
入っちゃあ辞め、入っちゃあ辞めみたいな。
で、入れるために求人広告出したりとか。
はい。
しなきゃいけなかったので。
はい。
そうすると結局なんか人を雇うためにお金使ってせっかく雇ったのにまた辞めてっちゃってみたいな。
育つか育たないかぐらいの半年とか1年ぐらいで辞めてっちゃうみたいな。
ことがちょうどそうですね。
6、7年、7、8年目ぐらいのときは立て続けにいるがあったので。
その頃から車老司さんに相談しに行ってしっかり車足を作ろうとか。
車内規定しっかりしなきゃねとか。
休みもちゃんと与えなきゃダメだよねとか。
有給もちゃんと設定しないとねとかって言って車内改革を始めていったっていう感じですかね。
なので当然自分もプレイヤーだったので。
家のことはほとんど妻に任せて育てもあんまりしてこなかったっていうのがちょうどその10年ぐらい前ですかね。
なんで子供が小学生ぐらいのときですかね。
家族で一番出かけたりしたい時期ですね。
そういう時期にちょっと僕は仕事ばっかりなので点数としてはなんかそんな感じになるかなと思いますけどね。
今はご家族仲良くやってらっしゃるんですねお子さんとも。
はいめちゃくちゃ仲…めちゃくちゃじゃないけどうち男2人なのであんまり喋らないですし。
なんか家族でドコドコっていうのはあんまりないんですけど。
なんか一つほっこりというかエピソードとしては長男が1年前かちょうど23。
次男が19。
まあどちらも大学っていう時にたまたまなんですけどなんか家族の話題で何年か前に言ったマスズリ楽しかったよねって話になって。
じゃあ行くなんていう話で久しぶりに。
でまあお前らも大きくなったしみたいな。
4人で行くのもいいけどって話をしてたらたまたまそのマスズリに行くっていう話をそれぞれ長男も次男も。
なんか当時の彼女さん未だに続いてるみたいなんですけど彼女さんに話したらなんか私たちも行きたいみたいな。
来るの?と思ったんですけど。
結果まあ僕妻長男次男それぞれの彼女さん計6人でマスズリ行ったっていうのがあって。
いろんな人に話しすると彼女さんとかついてくるの?みたいな。
どんな感じで過ごすの?って言われたんですけど結構普通にイチャイチャとかしてるんですよ。
いいですね。
大人だなと思って。親の前でイチャイチャできるんだ。
見えてないです周りは。
本当に完全に2人の世界でいやいや親もいるよみたいな。お兄ちゃんか弟もいるよみたいな。
確かに。
僕らの時代なんかこそこそじゃないですけどお互いのなんかお父さんお母さんってなんか顔合わせづらくなかったですか?
そうですね確かに。
今の子ってなんかそういうのあんま気にしないみたいで。
なんなら昨日もうちの次男房の彼女は家で飯食って帰って行ってますからね。
なんかでもいいじゃないですか渋谷さんのお家もともとそういうお家だったからね。
いやなんか彼女さんがなんか近所の方とかっていう感じだったらあれですけど。
彼女連れてきて一緒に飯囲むってなかなかなんかまだ婚約してるわけでもなく。
いやー。
なんかこういうのって普通なのかなと思う。なんかちょっと疑問ですけどね。
週2、3いますね。
そんなに結構頻度が。
週1は必ず家でご飯を食べて帰ってきますね。
ご飯が美味しいのかもしれませんね。
それは妻が喜ぶと思うんですけど。
そっかそっか。
現状がとても素晴らしそうなんですけど、あとはあれですよね、趣味。
趣味のお話も聞いてみたいです。トライアスロンの魅力ってどこですか?
なんでしょうね、皆さんに聞かれるんですけど、やってる時しんどいんですけど、
ですよね。
終わった時の達成感と、やっぱり横の繋がりというか、
そのゴール後に達成感をみんなで共有できるっていうのが結構楽しくて続けてるかなと思うんですけどね。
苦難を一緒に乗り越えたっていう。
個人の競技なんですけど、結構こうレース中に声を掛け合ったりとか。
そういうことされてるんですね。
そのコースにもよるんですけど、僕来週末、日本で一番距離としては長いレース。
で、佐渡トライアスロンっていうのがあるんですよ。佐渡島、新潟の。
佐渡島でやるんですか?
そうなんですよ。そこは、水務、泳ぐのが4キロ。
自転車がいわゆる佐渡を一周するんですよ。大佐渡、小佐渡。
190キロ。
190キロ。
その後にフルマラソンで42.95キロ走るんですけど。
それ同じ日にやるんですよね?
そうですよ。朝6時スタートかな。
え?
5時半、6時、そのぐらいのスタートですね。
終わるの何時ですか?
僕は今回で3回目なんですけど、過去に1回行ってた時は11時間半前後ぐらいなので、どちらも5時半ぐらいに終わる感じです。
日が落ちる前にゴールしてるかなっていうところですね。
食事とかされないんですよね?
いわゆる補給食といって、ジェルであったりとか。
人によってはトライスーツって言ってるウェアがあるんですけど、その後ろにお手製のおにぎりをサランラップに包んで持ったりとかするので、適時適時接種する感じです。
着替えないんですよね?スイムから自転車とか。
人によるんですけど、僕なんかはトライスーツって言って上下、レスリングの、わかりますかね?ノースリーブで、ワンピースみたいな、ワンピースって言ったらおかしいですけど。
わかります。つなぎ縫いみたいな。
わかりますか?
ああいうのを着て、すべてやる人もいますし、バイクになったらバイクジャージっていうのが、お尻のパッドがちょっと厚いやつがあったりとか。
競技ごとに着替える方もいらっしゃいますし、そのトライスーツ一本でやる方もいらっしゃって。
様々ですね。要は走る時にそのトライスーツだとちょっと嫌だなっていう方は、ランニング用のTシャツとパンツに履き替えたりとかいう方も中にはいらっしゃいますね。
では持ち歩いてるんですか?競技中も、着替えを。
トランジションっていって、いわゆる泳ぎ終わりました、今度自転車乗りますって言った時に、自転車が置いてあるところがあるんですけど、そこのスペースを一部、自分のスペースが専用のスペースがあるんで、そこに必
要なものを置いておいて、着替える人は着替える。
着替えない方は着替えないで、ウェットスーツ脱いで、ウェットスーツはそこに置いて、自転車に乗り換えて、バイクのパートに旅に出る。
帰ってきたら今度またランニング用の荷物が置いてあるところで、ランニングの荷物を取って着替えて、バイクで使ったヘルメットだったり何々を全部置いて、出かけるっていう感じです。
なんですね、すごいですね。どこが一番苦しいんですか?いつも同じ場所で苦しくなりますか?
皆さんやっぱりその3種目で得手不得手があるので、自分はスイムがしんどいので。
一番最初が?
はい、なので一番最初陸にから上がったら勝ったなと思います。
勝ったなって実は自分にですけどね。レースに勝つわけじゃないんですけど。
もう辛いとこがそこで終わりだから、あとは得意分野を攻める?
あとは陸に上がってしまえば、自転車こいで走れば、いつかはゴールできるので。
すごいスタミナですね。
やってたらつきますよ、皆さん。
へー、痩せそうです。
意外とそれがですね、その後の4種目目の打ち上げで飲み食いしちゃうんで。
あんまり実は変わらないっていう説もありますね。
こんなに運動しても4種目目でちゃんと復旧するってこと?
4種目目がメインっていう方が多いので。
そうか、それを楽しみに頑張ってらっしゃる。
そうなんです、そうなんです。
なるほど、なるほど。いやいやいや、本当に渋谷さん話が尽きないんですけど。
すいません、話してばっかりです。