シャンカール・ベダンタムさんという方が書かれた本なんですけど、私たち人間って自分で考えて、自分で決めて、自分で行動してるって思ってるじゃないですか。
でもこの本は自分でも気づいてない脳の働きとか偏りとかが人間関係とか日々の判断、選択とか行動にかなり入り込んでるよっていうことを、いろんな研究だったり実例からちゃんと見せてくれてるものになってまして、
この本からね、もう知ったらもう元には戻れないっていう3つの恐ろしいポイントを厳選してお話ししていく。
もう怖いのに寄せてるだけなのか、本当に怖いのかが全然わかんないんだよね。
どっちなんだろう。
めちゃくちゃ今年一怖くなるかもしれない。
まずね、一つ目のポイントが、その自分で決めたっていうやつは本当に本当にあなたが決めましたかっていうポイントで、
例えば池早さん得意なことなんですか?
得意なこと?得意なことか。難しいな。得意なこと。
自分の得意なこと。何でもいっぱいある中の一つ。
コツコツ時間通りにずっと何かをやり続ける。
コツコツ時間通りにやり続ける。
決めたことをやり続ける。
決めたことをやるのは得意なこと。
じゃあ池早さんって感じ。周辺者は。
ダラダラする。
得意なことだね。
今お二人が言った自分の得意なこと、自分だけで決まってると思います?
自分が自己決定をしてそうしようとしてるかってこと100%。
それはそうだね。自分の意思とか関係ないよね。そうなってるからそうなってるみたいな感じで決定されてるからそうなってる。
そうなってる。
これってどこまで他の人が介入してるかって分かんないというか普段は。
そうなってるって池早さんみたいに多分思ってると思うんですけど、この本読んでると隣に誰がいるのかっていうので自分は何が得意な人なのかっていうのまで変わる可能性があるっていうことが分かってくるんですよ。
まず一つは人は絶対値じゃなくて近くの人との比較で自分を見るっていうポイントで
本人はアルツハイマー研究で知られる研究者のジョンとバージニアっていうご夫婦が登場するんですけど
お二人同じ研究分野にいてどちらも優秀な方々なんですよ。
でも同じことをして完全に競争するんじゃなくて、だんだん互いに違う領域を自然と担当するようになっていったっていうケースが出てきて
その本では人間は近い相手と無意識に役割を分けていて、自分の得意分野をそこで作っていく可能性っていうのに触れられてるんですね。
つまり、私はこれが得意だからこれを選んだとかっていうよりは、あの人があっちを得意としてるからじゃあ私はこっちっていう調整が実は起こってるということ
だからこれ、お家でもないですからね。近くの人、ご家族とかが、あの人があっち得意だからじゃあ私はこっちみたいな
私茄子火食べるやん。こういう、しゅーちゃん茄子火苦手やん。っていうこと。
好き嫌いですね。
お家でこういうのないですか?
食べ物好き嫌いとはなんかちょっと話がレイヤーが違うような気がする
奥様がこれ得意だからとか
そうですね。やっぱり切り分けますね。うちだと僕が担当するのは、たとえば生ゴミを畑に埋めるのが僕がやりますね。
生ゴミはシャベルで掘って生ゴミをザーって
力仕事
僕洗い物嫌いなんで、洗い物指に包丁が刺されば割るわ
絶対に危ないですね
怪我する率が高いからやりたくないけど
どんな洗い方してるの?
雑なの。だいたい食洗機に入れるときに手を滑らすなどガチャってやってる
食洗機の中でガラス割るとめんどくさいんだよね。全部一回出して
そんな割れるかな
意外な一面だね
そこらへんすごいな。たぶんエディエチリ切りとか
雑にしかできない。丁寧にやる気がしないから
そこは分担してるみたいな
これが自分たちで決めてるっていうよりは、自然に無意識でやってる部分があるっていうことなんだ
兄弟とかでも考えて、家族の中でこの人がこっち得意だから自分こっちしようみたいな
いけはやさんよりもっと食洗機苦手な人が家族にいたら、いけはやさんはやるようになると思う?
可能性のある。私虫苦手なんですよね
出現したときは夫を呼んでお願いっていつもお願いするんですけど
夫がいないときにどうしようもないときめちゃくちゃ頑張るんですよ
頑張ってトングでほいって頑張る
これって夫がいるときできないんだよね
っていうこの無意識の、なんか伝わる?
まあまあ
あれ?
まあまあそうか
じゃあ2つ目のポイントがありますね
2つ目というか、相手との関係で好みまでが動く実験っていうのがあって
2人1組でね課題を行う実験が紹介されてるんですけど
ある分野では相手の方が優れてるって感じるような状況を作ると
自分は別の分野を好むっていう方向に動いていくっていうことが書かれてて
大事なのは人がいつもその、よし私は競争を避けるためにこっちを好きになるぞとかって
意識的に決めてるわけではないっていうことなんで
これ気づかないうちに相手との関係性に合わせて自分の評価とか選択が調整されてるわけですよ
だからこれも無意識なんですよ
え?
なるほどね
いやいや分かりますよ
分かる分かる
今の中で一番しっくりしてる
じゃあそれをもってもう1個ポイントとしよう
かなり近い人ほど影響が大きいということで
ご友人、恋人、夫婦とか自分に近い人の成功が自分の感じ方に影響する話も出てきてる
特に自分も大事にしてる分野で相手が成功すると単純に良かったねだけでは済まされないという場合があって
でも自分とは関係の薄い分野なら素直に相手の成功を喜びやすいっていうのが人間
さっきゲームとかさ
私夫に挑まれてゲームをして車でゲームしてた時があって
それ負けた時自然…負けた時じゃない
私が勝った時に自然と涙がこぼれたんですよ
これひどい話ね
レスラーにゲーム付いてたじゃないですか
運転ゲーム
あれでやってて私ゲーム興味ないからっていうもののやってみたいからやろうって言ってコントローラー買ってやってたら
とにかくゲームとか得意やんか
ちょっとやったら勝てるから
ちょっとやったら勝てるから
男女の違いもあるんやゲームやってきたんだもんね操作方法とか
やってたら全然勝てんくてもう一回もう一回もう一回
夕方の6時くらいからテスラ乗ってずっとやってたら夜の11時くらいまでやってた
もう一回もう一回もう一回みたいな
で最後ほんとにシュウちゃん手抜かんとってねみたいな
手抜いたら一回一回本気でやってって
分かった分かったおーって言って本気で勝って勝って勝って
眠くないながら勝って勝って
最後ほんと1秒、れいこも1秒くらいで勝った時に
勝てるまでやるんです負け続けても
いろんな意味ですごい嘘だよマジで
で一回勝ったらそれから一回もやらないです
勝ったからすごい興味ないみたいな
とにかく勝てるまでやるっていうね
でもそれもなんていうのやっぱり近いから
この競争心がね多分湧いたのかも
それはすごい分かるイケアさんがめっちゃ今ブレイン出すやん
で見てたら俺の方がショート動画とか伸ばしてるから
俺のスキルの方が売れていいだろとかめっちゃ売れてんのイケアさんの中で
イケアさんなんかショート動画伸ばしたことないのになんで売れんだよとか
自分が得意なことだと思ってたのに
それをイケアさんが顔出しなしで動画作れるから
イケアさんの方がハマったんだけど負けて気持ち負けてやってるからさ
ハマったんだけどそれはすごい悔しかったね
これ近いっていうのは大きいだろうね
あとクロードコードの教科書も出したやろ
クロードが俺の方が先に座ってる気がしかなかった
思いながらなんで売れんだよみたいな
だからまさに自分のやってる分野だったり自分の近い人だよね
俺することなくなったって思っちゃったやっぱり
でもそれは多分市場的に見た時に
狭いとこで市役要索になってて戦ってるっていうかさ
別にイケアさんが売れたからといって市場がもっと大きいわけだから
僕は別のテーマで本当に書けばいいんだけど
やっぱその時はすごい思っただからそれはすごい納得がいく
これ結構今ねブレインで思ってて
イケアさんにリプとかしてる人とかは多分そうだと思う
なんでイケアが売るんだよ
俺がもっと早くからAI使ってたのにみたいな
それは同じ分野っていうことなのかな
ブルドーザーイケアにブチギレてる人がいっぱいいる
なかなかミミッチーこと考えてる
イケアさんそういうのないですか?
近しい関係性だったり同じ分野の人に
あんま経験がないな
仕事とかは特にないね
イケアさん新しいことやるからじゃない
周りと被らないそもそも多分
どんどんどんどん新しい方に新しい分野にいくから
むしろイケアさんとかの絵画の情報も取ってて
こんなことできるんだって持ってくる側だから
すかすかのところに持ってくるから
なんもないんじゃないかな
経験思い出してもないから多分ないんだろう
面白いね
逆に多分よくあったの
オブシリアンとかを言い始めた時に
オブシリアンの子産界隈が
オブシリアンそういうもんじゃねえとか
そういうもんじゃない
アニメとかもそうですよね
そういう子産がポジションを取って
やんや言ってくるのにはブチ切れてる気がする
まさにその現象
国境というかね
そういう人たちは多いだろうね
僕もやっぱ小さい人間だから思ったけど
人間だからそれが隠されたんですよね
脳の仕組みが
そうなってるっていう
面白いそれは確かに面白いね
だから私たちは自分一人で自分を作ってるわけではないよ
近くにいる人と比較したり役割分担したり
関係性作ったりして得意不得意とか好みとか
自己評価まで結構無意識に調整されてるよね
っていうことでございます
面白いね
よかった
非常ベルが鳴ってもみんな座ってたら逃げられるのかもない
例えばちょっとここでデストロイヤーデスを持ってきたいんですけど
あなたたちはデストロイヤーデスのライブ会場に今いるんですよ
でもううわーって応援してるんですよ
デストロイヤーデス
デースってこう言って
この時リンリンリンリン
非常ベルがリンリンリンって鳴ってるんですよ
非常ベルどうしようどうしよう
でもスタッフも別に動いてない
なんか特殊な行動してないしみたいな
隣の人もなんか別になんでもないんじゃないみたいな
普通にお茶飲んでたりとか
っていう時お二人だったら逃げます?
むずいなんかそういう
ちゃんと非常ベルの音だって
一瞬なんか演出だと思っちゃうね
そういうライブの演出なのかなって
じゃあもう非常ベル非常ベルって言ってるんですよ
そしたらどうしよう
でもみんななんか普通な感じ
デストロイヤーデス自身も
デースデスデース
もうめちゃ普通
みんな元気ですか?
普通
どうする?
僕は出るかな
出る?
出たい?いや分かんない
なんかどうだろう
悩む?
デストロイヤーデスが本人がそういうテンションだと
大丈夫かなって思っちゃう
主催者側だからね
そうですよね
主催側がなんか平気なのか
うーんって感じで戸惑うよね
戸惑いますよね
出るの分かりやすさと大きさにもよるよね
リンリンリリンじゃちょっと分かんない
非常ベルデス
めっちゃ鳴ってる
非常ベルデス
それは出るじゃん
出るか
でもデストロイヤーデスは普通
イエーイみんな元気
そっちの方が問題がある気がする
ここがね今ちょっと笑い話になってきてるんですけど
これがちょっと笑えない話にもなってきて
この本ではね911の世界貿易センターで実際に起きたことを通して
危険の時人は必ずしもすぐ逃げるわけではないっていう話が出てくるわけですよ
建物が揺れたりだとかなんか異変が起きたりしても
人はまず何が起きた今何が起きてるって状況を理解しようとするんですよね
で情報が足りない時に何を見るかっていうと周りの人を見るんです
あの人逃げてないな
上司も突っ立ってるなとか
なんかみんな普通そうだなとかそうなると
誰も逃げてないっていうこと自体が
大丈夫なんだっていう情報になってしまう
これめっちゃ怖くないですか
全員がみんなが動かないから大丈夫なんだろうなって思ってる
でもそのみんなもみんなが動かないから大丈夫なんだろうなってみんな思ってる
これ誰も正解知らないのにみんな他の周りを見て
うんうん大丈夫だなって確信しちゃうわけですよ
鳥肌も鳥肌も
すごい鳥肌になっちゃうんだけど
鳥肌ポイントちょっと怖いけどね
みんながお互いお互いみんな大丈夫って思ってるのが怖くないですかっていうところで
でも一方で危険を察知して
逃げろ逃げるんだと周囲に働きかけてね
他の人たちの行動を変えた人の例もこの本には出てくる
ここがすごく重要だと思って
みんなに流されるからダメとかっていうわけではなくて
逆に一人が動くことでその行動自体が新しいシグナルになってね
周囲を動かすこともあるわけですよ
だから誰も動かないだから動かなくていいんだ逃げなくていいんだにもなり得るし
一人でも動いたら逃げた方がいいのかもしれないっていう風になる
私たち思ってる以上にお互いお互いをめっちゃ見ながら判断してるわけですよね
この本では人間の欠陥を謳われてるっていうよりは
昔から集団で生きてきた人間にとって
周囲を見ることが生き残るために役立ってきたからこうなってるんだっていうのも説明されてて
やっぱり昔周りを見ますよね
草むしりというか草むしりしながら生きてたのかな
ちょっとわかんないマンモス時代とか草原の中で
もし草むらがぷぷぷって揺れてたとして
その時にやっぱり隣の人が踊ってたら大丈夫かって思うかもしれない
隣の人が逃げてたらマンモスかもしれないとかって逃げるわけですよね
だから自分の命を守るために大事だったっていうことかもしれない
一緒に走った方が生き残れるし
でも現代の災害では昔は命を守ってくれてた
みんなを見るっていうのが逆に判断を遅らせてるわけですよ
ここがすごく怖いところで
だからこの本読んでてね、私は非常時にちゃんと判断できるんだろうかって結構自信がだいぶなくなってしまったというか
だからこの本読んでも持ち帰りたいのは危険な時ほど
みんながどうしているのかっていうのと安全かどうかを同じものにしないっていうのが大事だなって思った
周りが落ち着いてる、周りが逃げないから安全とは限らないし
誰も動いてないから動かなくていいっていうことでもない
場合によっては自分が最初に動くことで他の誰かが動けることもあるよね
その一人にもなれる
その一人になりたいって思ったし
リーダーシップだよね
すみません、自分の話になるんですけど
私結構卒演してやってることがあって
ドラマとか映画を見るとき
一緒に見てる周平氏は知ってるかもしれないけど
私異変を感じたら気をつけるよっていうようにしてるんですよ
いつドラマを見てるときに異変を感じるの?
多分一緒に見てる人からすると
うるさいっていつも言われるんですけど
うるさいよ
まさにこれが
全然わからない
ドラマを見ていてなんで気をつけるの?
ご飯を食べてます、ネットフリックスついてます
見ながら食べてます、主人公が犯人と
ドラマ劇中で?
戦おうとしてます、ナイフ持ってます
わーって時にどうぞ
気をつけるよーって
なんで?
誰に言ってるの?
主人公と周り
気をつけるよーって
これはすごく大事だと思う
私は日頃から搭載してるというか
気をつける!
第一人者になるということですね
車を運転していても
道があるじゃないですか、角が
それはもちろん減速しますよ、四つ角とかだと
毎回気をつける!気をつける!気をつける!みたいな
車が合流すると気をつける!
気をつけろとも言われてないし
気をつけてとも言われてないし
自動詞なんですよ
これすごく私の中で考えてて
気をつけろっていうのはすごく上からで
王兵だなって思う
だから気をつけてっていうのも
相手に押し付けて
気をつけるっていう原型で
ちょっと変ですよね
変すぎだな
僕ね逆に慣れて
普通になっちゃってる
また気をつけるって言ってる
これはなんかでも私
自動搭載されてて本当に言っちゃう
わざとでもなく
やっぱり気をつけてほしいとき
私も一緒に気をつけようって改めて
って思うとき気をつけるよって
言っちゃうんですけど
それと社会的照明がどう繋がってるんですか
だからこそ危険なとき
危険なとき第一人者として
まず動くっていう
ドラマは危険じゃないじゃん
私入り込んでるんですよね
そっちが危険ですよ
だからとにかくね
最初に自分が動くことで
他の誰かを
助ける人数というか
他の人も動けることがあるよって
自信も増えてるしね
だから本当にこれは大事だと思ってて
周りを見て
じゃあ大丈夫かって安心するよりも
まず自分が
動くっていうのを
一人一人気をつけておけばみんなが動くじゃないですか
いやーでもこれ本当
田舎はいいけどさ
都会は怖い事件が
最近ちょっと東京とか行きたくないな
電車とか乗ってたら何が起こるかね
最近あるし
そういう時にパッと
何か起こったら
奥に行くとか出るとか
地震だったら机の下に入るとか
すぐ家から出るとか
そこは本当に
自動にしとかないといけないよね
自動モードでいかないといけないね
周りを見て大丈夫だと思ってたら
やられちゃうかもしれないし
だからこれ多分
咎の時って難しい
判断が難しいからも
日頃から前提として
こういう隠れた脳があったんだって
覚えておいてほしいなっていう
気持ちで
怖かったでしょ