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舞踏会 後編
2026-09-19 15:28

舞踏会 後編

0207 260919 芥川龍之介 舞踏会 後編 朗読:本田奈也花
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サマリー

芥川龍之介「舞踏会」後編の朗読。秋子はフランスの海軍将校と踊り、食卓で日本女性の美しさやパリの舞踏会について語り合う。露台では花火を眺めながら、将校が「我々の美のような花火」について考えていたと明かす。後年、老婦人となった秋子は汽車で出会った青年に舞踏会の思い出を語り、将校の名をジュリアン・ピオだと明かすが、青年が作家ピエール・ロティではないかと推測しても否定する。

秋子とフランス海軍将校の会話
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この時間は、福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
舞踏会
芥川龍之介
後編
その後またポルカやマズイエルカを踊ってから、
秋子はこのフランスの海軍将校と腕を組んで、
白と黄と薄紅と三重の菊の間書きの間を、
開花の広い部屋へ降りて行った。
ここには、塩ビ服や白い肩がしっきりなく巨大する中に、
銀やガラスの食器類に覆われたいくつかの食卓が、
あるいは、肉と硝炉との山を盛り上げたり、
あるいはサンドイッチとアイスクリームとの塔を傍立てたり、
あるいはまた、ザクロとイチジクとの三角塔を築いたりしていた。
ことに菊の花が埋め残した部屋の一方の壁上には、
巧みな人工のブドウツルが青々と絡みついている、
美しい金色の格子があった。
そうしてそのブドウの葉の間には、
蜂の巣のようなブドウのふさが、
るいるいと紫に下がっていた。
秋子はその金色の格子の前に、
頭の剥げた彼女の父親が、
同年配の紳士と並んで葉巻をくわえているのにあった。
父親は秋子の姿を見ると、
満足そうにちょいとうなずいたが、
それぎりツレの方を向いて、
また葉巻をくゆらせ始めた。
フランスの海軍将校は秋子と食卓の一つへ行って、
一緒にアイスクリームのさじを取った。
彼女はその間も相手の目がおりおり、
彼女の手や髪や水色のリボンをかけた首へ注がれているのに気がついた。
それはもちろん彼女にとって不快なことでも何でもなかった。
が、ある刹那には、
女らしい疑いもひらめかずにはいられなかった。
そこで黒いビロードの胸に赤い椿の花をつけた
ドイツ人らしい若い女が二人のそばを通ったとき、
彼女はこの疑いをほのめかせるために、
こういう簡単な言葉を発明した。
西洋の女の方は本当に美しゅうございますこと。
海軍将校はこの言葉を聞くと、
思いのほか真面目に首を振った。
日本の女の方も美しいです。
ことにあなたなぞは。
そんなことはございませんわ。
いえ、お世辞ではありません。
そのまますぐにパリの舞踏会へも出られます。
そうしたらみんなが驚くでしょう。
ワットーの絵の中のお姫様のようですから、
秋子はワットーを知らなかった。
だから海軍将校の言葉が呼び起こした
美しい過去の幻も、
炎ぐらい森の噴水と
すがれてゆく薔薇との幻も、
一瞬の後には名残なく消え失せてしまわなければならなかった。
が、一一倍漢字の鋭い彼女は
アイスクリームのサジを動かしながら、
わずかにもう一つ残っている話題にすがることも忘れなかった。
私もパリの舞踏会へ参ってみたございますわ。
いえ、パリの舞踏会も
まったくこれと同じことです。
海軍将校はこう言いながら、
二人の食卓を巡っている人波と菊の花とを見回したが、
たちまち皮肉な微笑の波が
瞳の底に動いたと思うと、
アイスクリームのサジを止めて、
パリばかりではありません。
舞踏会はどこでも同じことです。
と、半ば独り言のように付け加えた。
露台の花火と美の思索
一時間の後、
秋子とフランスの海軍将校とはやはり腕を組んだまま、
大勢の日本人や外国人と一緒に
舞踏室の外にある星月夜の露台に佇んでいた。
欄間一つ隔てた露台の向こうには、
広い庭園を埋めた針葉樹がひっそりと枝を交わしあって、
その梢に点々と宝月蝶神の火をつかしていた。
しかも冷ややかな空気の底には、
かすかに寂しい秋の呼吸を漂わせているようであった。
が、すぐ後ろの舞踏室ではやはり、
レースや花の波が、
十六軒を染めぬいた紫チリメンの幕の下に、
休みない動揺を続けていた。
そうしてまた調子の高い還元額のつむじ風が、
相変わらずその人間の海の上へ容赦もなく無知を加えていた。
もちろんこの露台からも絶えずにぎやかな話し声や笑い声が
やきを揺すっていた。
まして暗い新葉樹の空に美しい花火が上がるときには、
ほとんど人どよめきにも近い音が一度の口から漏れたこともあった。
その中に混じって立っていた秋子も、
そこにいた婚姻の霊嬢たちとはさっきから気軽な雑談を交換していた。
がやがて気がついてみると、
あのフランスの海軍将校は秋子に腕を貸したまま、
庭園の上の星月を得黙念と目を注いでいた。
彼女にはそれがなんとなく恐襲でも感じているように見えた。
そこで秋子は彼の顔をそっと下から覗き込んで、
お国のことを思っていらっしゃるのでしょう?
と半ば甘えるように尋ねてみた。
すると海軍将校は相変わらず微笑を含んだ目で、
静かに秋子の方へ振り返った。
そうして、ノンと答える代わりに子供のように首を振ってみせた。
でも何か考えていらっしゃるようでございますわ。
なんだか当ててごらんなさい。
その時、露台に集まっていた人々の間には、
またひとしきり風のようなざわめく音が起こり出した。
秋子と海軍将校とは言い合わせたように話をやめて、
庭園の針葉樹をあしている夜空の方へ目をやった。
そこにはちょうど赤と青との花火が、
雲出に闇をはじきながらまさに消えようとするところであった。
秋子にはなぜかその花火がほとんど悲しい気を起こさせるほど、
それほど美しく思われた。
私は花火のことを考えていたのです。
我々の美のような花火のことを。
しばらくしてフランスの海軍将校は優しく秋子の顔を見下ろしながら、
教えるような調子でこう言った。
老婦人となった秋子の回想
大正七年の秋であった。
当年の秋子は鎌倉の別荘へ赴く途中、
一面式のある青年の小説家と、
偶然汽車の中で一緒になった。
青年はその時、
網棚の上に鎌倉の知人へ送るべき菊の花束を載せておいた。
すると当年の秋子、
今の英治老婦人は、
菊の花を見るたびに思い出す話があると言って、
詳しく彼に六名間の舞踏会の思い出を話して聞かせた。
青年はこの人自身の口からこういう思い出を聞くことに、
多大の興味を感じずにはいられなかった。
その話が終わった時、
青年は英治老婦人に何気なくこういう質問をした。
奥様はそのフランスの海軍将校の名をご存知ではございませんか?
すると英治老婦人は思いがけない返事をした。
存じておりますとも、
ジュリアンピオとおっしゃる方でございました。
ではロティだったのでございますね。
あのお菊夫人を書いたピエールロティだったのでございますね。
青年は愉快な興奮を感じた。
が、英治老婦人は不思議そうに青年の顔を見ながら、
何度もこうつぶやくばかりであった。
いえ、ロティとおっしゃる方ではございませんよ。
ジュリアンピオとおっしゃる方でございますよ。
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