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HonaCocchi Radio、第3回始めていきたいと思います。 今日は、実家からですね。
天ヶ崎というところなんですけども、こちらからお伝えしていきたいとおもいます。 前回、基礎福島からだったんですけれども、
なかなか酷いことになったと言いますか、 青春18きっぷで移動してたんですけれども、
基礎福島は雨の影響で足止めを食らっちゃったんで、
結局、そこからは特急に乗らなきゃ間に合わない状況になっちゃったんで、
なんかね、乗る場合って、
特急券と乗車券、両方買わなきゃいけないんですよね。 青春18きっぷを使って以上、
何やってんだ、みたいな感じになりまして、
で、名古屋に着いたんですけども、そこからね、 ある程度は新幹線を使わなきゃいけない状況になったんで、
光に乗って、舞原まで出て、そこから新海側で行けるなって感じだったんですけど、
名古屋の駅においてから、5分しか乗り換えの時間がなかったんですね。
それで、5分だから、まあ急げば間に合うよなって思ったんですけど、
あれなんですよね、乗車券買わなきゃいけないんですけど、
改札の中だと乗車券買えないんですよね。 まあまあ、そりゃそうですよね。乗車券持ってる人が、
中にいるわけですから、買えない状況なんで、 一旦改札外に出なきゃいけない状況になったんですけど、
あれなんですよ。 2時間以上の遅延だったんで、特許券払い戻しになるんですよね。
だから、それをするために、無人じゃなくて、友人の改札からみんな出なきゃいけない状況になったんで、
長蛮の列ができてて、僕も出れないからそこに並ばざるを得ないという状況になって、
あっという間に5分以上かかって、もうしょうがないなぁ、
新幹線乗んなきゃいけないなぁってなって出て、
改札で
京都までの望みの
切符を買って、
京都で乗り換えて新海側で浜崎まで移動するっていうね。
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もはやそれをするなら新洋坂まで行った方がいいんじゃないのか、自分でも思ったんですけど、
なるべく趣旨に沿ってという感じで
行動をした結果がこういうルートになったという感じですよね。 何してるんだろうって感じですよね。
まあそういうのを含めてね、今回お話ししていけたらと思うんですけど、
実家なんで、せっかくなんで反省というかね、そういうものを振り返りたいなとは思います。
自分がどういう人間かっていうところを振り返ってみるとですね、
ほなこっちっていうフレーズには結構
結びつくんじゃないかなと思うんですけど、 例えば本当に小さい頃ですよね。
僕一人一個で両親から出来合いされて育ったんですけど、 とにかく好奇心旺盛だったんですよね。
そういうエピソードがいっぱいあるんですけど、
例えば、物理的な隙間があったら首を突っ込んじゃうタイプで、
抜けなくなってね。
当時おばあちゃんも一緒にいたんで、一生懸命引っ張られてスポッと抜けたみたいな記憶が
おぼろげながらあったりしますよね。
それから40年近く経っているんでね、
さすがに物理的には首突っ込まなくなりましたけど、 やってることはあんま変わらないですよね。
興味があることにね、首を突っ込むみたいなね。
いうところは今でも、例えばね、
恋愛心理なんて別に、自分一人でやってたら思いつかなかったですけどね。
この人とならやれるかもと思って首突っ込んでますし、
コインパーキングもね、全然興味ないけど、お話し頂いたから突っ込んでるみたいなね。
そういう感じですよね。
やっぱり人間って、両親からもらったものというか、両親の影響ってすごい大きいと思うんですよね。
そういう中で自分のことを考えてみると、まずね、父親なんですけど、
まあ、とにかく楽天的で明るい人なんですよね。陽気です。
昔の写真とかね、見ると、いわゆるリーゼントですね。
なんていうか、この天崎出身なので、ダウンタウンっていうのが有名ですけど、
まさにそういう土地柄で、ヤンキー中かゴンタクレ中かね。
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写真見てもそうだし、実際話を聞いてもね、悪いことばっかりしてるんですよね。
面白いんですけどね、聞いてて。いわゆるブリューレンですよね。
まあ、そういう実体験積んでる人なんで、すごい経験を大切にするというか、
それをね、実家で僕が経験したことなんかを話しても、すごい興味深くというかね、大事に聞いてくれるんで、
やっぱりその頭でっかちじゃなくてね、そういう肌感覚というかね、大事にする父親だなと思いますよね。
まあ、なんでしょうね、命の危機を何度も乗り越えてるからなのかな。
割とね、まあなんとかなるやみたいな、楽観的だし、どうせならね、物事っていうのは楽しんだ方がいいよみたいなスタンスの親なんで、心強いですよね。
息子の立場で言うのも変ですけど、非常に魅力的な親父だなって思いますよね。
これ母なんですけど、ちょっともうね、たかいしてしまってはいるんですけど、
これはですね、もうね、からのムードメーカーというか、サービス精神過剰なんですよね。
ちょっとね、両親の慣れ染めなんかも話しちゃうと、両親に出会ったのはバーブル期の大阪で、
先にとあるお店があって、そこがスナックとバーが融合したみたいなお店だったんですけど、
母親がそのスナック部門っていうんですかね、チーママだったんですよね。
そこに後から父親がバーテンとし雇われて、結びついたみたいな感じなんで、
要するに水商売家系なんですよね。
母親もその影響も大きいんでしょうけどね、
本当もうバーを楽しくするのが全てみたいな、命をかけてるみたいな人だったんですよね。
本当に人に愛情を注いで、面倒見も良かったんでしょうね。
その頃は知らないですけど。
例えばバイト先でも年下の30前後の男性に対して、
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当時母親50とかですけど、合コン開いてあげるとかね。
何やってんだろうみたいな。
そんな感じのせばやきおばさんという感じでしたよね。
人に会ったら飴ちゃんあげるとかね。
もともと出身は大阪じゃないのにね。
そんなことをやるような両親でしたよね。
それを思った時に自分の性格を考えると、
好奇心持ってとりあえず経験してみようみたいな、
なんとかなるかなって楽しもうとするそこにいる人にね、
場に合わせた人に楽しんでもらおうとか、
そういう傾向があるのはまさに両親の影響なんだろうなって思いますよね。
学生自体もね、話せばキリがなすぎるんですけど、
高校までは選択の余地っていうのはなかったから、
大学からがほなこっちっていうのは出始めるんだろうなっていう中で考えると、
まず高校なんですけど、とても楽しい高校でした。
新学校だったんですけど、
新学校のくせにね、高校3年の夏は受験勉強で普通大事というかね、
そこで勉強しないといけないはずのシーズンに、
体育祭に向けてみんな踊り狂ってるみたいな、
ちょっと狂気を感じるような高校に行ってたんですよね。
だから僕もこたぶんに漏れずというかね、
没頭しちゃって、
誰よりも精神を謳歌した自信はあるんですけど、
買い合ってじゃないですけど、
エンジョイしすぎて浪人することになりました。
さすがにね、落ち込むじゃないですか。
親父が慰めに、
慰めっていうかな、
なんかいいことあるよみたいな感じでしょう。
父親との共通の会話って、
半身タイガースか競馬が多かった中で、
競馬を結構話すことが多かったから、
馬券買ってやるよみたいなことを言うんで、
元気ないからあまり予想もせずにね、
これこれこれみたいな感じで買ってもらったらね、
見事に万馬券が撃沈するわけですよ。
しかも万馬券撃沈したから、
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お前もう一レースやれやみたいなことを言ってくれたんでね、
それもなんかもうこれやこれやみたいな感じで買ったところ、
さらに万馬券が当たるというね。
普段馬券全然当たらないですけど、
あの時だけはすっきり当たりましたよね。
だからそうやって万馬券に連発したので、
当たったので、
そのままね、
とりあえず予備校でもいけやということで、
学費に消えていくみたいだね。
というところで予備校というか、
1年を過ごすことになるわけですね。
ただまあ浪人したものの、
特にね、僕大学に興味なかったんですよね。
新学校行ってたくせに。
というのは父親が当時バーテンダーやってたもんですから、
なんかかっけえなあみたいなことを思っていて、
いや別に大学行かなくてもそういう道もあるんじゃない?
みたいなことをなんとなく思ってたんですよね。
ただ未成年なんで、
その段階でお酒っていうのは飲めないですし、
楽しみ方っていうのがわからない以上、
とりあえず予備校行った。
微妙ですけど、ある程度行く中で、
結構読書をしたりして過ごしてたわけですね。
そういう中で、
興味がある、いろいろ本読んでましたけど、
受験勉強というよりは、
受験の研究みたいなこともしてたんですよね。
やっぱり学問を取り扱うところですから、
何らかの考えとか理想とか、
そういうものがあるんだろうなと思って、
研究をしてみたわけですよ。
大学によるんですけど、
受験問題の傾向で、
この大学、こういうことを聞きたいんだろうな、
生徒にこういうものを求めてるんだろうな、
っていうのが見えてきたんですよね。
それは楽しかったですね。
という中で、
大学、あんまり言ってないんですけど、
行く気はなかったものの、
行くならって思ってたのが、
実家から近かったので、
そういうとちょっと嫌味じゃないですけど、
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とある大阪の国立大学になら行ってもいいかな、
みたいなことを思っていて、
しかもそこの学部に、
これとも諸バレですけど、
人間科学部っていうのがあって、
なんだこれは、なんだか面白そうな響きだなと思って、
人間に興味あるしな、
ちょっとここなら行ってみたいかな、
みたいなことを思って、
落ちてもいいやぐらいの気持ちで目指してたんですよね。
いざそういう社に構えた受験生が、
入試に臨むわけですけど、
結構ね、入試の本番に出てきた問題が、
結構変わってるんですよね。
なんか一見、何聞いてるんですか、これみたいな。
どっから出つけたらいいか分かんねえよ、みたいな、
そういう問題が出てきて、
なんかね、
わからんではないですけど、
受験生の他のみんながザワッとする感じが、
すごい伝わってきて、
しかも何か挙句の果てには、
すすり泣くことがいたんですよね。
わかるよって感じなんですけど、
そういう意味ではね、
落ちたら落ちたらいいやって思ってた自分は強かった、
というか動揺しないという意味では良かったんでしょうけど、
僕も最初何聞いてるんだろうなと思って、
とりあえず考えてみたんですよ。
受験時間90分だったんですけど、
30分くらい考えてみたら、
あ、これだと思ってピンときたんですよね。
意図に気づいたからガーッと一気に回答変えたら、
間に合ったというか綺麗に回答することができて、
蓋を開けてみたら実際合格してたんで、
すごい遠回りというか回り道というかね、
してるような感じだったのが、
結局合格に結びついたんだよなって思いますよね。
これもほなぽっちっていう感じなんじゃないかなって思いますね。
その後大学はね、本当はまたロクでもないというかね、
サボって、
全然行かなかったんですけど、
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バイト先でね、女の子と出会い、
当時は大好きだったのでこの子と一緒になれたらいいな、
みたいなことをおぼろげながら思う中で、
やっぱり大学の学歴活かして就職した方がね、
幸せにできる可能性ってあるじゃないですか、
安直な言い方ですけど、
そう思ったんで、
1年復帰して大学に戻ったんですよね。
で、大学に戻ったんですけど、
いわゆるゼミっていうのを決めなきゃいけないですよね、大学生。
で、これがね、
やっぱり遊び放棄でたんで、
拒否されまくるんですよね。
厄介者扱いですよね。
一人だけ手を差し伸べてくださった方がいて、
本当に今でも恩師だなって思ってるんですけど、
その方のゼミに入ったんですよね。
その方は女性なんですけど、
とある国会議員の方の奥さんなんですよね。
それを知って、なんとなくぼやっと興味を持って、
あ、なんか政治家かっけえなみたいなことを当時思ったわけですね、大学生の僕は。
なんで、ちょっと政治の道を志してみたいなと思って、
その先生に相談したところをご紹介いただいたので、
結果的に政治家の秘書になることになりました。
20代はね、社会に出てからはその生活だったんですけど、
なかなかこれもまた別でお話できたらと思うんですけど、
何というかね、いい経験、面白い経験いっぱいしました。
例えば長崎県の後藤レットに1年住んだとかね。
もう普段東京にいてそういう地方の経験もできたっていうのはね、
非常に大きかったですよね、人生の中でも。
っていう経験をする中で、
でも、なんとなく皆さんもお分かりいただけるかと思うんですけど、
人間関係のしがらみというのもまた非常に大きな世界で、
だからちょっとね、政治の道はもういいやみたいなことになったんですよね。
だから30って前かな、転職しようと思って。
またね、30になってたな。
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30になるとね、ちょっと転職って難しくなるんですよね、数字上。
で、そういう中で探したんですけど、キャリアがいかんせん秘書しかないもんですから、
秘書の求人探してみたんですけど、あれなんですよね。
企業としてはイメージされやすい女性の秘書の方が多いんですよね。
だからちょっとそぐわないで自重にと思って、
試行回転、マネージャーが近いのかなと思って、マネージャーで一括登録したんですよね。
そしたら90秒後ですよ。
いきなり電話が来て、でもとりあえず出たら、
弊社は福岡なんですけど、社長がぜひお話を伺いたいと申し上げまして、みたいな。
多分普通ならね、福岡?いやいや東京で探してるんですけど、みたいになると思うんですけど、
僕といえばね、いいですよって。
マナシュかカルイチュかとりあえずやってみるというか、
だって話聞きたいって言ってるんだから別に話すのいいじゃないですかね。
よっぽど分け合いなかったら別ですけど、それもまた経験だと思って。
行ったところ、ちょっと喫茶店でね、2時間以上話し込んで、
実は福岡も行ってみたいどっちかだったんで、いいやと思って。
思い切りよく福岡に引っ越してみたいな経験をしたっていうのも、
30代の思い出ですよね。
そんなこんなって感じで、いろいろね、やっていく中で、
ほなこっちっていうね、発想も正解ばっかりじゃないですけどね。
もちろん失敗はいっぱいしてるし、失敗を糧にすれば失敗じゃないっていうのはそうなんですが、
今回の旅だってそうですよね。
初日ね、東京から上諏訪まで切符買って、
普通ね、乗車券ってある程度距離があると途中下車できるんですよね。
だからそれができると思ってたんですけど、
乗車券均衡っていうのは、それができないんですよね、簡単に言うと。
なんで途中下車したら大月で切符が吸い込まれるとかね。
で、2日目もそうですよね、基礎福島の県なんかも、
何やってんだろうって思いますからね。
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まあそういう経験はあるんですけどね。
最終的にそれもいい経験というか、
大阪風に言えばネタができたみたいな、
そういう感覚でいれば楽しいなって思ってるんで、
なんとかなるやろうっていうね、そういう発想で楽しんでるって感じですよね。
で、実家にいますからね、ちょっと考えてみたんですけど、
昔の自分にね、将来何してんのって、その方向性ぐらいのね、
自分に聞かれた時に、なんて答えようかなって思うんですけど、
答えはね、何でしょうね、何やってるかわからんけど、
何かおもろいことやろうとしてるわみたいな、
そんな感じでしか答えられないですよね。
本当、こんな色々コロコロやってる人間っていうのかしら、
どうなんだろう、まあ、
僕も目の前のこと楽しんでて、その結果を振り返ると、
本当、何やってんだろう、面白いやつだなって思いますよね。
全然、計画どいちが、計画立てないですからね。
計画立てないけど、面白いことやろうとしてるなっていうのは、
昔からそんなに変わってないのかななんて、実家ですと思います。
なので、昔のことをね、こうやって振り返ってみても、
ほなこっちっていうのは、最近思いついた言葉ですけど、
考え方自体はね、ずっと前からあったんだろうなって思いますよね。
隙間があったら、首突っ込んでめちゃうし、
うまくいかなくても、まあ、なんとかなるかっていうスタンスですし、
その過程をね、楽しもうとする。
で、その時折で周りにいる人にも楽しんでもらいたいなって思うし、
たぶんまあ、昔からそんな感じなんでしょうね。
ということで、ちょっとね、今日長くなったな。
うーん、この辺で今回は終わりにしようかなと思います。
それでは、またどこかで。ほなこっち。