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初めて自分でアートを買った時の話
2026-04-26 42:07

初めて自分でアートを買った時の話

#アート #美術品
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00:07
こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。 えっと普段は下北沢を拠点に新聞を作ったりラジオを撮ったりしていますっていうことでね
あの
そう、いろいろ家を整理しててね あのこれいらないなぁみたいなやつをね、売ったりとかして、まあ綺麗さっぱり
部屋が整ってね、いいんですけどもね
なんか 1点自分で買った、割と高い絵があってね
なんかそれは自分で持ってるんですけども なんかその絵はね
自分が初めて買ったアート作品で、自分がアート業界に入ってから、アート売るとかね、そういう仕事をしていく中で
あの 実際にこう買ったことがないっていうかね、友達の作品とかしかなかったんで
展示したものを買おうっていうことを思って、自分が初めて海外の何だろうな、作家さんを見続けてきて、その人の作品の仕入れとかを担当して展覧会を開いて
いろんなことを準備してっていうね、インタビューしたいとかいろいろ準備してっていうので 記念になったっていうところで、あの自分が買った作品があるんですけどね
いやーなんかね、それが僕が初めてアートを買った体験なんですけど なんかその時になんか本当にアートの価値って
いわゆる本当に 相対的なもんじゃないなぁと思ったというか
すごく主観的なものっていうかね いわゆる今いくらで値が上がってみたいなね
ものっていうのは本当に関心がないなってぐらい ってかそういうことじゃないんだな本質はっていうぐらい
自分がその作品となんかこう出会ったっていうことに 何の意味っていうか作品を買うってこういうことなんだってことを
あの気づいた瞬間が あってねーっていうのがあってそういう話をしたいんですけれども
ねもうアートがこれこっちの方がどうだとか値上がりしてるとか これから上がるのかみたいな資産的な感じで囚われるみたいな
あのなんだろうな業界でもあったりとかして結構なんだろうな難しい 業界だなぁとかって思いつつ僕はその最初のキャリアでアート業界に入ったって
いうことがすごく人生の中であの重要な意味を持ってて
何なんだろうな まあアートっていうものが難しさをはらみつつも同時になんだろう
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だからこの表現活動とか創作っていうものが人々の営みと並行してあるんだってことをね あの結構長い時間かけてあの学ばされ学ばせてもらったなぁっていうのが
あってねーっていうのなんか今あの家で その作品を見てたまたま思い出したんですけれども
その作品はまあその僕がその海外のアーティストと展示するよって初めてその 何だろう企画っていうかね全部展示する最後まで携わった作品なんですけど
まあその人はあのあれ海外の作家でテキストを使う作家なんですよね まあテキストっていうと文字なんですけども作品に文字が使われているっていうのはね結構
こう 難しいっていうか
あのまあ意味 なんかアートってこう無意味なものっていうかね無意味とも言わないけどなんか当然その
宗教画とかに関して何かをこう書いてるもの っていう
あのまあ宗教の世界観を伝えるために書かれたみたいなある種の目的がありますけど 現代アートとかね
デュシャン以降っていうのはもっともっと無意味なものに向かっていくっていうのがまあ アートのざっくりとした一般的な理解で
でその中にテキストを用いるみたいなのがねいろいろ まあ
あの時をこうへ立つにつれてね出てきたりとかしてまあそれこそポップアートとか まあなんだろうな
えっとキュビズムとかでね新聞誌とか使い始めてみたいなところから割とテキストって登場して きたのかなあっていう感じはありますけど
どうしてもそのテキスト自体が意味を持つものなんでこう なんて言うんだろうな難しいんですよねテキストだけで勝負するっていうのは
まあでもその人はねなんかこういろいろこう割と書き殴ったようなね あの明け透けな言葉をでバーってこう作品として書いてて
まあずーっとね自分のサイトとかインスタグラムとかで更新しててなかなか面白い人でね
なんかねその言葉もね結構棘があったりとか あの
なんだろうなちょっと なんだろうセンシティブな言葉だったりとか感傷的すぎる言葉だったりとかロマンチックすぎる言葉だったりとかっていうのがねあってね
ある種えっとなんかこう心のなんか弱さみたいなところも出る作品ではあるんですけどね その一つと実際に喋ったらねすごいすごい面白くて
こう まあテキストを
あの書いててバーッとね自分は本当にシカゴの作家なんですけども あのいろいろこう
なんだろうな自分がねまあ 芸術活動を続けていく中で自分の作品がうまくいかないみたいな色悩んでいた時に
06:04
バーってこうドローイングで書き殴ったテキストっていうのを 油に落としていくみたいなところから始めた作家でその時はなんかいろいろこう
なんだろフラストレーションが溜まってるっていうかねその作家活動に対する みたいなのもあって
なんかお前は価値がないみたいなことを書いたりとか なんか本当に
恋人に振られた時のなんかやつをバーってこう なんだろうな強い攻撃的な言葉を書いたりとかしてて
あのなんだろうな作品がね作品としてこう成立するっていうことはどういうことなのか みたいな色々考えながら感情をこうあらわにしてたらしいんですけど
その人が言ったのはそのテキストっていうのは双方向性を持つということに気づいたっていう話をしてて あの自分がね自分の内側から出た感情というのを外に出すわけじゃないですか作品として
そしたら作品っていうのにこう映し取られた瞬間にそのテキストっていうのは自分に 跳ね返ってくる言葉として移るわけですよね
だからなんかその なんだお前は価値がないみたいなことを例えば書いたとしたらそれは要は何て言うんだろう
な そのキャンバスに向かって自分は
偉大なアーティストになりたいのに あのその作品自体は全然うまくいかないじゃないかつって作品に対する暴言みたいな感じで
こう書くわけですよ それがこういざね書き終わったつってアトリエのね壁に飾ってたりとかするとその言葉が跳ね返ってくるわけですよね
いやそれがなんだろうな 初めてそのテキストっていうものの双方向性に気づいた瞬間だみたいなことを言ってて
なるほどなぁと思って 実際僕その時ちょうど日記にハマってて
まあそれこそチャールズブコウスキーっていうまぁちょっと前にも話したんですけど アメリカのポストモダン作家がいてでその人が結構無防備だね
言葉をバーって日記に書いてまあ結構な本 あのいろいろ小説とかエッセイとかも持ってるんですけどよに持ってるんですけど
僕は好きだったのは死をポケットに入れてっていうね あの日記晩年に書いた日記みたいのがあって
そこでね結構バーっていろいろ自分の感情を書くわけですよ明け助けに でもその他者からどう思われるかみたいなことを気にせずにバーって書き殴っているみたいなのがあって
で まあもう一つブコウスキーノートっていうね
あの本の帯に書かれているのはあの何でも書いていいっていう完全な自由ここにあるって 帯が書かれていて
本当に何でも書いてよくなかったらそのまあそれもともと新聞のコラムだったんですけど あの自分は寄稿しないぞって編集者に強く言って
何でも書いてたんですよね でそのなんかねー
明け助けさというか正直さみたいなのに僕すごい憧れた時期があって まあっていうのもなんか
09:03
アート業界に入ってから自分は美術のなんだ勉強をしてきてなんかこういう後が好きだな とかいろんなそんな感覚で
あのナイブな感覚でねあの仕事を始めたんですけど なんかそれだけじゃあの仕事にならないよねみたいなのもあって
なんか当然ねオークションで値上がりするとか買った作品をもう本当にすぐに オークション出して売って売り抜けたみたいなことをまあ登記対象としてあの
捉えている人もいたしそのね当時 まあコロナ
かとかそのタイミングで入社したんですけども結構ね規制緩和のマネーがね入ってて アートが結構バブリーな状態だったんですよね
それで なんかねすごい同じようなパターンの作品とかがたくさん出たりとかしてて
それがなんだろうな 東洋経済とかなんかいろんな何だろうな記事になったりとかして
登記対象として今アートが熱いみたいなのでなんか s & p 500とかのなんか グラフとねなんか無理に重ねられてパスケアの売り抜け額みたいなやつとか
アイザーさんとかがバスケ上がっちゃう時ですよね で僕が好きだったはずじゃないってなってなんかねすごい
あの なんかねー
なんかやだなーって思ってたんですよね 簡単に言うとまあでもなんだろうその時にあのお世話になってた
あの代表は 本当には本当の本当はそういうなんだろう
作品っていうものの良さっていうのはわかっているけれども 自分がその代々賀賞をやってきた人で
なんかほんま売れなければ あの本当に
わかんないけど どうしようもないみたいなあの
幼少時代も経験してきたっていうね結構ハードな人で もう自分が初めて子供ってがなんだ
若い時にね買った作品アルバイトでかけて借りてさっかつ作品を同じ 父親の賀賞の人にもう生きていけないからつって勝手に売られたりとか
なんかもう絶対に手放したくないと思って作品を 手放させられなかったとかって言うね
売りたくない人に作品を売るみたいなことをやって自分のなんだろうな 美学みたいなものは絶対ありつつもその生活っていうね
リアリティと向き合わせられないっていうね アートの仕事ならではの苦労みたいなのもすごくしてきた人で
いやー 実際
当然会社だったら株主がいるわけで 株主がいたりする会社だったんで
利益を上げるみたいなところに悩まされるっていうのを間で見てて 自分はこういう関わり方したくないなとかって思ったと
12:08
そんな悪いことをしてたわけじゃなくて
本当にミーハーでね その作品の価値が分かっているっていうよりは
これ上がるのとかって言って買っていくみたいな人もたくさんいたんですよね その時は
みたいなので色々悩んでいる時に自分がすごい商談とかしてたら 商談とかねギャラリーでお話してたりとかすると
この人って本当にこの作品のこと好きじゃないんだなみたいな人と喋る機会があったりとかして
もちろんそうじゃない人もいるからやっていけたんですけど 自分の正直な言葉が失われているなぁみたいな感覚になってて
その時にブクオスキーの本を読み返して結構ずっと日記を書いたんですよね である意味なんか日記だからもう誰にも見せないで自分の思っている感情を吐き出そうみたいな
ことを思ってなんだろうな 書き始めるんですけど自分の正直な言葉ってやっぱ出してないと本当に出てこなくって
ブクオスキーみたいになんだろうな 何でも書いてもいい自由があるってことで頭ではわかっててもその自由を
なんか謳歌する なんか度胸みたいなのがないん中ないってかそういうのを持つことって結構難しいんだ
なと思ったんですよね ある種自粛性がかかって
なんだろうな本当だったら別に何書いてもいいわけですよねなんか わかんない人の悪口書いたっていいしなんか
自分が本当に思っていることとかネタ見そうな意味とかいろいろ書いていいし なんだろうな自分が不満に思ってることとかも何でも出していいはずなのに
なんか自粛性が働いてしまうみたいなところがあって正直な言葉を紡ぐって言うことが難し さっていうのをねすごい感じたんですよ
けどだんだんとだんだんとこう慣れていって なんかまあその時はバーってパソコンでタイピングしてたんですけど
タイピングのなんか淀みみたいなのがねどんどんなくなっていって日記の中にすごく正直な 言葉が溜まっていくと気づいたことが
正直なことを言うじゃないですか例えば自分はこんなことにムカついたんだみたいなことを言うと 別の日の日記であのその時ムカついてた対象
と同じような行動を別の日の自分がしてたりとかするんですよ あれみたいな
なんかあの時俺自分がめちゃくちゃ怒ってたことって今日の自分がしでかしたことと一緒じゃない みたいなことに気づいたりとかするとそういうものが他社にも同じように見えてくるんですよ
なんかこの人すごく怒ってるけど なんかこの人が怒っていることってあのなんか自分自身に対して怒ってる
自分自身がに対しても怒ってるなとか この人が嫌だとかムカつくとかって言ってるのってある種同族嫌悪だったりとかするところも
15:00
あるなとかっていうことを思ったりとかして なんかわかんないけど
なんか他人ってある種自分の鏡でもあるし 自分は他人でもあるなーってことを思ったんですよその日付によって全然違うから
で まあ結構しばらく長いこと日記を続けていると
なんだろうな まああの時傷つけたことと同じやり方で自分が傷ついてるみたいなのがねこう繰り返されて
いくと自分がほんといくつもなんだろうな いろんな場面で自分を見るっていうかねあの
はこの人前昔の俺と同じ理由で怒ってるとか昔の俺と同じような動きしてるみたいなね 思っていくとね他者は自分だなーっていうのをあの持ったりとかしてまぁそれ
なんかなんだっけな 誰か
なんか同じ主人もそんなこと言っているの後から気づいてうわ それなーって俺も思ったんですけど
なんかねそういうことを続けてあの行くとなんかね何回も出てくるワードとか なんか繰り返し
こう感情を吐き出している言葉とかっていうのが出てきてなんか自分の中で癒されていく みたいな感じがあって
あ、なんかこう書いてるうちに消化されてきたなとかなんか自分のが もやもや書かれたものがなんかすごく
なんだろうな時間が経つにつれてなんか分量が少なくなったりとかするとなんか乗り越えて きてるんだなぁみたいな感覚になることがあって
ある種のまあジャーナリングとかつって流行ったりとかしてますけど自己治療みたいな のが執筆というかね人に見せないあの日記っていうものの中に
残っていくなーってことを思った時があってねこれちょっとアートの話してるんです けど僕がなんでアートを買ったのかっていうのにね
あの必ず繋がるんで あのあれなんですけどあのちょっと少々待ちようって感じなんですけど
でそれをこう掛け殴ってきた時にねなんかパンチラインみたいなのが何個か生まれて日記の中に あこれいいなぁみたいな
それこそ他者とは 自分の鏡だみたいなことをなんか思いついたりとかして書いたりとかすると
あなんかこれ確かにそうだなぁみたいな でもなんか
バーって書き殴った感情とかも書かなかったら存在してないけど 書いたからこそ自分の感情としてちゃんと存在しているっていうことなんだなぁと思ったりとか
するとなんかネガティブな感情もポジティブな感情もそんなにこう差異ないなぁと思ってて そこにこうそう生まれてしまった感情みたいなものは
なんか存在させるっていうことの方が大事なんだなぁということを思って 存在させるみたいな存在させようみたいなことをねあの
なんかメモったりとかして不思議じゃないですか 自分から出た感情を殺したりとかせずに正直でいるっていうことをいろいろ書いてて
である時あの日記で書いたやつの中からパンチライン集めてちょっと書き初めしてみようと思って 書き初めしてたんですよね
18:05
壁中にまぁ友達もいたんですけど一緒にバーってその日記の中に出てきたものとか 自分がなんか忘れたくないことみたいなのを書き出したんですよ
まぁていうのも日記だと埋もれてっちゃうからなんか可視化させたいなぁと思って書くと 壁中にね教室小学校の教室の後ろみたいな感じで
バーって書道の反射が並ぶんですよね それを見た時にしばらくそこで生活してたら
なんかね言葉がだんだん弱まってくるものと なんか強まってくるものがあるなっていうことの際に気づいたんですよ
これなんか書いてみたけど なんかそんなに今の自分には刺さんないなっていうのが数週間で訪れる言葉と
実際その反射自体もなんか出家とかでクシャってなってきてとかしてなんか弱まってくんですよ
それはなんていうの その物理的な話じゃなくその言葉の強度みたいなもの自分に届く言葉の強度みたいなのが
日記の中から強い言葉というかなんか自分がこう引っかかった言葉だけ集めたのにも関わらず 当然そこにもなんだろうな差が生まれてくると
ってなった時にこれ言葉の自分の刺さり方って何なんだろうとかって思ったら なんかねそれがこうある種テキストっていうものを持っている
強さ一つ一つの強さなんだろうなぁとかって思ったりとかして でトイレにねなんか自分の部屋にバーたくさん書いたんですけど一番大事で忘れたくないなぁ
と思ったやつをトイレに書いたんですよ それが
存在するっていう 存在せよっていうね
ある種のメッセージみたいなメッセージというかね
ことを書いていてそれはその自分がっていうよりはどんな感情が生まれたとしてもそれを なかったことにするんじゃなくて
なんか存在させて向き合ってみるってことが大事だなぁと思って書いたんですけど それだけねなんか最後までずっと気になり続けてて
なんか 学生でもしたいなぁとかって思ってたタイミングで
えっと展示じゃあ輸入作品が届いてね そのさっきのテキストのアーティストの輸入作品が届いてじゃあステートメントで書いたりとか
展示欄回のためのインタビューしますかみたいな話をして その僕が初めてアートを買った作家と
でしたらそのテキストがそう方向性を持つみたいな話だったりとか まさに自分が日記でやってた感覚と同じようなことを彼が言っていて
でその言葉も弱まっていって反復何回も同じ言葉を書いたりとかするするんですけど 感情的な言葉をいろんな色とか方法で書いたりとかするんですけど
21:00
なんかそれの中で強度が高いものが残り続けてて ずっと制作を毎日毎日ひたすら続けてるっていう話をしていて
でその人はねすごい面白かったのが なんか河原恩っていうアーティストからすごく影響を受けたっていう話をするんですよね
河原恩っていうアーティストはねどういうアーティストかっていうと 一番有名なのは日付シリーズっていうアート作品を書いてる
書いてた人で 日付シリーズっていうのはどういう作品かっていうと
毎日1枚だけ作品を書くんですよ その人はもう亡くなっちゃった作家なんですけど
結構存在とか実在とかっていうことに関心があった作家で 自分が生活1日に1枚日付を書くんですよね
それでその日のうちに書き上がったものに関しては作品になるけど その日のうちに書き上がらなかったものに関してはボツになるっていうね
一つのルールを課して作品を作って 作ってた人で
でその作品とかっていろいろニューヨークでも東京でも
いろいろ展示されてるんですけど 展示されるときはその日の新聞と一緒に展示されたりとかする方法があったりとかするプレゼンテーションをされたりとかしてて
要するに日付っていうものが持つ意味っていうのをすごく効果的に使ってるんですよね
だから彼の作品の中にはね 日付が飛び飛びであったりとか連続してあったりとかするなんか一つの波があるんですけど
この時には作品が残ってるけどこの時には作品が残ってない でもこの時に書かれた作品の時にはその同時代にはこういうことが起こってきたんだなっていう日付ってやっぱりこう
世界中の人がねあの 共通で持っているとも言えるもんじゃないですかある意味
だからそういうのを見たときになんかその時自分はこうしてたわなとかその時自分はまだ生まれてないなとか
でも少なくともその河原音っていうアーティストは1枚キャンバスの前に向かって作品を書いたんだなってことが分かると
その作品はねあの筆跡とかがなんかなくて本当にプレーンな感じで書かれてるんですけど当然自分で書かれたもの
でそこにはこう作業の痕跡っていうのが本当に数字としてだけ残ってるっていうね なんかある種の何だろうな
こう距離の取り方みたいなのがあって そういう日付が残されたキャンバスっていうのを見て
なんだろうな自分の記憶をこうなんだろうなその日付にタイムスリップしたりとかもう100年経ったり200年経った時に
この日付の時に存在したってことそのものを 存在っていうものそのものを書くのに日付っていう手法を選んでいるっていう作家がいて
24:02
その人のことをものすごく尊敬しているって人だったんですよね あーなんかもうややこしい話になっちゃってるけど
だからその僕が展示した作家に関して言えば 河原音の場合は日付だったけど
彼の場合はすごく感情的な言葉っていうことテキストによって 彼がその時に存在したってことが作品の中に可視化されているっていうね
あの感じで毎日毎日作品を書いていて でまぁ年代とかも当然書いてるけど時が経つにつれてなくなっていく言葉もあれば
評価されていく言葉もあればなんかシリーズを書いて言葉もあるっていう形でね あの
感情のログっていうのはね確かにその感情が存在したってことが残されているみたいな
あの作品で僕はねその作品の話だったり送られてきた作品を見たときになんかね
うわーっていうあまりにやっぱ強い言葉だったりとかテキストだから当然読めるけど
なんか視覚言語としても視覚言語テキストではなくあのビジュアルとしてもなんかすごく訴えかけるものがあって
あの筆跡も結構強いんですよねカーラー音とは対照的に だから感情っていうのはやっぱりモチーフにしてるんで
それをねなんかこう見たときに うわなんかこれをこの正直な感じを
展示に持って行ったら自分はすごく なんだろうなぁ
何か変わるかもしれないというかそのギャラリーを通る前の人たちが何か 何か別の何かを思うんじゃないかなとかって思ったりとかすごく
あ展示ってこういう面白さがあるんだってことを思ったんですよ で作品の展覧会のタイトルどうするっていうことを聞いたら
なんか i want to exist っていうなんか存在したいっていうあのタイトルにしたいと言われて メインビジュアルに使われた作品が一番大きいやつで
i want to exist 作品だったんですよ それでうわぁみたいな
ちょっと待ってみたいな僕が最近日記書いてて 今トイレになんか書き初めで書いてる言葉とほぼほぼ同じなんだけどと思って
なるほどと思ってその感情 正直でいるっていうことにはある種認めたくないような感情もいろいろあるけどそれが
自分から生まれてしまったってことはもう 肯定するしかないんだなみたいなね
ことを持ってうわぁとなんかすごい なんだろうなこの作品は
自分の作品だみたいな自分のそのものだみたいな気持ちになったんですよ これがなんか初めてそのアート作品を
なんか自分が持っていかないといけないなぜなら自分がその作品のこと一番わかっているから みたいな
一番っていうとね比較みたいになっちゃいますけど自分に確実に届いたからみたいな あの感覚でシカゴ
27:07
の作家と自分がつながっているという感覚を 作品を通じて思った時があって
なんかそういうなんかスピリチュアリティみたいなある種 精神的な作用みたいなのが芸術的な体験だなぁと思っていて
なんかそういうものをお客さんと作る必要があるんだなっていうことを初めて展覧会 をやって気づいたんですよ
で面白いなぁと思ったのが あのまあ要は自分で展示するわけだから当然売りたいって思うんですけど
同時に売れたら嫌だなぁってめっちゃ思ってて
なんか まあギャラリーのね監修だと
プライスリストに赤丸をつけたら購入 青丸つけたら予約っていうね感じで普通に100均のシールとか貼っていることが多いん
ですけど 僕はねなんか人がたくさん来てくれるっていいねとかって言うから
なんか
なんだろうな売りたい気持ちはあるんだけどめっちゃ売りたくないなと思って 青丸を勝手につけて売れないようにしてたんですよ
ここまあ今だからあれだけど って
それでなんか人が来てこれいいですよねとかって言っていく度に なんか売れるもん売れないよみたいな
売れてほしくないなーって思いながらでも他の作品が売れてほしいなみたいなこといろいろ感じ たりとかしてて
その時点でねなんか その毎日展示がドキドキで面白かったんですけど
ある時もうこんなんアートじゃないじゃんっていうかなんかなんて言うんだろうな割とその
古いアートが好きなっていうかね本当に私は日本画を集めているんですみたいな
マダムが来て作品の話をした時に最初すごいなんか
なんだろうなぁ 決めたがってこんな作品買うのみたいな感じでね
まあ結構アメリカンな感じのテイストでだったんでって言われて最初ちょっとだけ
なんか他の畑の人たちなのかなと思ったんですけど僕がなんか普通に話して
いやでもねーみたいなこんなこと思ってみたいな話をしたらまあまあ なるほどねみたいな感じになって
なるほどねっていうか面白いねみたいな感じになって結構 60ぐらいのおばあちゃんだったんですけど
なんかね 心が通ったっていう感じがしたんですよ
それでなんか これまで展覧会やってもなんかそういう瞬間が
うーん本当にそう思える瞬間あんまりなかったからなんか自分が作品のことをに近づけたが故に
30:02
なんかそういうねコミュニケーションが生まれるっていうこと それ自体がなんかギャラリーをやってたりとかする喜びなんだ
アートを介してなんかお客さんと繋がったりとかする喜びなんだってことをすごい思ってね なんか
いろいろ感動したんですけど結局その作品自体はね結構値段が高いんではどど まあ欲しいつって勝手にキープしてるけどこれ
なんだ分割して買ったりとかできるのかぐらいの結構それぐらいの値段感の あれだったんですけど
あの僕がね初めて担当した展覧会で当然その まあ売れて会社としても売れてほしいからなんか
あのいついつもと違ってというかねあのいつもにまして あの僕のことを可愛がってくれたっていうかねあのまあ本当に拾ってくれた代表が
ねすっげー聞きかせてくれて 全部お客さん見つけといてからみたいな感じであの展示のなんか終盤に
あのごっそり あの
なんだろうな僕が青丸つけてやつも含めてあの売れるってやって言う いう報告をしてくれてやったーと思った同時に a みたいな
なんか今やっとアートを売る可能性というかアート人に届けるみたいなことについて わかり始めてたのにというタイミングでなんかねなんか
その作品がね手放すみたいなことになったんです手放すというかね売れるっていう喜ばしい 事態になったんですよね
これでハーみたいななんか自分は何がすごいもどかしい気持ちになったんですよ もどかしい気持ちになったんだけども
なんか まあその何だろう買ってくれた人はどちらかというとその作品のことを全部いいなぁと思って買って
くれたってよりは なんか新しい空間を作るのにこういう作品がつく
あの欲しいからちょうどこういう探してたんだよねみたいなまだアートカフトのね なんか
まあ多くって言うとあれだけどそういうねもっとカジュアルにアートのことが好きな人は なんか一つの作品が自分の人生つながってでとかってわけじゃなくても
なんか 家に飾って見てるうちに好きになっていくみたいなあのパターンもあるから全然それ自体は
あれなんですけどうわぁ取られたみたいな気持ちになったんですよね それすごいあの悔しかったんですけどなんかいっ
なんかこう部屋の関係上1点だけこれあのなんだろうな まあ買えないかもみたいな感じで言われた時に良すと思って
別の先なんですけど結果的に 結果的に別の作品でちっちゃいから少しだけ前安い作品では安いって言ってもあるけど
なんか別の作品にはなったと言え1個だけ自分 がでかい在庫が余ったんですよねそれを
33:05
僕が良しと思って絶対これは買わないといけないと思って少なくとも自分が展示した あのなんだろうな展示でいろんなことに気づいたし自分の人生
の中でねたまたま日記を書いているとか書き染めをやって感じた なんかものみたいなものをなんかアートと自分がやってる仕事でやってることと
なんかすごくシンクロした感じを感じられたと思って 買っとかなきゃいけない自分がこの感情を思い出すためにもっと買えなきゃいけないみたいな
ことを 思って
ギャラリーまあ本当だったらね別にシャワリとかで別にいいんですけどギャラリーって あのねまあ当然アーティストとあの収益分配しててマージン分けてるんで
それを別に原価でね買うことも別に良かったんですけど うわぁこういうことのためにギャラリーっていう仕事があるんだっていうことをなく強く思って
めちゃくちゃカッコつけて会社にも普通に何だろうな割引とかせずにギャラリーにもお金入れて アーティストにもお金入れて自分で買ったんですよね
っていう作品がね あって
その作品まあウレポワンチャン生きれるなという気持ちでいるからあの なんだろうな部屋を整理したみたいな話を最初にしたけど
この作品だけはまだ持っておこうみたいな気持ちでいるなぁということを思ったりとかした
した したっていうね
その作品は なんかいろんなことを教えてくれたなぁと思って他何が何だろうな
なんだろうなやっぱ ある種の希望っていうか
うーん 当時僕が展覧会をした当時にワクワクしてて自分が展示をすることとかアート業界
アートで勉強してきてアート業界に働き始めてからなんかモヤモヤしてたこととか それでも楽しいなと思ったことみたいなのがいろいろあって
それを自分で何とかこう解消しなきゃいけないなぁと思った時になんかその作品とちょうど なんだろうな
シンクロする部分を勝手に見つけて自分のこうなんだろうな その作品の距離がすごく急接近していってみたいな
あの体験があって これをアートを所有するっていうことの価値だんだみたいなね
ことを思ったらなんか自分がやっていることをやっていたことっていうのがね なんかすごく意義のあるものっていうか少なくともこういう可能性を持ってるんだ
ってことに気づけたんですよね まあそれが今家にあるんですけど設置するのとかも自分で当然やったからね
すっごいもう嬉しいみたいなもう手に入れたっていう もう展覧会とかね美術館とかで見てもどうせその作品をずっと見てることってできないじゃない
36:09
ですか まあなんか最近あれだけどなんか
dic 河村美術館 えっ
にロス子ルームっていうのが前あって 今どうなったんだっけな移転しながらなんかなくなっちゃうみたいな感じだったような気がするけど
なんか まあまあその時に
なんかたまに言っててよく見てたんですけどロス子の作品を けどねロス子の作品とかってやっぱり
なんだろうロスクルームというのがあるんですよ結構はーってこう瞑想的な空間が あーん
でに展示されてるっていうのがちょロス子 マークロス子の魅力だったりとかするから
集中して見れるように椅子とか置いてるんだけど当然人とかがめちゃくちゃたくさんいる からね
本当の意味で公共の空間で展示されているものをじっくり眺めて 絵に浸るってことはできないんですけど自分の家にあったらそれが無限にできると思ったら
あーなんて幸せなんだと思って アートがめちゃくちゃ好きでっていうわけじゃなかった
コンセプトがどうこうみたいなね歴史とかっていうのには大学の頃から興味あったんです けど作品自体をなんか
にうっとりするみたいな全然なかったんですけど初めて自分が買った作品だとね家でね いくらでもそれができるんだと思ったら本当に嬉しくて嬉しくて
いやーなんか 作品を自分のものにするってこういうことなんだーっていうことをね気づいて
なんか嬉しくなって僕がその当時代表の まあそのずっとね代々歌唱をやってた人に作品を持つことの意味がわかりましたみたいな話を
したんですよ そしたらその人は
分かってないねーって言われてえみたいな 作品っていうのは預かりもんなんだよってことを言われたんですよ
預かり預かってんだよみたいな だから自分がまあその人とか本当にわかんない戦後美術とかで作られた作品とかを
もうねお金がないから売ってみたいなことをやったりとかって泣く泣く売ってみたいなやりながら も本当にこの人は価値がわかるし持っておくべき人間だなっていう人にはちゃんとこう
なんだろうな高い値段でこのぐらいの価値があるってあんたが本当にあのなんだろう わかってくれるんだったらこの作品というのはちゃんと後世に残されるんですだから
持っててくださいっていう売り方をしてあそんなに言うんだったら持っておくねっていう感じで 買うんですよね
アートを買う人ってまあまあそういうそういう取引を現場を何回も見てて うわぁみたいななんかもう普通の売り方と全然違うみたいな
けどまぁ当然いい作品なんですよ なんかもう歴史に残るような作品だったりとかっていうのもなんか売ってるのを見て
すげーなぁとかって思ったけどそれは作品をなんだろうな 預かってもらうっていうか預かる
39:07
要はね100年自分たちの寿命より長く残るっていうのが美術品なんでそれを持っ
と言って言った時に分かった持っとくねって言える人間っていうのをちゃんと見極めて 預けるみたいな
でその 預け
まあねそうそれであの もらったお金で次の良い作品をちゃんと
なんだろうコレクターに渡していく美術館に残していくっていうのが なんかギャラリーストの仕事なんだってことを教えてもらって
母みたいな自分が持ってる作品もなんだろうなぁ 本当にずっと自分のもってわけじゃなくて自分が死んだ後とか
ねまぁと日本だとね相続とか結構難しい なんかめんどくさかったりはするんですけどとかなんか
寄付とかの問題で生成の問題でねアメリカとかよりなんかめんどくさいんですけども なんかそういう
なんだろうなぁ いい作品というものを残していくっていうのが
なんだろうまあアーティストが作り続けるものに対するギャラリーのなんか 氏名なんだみたいなことを言われて
あーあまちゃんだったなぁと思って自分が所有した気持ちでいたなぁと思ったけど まあ少なくとも今ねまだ全然買ってから4年ぐらいしか経ってないんで
家にありますけども あの
まあ預かって言ってたいなぁと思ってね なんかやべっつって金に目が眩んで売りたくなっちゃう時にもなんかその作品だけは
見ていやこいつはまだ手放せない 思ってね立ち止まって自分が何か
こうね大事なものに気づいた 影になった作品としてね
あの持ち続けてますねー っていうね長くなっちゃったねーっていう話なんですけども
はい
やーその話もしていきたいなぁなんか すごくね勉強になっ
アートはねなんか今 仕事でアートに関わる仕事をしてまぁ
自分の活動の方で創作と表現にまつわるとかって言いながらも 実際に美術館に行く機会みたいなのはね最近ちょっと減ってて
あのアレだなぁとかって思いつつ
いや芸術アートから学ぶことはすごく多いし 自分のすごく根本的な何かを形成しているものだなぁと思うんで
あのちゃんと 触れて自分が何か学んだものを話して言語化していけたらなぁと思っております
はいめちゃくちゃ知りメッセージでなくなっちゃったんですけれどもありがとうございました
42:07

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