あともう一つ感じていたのが、ディトのMVの考察って以前ディトが出た時にもしたんだけど、
あの時に話していないことでさ、一番最後に鹿が出てくるんだよね。
鹿がずっとこちら側を見ているっていうシーンで終わるんだけど、
あの鹿の意味って何かっていうと、鹿って権力の象徴と言われている動物なんだよね。
だから奈良の鹿公園とかさ、鹿がいっぱいいるじゃん。放置されてるじゃん。
あれもそういうような理由からね、鹿を大事にしなければいけないっていうものがある動物なんだよね。
だからあのディトの時には、あそこに隠されているメッセージはファンの方を、
入人図の5人がね、見守っていくというか、助けていくみたいな。
そういうようなストーリーになっていたりしたんだけど、
でもその一方でああいうふうに鹿が登場するシーンっていうのは、鹿が権力の象徴だとするとさ、
いつも誰かに監視されていた。要は権力によって様々な圧力を受けていたっていうね。
なんかそういうことにもつながるのかなとね。勝手な妄想でここは。
彼女はもともとSMエンターテインメントだったかな。大きな事務所にいて、そこからハイブに移って、
ハイブで自分だけのレーベルというか事務所が作ったんだよね。
それがアドアっていうところで、そこに入人図っていう彼女たちがいるんだけど、
つまりはそういう大手の事務所から辞めて、ある意味自由になれたというものがあったときに、
やっぱり以前の権力的な圧力を日々感じながら生きてきた。常に誰かに監視されているっていうね。
そういう中にあっても、私たちこの入人図の5人がファンの人たちというか、
そういう圧力に屈しそうな人たちを守り助けていくみたいなさ。
なんとなくそんなメッセージもあるのかなって勝手に想像してみたりしたんだよね。
そうすると、やっぱり民非人が入人図を通して表現したいっていうのは、
ある種の復讐であり、自分のその心に傷を負ったものの表現であるとかね。
思いを込めたものであるのかなって思ったりしたんでね。
またそういうものって今の時代にすごいマッチしてるとも言えるんだよね。
今の時代ってとにかく自分が傷ついた、もう自分自分な曲に溢れているし、
いやもう死にたいに生きたいみたいな、そんなものに溢れているから、
その自分の内省的な辛い面とかしんどい面を表現しているものって、
今のニーズにすごい合ってるんだよね。
そういう意味でも、時代性という意味においてもものすごくね、
突き抜けてるよなっていう風にね、第三者見てしまうっていうこともあるんだけど、
このね、私だけが頭一つ飛び抜けてっていうね、それがないんだよね。誰からも感じないんだよね。
あと忘れていた、あの5人がさ、ビジュアルが誰一人なんかもう嫌な感じがしないっていう。
これって実はね、グループにおいては、特に今の時代においてはものすごく大事なことで、
多分それもなんか頭の中に入れて、このメンバーにしたんだろうなっていう風に思うのが、
要はビジュアルがさ、ある種俺の中で言うとね、みんな同じレベルにある、高いレベルにあったりすると、
今ってSNSでちょっとね、どうかなっていう、そのビジュアルもそうだし、歌でもそうだし、
様々なファンへの対応とかでもね、ちょっとした音で炎上するんだよ。
韓国って日本の炎上の日じゃないって言われてるからね。
日本でもなかなかしんどいなと思うんだけど、この10倍ぐらいすごいらしいんだよ。
もうなんかティクソン・グレイシーのような感じなんだよ。
俺の兄貴は俺よりも100倍強いみたいな感じで、相当すごいんだよね、韓国のこの炎上みたいなものって。
だからそうした時に、一人でもどうかなっていう感じの子がいると、
もうビジュアル的なもので、もうビジュアルってパッと見て入ってくるからさ、
そのビジュアルの点でなんか違和感を感じたりすると、その子に集中していくんだよね。
あの変な、わけのわかんない、トンジンガンなさ、石とか矢とかさ、投げるやつが必ずいるんだよ。
だから変な話ね、ヘコみたいなものを作ってしまっては、そこに一点集中してしまうんだよ、攻撃が。
だからヘコは作っちゃダメなんで、同じ高さでスーッてね、線が描けるように同じ高さにいないとならないっていうね、
ものも俺はあるんじゃないかなっていうことがあるんだよね。
だからすげー歌が上手いんだけど、やっぱりビジュアルでちょっと他のメンバーと比べてっていうのがいたりすると、
その子にね、集中放課されてしまうっていうさ、今の時代のものがあるから、
そういう意味でもそのビジュアル、一番わかりやすいビジュアルっていうのは、同じレベルに上げておくっていうね、とってすごい大事だと思うんだよね。
もっとね、ミーヒジンの話に戻るんだけど。
要は、この5人のこの穏やかさとかね、感じて、なんかね、宗教的なものすらも感じたりするんだよね、俺ね。