1. 邦楽ぬ。《夜鷹なオトナの音楽談話》
  2. 夜鷹な雑。性格が悪い人、メン..
2026-01-27 57:40

夜鷹な雑。性格が悪い人、メンヘラな人ほど面白い。そして、最近音楽界隈で話題の『批評』について考えてみるとかファッションは圧倒的にレディースが面白い理由🎧安室奈美恵『Baby Don't Cry』

《雑談のおしながき》

0:00〜

おでがADSLだわさ


1:00〜

性格が悪い人、メンヘラな人ほど面白い


10:00〜

安室奈美恵『Baby Don't Cry』


24:00〜

音楽界隈で話題の音楽の批評について考えてみる


47:00〜

パリコレのおもしろさ


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感想

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00:00
こんばんは、こんばんは、こんばんは。
おでです。おでが、ADSLでした。
昨日、あのアヘタトークで、そのADHDじゃなくてね、ADSLだよって、
ま、そんな話をしたりしたんだけど、
お前が、お前がさ、そもそも間違えてるじゃないかと言って、
そこは、改めて修正するようなね、ことではないんだけど。
ということで、今はこれが、えーと、日曜日の新年。
ちょうど時間が変わって、月曜日のね、になったところです。
改めてさ、思うのは、性格が悪い人ほどさ、面白いよね。
リアルな日曜の中で、性格が悪い人がね、周り見ると、
いや、なかなか、なかなかもう呼吸ができませんみたいな、
同じ空気吸いたくありませんみたいなさ、そんなものがあるんだけど、
ああいうその、たとえば、YouTubeの配信者であるとか、
まあ、いっぱいのああいうユーザーの配信者であるとかね、
うーん、まあああいうSNSの中でも、そのフォロワー数が多いとかさ、
そういう人たちって、たぶんさ、
お城場でみんな性格が悪いんじゃないかなって、思うんだけど、
うーん、その性格が悪いから、
まあ、こう、なんかその性格の悪さが良い方面にこう、
作業しているというのかな、そんな印象があるんだろうな、
一見さ、こう穏やかな感じとかね、笑顔でさ、ああいうね、
配信してたり、まあ自分は、あの、だいぶ傷つけませんとかさ、
そんな風に配信している、いや、案外性格悪いんだろうなって、
03:03
感じることが結構あるんだよな、
だから、こう、いろいろね、見てたりして、ああ、ちょっと怪しいなって、
で、もう一つは、あの、メイヘラ系の人の配信は面白いっていうね、
ものがもう、昔のあのニコ生からね、そういう配信者が多くて、
メイヘラであればあるほど配信は面白いっていうね、
いうことがもうずっとあったりして、
それは今の時代にあっても、まあわかんない、人によってね、
まあそういうものを楽しむ、なんていうか、
対象にするのが違うよっていうこともあるかもしれないけど、
でもメイヘラ系の配信者の人って、ある意味その、
いつも安定していないっていうね、ところが、
その小さな日曜の中でもさ、さまざまなこう、
ハプニングを起こしてくれるというのかな、まあ見せてくれるというね、
そういうものがあるから、だから結果として、
ああ、今日はこの配信者の人なんかやらかすんじゃないかなとかね、
そういうある種の危うさがあるから、結局人は、
そういうハプニング的なものをね、期待して、まあ見たくなるっていうさ、
そういう外面がね、まあああいうユーザー系の配信であれば、
メイヘラであればあるほど、面白いっていうか、
まあ俺は面白いっていうものがあるし、
人がね、見に来るっていう、そういうものがあるんだよね、だから、
まあYouTubeでもああいうユーザー配信でもそうなんだけども、
ものすごい、なんていうの、精神的にこう安定してるとか、
あの、見るからにさ、あ、この人って本当にいい人なんだなっていう、
そういう人がね、いるんだよね、でもそういう人の配信って、
やっぱりね、つまらないんだよな、
まあYouTubeとかああいうものを見てたりしても、
やっぱりね、あの、まあキレイごと言う配信者っていうか、
YouTuberがいっぱいいるんだけど、
このキレイごとが、本当にその心の奥、そこからね、
あの、話しているっていう人もいれば、
やっぱりなんかよそってね、いいカッコシーな感じで、
06:02
発信しているっていう人もね、いたりして、
その心の底からなんか、ああ心がキレイなんだろうなーとかね、
性格がいいんだろうなーとか優しいんだろうなーって、
思う人のものはね、あんまり面白くないけど、
だから結論としてはさ、
ああいうその、登録者数が多いとかね、フォロワー数が多いっていうのは、
性格が、まあ大体悪いっていう、
数が多いから、いやこの人信用できるなーっていうのはね、
あの、まやかしだよ、数が多ければ多いほど、性格が悪いよ、
むしろ数が少ないっていう人にこそね、
ということで、こういう感じです。
的にさ、俺みたいな配信って一番多分中途半端なんだよね。
なんか写真もあるんだけど、でもなかなかそれが思いっきりね、
振り切って作業していないっていうさ、この中途半端な。
なんか自分ではね、自分の性格ってある程度把握してるんだけどさ、
でもなんかね、その性格の悪い方に振り切れないっていうさ、
だからあの、覚悟はね、ないんだろうね。
別にあの、このポッドキャストにおいてさ、覚悟を持ってね、
発信するような場所では自分自身はないと思ってるから、
これが例えばYouTubeであれとかさ、
ああいう場所であればね、何かしらやっぱり覚悟を持って、
どういう風にするかっていうのは、いい人を演じるのか、
逆に自分の性格に沿ったようなさ、キャラクターでやるのかっていうのは、
どちらにしてもある種の覚悟を持って、どっちかっていう風にはするんだけど。
音声配信というポッドキャストにおいては別にそんな覚悟をしなくても
いいっていうものがあるから、こんなさ、どんどんベンダラリー
配信できてるっていうことがあるからね。
09:04
だからそういう意味では、ものすごく一番その日曜日の自分の
その姿が出ているとも言えるんだよね。
どうでもつまらないんだから。
その今日だね、今日というか昨日か、
なんかあのアムロ並江のさ、ベイビートークライ
あれのなんか発売日だったらしいんだよね。
で、結構ああいうポストとか見てると、
なんかアムロちゃんのこのベイビートークライをね、
共有している人がすごい多くてさ、
で、俺彼女の曲の中ではこの曲がやっぱり俺も一番好きなんだよね。
確かなんかアムロ並江のファンの人たちが選ぶ曲で、
確か1位だったりしたんじゃないかな。
1位か2位だったりしたんじゃないかな。
なんかアムロ並江といえばさ、巻き上げニューセレブレートとかね、
ああいうものがっていうのがあるんだけど、
でももう彼女の曲の中で俺も圧倒的にこのベイビートークライがね、大好きで。
何よりあのー、PVか。
あれがもう本当にいいんだよね。
あのー、ゆよぎの体育館、あそこの辺歩いたり、
遊戯公園歩いたり、
あのー、黒いね、ロングコートのロングブーツで、
デニムでっていう、あれをなんていうの、着ているファッションも、
普段の彼女の感じではあるんだけど、
でもなんかものすごいね、
この曲の世界観というのかな、
まあ彼女の雰囲気とかね、そういうものにピターンと合ってたりしてさ、
だから彼女のあのMVがね、
以前はかんぱけ版でさ、
古着で見れてたりしたんだけど、
もう一斉にあのYouTubeでMVも撤退して、サブスクも撤退して、
今やふるちゃんのああいう姿を見るのは、
まあね、違法でアップロードされているものぐらいしかない。
あとまあライブ映像がまあファンとかね、
ああいう融資によって残されている。
もう一度ちゃんとした形でね、
まあまあ今でもあのTikTokとかさ、
ああいうもので見れることは見れるんだけど、
ちゃんとその公式からあげられたものでね、
12:00
今一度あのMVを見てみたいなって思うよな。
本当にいいんだよな、あの曲の。
結局あの曲ってさ、
いつも私が見守ってるからとか、
私が背中を押すからとかさ、
やると応援サブ的な歌詞だったりするんだよね。
で、なんか改めて思うの、
あの曲って確か2007年になったりしたかな。
ちょうどね、あの2007年ってさ、
iPhoneが発売された年なんだよね。
だからなんて言うんだろうな。
まあ2007年あったりって正直あんまりよく、
世の中の空気感っていうのは体感として、
あんまり覚えてなくてね。
なんか一番もうずっと2000年入ってからが
もう本当にわけのわかんない。
いつも一緒に暴殺されてたりしたから、
まあ2007年ちょっと覚えてないんだけど、
ただまあああいう振り返ってみてね、
iPhoneが発売になるとかさ、
ああいう年っていうことを考えると、
まだまだなんとはなしにね、
まあ未来が開けていたというのかな。
だからその未来に向けて進んでいる人の
背中を押すようなこういう、
アムレちゃんの応援ソング的なね、
ものであるとか、
こういう応援ソング系ばっかり歌ってきた、
あの三人組。
一人がなんかフリンカなんかして、
お前応援ソング歌ってるのにフリンしてんだよみたいなさ、
いたじゃん。
誰だっけ?名前が出てこない。
一人が後ろでDJでさ、
なんかお坊さんになった人ね。
そういえばさ、
昨日あげたトークの中で、
自分の体験をアウトプットして、
まあ本を書くとかね、脚本を書く人がいるじゃんっていう話をして、
まあ髪が金髪で、
その極童系の脚本だとか小説を書くっていう、
あの人、名前が出てこなくて、
思い出したのが、
家田翔子。
あの人。
あの人がまさにね、
ヤクザの親分宅にいそうみたいなことをしてね、
で、
その極童の世界を自分が体験として、
経験して、
それを小説に反映するっていう、
そういう物書きの人なんだよね。
まあちょっと思い出したから。
15:02
だから、
まあこういう2007年ぐらいの時代っていうのは、
まだまだこういう応援ソングに溢れていて、
やっぱり2020年、
2017、18ぐらいからか、
夜系と言われるような人たちが、
表舞台に出てきたような、
あそこら辺の時期からもうなんか、
自分自分、私私みたいなね。
私は傷ついてどうのこうのとかさ、
そういう、
自分のことしか興味がないというのかな。
そういう歌詞がものすごい増えていって、
で、それを投資するように、
ああいうコロナというね、
ものがあったりしてさ、
他人のことというよりも、
まあ今置かれている自分のこの現状みたいなものにね、
こう思い悩むというか、
なかなか未来を見出せないっていうさ、
心もあったりしてね。
だから曲の歌詞というものも、
誰かを応援するとか、
見守るとかっていうものではなくてさ、
まあ自分のその内面の、
傷ついている様子であるとかね、
まあそういうものを歌うということが増えてきたり、
したんだけどさ、
こういうその、
なんていうの、
ハッピーウェイ系であったりとかね、
まあこういうふうに、
誰かを応援するとかさ、
そういう曲でもずっと育ってきたようなところがあるから、
まあ最初その自分の内面を歌っているようなものって、
新鮮ではあったんだよね。
ああこういう曲が世の中にあるんだみたいな、
そういう新鮮さがあったりしたんだけど、
そういうものに溢れていくと、
いやもうお腹いっぱいだみたいなね、
ことがあって、
やっぱり自分の10代、20代くらいに聴いていた、
曲に引き戻されるっていうか、
ものがね、あるんだよね。
その時にやっぱりこの、
アムロラミエのベイビードンプライっていう曲は、
もう本当に、
今聴いても何とはなしにね、
こう、背中をそっと押してくれるというのかな、
見守られているからこそ、
こう、一歩踏み出せるっていうね、
そういうものがね、
もうこの曲は本当にいいよね。
昨日の何日か前にさ、
松浦彩のね、
なんかライブかなんかの、
動画見てたりしてさ、
いわゆる松浦彩ってさ、
もうソロの女性アイドルとしては、
18:02
もうラストアイドルと言われてるでしょ。
もう彼女以降、ソロで、
アイドルで、
あれだけ人気になった女性アイドルっていないからさ、
グループでね、
会ったりせよ、一人でっていうのはもうないからね。
80年代、90年代っていうのはさ、
もうアイドルといえば、
ソロっていうさ、
ものがあったりしたからね。
だからそういう意味ではもう、
ソロアイドルって、
未来においてはどうかっていうのは、
ちょっとわからんけれども、
とりあえず現状なんかで言うと、
もうソロの女性アイドルとか、
まあ男性アイドルも同様なんだろうな、
ソロでっていうのはね、
なかなかやっぱり難しいよなって、
いうことがね、あるんだね。
アムロナミエの立ち位置ってさ、
微妙に難しくてね、
デビューした時は割と、
アイドル寄りな感じがあったりしたんだけど、
でもそこから、
なんていうの、
一連の小室哲也から離れてからの、
彼女がああいう活動スタイルみたいなものを見ていると、
アイドルというよりは、
まあそのアーティストというね、
そういうものに、
こうだんだんだんだん移行していった感じがあって、
もうその、
後半の方というのかな、
一アーティストっていうね、
そういう感じがあるね。
だから女性ソロアイドルとしては、
松浦彩也がラストなんだけど、
女性アーティストとして、
じゃあアムロナミエが最後だっていうと、
そんなことは決してなくてさ、
アーティストって何を持ってきて、
アーティストっていうのかっていうのがあるんだけど、
なんか自分の中にはあって、
山下達郎さんもね、
そんなような話をしてて、
山下達郎はさ、
ああいう音楽をやっている人、
アーティストって一切呼ばないんだよ、あの人。
全部ミュージシャンで呼ぶんだよね。
だから、
そういうこだわりがあるんだよ。
その話を聞いて、
確かにアーティストっていうとちょっと、
あまりにも隠れとして大きすぎて、
もうじゅっぱ人から見るにさ、
いや何でもかんでも誰でもね、
アーティストって呼べばいいかっていうと、
いや確かにそういうものでもないよなって、
思うようになってから、
俺も意識的にアーティストって使わないようにしてきたんだよね。
だからミュージシャンとかさ、
歌手とかね、
そういう風に話の中では使ってたりしたんだけど、
21:03
でもアムロナミエの場合は、
ミュージシャンじゃないんだよね。
だからやっぱり、
その、
アーティストって、
その歌声だけではなくて、
ダンスであるとか、
そのライブのステージングであるとかね、
ああいうMVの中の演出であるとかさ、
そういう諸物が複合的に合わさった結果ね、
何て言うんだろう、
ミュージシャンという枠を飛び越えた、
そういう存在がアーティストっていうさ、
そんなニュアンスなんだよね、
自分自身の中ではね。
だからそういう意味では、
シーナリングも俺の中ではアーティストだし、
最近で言うと、
チャンミナも俺の中ではアーティストなんだよね。
むしろ、シーナリングミュージシャンじゃないかとかね、
チャンミナミュージシャンじゃないかっていう、
ことの方がさ、むしろ違和感があるでしょ。
だから案外、
簡単な感覚的なものでしかないかもしれないけど、
ミュージシャン、この人ミュージシャンだよねって言った時に、
違和感がある存在の人は、
アーティストなのかアイドルなのかっていうね、
そういう切り分けみたいなものがあるんだろうなって思ったりして、
ただ、なかなかね、
ああいうアフロナミエという人が残した功績であるとか、
こういうふうに、
時代を振り返った時に彼女が残してきたものって、
相当大きなものを残したし、
特にアジア圏なんかで言うと、
渓谷区なんかで言うとね、
アフロナミエの影響を受けて、
さまざまなああいうステージングであるとか、
演出って影響を受けてたりするぐらいでさ、
今にわかに、
音楽好きの人の間では議論になっている、
音楽の批評についてっていうものがあって、
きっかけは、作楽舎の山口一郎が批評についてね、
ああいううざずらみたいな話をしている中で話をして、
で、それをミノミュージックの彼が取り上げたりしたんだよね。
24:05
そういう流れがあるんだというのを知って、
昨日、山口一郎がライブYouTubeでやってたりして、
見てたりすると、
そのミノミュージックの話をしてたりして、
こういうものがあるんだと思って、
俺も見てみたりしたの、彼の。
そうすると、山口一郎が言っているのは、
アニメとか映画とかね、
ああいうものには批評というものが未だにあって、
ああいうふうに批評していくことで、
例えば映画界全体とかアニメ界全体というものが底上げされるっていう、
その批評は決して悪口ではないけどさ、
ボトムアップが期待できるっていう。
もう一つ言っているのが、
いわゆる中々注目されないデビューしたてとかね、
そういうインディーズ系の人のものであるとか、
そういう人たちを批評家の人たちが紹介するとかしてね、
フックアップしていく、
そういう業界全体を俯瞰で見たときに、
そういう流れがあったらいいよねっていう。
だから批評というものがあるといいんじゃないかとかね、
まあそんなような話なんだよね。
で、ミノミュージックからもそれに対していろいろ話をしてて、
で、一日経ってから、あれは翌日くらいかな、
サクナクションのあれをね、
批評をする形で動画を上げてたりしてさ、
で、見てみたりしたの。
で、単純に俺はなかなか気分が座ってるというか、
いいなって思ったりしたのね。
ミノミュージックの彼がそういうふうにちゃんと、
山口一郎もそういうような雑談の中での切り抜きなのかなんかを見て、
それについてちょっと話をして、
ちょっと俺もひよってるのかなみたいな、
まあそんな話をして、
で、翌日にちゃんとああいうね、
サクナクションの楽曲を批評という形で上げてるのはさ、
まあなかなか覚悟がないとね、できないことだしさ、
だからああいうふうに上げたっていうことはものすごくね、
俺は評価してるっていうとね、
ちょっと上からになるんだけど一応彼よりも年上だからね、
まあかろうじて年上からの意見として、
彼の行為っていうのはね、行動っていうのは評価できるなって思ったの。
27:05
で、まあ評価というか評論か、
評論ってさ、俺もそんなに真剣に考えたことがね、
もう言ってしまえば1ミリもなくてさ、
歌詞にもその音楽評論家の人っていっぱいなんかいたような感じがあるんだよね。
だから特にああいうレコードとかCD買うと、
あれにそのなんとか評論家の人の、
なかなかちょっとね、文章がこう書かれていて、
いやこのアルバム、いやこの曲はあれこうでそうでぼうでみたいなさ、
ああいうものが書いてあったりするんだけど、
全く俺それには興味がないし、
ましてやその音楽雑誌系のものをね、見るということももう全くないからさ、
俺の世界線の中には評論家って1ミリも存在してこなかったんだよ。
もうずっと、もうつい最近までもう全然存在していないっていうね、
ものがあったりしたんだよね。
だから改めで評論っていうことをさ、
こう考えてみるとどういうことなのかなって、
ふとね、俺もちょっと考えたくなってさ、
ぼーっと考えてたりしたんだけど、
俺は結論としてはね、
結局評論もさ、
感想でしかないんじゃないかなっていうことなんだよね。
だってまあでも主観でその音楽何を聞いて、
どういう風にその音楽を理解したかっていうね、
ことにしか過ぎなくて、
それってまあ現代流ああいうSNSでこの曲がいいとか悪いとかさ、
ああいう風に感想を言ってるのと、
そんなに角度としては変わらないんじゃないかな、
ただその語彙力がすごいあるであるとかね、
まあそのミュージシャンの過去の実績であるとか、
過去のアルバムを引用して、
それと比較するとどうでこうでみたいなね、
まあそういうデータに裏打ちされたものがあってとかね、
だからなんていうんだろう、
まあ分かるのは分かるんだよ。
ああいう評論があることで業界自体のレベルが
向上していくであるとかね、
そういうものも全て分かるんだけど、
結局俺はそんな思いになったのね。
でもう一つ思うのが、
まさに今回ミノミュージックの彼が、
ああいう風に怪獣というものをさ、
30:02
批評した時に見終えて思ったのは、
あんまりその聞き心地がいいなっていう風には思えなかった。
こういうことが結局批評なんじゃないかなって思ってさ、
だからすげえ分かりやすく言ってしまうと、
サカナクションのファンの人たちにとっては、
あの彼の批評というものは、
いやなかなか何言ってんだミノみたいな、
そういうことになる。
逆にサカナクションをあんまり好きではないっていう人からするとね、
ああそうそうそうっていう、
俺もそういう感じがあったんだよっていうさ、
そういうものにしかならないんだよね。
っていうことはさ、結局分担下を生むっていうことなんだよね。
今の現代におけるああいう批評っていうものってさ、
だからアニメや映画にあっても、
その映画やアニメを見て、
まあいろいろその批評文化みたいなものがあるって言うんだけど、
でも俺少なからずほとんどみんな感想にしか過ぎないようなと思うんだよね。
特にああいうアニメの批評の第一人者で言うと、
岡田斗司夫が言ったりしてさ、
神が様々に映画やアニメを見て、
いろいろこう批評を見たことを話すんだけど、
でもそれってあなたの感想でしかないでしょっていうことにしか、
思えないんだよね。
だから批評って、
そのお題目だけを高く志に高く掲げている感があって、
でも言ってもそれって感想でしかないよなっていうものがね、
俺にはあったりするんだよね。
でまあそういうミドミュージックのものを見て、
あんまり気持ちがいいなっていうものにはね、
俺は感じなかったりしたからさ。
まあ彼が上げたということに関しては評価してるんだけど、
でもその内容を聞いて、
じゃあうんうんうんって素直に頷けるかっていうと、
そういうものでもないからね。
批評って、そのいい面も紹介すれば、
ちょっと気になる面も紹介してというものがあって、
バランスが多分取れるとは思うんだけど、
ただ現代においては明らかに長知恵吉系のものが多くてさ、
で俺カンジャムのあの解説動画系、
動画というか解説系のテレビ、
あれが嫌になってしまったら、
まさにそういうところでさ、
いわゆるミュージシャンがミュージシャンを褒めたたえあぐというね、
あのもう長知恵吉にあるような構造がさ、
もう本当に見ててつまらねえわっていうね、
33:00
そういうものがあったから、だからもう全くね、
見ないっていうことになったんだけど、
だからこの何か人事で永久な言葉を並べてね、
持ち上げるっていうものばかりに溢れてしまうと、
そこにこう居心地の悪さとかね、
気持ち悪さを感じるんだけど、
でもまあどちらかに立って発信をするということであれば、
まあ何かとそういう長知恵吉的な感じのね、
あの評価であるとかレビューをしていればさ、
うーん、まあそんなに何ていうの、
嫌いなの嫌いなのさ、言われる確率で言うとね、
少ないわけででしょ。
だからまあいうYouTubeであるとかこういうSNSの世界では、
まあその見られて何も的なものがあるからね、
何か変に批評してというよりも、
いやぁ絶賛する系の長知恵でいた方が数を稼げるっていう、
そういう構造があるんじゃないかなって思う。
批評って言ってしまうと、
なかなかその批評する人を選ぶというのかな、
批評する人ってやっぱりその、絵とかさ、
何だっけあの人、
タモリキュラムに出ていたあの、
坊主頭でギャルになっちゃった人。
毎回絵は出てくるんだけど名前が出てこない。
あの人もYouTubeでさ、
まあ絵のああいうね批評的なことであるとかね、
やってたりするんだけど、
逆に何か納得するものがあるよね。
だからその批評を発信する人の、
その人の、何て言うんだろう、
辿ってきた、何か歴史であるとか背景であるとか、
そういう言葉の重みみたいな、
重りが持ったりしたら、
何と話に聞けるかなっていうものがあるかもしれないね。
あの今でさ、
あの残念ながら、
まああんまり年は気にしないって言うかもしれないんだけど、
例えば20歳の人が言っている言葉と、
じゃあ80歳の人が言っている言葉、
どっちにその言葉の何か重みであるとか、
信頼できるものがあるかっていうと、
やっぱりちょっと年齢っていうものがプラスされるわけでしょ。
ああいう批評をするっていう人が誰なのかっていうこともね、
結構大事なんだろうな。
36:19
やりたい人は批評をすればいいんではないかなっていうね、
当たり障りがないものになってしまうんだけど、
要はさ、それで良くない。
で、その批評をやりたい人は批評して、
で、その批評を読みたいとか見たい人がそこに見に行けばいいだけであって、
いや俺は批評全然興味ないよっていうのであれば、
別に見に行かなければいいだけのことなわけでしょ。
で、別に毎日毎日。
必ずは学校行くようにね、
なんか校門の前で立ってる太鼓の先生次第持ってさ、
まあ今はいないかもしれないけど、
あの先生の顔見たくないわっていうのを学校行くためには見なくちゃいけないっていうね、
嫌な王でもっていう状況ではないわけじゃん。
見たくないものは別に見なくていいっていう、
今は選択ができるこういうさまざまな教諭の時代なわけだからさ、
だからまあやりたい人はやればいいし、
まあそれに興味がない人はやらなければいいっていうだけであってね、
まあその批評というものに触れることで言うと、
ただまあその山口一郎がもともと言っていたその音楽業界で、
まあ若い人たちを復学するとかね、
業界自体のそのクオリティや仕事環境とかね、
まあ収入とかね、
まあああいうものを向上させていくためにはっていうのがあるんだけど、
まあそれに関してはなんか批評というよりも、
今のこのサブスクの構造の方がもう圧倒的に問題があってね、
月900円とかさ、まあそれぐらいでね、
死ぬほど音楽が聴けるわけでしょ、
でああいうミュージシャンの人たちに印税として払われるのは、
1曲聴いて0.01円とかさ、
まあわけがわからない金額でしかないっていうね、
だからなんかその批評があるから業界自体が底上げされれるというよりは、
まあ今このサブスクというこの仕組みの方がむしろ根深い問題にあるんだろうなって思う。
ミュージシャンの立場からするとああいうサブスクってね、
うざいわっていうものがある一方で、利用する側からするとね、
まあ月1000円ぐらいでさ、ああいう風に曲が聴けるっていうのは本当に助かるわっていうものもあるし、
39:02
ある意味その音楽を商売にしたいね、
子たちのきっかけという意味の底上げされる、
新たな子どもたちがミュージシャンを目指すっていう、
その最初の入り口としてはね、
ああいうサブスクであるとかYouTubeっていうのはかなり大きく貢献していると思うんだよね。
だからまあ音楽業界として捉えたときに、
中々注目されない若手とかをフックアップするであるとか、
まあそういう部分っていうのはかなりああいうサブスクYouTubeの登場によって、
チャンスを与えられているんじゃないかなって。
だから批評な、結論としては、
結局批評というものに、
それほど多くの人たちが価値を見出さなくなったから、
だからああいう音楽に批評がなくなってきたということでもあるわけでね。
だからそういう意味では、
批評はね、さっきも言ったように、
伝えたい人、表現したい人は表現して、
それを見たい人が見に行くっていう。
そういうものに興味がない人は見に行かないっていう。
もうその選択があるっていうことだけでさ、まあいいんじゃないかな。
若い子をフックアップしてね、紹介していくっていうことって、
俺も以前、音楽の話ばかりをしているときって、
そんなような意図を持って何回かトークを上げたことがあるんだけど、
何回かやるうちにさ、やっぱり難しいなって思ったりしたの。
一つは、やっぱり音楽はさ、言うても、
口でね、これがさ、このなんかリズムがいいんだよ、
このエレキの音がいいんだよっていうのは、
その後付けのおまけ的な要素であって、
一番早いのはさ、いやこれ聴いてっていうのが一番早いんだよ、音楽って。
音楽いいからさ、聴いてよって言って、聴かせて、
その人がどういうふうに感じたか、で、いいなってなったときに、
いやそうだろ、ギターのリフがさ、歌声がさとかさ、
後付けでそのおまけ的にね、さまざまな情報が入ってくるのであって、
音楽を紹介していくときにさ、一番はとにかくもう聴いてもらうっていうのがもう、
何よりも一番早いんだなっていうことに、俺はね、たどり着いたの。
42:02
だから曲を言語化していろいろ紹介して話しても、
いやそれって何かなーっていうのがあって、
ああいう音楽の話をばったりしなくなってしまったっていうことがあるのと、
あともう一つは、新人のミュージシャンとかさ、
ああいう子たちを紹介するときに、ないんだよ、ストーリーがないの。
だからその曲について、いやこの曲いいよねーっていうので終わってしまうんだよね。
例えばこれがサザンとかさ、山下達郎であればさ、
いやこの曲っていうのはね、ちょうど80年代で、
湘南でね、ああいうライブがあってさ、
こういう山下達郎と桑田圭介のつながりがあってさとかさ、
いろいろその歴史に裏打ちされた話ができるんだよね、どの曲においても。
だからそういう意味ではものすごい紹介しやすいっていう、
そのバックストーリーがよりその曲を魅力的に演出してくれるというか、
伝えられるようになるというか、そういうものがあるんだよね。
ただ若い出て、いや新人で1曲目ですとかさ、
いや今までライブで活動して、
いやこういう風にメジャーでっていう風になったとしても、ないじゃん、バックストーリーが。
だからああいう若手の子を紹介する時っていうのは、
結局インタビューで彼らのその曲作りへのこだわりであるとかね、
どういう音楽を聴いてきたかとかさ、
当事者にやっぱり聞かないと、なかなか一つの物語として紹介できないというものがあるんだよね。
だからなかなかその若い子たちをフックアップして紹介するっていうのは、
俺もそれはすごくいいなって思うんだけど、
でも実際に自分自身がやってみると、
いやなかなかそのストーリーがまだまだないからね、
ああちょっと難しいなっていうものを感じたりしたんだよね。
だからまあまあ、突き詰めて考えると音楽っていうのは、
もうこれ聴いてっていうのが一番早い。
それをどういう風に聴いて思ったか感じたかっていうのが、
もうそれがその人にとっての答えなわけだよね。
それで興味を持ってそのミュージシャンを知っていくとかね、
その曲の魅力について自分なりに深掘りしていけばいいだけであるんですわ。
その時にああいう批評みたいなものは役立つし、
なんだかんだ言って、俺すげえ大きな功績を残したなっていう、
45:03
今もね、続いているからあれなんだけど、
感情もねさ、ああいう音楽というものを言語化して、
なかなかそのわかりづらいリズムやテンポや、
ああいう様々なコードであるとか、
曲の構成っていうものをあれだけ分解して、
一般の視聴者にもわかりやすくっていう風にやってるのは、
ものすごいね、功績だと思うよ。
いわゆる批評みたいなことを、
ああいう風にエンタメとしてテレビ番組でやっているっていう凄さが、
あのカンジャムの番組にはあるんだよ。
だから、俺自身もずっと見てきたりしたからね。
ただ、最近はね、そういうちょっと長知恵にあふれるからっていうものがあるんだよね。
だからカンジャムがやってきたことが、
まさに一つの音楽批評を、
わかりやすくね、お茶の間に届けている、
一番わかりやすい形のものなんだろうなって思ってたりするね。
あとさ、今パリコレでファッションウィークで、
俺が前に調べた時に、3月にパリコレのファッションショーがあるっていうものがあって、
ああそうなんだって思ったんだけど、
まさに今さ、やってるんだよ。ゴリゴリにパリコレで。
毎日毎日さ、もういくつものブランドがね、
ファッションショーを開催して、YouTubeに上げてたりしてさ、
見てたりするんだけど、
どうもね、1年にパリコレみたいなファッションショーって2回あるんだって。
1回目が1月から3月。
2回目が6月から9月。
この間に開催されるんだって。
だから今1月に開催されているのは、
2027年かの秋冬の服なの。
だから今この寒い時期に、
その冬のね、ファッションのショーを開いているっていう。
だからもう1年早いんだよね。
で、今やってるのが、1月はメンズのコレクションなんだって。
で、3月がレディースのコレクションなんだって。
だから必然的に6月9月っていうのは、
6月がメンズで、9月がレディースっていうね、ことのようなんだね。
だから3月がレディースで、今はメンズなんだって。
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だから今のYouTubeにアップされているのも、
メンズのコレクションしかないんだよね。
だからそういう理由なんだって思ってね。
で、なんかね、見てると、
本当にそのブランドの大きさみたいなものはね、
もう如実にさ、
あのショーの会場の大きさで、
もう見分けられるなっていうものがあって。
この間話した幼児山本あたりだとさ、
やっぱりなかなか小規模なんだよね。
で、これが一点、ルイビトンとかさ、
エルメスとかね、
特にエルメスなんかもう会場がすごいでかいんだよ。
とか、あとセリーヌも大きかったりしたかな。
だからあれを見て、
ああいうその本当のファッションの本場でね、
ブランドとしてものすごくこう、
影響力を持っているブランドっていうのが、
あのなんかショーのね、規模によって分かるなっていうものがあったりしてね。
ちょっと面白かったの。
あとプラダーとかね、やっぱり大きくてさ、
だからね、ちょっと面白かったりした。
ただ俺はさ、いろんなそのファッションのああいうショーを見ても、
正直よく分からないよね。
その服のトレンドは俺にはちょっと把握できない。
こういうものがあるからこういうものが、
一般の庶民にも落ちてくるのかなっていう見方をしようとしても、
ちょっとよく分からない。
だからどういうものがね、流行っていくのかなっていうのがあるんだけどさ。
ただね、あの分かるのは、色はなんか分かるんだよね。
自分自身もあの雑貨のさ、商品企画してた時にね、
まあ色張りが10色ぐらいあるようなさ、
雑貨をね、作ってたりしたの。
で、その時にやっぱり色選びがすごい大変でさ、
参考にしてたのはもう女性誌なんだよね。
女性誌をもう何十冊も買ってきて、
で、全部目を通していくと、
そのなんか流行りの色が分かるんだよね。
今年というか、まあ春先はこういう色が流行るんだなっていう。
それは雑誌のああいう、何着ている服。
あれをもう何十冊も見ていくとさ、
色々傾向って分かるから、
それでその色選びをね、してたりしたの。
で、例えば赤が流行るなって言ったとしても、
ただ赤ければいいっていうことじゃないじゃん。
なんか薄い赤なのか、明るい金赤みたいな。
いっぱい赤にもあるからね。
だからそういうものを、そういう発祥紙みたいなものを見て、
その色をこう合わせていくというのかな。
そんなことをしてたりしたんだよね。
だから、ああいうもう今日何本ぐらい?
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10本ぐらい、なんかいろんなね、ブランドのものを見てたりして。
なんかメンズの部分で言うと、
俺は何か2色いいなあっていう風に思うのがあって、
一つはグリーンがね、いいなって思ったりしたの。
その、どちらかと言えば、
モスグリーンのようなくすんだグリーンじゃなくて、
割とこう明るめなグリーン。
と、グリーンなんだけど、
何て言うんだろうな。
もうちょいその淡い系なグリーンって言うのかな。
うまく言えないな。
そんな色のグリーンがね、見てて綺麗だなって思って。
もう一つが、あの青ね。
青がもうすんごい綺麗だったりした。
見てて、なんか青い服をね、着て出てきたりしたの。
で、その青がすんごい綺麗でさ、
もうなんかスカイブルーというか、こう晴れやかな青でね。
いや、すげえ綺麗な青だなと思って。
なんか、ああいう青い色は着てみたいなって思ったりした。
まあ、あとはね、普通に無難に黒とかさ、
まあ、ブラウンとかね、ああいうものが多いんだけど。
でも、なんか色っていうことで言うと、
グリーンとブルーかな。
それがすんげえ綺麗だなって思って、見てたりしたね。
だから、まあ一年後の秋冬は、
そういうグリーンとかブルーとか、
ああいう割と明るめのものがね、
なんかユニクロあたりね、すげえ参考にしてるんだろうからさ、
出てくるんじゃないかなと思って、見てたりしたね。
で、やっぱりさ、あれだよね。
もう10対0ぐらいで、
メディースのああいうコレクションの方が、
もう圧倒的に面白いね。
ああいうファッションの限界があるんだなって、
俺は思ったから。
結局さ、なんで女の人のファッションがすごく面白いし、
いろんなディティールやデザインのものが出てくるのかなと思うと、
女性の場合はさ、
もう体全部がファッションで着こなせるっていうね、
違いがもう圧倒的にあるんだね。
例えば頭に被るものであるとか、
イヤリングとかピアスとか耳に飾るようなものとか首に飾るようなものとか、
ネイルであるとか足首であるとか靴であるとか、
男から比べると着飾れる箇所が
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もう圧倒的に多いんだね。
だからね、やっぱりレディースのコレクションの方がね、
もうそのファッションとして表現できる幅がもう破格に広いんだね。
男のファッションはもう10倍くらい広い、そんな感じがある。
そのブランドのコレクションを見るっていう意味では、
3月に開催されるレディースの方が、
もっともっと楽しめるんだろうなって思ったりした。
とにかくファッションショーって何がいいかっていうと、
最後にモデルの人たちが全員出てくるっていうね。
で、拍手活性を浴びるっていうさ、
あの一連の流れがもう見ててすげえいいなと思って。
モデルの人たちが全員出てきて、また引き込んでさ、
そしたら一番最後にデザイナーが出てくるんだけど、
あのデザイナーもさ、その人によって何て言うんだろう、
ああいうランウェイをね、人回り歩くデザイナーもいれば、
もうちょっと出てさ、ぺこんと挨拶だけしてすぐ引っ込むっていうね、
デザイナーもいたりして、あの何て言うんだろう、
あの確かに、いや俺がやったんだぜみたいな感じでね、
ランウェイを人通り歩くっていうのも、あれはあれでいいんだけど、
でもさーっとね、ぺこっと挨拶だけしてすぐ去って、
ね、舞台裏に行くっていう、あれがすげえかっこいいなと思って。
だからね、あのデザイナーによってやっぱり最後のね、
ああいう姿にもいろいろ性格なのか、
その人の表現したいものなのか何なのかあるなと思って見てたりした。
発想書は何て言うんだろうな。
まあ興味がある人にとってはあれなんだけど、
興味がない人にとっては、いやただなんかよくわかんない服着て歩いてるな、
ぐらいしか多分ないと思うんだけど。
でも面白いものでさ、やっぱりモデルの人たちって、
あの全員自分の存在感をすんごい消してるよね。
もうさ、なんか忍者みたいだなって思って。
でもやっぱり服が主役だからさ、
そのモデルのキャラクターとかさ、なんかかっこいいさとかね、
ああいうもんって不要なわけじゃん。
だから歩いてくるんだけど、みんなさ、
モデルとしてのああいう気配をね、すんごい消してるんだよね。
あれがすげえ面白いなと思ったりして。
でも一見ね、普通の街に出たりさ、
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まあなんか雑誌だとかああいうものに取材されて出てくると、
もう圧倒的なそのモデルとしての存在感みたいなものがあるんだけどさ、
ああいうショーの時はむしろこう消すんだね気配をね。
まああれが面白くもあり、やっぱりプロなんだなって思ったりしたな。
ということで今日もこの辺でですね、飲ませてきました。
また次回あげた時にお付き合いくださいませ。
おやすみなさい。
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