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2024-11-08 21:09

夜鷹な雑。井の中の蛙論。にしても、古池や蛙飛び込む水の音は何を言うてまんの?

《雑談のおしながき》
0:00〜
僕は井の中の蛙です。


12:00〜
古池や蛙飛び込む水の音は何を言うてまんの?


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感想

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00:00
こんばんは、こんばんは、こんばんは。
井の中の蛙です。こんばんは。
こう、ふとね、自分自身が、井の中の蛙だだって思うことがあって、
特にこういう配信を、初めてそれを思うことがすごい多くて、
もう何度も何度も話しているんだけど、
ポッドキャストで人の配信って聞かないんですね。
最近はそのボイシーで聞くということはあったりするよ。
それ以外はほとんど他の人の物を聞かなくなってしまったの。
こういう配信を始める前は、いろんな人の物を聞いていて、
で、いざ自分が始めると、
途端に人の物を聞かなくなるという状態になってしまって、
これはさ、もう一理五理五、臆病なんだよね。
臆病であり、要はコンプレックスみたいなものがやっぱりあるんだろうなと思って、
他の人の物を聞いてしまうと、
すごいなんか、食べになるなとかね、勉強になるなとかね、
ポッドキャストの中にはそういう配信が多くて、
ゲラゲラ笑うとかそういう物はあんまりないんだよね。
でも、なんか食べになるなっていう物があって、
自分自身の配信は特にこういう雑談になってからってさ、
もう鳥の餌にもならないし、土にもならないしっていう、
ただ地層の中に何となくこう混ざって積み重なっていって、
誰にも発見されないままに地球の地面に帰っていくみたいだ。
要はそういう配信しかしていなくて、
だから勉強になるな、食べになるなっていう人の物を聞いた時にさ、
いや俺の配信でそういう人の物に比べたらって思ってしまうんだよね。
だから俺の物はそんな風に地層の本当にただの土とかね、
そういう物になって踏み固められていって、誰にも発見されないっていう。
でも一方で10年後も聞けるし、50年後も聞けるしっていうね、
そういう配信をしている人もいてさ、
俺の配信ってやっぱり発信していることにものすごい気概を持って取り組んでいるんだなっていう。
でも一方で俺の配信ってさ、何にもないよな、何にも残らないよなっていうね、
そういう物があって。
だから他を聞いてしまうと自分が落ち込んでしまう。
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比べてみて、いや何やってんだろうみたいな風に思ってしまう。
だから他の人の物を聞かないっていう風になっていったり。
しかし、なんだかんだ言ってやっぱり自分の配信した物を聞くのがさ、
一番なんか自分の心の安定剤っていうのかな、話している内容も分かるし、
自分の声をもう何百回も聞いているからさ、
いや一番落ち着くなとかそういう事もあったりして、
自分自身は自分の配信が一番落ち着くし楽しいし、
心の安定をもたらしてくれるっていう物があるんだよね。
だからほとんどこういう配信においては、
俺自身はもう井の中の蛙状態にあるなって思うね。
一見さ、井の中の蛙ってあんまりいい意味で使われない事が多いよね。
もう世間知らずで自分の体に閉じこもってみたいなね、
そういう風な事で使われる言葉なんだけど、
でもむしろ今の時代は井の中の蛙でいい場面というかいい場所、
そういう物を持つ事が大事だろうなって思うんだね。
要は社会に出て、会社に勤めていれば、学校に行けば、
リアガオーでも人と比べられる、比較されるっていう事がある。
一方SNSを見たりすると、いい生活をしていたり、
年稼いでいる人たちのああいう物を見て、
俺は毎日朝早くから起きて、
10段バウンドは20万ぐらいしか稼げない、
でも一方では配信して、
毎月100万稼ぐ人がいる、1000万稼ぐ人がいるっていうね、
そういう物を間違いで見た時にさ、
物凄い真面目に働く事の馬鹿らしさみたいな事で、
何々感じてしまうようになるんだね。
だから、全てにおいて犬ばかり飼わずであるっていうのは、
人の成長を止めてしまうからダメだなって思うんだよね。
ただ犬の中の飼わずでいられる場所があるとか、
環境があるっていう事が大事で、
実生活の中でさ、
何らかそういう大会に出て人と触れなければいけない、
接しなければいけないっていう物があったら、
3とか4ぐらいは、
犬の中の飼わずであって、
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要は外界で遮断するっていう、
そういう場所がむしろある方がね、
心のバランスが保てるんだろうなって思うんだよね。
これは特に若い世代だけではなくて、
大人世代の人もね、
やっぱり他人とそういう良い生活とか良い暮らし、
お金を持ってて持ってないっていう物がさ、
ものすごい可視化されて、
今の自分の生活ってどうだろうとかね、
思ってしまう事って、
若いキャラがある、
若い人だけではなくて、
大人の人の中にも、
そういう風に日々を真面目に仕事をして生活している事が、
馬鹿らしく思えてしまうっていうね、
そういう瞬間があるからさ、
若い人に限らず、
大人の人に限らず、
犬の中の飼わずになれるので、
そういう場所があるとね、
良いんだろうなって。
犬の中の飼わずって続きがあるじゃん。
犬の中の飼わず大海を知らずって続くじゃん。
でもその後にまだ続く言葉があるんだよね。
それがね、
すごい救いになる言葉なんだよね。
犬の中の飼わず大海を知らず。
されど空の深さを知る。
って続くの。
いいよね。
されど空の深さを知る。
大海に出ない。
大海をシャットダウンして、
自分の好きなスペース、
自分が集中できるスペース、
楽しめる環境に身を置いて、
大海をシャットダウンすると、
犬の中の飼わずではあるんだけど、
空の深さを知ることができるっていうさ、
言葉が続くんだよね。
なんかぼーっと歩いていてさ、
空を眺めてみても、
あ、雲があるなとかね、
ちょっと気づく人であればさ、
雲の流れが早いなとかね、
まあ秋で空が高いなとかね、
それぐらいしか思いつかないかもしれないけれども、
でもすごいそういう空というものにさ、
もし集中して注目したりね、
空というものがもう大好きで日々、
空のことばかり考えていたりしたら、
その空のすごさを知ることができるっていうことなわけじゃん。
だからね、
犬の中の飼わずで、
人と比べない大海の情報をシャットダウンすることで、
より濃密な時間とかで、
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濃厚にボドを知れる時間っていうのがさ、
作れるっていうね、
そういうことでもあるんだよね。
まあ前向きな言葉で捉えたらね、
そういうものになることばでさ、
犬の中の飼わず大海を知らずっていうだけだと、
なんか救いがないじゃん。
いやお前は所詮世間知らずだからさ、
いつまで経っても親元からね、
寝れないんだよ。
いつまで経っても父ちゃん母ちゃんに借りせびってさ、
労働介護で父ちゃん母ちゃんの錬金もらってそれで生きてるとかさ、
そういうふうに言われちゃうんだけど、
でもそこに続く言葉として、
犬の中の飼わず大海を知らず、
されど空の深さを知るっていうふうにあるのね。
犬の中の飼わずでもいいし、
むしろ犬の中の飼わずで過ごせる時間っていうのはさ、
ものすごい人生においては、
80年とか100年とかって言われる今のこういう寿命の中においてはさ、
むしろこう贅沢な時間とも言えるよね。
贅沢な本当に自分だけの楽しみ、
人と比べない楽しみだけを追い求められているっていうさ。
贅沢な時間でもあるんだろうなって思ってさ。
人間は80年とか90年70年とかさ、
生きていく中で10年ぐらいさ、
周りをシャットアウトして、
自分の中に浸るっていうね、
そういう時間があってもいいんじゃないかなって
すげえ思うんだよな。
生活の中で10割が犬の中の飼わずだと
なかなかやっぱり人は成長の歩みを止めてしまうからさ、
人が成長しなければいけないのって、
やがて一人になるからなんだよ。
子供の時は親に守られてとかで、
親戚に守られて、兄弟に守られてっていうのがあるんだけど、
歳を取るとさ、必ず一人になるわけだよね。
だから成長しなければならないっていうものがあって、
成長しないままで歳を取ってさ、
一人になるとなかなか大変だししんどいと思うよ。
だからね、全て生活の10割をシャットアウトしてしまうんではなくて、
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3割、4割、半分くらい犬の中の飼わず状態でもいいかもしれない。
犬は自分が一番って覚えてさ、そういう場所を持っておくっていうことがね、
大事だよなって。
あとさ、変えるつながりで言うとさ、
松尾場所でプリキュア飼わず飛び込むリズロート。
これって、小学生くらいの時にさ、
習うじゃん。
何も思わないじゃん。
高等、俳句に。
だからラリーっていうことしかないよね。
松尾場所っていう名前だけはもうね、残るんだけど、
なんかその、十月十月のようなさ、
ああいう呪文と同じような感覚で、
松尾場所といえば古い飼わず飛び込むリズロートって、
いうふうに覚えてるだけであって、
人生の中で、この俳句に関してさ、
すげえ考えたことって、ただの一度もなくない?
今回なんか変えるつながりでさ、
ふとね、この俳句を思い出して、
ぼーっと考えてみたんだけど、
なんか俺はさ、ニュートンがね、
引力を発見したと言われるさ、リングが落ちてっていう、
あの話とすごい似たことを感じるんだよね。
要はリングが落ちて、地球には引力がある。
一方で松尾場所は、
カエルが古い家に飛び込んだら、
リズロートがするっていう。
要はさ、自然の現象を言葉にしているだけなわけじゃん。
雪が空から降ってきたとかで、
花が雨に濡れているとかね、
そういうものと一緒で、
シンプルであればあるほど、
ものすごい哲学的なものを感じるし、
その言葉の裏であるものを、
いろいろとこう、
考えたり汲み取る余白がいっぱいあるというのから、
そのなんか凄さがあるんだなぁと思って。
だから今こうして古い家が変わらず飛び込むリズロート、
これを酔って飲もうのは、
何だろうなぁ。
これだけママがいい大人になって、
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これを今読んでみて、
この背景から何を思うんだろうなぁ。
こういう音だね、リズロート。
何を感じるかなぁ。
古い家がカエル飛び込むリズロート。
古い家じゃなくてもいいんだもんね。
丹茂でもいいし。
古い家なんだろう。
古い家にすごい秘密がありそうだな。
風景はさ、
すごい浮かぶよね。
何のカエルかわかんないけど。
なんか土があるじゃないけど、
あんな大きいカエルじゃないけど、
よく丹茂とかにいるような茶色いカエルいるじゃん。
ああいう感じのカエルが、
場所が池とかそこら辺を眺めていたら、
ちゃぽーって行く感じでしょ。
うちの方で言えば、
夏に暑くてボラが晴れているっていう、
そういう状況と一緒だな。
命を謳っているのかな。
生きているということを謳っているのかな。
だから古い家なのかな。
人間も歴史もずっと続いていて、
カエルがそういう歴史ある、
古くから続いていることに飛び込むことで、
今の瞬間を音として刻んでいることの、
そんな浅くないか。
もっと深いのかな。
でもさ、案外こういうものって、
もちろん深い思い出っていうのはあるんだけど、
案外見たまんまの反射的に、
言葉にしているっていうことの方が、
言葉としては、
ものすごい力を持つというのかな。
考えて考えて捻り出した言葉って、
強い磁力にいっぱい砂鉄がついている感じ。
磁石の周りに砂鉄がいっぱいついちゃってます。
みたいな感じなんだけど、
シンプルに何も考えずに、
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反射的に出てきた言葉っていうのはさ、
まだ砂鉄も何にもついていない、
強いその磁力を持った磁石のようだね。
人を引きつける力があるというのかな。
そういうことだったりするんじゃないかな。
だから単純に、
池にカエルがポチャーンって飛び込んで、
その一瞬がものすごい静か静寂だったからこそ、
カエルがポチャーンって飛び込んだ音に
引き寄せられたというか、
その一瞬を松尾芭蕉が刻んでおきたいということで、
背景にしたんじゃないかな。
どうなんだろう。
それを見た瞬間に出た背景なのか、
それとも後で背景画みたいなものがあって、
いろいろ考えていって、
そういえばカエルが池に入ったなって思い出して、
切り出した背景なのかわからんけれど、
でもこういう情景が浮かぶという意味では、
その瞬間を見て、
昔はカメラがないからさ、
カメラでパチンと写真に残すような感じで、
その瞬間を言葉にした、回復にしたっていうものなんじゃないかな。
面白いよね。
自分で対した話とか、
対した意味で使っていなかったとしても、
それを受け取る人が、
すごい思いつきのある絵とか、
すごい言葉だねって言うこともあれば、
またね、なんでそんなことを言うのって、
傷つけることもあったりしてて、
だから言葉って、
自分の喉を通して口から放たれた途端さ、
もう自分のものじゃないんだよね。
要は受け取る方にするで、
その解釈が委ねられるっていうさ、
ものがあるよね。
こういう配信をしていても、
録音をして、
切ったりして、
編集をしているまでっていうのはさ、
まだ自分のところにあるんだよね。
でもこれがタイマーで公開して、
夜中の3時に公開されてしまうってさ、
もうなんか自分の手から離れてね、
聞いてくれてる人のものになっていくというのかな。
だからそういう感覚がすごいあったりするで、
今日もお風呂でちょっとのぼせてきてね、
21:02
生のアマラみたいにね、汗が出てきました。
今日はね、この辺でお休みなさい。
21:09

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