00:00
こんばんは。
こんばんは。
こんばんは。
本日の始まり。
今日は何日?
今1時から。
日にちが曖昧になってきたな。
今日は21日の土曜日、深夜のまた毎度毎度の1時ですね。
今日はあれだね。
ゴタゴリになれる。
寝ないのに。
1時くらいまで来た。
女子のフィギュアを見てたりして。
良かったね。
なんかこういう風に朝まで見た、このフィギュアの結晶って、
もうすごい鮮明に覚えてるのが、あの人。
イナバーガーの荒川静香が、
あの人が金を取った時も確か朝方の放送だったように思うんだよな。
お腹に湧いて出てこないな、これという感情が。
どうした?何も湧いて出てこないな。
本当に日本選手は頑張ったね。
優勝したアメリカの選手も頑張ったね。
そういうありきたりなお話か。
あれがね、今回アメリカのファギサリューカ。
03:00
彼女の話題がアンヌイスに似ていると言われてるらしいんだけど、
確かにそう言われればそういう感じもあるし。
俺はあれに似てると思ったんだよな。
キムラカエラ。
キムラカエラに似てるなって見てて、
キムラカエラは大地魔王に似ているっていうものがあるから、
アリサリーはさ、大地魔王に似てるんじゃないか。
どうかちょっとわからないけど。
なんか久しぶりにこうやってがっつりフィギュアを見てたりすると、
今って曲がさ、歌詞が入っている曲でもOKになって、
何年前だろう?
もうだいぶ前からね、
ああいうフリーでもショートでもそうなのかな?
ショートはダメなのかな?
歌詞が入っている曲がOKになって、
以前はもう歌詞がない曲しか無くなったりして、
エキシビジョンでああいう歌詞が入っているっていうものがあるんだけど、
見てて思うのは結構歌詞が入ってたりすると、
結構ガシャガシャした感じになるんだなって思うので、
アイススケートというと、
こういった平面をすって滑り踊るようなさ、水飛びのようなね、
そういうものがずっとあったりしたから、
ああいう風に歌詞が入ってくると結構ガチャガチャするんだなっていうね、
ある種の煩雑さみたいなものを感じたりした。
日本選手の千葉もねか。
この選手、誰がまあああいう風にね、
表彰台に立ってもらうかしら。
特にローメタルを取った中井亜美というあの女の子は、
見てていいよね、すごくね、元気があって。
06:01
まだ17歳だし、会見の中で山本香二の年齢ぐらいまでは、
まだチャンスがあるからっていうね、
そんな話をしてて、
あと2回ぐらいはオリンピックを目指せるんじゃないかっていうさ、
ああいうところも聞くと、
やっぱりあの若さにして、
自分のこういう競技人生みたいなね、
ああいう絵を描いているというか、
やっぱりそういうものがあるんだね。
だから本当に短いよね。
17歳とか、オリンピックって今いくつから出れるのかわからない。
16歳ぐらいから出れるのかな。
そういうものからさ、ある種のピークの25とかね。
そういうものがあるんだろう。
もう彼女の中では17だから8年。
まあそういうね、8年間集中してという。
やっぱりあれがあるよね。
今回アメリカの選手が優勝して、
まあ日本があってとかね、あるんだけど、
そのアメリカの選手が表現する、
ああいうスケートもあるし、日本もあるし、
で、まあロシアってね。
それぞれにやっぱりなんか、
その見せ方の違いがね、
すごいあるなっていうものを感じたりするかな。
まあやっぱりアメリカの選手のものって、
もう昔から似たテイストがあるように感じてたりして、
なんかやっぱりこう、明るくて元気でポップみたいな。
そういうものが、ああいうアメリカのフィギュアには常にある。
で、日本はやっぱりその成功な感じと、
あとその愛らしさというのかな。
可愛らしいっていうね、この日本文化ならではのものが、
やっぱりフィギュアのああいう世界にも根付いてたりするのかなっていうね。
そういうものも感じたりするし。
で、ロシアの場合はもうちょっと芸術にも近いようなね、
そういうものがあるからちょっと、
09:03
見せるパッケージングとしては、
一番なんかその気高さというのかな、
そういうものがある。
その祭典競技で、スポーツで、オリンピックではあるんだけど、
ロシアのフィギュアにはそこにその芸術的なね、
ものが入ってるから、もうちょっと違うなっていうものがあるね。
あれもそうだよね、今シンクロって言わないけど、
シンクロのあれもロシアだけはちょっと違うんだよね。
だからもう昔から、
ああいうロシアが持つその様々な芸術に関する表現というものがさ、
こういうスポーツの中においても根付いているというね、
そういうものがあるね。
このある種の芸術性というところは、
どうなんだろうな。
日本人の選手であるとかアメリカの選手であるとか、
だってもうできるのかな、できないようにちょっと思ってしまうな。
よっぽどなんかロシアに生まれてとかね、
ロシアのああいう芸術文化的なものに、
もう何十年も小さい頃からね、触れていてとかね、
そういうものでもない限り、
日本にいてとかアメリカにいてって、
ああいう映像を見たりとかね、
ああいうものを見てどんなに研究していったとしても、
あのロシアのような、
ああいう芸術性あるパフォーマンスを再現するというのは、
多分できないんじゃないかなって思う。
そのマネージャーとしてのものはできるかもしれないけど、
根本としてあるものはなかなか到達できないものがあるんだろうなって思ったりしたら、
何気に俺すげえ込み上げてくるものがあったのはTBSだったかな。
オリンピックで中継されているカメラアングルではなくて、
もっともっと坂本香里の近い場所にあるね、
カメラで撮っているものがあったりしたんだけど、
12:01
彼女の泣く姿であるとか、
膝を怪我して血が出てたりしたんだよね。
で、それをその祭典がまず間、
うちはみたいなもので隠すような、
ああいう仕草というか気遣いがあったりとかね、
表情だけでは見せない様々な裏舞台の姿、
あれにすごい心を焦がされるものがいっぱいあったり、
何でもそうなんだろうね。
ああいうミュージシャンとか、ああいう人たちも、
表舞台ではこのすごく華やかで、
このね、自らの最大のパフォーマンスを見せるんだけど、
でもその裏に入った時にはね、
やっぱり一人の人間としてのさまざまな振舞いであるとかね、
冗談とかさ、当たり前なんだけど、
俺らと同じ様なね、その人の感情がいっぱいあるんだな、
テンションが上がらないな、今日は。
このテンションが上がらないのは片山さつきに
天パンにやられたからかもしれないな。
前回あげたトークの中で、
片山さつきの話を少しだけしたんだけど、
今日も色々彼女の対談しているようなものであるとか、
政策的なものを話しているやつとかさ、
一通り何か色々見てたりしたんだよね。
そうするとさ、片山さつきって、
とてつもなく頭がいいね。半端なく頭がいい。
やばいとかね、半端なくとかね、
そういう形容はあまりにも幼稚すぎるほどの
15:02
頭の良さが凄まじいものなの。
あれはあるしね、天才にも近いものがあるんだろうなって思った。
一番なぜそういう風に思うかというと、
頭の中に閃いた思考であるとか言葉、
これを結局、何度か最近話してるんだけど、
言葉にする時ってどうしても遅いんだよね。
言葉で発するっていうことがもう遅い。
だから、頭の良い人達っていうのは早口になっていく傾向があるんだけど、
でも彼女の場合って、
頭の中に様々な思考が発生してくるんだけど、
それを一番端的に最適化して言葉で出すっていうね、
それが凄まじいほど長けてるんだよ。
だから、揺るぎなく話せる人とかそういう人っていっぱいいるんだけど、
彼女の場合は自分の頭の中に思い浮かんだことを
一番最短で分かりやすく、
一つのまとまる言葉として発しているっていうね、
この思考の言語化する時の変換の速度と変換の最適化というか、
そういうものが恐ろしいほどに早くて的確なんだよね。
それがね、火の打ち所がないわっていうのがあった。
あんまり片山さつきってさ、別に興味もないしね、
じっくり彼女の話を聞いたこともなかったし、
アフマーにね、ちょきどき出てさ、
コメンテーター的なことで話しているものを見た時も、
別にそんなにピンとくるものがなかったんだよね。
ただ今回ね、いろいろいろんな人と対談しているものを見ると、
いやもうちょっと破格に、もうちょっと別次元にあるような、
その分かりやすく言う頭の良さであるとか、
あと様々な国の国政に関わることであるとか、
防衛に関わることがあるとか、テクノロジーに関わることとか、
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もう全部ちゃんとね、俯瞰で見てて、
こういう風にしていったらいいっていうね、
その道筋がもうすごい明確に見えてるんだね。
そういう話をしてるんだけど、
いやそこまでやっぱり考えてるんだっていうね、
ものがもう随所にありすぎて、もう打ちのめされたっていう、
そういう感じしかない。
まあああいう風に今、
彼女は何大臣財務からあったのか、
ああいう風に入っているっていうのは、
いや本当に適材だし、
いいなって思ったりした。
彼女が今この財務大臣として、
いろいろね、様々なことを進めてくれるのであれば、
単純にその様々な政策に乗っていっても、
まあ間違いがないというか、
まあいろいろね、いろんな国民から
あのことは多分言われるだろうし、
すべてがすべてで賛成するということにもならないとは思うんだけど、
でも日本の将来をね、考えたときには、
いや彼女が言ってることが全くまとわずれではないよな、
という風なことを思うんだね。
畑山さつきはちょっとバケモンだ。
バケモンすぎたわ。
それでやっぱり思うのはさ、
まあたまたまちょっとお風呂入ればいいんでね、
あいみょんが小さなライブハウスで歌っているものが、
なんか期間限定であげられてたりしたの。
本当にもう何千人も入るような、
ああいう箱ではなくて、
本当にもう20人とか30人ぐらいしか入れないようなね、
小さなライブハウスで歌ってたりするんだけど、
このさ、一方で、
例えばあいみょんというそのミュージシャンの才能ある子がいるわけでしょ。
で、まあ今回のオリンピックであれば、
こういう坂本香里であるとかさ、
畑山というね、若い才能というか、
21:01
まあ企業の才能を持つ子たちがいる。
で、大リーグに目を向けると大谷がいてっていうね。
この不思議さなんだよね。
要はさ、
すべてオールマイティで何でもできて、
どこでも活躍できるっていう人は、
一人足りとていないんだよね。
もしいたとしても、
同時並行でさ、野球やりながら政治やりますって、
現実的ではないけどね。
そもそもがそういうね、
いろいろできる才能があったとしても、
同時にっていうことができないから、
結局どこか一つのところで才能ね。
それにしても様々な分野に、
まあ様々にやっぱりこの、
才能ある人たちがいるわけだよね。
この不思議がすごいあって、
夢を貫き通す人もいればさ、
まあ例えば勉強していく中で、
たまたまなんかそのことに興味を持って、
じゃあ深掘りしていく、なんか昆虫に興味を持って、
昆虫の学者になっていくとかさ、
お父さんに連れられたね、
その子が好きになって、
で、それからああいう風にその子でね、
メダルを取るような、ああいうものになっていくとか、
だからさ、本当の最初の、
その分岐点となるようなものって、
あまりにもね、小さいものなんだよね。
で、日曜に誰しものところにね、
あることでもあるんだなっていう、
で、それがたまたまその人が出会える環境であるとかね、
やれる環境であるとかね、
そういうものがあったから、
そういうものに出会って、
それで才能を伸ばしていくだけにしか過ぎないっていうね、
ものがあるわけだよ。
だからこの一番最初のさ、日曜にありふれている点、
ここに出会えないで才能を開花できない人が、
相当多いんだと思うんだよ。
ただああいう風に才能が開花できる人は、
本当にたまたまなんだと思うよ。
そういうものに出会うとか、
そういう環境に生まれたとか、
24:02
そういうことでしかなくて、
また自らね、物心ついてたら、
いや勉強したいとか何をやりたいって言って、
始まることもあるかもしれないけど、
でもその始まる時って、
別に誰しもがそういうチャンスはあるわけじゃん。
だからたまたまそういうものができないとかね、
めぎり合えないということで、
本当に開花しない才能って相当あるんだろうな、
ということを思うんだね。
これはすごい人間の不思議さにあるなと思って。
人はそういうことに運命という名前をつけてね、
受け入れていくという歴史があるんだろうな、
ということも思うしね。
そういうのってちょっと不思議だなってつけると思うんだよな。
もう一つ思うのは、
やっぱりある程度才能があるというふうに知れ渡るであるとかね、
業界内で知られるようになっていくという時期があるんだけど、
そういう時って結局適材適所でよくてさ、
なんかじゃあああいう片山さつきみたいな人がいて、
途中でああいう能力を知って、
いや俺も彼女に負けないように勉強するわっていうね、
そういうふうに思う人もいるかもしれないけど、
ただ俺は同じ、
土壌にいたらあれかもしれないけど、
でもまじで会わないようなところで仕事をしてたりとかね、
育ってきた環境があるからさ、
そうした時にはやっぱりああいうのが得意な人にはね、
その職業についてもらうとかね、
例えばなんか自分が仕事をしていたりしたら、
自分が経理ができないっていうのであれば、
やっぱりその経理ができる人、数字に強い人と一緒にやるっていうだけであって、
なんか何でもかんでも自分でできてしまう人もいるんだけど、
でもそこはやっぱりそういうことが自分よりも遥かにね、
長けている人がいっぱい世の中にはいるわけだからさ、
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そういうものはそういう人に任せて、
自分は違うことをやるとかね、
自分の得意分野の能力というものを伸ばしていくとかね、
そういうふうにすればいいのであって、
妙になんか対抗意識を燃やしてさ、
いや俺も頑張っちゃうぞっていうね、
そういう目標があるのはいいんだけど、
でも人の人生って別にそんなに長いわけではないからね、
そう考えたときに、
自分が彼女と同じぐらいの能力をつけるまでに、
じゃあ10年かかるのであれば、
もうその10年かかる能力を彼女が持っているのであれば、
彼女に手伝ってもらえばいいだけであってさ、
自分は彼女と同じさ、
能力を10年かけてそもそも身につける必要がないわけでね、
昔から言葉のものを適材適所っていうのは本当にそうでさ、
自分ができないこととか自分よりも才能がある人がいたときには、
もう素直にその人に任せるとかね、
そういうふうにした方がより良いが、
仕事であれば仕事ができるんだろうし、
より大きな仕事ができるんだろうしね、
そしてより多くの自分が使える時間というものが作れるんだろうしね、
妙にそこに競い合うようなことっていうのは、
案外時間の無駄になるっていうことでもあるんだよね、
前回のトークでインテリな人は、
俺に感動をもたらしてくれないから嫌いなんだっていうね、
ちょっと面白い動画しか話したりしたんだけど、
今日もそれを考えてたりすると、
それって真をついてるんじゃないかなって思うんだよね、
だから例えば片山さつきとか堀江門とかね、
例えば岡田斗司夫とかね、いるんだけど、
岡田斗司夫はまだニトラマ文化にいた人だから、
何と話に面白おかしく話せるっていうものがあるんだけど、
堀江門にしろ片山さつきにしろ、
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どの人と対談してても、話の面白さっていうのかな、
人を笑わせようというものがそもそもないということではあるんだけどね、
でもその言葉の中にさ、
それでも別に独りがかりをしてるわけじゃないから、
お互いに話しているときに、
フッと笑えるようなとかさ、
そういうものってあってもいいんじゃないかなって、
俺は思うんだよ。
でもさ、もう全くないんだよね。
もう本当になんか拳銃の血合いをしているような感じでね、
もうなんか気を抜いたら打ち殺されちゃうみたいな、
そういうものがあってさ、
だからやっぱりね、
ああいうその頭のいい人たちって、
多くの人に与えられない人種なんだよ。
だからホリエールってさ、
ミュージカルやるじゃん、あの人。
クリスマスかなんかに。
やったりとかね、
例えばなんかお笑いであれば西野って、
彼がいて、
ああいうアニメをやってたりするでしょ。
だから多分ね、
あの二人って分かってるんだと思うんだよ。
自分たちは頭がいいから、
結局その人にね、感動を与えることができないっていう。
そういうもの分かっているから、
どうやったらその人々を泣かせたり笑わせたり、
そういうことができるんだろうかっていうねことを、
まあ西野あたりはお笑いをね、
ここまでやってきたからというものがあるんだけど、
なんかそういうものを、
まあ子供時代であるとか、
そういう時代にあまりこう体験してこなかった。
だからもう分からないままにこう勉強をしていったね。
まあ賢さだけがもう最優先されていった。
結果ね、
ああいうそれぞれの人物像になっていく。
でもああいうそれぞれの年になった時に、
本当にもう一段自分がね、
上の階段に上がるんだって言った時に、
多くの人は感動させたり泣かせたりとかね、
そういうものが自分はできない。
できてこなかったっていう。
それに気付くんだろうね。
だからミュージカルをやったりとか、
ああいうアニメを作ってみたりとかね、して、
まあそういう、
より多くの人々が共感したり感動してくれるものを、
33:03
こう表現していくっていうさ、
そういう流れがね、あるんじゃないかなと思う。
まあ大概ね、やっぱりね、
インテリな人たちは面白くないんだよな。
そもそも話が面白くない。
まあだから昨日も話したように、
その界隈のね、間の人たちにおいては、
まあいいけどどうだなとかね、
そういうものになるかもしれないけど、
まあこういう今、共有の時代にあっては、
なかなか一般の人たちまで分かりやすく届くような、
面白みがね、
ああいう人たちにはないっていう。
だからその結果、
多くの人からなかなかこう、
支持されないとかね、
分かってもらえないとかね、
受け入れてもらえないとかね、
そういうものがさ、あるんだよ。
だから多分片山さつきあたりも、
まああそこまで何か言ってしまうと、
それをコンプレックスにっていうことも、
ないんだろうなとは思うんだけどもね、
でも彼女は、
例えばじゃあいう政治家で言うと、
閣衛とかね、小泉純一郎みたいな、
あと阿部さんとかね、
ああいう多くの大衆の、
まあ人気を得るというのかな、
そういうキャラクター像みたいなものへの、
有無はないかもしれないけど、
でも自分にはああいう風にはなれないなっていうね、
ものがさ、能力が自分にはないなっていうと。
だからその頭が良ければ、
多くの人にものすごい支持されてね、
まあ人気が出るという、
そういうことではないんだよね。
その頭が良くなくても、
まあ言うね、
YouTubeとかTikTokあたりはさ、
何千万で稼いでる人もいるわけだし、
だからそういうものが人たちの中には、
そのコンプレックス的に感じたりとかね、
するものもあったりするのかなって思うんだな。
まあ結局、
誰しもそうなんだけど、
ないものをねだりっていうさ、
ものがね、
36:14
それが本当に面白い世界だよね。
ああいう政治の意義の世界であれば、
いや片山さつきも、
ああいうね、
様々な考え方であるとか、
ああいう発言みたいなものに、
分の根も出ないみたいなところがあるんだけど、
でも多分片山さつきが、
大谷の前にいたら、
やっぱり彼女は尊敬の念でさ、
こう接したりすると思うんだよ。
多分ね。
まあ分かんないけど。
そういうものもそもそもないかもしれないけどね。
ただまあ一般的な庶民みたいな俺が想像するにはさ、
まあそういうふうに思い至るんじゃないかなとかね、
思うんだね。
だから本当にそれぞれの住む世界によって、
いろんな才能ある人たちがいるんだけど、
この不思議さがさ、
何なんだろうっていうね。
まあ最近、
まあまあ、
なんかな、
あれだあれだな。
まあ片山さつきばかりが見ていたらなっていうものがあるんだけど、
やっぱり今回の選挙で自民が対象をして、
まあいわゆるリベラルのね、
政党がまあことごとく負けたというものがあったときに、
その世の中に流れている空気感としては、
ものすごくそのマッチョなものへの支持がね、
だんだんとこう表面化してきたというさ、
そういう感じがあるんだね。
まあ元を倒すとああいうトラップみたいなさ、
存在がある種こう、
象徴的にあったりするんだけど、
まあ世界的に見てもこういうような傾向があって、
ご多分に漏れずに、
日本もやっぱりそういう傾向にね、
あの流れていくんだろうなっていう、
まあそういう感じがしてるんだよね。
まあまあその昭和の時代のようなガチガチのということではなくて、
まあ今の時代に合わせたものではあるんだけど、
でも割とそのマッチョな感じのね、
ああいう発言だるとかああいうものがさ、
結構こう耳に入ってきたり目に入る、
そういうことがね、増えてきたりして、
39:00
いわゆるこういうその、
まあなんかね、確かに誰だっけな、
誰かも言ってたけど、
もう右だ左だのね、
時代じゃないっていう話をしてね、
日々言ってあったら、
まあ結局貧乏か金持ちかっていう、
上下の時代になったっていうね、
まあそういう話があったりして、
まあそれは確かに俺もそういうふうにこう日々、
いろんなねニュースを見たりとかさ、
まあうちのね地元の方なんか行くと、
やっぱりそういう風景ってあるんだよね。
その右だ左だっていうのは、
あんまり日常の中においてさ、
いやこの人は右でこの人は左でっていう、
ものってわからないじゃん。
でもその金持ちであるとか貧乏であるっていうのは、
日常の中においてもさ、やっぱりあるんだよね。
やっぱりそのお金がある人しかいたないエリアがあったり、
貧乏な人しかいたないねエリアが。
で、それは買い物するスーパー一つとってもさ、
そういうものがあったりしてね。
だからまあ右だ左だっていうね、
この時代ではもうなんかないなっていうのは、
確かに俺もそう思う。
ただなんかこう雰囲気としては、
ものすごくその昭和の時代のような、
ある種の、なんていうんだろうな、
戦うっていうことでもことだけではないんだけども、
そのマッチョが支持されるというね、
そういう感じに埋め尽くされた時にね、
その一方でそのマッチョだけでいいのかっていうさ、
そういうものを支持する人たちのことね、
政治なんかで言うと、
そういうものをちゃんと発信して、
抵抗勢力としてね、あるような存在がないと、
確かになんかちょっと、
あまりにも片方にね、
かかりすぎる危険性がね、
あるよなっていうことをね、思うんだよね。
本当にもう全然政治にはさ、
興味がなくてね、
ずっと見てこなかったりしたから、
いやリベラル、リベラルっていうよりは、
リベラルって何なの?みたいなね、
そういうところがあったし、
ああいう東秀樹とかさ、
あそこら辺の人の話を聞いてたりしてもね、
リベラルはリベラルとして機能していないみたいなさ、
話をよくね、してたりするんだよね。
俺はそれがどういう意味なのかっていうのは、
42:00
ちょっと分からなかったりしたからさ、
でもまあこういうふうに最近、
政治の話をしているものをいろいろ見ていくと、
確かにその本当の意味でのリベラルとしては、
機能していないなっていうのはね、
なんか理解できるんだよね。
もう何でも何でも反対していくとか、
記者の意見においても反対しないけども、
異様なまでにね、
しつこく細かな部分をついていくようなね、
ああいう取材であるとかさ、
ああいうものをしている限りでは、
あんまり機能しないよなっていうことを思うんだね。
だからまあ全くないリベラルが必要だとかね、
リベラルという意見はさ、
すごくなんかまあね、
ここは俺は1週間くらいの知識でしかないんだけど、
それは確かに必要だなっていうことをね、
あまりにもちょっと偏りすぎる危険性っていうのはね、
俺もね、それはダメだなって思うからね。
いろんな人がいろんなふうにさ、
発信したりとかね、議論できたりとかね、
そういうことができる、
まだ日本という国はさ、
まだまだ様々にね、変化していくにしろ、
歴史をね、守るべき歴史というのかな、
ああいうものを守っていく文化であるとかね、
そういうものがさ、
まだまだ根付いている国じゃないかなって思ってるし、
そういうふうに信じたいしね。
ああいうアメリカのね、
オリンピックの選手とか、
グラミーとかああいう場面においてもさ、
政治的な発言を選手や、
ああいう賞を取った人たちがするというのはね、
まあそれほど、
今のアメリカがこう歪んでいるというのかな、
そういうことでもあって、
ああいう人たちがやっぱり発言したり発信しないと、
こう変わっていかないというね、
ある種のそういう危機感でもあるわけでしょ。
まだそういう意味では、
まあいろんな人が自由にこうある程度ね、
まあ発言できる、
まあその制約を受けるとかさ、
まあそういうふうに言う人もいるんだけど、
まあただ基本的にはいろんな発言をしてもね、
45:05
とりあえずいいというものが許容されている国ではないかなって、
思ってたりするからね。
だからああいうオリンピックやグラミーの場面で、
ああいうふうに政治的な発言をするっていうのも、
なんかその人たちの側面から見たときにとかね、
まあその反対から見たときにって、
もうもちろん考え方が全然違うんだけど、
でもああいうふうに発言していくことで、
変わっていくその社会やね、
未来というものもある。
時間がかかったりとかね、
まあそこでの戦いというものが必要になってくるかもしれないんだけどもさ、
だからそれは歴史が証明してくれるようなところもあって、
まあああいう発言があったから、
こういうふうに10年後を振り返ったときに、
転換点にあったんだということ。
毎回ああいうのを見て思うのは、
単純にああいう様々に発信されている言葉を、
まあ鵜呑みにしてしまったね。
ただ右から左に共有していくとか、
自分の言葉として発信していくことではなくてね、
やっぱり一回自分のところで咀嚼をしてね、
一回噛み砕いて、
で、この噛み砕いて試行していくということで言うと、
今はさ、本当にこのAIの進化が凄まじくて、
まあそんなにその教育が行き届いていないとかね、
勉強ができなかったとか嫌いだったとかね、
そういう人においてもAIを使うことで、
ある一定のレベルまでのその知能を補助してくれたりね、
まあ知識なんかで言うともう変わらないよ。
あの大学教授とかね、
そういう人たちが知識として持っているものって、
いくらでもAIでパッと調べて今出てくるっていうね、
ものがあるから、
その知識をより多く持っているっていうのは、
48:04
まあそれほど意味をなさなくなっていく、
よりなさなくなっていくっていうね、
ものにあるから、
まあその知能としてね、
考える部分をAIがさ、
すごい補完してくれるようになるからね、
だから、まあそういう様々なオリンピックの選手であるとか、
有名人がね、発信した時に、
いやこれ何を言っているのか分からないとかね、
こっち側の人の意見って何が真意なのかなってね、
思った時って、
まあ割と今はああいうAIで、
こうね、解析してもらって、
まあ自分なりに受け入れるとかね、
受け入れないとかね、
まあそういうことになっていくんだろうね、
だからまあ前もちょっと話したけど、
AIが進化するほど、
案外世の中は平和になっていくというのかな、
あまりにもものすごい偏った、
意見や考えを持つ人がいなくなっていってね、
そのバランスが取れた、
ああいう様々な政治であるとかね、
世の中の社会の傾きであるとかね、
そういうものを理解していくようになるからさ、
だから自分自身で噛み砕けないのであれば、
AIを活用すればいいだろうし、
まあそれによってバランスが取れたね、
考えというものが身についていくんだろうしね、
ただ明らかに人間が考えるという能力は衰退していくよね、
AIに聞いてその通りに動くであるとかね、
その通りにそういう風になっていってしまうから、
それこそ今まではさ、
人間がいてロボットがいてアンドロイドみたいなね、
そういう構図ではあるんだけど、
これからはさ、人間がアンドロイド化されていくっていうね、
AIがアウトプットしたものを、
人間がそのまま言葉にしたり行動するっていうさ、
逆転がね、始まっていくっていうものにあるよね、
によってその教育格差であるとか知能レベル的なね、
そういう格差っていうのは、
まあある程度上下がなくなっていく、
51:03
平準化されていくというさ、
ものがあるんだけど、
人間はバーになっていきアンドロイドになっていくというね、
そういう意味でやっぱり身体表現していく人、できる人、
そういう人が評価されたり人気になっていくという、
こういうオリンピックやスポーツやとかね、
芸術でバレエとか舞台とかね、
ああいう世界のもので、
自分の身体を使って何か表現をするという人が、
評価され人気になっていくということもあるし、
あと仕事の面でもね、
結局いわゆる事務系の仕事はもうAIに取って変わられてしまうから、
もうすでに耳にタボができるくらい言われているのが、
やっぱりああいうブルーカラーと言われる人たちの仕事がね、
より稼げるようなものになっていくっていうさ、
ものにね、必然的になっていくから、
まあそのロボットが変わってという未来はあるんだけど、
でもロボットに変わっていく未来っていうのはさ、
まだまだちょっと時間がかかるんじゃないかなって思うからね、
そういう意味では、
ああいう実際に人が汗を流し身体を動かしする仕事というものはね、
ものすごく稼げる場所になっていくっていうものがあるよね、
それはものすごく俺はいいことではないかなって思うからね、
あまりにも今までが、
まあ発球でね、やってきたというものがあるからさ、
ああいう建築とかね、
ああいう世界で働く人たちの給料が、
いや月100万稼げるとかね、
ああいう世界っていうのは、
むしろそうなってほしいなと思うしね、
今までデスクワークをしてきた人たちがね、
仕事をする場がなくなってしまうというのがあるから、
じゃあそこをどうするかっていうことになる、
54:08
考えるよりも、片山さつきに考えてもらったらいいわ、
ということで今日はね、
もうなめくじのようにさ、
ドロドロしたこの話の内容でね、
もう嫌になっちゃいました。
おやすみなさい。