1. 邦楽ぬ。《夜鷹なオトナの音楽談話》
  2. 夜鷹な雑。最近、思っている12..
2025-01-15 49:50

夜鷹な雑。最近、思っている12のコト。

《雑談のおしながき》

0:00〜

カセットテープで聴きたくなる衝動


6:00〜

天才が生み出すテクノロジーの先


12:00〜

ポッドキャスターとライバーの違い


16:00〜

一方通行な相対評価


20:00〜

暴れる成人式の許容


26:00〜

ポッドキャストの余計なもの


28:00〜

歌が下手な歌手


34:00〜

人の話の7〜8割は


37:00〜

ブランド好きな小金持ち


42:00〜

昔の仕事の仲間の活躍


44:00〜

新しいものと古いものを語るときの時間


48:00〜

ロス山火事の原因のひとつ


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感想、質問お待ち申し上げております。


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00:02
こんばんは、こんばんは、こんばんは。 赤坂こもちです、こんばんは。
要はね、ちょっと最近こう考えたりね、思っている10個ぐらいのね、話をしたいんだけど。まず1つ目がね、カセットテープ。
こないだあの映画パーフェクトデイズを見ていてさ、 いやカセットの音楽を聴くっていいなーって思ったのね。
で、まあ今うちにはカセットを聴く環境がないからね。
あのウォークバンダイブのものが いいかなってふと思ったんだけど、でも色々調べていくとさ、ある程度その
いい音で聴きたいとか、いい音でダビングしたいっていうと、まあまあ ある程度ちゃんとした
カセットデッキじゃないとダメなんだね。ああいうウォークバンダイブのやつで 録音ができたりとかねあるんだけども、やっぱりなかなか音がね
しんどいという どうも感じなんだよね。
今やりたいのは あのレコード買うじゃん。俺が買うのは山下達郎と竹内マリアの
再販されたものしかもう買わないんだけども、でももう買って何か満足してしまうんだよね。
あんまりもう聴くということがなくて、でそれには理由があってさ、 やっぱりレコードってなかなか手間がかかるんだよ聴くまでに。
でマジでたっさんの重量版あたりだとさ、 片面にもう2曲3曲ぐらいしかね入ってないんだよね。
で全部アルバム聴くっていうと 1枚目でA面B面2枚目でA面B面でさ、もう2回も3回も
プレイヤーの前に行ってさ、やらないといけないから なかなかイージーディスニングでね駆け流しておくっていうことが
できないんだよね。だからそういうこともあってもう聴かなくなっていくっていうね 感じなの。
だからああいうレコードの音をデジタルにしてああいうなんかね あのスマホで聴けばいいっていうものがあるんだけど
そうするとさ、いやもう全然 レコードの意味がないじゃん、アナログの意味がないじゃんっていうね、ものがあるからさ
そうした時にいやカセットなればっていうね、ふと思ったんだよね。 カセットなれば一応アナログとアナログだから
まあ自分の中でのそのレコードのアナログ感みたいなものをね、あのカセットで 少しはこうだいたいできるんかなって思ったの。
でもレコードの音ある程度いい音でカセットに残すとなると そういうふうにある程度のカセットデッキが必要。
03:07
でそれでダビングしたものを気軽に聴くためにはウォークファンタイプのああいうカセットプレイヤーが必要ってなってくると
いやそれってなかなかの手間だよなーっていう、なんか想像するには楽しそうな感じはあるんだけど
俺の性格からしても2,3回やったら満足してしまうんだろうなーっていうね、感じがあったりしてね。
だからねなかなかどうかなーっていう感じだね。なんか楽しそうな世界ではあるんだけどね。
カセットもね、突き詰めていくと奥が深いでしょ。カセットのテープ、ノーマルとかメタルがあるとかさ、またあのカセットデッキの
クリーニングとかね、ああいうものもある程度しっかりやらないとかさ、あるし、安いウォークファンタイプのカセットを買うともうワンフラッターが悪いとかね、音がだいぶ揺らぐらしいんだね。
最近のああいうカセットプレイヤーって、やっぱりもうなんかわけのわかんないメーカーのものしかないからさ、戦略肢がほとんどないんだよね。
だから東芝から出ているものとかあるにはあるんだけど、やっぱりなんか結構ね、デビューしているものを見ると音が揺らぐんだよね。
あの中、ボワンボワンボワンとした感じ。あれが気持ち悪いなと思って、ある程度選んでいくと、なんかフィーユから出ているアンプとかヘッドアンプとか作っているメーカーがあるんだけど、そこのウォークファンタイプのカセットプレイヤーがいいなと思ったんだけどね。
それがやっぱり1万4、5千円ぐらいするんだよ。
で、ダビング用のさ、カセットデッキを買ったりして、いやもう2、3回しか多分使わないだろうものにさ、お金をかけるってどうなのっていう。
でも一方でね、自分のその好奇心みたいなものはさ、いいなって思うんだよな。
だからね、今カセットをね、どうしてくれようかみたいな感じだね。
これは思っているというよりは今の中楽しい悩み。
ちょっとね、レコードカセットにダビングして楽しむというね、方法はありかなっていうものですね。
もしね、カセットをね、楽しんでいる方がいたら、ちょっとね、カセットの楽しみを教えてください、俺に。
もうなんか一押し二押しぐらいね、背中押されたら行ってまうかみたいなね、感じもあったりして。
06:03
まあ一つ目がね、カセット。で二つ目がね、こないだ映画の話をした時には話してなかったんだけど、オッペンハイマー、あれを見たんですね。
で、まあどうかな、俺はね、全然なんか楽しいとか楽しくないとかね、そういうことじゃなくて、俺は終始なんか行き通りしかない映画で、
いや所詮アメリカが作った映画だよなっていうものでしかないし、あれがアカデミー賞を取ってるあたりがさ、
いやこのクソアメリカみたいなものが、俺は正直あった。だから全然楽しめない。いい作品とも、俺はね、思えない。
まあそんな映画だったりしたんだけど、で見終えて思うのはさ、まあああいうオッペンハイマーっていうのも一人のやっぱり天才だよね。
で、ああいうものを見ててね、結局ああいうその天才の人たちが生み出したテクノロジーとかっていうのは、
なんか人を豊かにするとか人を幸せにするというよりもむしろ人を不幸にしていくものにしかならないんじゃないかなって思ったのね。
あの人たちは、あの人たちの物差しの中で自分のその好奇心を追求していって生み出してきたものなわけだよね。
でも平民の俺らなんかからすると、ああいうある種一部の天才の人たちの物差しで生み出されたものというのは、
なんか使いこなしているようで、使いこなしていない?使いこなされているにしか過ぎないというのかな、そういうところがあって。
なんか庶民レベルの俺なんかが使っていると、むしろなんか不幸になっていく、そういうものにあるんだな。
だからああいう核にしてもさ、まあ原子力でエネルギーをつけるとかって言うんだけど、でもそれってどうなのっていうものがあるわけでしょ。
例えばああいうスティーブ・ジョブズがね、生み出したスマホであるとかiPhoneであるとかね、
ああいうものとか、今イーノがやっているロケットであるとか、自動運転のああいうものであるとか。
だから一見生活は便利になっていくんだけど、ことごとくさ、人間を不幸にしたりダメにしていくものになっていくんじゃないかなっていう。
ああいうiPhoneの登場によって人間は考えることをしたくなったしね。
つながりも気迫になってね、ニアルよりもネットのつながりでみたいなね、ものになっていくっていう。
09:08
だから本来人間が生きていく上で必要なものをことごとくテクノロジーによって便利になってきたことで、
全てが、人間が本来持っている能力が気迫がしていくというのかな、そういうものがあってね、むしろ不幸にしていく、人間をダメにしていくっていう。
だからこれから出ていく、もっともっと出ていくね。
AIなんかまさにそうで、AIがね、より発展していけばいくほど、本来人間がやるべきものがやれなくなる、やる必要がなくなるっていう。
これは人間が生み出したAIにも関わらず人間を排除していくものになるっていうさ、これがあるんだなっていう。
だからこういうテクノロジーが進化していって、人間だけが便利になっていく世界っていうのは、それは森からクバちゃんも出てきちゃうっていうことだね。
だってああいう野生の動物園や昆虫や植物、何もテクノロジーなんか生み出していないわけだよ。
彼らはこの地球という生きている星に、ただただ共存しているだけだよね。
自分たちが生まれて、自分たちが生きていけるから、この星にいるというだけであって。
もし生きていけなくなれば、単に死は絶滅するだけっていうものにあるんだね。
でも人間だけがこういうテクノロジーを生み出して、地球でワガモロ顔で生きているっていうのは、他の動物たちはとかね、この地球という環境が人間を滅ぼすという、そういう依然に人間が自らの首を絞めて滅んでいく種であるのかなとかね。
思ったりするんだね。
こういう一部の天才やそういう人たちの発明っていうのは、人の生活を豊かにした、便利にしたという側面以上にね、むしろ苦しめ人間を追いやるものになっているのかもしれないなって思った。
3つ目がね、教えるっていうことなんだよね。
まあよくね、ここ何回かボイシーで佐々木敏夫さんのボットギャスを聞いているっていう話をして、確かにヘミ子を新しい気づきをもたらしてくれるからさ、いいなと思って聞いてたりしたんだけど、
12:14
今年に入ってからちょっとね、聞かない間が空いたんだよね。1週間くらい聞いていないっていうね、ものがあったりもして。
前はなんかいいなと思って聞いてたりしたんだけど、ああいうその何か気づきをもたらしてくれるであるとか、何かこう、言葉を選ばずに言うとキレイごとを言うようなね、発信しているものって、
俺はなんか途中でね、疲れちゃうんだなっていうふうにね、思ったの。
なんか教える系の日々の配信はさ、何て言うんだろうな。
なんか学校に行って、教室に座って先生の話を聞かされている感じがしてくるっていうのがあるし、
キレイごとしか言っていない配信のものは嫌だか薄っぺらいなっていうふうにね、覚えてきてしまうっていうものがね、あるんだなーって思ってね。
まあああいうポッドキャストの場合はね、別に学校じゃないからさ、聞きたくなければ、聞かなければいいだけなんだけどね。
だからそれがまあしばらくね、間を空いているっていうことでもあって。
でもその一方でさ、俺ああいうユーザー配信の人たちのものって、割と毎日ね、何時間聞いていたり見ていたりしても飽きないんだよね。
それがもう何年も、もう何年じゃないね、ニゴニゴから始まると10何年くらい、ああいう人たちのものをさ、未だ飽きずに楽しんでいるっていうのは、
ああいうユーザー配信のものって、別になんか配信している人たちが日々何か俺に気づきをもたらしてくれるわけでもないし、
なんかキレイ事だけをね、毎日毎日発信しているだけではないんだよね。
もっともっと汚れた部分とかその人の生身の部分がね、会話見えるっていうところがあって、そこに何か毎日聞いても飽きないというね、コンテンツ力があるんだなって思うんだよね。
なんか押し入れ系のものとか気づきを与えてくれるようなものっていうのは、確かにいいしね、そういうものが多く聞かれるっていうのもわかるんだけども、
それが毎日毎日となると、案外ちょっと負担になってくるっていうのかな。
15:03
もうちょいなんか、人抜いた話が聞きたいなとかね、思うんだよね。
何か人に教えるときの言葉であるとか、キレイ事を言うときの言葉には、これはなんか疲れてしまうとかね、うさむきさがあって、ずっと聞いているっていうことができないんだなって思った。
4つ目がね、今いろいろさ、毎日ちょうど1年くらい前と同じ現象が起きてて、去年あたりはさ、ネットのニュースもXもそうなんだけど、
やたら抹茶の記事が流れてきて、いやもうめんどくせーよみたいなものがあって、今は中行くんでしょ、毎日。
ああいうものを見ていると、結局、他人の不幸は蜜の味っていうことがあるようにさ、他人の不幸であるとか、映画や商品だってもね、デビューみたいなものであっても、いいというデビューよりも悪いというデビューよね。
相対評価のものの方が、人はそこに興味を持つんだよね。それで思うのが、多くの人が評価しているだろう。例えば大谷とかね、ああいう人のものを多くの人が興味を持って見るっていうのは、
結局、相対評価として評価されているものに、決して悪い話だけではなくてね、いい話に人は共感し集まっていくというね、ことがあるんだなと思って。
相対評価もある程度突き抜けていくとね、人はそこに多くの興味や関心を持つっていうことがあるんだなっていうね。
もともと日本だけなのかな、ランキングが好きという国民性もあるからね、相対評価でランク付けされたものに興味を持つというものがそもそもあるんだけども、でもこれだけ一方で大谷にあれだけ話題が集まる。
もちろんその選手としてのすごさとかね、記録の素晴らしさというものがあってのことではあるんだけども、多くの人がいいというものにね、当たり前のように何も疑わずにね、みんながいいというふうに思うとか、
一度悪いというレッテルを貼られると、やっぱり多くの人が悪いと言われるものにね、悪いというふうに何も疑わずに信じていくというね、流れがあって、結局なんかね、相対的な評価ということで、世の中はね、全てにおいて判断されたりね、情報共有されていくんだなっていう。
18:18
その、よくね、相対評価よりも絶対評価。自分が良ければとかね、そういうものはあるんだけども、絶対評価ってなんか、突き詰めていくときれい事とも捉えられるなって思うんだよね。
要は、自分が評価していれば自分軸で良いか悪いかというね、判断で全ての物事を判断していくっていうことって、ある種人と共存していくということを拒んでいる評価とも言えるんだね。要は内向的というのかな。
そういうことでもあって、相対評価されるのが怖いから絶対評価で自分の満足度を上げているみたいだね。そういうものがあるんじゃないかなと思ったね。
だから、話は戻って、今この世の中である程度話題になるとかね、言い悪いとかね、そういうものも含めて相対的な評価でしか、世の中はね、案外動いていないんだなっていう、そんなことを思ったでしたね。
そして5つ目がね、暴れる成人式。毎年ね、この成人式になると、暴れる君が暴れたら暴れないのみたいなね、物が話題になっていて。
今年も何かね、話題になってたりする記事がさ、何年かあって、見たんだけど、このなんかね、暴れる子たちを許容できないこの余裕の無さというものがさ、もう何十年も続いてるなっていうのがあってね。
もう俺の二十歳の時代もやっぱり言われてたりしたからね、もうある日成人式で暴れちゃって暴走で走りまくっちゃってみたいなさ、物がね、あったりしたんだけど。
でもまだ過労死で俺の成人式の時っていうのは、大人の人たちが怖かったりしたんだよね。そういうふうにやんちゃしているガキ見たら、いやお前らいい加減にしろよっていうふうにさ、叱ってくれる大人がいたんだよね。
しかもなかなか真剣に叱ってくれるというね、大人がいたりして。でもそういう大人たちがいなくなった結果、まあなんかああいうね、市長なのか何なのか挨拶している現場でさ、舞台に上がってね、文座がやっているああいう成人式の子どもたちがいて。
21:08
ああいう子たちをさ、もう引っ張り下ろすこともできない。ただただ傍観しているだけ。スマホでカメラ回してさ、いやありえないって言ってるだけみたいな。このなんか強い大人の不在感というの。怒ること、叱ることさえもできないっていう。
このなんかね、大人の弱さというものがすげえあるなと思って。このなんか暴れる子どもたちを許容できないっていうのは、これだけなんか大人がやっぱり言えなくなった、弱くなった、怯えているっていう。
そういうものがあるんだろうなっていう。また子どもたちは、子どもたちのネットの普及によっていろんなこうね、悪充みたいなものをつけて、こういうふうに大人に言われたらこういうふうにね、じゃあスマホで撮ってとかさ。
そういうものがあったりしてね。なんかこの大人が怯えている様、ビビっている様っていうのが、なんかまあこれは自分も含めてなんだけどすげえ情けないなって思ってね。
最近とにかく俺さ、石原慎太郎のね、ああいう会見の様子をよくね、見たりするの。あと石原慎太郎と男子がね対談しているものとかを見てもそうなんだけど。
なんかね、全てにおいて石原慎太郎のああいう言葉とかって、芯が通ってるんだよね。で信念がある。ただの頑固親父ではないんだよ。常にあの人の発する言葉の中にはさ、優しさがあるんだよね。
そこがもう全然ね、今のなんか政治家から感じれないものとかさ、インフルエンサーと言われる人たちのね、ものからは感じ取れないものがあってね。
ああいう石原慎太郎みたいな人がね、いたらなあとかね、今更ながらに思うっていうことがあって、結局ああいう人がさ、いればああいうさ、成人式でね暴れていたガキがいたらさ、おいお前らって100パー言うわけだよね。
だからああいう注意ができないね。大人たちが増えてきてしまったっていうのは、やっぱりなんか自分自身の生き方に信念を持てないとかね、自信を持てないっていうことでもあるし、また今ね、こういうふうに様々やるとさ、厄介にことになるからっていうね。
24:07
そういうこともあってね、こう臆病になってしまうんだろうなあっていうことがあるんだけど、でも言えても石原慎太郎もさ、何年か前までは生きていて、当たり前のように記者会見をしたね、言葉を発していたわけだからね。
決してできないことではないんだよなあって思うんだよね。だからまあ大人が弱くなってしまったっていうのは、まあね、一つあるなあっていうことと、あまりにもね、ああいう1年の1回の祭りごとみたいなことでさえも許容できない、このね、世の中というものがちょっと余裕が本当にないんだなあっていうことなんだよね。
まあ1年に1回というか、彼らにとってはさ、一生に一度なわけでああいう成人式って、あの日にね、やんちゃしたりさ、何したりって、なんか許容できる社会であってほしいなあって思うんだけどね。
お祭りみたいなものと一緒なわけだからね。もうちょい許容してもいいその余裕と、なんか信念やね、自信を持つ大人になりたいなあとかね、そんなことを思ったね。
6個目がね、ポントギャスターの余計なものっていうことなんだね。たの今、今こういうふうに話しているものと、じゃあブログとかね、ああいうノートというサイトでテキストで文字で書いたとする。
そうするとどちらの方がより情報として出発しやすいかっていうと、圧倒的にテキストの方が未だ広がるんだよね。
テキストには余計なものがないんだなと思って、その文章だけでしかないわけだよ。
でもポントギャスターの場合は、同じ内容のものを発信していたとしても、その人の声であるとか喋り方であるとか、またそういう喋り方からその人の性格であるとかね、そういうものまでも想像させるっていう。
本当があってね、その情報量としては言葉のリュアンスとかね、そういうものがあるからテキストよりも一見多いというふうには思うんだけども、でも逆にまっさらな状態のテキストの方が情報としては広がりを見せるっていうことがあってね。
同じものを発信していても、そういう声や話し方やキャラクターやそういうものによってね、広がりを見せない、聞かれないっていうことがあるなと思って。
27:14
だからいまだに拡散力を持つということではテキストの方がね、一般的には良いんだろうね。またこれが話している声が良いとかね、見た目が良いとかね、そういうものは乗っかってくるとまた違ってくるとは思うんだけど、
多くの人がっていうふうに捉まえたときにはテキストの方がいいなという、つまりはポッドキャストには案外何かね、拡散力を求める、広がりを求めるというときには余計な情報が結構乗ってるんだなって思ったんだよね。
7つ目がね、歌の下手問題というものがあって、いろいろそのK-POPにしろ今の様々なアイドルの子たちにしろ歌が下手なんだよね。とてもじゃないけど聞いてられないっていうことの方が多くて。
それは例えばK-POPなんかで言うと、歌というよりもダンスを見せるようなものがあるわけでね。また歌い方のテクニックが複雑化してきているっていうことがあって、とてもじゃないけどあれを踊りながらやるっていうのはもうできないっていう、そういう前提で作られていたりもするからね。
ああいう時々生歌で歌うと、とても聞けたもんじゃないことがある。日本においてもさ、ベッドの夢ミュージックでみたいなね、ああいうミニマルな環境で作るようになってきて、なかなかああいう大きいステージで歌ったときに声量がないとかね、そういうものが増えてきたっていうことがあって。
なんか聞けねえなっていうものがあるんだね。でもファンの人からしたらね、それでもいいっていうふうに思うだろうし。
じゃあね、そんなに歌が下手だって言うんだったら、あなたがね、ああいう状態で歌ってみればっていうものがあるんだけど、そのあなたがやってみればっていうのはそもそもおかしいことで、もうできないと思っているから別に俺はプロの歌手がね、アイドルになろうっていうところまでもいかないしさ、もともとそういう才能がないからね。
でもこれをあなたがやってね、できないことをなんで言うのっていうのはそもそも他の違いで、そういうものができて、それが当たり前のプロなわけだからさ。
ましてやああいうふうに人前に出て歌を歌うということを成り前にしているのであれば、歌が上手いっていうのはもう当たり前なんだよ。歌が下手な奴がああいう歌うっていうのはもうちゃんちゃらおかしいんだよ。
30:18
で、それでもね、歌が下手だとね、あのステージではとかさ、踊って道の方に乗ってね、ファンの人たちがね、言い訳をしている姿っていうのは、あまりにもレベルが低すぎるなっていう。
結局なんかこれもある程度そのレベルというか、ものの基準値のもの差しと違いがあって、俺が見ていた80年代とかね90年代あたりってまだまだ音楽番組がいっぱいあってさ、毎日のようにどこかであのねアイドルたちが生歌で歌っていた。
だからあの当時さ、松本祐とかさ、すげえ歌が下手だなって思って聴いてたんだよ。でも今になってさ、松本祐の歌とか聴いてると、まだね今のアイドルよりも上手かったんだなっていうふうに思えたりするんだね。
だからこれは俺の時代のもの差しがあの80年代90年代のアイドルにあって、今の世代の人たちのもの差しはやっぱり俺のもの差しよりも下にあるんだよね。
だからその下のもの差しで満足できる、満たされるものがあれば、これでいいなっていうものになる。だからこのもの差しの違いがあってね。だからなんか大人たちは、いや今の子たちはもう全然聴いてらんねえわっていうふうにね、思うことが多いんじゃないかなって思ってね。
これはなんか順番があるよね。多分俺の親世代なんかで言うと、俺が聴いていた80年代90年代のね、ああいうアイドルの歌なんか言ってたもん。いや聴いてらんねえわ、こんな子たちの歌なんか。うちの親父も言ってたぐらいで。
だからうちの親父の時代のもの差しがあって、俺の時代のもの差しがあって、今の時代のもの差しがあって。だからそういう意味ではもの差しの基準、それはね確実に落ちていっているんだなって思うんだね。
それは今、ああいう収録していても後でいくらでも修正ができるというものもあるしね。ああいうふうに生で歌うステージが透けなくなったというねこともあってね。
またいろいろああいうライブでもさ、口パクもあればかぶせもあったりとかね。うまく本当に歌っているようなああいうもので演出もできたりするからね。
33:09
だからいろいろカバーできるものがあって、まあ程度のそのクオリティが保てているということがあるんだけどもさ、そもそも歌が下手なやつが多くの人が聴いている前でね、歌を披露するということがさ、いやもう全然納得いかないわっていうね。
というものがあるし、ならあなたやってみっていうね、その意見にもね、もう全く納得がいかないというね、ものがあるね。
8個目。これはもうまさに今回もそうだし、普段から話していることもそうなんだけど、人の話の7割8割はだいたい固有名詞っていうね、そういう話があって。
これは脚本家の坂本勇次が言っていた言葉なんだけど、確かに人の話の7割8割は固有名詞についての話をしているんだね。誰々がとか、どこどこのお店がとか、何の食べ物が美味しかったかっていうのは全て何かしらの固有名詞が話題になっているってことなんだよね。
だからこの固有名詞以外の話題って何があるんかなって思うと、あんまりなくて、まあかろうじてその自分の感情であるとかね、そういうものを言葉にするときはないかもしれないんだけども、でも自分視点とはあるからね。
まあ自分というその固有なものでもあるしなって考えるとね、確かにね、人の話題の7割8割を固有名詞っていうのはすごい言い入れて妙だなって思ったね。
結局何かそういう固有名詞でしか人は共感できないというか情報を共有できないというのかな。そういうことなんだね。だから人に名前があるとかね、お店に名前があるっていうのが何か当たり前にあるのは、そういうそれぞれに固有なものをつけないと
話の話題として共有できないからっていうことになるんだろうね。もしこの話題とかね、話を共有していくというものにさ、なんかこういう固有名詞が必要ないということであれば名前も必要ないし、店名も必要ないわけだよね。
だからこれはなんかちょっと突き詰めて考えていくとね、面白いかもしれないね。人の話の話題っていうものは何を共有していく。何から始まってこういう人間が話せるようになっていったのか、会話というもの、文字というものを生み出していったのかっていうのが案外わかるなって思ったりしたんだよな。
36:26
そしてね、8個目がね、8個目?9個目かな?9個目がね、あのブランド品と小金持ちっていうね、本当なんだよね。この間あのロレックスとかさ、の動画をね見てたりしたの。またなんか今年入ってからロレックスがさ、値上がりしたっていうことで。
まあロレックスって今買えないんだよね。ロレックスマラソンみたいなことで、都内にあるロレックスの正規店に回って、この時ありますか?ありませんか?みたいなね、ことを聞いて正規店から買うということがあるんだね。それをロレックスマラソンって呼んだけど。
結局ロレックスの場合はさ、もう供給が追いつかないんだよね。授業に対して供給が追いつかないから、だからもうひたすらに行動していくっていうね、流れがあって。
たとえばああいうデートのあたりってさ、正規店で買えば200万とかで買えるんだよ。それがもうプレネがついてさ、いや500万だろ600万だみたいなね、そういう世界になっていたりするんだよね。
結局こういうブランド品に踊らされるっていうのはさ、自分の半端な小金持ちがね、こういうブランド品に踊らされるんだね。なんか自分のミエダルとか競泳士になるとか、そういうものを見せびらかして、ああいうロレックスどうしても手に入れたい。
ああいうね、シュプリーム並んで手に入れたいというね、ものがある。でもう一方であの、転売してというね、転売屋という人たちもいる。まあ転売屋の場合は競泳士とかね、そういうことよりもまあ金を稼ぐというね、ものにはあるんだけど、ただこういう超段端な小金持ちがさ、こうね、ブランド品を手に入れる、見せびらかすっていう構図って
ものすごく眩しいなーって思ってね。なんかそう考えていくと、本当の大金持ちか本当の貧乏人か、この両端のね人たちが一番なんかまともなんじゃないかっていう風にね、思うんだね。本当にお金を持っている人であれば、こんなブランド品なんかさ、まあ興味示さないわけだよね。そもそもね。
もっと違う事件とね、そのブランドというかなんか大徳中で自分専用の服を作るであるとか、ああいう時計とかでもあってもさ、わざわざ自分が足を運んで買いに行くわけじゃないよね。
39:07
ああいうブランドの方からさ、どうですか?身につけてくれませんか?とかね、話が来るぐらいなもんで。で、一方で貧乏人からすると、そもそも買えないからさ、興味を持たないというね、ものがあるんだね。
だからそう考えていくと、こういうブランドに踊らされていくっていうのは、自分の販売の小金持ちがターゲットになってね、餌食になっていくというね、ものがあって、なんかこのね意味のないものに価値をつけていくっていう、このね愚かさがすげーあるなぁと思って。
真っ当に考えたら、それほどの価値はないよね。ああいうブランドというものがあって、そこに多くの人が価値をミートして、あの値段に満足するとかね、また人が持っていないからっていうだけであって。
消費とね、適正価格で考えると、あんな何万もするものではそもそもがないよね。だからそれは、格好にああいうブランドというものに踊らされている人が、そこにお金を落としていくという。
どうだってさ、何か人が生きていく上で、あのブランドという価値にどれほどのその本当のね、意味や価値があるのかっていうことがあるよね。もっともっとなんか本当にね、生きていく時に必要な価値をね、見極めるっていうものがね、大事だよね。
あと適正な価格であるとか、商品のクオリティであるとかね。
なんかね、このブランドに踊らされるっていうことの愚かさ、逆に貧しさ、それがなんかね、あるなーって思うな。
まあ自分もね、なんか20代とか30代ぐらいの時は、こういうね、ブランド品に魅了されたとかね、踊らされていたっていうものがあったからね。
そういう道を通れば、もしかしたら気づけることかもしれないんだけどね。
今はなんかブランド品がというものは、だいぶね、なくなったな。
まあそんなね、ちょっとブランド品への思いだね。
あとはね、そうだな。
なんかこの間、結構ね、大きなニュースの記事になっていて、それが昔一緒に仕事していた仲間の記事だったりしたんだよね。
で、なんか元気なんだっていうこととかね。
42:00
未だ同じ仕事をやっているんだなとかね、そんなことがあって、ちょっと嬉しくなってしまったの。
でもその反面さ、なんかちょっと悔しい思いもあったりしてね。
俺はその業界から今は離れているわけだし、でも一方ではその業界にまだ見おいて仕事をしている。
で、こういうふうに大きな記事になっているっていうものを見ると、なんかやっぱり筋が通っていたんだなっていうことがあったりしてね。
昔のそういう同僚とか仲間のものをね、見たり聞いたりしたときに、初めて今のいる場所の適正値というかそういうものが知れるなと思って。
ただ普段生活していると、今自分がね、見おいている環境が全てとは言わないけども大半を占めるわけだよね。
でもそれが昔のああいう同僚であるとか、友人になるとかのね、現在の彼ら彼らたちの立ち位置を知ったときに、
今のこの自分のいる立ち位置というものがね、初めて測られるというのかな、そういうものがあるんだなと思って。
やっぱりなんかね、昔の名前で出ていますっていうふうにはさ、なりたくないよなっていう思いがあるな。
言葉綺麗に言うと、いい刺激がもらえたし、正直に自分の思いを口にするのであれば、いやなんか悔しいわっていうね、ものがあるね。
未だ続けているっていうことと、俺は続けていないっていうね、その違いがね、悔しいなっていうものがあるな。
そしてね、最後はね、新しいものと古いものを当たる上での時間のストロークのね、違いがあるんだなと思って。
結局音楽とはね、ああいう話をする時も、若いミュージシャンの話をする時って、デビューして間もないとか、まだ曲数が少ないから、その話す内容があんまりないんだよね。
でもこれが80年代、90年代ぐらいの歌手であれば、要はそれだけ時間のストロークがあるわけだね。
もう20年前、30年前っていうね、ストロークがあって、その中で様々なミュージシャンの20年、30年の歴史があるから、いくらでもそのエピソードみたいなね、ものがあるんだけど、
時間が短いものっていうのは、何ていうの?ないんだよね。ストロークがない。このストロークが長い短いで、語れるものとね、語れないものがあるなと思って。
45:17
結局何かね、ものを伝えていく時って、このストロークがね、何にしてもないとね、なんか共感されないというか、うまく一人伝わらないんだなって思うんだよね。
だからホイチョイのチャンネルが何がいいかっていうと、このストロークがあるんだよ。最近の様々なね、映画の話題を話したとしても、結局その映画にたどり着くまでのストローク。
要は過去にはこういう映画があって、これはこういう映画に影響されてとかね、そういう話をしてくれる。
要は今の話であっても、昔の時間のね、ストローク、それを一緒に話してくれるから、よりね、入りやすいんだなって思うんだよね。
だから最近の話題を話す時でも、やっぱりこの過去の時間のストローク、それを一緒に話題の中に入れ込んでいくと、人はね、そこに興味を持ったりするんだろうなと思って。
要は今の話題になっている瞬間的な出来事だけで話すと、もうそれだけで終わってしまうんだね。
だから、ああいうさ、車なんかで言うとね、ホンダがアシモOSっていうね、これを出したりしたんだよね。
車専用の新しいOS、MacOSとかWindowsみたいなね、ああいうもののようにアシモOSっていうものを発表したんだけど、
でもそのアシモOSはこうでこうであーでっていうね、話だけでは面白くないんだよね、俺にとっては。
そのアシモOSに至った過去のホンダの流れとか、また他の業界の流れとかね、そういうなんか過去の時間のストローク、それが織り込められていたら、
よりこのアシモOSというものにね、興味が持てるのになぁとかね、そんなことを思ったりしたんだよね。
だからね、話にはね、この時間というストロークをどれだけ織り込めるかっていうね、ことがあるんだろうなーって思った。
ということでね、ちょっと最近ツラツラと思ったりね、感じていることをね、話してみました。
あとね、あのあれね、ロスの山火事ね、大変なことになってたりするんだけど、なんかね、あの山火事の原因ってまあいろいろあるんだよね。
48:08
異謀論的にはさ、なんかドローン飛ばして空中から火をつけているとかね、そういうものがあったりとか、またなんか放火があったりとかね、なんか人がこう焚き火みたいなものをやっていて、
あとはまあいろいろ、自然反火ね、とか言われてるんだけど、あの水滴あるじゃん。朝露とかでさ、ああいう水滴、ああいう朝露の水滴。
あれがレンズのような効果で火に照らされて、よく虫眼鏡でこう燃えていくじゃん、焦点があうと。
あれと同じで、ああいうその朝露の水滴がレンズ効果となってね、火がついたというね、そういう説もね、あるんだって。
だからまあなんかね、まあ原因は何かわかんないけれどもさ、あれだけ大きな火事がね、もし水滴によって本当にもたらされたとするならば、まあやっぱりなんか自然ってなめちゃいけないよなとかね。
だからやっぱりね、人間は自然には当てないんだなとかね、そんなことを思ったりしたね。
ということで、今日はね、ゼラゼラと最近思っていること、考えていること、話をね、してみました。
ということで、おやすみなさい。
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