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2024-01-22 28:44

夜鷹な雑。自分が配信している物の責任と未来の価値について湯けむりの中をつらつらと…

《雑談のおしながき》
お風呂に入りながら最近考えている
配信している内容の責任と
5,10年後に聴いて価値があるものを話せているか、
そんなことをつらつらと考えてみました。

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感想

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00:10
こんばんは、こんばんは、お風呂から今までね、腰痛くて、1週間ぐらい前になりました。
収録をしています。話そうかなーっていう、まぁいつも通りのね、調子なんですけれども、
ここ数日も、ずーっとね、引っかかっていることがあって、
その発信することの責任ってあるよなーっていうね、それをこうずーっと考えていたりしてる。
それはこう、自分自身の過去の配信を聞いていて、いやーなかなかにその適当な内容だよなーっていうね、物があって、
その話の精度であるとか、そういうものも含めて、なかなかこうね、お茶菓子トークというか、
コメダトークを通り越えてお茶菓子トークみたいな、そんな話をね、よく飽きずにしているなーっていう思いがね、あるんですね。
このお茶菓子トークってさ、何が一番引っかかってるかっていうと、
一つはその発信することにね、あまりにもこう、責任感がなさすぎるっていう、それが一つ。
あとは、このお茶菓子トークみたいなものをどんなに追加されていったとしても、
それは何も残らないっていうね、
要は世間的に消費されていくだけのものにしかね、過ぎないっていう、それがね、あって、
03:14
時間を積み重ねたり、そこになかなかの時間を費やしたとしても、
海でね、作るお城のようなさ、何が来て、そのために救われて、後方もなく消えるみたいな、
そういうものでしかないというのはね、これだけまあ続けていたり、
時間をね、費やしているにもかかわらず、そういう刹那的なものってどうなんだろうかっていうね、
そんな二つの思いがあるんだよね。
発信することの責任感みたいなものっていうのは、
まあいわゆる情報を何か共有するのであれば、
角度ある情報、正確な情報というものを伝えれば、
またそれに伴う自分の思いや、まあそういったものを付け加えるのであれば、
やっぱり一回その自分で咀嚼をしてね、それから整理をして、言葉にするということをすれば、
ある程度は自分の発信するものに自分自身は責任を持てるだろうなっていう、
それを以前、音楽の話をしていたときっていうのは、
必ず原稿というか下書きを割とちゃんとしてたりしたんですね。
だから情報もちゃんと精度を持った話ができていたり、
またそこに走るような思いとかね、そういうものも事前に自分でチェックできていたというものがあるから、
まあ今聞いてもことね、自分自身としてはその納得、
ほど大げさなものではないけれども、
06:08
どうしてもそんなに恥ずかしくはないなというものがやれていたりしたんですね。
ただこの雑談をするようになって、まあそういう下書きをするわけでもないし、
話す内容みたいなものは、その時々に思いついたものをメモに残しておいて、
そのメモを振り返りながら話を広げていくとか思い返していくという、
要はある種即興的なもので話していることが、
だから話の精度とか角度が間違っていたり、全然違うということが多々あったりもするというさ。
雑談をこうしてしている限りは、自分自身でその配信を聞いていても、
いやこの雑談は未来にはとても胸を張って残せるようなものにはないなというのが、
適正であるとか力量というのはある程度もうね、何年もやっていればさ、
じゃあ自分のどういうペースで、どういう話の内容であれば続けられるかなという。
一番何か自分自身は大切にしていればやっぱりその継続性ということ。
これだけなんか、まあいろいろブログ的なものをやったり何をやったり、
もう3年も4年も続いているものってないんだよね、今までにおいてね。
ネットに関してというもので言うとさ、その中で唯一生まれて初めてと言ってもいいね、
こういう風に音声配信を始めたり、続いているものが大したことないしっていうのが一番根底にあるからさ、
09:15
そうした時にある程度のその後世というか未来に残せるようなクオリティのものを
毎回毎回発信していくとなると、やはりなかなか苦痛になっていくんだね。
その苦痛が結局継続しなくなる、面倒くさくなるというものにさ、引き寄せられていくからね。
だから最初音楽のああいう話をしていた時って、自分があまりにも通り過ぎてきた音楽とかね、
そういうものが多かったから、今更流れに掘り下げていってね、
いやこの曲って、とかね、この曲を作詞したのは、アレンジをしたのはとかね、
この曲にある背景を知るということが、それを掘り下げていくっていうことが楽しくて、
その楽しさを共有していくっていう、そのことも楽しくてね。
一時期毎日ああいうふうな形でできていたりはしたんだけど、
でもこういうようなものを掘り下げていくと、ある程度何か予測ができてしまうことが増えていく。
そういう人たちの環境やつながりであるとか、考え方であるとか、その曲の特徴であるとか、
そういうものまでの何と話に予測できるようになっていくんだね。
そうなると、途端に何か掘り下げてみようというね、そこまでの興味に至らないという、
それは自分自身のやっぱりある種の粘り強さの無さというのかな、
その知識やそういうものを広く浅くっていうね、そういうものがもう昔からあるから、
ある程度浅く掘り下げると、それで満足してしまうということがあるんだね。
継続していく中ではそういうふうに広く浅く掘り下げていった結果、
だいたい予想がついてしまうから、その何かね、曲やミュージアムの人を掘り下げてっていうことに、
12:04
あんまり自分自身が楽しみやそこに価値を見出せなくなってしまって雑談になった。
で、雑談こそね、知識の泉だみたいな。
雑談の中にこそさ、いろんな気づきやものがあるよなっていうのは持っていないというか、
それが自身のこういう配信で話している中心にはあるんですね。
だから雑談はしていきたいんだけど、雑談は未来に残す価値がなかなか見出せない。
なんかこういう雑談があっても、未来の自分が5年後10年後の配信を聞いた時に、
いやなかなかいい話をしてるなっていう。
最低でも自分自身が満足できるものをこういう雑談の中でできないかなっていうことをずっと考えたりしたんだよね。
雑談っていうぐらいだから、その日にタイムリーな話があったり、自分自身に感じて話していくというのが雑談だとするならば、
それはやっぱりね、店長の落書きにもなっていないし、お茶菓子トークだよね。
友人とそういう場所で話していて、その話はただただその場が楽しければ、
そこにいろんな残るものとか記憶に残って、あれは面白かったねっていうことは、
15:03
それは場所や時間、同じものを共有しているからお互いの思い出となって振り返った時にっていうものがあるんだけどさ、
こういう独りがりったりにおいては、過去の自分のものを聞いてもそういう記憶が湧いてこないんだよね。
ざっくり大雑把にはこのコロナで大変だった時だなとか忙しかった時なんだなとか、
そういうものはあったにせよ、話している時の環境や状況や景色みたいな、
そういうものはやっぱり外で撮ったというのは別にしても、
基本的には室内で撮っているものはほとんどにおいてあんまり思い出せないよね。
どういうお餅とかどういう空気感でどういう出来事があってっていうものが思い出として残っていないんだよね。
だから自分自身で聞いても、もうただただ。
そこをあんまりにも自分自身が聞き直していたりしてない。
引き戻してもいいというか、後悔を取りやめてもね、
未来の自分が聞いても恥ずかしくないというね、そういうものにおいては。
その話の内容だよね。
結局今旬の話題って、今旬だからそこに価値があるわけじゃん。
例えば今だったら芸能ですが、まっちゃんの話とかって、今が旬だけど、
これが5年後10年後経った時に、まっちゃんが今この話題をしたとしても、
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今ほどの熱量を持ってっていうのはないよね。
横の何か再年してとかね、そういうことでもあれば別だし、
一部まっちゃんのコアのファンの人には届くものはあるかもしれないけど。
でも今ほどのね、その多くの人が熱量を持って注目するものには、
5年後10年後にはもうない話題なわけだよね。
だから今旬の話題っていうのは、今配信することにはものすごい価値があるんだけど、
未来においてはほとんどにおいて価値がない。
しかも文字になっているわけでもない。雑誌になったり書籍になっているわけでもない。
ただの音声でしかないって言った時に、検索性の悪さみたいなものもあるしね。
本当に自分等を知る人ぞ、知るという人がそんな話をしてたよねって言って、
覚えている人はほとんどいないと思うんだね。自分自身だって覚えていないわけだからさ。
そんな内容の雑談って旬の話をしているばかりではね、
未来には残せないんだなって思ったのね。
だからある程度、わかりやすいところだと、
じゃあ歴史なら歴史についての雑談であれば、
これは5年後10年後に聞いても、そんなにわけわかんないものにはなっていないよね。
じゃあ戦国時代の雑談をしていたりしたら、5年後10年後に聞いたとしても、
戦国時代の文献みたいなものが更新されてまた違う説が出てきたら、
それはそれでまたその時に更新すればいいだけのことだって。
なんかその大きな時間の流れにあるものの雑談であるとか、
技術的な、今のね、現代の技術の話をしておくのも残せるかなと思ったりするんだね。
いや車の話であれば、まだ今の。
やっと電気自動車みたいなものが出てきたんだけど、
5年後10年後になった時には全部電気自動車になっていて、
もう自動運転されて、でも5年、10年前の話を聞いてみると、
こんな環境でこういう車作りで車というものがね、生産されていたという、
過去を知って今を知るっていうね、たまにはなんか役立てるなって思ったりとか、
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技術のね。
あと音楽に関して言うと、音楽もね、その時間で過去の物凝り下げていくことで
未来にも通用する音楽って、日本にはさ、いっぱいあるわけでしょ。
ユーミンがいたり、じゃあサドがいたり、何がいたりっていうね、ものがあるから、
あの人たちの音楽というものは5年後10年後も聞かれ続けると思うからさ、
まあ変わらずそういう話というものは残していても価値がね、出るかなっていう。
まあ今この現代で流行っていたりよく聞かれている音楽や歌詞を紐解いてとか、
その歌手の人がどういう人を大人になるかっていう話も多分残せるよね。
残せるだけの価値があるなって思ったり。
まあそういうことをすればいいかもしれないんだけど、
でもその曲には興味が持てたとしても、その人に興味が持つまでに至らないっていうものがね、あるよね。
まあその人それぞれに人生がね、短い中にやるわけじゃん。
10代のミュージシャンが出てきたり、20代前半のバンドが出てきて、
上を直接してやったデビューができた朝が入るよね、辿っていくということも面白いのかもしれないんだけど、
でも根本的にその人たちに興味が持てなければ自分で掘り下げようっていうさ、気になれないからね。
なかなかその新しいものに興味を持ってっていう、なんかね、力が湧いてこないっていうね、感じが。
まああったりするんだよね。
で、一つね、なんかこういう雑談をしていて、未来になったとしても、
まあなんか残すだけの価値が見出せるかなと思ったのが、
その根源的にあるとか、普遍的にある人の感情であるとか、人の繋がりであるとかね、
そういうものっていうのが、なんか5年後、10年後であったとしても、そんなに変わらないんじゃないかなというふうにね、思うんだね。
それは価値観みたいなものとか倫理観とか、そういうものを含めて今自分が感じていることとかね、
世間の声を合わせて話をするっていうものにおいてはさ、なんか5年後、10年後でも聞けるかなって思ってね。
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思うのがさ、まあいろいろアベマプライムニュースとかね、見ていると人間付き合いの難しさとか、
まあその収入が少ないとかね、なかなか自分の性別的な悩みであるとかさ、
いろいろあの番組を見ていると議論にはなるんだけど、
でも毎回なんかたどり着く自分自身の答えっていうのはあんまり変わっていないんだね。
昭和の時代と何か変わっていないように毎回思えてね、
そのテクニック的なものとかツール的なものを返してというその技術の革新とかね、
バータリー的なテクニック論みたいなものはこういうふうに情報を共有されることで増えてはいるんだけど、
でも根本にあるその、まあベタではあるんだけども、
人への思いやりみたいなことっていうのは、
昭和の時代も今の時代もその人への思いやりがあれば、
まあ大体のことはなんかね、解決できるようなっていうことが多いように。
そういう意味ではなんか思いやりとか人の繋がりとか、
まあ自分のそういうようなものを話しても、
なんか残せるだけの価値がね、あるかなって思った時にさ、
そういうものなら自分でもできるなって思ったのね。
でもそういう話ばかりをしているとさ、
なんかお寺の坊さんが説教しているみたいなさ、
そんな話なんか終始してしまいそうで、
もっと自分自身は俗物にまみれているからさ、
前回話したようなAVの話もしたければ、
俗物的なまあその塩梅が、
その塩梅の中で道徳や倫理観みたいなものに結びつけていけばいいのかな、
まあでもそれってなんか説教臭くて嫌だよね。
なんか自分自身でね、想像してみると。
ちょうど今お風呂に入って30分経って少し寝残せてきたので、
答えが出ないままのお付き合いのチャイ。
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こういうふうにまとまりがない話を自分で考えながら話している時間って、
めちゃくちゃね、楽しいんだね。
自分自身は楽しいんだね。
だからこの思考がまとまらないときに話しているものって、
聞いている人からすると多分相当苦痛な話になるんだ。
ではどうしよう。癒しの水滴。
この癒しの風呂の水滴で清算していただけませんでしょうか。
はい。
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