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本語り31回目です。 今年の2月からジョギングを再開しまして、幸いそれから続いております。
週5回ほどですね。 通常の時は朝4キロ走り、週末で時間がある時は8キロを走るという形で継続しております。
やっていて思うのが、何かを目指さない走りというのは、純粋で楽しいもんだなということですね。
以前はフルマラソンを走るという目標を持って走っておりましたので、かなり追い込んだ走りというのもしておりましたけれども、
今はそういったことも逆にあまり疲れすぎないようにということを心がけながらやっておりますので、そうなってくると走っている行為自体というのが非常に楽しいわけなんですね。
純粋に行為を楽しめるというのはやはり幸せなことで、暮らしの一服の清涼剤といいますかね、いい汗をかくことで非常に好循環が生まれているなということを感じます。
一方でこれはまた矛盾した言い方になってしまうんですけれども、フルマラソンを目指していた時というのも、あれがあれで非常に充実感があったなということを思いますので、
純粋な行為、走ること、それ自体を楽しむというのも、それはそれでいいことなんですけれども、何かの目標に向かってやっていくのも、それはそれでまたいいということなんですね。
これ例えば読書なんかでも同じようなものかなと思うんですが、何かアウトプットしないといけないという前提の元があって、あるいは調べ物があって本を読んで探していく読書というのもありますし、
それはそれで一生懸命読むということもありますので、その良さというのもありますけれども、一方でもうただただ純粋に読む楽しみを味わうというのもあるわけなんですね。
どっちが良くてどっちが悪いということはなくて、それぞれにやはりメリットがあるなということを感じます。
突き詰めて考えていくと、これ一般化していいかわかりませんけれども、良い行為というのは目的があってもなくてもいいものなのかなということを思ったりします。
文学、あるいは私なんか古典文学が専門ですので、何とかみんなに古典を読んでほしいなという形で話をすることも多いわけなんですけれども、
もう動機は不純でいいんですよ、なんかかっこいいなとか、あるいはゲームで何とかのキャラクターがあったとかいうので文学に興味を持つ人も最近多いですけれども、
それは全く恥じなくてよくって、どんな動機であれきっかけがあればそれでいいわけで、そこで接した後が勝負になってくるわけですから。
また一方で思うのが、どんな不純な動機であっても接してきたら、文学とか古典とかというものがそれが本物であれば、それはきっと動機は何であれ、きっと何か与えるものといいますか、感化されていくものがあるはずで、
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純粋に動機でしかいいものが得られないというものは、それは本物じゃないんじゃないかという気もしないではないわけなんですね。
そういった意味できっかけはとにかく何でもいいので、接して何か得るものを感じてくれればなということを個人的には思ったりするわけです。
走る話からちょっと脱線しましたけれども、私はフルマラソンなどを目的に走っているわけでは現在全くないわけなんですけれども、
その対局にある職業ランナーとしてと言いますかね、逆に入賞とかを目指す走りというものも当然あるわけなんですよね。
勝利や成功を求める走りとして、日本ではまず思いつくのが箱根駅伝なんかではないかと思います。
現在私はテレビを見ておりませんので、どれくらいかな、10年くらいもう家にはテレビもないですし、見てませんので、
箱根駅伝もね、当然しばらく見たことがないわけなんですが、テレビがある頃にはね、やはりちらほら見ていて、
ただ走っているだけなのにあんなにずっと見られるというドラマがあるのが魅力的なんですけれども、そういう箱根駅伝なんかを見ていると。
するとやはりある頃から非常に目についてくるのが、ケニア人留学生の走りなわけなんですよね。
まあ早いこと早いこと、日本のエリートランナーもものすごく速くて、私みたいな素人からしたらホレホレしちゃうわけなんですけれども、
それをあっという間に抜き去ってしまうケニア人留学生の走りというものは、ちょっとあっけにとれるぐらい早いですよね。
そういったシーンは見たことがあるという人も多いんじゃないかと思います。
そのケニア人留学生ランナーについて追った本というものがありましたので、これはと思って今走りについてホットな私がついつい手に取って読み、そして非常に感銘を受けた本があります。
それは、泉秀一、アフリカから来たランナーたち、箱根駅伝のケニア人留学生、文春新書です。
これはノンフィクションライターの泉秀一さんという方が、箱根駅伝で抜群に早いケニア人留学生の存在が気になっていた。
そしてある時期までは、ケニア人留学生というのがみんなガル高校出身という経歴がテレビのテレプで出ていたそうなんですね。
このガル高校ってどんなスポーツエリート高校なんだということを気にしていたそうなんですけれどもね、ある時期からガル高校が全く見られなくなったという謎があったそうなんですね。
そしてランナーのケニア人留学生の謎というものが気になっていたので、フリーランスとしてノンフィクションライターとしてやっていくときに、自分のテーマとしてこのアフリカのランナーたちというものを見つめたいということで、
自ら取材を行い、そしてまとめたのが本書ということになります。
大変この驚きの事実と言いますか、そういう裏側だったのかということが満載で、最初から最後まで興味が惹かれっぱなしの本でした。
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そもそもこのケニアというのがマラソンが強いわけで、それは強い人がいたからそれに引っ張られて、日本でもそうですよね。
もともと盛んだったという前提はあるでしょうけれども、それ以外にやはり条件として非常に優れているのが、
ケニアの特にリフトバレーと言われるところは、首都のナイロビもそこに含まれるわけなんですけれども、標高が1600メートルぐらいあるところらしいんですね。
ですので普通に暮らしていて、コーチトレーニングしているようなところなわけで、そして学校にも走って通うなんていうことがあり、
また貧しい中でランナーというものが一つの成功になるという意味で、長距離というものが盛んなお国柄ということなわけなんです。
なんとなくはそこら辺は僕も聞いたことがあったわけなんですけれども、ここで泉さんが現地に入って具体的に取材してくださっているのを見ると、
なるほどそういうことなのかと思うわけなんですけれども、大きく分けて3つの走りで成形を立てる道がアフリカ、ケニアにはあるそうなんですね。
まず一つは賞金レースに出てその賞金を獲得するというもの。入賞なんかをしたら有名なスポーツ用品のメーカーからスポンサー契約を結ぶということもありますので、
賞レースで勝つというのが一つの大きな道なわけなんです。しかしそこに至るまでが大変ですので、成功したらそれで結構なんですけど、みんながみんな最初からその立場になれるわけじゃないわけですね。
そういうわけで2つ目の道というのがアメリカの大学に行くということらしいです。アメリカの大学も非常にスポーツが盛んですので、
スポーツ留学というんでしょうかね、小学生という形でしょうか、アメリカに行って活躍するというのがあるそうです。しかしそれもアメリカは卒業するまで大学生のうちだけはいいんですけれども、卒業したら例の賞金レースで食っていくという世界、自分でスポンサーが獲得できるぐらいの実力がないと食っていけないわけなので、時間が限られているとも言えるわけなんです。
そんな意味でケニア人の走るのに賭けようという人たち、その人たちに人気なのが日本コースなわけなんですね。何しろ日本というのは日本発祥の駅伝というものがありますので、これが盛んだと。
そうなると長く見積もるならば、高校から日本に留学し、そして大学に行き、さらに大学を卒業しても実業団に所属できるという形になって、もちろん実業団に所属しながら賞金レースに出るということも可能なわけですので、長いスパンで活躍できるというのが日本ということになりますので、ケニア人からは日本コースというものが人気なんだという構造を浮かび上がらせてくれるわけなんですね。
日本とケニアの接点というものが、誰かがそこを結んだ人がいるわけなんですけれども、それは誰なのかということに対して、出雲さんも取材を進めてくれているわけなんですね。
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そうして浮かび上がってくる人というのが、ケニアった小林と名乗っている、本名は小林俊一という人がいるわけなんですけれども、この人がどうもこのケニア人留学生というもの、それの大元締めと言いますかね、もう個人なんですけれどもね、そういったことがわかってくるわけなんです。
まあ、この人がヤマシのような人といったらいいんでしょうかね。うさんくさくも魅力的な人なんですね。断っておきますが、泉さんはものすごくバランスのいい書き方をされていますので、断罪するような形で書いてないので、そのニュアンスというのは本書を実際に読んでいただきたいわけなんですけれども、私の個人的な感想としてはね、魅力的なヤマシという感じがします。
この小林さんはサントリーの営業だったそうなんですけど、脱サラしてケニアに渡ると。そしてケニアでスポーツカメラマンとして少しずつ成形を立てるようになっていったときに、陸上関係者と骨ができ、そして日本陸連の人ともね、つながってくるという経歴があったわけなんですね。
なんだかんだの中で、セコさんの練習パートナーを探しているということを聞きつけたときに、この小林がワキウリというランナーを紹介することになったわけなんです。
そうするとね、もともと世界でもトップレベル、オリンピックのボーイコットなどがなければ金メダルを取っていた可能性が大いにあるセコさんですので、その人の練習パートナーが務められる人物としてワキウリというのを紹介したわけなんですけども、それがこうそうしてチーム全体のレベルがめちゃくちゃ上がってくるということがあったわけなんですね。
実業団エキデンなんかでもセコ自体も強かったんだけど、ワキウリが入ってより強くなったという形で、他のチームを引き離す形で優勝してしまうということが続いてましたんで、それで他の実業団もこれはちょっとケニア人を獲得しなければという流れになってきたわけなんです。
ここが小林の目の付けどころでして、そうなると私が紹介しましょうって話になってくる、こんなに結果を出してるケニア人を紹介できましたんでしていくわけなんですが、それがビジネスとしてやっておりますので、一人の選手を紹介したら年間の顧問料が一人につき150万というビジネスを行っていくわけなんですね。
契約金ではなくて1年間ですので、ずっとそのまま所属したら毎年一人につき150万が入ってくる。そしてケニア人の紹介というのはおおむねこの小林を経由していきますので、なかなか大変な金額が手に入っているということになるわけなんですね。
山下的なところがあるんですけども、これはでも本当に口座に仲間すると言いますか、早々の頃というのはやっぱりこういう人じゃないと切り開けないんじゃないかなと思いますし、特にアフリカというのは大らかなところが約束もあってないような世界というのもありますので、そういった意味でもケニアった小林のバイタリティと言いますかね、そのおかげで日本とケニアの橋渡しになったというふうな印象も読んでいて受けるところでした。
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もう一人ね、ケニアにおけるランナーを日本に紹介する人物として泉さんが描いてくれているのが丸川さんという人なんですね。この人の非常に興味深い存在でした。
何でも全共同の投資だったそうで、その後就職せずに世界を放浪していたらケニアに着くと。ケニアで紅茶のトレードと言いますか、それで成功してビジネスマンとなっていくわけなんですけれども、その時にやったのが奨学金を創設したりとかチャリティという形でケニア社会に教育などですね、そういったものを普及させていくという活動を始めたわけなんですね。
その一環としてムファエという組織を作り、それがランナーですよね。やっぱり貧しい人たちが走ることによって生活の糧を得ていくというスタイル、それを確立するための組織を作っていくわけで、そこからまたムファエが今までは小林のビジネスモデルだけだった中に、この丸川さんのムファエという組織から日本に留学するということも生まれてきたそうなんですね。
さあ、そして泉さんは例の謎、箱根駅伝でみんななぜかガル高校出身みたいなところにも調査を進めていくわけなんですけれども、泉さんがガル高校だというところを教えられたところに行ってみたら、女子校だったりするわけなんですね。
関係者に話を聞いても違うところを教えられたりなんてことがたくさんあって、途方に暮れてしまうようなことがあるわけなんですけれども、そうするとやっぱり例の小林さんが噛んでるわけなんですね。
小林さんとビジネスパートナーだった現地のケニア人、その人に話を聞いていったら、むにゃむにゃと話を逸らすようなところもあるんだけれども、なんとなく真相がわかってくると。
その真相はというところはちょっとこれはネタバレしてはなんですので、実際に読んでほしいと思いますけれども、そこら辺の探究のところも非常に興味深いところではありました。
一方で日本のことも大変詳しく調査してくれております。
実業団でケニア人が活躍しているというのがわかってくると、大学でもケニア人留学生に活躍してほしいという声が出てくるわけですね。
その宣伝をつけたのが山梨学院大学。今でも箱根駅伝では名前が挙がってくる大学ですよね。
ケニア人留学生を受け入れるというふうに最初考えて、そうしようとしたときには日本人選手が反発するわけなんですね。
私たちだけじゃダメなんですかという形で、その気持ちも最もだなと思うわけなんですけれども反発すると。
しかしまあまあといって監督がなだめて、ケニア人を実際に招聘してみると、最初はもちろん反発はあったんですけど、だんだんまとまっていくそうなんですね。
それは何かというと、ケニア人ランナーの練習姿勢に日本人が感銘を受けるそうなんですね。
朝誰よりも早く起きてトレーニングをものすごく真面目にやるということで、もう文句が言えないわけなんですよね。
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その真摯さというものに打たれまして、日本人たちも頑張っていくことがあると。
それで山梨学院大学は見事箱根でも結果を残していくわけなんですけれども、もちろんそれはものすごい批判があったわけなんですけど、
ここでねやっぱり大事な見逃せないポイントっていうのが、ケニア人ランナーも大活躍しているわけなんだけど、
ケニア人と一緒に練習することで日本人選手がレベルアップしているっていうところなんですよね。
批判はあるのは無理もないことなんですけれども、日本人選手のレベルアップっていうのはね、世界で戦うというのを見据えたときに見逃せないポイントなんじゃないかなと思います。
そもそもね、ケニア人が実業団に所属したのも、セコさんの練習パートナーとしてやってきたっていうことを考えたらね、やっぱりレベルアップにはなっているということは間違いないことなんじゃないかなと思います。
大学でそういう流れが出てくると、高校にもね、じゃあうちもって話になってくるわけなんですが、選弁をつけたのは仙台区英高校なわけなんですね。
見事それで優勝するっていうことがあった。
そこら辺はまあ私立の大学であり、高校だからやりやすい面もあったはずなんですけれども、広島の瀬良高校というのはありますね。
昔から駅伝が強い、長距離が強いところですけれどもね、ここはね、公立だったんですね。知りませんでしたね。
ケニア人ランナーを要する前から、瀬良高校は長距離で有名でしたけれどもね、導入前までは少し伸び悩んでいたそうなんですね。
その故郷復活のためにね、ケニア人ランナーを導入することになったんですが、実はその背景には新聞座帯にあるような事件があったりして、
瀬良高校の長距離だけではなく学校全体の復活のためにはね、ケニア人留学生を導入するということがね、欠かせないという判断があったことも描かれております。
ここもね、やっぱり同じことが起きるわけなんですね。
当然、日本人選手もそうでしょうし、あるいはOBなんかもプライドを持っていますので、
なんで大工人助っ人に頼るんだという反発が強くあったそうなんですけれどもね、しかし実際に導入してケニア人ランナーがやってくると、やっぱりこれ同じなんですよね。
ケニア人留学生の生活態度にみんな胸を打たれるわけなんですね。
走るだけではなくて、非常に熱心に勉強をして学ぶと。
街の人たちに対してもね、挨拶を欠かさないということでね、だんだん周りを味方につけていくということなんですね。
偏見とか反発というものは、実際接してみて、その人となりというものが分かってくると、
もちろん悪い人となりが分かったら反発が強くなるわけなんですけれども、
良い人となりが分かってくるとね、だんだんそれが解消されていくということがあるよなということを感じる実体験が記されているわけなんです。
これだけでも非常に盛りだくさんで、わぁ面白い本だなと読んでいたところ、最後の一山感銘を受けたんですが、
第5章にあたるところで、エキデンスターのその後の名案という章があるんです。これも面白かったですね。
それこそこのセラ高校にやってきた。
このセラ高校というのが、そもそも留学生はどこから来ているかというと、小林ルートじゃないんですよ。丸川ルートなんですね。
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チャリティーで作ったムファエという組織、そこから紹介されて、公立高校ということもありますので、
危ないビジネスのところには関われないというのが、こう襲うしたのかもしれませんけど、
丸川さんの紹介によってこのセラ高校にやってきた人たちが活躍したというのがありますので、
そのセラ高校に留学したケニア人ランナーとして、ビダンカロキという人がいるわけなんですね。
これは世界的に活躍して大きな大会で入賞しているような人で、ケニアでもスーパースターのような形になっているわけなんですね。
その人の取材として泉さんが訪れていったら、本当に街でもスーパースターですので、いろんな人に声をかけられる。
その度にカロキは車で走っていても、車を止めて横退していくわけなんですが、
それは知り合いだけじゃない、本当に全然知らない人も結構いるそうなんですね。
そういった人たちにいちいち車を止めて対応する。
ただ話をするだけじゃなくて、実はこれこれでお金に困っているので、お金をちょっとくれないかみたいなね、
そういった陳情も結構受けるそうなんですよ。
日本円にしたらそんなことないかもしれないけれども、当地にしたら結構長く、
言ってくる時にカロキが気楽に分かった。
じゃあそれなら困っているのであげようという形で、アプリで送金するということがあるそうなんですね。
それもびっくりするわけなんですけれども、カロキは自分も同じように困っていたので、
私は幸い今そんなにお金に困っていないから、このお金で役に立つんだなという形で、
どんどん機会があれば与えているという状況があるわけなんですね。
非常に感銘を受けますけれども、
これやっぱり丸川ルートというものが大きいのかななんて感じたりしますね。
そういった人にはやっぱりメンターとなる人と言いますかね、
非常に影響を受けているセニア人がいまして、それはアイザックという人なんですね。
そのアイザックという人はお兄さん分なんですけれどもね、
この人はカロキほど世界的に活躍した入賞運のレベルの選手じゃないんだけど早い人なんですね。
非常にクレバーなんですけれども、ペースメーカーってありますね。
マラソンだったら30キロまでそのペースを引っ張っていくというね、
ペースメーカーを勤められるだけの総力はある。
しかし入賞運をコンスタントに取っていくほどじゃないということを、
自分で能力を見極めたわけなんですね。
そこで自分はペースメーカーで食っていこうということを決めて、
ペースメーカーとして、ペースメーカーを勤めたらお金をもらえますので、
それで稼いでいくということにした。
そこだけだといずれ終わりが見えてくるわけなんですけど、
ここからが偉いのが、その儲けたお金で大学に進学するわけなんですね。
大学に進学したときにビジネスを学び、ビジネスを行って成功して、
成功したお金で何をするかというとやっぱりチャリティーをして、
学校を作って、同じように困っている人たちに教育を受けさせるということをやっていくわけなんですね。
一人の立派な人、それがいたら影響を与えていく姿というものを見て、
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非常に感銘を受けるものがありました。
しかし、ここから先がいいんですが、そこで泉さんは終わらせないわけなんですよね。
そんな素晴らしい美談とも言えるような話をした裏で、
それと同じくらいと言いますか、倍するくらいと言いますか、
明暗の暗の部分ですよね。
眺楽していった人たちというものを描いてまして、
代表的な人としてワンジルという、やはり同じくスーパースターだった人ですけれども、
その人が評判が良くないんですね。
女癖、酒癖が悪いという形もあり、
それで結局死因も若くして亡くなったんですが、
どうもなんか通常の死に方じゃないというのが疑われるような死に方をしているということもありましたので、
成功した人もいれば、非業の死を遂げた人もいるということ、
両面を描いているところが見事だったなというふうに思います。
そんなのを踏まえた上で、この泉さんが丸川さんに取材しているわけなんですね。
丸川さんに何がこの名前であげるならば、カロキとワンジルを分けたんでしょうかと聞くわけなんですよ。
そこでの丸川さんの答えがまた振るっているわけなんですね。
まず分けたのは何かというと、やっぱり家庭環境だろうというわけなんですよ。
特にケニアというのは父権社会、父親が強い社会であると。
カロキに対してはちゃんとしっかり真面目にやるようにということを
お父さんが常日頃言っていたということもあって、
そういった真面目なコツコツしたことになったんだろうと言って。
一方ではワンジルは母子家庭でしたので、そういった意味で注意してくれる父親というのはいなかったんだ。
しかし、これというのは所詮は一面的な話ではないですか。
父親がしっかりしていたけれども、そうじゃない子どももいるし、
母子家庭だけれどもしっかりした子どももいるので、一面的な話なんだけど、
そこで終わっていないのが、やはりこの丸川さんのセリフで感銘を受けたわけなんだけど、
前提としてそういう傾向があるというのを言った後に、
だからこそ女性の教育が大事なんだということを言うわけなんですね。
なるほどと思いますね。
この父権社会だから、だから父親がしっかりしなさいとか、家庭を大事なさいという話じゃなくて、
だからこそ女性にしっかりとした教育を身につけてもらう機会を与えて、
それによって社会全体を良くしていこうという発想をしているところが、
なるほど、ケニアの将来というものを考えたら、確かにそういうことだよなということを思ったりしました。
というわけで、なかなか盛りだくさんの内容で、魅力的な内容なんですけれども、
ケニア人留学生が日本の駅伝に出て、そこで日本人を誤謗抜きにしていく姿に対して、
モヤモヤとした気持ちを抱く人もいることはわかりますけれども、
それに対する反論じゃないけれども、こういう見方もあるんじゃないですかというのが、
ちょっと不利をした視点を最後に2つ紹介しておきましょう。
1つは、今まで挙げている日本人のレベルアップにつながっているんだというのは、
確かに世界と戦うという面で、世界レベルがそうですから、その面は欠かせないよなということを1つ思ったりします。
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もう1つは、なるほどそうだなと思ったんですけれども、
そもそも勝利主張主義として留学生を使うということに批判があるけれども、
野球なんかわかりやすい例ですけれども、駅伝なんかの競合校も、
だいたい国内留学で強いランナーを日本の全国から集めているんだと。
なので留学生という面では、同じとは言っていないけれども、
純粋にその都市で育った人たちをやっているんじゃなくて、
いろんなところからスカウトしてきているという面では、それは批判されないんですかということなんですね。
そもそもどこまでがOKかという線引きというものが、そう言われると確かに曖昧ですよね。
勝利主張主義という意味で言ったら、何とか県代表とか言っているのに、
何とか県なんだかどうだかわからないような形で出ているわけですよね。
それはどうなんですかということがありますので、確かに一面的なことは言えないなということを感じたりしました。
私なりに結論めいたものを感じるのは、もちろんそうじゃなかった例もきっとあるはずなんですけれども、
県有人留学生たちがやってきて、高校でも大学でもその真面目な生活態度、日本語も含めて勉強をしっかり受ける。
そして生活態度も良くて、日本人たちにもいい影響を与えていくという、ここからだろうなということを思います。
もちろんそうじゃない人もいるはずなんですけれども、
実際の好循環というものが生まれてくる中で偏見は少しずつ減っていくのかなというふうな思いも抱くものでした。
ある意味、今としては見慣れた風景になっていたものの裏には表面上からは伺えない事情があったということを知らしめてくれる、
渾身のノンフィクションだったんじゃないかなというふうに思います。
以上で31回目を終わります。