2026-02-24 06:27

#1515 才能

#1515 24才能

私達は幼い頃から、「努力すること」の尊さを教わってきました。出来ない事を克服する為に汗を流す姿は、確かに美しく尊いなぁと思います。

しかし、その一方で…自分自身の内側にすでにある「宝物」を軽んじてはいないでしょうか?

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
我々は幼い頃からですね、努力することの尊さ、こういったものを教わってきましたね。
できないことを克服するために、汗を流す姿っていうのは、確かに美しくて尊いなと、これ思います。
ところがその一方でですね、自分自身の内側にある宝物を軽にしてないかということなんですね。
人はそれぞれ得て増えてというものがありますよね。
あなたにも私にもですね、それほど労せずして、なぜかできてしまうことがですね、一つや二つや十個や百個とか、あるんじゃないかなと思うわけですよね。
そのね、混沌にできてしまうことっていうのは、自分ではどんなに支えて小さなことに思えたとしてもですね、他人から見た場合は全くそうではなかったりするわけですよ。
なのでそれは大きかろうが小さかろうが立派な才能なんですよね。
この才能って聞くと、ついですね、世界的なスポーツ選手とか芸術家みたいな華やかなものを想像しちゃうでしょ。
ところがですね、真実の才能ってのはもっと静かなんですね。で、豊かなんですよ。
日常の隙間にチラッホラッとこう出てくるようなもんなんですね。
例えば初めてね、触れたはずの機械なんか直感的に扱えちゃったりとか、人混みの中でも困ってる人の気配にね、いち早く気づけてしまったりとか、複雑な話を誰にでも分かるように整理して伝えることは全然行くじゃないよとか。
場の空気が沈んでる時でも一言で一発でその場を和ませてしまったりとか、いるだけでみんなが笑顔になってくれるとか、こういったことですね、本人にとっては当たり前すぎて努力の対象でもないのよね。
だってさ、呼吸するように行えてしまうこと、行えてしまうからなんですよ。だから多くの人はそれを才能だって気づかないよね。
誰だってこんぐらいできるよとか、大したことじゃないよとか、見過ごしちゃうんですよ。
ところが、できてしまうという事実こそ本来の自分が発している重要なお知らせなんですよね。
だってさ、なぜさ、努力なしにできちゃうのかねって話だよ。
一説には、前世で学んできたからわかる、できるなどとも言われてますね。
またね、哲学的な視点から見たら、その能力は自分の人生において担うべき役目や役割を教えてくれているとも言ってるんですね。
老せずしてできる、苦労しないでできることは、いわば天からこれをやりなさい、この力を使って世界と関わりなさいと静かに背中を押されているという側面、こういった視点もあるわけですよ。
なぜかというとさ、全ての人が同じことを得意としていて、同じことに苦労するんだったらさ、この世界どうなるかってことだよね。
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凸凹のマッチも多様性もありえないよね。
だから自分が軽々超えていける物事でも、他の誰かにとっては高くて険しい壁だったりもするわけですよ。
逆に自分がどれほど努力しても届かない場所に、誰かがフフンと安々と立っている場合だってあるわけですよ。
だから世界にとっては、全体にとってはここが一番大切な部分なの。
この凹凸、凸凹こそ人間社会が調和していって、お互いに助け合いながら進んでいくためのマッチングになるからですね。
だから自分ができちゃうことは、誰かができないということを補うんです。
誰かを助けるために与えられた唯一のスーパーツールだということですね。
特に若い頃は自分の得意なことなんて大したことじゃないと思っているかもしれない。
でもどんなに小さい入り口であっても、その道を選んで一歩踏み込んで突き進めていくと、やがて世界が変わったりするわけですよ。
そこには自分が当初想像もしなかったような無限のストーリーが用意されていたりもするかもしれないわけ。
例えばよ、人の話を聞くのが少し得意なんだよねっていう人は、なぜか私にはみんな自分の話をしてくれると。
こういう小さい目があったとしましょうか。
それを突き詰めていけば、心理学、哲学、言語学とか、あるいは魂の会話といった深い領域にまで繋がっていったりもするのね。
一人の悩みを聞くことから始まった物語が、やがて多くの人生を救ったりだとか、戻したりだとか、社会を変えていく可能性があるんです。
だから一滴の水がやがて川となって広大な海に流れ込むようにですね、才能という入り口の先にはまだ見ない大海原が広がっているものなんですよ。
そこには自分の想像を遥かに超えたですね、出会いとか感動とか自己実現とかが待ってるんですね。
だからね、できちゃう、できてしまうっていうのは才能であって自分自身の可能性なんですよ。
努力して手に入れる力も素晴らしいですよ。
でも元々持っている力を認めてそれを磨き上げていって高めていくというのは、自分に与えられた命を最大限に輝かせるための最短の道とも言えるんですね。
最初は小さい水たまり程度の才能かもしれないですけども、それをどんどんどんどん掘り下げていって悪なき好奇心を持ってその道を歩み続ける。
この人は井戸が出てくるんですね。湧き水が出てきたりするんですね。
だから自分の才能を信じてその道を進むとね、運命の女神や自分は後押ししてくれて、必要な助けが現れて次々と扉が開いていくと。
この辺はもうパターンですね。
自分が何気なくこなしたことできちゃったことの中に種は隠れてたりするんですよ。
大したことないと流さずに立ち止まってその小さな面を見つめてみるんです。
それが自分を大きな大きな海原に連れ出してくれたりなんかもするんですよ。
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ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
何かできちゃうこと、今日もできちゃうことをですね。
ふっと捕まえてちょっと手に取って見てみる一日にしてみてください。
ということでまた明日お会いしましょう。
それではバイバイ。
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