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望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
あのね、学校にですよ、給食費を支払っているんだから、いただきますを強制するなと、こういうクレームが来たと。
だから、学校が思うんですよ、いただきますを言わせません、中止します、なんていう報道がですね、
ちょっと前にね、あったんですけども、何なんだろうね、この子供たちの感謝の機会とか、想像力っていうね、これを奪おうとしてるのかなと、こんな風にも感じたんですね。
まあ海外ではですね、タブレットで授業とかやってるんですね、これにしただけでですね、タブレットにしただけで脳の発育が遅れてるという研究結果、これも出てるわけですよ、それも無視してるわけじゃない。
でもなんかどっかの行政区ではあれですよね、そのタブレットはもう全部使わないって言って、もう片付けちゃったって言って、そういうところもね、あるみたいですけどね。
で、次にですね、このいただきますの排除ですよ。これ、幼少期の上層教育はね、もうダメだね、学校は。家庭とかやっぱり民間でですね、ちゃんと行っていく必要性があるなーなんていう風にもね、感じましたね。
そもそもね、いただきますっていうのは、目の前の食べ物が私の命を存続させてくれてるっていうこの事実認識ですよね。これをするんです。で、他の命をいただいて私は存続できてるっていうですね、こういう心をですね、ちゃんと養うための言葉なんですね。
で、じゃあどういったものに対しての感謝なのかって言うと、まず食材の感謝ですよね。野菜とかお魚、お肉とね、これ私たちの食事になるものはですね、もともと命あるものですからね、その命をいただくことへの感謝を表すわけですよ。
これあとは、その動植物を育んでくれた自然への感謝ですよね。それは、お日様の光とか、土とか、海とか、川とか山とか、豚さんや牛さんの餌だってね、自然がなければ育たないわけですよ。
海はね、川が汚染されてたら、魚介でも取れないんですよ。地震とか津波とか来たらさ、港とか畑とかも使い物にならなくなっちゃったりするじゃないですか。だから我々の日常を無事に過ごさせてくれている自然にも感謝だし、体を作ってくれている自然に感謝なわけですよね。
当然なんですけども、3番目としてはね、やっぱりね、そこにね、従事している人々への感謝なんですね。食材を育ててくれる人もいるじゃない。調理してくれる人もいるじゃない。食卓に届けてくれる人もいるじゃない。
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作ってくれるお母さんとかもいるじゃない。育てたり取ったりしたりさ、運んでくれたりさ、お店で買ってるんだからさ、そのお店で働く皆さんがいらっしゃったりとか、食事作ってくれるパパママとか、この人たちがいるからこそ目の前の料理が食べられるという事実がここにあるわけじゃない。
だからこういった方たちへの感謝というのもあるわけですよ。つまりね、家庭とかその他コミュニティなどで子どもたちにこういうお話をしない限りですね、犬のようにですね、ただ腹を満たすためみたいなね、食べ物をかっくらうみたいなね、こういうことになっちゃうんじゃないかなと思うわけですね。
味わうなんてとんでもない。食うっていうですね、こういう感じですね。獣化だよね、そんなのはね。特に日本では箸の持ち方とか使い方とか食べ方とか味わい方とかね、古来からね、それはそれはね、うるさくもですね、ちゃんと意味があるあれこれもね、存在するわけですよ。
おじいちゃんおばあちゃんと暮らす経験がなくなっている現代ですよ。誰が子どもたちの心や想像力の育成するんだろうと思えてならないニュースでもありました。だからですね、我々がやりましょう。機会があったら。
あまり近づくと不審者になってしまいますけどね。機会があったらですよ。機会があったら無理のないところで我々がやりましょう。ということでですね、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。気持ちよくいただきます言ってですね、ご飯食べましょうね。ということでまた明日バイバイ。