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#1546 正直に生きられない人に足りない“3つの力”
2026-03-27 07:29

#1546 正直に生きられない人に足りない“3つの力”

#1546 正直に生きられない人に足りない“3つの力”

人は“自分を守るため”に嘘をつきます。

正直でいられないのは「弱さ」じゃありません。
むしろ逆で、正直に生きるにはかなりの強さが必要です。
・知性
・感情の成熟
・自己信頼

これが揃って初めて人は正直に立てるのです。

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
正直であるには、知性と感情が成熟している必要性があるんですね。
なぜなら、それは勇気と覚悟の上にあるからなんです。
また、自信、これは自分を信じる心の強さがなければ、正直に生きることもできないわけですね。
正直に生きるということは、単に事実を口にすること以上に、極めて高度で能動的な精神活動なんですね。
我々は往々にして、嘘をつかないことは子供でもできる簡単なことと考えがちですが、
いやいやいや、この複雑な社会の中で、常に誠実でいようあろうとすればするほど、矛盾とか葛藤にさいなまされるわけですよ。
だからこそ、正直さには成熟した精神性が必要なんですね。
では、なぜ正直さに知性、感情、自信が必要なんでしょうか、というところですね。
まず一番目の知性なんですけれども、正直さにおける知性とは、単なる知識量ではないんですね。
複雑な状況を整理して、未来的、長期的な因果関係を見通す力のことを知性と言ってですね、
正直であることは、脳の前頭前野という構図の判断を司る部位を酷使するんですね。
意外かもしれないんですけどもね、バータリ的な嘘をつくより、一貫した正直さを保つ方が、
論理的整合性を維持するために高い認知能力を必要とするから、酷使するわけですね。
ドイツの哲学者カントはですね、正直さは自分自身に対する義務と説いたんですね。
知性が未発達だった場合は、目先の孫徳感情にとらわれてですね、
今ここで嘘をつけば楽になれるという短絡的な思考に陥っちゃうわけですよ。
ところが知性が成熟していると、一度ついた嘘はですね、次の嘘を読んで、
最終的に自分の精神的自由を奪うというですね、負の連鎖を予測できるんですね。
つまり知性があるからこそ、正直でいると長期的に自分への信頼、
自分と他者への信頼関係を守れると、こう判断ができるわけですね。
2番目は感情です。これは感情の成熟なんですけども、正直で言おうとするとですね、
たまにですね、痛みも伴うんですよ。
自分の過ちを認めるときとかさ、あるいは相手にとって耳の痛い真実を告げるときとかさ、
心に恐怖や不安とか罪悪感が渦巻くわけですよ。
だから感情が未発達な状態、未成熟な状態はですね、
心理学で言う自己防衛規制が強く働いている状態ね。
これではですね、人は自分を守るために無意識に現実を湾曲したり、
責任転嫁したりとかしちゃうわけですね。
これは心の幼さゆえの生存本能なんですね。
ところがですね、感情が成熟した人は自分が抱く恐怖を客観的に観察して、
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それを抱えたまま行動する勇気を持っているんですね。
またね、真の正直さにはですね、相手への共感というですね、
これ感情の知性、EQって言うんですけども、こういったものも含まれるわけですね。
ただ事実を突きつけるのではなくて、相手の痛みを想像しながらですね、
それでも伝えるべき真実を愛をもって伝えられる勇気も必要だということですね。
で、3番目は自信なんですね。
これがねやっぱり最も根本的な土台になるわけですね。
ここでの自信というのは何かができるっていう有能感じゃないですね。
ありのままでの自分で価値があるというですね、
こういう自己肯定感あるいは自分を信じる強さを指すわけですね。
自分は大丈夫だという強い自己信頼を持っている人はね、
現実がどう転ぼうとも自分のね中心軸ぶれることないんですよ。
自信がない人は私からの評価っていう外側の鏡でしかね、
自分を確認できないでしょう。
するとですね、評価が下がることを恐れて、
自分を飾ったり嘘っていう仮面をどんどんどんどん被っていくんですね。
だけど正直になるってことはですね、
その仮面を脱ぎ捨てる、
剥き出しの自分を世に晒す、こういった覚悟をですね意味するわけですね。
だからどんな欠陥になっても自分は自分を裏切らないっていうですね、
内側への深い信頼があるからこそですね、
人は初めて孫徳を超えた正直さっていうのを選択できるようになるわけですね。
でも一方から見るとですね、この正直さっていうのはですね、
常に絶対善、絶対良いことであると、
こういうふうには限らない側面もあったりするんですよ。
例えばですね、相手を傷つけるのを目的とした真実を武器として使うですね、
暴力的な正直さっていうのはこれはどうなんですかということですね。
これは知性や感情の成熟化といった単なる自己満なわけですね。
哲学者のニーチはですね、真実が常に有益であるとは限らないと、
そういうふうに指摘してるんですね。
時には相手を守るための優しい沈黙であったりとか、
方便としての嘘のほうがですね、
より高度な愛や知性を必要とする場合もあるわけですね。
またね、あまりに潔癖、過度な正直さっていうのは、
自分自身を追い詰めて精神的柔軟性を奪うリスクもはらんでるわけですね。
常に楽しくなければならないみたいなね、
こういう脅迫観念はですね、自己処罰的な心理を生み出して、
かえってストレスになるわけですね。
だから何事も過度はよろしくないんですよ、
ということでまとめますけども、
正直であるためには状況を正しく把握する知性ね、
葛藤を乗りこなす感情の器ですね、
世界に自分を投げ出す自信という、
これ三味一体の力が必要なんですね。
それはね、単にルールを守ることではないんです。
自分の内側、主観とですね、外側の世界、客観をですね、一致させようとするですね、
極めてクリエイティブ、創作的で勇気ある生き方とも言えるわけですね。
人治学ではですね、思考感情意志の三つが調和したときに、
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真に自由な人間として正直に立つっていうふうに言われてるんです。
だから自己を確立して精神の自由を選択して、
統合された人格が行う創造的な生き方。
だから自由っていうのはそういうような、
正直っていうのはそういう生き方なのかなというふうにも感じるわけです。
ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
まあね、こんなのね、全部別にできなくてもいいと思うんですよ。
いやまあ、最後に何言ってんだって話なんですけどね。
徐々に徐々に意識していくだとか、
なんか自分裏切らないだとかっていうところが大事なのかな、
まずはっていうふうに感じるわけですね。
だってさ、感情だって一気に成熟なんかしないしね、
知性だって一気に上がったりしないしね、
自信だって一気につくわけじゃないじゃない。
なのでやっぱり自分なりの歩幅ですね、
意識をしてそれを少しずつやっていくっていうね、
正直っていうことを意識してやっていくみたいなことが、
なんか重要なんじゃないのっていうふうに思うわけです。
なんか人はね、一日にしてね、そんなね、賢人になれないしね、
先人みたいになれないですからね。
でもそこを目指してみるっていうところになんかね、
今日一日の価値があるんじゃないかななんていうふうに感じるわけです。
ということで、また明日お会いしましょう。
それではバイバイ。
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