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しょうばい繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
これはすべての人たちに植え付けられたものかもしれないんですけども、
我々はみんな、なんで仕事をしているのでしょうかと。
仕事をするのは、ありとしても、その仕事をしながら、なぜ優秀か否かを競っているのでしょうかと。
その旅はいつまで、どこまで続くのでしょうかと。
かつて、私も働かないと生きられないから働くんだよと、
これ、諸先輩方から聞いたんですけども、
でも、30代になった頃ですかね、働きながら競って、疲弊していく中で、
働かないと生きてはいけないとか、働いて成果を出さないと生きてはいけないから、
必死に働いていたということに気づいたわけですね。
私はその頃、お金があれば幸せになれる教の信者でもありましたので、
時を同じくして、成果をあげても全く心は満たされないなとか、
お金を持っても幸せになれるわけじゃないかとか、こんなことも思っていたわけですね。
私はこれまで、この時まで、自分の中にある無価値観、
自分は働いて成果を出さなければ自分に価値がないと、こういうふうに信じ込んでいたんですね。
その象徴的なアイコンがお金だったわけですよ。
だから、それを深く追い求めて、多くの結果を出すことが自分の価値を高めることだと、
これもイーブン、イコール、そういうふうに信じ込んでいたんですね。
つまり、一般的にちゃんとした生活をして、かっこいい車を乗っかって、
家賃支払って、自分に価値があると信じられると、それをやっていれば。
だから、仕事に打ち込んで、成果を出すために頑張っていたということなんだよね。
だからこそ、虚しかったわけですよ。
なぜなら、私はですね、仕事での成果やお金が自分の価値だと勘違いしていたわけですね。
ということは、そもそも自分に価値があると全く思っていないということなんですよ。
だから、成果のためとかお金のためとか、自分の価値を成果とかお金に投影していたわけなんですね。
だからこそ、私はそれまで仕事の下辺、お金の奴隷だったということなんですね。
自分に価値がないと思ってから、仕事で成果を上げなきゃいけないと、そういうふうに信じ込んでいたわけですね。
自分が無価値だと思っているから、自分に価値がないと信じ込んでいるから、仕事で成果を出さなきゃなというふうに思っていたわけですね。
だからお金を手にしなければ、人として価値がないと思い込んでいたんですよ。
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で、人の価値って何なの?というところになるわけですよ。
これは意外とシンプルで、身の回りにいる大切な人とか、大事な友人でも、家族でも思い浮かべてもらいたいんですけども、
その方がいらっしゃるだけで、笑顔でいてくれるだけで、あなたは心がほっこりしませんか?ということなんです。
その方と話せるだけで、勇気づけられたりとか、元気づけられたりとか、その方とご飯を食べているだけで、にっこりできたりとか、繋がりを感じたりだとか、できないかなと思うわけですよ。
だから、その方は無価値ですかね?という話なんです。
あなたにとって大切なのは、人々にとって大切なのは、その方の大切な人の成果なのかな?お金なのかな?仕事なのかな?という話なんですよ。
確かに我々の世界では、当人のキャリアがその後の人生に大きく関与する場合も少なくないですよ、商売人の世界なんてのはね。
ところがですね、私がここで言いたいのは、自分の価値を高めるために仕事をするのはどうなのかな?ということなんですよね。
また単に生活のために仕事をするというのもどうなのかな?ということなんですよ。
我々は全員生まれながらにしてですね、個性という価値があるんですね。
で、それらは決してですね、成果を上げるために備わっているものではないんですね。
日本というのはですね、西洋の仕事観とちょっと異なってですね、働くというのは、自分ができることで旗、旗というのは側にいる人たちですね、を楽にさせてあげるのが、働くの語源なんだよというふうに言われているわけですね。
私はですね、個人的にこの語源説がとっても大好きなの。
でね、かつね、しっくりきてるんですよね。
自分ができることなんてさ、誰でも思っているわけよ。
で、それはね、決してね、誰かより引い出るだとか、誰かと比べるものだとか、そういうものでもないんです。
みんなそれぞれの体が今日もね、宇宙のようにね、稼働して、血が流れて、心や思いがはっせられて、ね、言葉もはっせられて、誰かが作ったものを食べて、誰かの汗で移動して、で、何ができるかと言うと、自分ができることを行えているわけじゃない。
誰かの思いを受け取って、自分の思いだとかを、世の中に手渡すことをしているんですよ。
全員、別に生きているだけで、価値があるんですよね。
資本主義経済とか、生活主義とか、能力主義が叫ばれたのは、何でなのかということを考えてもらいたいです。
勝者敗者など、区分けをされたのは、なぜなのかということを考えていただきたいです。
我々はね、生まれながらにして、あなたは無価値だ、勝者にならないと価値がないのだ、と擦り込まれてきたから、疲れてるんじゃないですか、疲弊してるんじゃないですか、かつての僕のように。
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仕事しなければ生きちゃダメだとか、成果を上げなければ息をしちゃいけないとか、そういったものをですね、社会全体に押し付けられてきたんじゃないかなと思うわけですよ。
時にはご家族も含めてね、人には向き不向きがあるんです。走るのが上手い人、速い人がいれば笑顔、上手い人もいるじゃん。
歌が上手な人もいればさ、文章が素敵な人もいるよね。で、その上手なことを持ち寄るだけで、社会は上手に回るようにできてるんですよ。
儲かるからとか価値を高めるためではなくてですね、ただ自分が夢中になれることをやれば全員が喜べる社会が成立するようにできているということなんですね。
もう本当に根本中の根本なんです。我々はみんな各々ですね、価値、そもそもですよ、価値があるんです。
だから社会の物差しとか、誰かの評価とか、そんなものに自分を合わせようとしているとね、おかしくなんです。
それを信じ込んでしまうと、自分として生きることを忘れてしまうんですよと、今日はそんなお話でございましたということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
また明日お会いしましょう。
まあ植え付けられた分価値観ですからね、これはね、自分が価値があるっていうふうに、そもそも持っているものを見ればいいんじゃないの、なんていうふうに僕は思ってますよ、ということでまた明日バイバイ。