朝、ハウスの中に立つ。灌水のホースを手に取りながら、植物の名前をまた取り違えていることに気づく。アストランティア、アルケミラ——あから始まる名前たちは、いつも少しだけ滑る。それでいい。間違えながら、体が覚えていく。
前回凍らせたホースは、今夜もハウスの暖かい場所に引き上げる。失敗は罰ではなく、手順書だ。農場の仕事の多くは、そういう小さな修正の堆積でできている。
草を一本抜く。ゼロと一のあいだには、言葉にならない何かがある。ずっと「大根」と呼んでいた雑草に、正式な名前があるらしいと知る。敵を知ることも、畑に立つことのうちだ。
ため池の水面を見る。塩素のタブレットが溶けている。詰まりを防ぐためだが、もしかしたら病気も少し遠ざけているかもしれない。確かめたいことが、また静かに増えた。
セダムは20センチを超えた。去年の冷凍庫の失敗を反芻しながら、次の手順を組み直す。農場の時間は、前進よりも修正に多く費やされる。それが、育てるということの実態なのかもしれない。
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