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こんにちは。 高卒なのに、コカ・コーラとペプシが並んでたらペプシを選びます。 どうも、うねれなです。
はい、高卒はね、絶対コカ・コーラですからね。間違いないですよ。 うーん。
まぁお分かりの通り、最近冒頭の挨拶が暴論というか、むちゃくちゃになってますよ、正直。 ネタ切れというかね、思いつかないですもん。正直。
高卒なのにってことは、高卒がしなさそうなことをやっぱ想像しないといけないんですけど、 これはなかなかね思いつかないんで、もう諦めてます。
諦めながらもう決めてしまったルールをただ守って言い続けてるだけ。 意味のない時間で視聴者が離れていってしまうっていう最悪の状況なんで、これはちょっと改善していきたいんですけど。
ただね、これ実は無理やり理由つけることできますよ。
単純接触効果の影響で、普段からCMとか何気なく見てるから無意識にコカ・コーラ選んじゃいがちっていう。
コーラを買うときまで意識的に選択するか、無意識的に選択するか。
っていうその人間としての性質が、大学入学の切符をつかむ能力につながるみたいなね。
いいんじゃないですか、これで。
この番組は何を話すかより、誰を話すかが重要視される現代。 ただの高卒の話も聞いてほしいという理工的な押し付け番組となっております。
僕、イストリゲーム苦手な人がイストリゲーム得意な人から割りくってこの世は成り立ってると思ってるんですよね。
突然だなって。
一応言っとくか。
ラブストーリーぐらい突然だなって思いの方もいらっしゃると思いますが、悩んだんなら言わなくていいんだよね、こういう時は。
悩むぐらいだからね。言わなきゃよかったな。二択間違っちゃったんですけど。
イストリゲームって単純な会社のポジションでイストリゲームみたいな例えじゃなく、本当に小学生の時とかにやるマジのイストリゲームのこと。
これが苦手だった人が得意だった人の割をくって成り立ってる。
これが現代社会の構図だと思っているんですよ。
特に男性社会。私が男性だから特に感じてるってだけで女性もそうなのかもしれないんですけど。
これ、高校時代から今でもずっと同じように悩み続けてることなので、
僕の悩みの種の中でもだいぶ長持ちしてる種ですね。8年の種ですからね。
長命種子って呼ばれるトマトとかナスよりも長持ちしてるんで。
トマトとかナスって4,5年とか5,6年ぐらいですからね、種が持つのはね。
これね、イストリゲームのどこが社会のメタファーになってるかっていうと、
理不尽さなんですよ。もっと言うなら、理不尽の行使。行うに使うで行使ですね。
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理不尽の行使能力、理不尽の行使ができるかできないかがイストリゲームと男社会のキーになってるという私の論なんですよね。
なんか面白そうでしょ。ちょっと詳しく説明していきますね。
まずイストリゲームのルールなぞっていきましょうかね。
椅子を丸く並べて、椅子の周りを椅子よりも多い人数で音楽に合わせて回っていって、
音楽が止まった瞬間みんなが一斉に椅子に座って、椅子よりも人数が多いですから椅子に座れなかった人が脱落するっていうゲームで、
これ安定して勝つための秘訣ってわかります?
瞬発力とか体格、体幹、パワーとかいろいろ要素あると思うかもしれないんですけど、違うんですよ。
もちろん最低限の瞬発力とパワー、あと運とかも必要だと思うんですけど、これは本質じゃないんです。
これズバリ勝利のために自分が理不尽を行使することを許容できるかどうかなんですよ。
根っこには勝利への執着心とか我滅さがあると思うんですけど、これは他のスポーツでも何でも競争ごとには必要だと思うんですよ。
ただ、ただイストリゲームの性質上、勝利への執着心を自己完結できないんですよ。
ちょっと難しくなってきましたね。
どのスポーツと比較しても理不尽を行使する必要があるタイミングが多すぎるんですよ。
僕小学生の頃空手をやってたので、周りの友達と比較すれば比較的体は強い方だったんです。
だから本気で椅子を取ろうとすれば、がっつり椅子にコミットすれば座る能力自体はあったんです。
ただこのゲーム全然フィジカルゲームの顔をしてないじゃないですか。
俺ハンカチ落としと同じ部類だぜって顔してるけど、どっちかっていうと相撲側じゃないですか。
相撲はいいですよ。相手を倒すっていう大きな課題をお互いが背負ってゲームに参加してそのゲームが開始してますから。
ただ小学生にイストリゲームをやらせるときって先生がさ、これはフィジカルを試すためのゲームだぞと。
誰よりも積極的に椅子にコミットして体をぶつけ合い、血と汗を流しながら生命をつかみ取れって言わないじゃないですか。
レクリエーションの一環ですよみたいなノリでゲーム始まりますけど、あれ殺し合いですからね。武道なんですよ。
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体格でライト級ヘビー級とかも分けてないのに同じ条件で戦うわけじゃないですか。
しかもみんなレクリエーションのノリでやってるじゃないですか。先生もそういうノリだから。
だから僕が本気で椅子を取りに行ったら自分よりパワーがない人を割と理不尽に貶めることになるじゃないですか。
だから僕この小学生ながらにこのシステムに疑問を持ってですね、確実に自分しか椅子を取れないっていう椅子しか取らないように自分の中でルール作りを余計にしないといけなかったんです。
そりゃ負けますよ。みんな無邪気に目の前の椅子に座りますからね。
で、仮に2人でコミットしちゃった時、これどうなるかって思い出してもらえれば分かると思うんですけど、クラスのうるさい人とかがめつい人が勝つじゃないですか。
あれ、勝ちじゃないですよ。勝た方が譲ってるだけですからね。
あれをね、VARで判断する人間と機材をクラスに1人準備してない状況であのゲームやらせるのはあまりにも無責任すぎるんですよ。
ゲームとして破綻してるんです。そういうことなんです。椅子取りゲームで勝てる人はもううるさくてがめつくて、自分が勝つためには人に譲らずに権利を主張するみたいな。
こんな人間が社会では活躍しまくってるんですよ。
フェミニストみたいなこと言いますけど、特にホモソーシャルにおいてこういう奴が認められやすいんですよ。
学校のカーストとかで例えれば女性社会でも想像に固くないと思うんですけど、僕、クラス替えの時の男子社会で思ってることあるんですけど、
前のクラスでいじられキャラだった人と同じクラスになった時に、それまで築き上げられたいじられの関係性にフリーライドして関係性すっ飛ばしていじり始める人が嫌いなんですよ。
ですし、僕はできないんですよ。
いじられキャラの人とまず普通に関係性を築いて、お互いの関係の中でいじれる場所が見つかったタイミングでしか人をいじれないんです。
だから1年の時はみんなの中で関係性ができますしすぐなじめますけど、2年になって出会ったいじられキャラに関しては卒業数年経って初めていじることができるようになったりとかもあるんです、僕。
まあ不器用すぎるとも思いますけどね。
ただこれいきなりいじられてるやつをいじれるやつの方がカースト上なんですよ。
理不尽を行使できる人間って常に楽なんですよ、人間社会で生きていくにあたって。
よくその社会人として成功するためには理不尽な縦社会に耐える力が必要だみたいなことを言う人がいますけど、僕からするとそれじゃ足りてないと思ってて、
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理不尽な縦社会のノリを実行する力も必要と実は思ってます。
舐められるくらいなら先に建成する必要があるんですよ。
話大きくなるけど、核の抑止力とかにつながるんです、イストリゲームの話が。
すごいでしょ。でも分かりますよね、言いたいこと。
ただ僕、理不尽の行使が苦手とは言ってますけど、生前説を推してるわけじゃないんで、実は理不尽の行使は否定してないです。
どちらかというと、できるようになりたいとすら今は思ってます。
生きていかないといけないですからね、この弱肉強食の世界は。
結局ね、いつまで経っても人間は野生の本能がありますから。
ただ、やっぱ性に合わないんですよ。
ちなみにただ、僕平和主義ってわけでもなくて、理不尽を行使することは実はできます。
ただ、それには何かしらの正当な動機が欲しいんですよ。
だから例えばイストリゲームを相撲として開催してくれれば、本気でぶつかり合って、勝っても負けても戦うっていうスポーツマンになれるってことですね。
もう少しちょっと飛躍するんですけど、論を進めさせて欲しいんですけど、ちょっと盛り上がってきたんでね。
イストリゲームが苦手だった奴ほど、ITにハマりがちなのでは?っていう話なんですけど。
あえてキャッチーなんでITって言ったんですけど、全部が全部ではないですし。
ただこれどういうことかっていうと、要は可能な限り俗人化しないシステムを理想としているってことなんですよ。
さっきも言った通り、イストリゲームってシステムが悪いんです。
例えば椅子に座る速さを競いたいなら、一人一人に椅子を用意して、椅子にボタンを設置して音楽が止まったらみんなで一斉に座ってねって。
みんなちょっとアンってね。拷問にボタンがめり込むっていう、そういう早押しゲームにしなきゃダメなんです。
どうしても椅子の周りを回って椅子を奪い合うっていうあのスタイルが理想的なら、レクリエーションの顔をせずにちゃんと勝負だよと。
フィジカルも大事だぞっていうブランディングをするか、もしくは勝利の基準を明確に決めて、例えばお尻を先につけた方が勝ちみたいなね。
かつVR用意して勝敗をちゃんと確認できるようにしないといけないんです。
ゲームを本当に面白くするにはここ大事です。
どこをシステム化して、どこで個体差を生かすか。
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そしてかつそれをみんなが理解しているかが大事なんです、ゲームを面白くするには。
プログラミングをはじめとしたね、ファイアウォールとかルーティングもそうですし、データベースもサーバーAPI、なんでもいいんですけど、
ITで何かしらのシステムを構築するにあたって重要視されるものの大きな一つの要素として、適当性ってものがあるんですよ。
適当性って何かっていうと、ある操作を何度繰り返しても結果が変わりなく常に同じ状態になる性質のこと。
僕が今頭から出したわけではなくちゃんとメモっている説明なんですけど。
要は同じシステムをいつ使っても誰が使っても変わらない結果になるように設計を行うわけですね。
これ僕にとっては本当に理想的な考え方なんですよ。
人間って個体差があるじゃないですか。大学受かる人もいれば落ちる人もいるじゃないですか。
その上、愚かなんですよ。すぐにミスするし忘れるしね。
でも一度システム化できれば個体差を最低限に抑えつつ、そして結果が同じになるからミスも減って最高なんですよ。
だからなんかIT詳しくない人って何が楽しいのかわかんないっていう人も多いと思うんですけど、
これが多分本質だと思ってます。
ちょっと今日いつになく話が思い浮かんじゃってきりないですね。
もっと話したいことあるんですけど、一旦こんなところにしておきたいです。
ちょっと話が途中で飛躍しちゃったんですけど、最後にちょっとまとめさせてください。
イストリゲームが苦手な人は得意な人と比較すると社会で苦労しがち。
それはイストリゲームというゲームの本質として理不尽を行使することが許容できるかっていうその人の倫理、マナーに委ねてるっていう性質があるから。
そしてイストリゲームが苦手な人はITにハマりがちなのではと。
そんでイストリゲームは一人一人椅子を用意して、椅子にボタンを置いて瞬発力、代替手動筋力、そして肛門力で勝負するゲームに今すぐ変更すべきと。
今日はそういうお話でしたね。
今日の話結構まといてると思うんですけどどうですかね。
文章化したら国語の小論文くらいには使えそうだと思うんですけど。
誰かね、国語の小論文界隈のコネ持ってる人いないですかね。
DM待ってます。
では、来週も聞いてください。