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こんにちは、どうもうねれなです。 この番組は何を話すかより、誰が話すかが重視される現代。
ただの高卒の話も聞いてほしい、という、利己的な押し付け番組となっております。 いや、昨日はすみませんね。
ちょっと、まぁ急に仕事が忙しくなってしまって、ちょっとアップできなかったんで、ちょっと木曜日である今日、
アップしている次第です。 僕くらいになるとね、撮り溜めっていう概念がないですから、
もうジビエくらい新鮮さを大事にしているポッドキャスターなんで、なるだけ直前に撮るようにはしています。
今日はね、もうちょっとこの音で、環境音でわかる方もいらっしゃるかもしれないんですけど、車にいましてね、
ちょっと六肩に止めて、録音しているような状況ですね。 まぁ六肩というか駐車場ですかね。
僕、運転うまいんですよ。特に軽バン、軽自動車のバンですね。
もうこれなら、もう本当に自分の体を動かすかのようにコントロールできるくらい、
まあ運転うまい、うまい方だと思います。かなり平均以上だと、まぁ自認しているんですけども。
ソニーヘイズにも軽バンなら勝てるからね。 24時間耐久軽バンレース。
ソニーヘイズに軽く対凸してね、でぶっちぎる。
まあそのぐらいね、軽バンはもう何台も乗り継いで、何年も乗ってたような感じですね。
私上京して1年くらい経った時に配達業を始めて、 4年くらいか、4年くらいは乗ってたんで、
全部完璧ですね。 いろいろ思い出しますよ。
配達業時代。 割とクソみたいな生活を送ってましたね。
正直今考えれば1年くらいで辞めればよかったなぁとは思いますね。
1年で正直十分ではありましたね、経験としては。
でもね、やっぱり辞めづらいんですよね。車がある快適さとか、人とそこまでコミュニケーションを取る必要のない働き方とか、
好きなラジオ、好きなだけ聞ける環境、
あとお金がね、そこそこもらえるっていう。そういうのがやっぱりね、コンフォートゾーンにズブズブの人間なんで、僕はもう性格上ね、
抜け出そうってあんまり思えないですから。
それこそこの話も今後したいんですけどね、割と衝撃的なきっかけで親会社が解体して、
辞めるトリガーになったんですけど、あれがなかったら今でもやってたかもしれないなって思うと、
なんか人生って強い意志を持ってするか、何かしら偶然大きなイベントがないと変わんないのかもなーって、
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なんかちょっと肝が冷えるというかね、怖いなぁと思いますね。まあとはいえね、4年やってるわけですから、
思い出は大量にあるんでね、これをうまくポッドキャストで利用することで消化しようかなみたいな。
定期的に思い出を解雇して話せたらなぁとは、ちょっと思いますね。
そうだなぁ、今日は初めて東京で運転した日の話、さっき新鮮さ大事にしてるポッドキャストとか言ったんですけど、7年前の話ですかね。
まあね、20歳になる年ですね、あれは。
の5月に東京に上京しまして、冬くらいまで普通にカフェ、
まあスターバックスですね、でバイトしてたんですけど、まあちょっといろいろ出会いがあって、
もともと配達業をしてた人が抜けるタイミングでね、ちょうど
その後釜として入れるっていうことで配達業を駆け持ちしようっていうことになったんですよね。
で、システムとしては車は親会社が貸してくれて、それはもう業務時間外の
その使って良かったんですよね。で、やっぱ東京で車を持つのって
20歳前後はめちゃくちゃ憧れるじゃないですか。
欲しい車を持ちたいみたいな人もたくさんいるとは思いますけど、とりあえず上京したタイミングぐらいで
車を東京で運転できるっていうのが自由自在にね、これはなかなか
どうです?テンション上がりませんか?
当時の感覚からしたらね、あの私はもうすごい魅力、まあ今でも欲しいですしね、そもそも。
で、しかもそのねスターバーよりも全然稼げるっていうことで、まあじゃあ配達業にシフトしようかなみたいな
そういうきっかけで始めました。 なんですけど、免許取ったのが上京する1ヶ月前くらいで
地元でも特に車を運転しない状態で東京に来ているわけですから、まあ本当に
初心者中の初心者、とんでもない初心者なんですよね。 だからその本当に免許取った直後でもう
もちろん初心者マークのマグネットを持参してね、駐車場に
まあ向かいましたよ。 渋谷ね
そして夜。 人生初のたった一人の東京ドライブにはもうこの条件
て厳しすぎるんですよね。 マジで免許取り立てなんで、だから本当にその前回乗ったのが、たぶんマジでその1年前の路上教習
っていうレベルですよ。 それをちょっとリアルに想像してもらいたいんですけど、めちゃめちゃ怖いっしょ
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地元の田舎の 路上教習
が1年前、やばいっしょ。 あともう一つ
僕もう極めて 筆舌に尽くしがたいほどね
方向音痴なんですよ。マジでもう 現代の日本人で唯一
井野忠敬が人権認めないくらいのレベルですよ。 もう勘みたいなのもまるでないから
分かり道ではその必ずその二択間違えちゃうんですよ。 なんかこの道路関連の運が全然ないんで、そもそも
でこの方向音痴ってまあ今でさえ治ってないレベルなんで、まあ相当ですよ。 そのね、配達業やった後も別に改善することはなく
今も同じような状況なんで まあ当時は特に酷い状況ですよ
実技も理論も化すな状態で初東京ドライブっていう 状況ですね。でね駐車場に
着いた19の俺はね まあとりあえず車に乗り込んでまあワクワクと緊張でパンパンでしたから
まず10分ぐらい瞑想してね 深呼吸に次ぐ深呼吸ね
本当に心臓のスピードめちゃめちゃ速かったんで まあだからマジで本当に受験より緊張しましたよ
なんかもうお前ならできるっていう言い聞かせをね 続けてメンタル高めてね
羽生譲るのトレーニングの時の顔みたいな感じ ではありましたよ
あこれ本当ねこれは本当ね覚悟を決めた顔ね 真剣な眼差し
でよっしゃもう行こう決意して鍵さしてね 回してキュキュキュキュってブワーって
ブレーキとアクセル間違えてましたよね ブレーキ踏みながらエンジン始動するって習って
まあその通りやろうと思って踏んでたのアクセル べただねー
いやもう本当に緊張するとねお手本みたいなミスするんですって別に 作ってまでこんな話しませんから
ブレーキかと思ったらアクセルだったみたいな マジなんですこれ本当に
なんかこの足で免許返納した方がいいなって思うぐらいのね その軽バンガーもほんとスポーツカーみたいな音してたんで
パーキング入ってたんで大丈夫なんですけど
もうスタートこれなんでもう動揺ですよね本当にこれ本当に帰れんのかなみたいな 感情ではありますけども帰らざるを得ないですから
それからもなるだけゆっくり安全にを意識して運転を 始めまして
ただねこの駐車場の場所がね結構入り組んじゃってて なんかすごい狭い道なんですよ
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まあそのこれ今の感情今の感想なんですけど配達をねやることによって痛感したのは どんな道路より狭い道が一番恐ろしい
ということなんですけど それを初日にして味わったわけですよこれ
それにプラスで方向音痴が組み合わさるとどうなるかというと 袋工事です
本当にとんでもない住宅街というか 迷い込んでしまったんですよ
僕その実はバックほぼ経験したことない状態でその日車を取りに行ったんですよ
頭から 袋工事の住宅街に入っちゃってわかるかな
普通に直進で入って曲がって頭から入っちゃって 大パニックですよ
だって前に道がないから 袋工事って
俺車はずっとまっすぐ進むもの前に進むものだと思ってて 時間みたいにね
ちょっとかっこいいのも入れつつ いや本当に出らんないんですよ本当に
大パニックよ このマジで頭真っ白
今までの話の誇張みたいなのは持ってるところあるよ 誇張してるところあるけど
この時は本当に人生で一応頭真っ白になりましたよ
グラセフしかしたことなかったからもう そこら中の塀とかぶっ壊しながら出る以外の方法がないわけですよ
僕の頭の選択肢の中に
だから今冷静にあの時の状況を解決するのであれば まずもって袋工事の頭が入らないっていうのは当たり前ではあるんですけど
間違って入ってしまったら冷静にバックして 少しずつこの袋工事に面している通りにお尻から出て
ゆっくりね で車が来てたらクラクションとかパッシングとかもらえるから それで一度戻ればいいし
ならなければそのまま通りに出て脱出みたいな感じだと思うんですけど
その時はねもう何を思ったのか 何を思ったのかっていうわけでもないですけど
袋工事の狭い通りで 展開をしてね
バック前進バック前進みたいなのを繰り返して展開することでもう正面向いて通りに出るっていう選択肢しか
僕の頭にないんですよ 理由は簡単でバックの経験がないから
バックでしばらく進むみたいな発想が生まれなかったんですよ通りまで またバックで何も見えない状態で通りに出るっていうのはまあ
そもそもねどれだけ慣れても基本的には危なくてやるべきではないっていうのありますから まあ当時は
まあ絶対に無理だっていうこともありまして 展開を試みるわけですよ
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まあこれが終わりの始まりなんですよ だからバックしてちょっと右に切ってで
今度左に前進してでまた右に切ってバックして左に切って前進してみたいなのを何十回も繰り返して
少しずつ少しずつね車狭い道で回転させていくわけですよ まあただね
まあその頃その車の大きさの感覚もない状態ですから あるタイミングでね前にも後ろにも行くスペースがないっていう状況になっちゃうんですよ
だから本当にちょっとヤバいその たまにテレビで見る紙駐車技術みたいなさ
ドリフトでもしたんかってぐらいのめっちゃ狭いとこに駐車しているやつみたいな状況に 自らの手でやってしまったと
もうその当時の僕の技術ではもうこれ以上どうしようもないもうギブアップっていうことで まあ本当にマジで動けなくなったんですよね
でその時に その袋小路の住宅街の一軒に住んでたおじさんがね家から出てきてどういうことって
何が起きている 何しに来たって
最初はちょっとこう僕のことを なんか怪しい奴だなぁみたいな感じで見てきたけどまぁ僕のもうパニックの感じ
とかもう その事情も話しねめちゃくちゃ焦ってる感じを見てもちょっとサポートしてあげるよってことに
なってしてもらうことになったわけです まあでもその僕パニック続いてるもんですから
ぶっちゃけそのおじさんがどんな
ねサポート指示とかね してくれてもまあ
その言う通りにできないんですよねそもそも技術も足りないですし いやもうどんどんどんどんもっと酷い状況になっていくわけですおじさんももうちょっとこう
呆れちゃうぐらいね大惨事よ 人巻き込んで
でもそうこうしてるとさおじさんの指示と 僕のもう死にそうな声がね
響き渡って夜ですよ しかもその車のエンジンの音もずっとこうブンブンなってるわけですから
なんだなんだつってこういろんな家から人出てきても地元のちっちゃい祭りみたいになってくる わけですよ
どうしたどうしたつって だから見越しじゃねーんだよってまぁ今なら突っ込みますよ
今ならね その時パニックだしも恥ずかしいから
もう真っ白になってもう だからずっと半べそだったんですけど
もう泣いちゃって僕J級で 泣いちゃって
もう俺は東京祭嫌だつって もうふるさとに帰りてー
おっかーっていう感じですよ いやもう放送事故っすよ放送してないのに
放送してないのに放送事故になっちゃうぐらいもう目も当てられないような状況なんですよね
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それを見兼ねてもう確かね おじさんが運転変わってくれてどうにか脱出できたみたいな
そういう東京ドライブ初日でしたね まあていうのももう涙出てからの記憶が一切ないんですよ本当に
どうやって家まで行ったのかわかんないですけど気づいたら家に着いててもう
どうやって帰ったんだろうなまじで 多分甲州街道とかで帰ったのかな東小金井までね
まあだからその日を教訓にもうまずはバックを極めるっていうことでまあ 練習しまくった結果ね今はもうバックめちゃくちゃ得意ですし
もちろんね運転技術も上がりました
やっぱねだからそういうなんだろうな 過酷な環境スパルタ教育とか否定されがちですけどね
やっぱそのスウェーデン式教育がそうだったように 自由で緩ければいいというわけじゃないですよ
最低限の厳しい環境がないと人は育たない ですからね
それはねアジア圏のもう詰め込み教育も
ね 確実にこう世界に影響を与える人材輩出の一因だと思いますよ
基礎知識が思考力を形作りますからね
教育論じゃないですけどねこれは まあでも本当になんか自分で危うい目に合うことによってもう二度とこんな目に合わないぞ
つって努力をやっぱするようになるっていう まあこの動機づくりみたいなのにやっぱりこの恥とかね
辛さとか そういうのはやっぱ必要なのかなって思いましたね
まあていうね 配達業って割と特殊な仕事でもありますから他にもいろいろ話はあるあるのでね
まあ今後もちょっとさせていただきたいなと
思いますね まあ
あとその方向音痴自体はね全く直ってないんで今もね 配達業4年やりましたけど
googleマップなしではまだどこにも行けないような状況なんでね まあ東方でもね
だからgoogleマップの CMモデルとしてねぜひ出させてもらえるようにまずはこの番組は人気になる必要がありますから
ぜひ友達に紹介してくださいということで今日のポテキャス終わりにします
また金曜日も聞いてください明日ですねよろしくお願いします