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こんにちは。言葉とアートで人の心を導く英語指導メンタリストそしてライトワーカーアーティストの はじめ先生です。
このチャンネルでは、心の在り方を整えることによって英語力や人生を劇的に好転させる秘訣についてお伝えしています。
今日のテーマは、時代が変われば発声が変わる②
1960年代から80年代に男性の声はどう変化してきたかというお話です。
まず最初に告知です。今月24日金曜日の夜になりますけども、20時からおうちビジネスマルセというオンラインイベントに出展いたします。
このイベントで僕は、AIで面倒な事務仕事を全自動に、ドブン系でもできる簡単プログラミングというお話をします。
個人事業の閉まりは会社経営の方でもそうなんですけれど、やっぱりせっかくAI出てきているので自動化できるとか自動化してですね、人件費削減したり時間を短縮したりとかね、
非常に大きなメリットがあると思うんです。僕は全くプログラミングとか素人なんですけれども、
AIとの対話は上手な方だと思うんですが、その対話によって自分の教室の業務をかなり自動化できたので、皆さんにも参考になるお話ができればと思ってこのテーマを選びましたので、
興味のある方は概要欄のURLからこちらのイベントにお申し込みいただければと思います。
はい、というわけで今日のテーマなんですけれども、先日、女性の声の発声の仕方が時代によって変わってくる。
それってやっぱり人間のあり方が変わってきたことを表しているよねっていうお話をしたんですけれども、
男性編もやってほしいというリクエストをいただきまして、実は自分もね、男性編も話してみたいなと思っていたので、
今日ね、話してみることにしようかなと思います。
結構このスタンドFMにいらっしゃる方はね、僕のフォロワーさんでも、僕よりずっと若い方も多いので、
さっぱりよくわかんない方もあるかもしれないですけど、エンタメとして聞いていただければと思います。
さて、まずこれ1960年代ぐらいから話をしたいと思うんですけど、
60年代で思いつく人って言ったときに、僕がパッと思いついたのは、石原雄二郎とかね、
二舟俊郎とかね、歌詞でいうとフランク長居みたいな人もそうなんですけど、
割とお腹の底から出る低音で何かね、男性的な余裕を感じる声っていう、
そんなイメージが僕の中でもありますね。
二舟俊郎の昔のベッドのCMで、うーん、寝てみたいみたいな感じになりましたけどね。
知らない人多すぎだろうという感じですけどね。
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なんでこういう声が好まれたかというと、たぶんですけど、戦争が終わって日本が復興し始めて、
50年代の朝鮮戦争の特殊で日本の経済一気にグーッと伸び始めて、高度経済成長が始まった頃ですよね。
その頃の日本が目指していた余裕のある社会、豊かさとかね、そういったものの象徴として成功した男性のイメージ。
だから三舟俊郎も石原雄二郎もフランク長居も、どっかもう社長さんみたいなもんね、なんかね。
フランク長居なんかもう絶対マイウェイ歌う人って感じじゃない?
マイウェイ歌う人って苦労して成功した人のステレオタイプ的なイメージだと思うんだけど、そういう感じだったと思うんですよね。
当時そういう社長さんみたいな年齢の人じゃなくて、もうちょっと若い人も当然いたわけで、
それはこれも知らないから、後産家と言われた橋ゆきよ、船木和夫、最後の寺子、この3人もみんな亡くなっちゃいましたね、気がついたらね。
この3人の特徴っていうのは、やっぱり爽やかで、2枚目でいかにも青春って感じのね、なんかこう清らかな、さあみんなで山に行こうじゃないかみたいな、そんな雰囲気ですかね。
60年代の若者はね、合コンとかないからね、合ハイって合同ハイキングに行って恋に落ちたらしいんですよ。
うちの父なんかはね、結構そういう世代だったので、イメージとしてはもう本当に抜けるような青い空、そして山の緑みたいな健全な雰囲気が漂ってるわけなんですけれども、
この頃の映画で言うと、かやまゆうぞうの若代賞シリーズなんかもそうなんだと思うんだけど、この頃僕も子供なんでね、ほぼほぼ知らないわけなんですけど、
これってやっぱりなんかその当時の日本人が抱えていた未来への希望とかね、あるいは豊かさへの憧れみたいなものが表されていたんじゃないかなと思うんですね。
なんですけど、60年代の後半になってくると今度は、ビートルズの影響でですね、グループサウンズが出てくるわけですよね。
タイガーズとかテンプターズとか出てくるわけなんですけれども、感情をむき出しにして、そしてファッションもかなり奇抜で、ロングヘアだったりして、
どっちかというと70年代のテイストになっていくわけなんですけれども、これはやっぱり女性の時もそうなんですね。
やはり60年代の後半から70年代というのは、いわゆるカウンターカルチャーの時代だったりするわけですね。
時代まさにベトナム戦争が進行していて、当時のミュージシャンなんかはその動きに対して、やはりラブ&ピースみたいな形のね、
カウンターカルチャーとして戦争反対であるとか、平和運動みたいなものをやっていた。
今の社会に対するアンチテーゼとして、それまで男性は髪短くしているべきだよねというところに対して論言が出てきたりとかですね、
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もじゃもじゃのヒゲが出てきたりとかということでちょっと変化が出てきたわけなんですが、
この辺は日本でいうとやっぱり70年安保の全共闘世代がバッチリこの世代になると思うんですが、
皆さんご存知の通り結局70年安保闘争というのは警察とかによって鎮圧されてしまい、
その当時の若者は革命の夢に敗れるみたいなところがあって、
それでそれまで伸ばしていた論言を切って社会に適応していかなければならないというある種の敗北を味わうわけですね。
そうなってくるとその辺に出てきたのがフォークソングでちょっとしんみりとした感じの、
例えば四畳半の部屋で貧乏で暮らしているみたいな神奈川の世界みたいな、そういったイメージのような声ですよね。
だから全く高らかに歌い上げるというのではなく凍えたような声っていうんですかね。
そして何かちょっと哀愁があるような感じの発声っていうのが割と受けたという感じですかね。
高倉健さんなんかね、70年代の映画にたくさん出てますけど、
あの方の喋り方も決して朗々ハキハキとして喋るわけではなく、
常に自分を押し殺して話しているような感じですよね。
自分の内面を完全に外に表せない、何か表せない過去の事情があるみたいな、
幸せの黄色いハンカチながらと善化があって出処してきた後の男の話だったり、
この辺の過去の敗北っていうのが当時の時代感覚にあってたから、
そういう俳優さん、そういう喋り方をする俳優さんが結構共感を得たんだと思うんですよね。
70年代の男性アイドルでいうと、いわゆる親御三家。
親御三家って言っても、西条秀樹さんと野口吾朗さんと郷ひろみさんで、
これはね、西条秀樹さん以外はまだご存命なわけなんですけれども、
こういったいわゆる親御三家がそれよりも前の西郷照彦さんたちの元祖御三家と何が違うかっていうと、
完成されたスターっていう感じじゃなくて、
少年から大人へ変わりつつある不安定でなおかつ過剰なエネルギーっていうものが
声に出てた人が多いような気がするんだよね。
例えば西条秀樹さんの場合は過剰なエネルギーみたいな感じだよね。
ローラーみたいな、喉が潰れんばかりの声を出すみたいなところがあって。
西条秀樹さんは精神的にはバッチョな感じもあるんだけど、
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60年代の三船俊郎さん的なマッチョではなく、
もがき苦しんで爆発する精神っていうのかな。
そういったものがあったような気がしますね。
これはやっぱり敗北に根差した復活というか、
アイデンティティを取り戻したいみたいな、
そういったエネルギーだったのかもしれないですよね。
社会的な敗北感を理性じゃなくて、
むき出しの身体能力みたいなもので突破しようという。
これってたぶん後々のビーズとかハードロック系の発生の源流になっているのが
西条秀樹さんなのかなという感じがしますね。
郷博美さんはね、これ今でも現役ですけど、
もともとはね、君たちあったかんな子とか言ってたんですけど、
非常に人工的な、めちゃめちゃ甘くて軽い感じの声で、
すごい変な声の人だなとか思いましたよね。
みんな当時モノマネしてましたけどね。
相当キャラが立っている感じなんですけど、
郷博美さんは相当当時は特殊でしたよね。
重苦しい社会とか男の苦悩というのとは全く別のところにある、
非現実的な、初めて出てきた中性的な感じのアイドルみたいな感じなのかな。
だから郷博美さん、あの頃って気持ち悪いなって言ってた人もいるかもしれないぐらいで、
やっぱり男は重厚であるべきみたいな呪縛を一気に解き放ってくれたという点で、
これが80年代以降の中性的なボーカルのベースになっているような気がします。
もう一人の郷三家の野口五郎さんは、この人は非常に序章的なんだよね。
しかも声の中に泣きが入っているというか、
この泣きが入っている感じはフォークソング的なテイストがありながらも、
彼がまとっている雰囲気というのは貧乏さくはないんだよね。
なんかちょっと洗練された感じがしている。
失恋とか未練というものを歌っているんだけど、
結構それが美しく響くというところがあるんだよね。
野口五郎さん的なものというのは、
結構男が弱さとか未練とかそういったものをパブリックにさらけ出すという、
それの先駆者としてあるんじゃないのかなというふうに思うんですよね。
やっぱりこの頃から好みが色々人によって分かれてくるというところがあるのかなというふうに思うんですけれども、
この辺の流れを踏まえて80年代に突入していくわけなんですが、
80年代、やっぱりバブル景気に向かっていく中で、
また世界の、世の中の空気感というのもめちゃめちゃ変わってくるわけですね。
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どういうふうに変わってきたかというと、
やっぱり70年代の泥臭さとか、
余剰犯的な、ある種の貧乏臭さや哀愁みたいなものが一気に押し流されて、
なんか洗練された、いわゆる当時のオシャレな感じというのが、
めちゃめちゃ出てくるようになるわけですよね。
で、なんかこう音がエコーがかかっていて、
なんかね、海なイメージなわけですよ。
例えば山下達郎さんなんかはそういう感じがありませんかね。
ライドオンタイムとかああいうのもそうだし、
めちゃめちゃファッショナブルでね、海の感じを感じますよね。
海といえば杉山清高とオメガトライブみたいな感じもあるわけですけど、
なんかこう、海と白いスーツとサングラスみたいな感じのイメージですかね。
声も甘さとエコーがかかっていて、
もうなんかマッチョとはかなり程遠い感じになりますよね。
で、それが昼の顔だとすれば、
80年代の夜の顔というと僕は稲垣純一さんだと思うんですよね。
あの稲垣純一さんの声をまとう、あの独特のアンニュイな雰囲気ね。
で、その同じようなそのアンニュイな雰囲気をまとった夜の雰囲気が漂っているのといえば、
安全自体の玉木浩二さんなんかもそういった系統だと思うし、
井上陽水さんはどっちかというと70年代系の人なんだけど、
結局あの人の持つその時代を先に捉えてた感じの、
都会的でなおかつ哀愁があるというあの艶っぽい声というのは、
80年代のあの頃のペーストにすごく合ってたんじゃないのかなと思うんですよね。
なので、80年代の雰囲気って非常に洗練されていて、
60年代の頃の高度経済成長に向かっていく時の明るさみたいなものもあるんだけれども、
それだけじゃない、その陽の中に陰があるというかね。
言ってもわかんないかな。
夏の3時ぐらいになってきたようなほのかな、
この一日が続いてほしいんだけどもうすぐ日が暮れてしまうような、
そんなことがわかっている悲しみみたいなものを持ったというか、
スーツを着た男性が仕事帰りに背中で語っている哀愁みたいな雰囲気のものを
僕はなんとなくイメージとして、その声に感じるんだよね。
その予感っていうのはね、たぶんね、的中してたんだろうね。
それが90年代に入ってバブル崩壊になるわけですよ。
永遠に続きそうな夏がひょっとしたら終わっちゃうんじゃないかって思わせるような、
その雰囲気が予感として当たり、そしてバブルが崩壊して、
そこでまた人は傷ついていくわけですね。
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その中で叫びが出たり、アイデンティティの模索が始まるわけなんですけれども、
気がついてみると14分にもなってしまったので、
この1990年代からはまた次回にしてみようかなと思います。
ということで、これなかなか面白いですね。
声だけを使ってこんな社会学的な話をできる人っていうのはなかなかいないのかなと思うんですけれども、
このチャンネルのコンセプトは、言葉とアーティストを通じて人の心を導くとか言ってるけど、
チャンネルの趣旨が変わってきてる感じがしますね。
そっか、でもいいんだよね。
言葉というのは波動なわけなので、その波動がいかに時代を象徴したりしてるかっていう話で、
合ってるじゃないですかって自己解決するというね。
というわけで15分も話してしまいましたけれども、
今日の話はいかがだったでしょうかね。
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OK, that's it for today. Thank you for listeningand have a great day.