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お疲れ様でございます。黙れ、ヤドロクでございます。いかがお過ごしでしょうか。
気ぃついたら週末、気ぃついたら月末ですんなぁ。お元気ですか。
いやぁ、毎日ほど元気ですかって聞かれても、元気やわ!って言ってる人もいると思いますけどね。
本日何の話をさせていただこうかなというふうに思うわけですけども、
ふとね、ちょっと思うのを考えておりますと、命名という言葉がありますね。
命に名前の名と書いて、命名であったりとか、名付けですね。名付けというんですかね。
名前をつけること。同じなんでしょうけども、
命名を調べますとですね、名前のないものに名前をつけるというようなことが基本みたいですが、
元々ある名前に仮の名前をつけるというのは、通称名であったりとか、
そういう命名にはならんわけでございます。
命名というのは、やっぱりお子さんができた時とかにつける名前というのは命名になるわけですね。
なんかね、ちょっと大事なことなんですけど、
よく持ち物であったり、車であったり、自転車であったり、何でもいいんですけど、
自分の持ち物に名前をつけるという行為って結構あるじゃないですか。
え?やってない?
いや、やってる方もおられると思うんですけど、
昔なんていうと、僕らなんかは自転車に名前つけたりとかは結構あったんですよ。
これは漫画の影響というんですかね。
ロクデナシブルースかなんかの影響も多少あったんやと思うんですけども、
なんかこう、相性をつける。
これは命名ではないんですね。名付けというんですかね。
相性をつけるというんですかね。
これ結構大事なことというか、
これもスピリチュアルなことでもないと思うんですけど、
名前に縛られるなんてことあるじゃないですか。
名前まけというような言葉もあるじゃないですか。
名前っていうのは重要ですな。
そう考えますとね、自分の名前もそうやし、
番組名、ポッドキャストで言うと番組名であったりとか、
番組の中で名乗る名前であったりとかっていうのは、
本名じゃない場合が多いですよね。
何とつけて打ち出していこうかと。
私なんていうのは、もともとの番組ではしんちゃんって使ってましたけど、
この番組ではあんまり名前出さんようにしてんのは、
この黙れヤドロクという番組の名前を覚えていただく方が
大事やと思ったんで、あまり名前言わないようにしてたりとか、
っていうようなこと。
だから名前って結構大事なんやなと思うんですね。
この相性をつけること、命名すること。
ほとんどがこの命名っていうのはやっぱり重たいですよね。
命の名前というわけですから。
僕も過去に自分の子供3人ともこの命名というのに関わってるわけでございます。
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僕がつけてるんですね、3人とも。
自覚を考えたりとかして、
ものすごい本を3冊4冊こうて調べて、
生命判断とかする先生なんかに見てもらいますと、
80点以上あげれると。名前つけてると。
言うてもらったりとかして合格点いただいたりしてるんですけども、
この命名ということはちょっとものすごく重たいことなので、
だからこそこの縛りも重たいというようなことっていうのはあると思うんですね。
名前をつけることの縛りの重さというんですかね。
辞書に名前をつけることもありますよね。
事柄に名前をつけることもあります。
例えばですね、僕ら若い頃、学生の頃なんですけど、
友達の中だけで通じる言葉。
イン語というような言い方もしますな。
こういうような言葉をつけて楽しむ。
例えばですね、とても早く、とても早いとかっていう言葉があるじゃないですか。
例えば友達と学校から別れて待ち合わせして会う。
とても早く来るやつやというような表現というようなことって、
さっき別れた別れたのにもう来よったというときに、
あいつはとても早く来るやつだっていうのを、
僕らの友達の中ではマスオでキオルって言うんです。
このマスオっていうのって、日本中どこでも使ってない言葉です。
これ方言でもないんです。
ただただ僕らの友達の間だけで使ってた言葉で、
それは友達の違う学校やったんですけど、
高校にいる池田マスオさんに似た子が、
遊ぼうと約束したときに待ち合わせ場所に来るのがとても早かったらしいんですよ。
とても早く来ることをマスオで来るっていう、
マスオが来るからマスオで来るになって、
マスオのように来るというようなところから、
このマスオという言葉を多用しだしたんですよ。
僕ら面白いもんやから、やっぱり使いますよね。
マスオでキオンなあいつとか、
マスオで行ってとか、マスオで頼もうとか、
っていうふうにずっと使ってたわけですよ、
友達の中で何年間にも渡って。
これもやっぱり人間って不思議なもんでね、
普通になってくるんですよ。
もうこれが自分らが作った言葉やとかっていうのを忘れるんですよ。
だからうちの家族ね、僕がそうやって使うもんやから、
うちの家族というかうちのザボスですよね、
うるわしの妻ザボスもマスオで普通に使うんですよ。
語源知ったら、日本人どこ行っても通じないんですけど、
僕らポロッと出てまうときある、人と喋ってて。
こういうのがいわゆる名付けというか、
それに近いものやと思うんですね。
例えば自分の車を普通に、
トヨタから出てるとか、鈴木から出てるとかっていう車で、
なんとかという名前があるんやけども、
私の愛車はサチコやねんとか、
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サチコ号やねんとかっていう名前を付けちゃうっていうようなことって、
これはやっぱり物に対しての執着が生まれるというか、
大事なことやと思うんですよ。
それだけ大事にするからこそ名前を付ける。
子供でもやろうと思えばできることじゃなくて、
例えばペットに名前を付ける。これは命名になりますね。
県種の名前はあるんですけど、やっぱり生物ですから。
人間っていうものの表記ではないですよね。
やっぱり名前を付けるということになるわけでございます。
子供の頃からそういう機会っていうのはあるわけでございますよね。
それによって縛られることっていうのがあるということなんですよ。
だからこれをちょっと深く掘っていくとね、
もっと専門的なチャンネルやってる人がおると思うんです。
こういう言葉やったり、
ここにまつわる、命名にまつわることっていうのを
語ってはる方もおられるかなと思うんですけども、
僕なんかはもうちょっとライトな感じというんですかね。
そこに焦点を当てていきたい。
愛着が湧くというようなことってどういうことやというか、
愛着が湧くことによって縛られることってどういうことやということなんですが、
わかりますか、僕今までこれ言ってること、名前付けることって。
良いよも悪いよも言わないです。
言わないです、これはね。
でも名前を付けることによって、
愛着が湧くってこれ良い方のことですからな。
もう一つは縛りを付けるというようなことなんですね。
この縛りっていうのは人間にとって結構大事なことでもあるわけですよ。
縛りというのはルールというような言葉もあります。
そこの枠から飛び出さないために付けるという場合もあるわけですからね。
この辺はみなさんもゆっくり名々な付けについて考えていただいたら、
なんかちょっと面白いんちゃうかなと思うわけでございますよ。
今自分の乗ってる車に名前を付けてみようかと思ったらふと考えますよね。
どんな名前を付けたらどんなキャラクターで、って考えますよね。
それによって、ほんまやったら、
ちょーんと当てても気にならんかったが、
ちょーんと当たっても気になるようになったり。
これは人間の心が縛られてますよね、そこに。
こういうひも付けっていうのは、
使い方によってはいいこともあるし、
使い方によっては危ないこともあるよね、というようなことなんでございます。
なんで急にこんな話するんだよって思われる方もあると思うんですが、
僕らの年齢になりますと、
名々というごとちな人生に何回あるかわかりませんが、
本来子供さんの名前は母方の父親が付けるという流れだったらしいですね。
ちょっと調べたんですけど、母方の父親。
母方の父親は全然そんなの無視してるなと思うんですよ。
これは国によってもちゃうんかもわかりませんが、
今時なんかは全然僕なんかも、僕が子供の名前付けてますからね。
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母方のいわゆるボスのお父さんには全然付けてもらう手はいないですね、よく考えたら。
だからそういうのを考えたら、そういう歴史もわかってないことなんですよ。
でもなんかそれ意味あるんでしょうな。
なんか調べたら意味あるんやと思うんですよ。
調べへんけど。調べへんけどね。
けどあんま調べて詳しく知れば知るほど縛りがきつなるような気がしません?
なんとなくね、名々という言葉の重さというか、
子供の名前に関しては自分が責任を持つというのははっきりわかってることで、
どのみち持たんないことやから当たり前に付けていくんですけど、
子供の名前付けるとき考えたわ、ほんまに。
もうだから意味何個も載せてありますわ。
いいか悪いかわからへんよ。名前負けかもわからへんよ。
そうやけどね、いくつもの意味を載せてあります。子供の名前に。
だから自信があるとかあるとかじゃないんですよ。
やっぱりこれ大事なことやなと思うんですね。
自信を持って子供の名前に対して説明ができるということ。
これはね、車に付けようが自転車に付けようが、
お犬さんやったりお猫ちゃんやったり、いわゆるペットですよな、
家族同然のペットにお名前付けるときも、
もうちょっと踏みとどまって一ぺつ考えてみるというのは、
とても大事なことやなと思うわけでございますよね。
だから相性というのも大事ですよ。
例えばSNS上でね、ちょっと噛んでますけどね、
SNS上で使う名前。いろんな名前ありますさ。
見させてもらったら、なんでこの名前つけたんやという人もいてありますわ。
でもその人の感覚、その人のやり方があるわけでね。
でもそれに縛られることもやっぱりあるで。
僕なんかも普通にしんちゃんという名前を使う分には、
自分の名前から文字っているだけなので、
対してそんなに縛りないわけですよ、やっぱりね。
自分の名前本名には縛られてるわけですから、当たり前に。
だからそれで考えたらそうでもないんですよ。
これことね、この今黙れヤドロクという番組させていただいてますけど、
ヤドロクと呼んでくれ、ヤドロクさんと呼んでくれってなったら、
この名前に縛られるということはあるなとふと思ったわけでございます。
これではもしかしたらあかんのやないかなと。
ヤドロクのしんちゃんの方がまだええのかもわからないけどね。
名前はそう考えたらそうない。
簡単にパッパッパッパ決めたらあかんのやないかなと思うことはやっぱりあるわけでございますね。
番組名なんかも僕はいろいろ考えてつけてますけど、
センスないなと思いながらもね。
でも現状を打ち出すのには一番ええわなと思って、
安直にやっぱり決めてしまってますが、
皆さん、ポッドキャストのきなみにいろんな番組聞かせていただいてるんですけど、
見るともうたっしゃにいろんなこと考えてつけてあるなというようなことが見えてくるわけですよね。
上手だなとかね、シャレたんなとかね、
こういうのを聞かせてもらって、なるほどなと思うわけでございます。
皆さん上手に名前つけるなと思ったところから、
ふと名付けであったりとか命名であったりということを気になったわけでございますね。
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普段皆さんいろんなものに名前、
例えば自分の今もう本当に愛機として使ってるボールペン。
このボールペン一つに名前をつけてみるというのはどうでしょうかというようなことなんですね。
面白いことが起こるかもわかりませんが、
今までペン使ってるけどペンなくすねーって言って、
名前つけた途端これがどっかに行ったら行方不明になるわけですよね。
こういうことでもうちょっとちゃんと探そうってなるようなことになるかもわからないっていうのが
使い方というんですかね、
物への執着となるのか愛着となるのかこれは違いありますけど、
名前をつけること面白みもあるんちゃうかなと思うわけでございます。
良い悪いは言っとりません。
悪いことももちろんあるんですよというようなことは
含みでもっていただきたい。
ちょっとあるんですそれは。
簡単に名前つけたらいけませんよというようなね、
えー、なんていうのかな、
注意?
注意してどないすんねんって思うけどね。
いや、せやないねや。
あんねんって名前って言って、
あのー、
どう言うたらわかりやすいですやろな。
簡単に言うたらこう、
やっぱ、
結界のようなものというのが存在するじゃないですか。
よく言うじゃないですか。
都市伝説の番組とか、
YouTubeなんかでも見てみたら
結界がどうなのとかね、
結ぶ回ですよね。
ありますよ。
神社なんか行きますとね、
鳥居をくぐるともうその神社の結界の中に入るというような表現したりする。
この、
結界というような言葉っていうのは、
この場所だけに
作れる、
作られるものではないという認識を持っていただくと、
なんとなくその結界とか、
縛るというようなことですね。
こんなんもう、
これを口に出して言葉に出すと、
これを種と言うらしいですけど、
こういうことっていうのは、
言葉に出すと、
これは言霊と言うでしょ皆さん。
あのー、
ポッドキャストなんかやったら、
あのー、
言霊を言うんやからあんまり悪い言葉を使ったらあかんやんとかね。
えー、
もう、
出るでというように言うのは、
ここに、
言霊っていうのは、
それは物を指してますわな。
この言霊によって起こること、
言霊によって縛られること、
これを種と言うわけですよね。
漢字は怖いですよ、
呪いと書くわけですから。
ただ、悪いことばっかりではなくて、
ほとんどの総称を種と言うらしいんですよね。
えー、
言葉によって生じる、
結界、
これを種と言う。
えー、
って考えるとわかりやすいのかなと思うんですけど、
ということは、
命名、
名前、
名付け、
えー、
ここに種は存在するということになりますね。
えー、
そんなふうに考えていただいたら面白いんじゃないかなと思います。
ちょっと一つ、
違う世界の話になるのかもわかりませんが、
人間が使ってる言葉、
あの、
中には、
たくさん、
呪文とかね、
言うじゃないですか。
ひらけごま、
言うたりね。
えー、
あの、
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いろんな呪文あるでしょ、
オープンセサミアとかね、
海外にもあるわけですよね。
えー、
言葉、
全部これは種というものになると思うんですけどね、
何を縛るのか縛らないのか、
あー、
いろんなことがあると思いますけど、
結構自分の出した言葉に縛られてきてるというか、
あー、
自分も含めてそうなんですよ。
ちょっとそこに気づきますと、
えー、
ここから破って出る、
結界を壊すということはどうやったらええんかって考え始めるわけですよね。
えー、
そういうことを考えていただくと、
まだ明日面白いことがあるんじゃないかなと思っております。
えー、
こんなことばっかり話しておりますのね。
こいつ怪しいなあ。
おい、
黙れ。
やどろく言うて。
怒られそうやなあ。