1. 黙れ!ヤドロク!!
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S3 #34 好き、惚れる、ほだされる
2026-07-23 23:46

S3 #34 好き、惚れる、ほだされる

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サマリー

このエピソードでは、「好き」「惚れる」「ほだされる」という言葉の意味と、それらが人間の感情や人間関係にどのように影響するかを探求しています。まず、「好き」は物や人に対して幅広く使われる感情である一方、「惚れる」は主に人の振る舞いや考え方に対して心を奪われるニュアンスで使われ、恋愛的な意味合いから「リスペクト」に近い意味合いで使われることも増えていると解説します。さらに、「ほだされる」は、人の情けや一生懸命さに惹かれて心の自由が縛られる状態を指し、本来は束縛するという意味合いを持つ言葉だと説明します。 これらの感情が複雑に絡み合い、時には嫉妬や羨望に変わっていく人間の心理についても掘り下げています。特に、他者の成功を羨み、自分と比較して腹を立てる心理や、努力の方向性を間違えることへの後悔などが語られます。最終的に、真に「惚れる」ということは、相手に縛られる覚悟を持つことであり、それは人生における重要な決断であると結論づけています。この覚悟を持つことが、人間関係をより深く、豊かにする鍵であると示唆しています。

オープニングと感情の言葉の定義
毎度、黙れヤドロクでございます。お疲れさんです。元気? 元気やったら、ええねんでいいって言うとおりますけどね。
えー、まあ皆さん、暑いでんなあ。どないしたありますか。えー、もうクーラーかけても、なかなか効かんねえやないかというような温度になってきておりますが、
まあお体の方ね、気をつけていただきたいなと思うわけでございますが、まあさて今日でございますが、えー、日本語っちはおもろいもんでんなあ。
あのー、いろんな文字をね、えー、調べたりしてますと、いろんなことを教えてくれるということでございます。
SNSなんか見ておりますと、昨今、まあ、暗い話題と言うんですか、腹の立つようなこととかね、えー、そういう話題が多いわけでございます。
もう見ててもなんか気持ちがこうクサクサすると言うんですか、そういう話題も多いなあということでございましてね、
えー、これはなんと明るいことないかと思ったらやっぱり人のことを好きになるとかね、えー、惚れるとかね、こういう言葉でちょっとお話したいなと思うわけでございますね。
えー、一言に好きと言いましても、これはもう物にも人にも使えるというようなことでございます。
音楽が好きとかね、動物が好きとか言うのもそうやし、あんたのことが好きだねんというのも使いますなあ。
えー、これはもうちょっとなあというようなとこからもう大好きというとこまで幅がある言葉やと、いうことでなあ。
えー、ほな、惚れるってなんやろうなというふうに思えたら、基本的には人、あえて人ですわなあ、惚れるっていう場合、
まあ犬もあるんかもわかりませんけど猫ちゃんもあるんかもわからんけど、惚れるっていうのはやっぱり動物に向かってというか人に向かって、
で、そして人だけやのでその人の振る舞い、行いに対して使う場合が多いというふうに書いてありますなあ。
えー、その考え方も含まれるでしょうね。えー、所作、それこそは動き物の考え方、ねえ、そういうものも惚れるに入るというようなことでございますなあ。
えー、やっぱり心をちょっと奪われるというようなニュアンスで使う場合が多いですね。
あの人の、なんか、あの人の所作には心奪われるなあ、ちなもんでねえ。
えー、言葉でなあ、惚れるっていうのはねえ、えー、私達が人生で使うことがまあ少なくないというかねえ、やっぱりよく最近使うのがリスペクト、まあ尊敬という言葉ですかねえ、
簡単には誰らが思っているのは尊敬できる部分のことを指して言うことが多いのですが、まあこういうのを見て、ああ、あの人はリスペクトできるなあ、ちな、
あの人のああいうところに惚れてるなあというのと同じ意味やないかと私は思うわけですよね。
惚れるという言葉を使ってしまうとどうしてもちょっと恋愛的なイメージしてしまう場合がありますので、そういう言い方はせえへんようになってきたというようなことなんかなあと。
で、もうひとつ気になる言葉がありますねえ。
穂出されるというような言葉でございます。
えー、なかなか難しい言葉ですが、最近、機関というようなことでございますが、これ、えー、穂出されるっていうのは漢字で書きますとねえ、あの、えー、なんちゅんかなあ、絆的なねえ、穂出すというふうに読むらしいんですけど、
糸へんに、はんという字ですねえ、こういうふうに書くで、えー、つなぎとめて束縛するという意味があるわけです、穂出す。
だから穂出されるということは、心の自由を奪われるというようなねえ、えー、人の情けや一生懸命さに惹かれて、えー、心や行動の自由が縛られることを言うというふうに書いてありますねえ。
えー、ことばんくというんですが、そういうところに書いてあるみたいですなあ。
嫉妬と自己認識の葛藤
もともとは、えー、受け身な話やけど、自由を束縛されるという意味から転じて、えー、穂出されるというようなことですねえ。
えー、あの人、まあ、情がある人やなあというのに穂出されて、熱意に心を動かされて、その気になってしまうというのを穂出される。
まあ、ちょっと惚れるに近いんですけど、もともとの意味は、まあ、こう、自由を奪われるとこから来てますから、なんともこれはちょっと違うとこから来てるんですけど、
穂出されるという言葉を使うというのは、まあ、最近は使ってる人は見ませんけどねえ、えー、こういうことが複雑に絡んどるんじゃないかなあというようなことがあるわけです。
好きやなあという大枠の中に惚れるなあというような言葉があって、それによってこう縛られるというようなことがあると、ここがうまいことバランスが取れへんなるということがあるなあというわけでございますなあ。
で、そこから生まれてええなあええなあと思ってる間に、だんだんなんで私はこんなにちゃうんやろうと思って嫉妬に変わってくるというようなことになるわけでございます。
うらやましさが出てくるね。人をうらやむな彼なんて言いますが、なかなか人間難しいもんですね生きててね。
自分はなんかうまいこと言かへんけど、横をふっと見たら隣の柴は青い、うまいこと言っとるなあ、あいつええなあええなあ、あんなに慣れたらええのになあって初めは憧れも持ってるようなとけど、
やっぱりこうじっと見てるとなんで自分はあんなにならんのやと言うてこうだんだん腹立ってくるんですね人間ちな。勝手なもんですな。
ねえ自分の努力や悩みは置いといてね。
あいつなんじゃあんなやつうまいこと言かへんだらええんじゃ言うてこうなってくるわけで、人間ちなややこしい生きもんねんなあ。
だからほんまは好き大きく好きというような枠の中からちょっと惚れて、ほだされてって言うてしまいにゃ嫌いになるというのはね難しいなあというふうに思うわけです。
また人間ちなやっぱり勝手なもんねんなあ。
SNSなんちなそういうのがよーけあふれとるというふうに見るわけですね。
好きもある、惚れるもある、ほだされるもある、でもあいつみたいになりたいなあという嫉妬もあるというね、なかなか怖いもんやなあというふうに見るわけでございます。
ねえなんでそんなふうに思うか言うてやっぱり好かれてる人、惚れられてる人っていうのがやっぱり前に目立つんでしょうなあ。
なかなかあんなふうになれん、ええなあと自分も最初は酔ってみたものの、なんでこいつと俺との違いってなんやろうなあ言うて。
ほんまは大きく違うんですよ。
違うけどその違いがわからへん。
なんでか言ったらそれは考えへんからやなあ。
その違いちゅうのはなんやろうか言うて。
考えなあかんわなあ人間ちゅうのはねえ。
考えんとあいつをうらやましてあいつだけがなんであんなふうにうやまわれると言うんですかあんなふうにされて。
なんでわたしとこ同じようなことしてんのにわたしとこの人酔ってきえへんのじゃあ言うてね。
勝手なもんですよ人間ちゅうのは。
ええほんまねえ。
やってられへんなあ言うてね。
で初めはそれは思ってた。
わたしもそれは思ってたと思うんですよ若い頃ね。
思ってたけどだんだん歳いってくるでしょ。
まあほんと心の中でわかってるんですよ。
そりゃそうやなあ言うてね。
そんなもうあんなふうになれるわけねえ。
なんでか言ったらそんな努力してへんからやないか言うてね。
思うもんですよ。
歳いってきたらねえ自分が努力してへんことをよくわかるわけです。
自分では努力してるつもりだった若い頃は。
ねえ。
去年思って生きてきた。
でふたあけてみたら努力の仕方を間違ってたなあと言うことはたくさんあるわけでね。
あたし違う方向を歩いていってるやんかと。
あのときちゃんと地図見てものを考えとったら正しい道に行ったかもわからんのに。
ねえ歳いくまでわからんなんだわたし反対方向を歩いとったらなあと言うようなことはよくあるわけですよね。
それだいたいわからんの歳いってからであるねえ。
なんで歳いっていろんなことを知ってやっとあらと思うわけですなあ。
私そんな人生ですよ。
お宅らどないだ。
ねえ。
なんて。
へえへえへえへえ。
そうやろ。
「惚れる」ことの本質と覚悟
まあ物事全般全部がええ方に行くわけないわなあ。
中には全般うまいこと言っとるんちゃうかと言うような人でもね。
その人の心の中ではうわあうまいこと言ってないなと思ってることはあるわけですよ。
どこが前に出てるかとかどこが表に出てるかっていうのはこれわからんわけですね。
だからそんな人を見てうらやんでちくしょうあいつだけが思いしやがって言うてねえ。
邪魔してみたりね。
いらんこと一言言うてみたりね。
いろんなことあるわけでございます。
なかなか人の邪魔っていうのはやってみてすっきりするかじゃすっきりなんかしてないんですよ。
やっては後でうわあ言うて自分でも落ち込むっていう人。
これまあ落ち込んでる間はまだマシな方ですな。
いやって知らんふりして邪魔だけしとったらええわあ言って楽しんでる人もおられるわけですからね。
なかなかしんどいことですなこんなもんはね。
そんなふうに思うわけでございます。
やっぱり好きという感情っていうのは大事。
で、惚れるまで大事。
補打されるとこで止めんなんのということですな。
どう思いますか?
補打されるまで言ってませんか?
何かそれに縛られてませんか?
この人の言うことが正解ですよみたいになってませんか?
それはあんた心が縛られてますね。
聞いてきなあれやそろそろ。
あんた何に縛られてんの?
言うてみなあれ。
あの人がAさんという人が口内言うてるから。
私あの人好きだね。
惚れてまんねえ。
自分で惚れるで止まってる思ってるわよね。
あんたそれは補打されてるでというようなことですわな。
なかなかこの惚れると補打されるの間には大きな溝があるんですけど、
人間中なんか惚れるが生きすぎるとそういう風になるというようなことなんでしょうね。
縛られていくと。だんだんだんだんそれに縛られていくということなんでしょうな。
難しいことでな。
お寺みたいなアホな人間には何残っちゃうわけわからんというようなことですけど、
気ぃついたらそれになってる。
これに気づくのが案外年いってからなんですよね。
私あの時なんであんなこと言ってたんやろなあ言うて。
これ後の祭りというやつですね。
もう言うてもうたもんは帰ってけえへん。
その時間というのは通りすぎて帰ってけえへんもんですよ。
遡って謝りたいなあ思っても謝られへんもんですよ。
だからなかなか後悔のないように生きなあかんなというのはよう言うたもんでね。
転ばる先の杖というのはつけへんね。
転んでからでもつけへんね。
転ぶ前についとこかなあ思うけどそれもわからへんやというのがね、
だいたい今の生き方になってますわ。
転ばる先に杖つけるようなら、
その杖をつくお金持ってないとあかんわけでね、
杖買わなあかんわけやから。
そのお金持ってへんわだい、杖買うような。
そこはもう人間というのは難しいとこなんですよ。
転ばる先の杖なんて言うけど、
その杖は誰が持ってんね。
どうやって買おうたらええね。
どこに売ってんね。
聞いても誰も教えてくれへんのですよ。
ええ、ほんまにね、転んでからわかるんですよね。
みんな周りの人は言うんですよ。
転ばる先の杖やないか。
転ぶ前にちゃんと杖ついとかないかい。
私はこけて見上げて言うんですよ。
その杖は誰が買うてくれへんね。
わがで買わないかい。
わがで買う金あったらお前そもそも表歩くかい。
って言うんですよね。
車で移動するわよってね、
言う感じなんですわ。
なかなか難しいことだよなあ。
人を好きになる感情というのはだめですかと聞かれたら、
そんなわけないですよね。
嫌いって言うより好きって言うほうがよろしいなあ。
惚れるのがだめですか。
なんでやねんなあ。
人に惚れるってことはええことやないかいなあ。
ええ?
惚れるって言うのは、
えっとお前が相手の行動、所作、動き、物の考え方見てね、
なんてこの人立派なお方。
「惚れる」と「ほだされる」の境界線
私この人に惚れたなあという言葉最近聞きまへんで、
そんな人どこにいてありますか。
私はね、ちょっと特殊なんですけど、
私人の言うことあんま聞かれへんの。
老害中の老害、鬼老害と呼んでますけどね。
こんな人間ですけど、
私はこの人やと言うのよ。
人の言うことは聞きまへんの。
私この人惚れた、この人なかなかやで、
これ立派なもんや、この人や、
という尊敬できる、いわゆるリスペクトですな。
そういうとこが自分が明確にこの人すごいって言うて思ったら、
その人の言うてることは私は聞きまへんの。
なんでかって自分がこの人すごいって思ってるからなんですよ。
惚れてるんですよ。
惚れてるから言うこと聞けるわけですよね。
だけど惚れてへんがって好きぐらいなら、
言うこと聞けへんのですよ。
うん、好きやでぐらいの感じなんです。
私の中でね。
好きやけど、あんたはいろんなこと言うけど、
私好きなぐらいではなかなか言うこと聞けへんよ、
いう感じなんですよ。
だけど惚れたら、
お、こいつの言っとることは正しい、
と言うてなるわけですな。
そのうちにそれに縛られて、
穂打されてることが要件あったということでしょうね。
そいつが白いもんも黒いや言うたら、
お、俺も黒じゃって言うてしまうとこがある。
これは穂打されるに入ってきてまんな。
そんなことあるわけですよ。
幸い私が惚れて、
この人や言う人はみんな亡くなっておるわけでございますが、
なかなかね、今でも生きてある人はいたりませんよ。
もちろんね。
それは誰やとは言いませんで、
わざわざ言いませんけどね、
私が言うことはあの人の言うことを聞いたはんな、
と言うたらだいたいあの人は才能に惚れたはんやろな、
と言うようなことやと思ってもたら、
分かりやすいと思いますね。
あの人言うこと聞いたはるやんか、
ヤドロクさん、言うて。
えぇ、あんな鬼老害、
一個も人の言うこと聞かへん、
人の話も聞かへんのにやで、
えぇ、あの人の言うことはえらい、
黙って聞くねんな、と言うて。
言うても、
ああ、あの人の女は才能に惚れてはんねんな、と言うてね。
そういうことやと思ってもたら、
分かりやすいんちゃうかな。
あとは私はもう、
誰の話も聞きまへんね。
そういう性格だ。
「惚れる」ことの難しさと覚悟の必要性
それで言うたら、
あんたは嫁さんの言うこと、
よく聞くやないな、と言うて。
嫁さんなんかも特別ですわ、
そんなもん、
あんな惚れるどころの話じゃない、でも。
そうでしょ、
惚だされるどころの話じゃない。
あんなもん、神さんと一緒ですわ。
えぇ、そんな、
あんなもん言うてあかんな。
えぇ、それはもう、
それぐらいの位置に。
あとこれはまたリスペクトと、
嫁さんってのは、
これはリスペクトとまたちゃうでしょうね。
なんでしょうかね。
えぇ、
惚れる、
惚だされる、
うーん、
どう言うたらええやろな、
これはまあ、
惚れる、
ねえ、
なんやろな、
惚れるの上なんでしょうね。
そういう中で一緒におられへん、
わたしみたいな人間ね、
あの、
好きやねんぐらいで一緒に居てられまへん、
何にも言うこと聞かれへんもんだって。
そうやろ。
好きやねんぐらいで、
言うこと聞いて生きてきてたら、
もっと楽に生活できてると思いますわ。
私はもう、
この人や、
言うたらもうそれで、
その上に行かないと決まんやな、
嫁さんになる、
言うたら。
なかなか、
誰が選んでんねん、
一応、
話ですよ。
私、
偉そうなこと言ってます。
お前が選べる、
そんなもん選べるわけないやろ。
私、
何も選んでもへんねん。
私、
この人に惚れてるって、
終わりだねん。
向こうは、
どのように思ってるかなんか、
関係はあらへんのですよ。
危ないな、
そういう言い方したら。
そうでしょう。
向こうは、
一つも好きちゃうかったら、
まあ、
ほんまに、
関係としては、
ストーカーと変わらんからね。
たまたま、
まあ、
ええよ、
言うてくれてるから、
なかなか難しいことですよね、
人間というのはね。
惚れる言うて、
一言に言うても、
片方だけが話題、
惚れてばねえ、
言うてたら、
変質者のように扱われるわけですからね。
難しいことです、
これは。
うーん、
そう、
そうやな。
え?
変質者なん?
話題って、
これ、
え、
どうなん?
これ。
そう、
もう言える、
言えてしまうのではないの?
それ、
ちょっと気になるとこやわな。
あの、
ヤザロクさん、
それはあなた、
ちょっと待ちこてますよ、
ってなるかも。
まあ、
ええやんか、
それは話題のことは置いといてや。
あんたら今時、
惚れるというようなことを、
明確に私、
これに惚れてまんねえん、
ちゃうなこと、
ありますか?
教えてほしいわ。
なかなかその言葉、
聞かへんにゃ。
いろんなこと言うてますわ。
旦那とどうや、
とかねえ、
嫁さんとどうや、
とか、
いろんな話、
いろんなとこから聞くんですよ。
お前、
相手のこと、
どんな思ってんねえ。
いや、
好きですよ。
ねえ、
いいえ、
好きですよ。
そんなぐらいだったら、
別れてまえと、
私、
思ってまうんですよ。
惚れて、
惚れて、
惚れ抜いたら、
ええやないか、
って思うんですよ。
ええ、
現代における「惚れる」ことの希薄さ
そんな言われたかて。
そんなぐらいで、
結婚したんか。
お前、
ああ、
好きですよ、
ぐらいで結婚したんか。
お前、
それは、
あかんで、
そんなもんでは、
って言うて。
私、
それは離婚したって、
しゃあないわいな、
お前、
むこうが、
よそにお前、
男作って出てたって、
しゃあないわい、
お前、
って言うてね、
なるし、
逆に女性やったら、
あんただ、
何惚れてんのかい、
言ったら、
いや、
私、
惚れてるか言われたらば、
好きやけどさ、
嫌いではないけど、
とか言うんよ、
だいたい。
嫌いではない、
あんた、
その辺の落ちてるアンパンでも、
好きや言うやろ、
それやったら言うて、
甘いもん、
甘いもん好きか、
って聞いたら、
いや、
私、
甘いもん好きって、
吐けることやるよ、
あんたの旦那、
旦那あれ、
アンパンマン、
アンパンマンじゃ、
アンパンより下やで、
言うてね、
なってるで、
いや、
好きや言うたら、
好きやけどと、
アンパン大好き、
言うてね、
アンパンの方が上や、
って言うことになって、
孫はな、
そうやろ、
旦那に惚れてみる、
って言うことはないんかいな、
若い時は、
ちょっと惚れてたかもしれん、
言うて、
今なんで、
それが変わんねん、
いろいろあって、
変わるぐらいって、
惚れるとは言わんねん、
そもそも、
あんたの最初の、
一目惚れみたいなもんで、
一瞬で、
キュッとなくなるようなもんや、
それは惚れるとは言わん、
と、
私思うわけですよ、
一目惚れってのは、
そういうもんじゃうかと、
言うんです、
その一目、
一瞬で、
惚れたような感覚に陥る、
錯覚のようなものじゃないかと、
ほんまに惚れる、
と言うようなことは、
あるかと、
惚れるって言うのは、
「惚れる」ことと覚悟の関係性
ある意味、
この、
惚される、
に、
の部分を含んでる、
もんや、
縛られなあかんもんやと思う、
で、
この、
縛られる、
という表現が悪いんや、
自分で縛らなあかんねんや、
わかる?
自分で自分を、
縛るという、
ここに、
自分で自分を、
縛る覚悟があるか、
と言うことを、
問われるわけや、
惚れるって言うのは、
そういうことじゃないのん、
と言う風に、
私思うわけですよね、
相手のことを、
もう、
惚れて、
惚れて、
惚れ抜いてまんねん、
と言うような言葉、
昭和の時代で、
よく聞いたかも、
わかりまねんけど、
私、
そんな人、
あんまり見たことない、
ような気しますね、
最近の若い人で、
あ、
この嫁さん、
お前に、
えらい惚れてんな、
と言うようなセリフ、
聞いたことありますか?
私、
もう、
最近ないわ、
なんか、
寂しいなあ、
そんなんして聞いたら、
お前の嫁さん、
えらいお前に、
惚れてるじゃないか、
って言われたら、
こう、
なんか、
嬉しいような、
あ、
そうかなあ、
言うてね、
答えるというようなこと、
あるわけでございますよね、
え、
もうなんか、
そんな、
言われたいなあ、
と思うことないかい?
え、
ないんかい?
もうないのかい?
え?
あんたら、
聞いてる人、
何人ぐらいいたるか、
わからへんよ、
あんたら、
それ、
言われたことあるの?
どうな?
おっさん、
聞くわ、
だいたい30代、
40代多いで、
惚れる、
惚れられる、
というようなこと、
経験あるか?
いましてや、
人の気持ち、
というのは、
わからんもんです、
ねえ、
人の、
惚れてくれ、
言うたって、
そんな方にがいい、
だけど、
我がが惚れる、
というようなこと、
というのは、
案外できるもんだっせ、
ええ、
ここに何が1個いるか、
これ、
惚れて、
惚れて、
惚れ抜くのに必要なもの、
というのは、
覚悟だと思ってます、
ええ、
覚悟の重要性と現代社会
これは、
私、
嫁さんとね、
ちょこっと喋ってたんだ、
どういうことやろうなあ、
どうしたらいいんやろなあ、
いろんな、
SNSやね、
見てても、
こんなことの話、
多いけどなあ、
言うて、
あのなあ、
って言うて、
嫁さんが今のね、
あの、
惚れる、
惚れへん、
好き、
嫌い、
いろいろあるか知らんけどなあ、
あんたと一緒におると言ったら、
覚悟いるやろ、
だから、
結局大事なのは、
覚悟や、
というふうに、
嫁さんが言うてました、
なるほどなあ、
俺みたいなややこしい人間と、
一緒におると思ったら、
覚悟がいる、
というこっちゃなあ、
なるほどね、
ええこと言うなあ、
うちの嫁さん、
言うてね、
思うわけです、
好き、
嫌い、
好き、
ぐらいのことやったら、
覚悟いりまえんねん、
これ、
だけど、
惚れる、
ということ、
言葉には、
覚悟が含まれる、
これは何でか言うと、
惚れるは、
惚だされるに近づいていくから、
ですなあ、
惚だされる覚悟がいるもの、
だというのが、
惚れる、
というようなこと、
ということでしょうね、
こんな間柄、
というのは、
どうですやろうなあ、
肌から見たら、
そんなん、
不幸せですやん、
と、
言うかもしれんけど、
これは、
こういうことに、
覚悟を持っている人からしたら、
案外楽なもんです、
私もこれで、
覚悟決めて、
腹くくって、
何にも怖いもん、
あらへん、
と言えるわけですなあ、
ええ、
こういうセリフ、
聞きかえへんねえ、
最近、
どうですか、
私はこの言葉、
好きだねえ、
私は自分の嫁さんに、
惚れてます、
惚れて、
惚れて、
惚れ抜いて、
ねえ、
そんなふうに思ってます、
この言葉が、
一番ぴったりや、
覚悟も、
あるわなあ、
と思って生きてます、
だけど、
嫁さんは、
どんな思ってるか、
わからへんよ、
ほんまのとこ言うたらね、
これはあくまで、
一般論で言うたら、
この覚悟が必要や、
ということを、
教えてくれてるだけで、
ええ、
あんたみたいな、
頭おかしい人間と一緒におるには、
覚悟はいるで、
というね、
違う覚悟やと思うんですよね、
へへへ、
自分で言うてて、
ちょっと寂しいなるけどな、
うん、
それはわかる、
それ言いたいことわかる、
うん、
確かに覚悟いるわなあ、
言うて、
思うんですけど、
やけど、
結論とリスナーへの問いかけ
どうですやろなあ、
これが一般、
別にどっちも、
普通で、
さけどこの人好きやなあ、
惚れたなあ、
一緒におるには、
覚悟はいるなあ、
って、
この覚悟ちゅうのは、
なかなかみんな持てないねえ、
なんでかって、
もう覚悟いりまへんねえ、
昔ほど、
ええ、
社会的にもね、
もう分からんだら、
オラ、
バイバイしたらええわい、
ちゅうなもんですね、
ええ、
これもう風潮せそう、
と言うんですか、
こういうふうになってきて、
別に覚悟みたいな、
いらんがない、
いやだ、
出てったらええねえ、
って言うよね、
ちょっと寂しい感じ、
するんですよ、
確かに、
あかんときあかんのですよ、
悪い場合もあるんです、
一緒におるほうが、
あかんという場合も、
あるとは思うんですけど、
そこにやっぱり、
またこれは、
離れるは離れるで、
よっぽどの覚悟がいる、
どっちにも覚悟がいるものだと思うんですよね、
覚悟なくして、
その行動をとりますと、
やっぱり心に来るわけですよね、
なんでか言ったら、
覚悟がなかったわけやから、
やられてしまうわけですな、
心がね、
結構心がやられてる方、
多いように思いますな、
ええ、
明るい話しようと思ってたんですけど、
だんだん暗くなっていくのが、
昨今の話の流れというようなことでございまして、
まあ皆さんね、
いろんな人、
いろんなもの、
なんでもええわ、
惚れるという覚悟、
というのを一回考えてもらったら、
面白いんじゃないかなと、
思うわけでございます。
で、考えていく間に、
面白いな思ってたものが、
だんだんだんだん、
ぐーっと取り払ってくるんやね、
ええ、
覚悟って、
ちょっとやばないって言い出すというね、
ええ、
こんな面白い話はあるわけでございますね、
ぜひね、
好き、
惚れる、
惚なされる、
ね、
この辺のことを、
ちょっと考えてもらったら、
また明るい話もできることあるんじゃないかな、
と思うわけでございます。
本日は私答えないんですよ、
今日のね、
なんとなく私この三つの言葉を、
今日ちょっと考えようかな、
思って、
ええ、
喋りながら考えて喋ってるわけでございますが、
なかなか答えなんか出るもんやないですよ、
もちろんね、
ええ、
それぞれに答えがあるような話でございますね、
惚れるという言葉、
心にちょっとね、
置いといてもらって、
私何に惚れてるやろか、
嫁さんに惚れてるやろか、
旦那に惚れてるやろか、
っていうのを、
考えてみたらいいんじゃないかな、
と思う次第でございました。
今日もどうもありがとうございました。
まあ普段あんまり、
こんなね、
なんていうこともない話せんのですけど、
なんとなく今日は思いついたんですね。
それでは失礼します。
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