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毎度黙れヤドロクでございます。お疲れさんでございます。
元気?元気やったらええねんで言うたりますけどね。
本日は、夏歌つながりっすんということでございまして、
はだもつさんがやりますっていうことでね、
まああの、ヤドフェスのことでこう歌詞出していただいたりとかね、
ありがたいことで、もうシャレた歌出していただいたことでございますが、
私もリッスンね、配信はしている状態やと思うんですけど、
なかなかこういうイベントに、自分から参加するってことは大体ないんですよ。
お誘いを受けてね、そうでかいって出してもらうことはあるんですが、
なかなかそういうことはないんですけど、今回はね、
夏歌いうことでね、もちろん項目の中にヤドフェスの曲でもいいでしょと
入れていただいたりとか、息の計らいしていただいたということでございまして、
参加させてもらおう、トップバッターのその日に出させてもらおうということになったわけでございますな。
せやけども、そんな私がどうせヤドラクさん、ヤドフェスのこと話しちゃうんやろというふうに
思われるかもわかりませんが、実は私全然違う話させてもらおうかなと思っているわけでございます。
YouTubeなんか見ますとね、1991年、
京都ね、京大西武行動ライブということで、
植田まさきさんとサウスツーサウス、植田まさきとサウスツーサウスというバンドが
ワウワウの放送で再結成ライブというのをします。
これを録画したビデオテープが今日の題でございますな。
このライブというのは、もちろんね、植田まさきとサウスツーサウスというバンドというのは
それまで活動が止まっていたわけでございますが、この1991年に再結成ということで
京大西武行動でライブされたわけでございますが、
これを録画されたビデオテープというのは、私の友達がね、私のところに持ってきたんですよ。
私はちょうどその時、音楽に興味を持ち始めた頃でね、
TVでも話題も結構年が行ってまいり、そのビデオを見たらね、植田まさきさんというのは、
私、言うたら歌謡曲を歌うような方だと思っていたら全然違うんですよ。
もうかっこええんですよ。
何がかっこいいと言ったら植田まさきとサウスツーサウスって検索をかけてもらったらわかると思うんですよ。
ちょうどこの1991年の西武行動のライブもYouTubeにあったりしますわ。
これを見ていただいたらわかるけど、かっこええねんな。
で、これやん言うてね、その友達にまっちゃんと言うねんけど、まっちゃんこれかっこええな言うて。
で、そのまっちゃんもそのバンドのファンなんで、
これカバーしてライブ出たいなあ言うてね。
言うてて、ほんならもう一生懸命練習せんないんよね言うてね。
それからいろいろ練習したりとかして、ライブハウスで一回ライブやったかなあ言う感じあるんです。
奈良のライブハウスでね、ライブさせてもので、その時も面白かったんですよ。
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それもそれでライブ楽しかったし、
でもわたあいの思い出になつ残ってんのはね、1999年7月。
くしくもノストラダブルスの予言のあった月ですな。
場所は奈良県生駒山城遊園地野外ステージ。
その日の出演バンドの中の大鳥も大鳥。
もう夜になってね、スポットライトがぐっと照らしてね、
ほんまやったらそんな時間までやることはなかったんですけど、
大鳥も大鳥客もだんだん減ってくるんですが、夏の盛りです7月、夏休み。
ちょっと遅までやってるわけです遊園地ね、ライトアップされてきます。
もうその日一日遊び疲れたカップルやとかね、親子連れがだんだん音の鳴ってるところへ寄ってくる。
その急斜面のところの下にステージがあるんです。
だからちょうどうまいこと斜めに上がっていく客席のようになってるんで、
そこにカップルやったり親子連れやったりがみんな何の気だし、
別に音楽に興味なかったら聴いてるんですけど、その人数がだんだん増えてきたんです。
せやけどその日ね、ギターのマッチャンがね、けえへんのだ。
だんだんだんだん、予備のギターもう一人おったからよかったもんのね、
いやマッチャンあんだけ言うてやりたいな、自分から言うたようなもんやのに、
あいつきやがらへんなって言うて話してね。
ステージ本番5分前になってもけえへん。
もうしゃあないで、わたし諦めてね。こんなもんもうお祭りみたいなもんやん。
1999年7月やで、もしかしたらここでお前アンゴール・モアの大魔王が降ってくるかもわからんやないか。
ちょっとおいみんなビールでも飲もうかい、ちな感じでね。
みんなもうステージの袖ですわ、本番始まる5分前にビャーっとふたあけてね、みんなで乾杯したんですよ。
走行してるうちにスーツ姿でギターかかえた兄ちゃんが走ってきたんですよ。
バーって走ってきてごめーん言うて。
でマッチャンだんね、何しててんやん言うて。
間違ってゴンドラ乗ってもうた言うてね。
ゆっくりこうゴンドラであがってきた言うて、ギターかかえて裸乗って。
それついたほんま3分前ぐらいですよ。
そのままバーっとステージに出ていくんですよね。
もう何の設定もしてないですよ、ステージにあがって。
そっからもう何やったかわたや覚えてないね。
たしかファンキーベンギンという曲をやらしていただいたような記憶はあるんですよ、1曲はね。
あと何曲かやってるはずなんですけどね。
何も覚えれない。
その時の音源というのもわたやMDでも持ってたんやけど、そのMDどこいったかわからんやん。
もう音源ってそれしかないんですよ。
わたや結構大事にしてたんだ、この音源。
中にいろんな曲入ってたと思うんですよね。
取ったらあかんとかね。
入ってたと思う、取ったらあかんという曲あるんですよね。
下着取ったらあかんよ、という歌なんですけどね。
こういうのがあって、もう夏の夕暮れから日が沈んでいって、
スポットライトが照明がブワーっと立つ中でね、
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いっぱい引っ掛けてるもんやから、興奮もしてるし、
うわーっとこう、もうなんか発散というんですか。
やっぱり街はもう仕事終わりやから、やった仕事終わった、ちなもんですわ。
ギターも上手なんですよ、ギターが。
みんなもうメンバーもね、気心知れたメンバーでやってましたから、
えらい盛り上がりは盛り上がりでね。
ほんでまたですね、ここでね、この音源チューナー、
録音されて本当はCDになるはずやったんですよ。
これがね、この音響やってるPAさんと言うんですが、
この音響やってる方が、そもそもこの上田まさきと
サウスツーサウスが大好きで、もう録音が抜群に良かったんですよ。
めちゃくちゃ良かった。めちゃくちゃかっこよく撮れてるんですわ。
だからAMGになった時も綺麗かったんですけど、
それがですわ、もうほんま、もうアンゴルモアの大魔王ですな。
あまりにうちのバンドだけが、お客さんは多い、夜のスポットライトはてってる。
ほんで録音は抜群や、いうことで他のバンドからクレーム入りましてね、
CD化の話がぽちゃったんですよね。
めちゃくちゃかっこよかったんですよ。
私の実力以上のものがそのステージに出たということでね、
ステージに出て上手いことライブ行ったな、上手いこと歌えたな、
っていうことは私ないんですけど、
そのライブは楽しかったなという思い出がものすごい残ってるんですね。
ましてや上田まさきさんとサウスツーサウスというバンドっていうのは、
私からしたらもう画面の中のバンドなんですよね。
それがですね、大阪ビルボードで、もう年いかがってからですよ、
ライブやるということでございましてね、
ちょうどアルバムが発売されるということでございまして、
このアルバムが手元にあるんですけど、
上田まさきと有山順次というお二人、
これはサウスツーサウスの中のメンバーであった方と二人で出しているアルバムですが、
ぼちぼちいこかというアルバムが出ております。
これ何年かな?
曲もね、サウスツーサウスでやってたような曲がほとんどなんですけども、
これは2016年になるのかな?
今から6年、7年前、もっと前かな?
作ったのは2015年になってますな。
やけど、私がこれ移住してくる前や境内、7年か8年前に、
このまっちゃんがね、大阪のビルボードにキーボード、
これ上田まさきさんのことキーボードって言うんですけど、
キーボードは有山さん来るから見に行こうや、言ってね、
連れて行ってくれたんですよ。
初めて生でね、上田まさきさんの演奏が見れるようになったら、
もうステージに乗らないキワの近いところの席に取ってくれてね、
有山さんもおるわけですよ。
ドラムもね、まさきさんよってサウスツーサウスのドラマーの人なんですよ。
それから来て、目の前でこの演奏を聴いて、
もうちょっと夢のような、やっぱり画面の中の人やったんですね。
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で、歌ってくれたらかっこいいなあいで、
有山さんもちょっと病気あけやったりとかしてね、
で、アルバムこうてね、
大阪のビルボードってね、演奏終わった後サインする時間あるんですよ。
あの、そんなんでもこの上田まさきさんのファンの人、
もう結構なお年やからね、みんなそんなんあるって知らんと聞いてんねん。
だからみんな帰らんに。
で、残ったんがね、10人もおらんなんだと思います。
下手したらもう5人とかそんなもんやったと思う。
だからね、ゆっくりね、上田まさきさんとかね、
有山隼士さん、まさき五郎さんとね、ゆっくりしゃべれたんですよ。
こんなことある?
わたし1999年、その人らのコピーバンドでステージに出てるんです。
憧れです。憧れの北進地という歌もありますけども。
あの、画面の中の人やったんですよ。
それが目の前におってね、ハグしてね、握手してね。
で、アルバムコートやつ持ってったら、お前名前なんやって言われて、
名前言うでしょ、やどろくとは言いませんで、
名前言うたらミスター何々ってこう書いてくれてね。
で、3人3ともにサインしてくれはって。
ほんで、横にね、大きにって書いてくれて。
もう、すごい震えるやんか、こんなん。やろ?
これが1999年7月にこんなライブで出たんですなんて一言も言われんがったわ。
うーん、なんかええねんなぁ思って。
で、やっぱり年齢も言ってきたはるんでね。
あの、いつまでそんな見れるか分からへんやんか。
そういうライブやったと思うんですよ。
で、もうビルボードという場所でそうやってファンとこうサインするようなイベントあんまないんですよね。
で、そんなんでやってくれて私もものすごく感動して、
嬉しかったな、まっちゃんありがとうなあ言うて。
そのアルバムも未だにフーあけんとね、サインだけしともて、
フーに入れてもうずっと持ってますわ。
なんかね、あの、音楽ってね、もちろん音楽そのものがかっこええとか、
曲がええ、歌詞がええということにこう注視して、
私らもヤドゲスみたいなものをやって、
こう一生懸命歌詞書いてやーとかいうことでこうやってますけどね、
やっぱりこの憧れとかね、なんかその音楽がどうこうだけではないスタイルであったりとか、
やり方、しゃべり方、逸話、いろんなものがこう重なって出てるもんと、
で、自分らの思い出もそれに重なるというようなことですね。
夏の歌っていうのは、なんとなく冬の歌よりも、
そういうこう汗のにじむような話というんですかね。
私らも汗だくでね、当時ライブやったの覚えてます。
汗が滴り落ちてたの覚えてますね。
その中、7月にライブやったなあという思いで、
私が記憶の中に残ってるライブでは一番それが楽しかったなあ、
というそのライブになってるわけでございます。
他にも何個かあるんやけどね、
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夏歌と言われると私の中では、
植田まさきとサウスツーサウス、ファンキーペンギンやったりとかを
撮ったらあかんであったりとかするなあということですね。
ぜひね、YouTubeやらで検索かけてみてください。
1991年のサウスツーサウス再結成、
兄弟西部行動ライブという名前でね、検索かけてもうたら、
時の上田まさきさん、有山順二さん、
くんちょうさん、まさき五郎さんとかね、出てきます。
で、歌ってあります。
これをカバーしやがってなあ、ヤドロクさんっていう、
もうなんやったらしゃびり口を真似してました。
行こうかー言うて言うてましたよ。
行こうかー行こうかーって連発するんですね。
そればっかり真似してた。
でもそのもの真似したらやっぱりメンバーおもろいから、
なんでかってメンバーも一緒にビデオ見てるわけやからね、
私と一緒に、それカバーするわけやから、
コピーというんかな、カバーみたいなもんですが、
コピーまでうまいことできへんから。
それにやっぱりわーっと盛り上がるというか、
もうなんやったら帽子かぶってアロハ着てね、
もうかっこも似たようなかっこして、
ライブやったん覚えてますわ。
私、コピーバンドとかあんまりやったことなかったんです、
それまで。
だけどこのバンドはやってみたいなーと思わせてくれる、
バンドやったというようなことですね。
植田まさきさんと、サウスツーサウス、
まあやっぱりお若い人は聞いてもね、
ピンとは切れんのかもわからへんけど、
あの、この方のアルバムが、
ぼちぼち1個からアルバムが出た時のインタビューなんかでね、
戻りたい過去なんてあらへんって言われるんですよ。
で、僕も全く同じことを考えてるんですね。
戻りたい過去はやっぱりないんですよねって思ってたところに、
インタビューでそういう風に答えてあって、
わー同じこと言うたあるなーって思った、
覚えてるんですよね。
あのー、戻ったとても同じこと選ぶからですわな。
人間ちな、なかなかうまいこと、
ほんまやったら戻って、あの時に戻ってやり直したい、
なんて言うでしょ。
じゃけど戻ったとてもお前人間一緒やったら同じこと選ぶで、
って私は思うんですよ。
そやから私戻りたい思ったことは一つもないんです。
この先選ぶのは慎重に考えようかなと思うことはありますけど、
結局私一応人間何も変わらへんので、
選ぶことはやっぱり一緒やと思ってるんですよね。
なかなか難しいですな、人間生きるって言うのはね。
じゃけど、やっぱり古い話、古いバンド、古いやつでも、
それを思い起こさせて、またこんなんやってみたいな、
あの時楽しかったな、
そやから私の場合は次やるんやったら、
もっとおもろいのバンドやってみたいなって、
思いながらずっと音楽をやってきたような気がしますね。
私の中の夏歌は上田まさきとサウスツーサウス、
そうですね。
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とったらあかんかな。
夏の歌、夏歌言うたら、
とったらあかん。
とったらあかん。
とったらあかんと言いながらつい手が出て、
あばしりへ来てもう二年。
母のお種は墓の中っていう歌詞あるんですよ。
なんや思ったでしょ。
こういう歌だ、そういう歌ありますよ、
言うてね、思いますから、
ぜひね、音源見ていただいたらこういう歌好きな方、
いわゆる関西のブルースバンドという風に言うてもいいのかな、
やっぱり古いバンドでございます。
上田まさきさんが、私からしたら歌謡曲の人やったんが、
いっぺんにバンドのボーカルに変わったというような映像でありましたね。
YouTubeにもたくさん映像が残っておりますので、
ぜひぜひね、見ていただきたいなと思うわけでございます。
そして、やっぱり宿フェスね、
今年は暑い中やらせていただいたわけでございますけども、
37曲ですか、自分のもんも入ってますからね、
36名の方に歌詞を出していただいて、
いろんな方ね、もちろん旗本さんとかに出していただいたりとかしてるんですけども、
たくさん歌がございまして、
これに関して著作権とかもなくかけてもいいですよという風にフリーになっておりましてですね、
歌詞提出いただいた方の番組などで流す分にはフリーで流せるということでございますから、
ぜひぜひどこかの番組で、
あの宿フェスで作った曲ですねって書かれてたら、
ゆっくり聴いてほしいなと思うわけでございます。
皆さん一生懸命歌詞を書いてます。
これはプロも素人も関係ない。
人間が一生懸命そこに書きますと、その人が出るというようなことですね。
この人こんなこと書かんやなという風に思って聴いていただくと、
音楽っていうのは面白いもんですね。
ほんまはそこに思い出が乗っかると、もう一つ面白かったりするわけでございますね。
ぜひぜひね、あの宿フェスの音源もありますよって、
動画もありますよってね、
興味のある方は聴いていただけたらいいなという風に思うわけでございます。
つながりっすん夏歌ということでございましてね、
誠に英文にお誘いいただいてありがたいなというようなことでございます。
私ね、もっと宿フェスの話すると思ったやろ?
いろんなところでまた話しますさかいな。
また次やってくるからね、期待しておくなあれ。
そんなもんでよろしいですかね。
お疲れさんでございました。