1. 美術を面白く学ぶ MeeFM 学芸員の事件簿
  2. #004|ジョージ・ナカシマ|フ..
#004|ジョージ・ナカシマ|フリーエッジ|蝶形継ぎ手|ミニドカ収容所|ニューホープ|平和の祭壇|ミラ・ナカシマ|ジョージナカシマ記念館|高松・牟礼|竹中大工道具館|展覧会|12月13日まで|Knoll|美術館|ゴルコンド|軽井沢・聖パウロ教会|アントニン・レーモンド|彦川源太郎|ロックフェラー邸220点|一点もの|木工家具
2026-10-28 18:12

#004|ジョージ・ナカシマ|フリーエッジ|蝶形継ぎ手|ミニドカ収容所|ニューホープ|平和の祭壇|ミラ・ナカシマ|ジョージナカシマ記念館|高松・牟礼|竹中大工道具館|展覧会|12月13日まで|Knoll|美術館|ゴルコンド|軽井沢・聖パウロ教会|アントニン・レーモンド|彦川源太郎|ロックフェラー邸220点|一点もの|木工家具

MeeFM特別編。今回はニュースを離れて、木工家ジョージ・ナカシマ(1905–1990)一人の人生を掘り下げます。ワシントン州スポケーンに生まれ、建築家として出発したナカシマは、インド・ポンディシェリで精神的な転機を迎え、ミニドカ収容所では工匠・彦川源太郎から手道具と継手の技術を受け継ぎました。ニューホープの工房で貫いたのは、「一本の木に唯一の完璧な用途がある」という哲学。自然の縁を残すフリーエッジ、割れを留める蝶形の継ぎ手、平和の祭壇、そして娘ミラへ受け継がれる工房。締めくくりには、高松のジョージナカシマ記念館と、神戸・竹中大工道具館で12月13日まで開催中の展覧会など、日本で実物に出会える場所も紹介します。

この番組を作っているチームのアプリ「Moshilin」では、世界中のアート好きと音声ルームで直接話せます。ダウンロードリンクは番組の概要欄にあります。iPhoneの方は、Webブラウザから safekids.win にアクセスすればそのまま試せます。

💌 番組へのメッセージ募集中:感想や取り上げてほしい展覧会を、Spotifyのコメント欄から送ってください

♪今日の1曲:ジャズ(番組中盤)

■参照サイト

George Nakashima Woodworkers 公式/History & Team - https://nakashimawoodworkers.com/philosophy/history-team/

George Nakashima Woodworkers 公式サイト - http://nakashimawoodworkers.com/

Smithsonian American Art Museum/George Nakashima - http://americanart.si.edu/collections/search/artist/?id=5896

EBSCO/George Nakashima Biography - https://www.ebsco.com/research-starters/biography/george-nakashima

Wikipedia(英語)/George Nakashima - https://en.wikipedia.org/wiki/George_Nakashima

Wikipedia(日本語)/ジョージ・ナカシマ - http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョージ・ナカシマ

SFMOMA/George Nakashima - https://www.sfmoma.org/artist/George_Nakashima

Densho Encyclopedia/Gentaro Kenneth Hikogawa - https://encyclopedia.densho.org/Gentaro_Kenneth_Hikogawa

Knoll/The Soul of a Tree - https://www.knoll.com/knollnewsdetail/george-nakashima-studio

NGV/George Nakashima and Isamu Noguchi: A Life Between - https://www.ngv.vic.gov.au/essay/george-nakashima-and-isamu-noguchi-a-life-between/

Geoffrey Diner Gallery/George Nakashima Biography - https://dinergallery.com/artists/30-george-nakashima/biography/

Sworders/George Nakashima's Harmonies in Wood - https://www.sworder.co.uk/news/george-nakashimas-harmonies-in-wood/?pc=3453

Sceners Gallery/George Nakashima - https://scenersgallery.com/collections/george-nakashima

The Spaces/Seven destinations for George Nakashima furniture - https://thespaces.com/eight-destinations-where-you-can-worship-george-nakashima-furniture-in-its-element/

Nakashima Foundation for Peace/Altar for Peace - https://nakashimafoundation.org/project/north-america-usa-altar-for-peace/

Nakashima Foundation for Peace/Environments for Peace - https://nakashimafoundation.org/environments-for-peace/

桜製作所/ジョージ ナカシマ記念館 - https://www.sakurashop.co.jp/nakashima

The Noguchi Museum/Biography - https://www.noguchi.org/isamu-noguchi/biography/biography/

Geoffrey Diner Gallery/Isamu Noguchi Biography - https://dinergallery.com/artists/83-isamu-noguchi/biography/


■声質変換:つくよみちゃん公式RVCモデル(CV.夢前黎) https://tyc.rei-yumesaki.net/work/software/rvc/

■元の音声:本番組用に生成したDJナレーション音声

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:02
ミ・エフ・エム
ミ・エフ・エム
ミ・エフ・エム
ミ・エフ・エム
ミ・エフ・エム
ファクシーだけじゃなくてその背景にある思想がとてつもなく深いんですよ
まずは彼の出発点から見ていくとその思想の理由が見えてきます
えーと1905年にワシントン州のスポケーンという自然豊かな街で生まれまして
スポケーン
はい
ボイスカウトで森を駆け回るような少年時代を過ごすんです
でワシントン大学に進学するんですが彼が最初に専攻したのは実は林学だったんですよ
えっここでいきなり素朴な疑問なんですけど
森が好きで林学を選んだんだったらそのまま林業とか森の研究者に住めばよかったんじゃないですか
でも彼はその後すぐに建築へ転校してますよね
そこがすごく重要なポイントでして林学っていうのはどうしても資源の管理とか
経済的な効率っていう側面が強くなるんですよ
ああいかに木を早く育てて効率よく木材として切り出すかみたいな
まさにそうです
でも彼が求めていたのは自然の素材を使って空間を創造することだったんですよね
03:02
だからこそ建築の道へ進んでMITパサチューセツ工科大学で建築の修士号を取得します
MITですかなんか超エリートコースですね
その後フランスへ渡って近代建築の巨匠ル・コルビジェの建築にも触れます
そして1934年には日本へ渡ってアントニン・レーモンドの建築事務所に入るんです
フランク・ロイドライトのお弟子さんだった方ですよね
そうです
そこで前川邦夫とか吉村潤三といった
後に日本の近代建築を背負って立つ巨匠たちと同僚になるんですよ
一緒に軽井沢の聖パウロ教会の設計とか家具の製作にも携わりました
ちょっと待ってください
MITを出てコルビジェを見て日本でレーモンド事務所に入って前川邦夫たちと肩を並べるって
これ当時の建築家としては考えられる限り最高のキャリアじゃないですか
未来のスター建築家が約束されているような状況ですよね
間違いありません
巨大なプロジェクトを動かすエリート建築家への王道ですよ
でも彼はその道を自ら下りてしまうんです
えーなんでですか?
理由は当時の近代建築のシステムそのものに対する強烈な違和感でした
巨大な建築になればなるほど極端な分業家が進むじゃないですか
あーなるほど設計する人と実際にパテる人が完全に分かれるってことですね
そうなんですよ設計師は綺麗のオフィスで図面を引いて現場の職人に指示を出すだけ
彼は自分が本当に求めていた自然や素材との直接的な対話から遠ざかっているって感じたんですね
頭の中で完璧な図面を書くことと実際に手で木に触れることの間にすごく大きな溝ができてしまったというか
そうですそして1937年に仮に大きな転勤を訪れます
インドのポンディチェリにあるアーシュラムと呼ばれるヨーガの修行所の寄宿舎
ゴルコンドっていう建物の建築現場に監督として派遣されたんです
現場監督としてインドへ
ただここは普通の建築現場じゃありませんでした
彼自身が図面を引くだけじゃなくて自ら道具を手に取って現場の職人たちと一緒に汗を流して建具とか家具を作り始めたんですよ
これが彼にとって初めての本格的な家具作りの経験になりました
さらにここでヨガとか思想家のシュリ・オーロビンドの教えに深く出会うんです
美を喜ぶものを意味するサンスクリット語の名前スンダラナンダを与えられたのもこの時ですね
そこで建築から家具へシフトしていくわけですが
それって例えるならハリウッドの超大作映画の監督を辞めて絵の具の調合からキャンバスの貼り上げまで全部自分一人の手でやるソノの画家になったようなものですよね
その感覚に非常に近いです
スケールは小さくなるかもしれないけどその代わり隅々まで自分の魂を行き渡らせることができるというか
彼は当時の建築の分業体制を英語でディスインテグレーションつまり統合の崩壊だって批判してましたから
06:08
始まりの木材選びから最後の仕上げまで自分自身の手と目で完全にコントロールできる家具という小宇宙を選び取ったんです
自分の美学を一切妥協せずに貫けるサイズ感が家具だったんですね
でもせっかく見つけた自分の居場所が歴史の大きな渦に飲み込まれてしまいますよね
1942年第二次世界大戦の影響で日系人強制収容所に送られてしまう
ええ間補修のミニ動画キャンプですねここで少しだけ昨日の放送で取り上げたイッサム野口と比較してみましょうか
はい
同じ日系人の芸術家としてよく並び称されますけどその童貞は全く対照的なんですよ
野口はポストン収容所に自主的に収容されて
それ後も世界中を移動し続けましたよね
そうでしたね
素材も石とか金属で量産体制も活用してました
一方で中島は強制的にミニ動画に入れられて後にニューホープという土地に定住します
そしてひたすら木という素材に向き合って一点物の手仕事にこだわり続けたんです
移動と定住石と木量産と一点物
同じ収容所を経験しながらまるで見ている景色が違ったんですね
ただ中島にとってそのミニ動画での生活はただの悲劇では終わらなかったんです
皮肉なことなんですがこの鉄条網に囲まれた絶望的な環境が彼にとって人生最高の修行の場になりました
修行の場ですか
そこで彼は四国出身の伝統的な高尚彦川玄太郎という人物に出会って弟子入りするんです
収容所の中で師匠に出会ったんですか
そうなんですよ廃材とかキャンプの周りに生えてる木を切り出して家具を作りました
ここで中島は日本の大工道具
彼が道具と呼ぶものの精神性を徹底的に叩き込まれます
日本の大工道具って西洋のものとそんなに違うものなんですか
根本的な思想が違います西洋のノコギリは押して切りますけど
日本の道具は引いて切りますよね
西洋の道具は自然を力で征服するためのものですが
日本の道具は自然と対話するためのものだと言われてるんです
ここで今日の一曲をお楽しみください
今日はジャズでお届けします
彦川玄太郎は木を切るのに6時間かけるなら
09:17
その前に刃物を研いだり手入れするのに4時間かけるような職人でした
圧倒的な準備と道具への経緯ですね
釘を使わない伝統的な継手の技術もここで学びましたし
何より木にはスピリチュアルな命があるっていう日本大工の深い哲学を吸収したんですよ
木はただの材料じゃなくて生き物なんだと
その哲学を胸に1943年彼はペンシルベニア州のニュンホープの農場へ移住するんですよね
そして1946年から自身の工房を構えてついに本格的な家具作りをスタートさせます
彼の信念は一本の木には唯一の完璧な用途があるというものでした
ここで後に彼の代名詞となる数々のデザインが誕生するんですよね
木の自然な輪郭をそのままテーブルの縁に生かしたフリーエッジとか名作のコノイドシリーズとか
同時にノール社という大手メーカーと協業して量産ラインも手掛けつつ
一方でロックフェラー亭のために
220点にも及ぶ巨大な一定もののプロジェクトも制作してます
手の届く量産品と究極のオーダーメイド両立させていたんですね
ただここでどうしても掘り下げたい技術があるんです
彼を象徴する長型の継手いわゆるバタフライジョイントなんですけど
きましたねバタフライジョイント
ふつう家具を作るときって木の節とか割れ目って欠陥品として切り捨てるか
見えないように隠すのが当たり前じゃないですか
なんで彼はわざわざその割れ目にリボンのような形の木片を埋め込んであんなに目立たせたんでしょうか
まず物理的な仕組みから説明しますね
木っていうのは切られて家具になった後も生きてるんですよ
呼吸をして湿気を吸ったり吐いたりする
その過程で木が収縮して内部にものすごい張力が生まれるんです
それに耐えきれなくなったときにパチンってひびが割れるんですよ
生きているからこそ動いて割れてしまうんですね
その通りです 一度割れた木はそのままにしておくとどんどん割れ目が広がっちゃうんです
そこで彼は割れ目をまたぐように別の固い木片をぴったりとはめ込んだんですね
それが超継手です 真ん中が細くて外側に向かって広がるあの可愛らしい形ですね
あれはただのデザインじゃないんです
外側に広がる羽の形が木の繊維を物理的にがっちりとロックしてそれ以上割れ目が広がるのを食い止めてるんですよ
なるほど完全に力学的な理由があったんですね
なんか外科手術の方法みたいですね 傷口が開かないように縫い合わせてるっていう
まさに方法です そしてここからが彼の哲学の凄みなんですけど
彼は前夜日本の民芸の思想に影響を受けていまして
木の傷や割れを隠すべき欠点ではなくて自然が刻んだ足跡
12:01
つまりその木が生きてきた過酷な歴史そのものだと捉えたんです
隠すんじゃなくて癒し補強することでその傷跡そのものをデザインの主役に消化させてしまった
せい森で傷つき倒れた木に家具としての第二の人生を与える
不完全さの中にこそ宿る美しさを彼はこのバタフライジョイントで表現したんです
分断されて割れてしまったものを別の形で繋ぎ合わせて新しい美しさを生み出す
これってなんだか人間同士の関係とか異なる文化の関わり方そのもののように聞こえますね
本当にそうですね違う背景を持つ者同士が出会って摩擦や割れが生じる
でもそこに適切な継手があればそれは一つの美しい長話になるんです
実はですね私たちが作っている言語交換アプリのモッシュリンもまさにその継手になりたいっていう思いで作られてるんですよ
ああなるほど
モッシュリンは世界中のネイティブスピーカーと音声ルームで話せるアプリなんですけど
リアルタイムのAI翻訳と字幕表示がついているので言葉の壁という分断を恐れずに対話ができるんですよね
素晴らしいコンセプトですよね現在20以上の言語に対応してるんですよね
はい例えば今日お話ししている中島のフリーエッジの魅力について海外のモッコファンと直接語り合ってみたり
ニューホープの現地の人に当時の工房の雰囲気を聞いてみたり
言葉が通じないからって諦めていたコミュニケーションがモッシュリンを通せばつながるんです
いいですね
ダウンロードリンクは番組の概要欄にありますし
iPhoneの方はwebブラウザからsafekids.winと入力するだけで手軽に試せますので
ぜひ異文化との対話を楽しんでみてください
さて対話によるつながりという意味で言うと
中島の晩年の活動はまさにその集大成と言えるんですよ
1984年彼は巨大で信じられないほど完璧なウォールナットの丸太と出会います
この丸太との出会いが彼の人生の最終章
世界の大陸ごとに平和の祭壇を作るっていう壮大なプロジェクトへとつながっていくんですよね
はい1986年にはニューヨークのセントジョンザ・ディファイン大聖堂に
その第一号となる祭壇が設置されました
そして彼自身は1983年に日本政府から随法書を受賞して
1990年にこの世を去ります
でもその後も娘のミラ中島さんが工房と哲学を受け継いで
平和の祭壇プロジェクトは現在も続いてるんです
ここでふと考えたんですけど
平和のモニュメントっていうと
普通は空高くそびえ立つ塔とか
見上げるような巨大な彫刻を想像するじゃないですか
そうですね圧倒されるような
なんで彼は平和の象徴としてあえてテーブルを選んだんでしょうか
モニュメントって権力やイデオロビーを象徴して人々を見下ろすものですよね
15:03
でもテーブルは人々が集い向き合うための平らな場所なんです
ああなるほど
国籍とか思想文化が違っても
同じテーブルにつき同じ高さで顔を合わせて対話をする
割れ目を長型の継ぎ手で結びつけるように人々の分断を対話でつなぎ止め
彼にとってテーブルは単なる家具ではなくて
平和のためのプラットフォームだったんですよ
木の割れ目をつなぐことと世界の分断をつなぐことが
彼の中では完全に血続きだったんですね
その話を聞くとお聞きなあなたも実際に彼の作品をこの目で見て
触れてみたくなりませんか
実は日本国内で彼の実物作品を体感できる場所があるんですよね
香川県高松市の
群れという場所にある
常治中島記念館ですね
はい
ここは1964年以来のパートナーであり
中島が世界で唯一その技術を認めて協業した桜製作所が2008年に設立しました
アメリカのニューホープの工房以外で
彼の作品をこれだけまとまって鑑賞できる場所は世界でもここだけなんですよ
しかも今なら神戸の竹中大工道具館でも
12月13日まで特別な展覧会が開催されているんです
彼らミニトカ収容所で
彦川玄太郎から学んだ手道具の精神性とか
木と対話する息遣いを肌で感じるにはこれ以上ない機会ですね
はい ぜひ皆さんも足を運んで
木に宿る精霊 彼が呼ぶところの子玉を
ご自身の目で確かめてほしいと思います
さて 今日全体を貫くテーマは
木に第二の人生をでした
彼が輪郭から建築へ そして陰へと辿った道のりは
一見遠回りに見えますけど
全ては自然との直接的な対話を求める切実な旅だったんですね
ええ そして不死や割れといった不完全なものを愛して
そこに第二の人生を与える視線
なんか効率や完璧さばかりが求められる現代において
傷つき壊れたものをどう扱うかっていう彼の哲学は
私たちの生き方そのものに鋭い問いを投げかけている気がします
言葉や文化の壁を越えて
そういったアートの感想をシェアするツールとして
先ほど紹介したもし輪もぜひ活用してみてください
違う視点を持つ人と話すことで
あなたの中にも新しい長兄の継手が生まれるかもしれません
今日の特別編の感想や
次はこんな作家や展覧会を特集してほしいというリクエストがあれば
ぜひスポティファイのコメント欄から送ってくださいね
お待ちしています
最後に皆さんに一つ問いを投げかけて終わりにしたいと思います
お聞きのあなたの日常生活の中にも
傷があったり古くなったりして不完全だなって思っているものはありませんか
もしそれにジョージ・ナカシマのような眼差しを向けて
長兄の継手を当てたとしたら
18:01
そのものはどんな第二の人生を歩み始めるでしょうか
ぜひゆっくり想像してみてください
それではまた次回の放送でお会いしましょう
18:12

コメント

スクロール