第二の人生への決断
お疲れ様です、松野です。今日は、1年半ちょっと前に、43歳の時でしたね、第二の人生を選んだ話をしようと思います。
今は行政書士として仕事をしているんですけど、その前は約28年間航空自衛官として働いていました。
なんでそのタイミングで辞めたん?って結構聞かれるんですよ。今日はその理由を順番にお話ししたいと思います。
僕が自衛隊を辞めたのは、さっきも言った通り43歳の時なんですけど、周りからは、なんで今辞めるの?とか。
あと10年ちょっとしたら定年やん?って結構言われましたね、同僚とか上司とかにも。
ちなみに僕が退職した当時の定年は56歳でしたね。今はさらに延長するような流れになってますけど。
安定した仕事を辞めるわけですから、そう思われるのも当然だと思いますね。
でも僕の中では辞める理由がちゃんとありました。
阪神淡路大震災と自衛隊入隊のきっかけ
僕は兵庫県神戸市の出身なんですけど、中学校1年生の時に阪神淡路大震災がありました。
1995年の1月17日ですね。
確か前の日が祝日で、剣道の試合があったんですよ。
休みなのに試合かと思って帰ってきて、その日は寝て、翌日朝5時半ぐらいに一回ふっと目覚めたんですよ。
これは後から聞いた話なんですけど、普段そんな時間に起きひん人が目覚ましたって話結構あるんですよね。
近所の犬もめちゃめちゃ吠えてて、もしかしたら人間とか動物とかに本能的な危険察知みたいなのがあるかもしれないですね。
地震があって、僕はもうドーンって2段ベッドの上で寝てたんですけど、ベッドが部屋中はね回るぐらい揺れて、死ぬかもしれへんなと思いましたね。
本気でそう思いましたね。
ただね、幸い家族6人、両親と姉と僕と弟2人、6人家族だったんですけど、誰ひとり大きな怪我もなくてね。
家は被害を受けましたけど、命があっただけでも本当ありがたかったですね。
その後、災害派遣に来てくれた自衛隊の方々を見て、かっこいいなと思って。
人を助ける仕事ってすごいなって、もうシンプルにそう思ったんですよね。
その時に僕も自衛隊に入ろうと思ったんですよ。
当時は自衛隊生徒っていう制度がありまして、高校に通いながら自衛官として生活する制度みたいなのがあったんですよ。
中学校を卒業して、試験を受けて入るんですけどね。
中学校を卒業して、埼玉県の熊谷っていうところにその学校があったんで、基地の中にあるんですよ、自衛隊の。
熊谷って天気予報で日本一暑い町なんてよく出てきていたとこなんで、知ってる人も結構いらっしゃるかもしれないですね。
ほんま暑かったし寒かったですね。
15歳でそこに入って、自衛官としての人生がスタートしました。
そこから約28年間、自衛隊員として勤務をいたしました。
自衛隊での経験と復興への思い
有名どころでいきますと、東日本大震災はもちろんですし、能登半島地震だったりとかもそうですし。
山林火災とか離島への急患空輸とか、ほんまにいろんな災害派遣に携わらせてもらいました。
直接的なものとか、間接的なものとか含めるともう何百件という災害派遣に携わらせていただいたと思ってます。
ただ途中からあることを感じるようになりましてね、自衛隊って災害直後ものすごい力になれるんですよ。
救助したり物資運んだり、行方不明になった方を捜索したりね。
ある程度落ち着いたらもう帰っちゃうんですよね。
これ制度としては当然なんですよ。
地域の経済回して行かなアカンから、ずっと国が何かしますよというわけにもいかないんで。
それは頭ではわかってるんですけど、ただ僕の中ではもっと最後まで関わりたいなみたいな、そういう思いがちょっとずつ膨らんでいきまして。
行政書士を目指した理由
思い返せば阪神淡路でも僕が復興してきたなって感じたのは約2年後だったんですよね。
阪神高速道路っていう高速道路が神戸の町を、海沿いをバーッと走ってるんですけど、
それが阪神淡路の時に倒れてたんですよね。
高速道路が丸ごと倒れてるとか、どうしたらええねんとか思いますよね。
それが全部直して開通して、
その開通した阪神高速道路を走る車の中に乗ってて、
ようやくここまで戻ってきたんやって思ったのを覚えてますね。
災害から町が元に戻ろうと思ったら、道路とか橋とか建物のインフラが復旧せなダメなんですよね。
その中心にいてはるのが建設業界の方々なんですよ。
ただ建設業界は人手不足、担い手不足、資材価格の高騰とか厳しい状況で、
国とか自治体とかも補助金とか制度とかいっぱい用意してくれてるんですよ。
でも職人さんって制度調べたり申請したりする時間がないんですよね。
そんな時間あるんやったら1件でも現場に行きたいし、腕磨きたいしってなると思うんですよ。
そこにギャップというか、国や自治体と現場との感覚の違いがすごいあるなと思いました。
そういうのを埋められる仕事が行政書士じゃないのかなと。
建設業を支えることは結果として復興を支えることにもつながる。
そう思って行政書士を目指しました。
行政書士としての新たなスタート
行政書士は公務員の方だと、経歴によって試験を受けなくても登録できる方っていらっしゃるんですよね。
ただ僕は現場職だったので対象外でした。
自衛官の中でも職域とか部署によっては登録できる方もいらっしゃるみたいなんですけど、
僕はバリバリの現場職だったのでダメでしたね。
ちゃんと行政書士試験を受けさせていただきまして、合格してその後2024年の12月に自衛隊を退職いたしました。
2025年1月から行政書士としてスタートしております。
独立後の現実とやりがい
ただ現実は甘くなかったんですね。理想と現実というか。
営業とかまずしたことなかったし、ホームページももちろん作ったことないから、
Googleで調べながらどうやってやったらいいんやって一生懸命コツコツホームページ作ってブログ書いて、
あとは地域を回って営業かけて、毎日試行錯誤です。
でもおかげさまでちょっとずつお問い合わせもありがたいことにいただけるようになってきているので、
派手ではないんですけれども地道に一歩ずつ前に進んでいる実感ってなりますね。
そして何より毎日毎日めちゃめちゃ楽しいです。
思い通りにいかないこともいっぱいあるんですけど、やっぱり思わぬところで思わぬ話が来たりとか、
自分がやってたことがきっちりと結果を出したりとか、そういうときはものすごい気持ちよさがありますね。
これはもう雇われてお仕事をしている人だと感じにくいのかもしれない。
挑戦を考えている方へのメッセージ
僕自身43歳で全く新しい世界に飛び込みました。
だから転職したいとか、独立したいとか、副業をやってみたいとか、何か資格取ろうかなとか、
そういうふうに思っている方には是非是非思いを遂げていただきたいと思いますし、
あと僕は今年45歳になるんです。決して若くはないんですよね。
ただ遅すぎるとも思ってないんですよ。やっぱりまだ体動くし、頭もある程度働くので。
だから何が言いたいかというと、才能はもちろんあるに越したことはないんだけど、
それ以上に行動が大事かなと、動き始めないとどうにもならないっていうのはあると思うんですよね。
もちろんお金を準備したりとか、リスクを考えて逃げ道を作っておくとか、
そういうことをするのは大事だと思うんですけど、ただ完璧に準備を整えるっていうのを目指してしまったら、
その完璧なんていつまでも多分来ないんですよね。
実際やってみて、こんなのあるんやってめちゃくちゃいっぱいあるんですよ。めちゃくちゃ。
もちろん辞める前に散々自分の中で調べ尽くしたつもりではあるんですけど、
実際に経験してみないとわからないことが山ほど出てくる出てくる。
だからある程度の準備は必要かもしれないけど、それができたら一歩踏み出してみるっていうのは大事だと思います。
その一歩がその人の人生を変えることだって全然あると思います。
今後の展望と共感の呼びかけ
最後に申し上げたいのが、僕はまだ成功した人間ではないです。
今も挑戦の真っ只中です。
だからこの番組でも成功談を話すとかそんなんじゃなくて、
今まさに試行錯誤しているその過程っていうのをそのままお届けしていこうと思っています。
もし同じように何かに挑戦してるよって方がいらっしゃったら一緒に頑張っていきましょう。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
それではまた次回の配信でお会いしましょう。