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おはようございまーす。あなた色の人生を、ライフカラーコーディネーター藤田香織です。
はい、今日はですね、8月の23日です。
マヤ暦では、金47の日、青い手、黄色い太陽、音が8の日です。
駅では三天大地区というですね、今日は4日間のうちの3日目となりました。
はい、ちょっといろいろこうお話ししていこうと思うんですけれども、うーん、うーんてですね、
あの、まあ、黄色い太陽の13日間というところで言うと、黄色い太陽っていうのは、
太陽って、そもそもこの世界には唯一無二ですよね。本当に一つしかありません。
月も一つしかないけれども、太陽も一つです。
だから、やっぱり特に昼間に出るというか、朝から、朝ね、太陽が昇ったらその日の始まりだし、
太陽が沈んだらその日が終わるっていう風に捉えていくと、
太陽があるということはですね、うーん、そうだな、この世の始まりという風に言うと、主人公ということなんですよね。
で、ちょうど夏ってこの季節っていうのは、ホロスコープ、西洋先生術で見たときも、
しし座という星座が非常に強くなります。
しし座も守護神というか、守護している、しし座を守護している星というのか、そういったものが太陽という風に言われているので、
非常にやっぱりこの季節に黄色い太陽の13日間が回ってくるっていうのは、
またさらにですね、あなたというか、自分という存在っていうところにフォーカスをしないと、
しないといけないというかですね、するような流れっていうのがどんどん来てるんじゃないかなという風に思います。
でもですね、私ちょっと勘違いしてたことがあって、
ずっとっていうか、ここ最近特にそうだったなと思うのが、自分が主役で生きることっていうことに関して、
私が満たされていることが重要なんだという風にずっと思ってたんですね。
でも大事です。まずはよく言いますよね、チャンパンタワーの法則とか言って、
自分が満たされていないと人を満たしてあげることはできないっていうのはよく言われることだし、
本当それそうだなと思ったりもします。
幸せっていうのは、自分がカスカスなのに人を満たしてあげることなんかできないんだよと。
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ガソリンがもうほぼほぼガス欠に近いのに、それでも人のためにっていうのはできないんだよっていうのは、
それは本当にそうだなというふうに思います。
だけどですね、その幸せであるとか、なんとかっていうことを自分のためだけに使いすぎると、
これはなんか本当にが、が欲っていうところにつながっていくんです。
自分さえ良ければいいっていう、ちょっとこう間違った方向に行きやすくなってしまいます。
私はちょっと、なんかそういう傾向にあったのかなっていうのを自分を振り返ってみてすごく感じました。
感じてました。最近特にですね。
結局人って幸せになりたいじゃないですか、私たちみんな。
みんな幸せになりたいと思っているし、より良くなっていきたいと思っているんですけれども、
でもですね、それって結局は自分さえ満たされておけばいいだと、本当の意味で幸せじゃないんですよね。
確かに自分が好きだと思うことやるとか、自分が欲しいと思っているものが手に入るとか、
自分が望んでいる現状が作り出されていくっていうことに対して非常に喜ばしいことですし、
そこを実は目指したいというふうに思っているし、満たされていきたいと思っているんですけど、
でもじゃあ本当にそれだけでいいですかって言われた時にですね、やっぱりそうじゃないんですよね。
自分がすごく満たされていて、自分が幸せな状態っていうのはベストなのかもしれないって思っているかもしれないんですけど、
全然実はそうじゃなくて、本当の意味で幸せっていうのは他者に貢献していくことなんです。
自分自身ができることで他者を満たせる状態っていうのが本当の幸せなんだなぁと思います。
私すごいそこ勘違いしてたなぁと思って。
だから、これすごく難しいなと思うんですけども、子どもがいるとか、いろんな状況がありますよね。
介護しているとか、それを理由に何もしないっていう人。
これも本当に極端だからですね、あれですけど。
あんまり良くないのかなってそれを言い訳にして、自分が本来したいことを抑えるとか、
そういったのはあんまり良い状態とは言えないけれども、
でも、私もね、これよくありますけどね、
例えば、何か誘われるとします。
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かおりさん、何月何日の、例えば土曜日にこういう勉強会があります。
ぜひいらっしゃいませんかっていうお誘いがあるとします。
以前の私だったら、例えばそこに子どものサッカーが入っていようが、
何だろうか、絶対言ってました。
行きます!って言ってね、言ってました。
やります!行きます!ってやってたんですけど、
なんかこう、よくよく考えるとっていうか、本当に自分の気持ちを感じた時にですね、
私、あらって、これでいいのかな、みたいな気持ちっていうのは、
実はどこかにずっとあったんですよね。
そうやって自分の本当の気持ちを感じた時に、何を思っていたかっていうと、
やっぱり今しかできないことっていうのは、子どものこと。
うちは昨日ちょうど長男が誕生日で12歳を迎えたんですけれども、
でも12歳の彼にしかやっぱりできないことってあります。
昨日はちょうど旦那さんもお休みだったので、家族みんなでちょっと出かけたりとかしてたんですけども、
こうやって一緒に出かけてくれるのなんか、もしかしたら来年ないかもしれないんですよね。
だからやっぱり今しかないこの時っていうのを逃したくないなっていう気持ちもあります。
だからそれを感じた時にですね、それがあるから、私そのお勉強会にはすみません、いけませんとかって言う時に、
昔の私だったら、もしそういうふうに言ってる人がいたら、
子どもを言い訳にして自分のやりたいことをやらないっていうのはもったいないですよとか言ってたと思うんですよ。
だけど、それも経験してですね、そういう自分も経験してみて分かったことは、
今しかできないことを大切にすることも自分の幸せの一つなんだなっていうことを思ったりします。
なので、本当に幸せの定義って一体何だろうっていう、そういうところからなってくるんですけどもね、こういう話をしていると。
だけど本当の自分の気持ちに従うことっていうのが、まず一つはすごく大事なことなんだなーっていうことをやはり感じます。
なので、皆さんですね、本当に、何だろう、他者貢献できる状態に自分をいつも整えておくことっていうのが、今のところですね、今のところで言うと、
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幸せの、私の中では定義なのかもしれないなっていうのを最近すごく感じています。
自分さえ良ければいいとか、私もそういうつもりで話をしていたわけじゃなかったんですけれども、
でも私が思ってた幸せを目指した時に、
これ、私さえ良ければいいにちょっとなってるなっていうのをちょっと思ったりしました。
だからこそ、今は、
自分さえ良ければいいんじゃなくて、
自分が幸せなだけの状態って、一瞬ちょっと幸せなのかもしれないですし、
自分が今までやりたいと思ってたことがどんどん叶ってるっていうので、
すごいなーって、動けば変わるんだなーって思うかもしれないんだけれども、
何かの犠牲の上に成り立っているのであればです、それが。
例えば、自分が思い通りに動くことによって家族に我慢をさせているとか、
子供に我慢をさせているとか、
お母さんがやりたいことをやってるんだから、
あなたたちはもう、例えば極端な話、おにぎり1個で我慢しておきなさい、みたいな。
何かそういうふうな上で成り立っている幸せなのだとしたら、
それは本当の意味で幸せじゃないなーということなんですよね。
だから本当すごく、
そうですね、この2,3年で私もいろいろな経験っていうか、
そういう時もありました、自分が極端な、
おにぎり1個で我慢してくださいとかそこまではないけれども、
何か子供の成長よりも自分だっていう感じで、
自分自分自分って優先してた時期っていうのもありました。
その時ってどうだったのかなって振り返ってみるとですね、
やっぱり家族は笑ってなかったと思います、本当の意味ではですね。
でも、自分はどんどん邁進していっているように感じていましたし、
でもね、やっぱりそういう時期も必要だったんだなと思います、経験として。
なので、なんか本当私まだまだ経験っていう意味では、
自分がですよ、足りてないなーって思うところいっぱいあるので、
だから良いも悪いもいっぱい今から経験していくんだろうけれども、
一つ、そこは経験できてよかったなーと思う部分でもあります。
だからなんかこうね、本当にそういった意味で見ると、
人を見てるとですね、
あ、この人今、例えばですよ、あんま良くない状態だなーとか、
なんかこのままいったらこうこうこうなっちゃうだろうなーとか思ったりする時あるじゃないですか。
だから一つアドバイスとして、こうこうこうじゃないかなと思いますとか、
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これやめた方がいいと思うよーとか、
なんか特に友達とかだったら言っちゃったりしますよね。
だけど、なんかこう一つ大きな視点で見ていくと、
その人にとっては今その状況が必要なのかもしれないということなんですよね。
例えばなんかこう私の言葉一つで、
ああそっかーって気づいて、こうなんか方向転換してすごく良くなっていくっていう、
これすごい理想的なパターンだなーと思うんですけれども、
でもなんかこう大抵の場合ですね、
そういった時、その状況、友達がそういう状況の時っていくら言ったとて通じないことってよくあるんですよ。
特にパターンとしてあるのが恋愛です。
恋愛って、なんか好きになった人のことをもうとにかく好きになるじゃないですか。
で、周りはでもやめた方がいいってあの人とかって言ってたとしても、
いや、そんなことないよって言って、なんかこうどんどんどんどんのめり込んじゃうっていうのはよくありませんか。
で、例えばそれでお付き合いをしてみるとか、もっと言って結婚するとかってなって、
で、結婚してみたけど、やっぱり2,3年後うまくいかなくなって、
で、そこで初めて気がつくんですよね。
あの時誰々さん言ってたよねとか、誰々ちゃん言ってくれてたよねみたいな。
で、当時言ってくれてた誰々ちゃんに、私やっぱり離婚することにしたよとかって言った時に、
ねえ、やっぱり言ったやろって、私ずっと前から言ってたやないとかって言われてもですよ。
今ならわかるけど、その時はやっぱりわからなかったっていうこれってよくありません?
自分もそういう経験あると思うし、そういう似たような経験ですね。
その当時言ってくれてたのに、わからなかったなあみたいな。
でもやっぱり経験してみて、わかったなあっていうこと。
そのことが大きくなればなるほど、自分に受けるダメージもでかくなっちゃうから、
あんまりしたくない経験だったっていうのもあるかもしれないんですけど、
でもやっぱりその人にとってみれば必要な経験だったっていうことなんですよね。
だから理想は周りの人からの助言でピタッとやめれることだったり、
引き返せることっていうのが理想なのかもしれないけれども、
全てがそうじゃなくていいというか、それも含めて私たちの経験の一つだからこそ、
私はいいと思ってます。別に離婚とか。
一見良くないように感じる経験。
例えば病気になるとかもそうだし、怪我をするとかでもそうだし。
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命を取られる以外のことっていうのは、
本当に2歳の子が道路を横切ろうとしている、これも経験だよね。
それは違うじゃないですか。
それはもう全力で止めないといけないんですよ。もう本当に体当たりでね。
だけど、そうじゃない場合です。
ある程度自分で考えて行動ができるっていう風になった時には、
1つ経験だよねって見守っていくっていうのも必要だし、
そして自分自身も経験の一つだと捉えて、
それと向き合っていくっていうのは大事なのかなというふうに思います。
だから全てですね、奪うっていうか、全て
こちら側がどうこうしてあげられるような問題でもなかったりもするので。
私もそういう意味では、
自分のことに全振りして、いろんなことを抑えつけてたっていうこの経験は、
この2,3年の間にやりましたけれども、
この経験は、旗から見るとすごい傍若無人だなとか、
って思われてたかもしれないし、無理してるなとか、
いやいや今それ大事なことじゃないでしょって思われてたかもしれないけれども、
私にとってはすごく必要な経験だったんだっていうことなんですね。
だから皆さんの中にも大なり小なりそういうことっていうのはあると思うので、
よかったらいろんな経験をしつつ、
糧にして生きていければいいなと思います。
そして最終的には他者貢献ができる自分であるっていうことが、
幸せの定義なんじゃないかなと、今の私はそういうふうに感じています。
ということで久しぶりのラジオ、今日も聞いていただき本当にありがとうございます。
今日は私は中級講座をしに今向かっております。
本当で中級講座、前の中級講座は非常に奥が深く、
でもこれ学ぶと日々のいろんな諸々にも役立てることができるので、
よかったらですね、初級講座も今随時開講しております。
動画受講であればいつでも受けていただけます。
Zoomまたは対面となると、ちょっと私とに手を合わせないといけないので、
少しお時間いただくこともあります。
けれどもマヤですね、本当にねマヤンレメディちょっとすごいことになりそうでですね、
またちょっとお知らせしたいと思うんですが、すごいまたもったいぶってますけどね。
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すごいことになりそうで、
みんなねこれもう本当に特に一家に一人マヤンレメディストっていうね、
ちょっと合言葉で今やらせていただいてますけれども、
学びたいなぁと思われる方、ぜひ今のうちに学んでおいていただきたいと思います。
はい、それでは皆さんいつも聞いていただきありがとうございます。
良い一日をお過ごしください。失礼いたします。