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こんにちは、あなた色の人生を藤田薫です。 こんにちは、あなた色の人生を藤田薫です。
本日は、2025年の11月13日。 今日は、マヤ暦ではですね、234の日。
えーとね、何だっけ、白い魔法使い。 白い風。音が13の日。ということで、
はい、あの今日はね、 白い風の13日間の一番最後の日です。
はい、ギフトの日と言われている日でございます。 今日はですね、私は
大分県中津市の方に来ております。 今も帰っている途中なんですが、今ですね、あの皆さんご存知ですか?
八幡県っていう場所があるんですよ。 中津市になるのかな、八幡県は。
中津市ですね。大分県中津市、八幡県っていうところがあるんですけど、 今そこを通って
帰っているんですね。行きもこの道で来たんですけども、 あの福岡から中津に行くまでの道って、北九州を通っても行けるし、
下に、下にというか熊本方面に降りて、そこから大分堂に乗り換えて、
で、大分堂から来るという道もあってですね。 時間としては北九州の方が早いんですけど、ちょっと私は
今日はね、下というかその下に熊本方面に一旦降りて、 大分堂の方から回ってきております。
で、そうすると八幡県っていうところを通るんですよ。 でね、八幡県ってめちゃくちゃね、素敵なところでね、またこれ。
あの、特にやっぱ今の時期、紅葉がね、めちゃくちゃ綺麗です。 なんか山の岩肌が見えて、紅葉もこうしててっていう、なんかもうとても
情緒的な風景、景色が広がっていまして、 まあそこをぼんやり眺めながら、今帰ってきてるので、とってもいい気分なんですけども。
そうやってね、こうあの、お板まで来て、今帰ってるんですけど、 今日は何をしに来てたのかっていうと、
堀越家人さん、元衆議院議員の方で、僧侶でもあり、 作業療法士でもあるというね、とてもなんかいろんなお顔をお持ちの方
なんですけれども、堀越家人さんのお勉強会に、 今日は参加させていただいておりました。
あの、家人さんにお会いするのは実は2回目で、 あの、1回お話し会をね、聞きに行ったんですね。
で、その時にすごく、なんだろう、話の引き込まれたというか、話に引き込まれたし、 あの難しいなと思っていた憲法とかね、そういったあの、なんか
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お話、政治のお話っていうのをすごくわかりやすくしていただいて、 なんかまたね、いつかお会いしたいなぁと思っていたところに、
今日お誘いがありまして、行ってくることになったので、 家人さんのところに、ちょっと今日はね、お勉強しに行かせていただきました。
で、まあそのシェアと言いますか、あのね、今日ちょっと感じたことを、 今日お話しさせていただきたいなと思うんですけれども、
まあこの日本ってすごく素敵な国だなと私は思っています。 あの、やっぱりさっきも言ったみたいに、こうやって四季折々の景色があったり、
日本独特の文化っていうのがあったり、 やっぱり島国だからこそ守られてきたものっていうのがたくさんあるっていうふうに言われていて、
やっぱり、そしてこの日本人という、日本人がしか持ってないDNAっていうのがあるんですよね。
で、そういうのもやっぱり島国だったからこそ、この文化だったからこそ、 この気候だったからこそ、守られてきたものなんじゃないかなって思うんですね。
だから私はやっぱり日本人として生まれてきて、日本にこうやって生きていて、なんか漠然としてますけど、
なんかこう、日本らしさ、日本人としての誇りみたいなものっていうのは、ずっと守っていかないといけないものなんだなって、
なんかやっぱりこの年齢になって、少しずつ考えるようになりました。
で、そういうふうに思っていると、やっぱりなんかそういうお勉強の機会っていうのもたくさんこう、
与えていただけるようになりまして、今回もそうやって行ってきたわけなんですけども、
今日はね、水の安全と、食の安全と、そういったところをね、お話をいただいたんですね。
で、自分もなんとなく知ってたっていうことだったりとか、
あ、それってそういうことだったんだとかね、改めて今日また気づくことだったりとか、いろんな視点で物事を見ることっていうのが今日はできたなと思っているんですけども、
なんかあの、私ですね、なんか今日すごく聞いてて、あのいいなって思ったのが、ケニンさんがよくこれ、あのその授業の中でおっしゃってたのが、
200%の力で相手を解き伏せるよりも、20%の力で繋がれる人、横の繋がりってやつですね、その分かり合える人たちと繋がっていくことの方が社会は変えられるっていうことをおっしゃってたんです。
あのそっくりそのまま同じ言葉じゃないんですけど、まあそういうニュアンスのことをおっしゃってて、私ね、本当にこれすごく意味がよくわかるなと思ってこの話を聞いてたんですけども、
っていうのは何でかっていうと、私も、私もっていうか私は、その200%の力で相手を解き伏せようとしていた時があったからなんですね。
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なんか自分がこうやって学んだりとか、え、これってこうなんだとか、あと前歴を学び始めた時もそうだったなと思うんですけど、
あの本当にね200%の力で、例えば旦那さんとかね、に、あの解き伏せようとしてました。なんかただ伝えるんじゃなくて、わかってほしいっていうね。
理解してほしい、わかってほしいっていうこの気持ちですごく人と接してたなっていう、そういう時期が私はあったなっていうことをすごい自覚してるんですよね。
だからそのケイニンさんの200%の力で人を解き伏せるよりも20%の力で、あのその今わかり合える人たちとまずはつながっていくことの方が大事なんだっていうこの言葉の意味が
本当に重みがあって、すごくなんかね、あのいや本当そうだよなって、改めて思ったことだったんですけれども、
でね、なんかこれね、あの
なんていうのかな、まあこれ極論ですけど、みんながこの考え方ができるようになったら、きっと恐れとか怒りとかそういったことっていうのは社会の中からすごく減るんじゃないかなっていうことも同時にちょっと今日は思ったんですけれども、
なんかね、やっぱりこうなんだろうか、人っていろんな考え方があるじゃないですか。
なんか一つにとってみても、なんていうかな、例えば一つの事実があったとしても、例えばこれ地球規模で見ていくと台風っていうやつ、台風って人間にとってはすごく嫌じゃないですか。
私もやっぱ台風ってこう、まあ何にもその日予定がなければ別にいいですけど、やり過ごせますけど、
例えばなんかどっかに行こう旅行に行こうと思ってる時に台風がちょうどぶち当たりますみたいになって、じゃあなんかね今度はもうあの何その飛行機が動かなくなるんじゃないか、新幹線が止まっちゃうんじゃないかってするとすごくね、みんな大変なことになっちゃうっていうか、
みんなね、なんか予定も崩されますし、なんかあの人間にとってはやっぱりその被害、あの家が損壊してしまうんじゃないかとか、なんかこれここが崩れてしまうんじゃないかとか、なんかが飛んできて誰かが怪我したりとか、もう本当最悪の場合なくなることだっていうのもあるわけで、
やっぱそうやって、なんか人間にとってはいいものではないっていうふうにやっぱり見てますよね。台風来るの?みたいな、なんかねそんなふうなニュアンスありますけども、でも自然界から見るとですよ、台風っていう一つのものであっても人間にはそういう側面を見てるけど、
自然界から見たら特に海ですね、海なんかはなんかこうあの水、海水がぐるっとかき混ぜられるらしいんですよ、台風が来ることによって。そうするとなんか温度、海水の温度が上がりすぎないというか、そのぐるんとかき混ぜられることによってなんかリセットされるそうなんですね。
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それによって珊瑚が守られるっていうなんかそういうのがあるみたいで、またこうあのぐるっとかき混ぜられることによって下に沈んでた海の栄養分だったりとかっていうのも掘り起こされて、魚だったりいろんなものの栄養がそこでこうなんかまたこうね再び復活するじゃないけれども、そういうふうに言われていることっていうのもあるんですよ。
だから台風が来なかったら困るっていうところもあるわけなんですね。珊瑚が死滅してしまうっていう。確かにそれってすごい大打撃ですよ。なんか本当こんなこと言ったらいかんと思うけど、でも本当に事実、例えば人間の家が壊れるとか車が壊れるとか、それによって修理代がかかるとかよりも珊瑚が死滅しちゃうことの方がやばいんじゃないかってちょっと思ったんです私。
で、なんかそういったふうに一つの物事っていうのを、私はこう見てますよっていうね、それが全然あってもいいと思うんですけど、でもそれを溶き伏せようとすると全然違う角度から見てて、全然自分と違う意見の人をそうじゃないでしょうって、こうでしょでしょってこれが正しいでしょって溶き伏せることっていうのはやっぱり争いを生むんですよね。
で、それが大きくなっていって、やがて戦争とか、争いの大きな戦いとか、そういったことにつながっていくわけだから、やっぱり物事っていうのはいろんな視点でいろいろな方向から見ていく。
で、私はこう思うよ。で、あなたはそう思うんだよねっていう、この考え方ができた時にきっと丸くなっていくんじゃないかなって思います。
だから全くもって、全然違う角度から見てる人がいたとして、もう全然理解できませんって思ったとしても、それはそれっていう感じで置いとくことができると、なんか自分もかき乱されなくて済むよなっていうね。
なんであの人はわかってくれないんだろう。なんで私のやり方を理解してくれないんだろうっていう、そういう目線で見てるとすごくね、自分が一番しんどいんですよ。
変えられないものを変えようとしている時って一番しんどくて、そういうものっていうのは一番は身を委ねていくことっていうのが一番大事なのに、自分じゃコントロールできないものっていうのを変えようとしている時って本当にそれ以外が見えなくなって、心も狭くなって、感情にも余裕がなくなって、人にも余裕がなくなって、どんどんどんどんなんか自分が嫌な人間になっていくんですよね。
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私はその経験がすごくあって、なんか変えられないものにすごく執着してたし、変えられないことに一喜一憂してたしっていう時代があったからこそ、その言葉ってその200%の力でね、相手を解き伏せるんじゃないんだよって。
でもあくまで大事なのは、私はどう思ってるのかっていうところ。そこを主張していくのは悪いことじゃないし、相手の主張をうんうんって、そっかそっかそう思うんだねって聞くことも必要なんだっていう、そういう話だったから、やっぱりそうだよなって、とても本質的な部分っていうのを改めて今日は聞くことができて、とても大きな学びになったなっていうことをですね、感じています。
その上で、やっぱり私もガチガチのオーガニックだったり、無添加みたいなものにものすごくこだわって生きてた時代っていうのもあったんですけれども、そこも経た上で、その道もたどった上で、今はすごく選択をね、自分でやってるっていう意識で生きるようにしています。
やっぱり100%完璧に無添加とか、無農薬とかっていうのを選ぶことっていうのは不可能なんですよね。
で、これはね、重ね煮の本があって、重ね煮っていう野菜をこう、ある法則に従って重ねて煮ていくっていう、そういう調理法があって、その重ね煮の先生の本を購入した時に書いてあったんかな、その先生がYouTubeかなんかで言ってたのかな、言ってたんだろうね、なんか言ってたのが、
例えばその重ね煮を作る時にオーガニックだったり無農薬の野菜がいいでしょうかっていう質問に対して、その先生は、なんかそんなの関係ありませんって言ってたんですよ。
だって野菜は、なんか僕たちオーガニックだからいいとか、僕たちは農薬を使ってるから悪い野菜なんだとかっていう意識は一切ないんだと、それを判断してるっていうか、それをジャッジしてるのは人間なんだ。
だから、そんな形がどうだとか、色がどうだとか、なんだかんだここのスーパーで買ったからどうだとか、そういったことじゃなくて、本当にそんなの関係なく調理していく、そのものに対して、人参だったら人参に対して感謝をして調理をしていく。
で、それって結局ね、なんか人間っていうか、人間関係にも絶対関係してくるんですよね。あの人はこうだからこうなんだとかっていうそういう見方につながってくるというふうにおっしゃってて、
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だから私もたまにね、やっぱりこう味噌汁はちょっとしないですけど、もうね、毎日のことなんでめんどくさいからあれですけど、あのなんか豚汁作るときとか、なんかちょっときいまカレーみたいなのを作るときだったりとかっていうのは、結構重ね煮にしてから水を足したりとかして、ルーを入れてとかってやるんで味噌入れてとかね、そういうのをやったりするんですけども、
あのそういったときに、やっぱこうなんかあの別に無農薬じゃないお野菜とかっていうのもスーパーで買って作ったりすることもあるんですけども、なんかそうやっていちいちいちもうジャッジを入れないっていうね、別にこれ大根は大根ですと、あのおいしく育ってくれた大根だから、別にそれがなんかこういい大根なのか悪い大根なのかとかっていうところじゃなくて、なんかここまで育ってくれて、
そして私たちの口に入るっていうかね、ここに来てくれてありがとうじゃないけど、本当にそういう気持ちだけで十分なんだなっていうふうにね、思ってご飯とかね作るようにしてます。
なんかまあもちろんね、そのオーガニックとか無農薬でいいものっていうかね、そうやってこう揃えられたら、なんか満足ですし、なんかこうおいしいような気がするじゃないですか。
でもなんかそうじゃないからって言って、そういう思いで作るとそういう味にやっぱりなっていくっていうね。
やっぱり料理する人の思いが大事だから、変なジャッジをつけないで、ありがとうっていうその感謝の気持ちを持ってやるっていうのはね、すごく改めて大事なことだなというふうにね、気づかされたんですけれども。
そんな感じでちょっと今日はね、本当ケニーさんのお話を聞いて、本当にちょっとこう一部だけですけどもね、そういう気づきを今日お話しさせていただきましたけれども、
なんか本当にやっぱり学びって、学びってっていうかね、世の中で正しいと思っていること、自分が正しいと思っていることだったり、正しいとされていることであったり、
安全だとされていることであったり、これがいいですよって推奨されていることであったり、いろいろとあるじゃないですか、世の中には今の時代こうなんだよっていうこと。
でも、それでさえも日々変化しているので、だからやっぱり自分の中の常識とか、自分の中でこうだって思っていることっていうのは、ちょっとね、常々見直しをするっていう意識でいることが大事かなっていうふうに思います。
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はい、だからなんかこう育児っていうのもそうだなと思うんですよね。なんかこう私たちが赤ちゃんだった時に常識だったそのこと、例えばなんかこうお風呂上がりには果汁を飲ませますよとか、サイを飲ませますよとか、なんかあったらしいじゃないですか。
私はちょっとあんまりその時代はよくわかんないけど、私がちっちゃい時ってそうだったみたいなんですよね。で、だけど今はそうじゃないよって果汁も飲ませなくていいよとか、これはこうだよとか、なんかそんなふうに変わってきてるじゃないですか。
でもその時はそれが常識だったし、その時はそれが正しかったし、その時はそれが健康な子どもが育つための、なんか母の愛だったわけなんですよね。でも今それやっちゃうと、なんかもう何やってんのみたいな、何やってくれてんのみたいな、なんかそういうトラブルも多々あるって言うじゃないですか。
なんかね、お母さんがその古い価値観をこうなんか出産した娘に押し付けて、それがトラブルになっちゃうみたいなね、そういうこともやっぱりあったりするので、だからやっぱ日々変化してるんですよね。で、その時に正しいことっていうのがその世の中の常識になっていくみたいなところがありますけど。
でも常識って、ただなんだろう、その時代に大多数の人がたまたまそれを支持しただけであって、別にそれが本当に正しいわけじゃないぞっていうところがね、思っておかないと、なんか時代の流れがまた変わったときについていけなくなっちゃうっていうか、自分がこう正しいと思ってそれにこうなんかこだわりすぎてると、なんか引くに引けなくなるみたいなね、
そういったこともあったりするので、ぜひ柔軟にね、やっていけたら楽かなというふうに思います。だから本当にいかに楽に生きるのかっていう、そこも今日話を聞いてね、思ったところです。
確かにね、全然全く真逆の考えの人をね、時伏せる、ねじ伏せるみたいな、なんかそういうのってね、本当にエネルギー使うんですけど、でもちょっとでも共感し合える場所っていうかところがあったりとか、ちょっとでもああそうだよねって言い合える人とまずつながっていくこと。
で、なんか本当にそのこれはけんにんさんもおっしゃってましたけども、自分自身に集中して生きてたら周りは勝手に変わっていきますということをね、言ってました。
だから周りを変えよう変えようって、すごいそこに躍起になっている時って意外と変わらなくて、あのなんかもう関係ないわと、もう自分は自分でもうやることをやっとこうみたいな感じで、自分のことを楽しんでいると、なんかね本当にね周りってね勝手に変わってるんですよね。
しかもいい状態にっていうか、なんか本当に私が望むっていうかね、こうなってくれたらいいのになとかって思っているようなことに、なんか勝手に変わっていったりとかするんですよ。でもやっぱりそれはね、自分のことに集中してないとまず起きないと思うので、これはなんかもうすべてのことに言い換えられるなーって思ったので、私もこう本当に改めて自分自身。
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私が、私はっていうところに立ち返って生きていきたいなということをですね、思いました。
ということで、だいぶ長くなりましたけれども、まだまだね、今まだあの大分県矢場県におります私。もうすぐね、あの日田インターっていうところに行くんで、日田からえーと高速に乗って、まあ日田からだったら1時間ぐらいかな家までって感じなんですけど、
まあ途中ちょっと渋滞もあるでしょうから、ゆったりとね、した気持ちで帰りたいと思います。はい、ということで、皆さんいつも聞いていただきありがとうございます。もし、あのこの話にね、興味を持っていただいた方は、まあ堀越けいにんさんと堀越けいにんかな、あのさんはいらないと思うんですけど、それで検索をしていただくと、おそらくなんかインスタかなんかでアカウントが出てくるんじゃないだろうかと思いますのでね。
どういうふうに考えていただいて、この人はどんな人なんだろうっていうところをね、見ていただいて、ああこういう人がいるんだなあっていうふうに、あの別にねこう全部理解しろとも言わないし、私も別にけいにんさんが言っていることを全部100%そうそうそうですよねって全部共感しているかって言われると、そこはまだわからない部分っていうのも、私もあるので、あのね、私が私自身が全部理解しているわけじゃないから。
でもそこから知識を得て、ああなるほどそういう見方もあるか、じゃあ私はどう考えるかなっていうところをですね、今ちょっと見ていきたいなと思っている時期なので、よかったら皆さんもね、あのそんな人がいるんだなっていうそういう目線で見ていただけたらいいかなと思います。
はい、それでは皆さん良い1日をまたお過ごしください。それでは失礼いたします。