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だいぶ、こじらせてまぁす!笑
2026-06-12 23:19

だいぶ、こじらせてまぁす!笑


🌟毎月第一火曜日ラジオパーソナリティ
コミュニティラジオ天神FM77.7MHz
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00:06
こんにちは、あなた色の人生を、藤田薫です。
本日は2026年の6月12日、今日は金ナンバーが185
赤い蛇、青い夜、音が3の日ということで
今日弟の誕生日だなぁと思ってさっき思い出しました。というか、今言って思い出しました。
はい、おめでとうございます。
私の弟はですね、えっとね、今年30歳です。
ねえ、いやー30歳かと思って、私が今、今年で39になるので、
9つ違いの弟がおります。姉もいるんですけど、姉は1個上ということで、年後の姉妹だったところに
9年後に弟生まれたみたいな感じで、ちょっとね、
すごくね、いろいろ戸惑った記憶がありますね、私の中で。
なんか今日はちょっとその時の話をじゃあもうしたいなと思うんですけれども、話の流れでね。
当時小学校2年生だったんですね、私。で、まあ母のお腹の中に赤ちゃんがいるんだっていうことが分かって、
すっごい嬉しかったんですよ。すんごい嬉しくて、特にその弟が欲しいとか妹が欲しいとか、
思ってたわけじゃなかったと思います。だけどすごく嬉しくて、
で、生まれてきたらこういうことしてあげよう、ああいうことしてあげようってですね、めっちゃシミュレーションしてたんですよ。
もうとにかく嬉しかったので。で、なんかこう夜とか歯磨きとかしながら、なんかふとね、弟が今ここにいたらこういうふうに
なんかしてあげたいなぁとかね、めちゃめちゃシミュレーションしてたんですね。
日常のありとあらゆる場面で。で、母はですね、高齢出産だったので、その当時、あのまあ弟を出産するときの年齢がですね、
なので、あの結構ね、やっぱ妊娠中もかなりトラブルがあったんですよね。
あの早産とかで、早産っていうか、えっと、せっぱく流産とかですね。
まあそういうので、あの結構ね、1ヶ月近く入院してたんじゃないかなと思います。なんかこう記憶の中で定かではないですけど、まあ1ヶ月もしてないか。
まあでも何週間かは入院をしてたんじゃないかなと思いますね。で、まあ弟もやっぱそのお腹の中にいるときに、
結構こうあの、まあお母さんのね、子宮から出血をしてしまっていたので、
なんかこう、子宮の中にね、血の塊が残っちゃって、で、それがこうまあ大きくなるときにですね、
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あの、こう血の塊っていうのが赤ちゃんを圧迫しちゃって、もしかしたら少し障害というか、運動機能だったりいろんなところに何か、
不具合が出た、出るような状況になるかもしれないというふうに言われてたんですね。
発育不全の状態で生まれてくるかもしれないっていうのを言われていたんですけども、あのまあ本当にこう成長とともにですね、お母さんのお腹の中にあったその血の塊っていうのも少しずつこう排出されていって、
で、本当にこう無事に生まれてくることができたんです。それがまあ、えっと30年前の6月12日でしたね。
で、あのちょうどね、本当に多分これぐらいの時間だったと思うんですけども、私はいつもいつもね、もう寄り道して帰る子供だったんですよ。
もうまっすぐ家に帰ったことなんか多分なくて、いつもね、なんかね、違う道で帰るの好きだったんですよね。
その日もね、帰りは裏門から出ていいのになぜかその日だけね、正門から出て、真逆の家から真逆の正門から出て、ぐるーっと回って友達とペラペラペラペラ喋りながら帰ってきてたんですよ。
そしたら、ちょうどあの小学校からその裏門から出たところの道に、父の車が止まっていて、あれ?と思ったんですね、お父さんの車止まってるって思ったら、
その車に父が乗っていて、ていうか全員乗ってたんですよ。当時おばあちゃんも一緒に住んでたから、おばあちゃんも乗ってて、姉も乗ってて、
え?どうしたの?みたいな思ってたら、おい!とか言って、生まれたぞ!みたいな。病院行くぞ!って言って、そのまま車に乗せられて病院に向かいました。
そこでね、初めてその弟との対面を果たすわけなんですけども、なんかその辺はちょっとあまりよく覚えてないんですけどね。
その時は小学校3年生になってたんですよね。学年が変わって小学校3年生になった私。
で、そこからですよ。
そこから、弟が退院してきて、母も退院してきて、一緒の生活が始まるわけなんですけれども、
当初予定していた想像とは結構違ってました。
っていうのは何かっていうと、私一応末っ子だったわけで、でもそれでもですね、そんなベタベタ可愛がってもらってた記憶ってあんまないんですよ。
ちょこちょここの音声配信でもお話ししている通り、うちの父っていうのはもう今で言うDVモラハラみたいな人だったし、めちゃくちゃ怖かったから、
父に甘えたことっていうのは全く記憶にはないです。
もうあの記憶が定かになってきている年代ぐらいから、もう怖いでしかなかったので、
もうそんな記憶一個もないし、なんかお父さんに向かって、
もうお父さんちょっとやめてとか、お父さんと一緒の洗濯機に洗濯物入れないでとか、
06:06
言った記憶もないんですよ。そんなこと言ったもんならもうね、
言い終わる前に体吹っ飛んでますからね、拳が飛んできて、みたいな家庭だったので、
もともとそんななんか親に甘えた記憶ってのはないんですよね。母にも甘えた記憶は私なくて、
なんかね、一回母が仕事でちょっと遅晩だから8時ぐらいになるって言われた日があったんですよ。
で、その時は小学校1年生とか2年生ぐらいですよね。
ちょっと今日はね、8時ぐらいになるからって、夜遅くなるからねって、
しかもそんな頻繁にあったわけじゃなくて、たったその日1日だけだったんですけど、
なんか私すっごいもうなんか寂しくて、泣き崩れて、もうその日、
習い事にピアノがあったんですけど、ピアノの日だったのに、
もうピアノに行けなかったんです。もうお母さんが8時に帰ってくるなんて、みたいな。
もううちひしがれちゃって。今思うと可愛いなと思うんですけどね。
そんな私を帰ってきた母が何て言ったかって言ったら、
なんか私はね、すごい期待しちゃってたんですよ。
寂しかったんだね、ごめんね、みたいな。期待してたんですよね、多分ね。
だけど母が言い放った一言がもう忘れられない。
何やってんの?言われたんですよ。
もうね、え?ってなってね、もう私の心置き去りみたいな。
そんなこんな私っていうのは、全然甘えてきた幼少期とかでは全くないんです。
なんですけど、だから全然そんななんかめちゃくちゃ甘やかされてたわけでもないし、
どっちかっていうとめっちゃ怖いし、なんか殴られて育ったみたいなところはあるんですよ。
本当持ってないです、これは。もう全然持ってなくて、
そんな大げさに言ってるわけでもなんでもなくて、でも本当にそういう環境で育ったんですけども。
でもね、思ってた以上にね、新しく生まれた弟にすっごく注目が行っちゃって、すごい寂しかったんですよ。
だけど、小学校3年生なんで、赤ちゃん帰りをするとか、そういう年齢でもないじゃないですか。
だからそれも素直にできなくて、でも寂しくてっていう、そこからね、私ちょっとこじれちゃってね、いろんなことが。
で、これね、ノートに一回書いたことあるんですけどね、その時私がどうだったかっていう。
結構ね、学校で問題行動を起こすようになっていったんですね。
本当に今思うと寂しかったんだと思う。
どこにもそういう気持ちの出しどころがなかったから、だからなんかそういういろんな悪いことっていうことをやっちゃっていたと思うんですけれども。
本当に問題行動をやるようになってて、それがね、結構表でね、例えば友達に意地悪言うとか、嫌がらせをするとか、
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なんかこう、ひどい場合その例えば手が出ちゃうとか、なんかそういうふうに表でやってたらまだわかりやすかったんだと思うんですけども。
完全に影でやってたんですよ。
例えばチョークを盗んで、なんか落書きをするとかね、こっそり。
で、友達のね、大事にしてる、例えば当時ね、本当にメモ帳とか、今シール帳とか流行ってますけど、
ああいうのを学校に持ってきても、まあいいとは言われてないけど、全然そんなにめちゃくちゃ厳しくダメとか言われてなかった時代だったから、
結構みんな可愛いメモ帳を持ってたりとか、なんか文房具持ってたりとかして、そういうのをね、結構みんな学校の引き出しに置いて帰ってたんですね。
そういうのを放課後、みんな帰った後に机の引き出し開けて、人の机ですよ、それをね、取ってたりとかしてたんですよ。
で、まあ後にそれはバレちゃうんですけどね。
一緒にね、やろうって言って誘ってた友達がいたんですね、私。
一人でやるのも何だからと思ったんでしょうね。一緒にやろうみたいな感じで言ってた子がいて。
でもその子がもう罪悪感にもう耐えられなくなって、それで、そこのね、お父さんとお母さんにその子が話したことがきっかけで、結局バレちゃうんですけど、6年生の時にかな。
だから、なんか本当にね、長いことじわじわと、なんかそうやってこそこそとですね、私は悪事を積み重ねていくわけですよ。
でね、まあ本当にこう、今思うとです。今思うとその弟が生まれて、自分の感情の出しどころっていうのがなくなっちゃって。
で、やっぱりもう小学校3年生だし、ある程度もうわかる年齢じゃないですか。
だからね、やっぱりこう、お父さんとお母さんもやっぱりもう年が離れて生まれた、そして女、女ときての男だから余計に可愛かったんだと思うんですよ。
だからね、全然その気持ちっていうのは今は全然否定しようともなんとも思わないし、その時、私がなんで私こんなことやっちゃうんだろうって自分でもわからなかったですけど、
今思うとね、それがきっかけだったなーとかターニングポイントだったなーとか、まあそういうふうに今なら思えるけど、当時はもうわからなくて、ただただ私はなんか自分のことが不安でした。
なんか小学生ながらに、なんか私理由もなくこんなことやっちゃう、その手癖が悪い状態じゃないですか、言ってみれば。
なんでだろうってね、すっごくね、自分自身のことがね、不安で不安でしょうがなかったです。
今考えるとそうだったんだなとは思うけどね、あの時の私っていうのは、もうどうしたらいいかわからない状況で、どこに何をぶつけていいかわかんない状況で、とにかく不安でしょうがなかったんだなーっていうのがわかります。今ならねっていう。
12:09
で、別にこの話には何のオチもないんですけども、でもね、本当にそうやってやってた記憶があって、記憶っていうかやってた事実っていうのがあって、今自分どうしたらいいかわかんない。
今だったら、対処のしようもあるだろうし、考え方っていうのもあるだろうけれども、当時は本当に不安で不安で自分の将来がどうなっていくのかって本当にわからなくて怖かったんですね。自分で自分が怖かった。
小学生ながらに、ここまで明確に言葉にすることはできていなかったですけど、感じてたなっていう記憶がすごくあります。
だからですね、なんか私やっぱり自分の子育てで、やっぱり子供って嘘つくことっていっぱいあるし、なんかね、親にこう言われるかもとか言われるかもとか怖いとかね、うちも3人いますけど、やっぱなんかそれぞれ私の過去を見てるような行動を取ることってすごくあるんですよ、子供たちが。
その度、自分自身の子育てっていうよりかは、自分自身がもう私という存在自体が、なんかこう否定されてるような気持ちになっちゃって、なんかね、悲しい気持ちになるんですけども、私もね、いまだに。
だけど、唯一違うのは、あの時の私っていうのが、今私は大人になって見えてるわけじゃないですか。
で、これ子供、私の子供がやってることではあるんですけど、私自身がやってることでもあるから、だからなんか、当時のね、自分が言ってほしかった言葉を言ってあげるようにしようっていうのが、私の、なんかこう思ってることなんですね。
ただそれが正解かどうかっていうのは分からないですけどもね。
そう、だからまあ弟の誕生日ということで、当時の私をこう振り返りましたけれども、皆さんもありませんか、こういうことって。
例えば別に子供を育ててない、私は子供がいないのでっていう方であっても、やっぱり自分の過去、その特に子供自体傷ついたことっていうのは、なんとなく心の奥底に散りつもで残っていて、何かのきっかけでそれがまた浮上してくるっていうことはあると思うんですよね、生きていると。
その時に、またこういうのは、まただなーとか、こういう気持ち久しぶりになってるなーとか、もし感じることがあったら、その時にですね、当時の自分がかけてほしかった言葉っていうのを自分自身にかけてあげてほしいなって思います。
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結局は私、まあ例えば私の場合、今子育てをしてますけども、子供を通してそういうことをね、感じることあるし、子供を通して自分のその過去を生産するみたいなことっていうのは、たびたび起きるんですけどね。
私はね、本当に記憶力がいいんですよ。ものすごく覚えてる。自分の特に心の傷っていうところをすっごく覚えてるんですね。
だからよく母とかにも、そんなんじゃ生きづらいでしょって言われるんですけど、これはね、もうどうしようもなくて、忘れようと思っても忘れられないし、もう覚えちゃってるっていうか刻まれちゃってるから、もうこれはね、たぶんね、もっと生まれたものなんだろうなって思うんですよ。
だからスッと忘れられる人もいれば、そうじゃない人もいるんですよね。だからね、これはね、一概には言えないと思う、本当に。だけどね、私はね、びっくりするぐらい覚えてるんですよね、これが。
だからもうしょうがない。覚えちゃってるし刻まれちゃってるから、あの時こう言ったな、この場面こうだったなとか、誰もが覚えてないけれども、私だけが覚えてることっていうのもあったりとかして、いちいち言わないけれども、でもそのたびに、生きづらいなって転換するんじゃなくて、
これ今消化してあげられるんだなって浮上してきたってことは、今噛み砕いて咀嚼して消化してあげることが、今だったらやっとできるんだなって、何十年経ってたった今、例えばね、弟が生まれた当時だったら30年経った今、ようやく噛み砕いてあげられるんだなって思って、私はね、ちょっと生きていこうというふうに思ってます。
弟には今日、毎年20歳くらいまでは誕生日プレゼント送ってたんですけど、もう今はね、送ってないです。大人になってからは。
なんか彼女とかいたらね、なんか姉から誕生日プレゼント来るんだって思われたりするのもあれだし、もうなんかそもそもめんどくさくなったりとか、っていうかもう自分でね、いろんな趣味なんかもあるでしょうから、自分で必要なものは自分で稼いで買えぐらいの感じで思ってね、何もしてないですけども、連絡ぐらいはしようかなと思います。
本当ね、そんなこんなでね、本当私はそうやってめちゃめちゃシミュレーションしてたのに、弟が生まれたらこうしてあげよう、あげようって思ってシミュレーションしてたのに、なんか思ってた以上に、父や母や周りの大人もそうだったんですけど、みんなそっちの弟の方に注目が行っちゃったもんだから、もうそうやってこじらせちゃって、弟のことを全くかわいがってあげられなかったんですよ。
すっごいいじめてました、私。弟はそれを覚えているかどうかわかんないですけど、覚えていると思いますけど、めちゃくちゃいじめてた。すっごくいじめてました。
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1歳半とか2歳ぐらいになると、自分で嫌だったこととかをなんとなくお母さんに伝えられるようになっていくんですよ。成長していくからね、やっぱり。それでやべえ、もうなんか陰でいじめたりできないじゃんとかって思っていた記憶もめちゃくちゃあって、すっごい意地悪なお姉ちゃんだったんですよ、私。
罪滅ぼしじゃないけども、大人になってからは少しでも話ができたらと思うけど、どう接していいかわかんないっていうのも正直あって、まあまあこじらせてるんですよね。ただね、弟も優しい子なんで、会ったら話してくれますし、私の旦那さんがサッカー選手っていうこともあり、それがやっぱり嬉しかったんでしょうね、私が結婚した時に。
友達にはね、お姉ちゃんがサッカー選手と結婚したんだみたいなことをね、結構言ってたらしくて、そうやって私のことを話題にしてくれてることも実はじわっと嬉しかったりとかして。
まあきっとこのラジオはね、聞いてないと思います。私がこういう仕事してることも絶対知らないと思うんで、あれなんですけど、まあね、本当にそんなこんなでね、そんなこんななんですよ、ほんと。こじらせてます!みたいな感じなんですけどね。
みなさんもね、きっとね、人生の中で一つや二つこじらせてます!みたいなことってあると思うので、まあそれはね、いつか消化できる時っていうのが必ず来るからですね。まあ焦らずに言ったらいいんじゃないですかっていうのが私の答えです。
はい、ということでね、聞いていただいて本当ありがとうございます。今日はなんか私ちょっと美容室行ってきまして、高校生ぶりにちょっとストレートパーマをかけました。
私ね、実は結構クセ毛ってわけじゃないんですけど、広がりやすくて湿気にめちゃくちゃ弱い髪なんですよ。で、あんまりそう見られない。結構あの直毛ですよねっていう感じで言われるんですけど、実はそうじゃなくて、まあまあね、もうさって広がり系の髪質をしているので、ちょっと高校生ぶりにストレートをかけてきました。
めっちゃ髪がツヤツヤになって嬉しいです。その帰りにまた一駅電車に乗って、トリートメントだけをとある場所に買いに行って、でまた今帰ってきたっていう感じなんですけど、結構ね、こだわりが強いんでね、私すっごく。
だからトリートメントはここ、カットはここ、ストレートはここ、カラーはここ、みたいな感じで美容室何個行くっていうぐらい一個一個変えてるし、もうこだわり強すぎでしょって感じですよね。
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トリートメントもね、これみたいなのが見つかったらもうそれみたいな感じだし、今日もなんか美容師さんと、私が元美容師ですってことも言わずに言ってるので、おそらく同じ美容学校出身の方だと思うんですよ、たぶんね。
で、あんまそういうの言うと緊張されると嫌なんで言わなかったけれども、会話してると、この人美容、何の仕事してるんですかみたいな美容の情報めっちゃ知ってるじゃんっていうのをバレちゃうんですよ。こだわりが強いから私も。結構いろんなこと知ってるので調べてるし。
だから本当そういうのバレないように行くのがね、ちょっとドキドキするんですけどね、いつも。そんな感じで、ちょっとまた美容室にも行ってきましてね、来月はまたカラーも行くしで、私は黄色い星なんでね、自分が。美容っていうところはね、やっぱ自分自身っていうか美っていうのはやっぱ追求する紋章なので、そうありますよね、やっぱりねっていうところでね。
何か知りたいことがあればぜひ私にご相談ください。別にお金取ったりしませんし、おすすめありますかって言われたら素直にお答えしますし、知ってることは全部答えますし、いいものはいいと言います。
ただ、あんまりインスタとかに載せないのは、なんかPRっぽく見えちゃうの嫌だから載せないですけども、まあまあ全てにおいてこだわっているものを使っているので、ぜひ美容に関してお悩みがあれば聞いてください。
一応元美容師でね、そういうヘアメイクのお仕事をやっておりましたので、なんとなくの知識、なんとなくの知識ではいかんけれども、いろいろ知ってることありますのでね、そんな感じです。
では明日からまた土日ですけど、良い休日を、休日の方は良い休日をお過ごしください。私は明日、取材を兼ねてちょっとね、とある場所に行こうと思いますので、またそれも合わせてお話しさせていただけたらと思っております。
では、いつも聞いていただきありがとうございます。
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