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発信のとき、いつもの自分じゃなくていい理由。
2026-09-04 10:00

発信のとき、いつもの自分じゃなくていい理由。

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こんにちは、サチュアル子です。
発信してる時の自分って、いつもの自分とちょっと違うことないですか?
文章を書くのでも、喋るのでも、動画撮るのでも、例えばリールとか音声撮ろうと思ってスマホをセッティングして、で、録画ボタンポチって押した瞬間から、声がね、ちょっと普段より上ずってるというか、空元気と言いますか。
それで撮り終わって、それを見返した瞬間に、誰これ?ってちょっと恥ずかしくなるみたいなのってあると思うんですけど、別にキャラを作りたいわけじゃないと思うんですよ。
ちゃんと誰かに届けたい気持ちもあると思うし、暗い人やな、つまらなそうとかって飛ばされたくない気持ちも正直あると思ってて、だから、そこでその普段よりちょっと明るくしてみるっていう工夫が入ると思うんですよね。
でも、その誰これ?っていうのが割と続くと、そのままで出したら地味すぎるし、でも出しすぎたら変やし、自分作るのもしんどいなぁとか思えてきたり、発信で好かれても本当の自分じゃないのかなとかね、いらない思考が出てきて、だから発信そのものがちょっと苦手になってくると言いますか。
はい、今日はその発信の時の自分が、いつもの自分じゃなくていいんですよっていう、その私自身がそう思っている理由の話で、私の場合はこうでしたっていうその一例として聞いていただけたら嬉しいです。
発信してる時ってだいたいね、普段よりちょっと明るくなったりとか、リアクション大きくしてみたりとか、いつもよりちょっと言葉を選んでみたりとか、だからそういうのが重なった瞬間に出てくるのが、本当の自分じゃないかもなっていうような感覚で、ただそれ本当の意味で演技しているのかっていうところなんですよね。
この本当の自分じゃないっていう感覚のもっともっと奥の方にあるのが、本当の自分ならそのどこでも同じであるべき、みたいな感覚も少しあるんじゃないかなって思うんですよ。
ちょっと考えてみてほしいんですけど、例えばお家で家族といる時の自分、お友達といる時の自分、仕事してる時の自分、コンビニふらふら歩いてる時の自分とかね、多分少しずつ違うと思うんですよね。
でも、それいちいち偽物だ、これは偽物とかって思わないと思うんですよ。
なのに発信の時だけね、普段と完全に一致してないとちょっと嘘みたいな、謎に厳しい基準を置いちゃってることもあって。
もともと相手によって出す自分は違うのに、発信の時だけ普段の自分と完全に一致してなきゃいけないって、そうは考えなくてもいいんじゃないかなって私は思っています。
私が長くカメラとかマイクの前に立ってきて、もう17年目とかになるんですけど、発信で出てる自分って、私の感覚ではゼロから別人を作ってるっていうよりは、自分の中にある部分の音量を上げてる感じに近いんですよね。
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例えば普段の明るさが30だとしたら、それを50ぐらいにしてるイメージで、盛るっていう言葉あるけど、盛るってその、ないものを足すことじゃないですか。
でも音量を上げるっていう意味の、その上げるっていうのは、あるもの、もともとあるものを伝わる大きさまで大きくすることなんですよ。
だから、出てるのは新しく作った自分じゃなくて、もともと自分の中にあったものなんですよね。
私がテレビリポーター1,2年目ぐらいの時は、これ全くできてなくて、カメラ回るといきなり賢まっちゃって、ディレクターさんとかによく表情が硬い、楽しくなさそう、不自然すぎるとかっていろいろ言われ続けてました。
で、私はすみませんって謝ってて、どうすればいいのか自分でもわかんなくって、その頃、カメラの前で、マイクの前でもテンションを上げるのは、なんかわざと誇張して演技してるみたいですごく苦手だなって個人的に思ってたんですよ。
それをテレビリポーター歴20年の大先輩に相談したことがあって、その先輩に教えていただいた言葉でね、見方がかなり変わったんですよね。
その方が、「演技して話すことっていうのは嘘をついてることじゃないよ。目の前の人に喜んでもらうための気持ちの表れでしょ。あなた人を元気にしたいんでしょ。」って先輩に言われて、そこで気づかされたんですよね。
もちろん、自分を削ってまで明るくしようとかっていう話ではないんですけど、あくまで前に出すのは、自分の誇張したかっこよさとかじゃなくって、相手の元気の方、そのフォーカスするのが自分じゃなくって、相手なんですよね。
で、それを受け取ってから、次の仕事で私リアクションをちょっとだけ大きくしてみたんですけど、そしたら相手が思いっきり笑ってくれて、その顔を見て私の方も嬉しくなっちゃって。
で、その時に、リアクションとか自分の表情とか、身振り手振りもそうですけど、こういうのって自分を良く見せるためじゃなくって、相手がちゃんと安心するためにもあるんだなって思ったんですよね。
以前、取材先でテレビ出演が初めてで、私よりもすごい緊張してる方がいた時があって、私もね、基本めちゃくちゃ人見知りではあるんですけど、でもその緊張してる方を前に、
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この方が少しでも安心できたらいいなっていう、その一心で、私がね、元気に音量を上げて堂々として安心できるようにしようって、自分の姿勢が切り替わったことがありました。
これも、キャラを作ったっていうよりは、この人を安心させたいっていう役割が、私から引っ張り出してくれたものだと思うんですよ。
ただやっぱりね、本番が終わってカメラが止まった瞬間、えーって、なんかそれまでギュッて入ってた力とか、体の重みが一気に来るというか
これも、なんか別人格を演じてたからっていうことではなくって、自分の中のある部分をフルでアウトプットしてたから、そうなってたっていうイメージなんですよね。
これはテレビの現場だけじゃなくって、もちろんSNSの発信も同じで、なんかいろいろ出し終わった後にドッと疲れるっていうのあると思うんですよ。
なんか配信とかしてる人は結構あるかもしれない。でも疲れるっていうことは、無理してなんか演じてる証拠なんじゃないかとかって思えてきたりとか、
自分そもそもやっぱ発信向いてないんじゃないかなとかって思うこともあるんですけど、でも疲れるイコール、向いてないとか偽物とかも限らないというか。
いつもより大きな音量で自分出したら、そりゃ疲れることもあるんですよね。
少なくとも私の場合は、その音量グッと上げて出してたから疲れてるみたいなイメージだったと思います。
じゃあこういう時、どうするのかっていうところなんですけど、意識していることが3つありまして。
1つが、その自分、普段のどこかにいらっしゃいますか?って。その、普段のどこかにいるかなって確認すること。
例えば、動画で明るくハキハキ喋ってる自分。あれの1%でもいいから、普段の自分の中にないかを探してみるんですよ。
仲のいい友達に好きなものの話ししてる時とか、ちょっとテンション上がるというか、声が大きくなる瞬間ってあるじゃないですか。
ちょっとでもそういうのが見つかったら、動画のあれっていうのはその音量を上げてるだけなんですよね。
だからこれをまず見つけてみてください。
2つ目が、100まで上げないこと。私が本番で上げてたのって明るさを2、3割ぐらい増してた感じなんですけど、
始めたばっかりの頃とかってやっぱり案外わかんないから、いきなり音量マックスまで上げがちなので、そりゃ疲れるんですよね。
だから100まで上げる必要はないっていうことです。
3つ目が、どう見られたいかよりも、誰に何を届けるのかっていうところに寄せるっていうことで、
私は結構自分がどう見えるかを考えるほど固くなっちゃうというか、この人に何を届けたいのかっていうところに戻ると結構動きやすくなります。
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なので、発信の自分が普段の自分と少し違っててオーケーなんです。
大事なのは、そこにいる自分が普段の自分の中にもちゃんといるかどうか。
そう、完全にいないものを足してるんだったら、もうだいぶしんどくなるんですけど、でも、もともとある明るさとか熱意を届く大きさまで上げてるだけなら、それもちゃんと自分なんですよね。
なんかだから動画とか音声とか見返した時に、誰これ?とかなったら、これは完全に嘘をついて作ってるのか、それとももともとあるものの音量を上げてるだけなのかっていうふうに、私自身は1回考えるようにしています。
今回の内容がちょっとでも参考になれば嬉しいです。
今回はもう一つ、うまく話せないを変える善の言葉、担当直入というテーマで話している回、チャプターに貼ってます。
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